「"……カ?"」
声がする。愛しい人が、
「"……アイカ?"」
「うぅん、先生……」
ゆっくりと目を開けて、擦る。いつの間にか自分はシャーレから最寄りの駅、入口近くのオブジェの前に立っていて、目の前には少し屈んで僕の顔を覗き込む先生がいた。
「"ごめんね、立って眠っちゃうほど待たせちゃったのかな。"」
「いえ、そういうわけではありませんの……!ただ、昨日は楽しみで中々眠れませんでしたので……」
そう、思い出した。今日は密かに先生と交際し始めてから最初のデートの日なのだ。そのために目一杯、可愛らしくも気品のある服装を選んで、化粧もしてこの場に臨んだのだから。
「"そんなに楽しみにしてくれたんだ、じゃあ良い日にしないとね。"」
「……はい!」
そうしてまず向かった先は、いつもマイハたちと利用しているのとは別のショッピングセンター。先生はその4階にあるアクセサリーショップへと僕を連れてきて。
「"アイカに似合うアクセサリーを選びたいなって思ったんだ。"」
「……ええ、是非お願いいたしますわ」
綺麗な花を模したもの、スイーツなどの食べ物を象ったもの、鳥の羽をモチーフにしたもの、それから星や月、太陽といった空のもの、ピンクでハートのいかにも女の子らしいもの……色々試してみた結果、先生が僕に選んでくれたのは。
「"これなんてどうかな?"」
目に入ったのは、白くて丸っぽい花びらが5枚に、赤くて粒がたくさん付いている果実。
「イチゴの花と実のヘアピン、ですの?」
「"うん、イチゴは確かアイカの実家で栽培してるものだし、綺麗な赤い髪にも似合うと思ったんだ。"」
「まあ、実家のことも覚えていてくれましたの?」
大好きな両親のいる一番大事な場所、それが僕にとっての実家だ。その事を軽んじずにいてくれたことは喜ばしい。
「それに確か、イチゴの花言葉は……」
「"花言葉は……?"」
「……ふふ、気になるのならばご自分で調べてくださいな」
イチゴの花言葉は「幸福な家庭」「尊重と愛情」「先見の明」「あなたは私を喜ばせる」……うん、とても素敵な花言葉だ。
反応を見たところ先生は意識していたわけではないみたいだけど、これを選んでくれたのは本当に嬉しく思う。
「"気に入ってくれた?"」
「ええ、とても。よろしければ、先生の手で付けていただいても……?」
先生はただ頷いて、会計を済ませたヘアピンを袋から取り出して僕の髪に付ける。その優しい手付きがくすぐったくて、少し笑ってしまう。
「……ありがとうございます、先生。ずっと大事にしますわね」
「"うん、そうしてくれると嬉しいよ。"」
アクセサリーを選んでもらった後は、ビルに入っているレストランで食事をして、午後は何をするのかというと。
「音楽堂、ですの?」
「"アイカは音楽が好きみたいだから、有名な楽団のコンサートチケットを取ったんだ。"」
チケットを見せてもらうと、確かにD.U.やトリニティどころかキヴォトス全体でも名の知れた吹奏楽団だった。聴く機会があれば聴いてみたいと思うほどには、興味はあるけれど。
「あまりあたくしに合わせ過ぎずとも構いませんのよ?もう恋人同士なのですから」
「"なるほど……アイカは優しくて気遣いする子だから、そういうのが気になるんだね。じゃあ、次のデートは私の趣味に合わせていいかな?"」
「はい、もちろんですわ」
そうして会場まで次のデートプランを立てながら歩いていき、到着してコンサートホールの座席に着いた。しばらく待って、開演10分前にはスマホの電源を落としておく。
「"あれ、アイカは電源切るの?"」
「ええ、集中したいですから」
「"アイカは真面目だね。私は緊急の連絡があるかもしれないから、マナーモードにするしかできないけど……。"」
そう、先生はシャーレの業務で忙しい合間を縫って僕とデートしてくれているわけで。
「先生、その……改めて、ありがとうございます。お仕事もお忙しい中で時間を作ってくださいましたのよね?」
「"ん?ああ、大丈夫だよ。今日のデートは仕事の息抜きのためでもあるから。心配なら今度アイカが手伝いに来てくれたら助かるかな。"」
「……全くもう、先生ってば」
開演時間までそんなことを話しながら、そしていよいよブザーが鳴ってコンサートが始まる、
──夢のような時間だった。
美しく力強い旋律が会場内の空気を、心を震わせる。聞き入って時間の流れさえ感じない、耳を心地よく流れて行くハーモニー……僕の語彙ではその素晴らしさを表現しきれないほど、胸を打たれる演奏だった。
終わるのが惜しいと思える時間、それでも終幕は訪れる。何秒、何分かは分からないけど放心したような感覚で、隣から声がしてようやくハッキリする。
「"アイカ、すごかったね。"」
「……はい、さすが高名な楽団だけありますわ」
前世でも音楽は好きだったけど、これほどまでに素晴らしいものだとは思いもよらなかった。来て良かった、とただそう思う。
コンサートの後は少し早いけどシャーレの前まで来て、解散となる。
「"今日はどうだった?"」
「ええ、とても良い一日でしたわ。きっと一生忘れないと思います」
「"楽しんでもらえたなら良かった。"」
僕はその先生の言葉に笑顔を返して、そうしてトリニティへと戻っていった。
◇ ◇ ◇
それから互いの時間の合う限り幾度もデートを重ねて、季節はいつの間にか夏へと移り変わる。
「ほら、こっちこっち~」
「待ってくださいまし、マイハさん……!」
マイハの発案でやって来た、トリニティ内にある少し閑散としたビーチ。近くに観光地化の進んだ大きな海水浴場があるのでそちらに人気を吸われているらしく、人があまりいないのが貸し切り気分でテンションが上がる。
マイハとマアサはもちろんのこと、今回はなんと先生も一緒に来ている。
「マイハは去年と違う水着ですが、新調したんですか?」
「うん、去年のが入らなくなっちゃって~」
改めて見ると本当に大きいな、マイハ。いや、どこがとは言わないけどね?
一方、マアサはあまり身体的には成長してないのか昨夏と同じ水着だ。
そして僕は、というと。
「アイカ、なんだか水着が小さくありませんか?」
「いえ、そんなはずは……去年着ていたものですわよ?」
「水着が小さくなったというか、アイカちゃんが大きくなったというか……わたしも分かるよ~」
胸とか腰とか、ちょっとキツくなっていたけど……なんとか去年買った水着で頑張っている。身長は伸びてないんだけど、なんだか体がより女性らしくなったというか……。
「はぁ……あまり気にしないようにしていたのですが、二人を見るとなんだか羨ましいというか妬ましいというか」
そう言ってマアサはジトっとした目で僕ら二人を見る。やっぱり彼女でも女の子だから少しは気にするんだな、体つきのこと。
そうして女同士でキャッキャしていると、パラソルの下のチェアでくつろいでこちらの様子を眺めていた先生が立ち上がった。
「"そろそろ海に入りに行こうか。"」
先生の格好はサーフパンツにアロハシャツで僕ら女性陣に比べるとあまり露出はない。多分、脇腹を中心にかつてエデン条約の時に負傷した傷跡が残ってるからだろうか。
それでも腕や脚を見ると適度に筋肉のある細マッチョって雰囲気で、男の人って感じがして……なんというか、いけない感情を抱いてしまう。
「あ、先生、すごいアイカちゃんのこと見てる~」
「"え?そ、そうかなぁ……。"」
先生も、僕の水着でそういう感情を抱いたんだろうか?そうだとしたら、女性として見られてるってことだから、恥ずかしいけど嬉しいかも。
◇
四人で海で遊び回ったその夜。近くのホテルに泊まっていたけど、マイハとマアサが寝たのを見届けて少し抜け出す。海から吹く涼しい夜風に当たりながら散歩でもしようかなと思ってホテルのロビーを出ると、エントランスの柱には見慣れた人影があった。
「……先生」
「"……やっぱり来ると思ってたよ、アイカ。"」
世間には秘めているけど、恋人同士の逢瀬。夏のビーチの熱気に浮かされて、まだ踏み込んだことのない、より深い関係を期待してしまう。
「先生、あたしね……先生と……」
「"……アイカ。"」
周囲には誰もいなくて、先生と僕の二人だけ。肩の力が抜けて自然と方言が出る。しかしながら、先生は細いけど確かに男の人らしい骨張った指を僕の口にそっと押し当てて塞ぎ、言葉を遮る。
「"それはまだ、待って欲しいかな。"」
「先生……」
深いところで繋がりたいという願いをやんわりと静止されて、心がグチャグチャになる。
僕が、純粋な生徒じゃないから?元男だから?そういえば、元男だってこと言ったっけ?サンクトゥムタワーの時、どこまで言ってただろうか?
──思考が纏まらない。そうしてただ無言で頭の中を循環させていると、頭をふわりと撫でられる。
「"ごめんね、アイカが嫌とかそういう訳じゃないんだ。ただ、私は先生で、アイカは生徒だから……。"」
「……」
「"むしろ、アイカを大切にしたいから。そういうことは、卒業して先生と生徒でなくなるまで、待って欲しい。"」
僕を、大切に……そう、だよね。先生はこういう人だった。前世からずっと見てきたんだから分かっていたはずだ。
「うん、分かった……卒業まで、待っとうけんね」
なら今はただ、先生の言う通りに待とう。僕がこんなにも人を求めるようになってしまった、その責任を取ることを。僕は白のフロントボタンワンピースを翻して、部屋に戻った。
◇ ◇ ◇
2年生も後半に入り、来年のフィリウス派首長を決める時期になる。誰がなるんだろうとどこか他人事のように考えていたら、何故か僕が筆頭候補に指名されていた。
マイハとマアサもそれぞれの派閥で有力候補になっており、親友同士の僕らで協力してトリニティを治めて欲しいということらしい。
マイハはとても頭が良くて物腰柔らかな態度で交渉に向いているし、マアサも武力では正実委員長のイチカ以外の大半の生徒より上というくらい強くて優秀だから順当だと思うけど……僕は二人ほど評価されて選出されているのだろうか?
それを先生に相談したところ、帰ってきた返事はというと。
「"アイカが選ばれたのは妥当だと思うよ。トリニティの生徒から聞いたけど、行政官なのにトリニティを駆けずって問題解決に奔走してるんだって?"」
「それは、困っている方を見かけたら放っておけませんから……」
そして先生が続けて言うには、ポンポン砲をあらゆる場所に持ち出し、時には空母航空隊まで指揮して敵対者を殲滅する僕の姿がちょっとした名物のようになっているらしく。「祇園アイカがいればトリニティが
「"……とにかく。周りの人はアイカが思う以上にアイカのことを評価しているはずだから、心配しなくていいよ。"」
「それは、恋人の贔屓目というわけではなく?」
「"もちろん、贔屓目とかではないよ。"」
先生はこういう時に嘘は言わないので、とにかく信用してみることにする。まだ僕がマイハやマアサに並べるほど優秀なのかは自身が持てないけど、先生がそう信じてくれているなら、それを信じよう。
◇ ◇ ◇
そうして3年生に上がった僕は、フィリウス派のトップにしてティーパーティーのホストという肩書を戴くことになった。
トリニティの顔として他学園との交渉の場に向かったり、連邦生徒会ともやり取りをしなければいけないし、うちに目を向けてもやるべきことはたくさんある。トリニティ内のことはマイハとマアサが手伝ってくれるけど、それでもその量は決して少なくない。
必然的に恋人と会える時間も減ってしまい、とても寂しい。
「"今日のアイカは甘えたい気分かな?"」
「うん……本当はあたし、もっと先生と会いたいっちゃけど、仕事が忙しかけん……」
何とか取れた一泊二日の休日で、百鬼夜行自治区の温泉宿に泊まる。そして温泉の心地いい温度の湯で体の疲れをほぐしたら、先生の広い胸に抱きついてじっと体温を感じる。
「"私も同じ気持ちだよ、アイカ。"」
「そう
こうしていると、心が満たされると共に邪な感情も沸いてくる。トリニティの外で、知っている人*1は先生くらいしかいなくて。少しくらい羽目を外してもいいんじゃないかって。
でも、それでも。
(約束、したから)
今は我慢しないと。先生のために、トリニティのために。
「"……アイカ?"」
「あたしは大丈夫やけん……もう少しだけ、こうさせて」
「"……分かった。"」
今日だけは、ティーパーティーのホストじゃなくてただの祇園アイカでいさせて欲しい。明日からは戻るから、今だけは……。
◇ ◇ ◇
それから数ヶ月、フィリウス派首長の後任への引き継ぎもしっかり完了し、いよいよ迎えた卒業。式典も最後の授業も終えて、マイハ、マアサたちとも記念撮影を済ませた。まだ寮には荷物が残ってるけど、そんなことはどうでもいい。これまで本当に長かったけど、ようやく。
「先生!」
「"アイカ……!"」
トリニティ総合学園の卒業証書を持って、その人影を見つけたら真っ先に駆け寄る。たった今、先生と生徒ではなく、ただの二人という関係になった愛しい人。
「"アイカが荷物をまとめ終わったら、一緒に実家に挨拶に行こうかな。"」
「ということは、先生……!」
「"うん、結婚しようか。アイカ。"」
その言葉を待っていた。僕は歓喜のあまり、人目も気にせず抱きついてしまう。そうして数秒、自分の状況に気づいて恥ずかしくなり、パッと体を離す。
「あっ、申し訳ありません……嬉しくて、つい……」
「"ううん、私も同じだよ。"」
先生にそう言われて、ただうつ向いてモジモジとしていたら、見慣れた二人の人影が目の前に現れて驚きのあまり言葉を失ってしまう。
「えっと、もしかしてアイカと先生って……」
「あれ、マアサちゃん気付いてなかったの~?ずっと前から付き合ってたみたいだよ~」
マアサはともかく、マイハには僕らの関係を気付かれてた……?完璧に隠し通してきたはずなんだけど……。
「"ま、マイハ……?"」
「これでもトリニティで一番の情報通だからね~。あ、でももちろん言い触らしたりはしてないよ。わたしも二人のこと、応援してたからね~」
マイハにはかなわないな、本当に……。そうして「結婚式には絶対呼んでね~」と言うマイハたちとわかれて寮に戻り、荷物を残らずロイアルティー号に積み込んで部屋を片付けて引き払い、先生と一緒に運転席に乗って懐かしの実家へと帰っていった。
◇
数時間二人で車に揺られて、目的地である邸宅の前に到着する。ようやく戻ってこれた、安心する場所。
「ただいま!お父さん、お母さん!」
すぐに運転席から降りて扉を開けると、ロイアルティー号の走行音を聞いて僕が帰ってきたことに気付いたのか、両親が待っていた。
「おお、アイカ!おかえり、トリニティ卒業おめでとう!」
「待ってたわ、アイカ。さあ、まずは疲れたでしょうしゆっくりしましょう」
変わらず暖かく迎えてくれる家族にジンと心を打たれながらも、忘れずに言わないといけないことを伝える。
「うん、それで、今日は紹介したい人がおるっちゃんね」
「紹介したい人?」
そう親が聞き返したところで、その人は僕の後ろから顔を出して挨拶をする。
「"どうも、直接お会いするのは初めてでしょうか。シャーレの先生です。"」
「シャーレの先生……なるほど、この人が……」
「で、その……あたしね、この人と……」
結婚を前提に付き合っている……改めて口に出すとなると、気恥ずかしさでうまく言えなくなってしまう。そうしてモジモジしていると、先生が続ける。
「"娘さんと婚約していまして、アイカさんの卒業を機に結婚しようと。"」
ただでさえ顔が火照ってしまっているのに、言おうとしたことを代わりに言われてしまったことでさらに恥ずかしさで一杯になり、顔を手で覆ってうつ向いてしまう。
「それは……本当なのか、アイカ……!?」
「うん……先生には色々とお世話になっとるし、ずっとこの人がいいって思っとって……」
顔を上げて両親の出方を伺う。もしかしたら、結婚はまだ早いとか言われるかもしれないと微かに不安に思っていると、父が口を開く。
「私は……先生がアイカを貰ってくれるなら、全く不安はありませんよ。日頃からお世話になっていたみたいですし。何より1年生の時、アイカを救ってくださった命の恩人ですからね」
「そうね、是非ともアイカをよろしくお願いします」
こうして僕は、無事に卒業と同時に大好きな人と結ばれることになった。
農家の跡取りとして、決して楽ではない農作業に本格的に戻ることになるだろうけど、先生と一緒なら大丈夫。これからの日々が楽しみで仕方ない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
トリニティを卒業して、先生と結婚式を挙げてから十数年が経った。しばらくは実家暮らしだったけど、夫の仕事のためにD.U.地区の辺りに新居を買って引っ越した。そして毎日のように愛しい人と蜜月の時間を過ごし、あたしと夫の間には四人の娘が生まれ、一番上の子が高校に進学することになった。
「よか、フウリ?もしトリニティでなんかあったらすぐにあたしに連絡するとよ。もしフウリのこといじめる子がおったらあたしがくらしに行くけんね」
「もう、お母様ってば。心配しすぎですよ、私は大丈夫ですから」
長女のフウリはあたしや夫よりも大きく成長し、現在の身長は183cmだという。しかもまだ伸びるだろうというのだから驚きだ。
あたしと同じくトリニティに進学したいということだったので、あちらに馴染めるようなお淑やかな女性になれるよう教育に努めて、物腰柔らかなお嬢様といった感じに育った。
ただ、その巨躯に違わず結構な大食いで、実家から支援してもらっていなかったから結構大変だったと思う。
ちなみに支援の代わりに、というわけではないけど小学生の次女と三女は実家で地元の学校に通わせ、放課後や休日は農作業の手伝いをしてもらっている。両親の話ではフウリに似てよく食べるのだとか。
「おかーさま、おやつー」
「もう、ヤエ……さっき食べたやろ?太るけん駄目よ」
「けちですー」
フウリを送り出したら、今度は今年4歳になる四女のヤエがあたしたちのところにやってくる。ヤエはとても賢い子で、既に流暢に自分の気持ちを言葉で表現できていて、将来がとても楽しみ。
ふと、隣を見上げると夫は娘たちを見て微笑んでいて、気になって声を掛ける。
「あれ、あなたそんな感慨に耽ってどうしたとよ」
「"いや……この何気ない日々がとても幸せだなぁと思ってね。"」
その言葉に、心から同意する。素敵な家族に囲まれて、あたしは本当に幸せだ。この世に生を受けて、何十年と過ごしてきて……あの時、命を助けてもらって本当に良かったと思える。
「ふふ、あたしはあなたと結婚できて、可愛い娘たちも生まれて……本当に幸せっちゃん。……愛しとうよ、あなた」
「"うん、ありがとう……私もだよ、アイカ。"」
愛する夫の手があたしの頭を撫でる。暖かくて、少し大きくて、頼りがいのある、そんな手のひら。もう少しだけ、この心地良い時間に微睡んでいたい。そうしてこの幸福な家庭がずっと続いてほしいと、そう願って──。
………。
……………。
……………………。
長くて幸せな夢を、見ていた気がする。
「…イ…ゃん、ア…カちゃん~?」
「うぅん……?」
「目が覚めましたか、アイカ」
目を擦りながら起き上がると、見慣れた二人の顔があった。
「んぅ……マイハさん……マアサさん……?」
マイハもマアサも制服姿で、一体何があったんだろうと思いながらベッドを出る。
「お二人とも、どうしましたの……?」
「どうしたも何も、今日は三人でシャーレの当番だったじゃないですか」
そうだっけと思いながらカレンダーを見ると、今日は確かに当番の予定日だった。
「それでね、待ち合わせ場所で待ってたけど全然アイカちゃんが来なくて。電話にも出ないからどうしたんだろうと思って~」
「心配に思って寮の部屋に来たら、幸せそうに爆睡しているアイカがいたんです」
時計を見ればもう17時過ぎ、外は夕焼け色に染まり始めていた。間に合わないどころの話じゃないなこれ。
「え、その……当番は……?」
「揺すっても全然起きなかったから、一旦諦めて机にメモ置いてシャーレに行ってきたんだよー」
「当番の業務も終わって、様子を見に戻ってきてもまだ眠ったままだったんです。これ以上眠ったままなら救護騎士団に連絡しようかと思ったところで、ようやく目を覚ましましたよ」
先生に連絡して謝らないといけないなと思ってベッドの端に座ってスマホを手に取ると、マイハが。
「そういえば、どんな夢見てたの~?なんだか、すごく幸せそうに『大好き……』とか呟いてたから気になっちゃって」
「アイカがそんな風になる夢って中々想像が付かないですからね」
そう期待した眼差しで僕が夢の内容を語るのを期待する二人だけど……。
(……言えないに決まってるでしょ!?)
皆に隠れて先生と付き合っていた上に、卒業後は実家に連れ込み結婚して子供まで作った夢なんて言えるわけがない。
「……黙秘権を行使しますわ。そして寝言も忘れてください、絶対に」
「ええ~?可愛かったのに~」
「……まあ、そういうこともあるでしょう。とにかく、何事もなかったようで何よりです。それでは、私たちはそろそろ失礼しますね」
そう言って粘ろうとするマイハの肩を掴んで退室していくマアサ。一人残されたベッドの上で、恥ずかしさのあまり枕を被って脚をジタバタさせる。
「なんなんですのよ……!?」
あんな夢見ちゃったら、しばらく先生とまともに顔を合わせられそうにない。というか今から電話で寝坊についての謝罪をすることすらも色んな意味で怖い。いや、先生はこれくらいで怒ったりはしないだろうけど……。
「はぁ……覚悟を、決めましょう*2」
そうして深呼吸を入れて、シャーレの番号にかけて、その人が電話に出るのを待った。
おめでとう!トリニティイナカムスメは トリニティイロボケムスメに 進化した!
……まあそんな冗談はさておき、解説に行きましょうか。まずはこのえらく具体的な夢はアイカの完全なる妄想……ではなく、別世界線で有り得た出来事の追体験という設定です。無数にある並行世界のうちのひとつでは、アイカが先生と結ばれるなんてこともあるかもしれないというわけです。残念ながら正史ではありませんが。(無慈悲)
ちなみに結婚式の描写は省かれていますが、結婚証明書に署名をする時はアイカの羽の羽ペンを使っています。(羽ペンについては「忘れがたい記憶」の後書き参照)
それと夢の中におけるアイカと先生の娘について。
元ネタのネフィリムは書物によって描写に違いがありますが、一般的に知られるのはとてつもない巨人の化物で地上の食物を食らいつくし、しまいには共食いまで始めて神に滅ぼされた、と言うもの。
ですがこの場面では曇らせなんて求めてないので、アイカの娘はちょっと身長が高くて大食いなだけの普通の子供です。フウリは「ネフィリム」からフィリを取り出して名前らしく変えてフウリ、ヤエは『ヨベル書』7章22節でのネフィリムの呼び名と思われる「エルヨ」を逆にしてヨルエ→夜江→ヤエという由来ですね。
ちなみにこの話は、個人用に作っていたアイカと先生のゴニョゴニョ……な小説からエ駄死シーンを抜いて大幅に加筆したものです。
あとあまり長くなってもしょうがないのでここら辺で終わりにしますが、アイカと同じ博多弁巨乳な生徒・アスハちゃんがヒロインの短編小説『Previous Feast』を書いています。もしよろしければ読んでいってください。
……ええ、白状しますと方言巨乳美少女結構好きですよ。ブルアカには残念ながらほとんどいませんが(ニヤはそれっぽいかもしれない)、某アイドルものの月岡恋鐘ちゃんとか、別のアイドルもので鈴村優ちゃんとか。
まあそれはおいといてそろそろお暇しましょうか。もし次作があれば、そちらでまた。