神宿ル劍   作:竹河参号

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11.闇の先触れ

「さて、誰から話がしたい?」

 

 

 ところ変わり、砦の応接室。カルドクとラグを急遽呼び出し、重苦しい沈黙に包まれた部屋で口火を切ったのは、意外にもゴーシュだった。いつものように抑揚を欠いた声音で言葉を紡ぎ、無表情で一同に視線を巡らせた。

 

 

「その分だと、何か有用な情報を掴んだってことっスね?」

「……本来は、断片的な情報提供のつもりだったのだが。図らずも、一つの推論が成立してしまった」

「――じゃ、答え合わせといきましょうか?」

 

 

 身を乗り出したラグが、ゴーシュの言葉を受け、ぎろりと思わせぶりな視線をやる。向かう先は当然、エレナとエリスだった。

 

 

「ど、どういう意味かしら。オホ、オホホホホ」

「あんた、腹芸下手なんだな……この人にバラされたいか、自分からバラしたいか。好きな方を選べってことだよ」

 

 

 震え声で必死に空とぼけるエリスへ、一斉に白い目が向けられた。わざとらしく目を泳がせ、冷や汗まで浮かべているその様は、一周回って芸達者にさえ思える。主たるエレナさえ、あちゃーと頭を抱えていた。その頭に乗っているムルムルも、何となく呆れた顔を向けている気がした。

 

 

「オイ待て待て、俺ァ何も把握してねェぞ。つーか、この兄ちゃんは何もんだ?」

「団長、それ言わせると、ほぼ自動的に答え合わせになっちゃうんすよ」

 

 

 困惑するカルドクの問いを、扉際に立っていた崚が制した。肝心のクライドは、包帯で肩口の創傷を縛った姿で、訝しげに一同のやり取りを見ていた。

 

 

「待て、どういうことだ。――ひょっとして貴様ら、この方がどなたか知らないまま……?」

「そーゆーコト。教えてくれてたら、ここまで回りくどい会話はしてねーんだわ」

 

 

 やがて状況理解に至ったらしく、クライドは困惑のまま崚に問うた。大方、『エレナ様を攫った不埒者共』などと思っていたのだろうが、まさか本人たちも状況を把握できていないとは思っていなかったのだろう。厭味ったらしい崚の返事に、彼は思わず頭を抱えた。さすがに崚も同情を抱いた。

 一方、エレナは終始沈痛な表情を浮かべていた。想定外の事態に動揺しているというよりは、いずれ来るべき破綻が来てしまった、その事実を噛みしめているようだった。

 

 

「――……ゴーシュさん、でしたね。まずは、あなたからお話を」

「了解した」

 

 

 やがて絞り出したエレナの言葉に、ゴーシュは短く応答した。彼女の覚悟に対する配慮は一切感じられなかった。

 

 

「――およそ半月前、とある高官の馬車隊が、王都カルトナから秘密裏に出発した。

 行先はカーチス領都イングス。当然、途中でロロ関を経由するが、関所の管理責任者には連絡されていなかったようだ。

 しかし、同隊と思しき集団がイングスに到着した記録はない。公示されていないが、カーチス辺境伯が捜索隊を編成したという情報を掴んだ。このことから、辺境伯本人はこの馬車隊のことを把握していたようだ」

 

 

 ゴーシュが切り出した、つい最近どこかで聞いたような話を聞きながら、「この人、意外と回りくどい話をするんだなあ」と崚は思った。

 これは今回の騒動の裏取り程度のもので、その『とある高官』とやらの素性に関する情報も、当然掴んでいるのだろう。「誰なんだ、ソイツは」というカルドクの問いをやんわりと制し、ゴーシュは話を続けた。

 

 

「そしてもう一つ。エギル山賊団の生き残りを捕捉し、尋問に成功した。同山賊団に彼女たちの襲撃を依頼したのは、“ボルツ=トルガレン”という組織だ」

「どういう連中だ」

「簡単に言うと、カドレナの政治結社だ」

「…………その、セイジケッシャってなァ、何もんだ?」

「――ゴーシュさん、飛ばして下さい。たぶん団長以外は理解してるんで」

「んだとォ!?」

 

 

 呆れたラグがカルドクの言葉を遮り、強引に話を飛ばそうとした。当然に憤慨するカルドクを、エレナだけが慌てて宥めようとしていた。

 

 

「かいつまんで説明すると、北のサヴィア大砂漠のさらに向こう――カドレナ大公領をベルキュラスから独立させることを目的に活動している、非合法的な組織だ。ベルキュラス各地で暗躍し、主に都市部で破壊活動や恐喝行為を行っている。行動自体はそこらのならず者と大差ないが、金銭や食糧そのものではなく、『王国への嫌がらせ』を主目的にしている、と認識すればいい」

「ほーん。――つまり嬢ちゃんらを襲わせたのも、その範疇ってことか」

「少なくとも、活動資金や物資の調達が目的ではない」

「まぁ、真逆っスからねぇ」

 

 

 ゴーシュの説明で理解が及んだらしいカルドクが、静かに目つきを鋭くさせた。文盲に毛が生えた程度の学しかないカルドクにとって、小難しい政治のことなどさっぱり解らないし興味もないが、要するに『王国を切り崩すための戦略』と理解すればいいらしい、と納得した。ならば突き詰めるべきは、「エレナへの襲撃が、連中にとってどの程度重要だったか」という疑問だ。本丸あるいは要衝を落としに掛かっているのか、それともさらに前段階の布石か。

 

 

「最後に。最初に話した馬車隊が出発する少し前に、()()()()()による王立学問所への慰問の予定が取り止めになっていたらしい。これは調査過程でたまたま耳にしたもので、本件との関連性は薄いと思っていたが――」

 

 

 ゴーシュが言葉を切るのとほぼ同時に、全員の視線がエレナに向いた。おろおろとしているエリスの挙動が、全てを物語っているようなものだった。

 

 

「え、エレナ様――」

「しょうがないよ、エリス。――この人たちは、たぶん最初から気付いてた。平民の浅知恵と侮っていた、わたしたちの非だよ」

 

 

 狼狽えるエリスを、エレナが観念したような表情で制した。領主との繋がり、反王国勢力による襲撃、そしてこのクライドなる騎士の色めきよう。ここまで揃えば、よほど勘が鈍くない限り事情を察して余りある。最後の情報など、ほとんどおまけでしかない。

 エレナは緊張を和らげるように深呼吸をすると、改めて居住まいを正し、傭兵団とゴーシュに視線を視線を向けた。

 

 

「善意で助けていただいた身でありながら、勝手な都合で身分を偽り、皆さんを欺いていたことをお許し下さい。

 ――皆さんのご想像の通りです。私の名はエレナ・ティル・ベルキュラス。現ベルキュラス王カルザスの娘にして、王位第一継承者です」

 

 

 しばらくの間、声をあげる者はいなかった。

 むっつりと眉をしかめ、腕を組んだままその言葉を受け止める者が二人。頭を抱えて項垂れる者が一人。そして無表情で沈黙を守る者が一人。薄々分かっていた事実に、いまさら驚愕する者などいなかった。

 重苦しい沈黙に耐えかねたのか、クライドがおずおずとエレナに問うた。

 

 

「エレナ様――その、事情がよく分かっていないのですが……この者たちは、もしや……?」

「うん。死に蠢く(エンピエル)に襲われていたところを、この人たちに助けていただいたの」

「えッ、死に蠢く(エンピエル)ぅ!? 本当に、よくぞご無事で……!」

 

 

 さらりとエレナから語られた事情は、クライドを動揺させて余りある内容だった。やはり死に蠢く(エンピエル)という魔物は、この端正な顔をすら畏怖で歪める程度には、悍ましい化物であるらしい。それがざっと四十は超えようかという大勢力で襲ってきたのだから、あの時はエレナらも生きた心地がしなかったことだろう。

 

 

 ――何となく、腰に差していたサーベルに意識が向いた。

 騎士たちに襲い掛かっていた後方から仕掛けた。ともに戦う味方もいた。自慢になるほどの腕前ではないが、崚自身、武術の心得もある。――それでも、あの戦果はやはり異常ではないか?

 初陣の緊張があったかと言えばあったし、なかったかと言えばなかった。何しろ「生身の人間を相手取って殺し合うかもしれない」と身構えていたところに、蘇り者(ゾンビ)である。介錯の心境が特にあったわけではないが、少なくとも殺戮への忌避感はなかった。

 しかし、しかしである。ベテランの傭兵たちと肩を並べて戦う初陣で、数えるのも面倒臭く感じるほど多くを斬り捨てることができたのは、やはり異常というほかない。正確に首級を数えたわけではないが、おそらく単独での撃破数は崚が最多のはずだ。四肢を潰して無理矢理動きを止めなければ始末できないような相手に対し、一刀両断で斬り捨てることが出来たのは、それを振るった崚の技量を指し示すものではない。もっと別の、得体の知れない何かの要因だ。

 それに、先ほどのクライドとの戦闘での変貌。何もしていないのに、戦闘中に突然真っ黒に染まり、そして何事もなかったかのように元に戻るのは、どう考えても異常だ。少なくとも、魔法だの魔物だのが跳梁跋扈するこの異世界にあっても、そんな事象はありふれた日常風景ではない。この一月半、見たこともなければ聞いたこともない事象が、立て続けに起きている。

 明らかに、()()()()()()()()()

 

 

 ……と、そんな思考に崚を浸らせる雰囲気は、少なくともこの場には漂っていなかった。

 

 

「――本っ当にすんませんでしたァァァッ!!!」

「!?!?!?」

 

 

 素早く椅子から退いたかと思うと、ラグは電光石火の速さで平伏した。だぁん! と撥音がなりそうな勢いに、エレナがびくっと驚愕した。

 ぺったりと体を屈め、もはや床と一体化せんばかりに平たく小さくなったラグの背に、カルドクが呆れた様子で声を掛けた。

 

 

「急にどうしたんだ、お前」

「イヤ何でそんな平気な面してんスか団長! 相手は王女サマっスよ!? ホラ早く頭下げて、頭が高いんスよ首スッ飛ばされますよ!? リョウくんも何ボーっと突っ立ってんのホラ早く!!!」

「今更だろ」

「今更ですよね」

「今更でございます」

「だまらっしゃい特にそこのバカ二人!!!」

 

 

 カルドクと崚の平然とした態度に、顔を上げたラグがぎゃんぎゃんと吼える。しれっとエリスが混ざっているあたり、慣れたのか元々なのか、なかなか神経の図太い女であった。代わりに、というかラグ以上におろおろしているのは、エレナであった。

 

 

「や、やめて下さい、ラグさん。お世話になったのに、いまさらそんな……」

「イヤほんと無礼者揃いでごめんなさい!!! 悪気があったワケじゃないんス学がなくて礼儀を知らなくて道理を知らないだけなんス!!! どうか縛り首だけはご勘弁をォ……!」

「そんなことしませんってば!!」

 

 

 ぐっと顔を伏せ、涙交じりに懇願するラグに対し、エレナはほとんど悲鳴のような声音で否定した。

 一方、何の説明もなく話が進んでいく中、なんとか事情を掴めたらしいクライドが、何とも言い難い表情でエリスに問うた。

 

 

「……何となく、事情が読めてきました。お二人がそのような格好をなされているのも……」

「……はい。この方たちには素性を伏せておりましたので、匿ってもらう代わりに雑用をと言われ……」

「――……なんと不遜な……」

 

 

 エリスの答えに、クライドは頭を抱えて項垂れた。仕方ないと言えば、仕方ない。だからと言って、自国の王女に雑用をさせ、顎で使っていい道理があるはずもない。開き直っているカルドクや崚が(おか)しいのであって、どう考えてもラグが一番真っ当な反応である。この傭兵団における各々の立場関係性も、何となく把握できてきたクライドだった。

 あと残るは、そのクライドの素性だ。それを問い質す役目を買って出たのは、崚だった。

 

 

「で、お前は?」

「ベルキュラス王国蛟竜騎士団、エレナ王女殿下付き近衛隊所属、クライド・アークヴィリアだ。エレナ様が行方不明になったとの報せを受け、独自に捜索を開始した」

「……独自?」

「まさか、一人で飛び出してきたの!?」

「申し訳ありません。エレナ様に万一があったらと思い、いても立ってもいられず――」

 

 

 驚愕するエリスとエレナに対し、クライドが申し訳なさそうに眦を下げる。どんな表情をしても絵になるのだから、美男子は得だ。崚はふーんと聞こえよがしに鼻を鳴らした。

 

 

「ふーん。そんな白馬の騎士様は、俺たちが誘拐したと早とちりして、カチコミかけてきたってワケですか。ふーーーん」

「――それについては、本当に申し訳ない。まさか助けた側とは思い至らず……」

「結果的に何事もなかったんだからいいでしょ。意外とみみっちいこと言う子なんスねぇ」

「つーか、逆にケガさせてんじゃねーかよ。お前が謝んのが筋だろうが」

「こちとら危うく焼き殺されるとこだったんすけど!?」

「あと、連れてきた馬は栗毛なのだが……?」

「慣用句だようるせーな!」

 

 

 が、そんな崚の不満は、周囲の同意を得られなかったらしい。心底申し訳なさそうに頭を下げるクライドの向こう側から、カルドクとラグに言い咎められた。何だかんだ一番危ない目に遭っているはずなのだが、どうしてこうもぞんざいな扱いを受けるのだろう、と崚は不満に頬を膨らませた。おそらく人徳である。

 

 

「――いやおい、ちょっと待て」

 

 

 しかし、厭な予感が崚に冷静さを取り戻させた。

 

 

「どうした」

「お前、独りで調査して、独りでウチまで辿り着いたのか」

「ああ。それが何か?」

 

 

 崚の問いに、クライドが当然のような口ぶりで返す。それこそがまさに、崚の厭な予感を加速させた。

 

 

「――マズくないすか、ゴーシュさん」

「そうだろうな」

 

 

 崚の神妙な言葉に、ずっと沈黙を守っていたゴーシュは淀みなく応えた。同意する言葉に、しかし危機感はさして感じられなかった。

 

 

「……え、何スか? まだマズいことがあるんスか?」

 

 

 俄かに異様な雰囲気を見せた崚に対し、ラグが冷や汗を浮かべながら問うた。

 

 

「見てくださいよラグさん、こいつのこの、明らかに裏社会慣れしてない雰囲気」

「……貴方のその、息をするように嫌味を吐く性分は何なのです? なにか病の類ですか?」

「つーかお前も大差ねェだろ」

「うるさい。とにかく、こんな奴が勢いだけで飛び出して、一人で聞き込みして回って、ここに辿り着くことが出来てるんすよ。しかも察するに、調査開始から一週間がせいぜいだ。

 ――頭数も悪知恵も優れてる連中に、同じ真似が出来ないと思います?」

 

 

 崚の言葉に、一同はようやく事態を理解し、応接室にさぁっと緊張が走った。

 クライドと同じように、しかし彼とは異なる目的でエレナを探し求める集団が、もう一つある。正確に言葉に出して共有したわけではないが、ここにいる全員がその名を知っている。すなわち、ボルツ=トルガレンだ。

 エレナの素性や目的を知っていたとはいえ、クライドが独力で一から調査し、ここに辿り着いたということは、それまでの手掛かりが残っていたということである。――ほぼ同じ条件で、より優れた調査能力を持っている連中が、ここを嗅ぎつけていないはずがない。

 果たしてその答えは、どたどたという騒音とともにやってきた。

 

 

「――団長!! ラグさん!!」

「エレナ様! エレナ様はご無事か!!」

 

 

 弾き飛ばすように開かれた扉から文字通り飛び込んできたのは、ジャンとライヒマンだった。ぜぇはぁと息を荒げて駆け込んできた様子を見るに、よほど急いで来たらしい。扉の反対側でその姿を見た崚は、何とも言い難い感慨を覚えた。

 

 

「……何か変な組み合わせが来た」

「何の話!? いやそれどころじゃねぇっつーの! 外見てください外!」

 

 

 崚の言葉にジャンは律儀に突っ込んだが、即座に気を取り直し、カルドクらに向かって叫んだ。

 その言葉に目の色を変えたカルドクらが、こぞって窓に駆け寄る。崚も同様に状況を確認したかったのだが、扉側に立っていたことが災いし、一同からやや出遅れた。というか、カルドクの巨体が大部分を占有しているせいで、見ようにも見えない。

 何とか力いっぱいカルドクの体躯を押しのけ、辛うじてできた隙間に顔面をねじ込む。ようやく外を覗き見ることに成功した彼の目に映ったものを、崚は一瞬理解できなかった。

 

 

「……は?」

 

 

 四メートルは優にあるのではないかという、見上げるような巨体。鈍色(にびいろ)の光沢を放つ甲殻は、その全身を隙間なく覆っている。異常に発達した前腕部――あるいは前脚と呼ぶべきかもしれないが、正確な呼称はさてどうでもいい――には、指らしきものが見当たらない。引き摺られるように生えている小さな後脚は、果たしてどこまで役に立っているのか。体躯と比するとクルミほどに小さく見える頭部の中心に、虚ろに輝く赤黒い眼が六つ。

 

 

「――あれは……“イシマエル”……!?」

 

 

 ラグのかすれた声が、その異形の名を崚に知らしめた。

 

 

「何で、ここに……」

 

 

 誰かの喉から絞り出されたその問いに、答えられる者はいなかった。

 

 

 崚の心臓が、どくんと高鳴った。

 

 




イシマエル
 呪われた魔物たちの総称
 かつて世界を脅かした“魔王”の配下といわれ
 彼らの出現は、不吉の象徴とされる

 もとより、魔物とは忌むべきものどもである
 それを於いてなお“呪われた”と冠せらる彼らは
 もはや尋常な生き物ではない

 だが人の世には、彼らを統べる術があるという
 まこと世界は広いものだ
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