神宿ル劍   作:竹河参号

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04章 魔の凱歌を謳え
01.追放


 王女軍にカドレナ軍と砂人(オグル)連合軍が合流し、二週間あまりが経過した。

 オルステン歴七九一年も七月を迎え、王女軍の発足から一ヶ月。発端となったアレスタの謀反からは、実に二ヶ月近くが経過している。戦況は、概ね王女軍優勢といっていい。数こそ劣れど精兵揃いの両軍が加勢したことも一因としてあるが、彼らがベルキュラスにとって『外様』であることがとくに影響していた。つまり、ベルキュラス側の軍兵に「いずれ敵対するかも知れない連中に、みすみす戦果を渡してなるものか」という対抗意識が生まれ、士気の維持に繋がっているのである。ある種の利権争いに近い精神性であり、つまりは往時の反乱軍と同じ、一歩間違えば軍そのものの瓦解を招きかねない危険性を孕んでいるが、しかし実際に好戦果として形になっている以上、この勢いを押し止める大義名分もなく、せめて暴走だけはしないよう、王女軍首脳部はその制御に腐心させられている。

 

 

 一方で反乱軍は、その後ろめたい肩書に加え、切り札のひとつであった氷の悪魔(ベルベス)が撃破されたことで士気を大きく低下させ、その勢いを喪失。勢いづいた王女軍に抗戦も叶わず、真っ先に制圧したはずの王都カルトナすら、早々に放棄した。とはいえ、逃げ場はない。海と砂漠に囲まれたベルキュラスにおいて、逃避先など事実上存在しない。戦線を下げることは、そのまま支配領域を擦り減らすことと同義であり、やがては軍兵の置き場にすら困窮することになる。天領での本軍戦勝を受けて勢いづいたレオール軍の快進撃により、ザミア軍が散々に敗走したのも向かい風となった。反乱軍の占領区は事実上、南東のイルコーン領を残すのみとなっている。

 

 

「――これを承知の上で何もしない現状こそ、不気味ではありますのぉ」

 

 

 とは、第一副将モラドの言である。懸念の矛先は、当然にアレスタである。かのレノーン聖王国との国境争いにおいて、幾度も同軍を退けたという稀代の名将。それがこのジリ貧の状況を把握できていないとは思えず、何かしら起死回生を図るはずだ、というのが軍首脳部の懸念だった。現実として、反乱軍から降伏の申し出はない。主将エレナの意向により、降伏勧告の使者が幾度も差し向けられていたが、そのいずれもが門前払いという結末に終わっている。

 その一方で、攻勢をかける王女軍に応戦しては、敗走して戦線を下げる――その繰り返しに、当の王女軍でさえ不気味なものを見出し始めていた。氷の悪魔(ベルベス)こそが頼みの綱であったに違いない、属領上がりの田舎将兵には土地勘がないのだろう、あるいは発端となった謀反の頃から、すでに狂乱の病に侵され正気を失くしていたのではないか……そんな楽観的な視座は、前線兵たちの雑談でしか取り上げられなかった。そもアレスタ本人が、一向に戦場へと姿を現していない。まるで王国の裏切者を次から次へと使い潰すかのような、無為極まりない用兵ぶりは、その真意を伺わせない。深い霧に向かってひたすらに矢を射掛けているかのような錯覚を、王女軍首脳部に抱かせた。

 

 

 ヴァルク傭兵団といえば、開戦前のカルドクらの脅しに反し、誰一人として()()()を出していなかった。王女と懇意にしている傭兵たちを無暗に使い潰せない、というのはある。しかしそれ以上に、氷の悪魔(ベルベス)との交戦――名だたる大悪魔と交戦し生還した精兵ぶりが、風聞として広く轟き始めていた。呪われた魔物共すら退ける、万夫不当の英雄たち……そんな豪華な尾鰭背鰭が付け加えられた伝説の傭兵団、その栄光に我も続かんと、入団希望者が続々と集まってくる始末である。

 

 

「やっぱあの子受け入れるんじゃなかった!!」

 

 

 とは、同参謀ことラグの弁である。彼の言う『あの子』が指しているのが崚なのかエレナなのか、本人にも判然としていなかった。前線指揮、兵糧軍備の調達、怪我人の治療あるいは後方への移送、正規兵を始めとする他部隊との連携調整に加え、入団希望者の審査と配属調整、軍紀の指導と徹底……たとえ彼が三人に分裂しようとなお余る仕事量は、彼を大いに発狂せしめ、前述の悲鳴をたびたび上げさせるに至っていた。この忙殺ぶりにカルドクも流石に見かね、手を貸すと決めたはいいが、慣れない事務仕事に音を上げるのが先だった。結局、雇用主であるはずの王女軍に頭を下げ、補佐として文官を数名借りることで何とか維持している。

 肝心の崚はといえば、良くも悪くも相変わらずだった。洪水のように傭兵団の天幕に押しかけ、溢れ返る入団希望者は、それまで三十名足らずの弱小集団だった傭兵団を一大勢力へと押し上げ、すでに「団長と参謀、以下に(ヒラ)の戦闘員」という組織構造では維持できなくなっており、古参の団員たちには次々に役職が与えられた。当然、その立役者とも言える崚に対しても、十人隊長の地位を与えようという声が上がったのだが、しかし肝心の崚本人がその提案に対して文字通り逃げ回り、その名誉を拒み続けていた。王女エレナやカドレナ軍の公女シルヴィアとの仲から、傭兵団を()()()し叙勲を受ける腹積もりなのではないか、という疑いを向けられたこともあるが、しかし変わらず砂人(オグル)連合軍やカドレナ軍との連絡役に奔走する一方、傭兵団の一員として進んで戦場に立ち、ひたすらに敵対者を斬殺して回る姿は、その誹謗の口を閉ざして余りあるものだった。

 

 

 ともかくも、王女軍、ヴァルク傭兵団、崚個人――その全てが、慌ただしくも好調に戦っていた。『明日も同じように生き延びられる』という保証がないことを除けば、順調そのものだった。

 まさに今日までは。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「何がどうなってるのよ!? 全然訳が分かんないのよ!」

「申し訳ありません、オレも把握できておらず……!」

 

 

 七月六日、チムの刻(午前十時ごろ)。怒号を飛ばし合いながら、シルヴィアとクライドが大股で陣内を駆け抜けていた。

 ――曰く、崚が前線に展開していた味方の騎士を殺したのだという。それも、部隊まるごと。二人にとって、まさに寝耳に水の事件だった。

 

 

「本人は!? 何か申し開きとかあんでしょ!?」

「それが……」

「……無いの?」

 

 

 クライドの煮え切らない返答に、シルヴィアは思わず立ち止まり振り返った。それは、十人中十人が思い至る、ごく当然の確認だったろう。信じられないといった目つきのシルヴィアの前で、クライドは躊躇いがちに言葉を続けた。

 

 

「……捕縛されて以降、一度も口を開いていないそうです。尋問に対しても、不遜な態度で黙殺するばかりで……」

「中途半端に納得させられるのが余計腹立つのよ、あんにゃろう!」

 

 

 クライドの説明に、シルヴィアは苛立たしく拳を叩きつけたくなった。妙なところで不遜な割に、妙なところで真面目な奴だとは思っていたが、こんなことで無駄な頑固さを発揮するとは!

 

 

「エレナは!? あの子連れてくれば、少しは絆されるんじゃない!?」

「そのご意向はあったのですが、なにぶん相手がヴェスタ伯の部隊だったらしいので――伯との関係悪化を考えると、エレナ様の立場が苦しくなるから、控えるべしとモラド閣下から……」

「そんくらい、強権で捩じ伏せなさい!」

「それができたら苦労はしておりません……!」

 

 

 シルヴィアの叱責も、クライドの顔に浮かぶ苦々しさを深める効果しかなかった。確かにヴェスタ伯の軍兵(現在およそ六千)は、王女軍主力の中でも勢力が大きい方だ。先日の戦闘でカーチス軍の合流が困難になった現状、ますます重要度の高まったヴェスタ伯と関係悪化するとなると、今後の戦線に悪影響が出かねない。下手をすれば、王国再建後も尾を引くことになる。強権で捩じ伏せてしまうというのも、ひとつの威厳といえばそうなのだが――問題は、傭兵(リョウ)ひとりの身柄がそれに値するかどうか、という勘定だろう。

 ともかくも、まずは事情を把握しなければ始まらない。二人は、まず上司たるヴァルク傭兵団の幹部たちに事情聴取すべく、移動を開始した。

 

 

「俺らも把握してねぇんだよ、それが」

 

 

 が、そんな芳しくない返答を述べたのは、ヴァルク傭兵団副団長に就任したカルタスだった。彼自身、今回の事態に大きく困惑しているようだった。

 

 

「とりあえず、前後を分かる範囲で教えなさい」

 

 

 噛みつくようなシルヴィアは物言いに、カルタスは肩をすくめながら語り始めた。

 

 

「……オース村っていう、こないだ確保したって場所があるだろ」

 

 

 二人の認識に齟齬がなければ、たしか反乱軍が橋頭堡のひとつとしていた村落のひとつで、先日ヴェスタ軍が制圧奪還したばかりのはずだ。

 

 

「あそこに派遣されてた味方部隊に、補給物資を送るっていうから、その護衛にマイルズの隊を配属(アサイン)したんだよ。で、あいつがちょうど手空きだって言うから、その連絡と状況確認のために、先遣に行かせたんだ。マイルズの隊に編成した新入りの――誰だっけな? とにかく、新入りの一人と一緒にな。

 ――で、いざ着いてみたら、あいつが駐屯してた味方部隊を(みなごろし)にしてるってんだから、俺らもビックリだよ。相方は剣も抜いてなかったらしいし、明らかにあいつが一人で()()()()()状況だったし、何より正規兵の連中にも現場を見られたから、握り潰しようがねぇ。結局、正規兵の連中もあいつを捕縛するしかなかった。

 あとは、皆知ってる通りさ。俺やラグさん、団長からも色々言ってやってるんだが、頑として口を開きやしねぇ。取り調べを担当してるっていう、法務官の旦那もお手上げだとよ」

「その、一緒に先遣に行ったという傭兵は?」

「さぁ。なにぶん急に入ってきた連中ばっかりだからな、俺らも誰が誰だか把握できちゃいねぇ。マイルズの野郎も、テキトーに選んだ奴だと思うぜ。たぶん、法務官の旦那の方が詳しいだろうよ」

「とりあえず、そいつをとっ捕まえて吐かせるしかないか」

 

 

 ひとまず、八方塞がりで手出し不能の状況ではないようだ。ふんと鼻を鳴らすシルヴィアを見ながら、カルタスは暗い顔で口を開いた。

 

 

「……なぁ、俺らどうなっちまうんだ?」

 

 

 一回りは年上であるカルタスの不安そうな声に、しかしクライドも言葉を見つけられなかった。

 

 

「……このままあいつが取り調べを拒否するなら、本人の縛り首は免れませんね。相方も、それを任じたマイルズ殿も、相応の処分は避けられないでしょう。

 傭兵団全体まで、直接の処分が及ぶことはないと思いますが……立場が悪くなるのは、間違いないと思います」

「――『奇跡の傭兵団』が、一転して『味方殺しのロクデナシ共』に転落、ってか……」

 

 

 絞り出すようなクライドの説明に、カルタスは大きなため息を吐いた。言葉ほどに、外聞を気にしている様子ではなかった。

 

 

「あんたたち、同じ釜の飯食った仲間なんでしょ。もうちょっと庇ってやるとかないの?」

「言われなくても、そうしたいのは山々なんだけどよ……本人が口を割らねぇんじゃ、俺らもどうしようもねぇ」

 

 

 半眼で睨むシルヴィアの言葉に、カルタスは肩をすくめるばかりだった。崚なりの正義があっての行動ならば、彼らとて胸を張って庇ってやったろう。だが本人が口を閉ざし、その真意をひた隠しにしている。これでは、庇うものも庇えない。

 

 

「何か、心当たりとかは?」

「さっぱりだ。ホラあいつ、何かと気難しいだろ。グライスとも未だに喧嘩してやがるし。――それでも、剣抜くまではしたことねぇから、よっぽど腹に据えかねたことだとは思うんだけどよ」

 

 

 『地雷』という兵器を知らない彼らにとっては、要領を得ない比喩表現だろうが、つまり崚とはそういう人間だった。彼を取り巻くそこら中に、彼の怒りを買う要素が存在し、ひとたび触れれば容赦なく牙を剥く。しかも、無手での暴力にもそこそこ慣れている人間だから、止めるのも一苦労だ。

 厄介なのは、それが()()()()にも向いているという点だ。傍からは得体の知れない感情が彼を苛み、自己嫌悪に陥らせる。今回黙秘しているというのも、ひょっとするとそれが原因なのかもしれない。

 ともかくも、この場ではもう得られる情報がない。目当ての傭兵を捜しに行こう、といち早く振り返ったシルヴィアの背後で、カルタスがちょいちょいとクライドに指を振りジェスチャーを投げた。無言の示唆に気付いた彼は、「オレは他の者を当たってみます」とシルヴィアに一言かけると、そのまま居残った。何も気づかないシルヴィアが颯爽と歩いていくのを見届けると、クライドはカルタスへと向き直った。

 

 

「どうしましたか?」

 

 

 クライドの問いかけに、カルタスはいっそう暗い表情を浮かべた。

 演技だったのだ。すべては、とても(シルヴィア)に聞かせられない話であるがゆえに。

 

 

「――……公女サマの手前、あんまり言いたくない話だったんだけどよ。

 法務官の旦那の方は、もう音を上げたのかも知れねーけど――あいつ、俺には教えてくれたんだわ。何で、味方連中を殺したのか」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 ――そこにあったのは、地獄だった。

 歓声と悲鳴が混じり合う。鉄臭さと磯臭さが混じり合う。

 

 

 ――神が人を罰するための刑場ではない。痛苦をもって罪を雪ぐための拝殿ではない。

 喉奥がじくじくと痛みを訴える。眼球が灼熱に呑み込まれる。

 

 

 ――人が人を辱め、弄ぶための、爛熟する嗜虐の楽園だった。

 ぎりぎりと両手が軋む。筋が、骨が、髄が、自壊しそうなほどに熱を滾らせる。

 

 

 

 

 だから、その(こえ)に従った。

 

 

 斬った。

 砕いた。

 圧し折った。

 

 

 壊して、壊して、壊して、壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して――

 

 

 この禿猿共を(ころ)し尽くせという、内なる(こえ)に従った。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「これより、軍法会議を執り行う。被告人は前へ!」

 

 

 七月八日、チムの刻(午前十時ごろ)。王女軍の野営地、その天幕の一つで、法務局長官ラフマンが朗々と宣言した。

 両脇から衛兵二人に挟まれたまま連れられ、両手を手枷で拘束された崚は、黙ってその命令に従った。不機嫌そうに眉根を寄せたまま、頑なに口を閉ざしたまま。

 

 

「被告人、ヴァルク傭兵団のリョウ! 本審理にあたり、一切の虚偽および偽計を用いず、事実を正確に証言することを誓うか!」

「誓います」

「被告人には、自身に不利な事実について、証言を黙秘する権利が与えられる! ただし行使する場合、それ以外の判明している事実にのみ基づいて、審理と量刑を執り行う! そのことを考慮したうえで、慎重に返答せよ!」

 

 

 ラフマンの形式的な宣言を、崚は話半分に聞き流した。その様子を、王女軍の諸将が――王女軍主将エレナ、第一副将モラド、ヴェスタ伯オーウェン、カドレナ軍主将シルヴィア、砂人(オグル)連合軍主将ラシャルとその通訳が見守っていた。心配そうに見守るエレナとは対照的に、オーウェンはふんと苛立たしげに鼻を鳴らした。

 

 

「第一に、起訴罪状の確認を行う!

 被告人は七月五日、オース村を制圧し駐屯していたヴェスタ軍イェルタ隊の、騎士三十名全員を殺害した! この事実を認めるか!」

「認めます」

「その後、補給のため派遣されたヴェスタ軍マルトー隊に発見され、現行犯として同隊に捕縛された! この事実を認めるか!」

「認めます」

 

 

 ラフマンが原稿に沿って読み上げる罪状確認に、崚は淀みなく返事をした。それは罪を認め過ちを省みようとする反省の意思ではなく、面倒だからさっさと話を進めたいという、無関心によるものだった。オーウェンの額に、青筋がひとつ浮かんだ。

 通例と比してあまりに短い原稿に、ラフマンは言い知れぬ戸惑いを覚えた。本来ならば、ここに被告人から聴取した供述が書かれているはずだった。『味方殺し』という大罪に対する、自己弁護が書かれているはずだった。目の前の少年は、その一切に口を噤んでいた。

 

 

「……被告人は、犯行の動機について一切の証言を提供していない! 申し開きがあるならば、今ここで証言の機会を与えるが、いかがか!」

「黙秘します」

 

 

 あえて弁明の機を与えたラフマンの言葉に対し、しかし崚は即答で拒否した。ラフマンの困惑がさらに深まり、オーウェンの額に青筋がひとつ増えた。

 

 

「――弁明をするなら、これが最後の機会だ。本当に、何も言わなくていいのかね」

「黙秘します」

 

 

 暖簾に腕押しとは、まさにこのことだろう。ラフマンの気遣いに対しても面倒臭そうに目を伏せ、一向に応じようとしない崚の姿勢に、ついにオーウェンがいきり立った。

 

 

「味方殺しだ! 通例に則り、縛り首に処せ!」

「ヴェスタ伯閣下! 許可なき発言は控えていただきたい」

「正当な理由もなしに、我が騎士が殺されたのだぞ! その小僧に正義などない! 真実は一つ、勿体つけた審理など不要だ!」

 

 

 拳を握りしめ、唾を飛ばして吼えるオーウェンを、誰も押し止めることができなかった。崚本人が一向に弁明をしない以上、彼の言う通りにするのが正解だった。そうするしかなかった。

 とはいえ、はいそうですかと処断できるものではない。法治とはこれ即ち客観性に基づいて妥当な判断を下すべきものであり、つまり物的証拠を加味した審理が必要となる。

 

 

「……第二に、現場検証の確認を行う! 担当法務官マーラス、前へ!」

「はっ」

 

 

 ラフマンの命令に、法務官の一人マーラスが進み出る。彼は眼鏡をかけ、手元の書類に目を落としながら口を開いた。

 

 

「まず、検死担当官ミルズの検死結果を提出いたします。――被害者三十名全員の創傷を確認した結果、被告人の保有する武装と一致しました」

「被告人、異論はあるか!」

「あります」

「……何?」

 

 

 初めて崚が示した反応に、ラフマンは小さな驚きを覚えた。これまで一切の自己弁護を行ってこなかった彼の、初めての抵抗だった。

 

 

「何人か、首を捩じ切って殺しました。防御創とかが残ってたかもしんないっすけど、直接の死因じゃない連中もいたはずです」

「……何人だ? 検死結果との相違はあるか?」

「さあ、具体的には覚えてないです。――なにぶん、頭数だけは多かったんで」

「貴様ぁ――!」

「ヴェスタ伯、静粛に!」

 

 

 だがそれは、オーウェンに対する厭味に他ならなかった。白々しい言葉で挑発されたオーウェンが再度いきり立ち、ラフマンは場を鎮める必要性に駆られた。

 そんなやり取りを尻目に、マーラスは努めて冷静に説明を続けた。

 

 

「次に、現場検証結果を提出いたします。被害者は全員、オース村の空き家の一つに集められていました。周辺を調査したところ、別の場所で殺害された痕跡はなく、最初から全員が該当家屋にいたと判断されます」

 

 

 ここまでは、概ね全員が把握している情報だった。何も不審な点はない。だがマーラスは、ふと躊躇うように言葉を切ると、何故かオーウェンへと視線を向けた。

 

 

「それと……その、ヴェスタ伯閣下」

「……? なんだね」

「被害者の遺体ですが――全員に、『奇妙な一致』が見られました」

「奇妙な一致?」

「勿体つけるな。さっさと続け給え」

 

 

 なぜオーウェンの確認を求めたのか、誰も分からなかった。焦れたオーウェンが続きを急かすと、マーラスはふぅと一息ついてから、躊躇いがちに口を開いた。

 

 

「――……全員が、()()()()()()()()()死亡していました」

「――な……?」

「中には、脚絆を履き直した様子の者もいましたが……全員に、()()()()()()()痕跡がありました。

 例外は、ただ一人としていません。――少なくとも、殺された者には」

 

 

 つまり全員だ。まったく予想外の証言に、当のオーウェンでさえ唖然として言葉が紡げなかった。

 ――彼らは何故、脚絆を脱いでいた? 殺されたその時――崚が刀を抜いたまさにその時、彼らは何をしていた? 全員の脳裏に、嫌な想像が過ぎった。どうか思い違いでありますように――ただ己の心の汚さを映し出しただけの錯覚でありますように――そんな認め難い予感が、一同を支配した。

 

 

「発見時、現場には村中から若い女たちが集められており、()()()()()()()()()()だったそうです。

 それと――現場に、()()()()()が散乱しているのが発見されました。一人二人の量ではありません」

 

 

 その儚い希望を、マーラスの言葉が打ち砕いた。彼自身、強い忌避感に耐えながら絞り出した言葉だった。先ほどまで口角泡を飛ばすほどに喚いていたオーウェンは、今や顔面蒼白になっていた。

 

 

「そ……それ、は……!」

「彼女たちの幾人かに、手や腕に軽度の鬱血あるいは擦過傷がありましたが、被告人の携行している武器とは一致しません。本人たちからも、被告人からは一切剣を向けられなかったとの証言がありました。

 また、オース村の村長からも証言がありました。『攻め込まれた時には、反乱軍の連中がもう逃走した後だったが、構わず村の者たちを殺された』『村中から酒と、食糧と、若い女を連れてこいと脅された。武器を突き付けられ、抵抗できなかった』『空き家の一つに集めさせられ、自分は追い出された。女たちの悲鳴が聞こえてきたが、怖くて止められなかった』――だそうです」

 

 

 愕然とする一同――崚を除く全員を前に、マーラスができることは、ただひたすらに調書の内容を読み上げることだった。一同の与り知らぬところで判明した事実を、ただ淡々と述べることだけだった。

 当の崚はといえば、ぐっと固く目を瞑っていた。まるでその脳裏に、当時の瞬間がフラッシュバックしているかのようだった。その醜悪な記憶に、じっと堪えているかのようだった。事実その通りだった。目の奥が焼き切れるような痛苦に、腸が内側からめくれ上がるような不快感に、彼はじっと耐え忍ぶしかなかった。

 

 

「……まさか……」

「……オーウェン閣下。残念ながら、これはいささか事情が変わってきますな」

 

 

 ほとんど茫然自失のオーウェンに対し、ラフマンの視線が向いた。ここにきて、『野蛮な味方殺し』から『義憤と激情に駆られた誅罰』へと風向きが変わり始めた。マーラスが、決定的な一言を口にした。

 

 

「――最後に、被告人とともに連絡役の任務に当たっていた傭兵ドーランから聴取しました。

 オース村に到着した時、応対したのはイェルタ隊の者ではなく、オース村の村長だったそうです。そこで、……イェルタ隊の騎士たちが、村の女たちを――凌辱、しているところを、目撃した、と。

 それを見た被告人が、被害者ら――イェルタ隊の者に斬りかかり……全員を殺害した、とのことです」

 

 

 そしてようやく、マーラスは口を閉じた。とにかく調書の朗読を終わらせたい、そんな一心で紡がれた言葉は、一同を沈黙させて余りある衝撃を与えた。

 しばらく、誰も口を開くことができなかった。通訳による説明を聞き届けたラシャルでさえ、沈黙してなりゆきを見守っていた。最初に沈黙を破ったのは、その美しい横顔を不機嫌に歪め、眉間に深いしわを刻んだシルヴィアだった。

 

 

「――……胸糞悪い話を聞かせてくれるじゃないの。

 つまり、何? エレナが王国のために戦争やってる陰で、女共を()()()にしてたってこと?」

 

 

 あくまでも冷淡な――努めて冷淡であろうとする彼女の詰問に、オーウェンは(おし)のように口をぱくぱくとさせるだけだった。意味のない情動だった。

 反乱軍が、オース村をどのように占拠したのかは知れない。オース村がどんな交渉を強いられ、どうやって反乱軍に見捨てられたのか、そしてヴェスタ軍イェルタ隊に対してどのような対応をしたのか、確かめる術はもはや無い。――だが、「王国の秩序と平和を取り戻す」というお題目で戦っている王女軍だ。その主将たる王女エレナのお膝元で、守るべき民が凌辱されるなど、容認されるはずがない。それを、かのイェルタ隊とやらは破ったわけだ。

 一同の視線が、狼狽するオーウェンに集中した。この様子では、本人も把握していなかったのだろう。ましてや、凌辱の許可を与えたとも考えづらい。しかし配下の軍兵が狼藉を働いたというのなら、その責任を取るのが将の役目だ。無言で突き刺さる糾弾の視線に対し、

 

 

「……な、ならば――ならば何故、釈明をしない!?」

 

 

 オーウェンは逃げた。

 

 

「何故、最初から事情を話さなかった! 何故、そのように釈明をしなかった! 非道徳に対する義憤だと、最初からそのように申し開きをすればよかったではないか!

 それを申さなかった以上、何か後ろ暗いことがあるのではないか!? だから、口を噤んだのだろう!?」

 

 

 しどろもどろになりながら、オーウェンは必死に弾劾の言葉を重ねた。見苦しい言い訳だ。誰もがそう思った。言葉が通じていないはずのラシャルでさえ、愕然とする通訳の言葉を待つことなく、その意図するところを察し、呆れた視線を向けていた。

 

 

「閣下、それ以上は――」

「つまり、そういうことだ! 貴様のそれはただの激情、ただの癇癪だ! それだけで、我が騎士を斬ったということだ! あるいは貴様も同じように――」

「そういうクソみたいな言い逃れを並べるからだよ」

 

 

 見かねたラフマンが、その醜態を制止すべく口を開いたが、興奮するオーウェンは、なおも食い下がろうと喚き散らす。

 ――ずっと沈黙を守っていた崚が、それを遮った。

 

 

「『最初から申し開きをしていたら』? 笑わせんなよ味噌っかすのクソ共が。今そうやって言い逃れを垂れて、重箱の隅をつつくみてーに非をあげつらってるクソ野郎が、何を利口ぶってんだ」

「な、何だと……!?」

()()禿()()()()()()()()()()()が、そういうチンケな言い訳するのが目に見えてたから、いちいち喋んのが面倒臭くなっただけだよ。――これで満足か?」

 

 

 吐き捨てるような言葉の端々が、かすかに震えていた。畏怖によるものでも、緊張によるものでもなかった。溢れ出る激情を必死に抑えつけようと全身の筋肉が収縮した結果、隠し切れない歪みとなって喉の動きに顕れた。ようやく顔を上げた崚に、その灰色の瞳を向けられた瞬間、オーウェンは炎を浴びせかけられたかのような錯覚を覚えた。

 

 

「だいたい何なんだ、その言いようは。俺と連中が()()()()()真似を見比べて、『相手の方が悪いんだから、自分たちは悪くない』とでも言い出すつもりか? この期に及んで、自分が善悪の天秤を握ってる側だと思ってんのか? そんな幼稚な論法で手前(てめえ)を正当化しようって下衆野郎が、何偉そうにもの喋ってんだよ。あんなゴミ共を野放しにしてたクソ野郎が、何をいまさら殊勝ぶってんだよ。

 本当に最初から全部明かしたとして、じゃああんた自分の非を認めてくれるのかよ? 『そうか分かった仕方ない』って利口に振舞って、大人しく聞き入れてくれたって言うのかよ?」

「そ、れは……当然、そのように――き、貴様が、最初から言っていれ――」

()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

 オーウェンの言葉を遮り、崚の激情が決壊した。その両手を拘束する手枷が、みしみしと悲鳴を上げた。

 

 

「俺がいつどこで事情を話そうが、あのクズ共が()()()()()ことは紛れもない事実で、それがこうして明るみになってんのが現実なんだよ! それを言うに事欠いて、『なぜ釈明をしない』だァ!? 寝言ほざいてんじゃねえ頭カチ割るぞ性犯罪者共!!

 手前(てめえ)のその小手先ばっかりの言い訳で、『非道徳』とやらが覆るのか!? 連中に強姦された人たちが――その被害がなかったことになるのか!? ()()()()()()()()()()()()を棚上げして、こんなところでピーチクパーチク喚いてる連中に、いったい何を期待すりゃいいんだよ!?」

 

 

 両隣の衛兵に力ずくで止められながらも、崚の激情は留まることなく溢れ出た。ぎらぎらと輝く憎悪の赫熱が、天幕内を覆いつくした。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「――いかがいたしますか、閣下」

 

 

 その晩、オルスの刻(午後六時ごろ)。天幕のひとつで、第一副将モラドと法務局長官ラフマンが、互いに苦い顔を突き合わせていた。

 主将エレナは、いない。事件の全貌から言っても、崚との関係性から言っても、彼女が崚を庇うことは容易に想像がついた。そして、()()()()()()()()()

 

 

「それを決定する権限はおぬしに委ねておる。おぬしが思うがままに決めてよい」

「私はただの法務官ですよ。末端の役人ふぜいに、そんな重責を与えないで下さい」

「そうかのぅ? おそらく、儂とおぬしで同じ意見になると思うぞい」

 

 

 苦み走った顔で不満を垂れるラフマンに、モラドは白々しく言った。無論、法務官という役職を設置し彼らに必要な権限を与えている以上、その判決にはモラドであっても従うべきという建前がある。とはいえ、ベルキュラス執政官である彼が上位権限者であることは間違いなく、その彼が否を唱えれば、いち役人でしかないラフマンでは逆らえないのが現実だが、モラドは私情で不公平な判決を強要するような人格ではない。ラフマンはため息をひとつ吐いてから、脳裏に記憶した法典の内容を引っ張り出しつつ、口を開いた。

 

 

「……あくまで軍規に則るならば、イェルタ隊の行動は別案件として立件するべきでしょうが――被疑者が全員死亡している以上、処罰を与えようがありません。将たるヴェスタ伯の監督責任を糾弾するのが道理でしょうが、あのご様子では、伯ご本人も把握していなかった可能性が高い。黙認していた様子でもなさそうですし……立件審理は改めて行いますが、形式的な処分を下すことになるかと」

「あの少年のことは庇ってやらぬと?」

「軍規は軍規、味方殺しは事実です。無論、情状酌量の余地はありますが――本来であれば、あくまで加害者たちの拘束にとどめ、正式な手続きをもって弾劾するのが筋道です。それを無視した以上、最低限の処罰を下すほかないかと」

 

 

 ラフマンは努めて冷静に、そして客観的に述べた。――私情を挟んでもよいなら、彼は崚に同情的だった。どんな立場であれ、どんな経緯があれ、民衆を凌辱していい道理などあるはずがない。そんなものを目の前で見せられたならば、彼とて剣を抜かずにいられる自信はない。しかし、軍規は軍規だ。『被害者』側に非があったからといって、崚の非がなかったことになるわけではない。

 一方、そんなラフマンの言葉に、モラドは渋い表情を浮かべた。

 

 

「最低限の処罰、のぅ……」

「不服ですか?」

「儂自身は無いがの。筋を違えたのは、あの少年自身が承知しておる。どのような判決になろうと、黙って受け入れるじゃろうな。あの顔のまま」

「では、問題は……」

「オーウェンの方じゃ」

 

 

 モラドの言葉に、ラフマンもすぐにその意図するところを理解した。

 

 

「あれは絶対に認めんぞぅ。あれだけ決定的な証拠を突き付けられておきながら、なお言い逃れを目論んだ馬鹿者じゃ。()()()()()()、何やかんやとゴネるに決まっておる。無論、軍規違反は動かぬ証拠であるからして、おぬしはおぬしの仕事をしてくれればよい。よいのじゃが……」

「王女殿下との関係が悪化するおそれがある、と」

「そういうことじゃ」

 

 

 モラドの言葉に、ラフマンはひときわ苦い表情を浮かべた。ただでさえ難しい判断を求められているというのに、ここに『軍事力学的配慮』というひときわ面倒な係数が加わることになる。

 

 

「綱紀粛正のため、最低限の処分は与えなければいけない。しかしこの機に伯が離反されると、大きな士気低下に繋がる。そもそもヴェスタ軍がまるごと離脱となると、それだけで我が軍には痛手なので避けたい……これらを勘案した上で、両者の処分を決定する必要がある、と」

「そういうことじゃ」

「……だから言ったでしょう。木っ端役人に、こんな重責を与えないで下さい」

「すまんのぅ。――方々の埋め合わせはこちらでやる。おぬしは、おぬしの仕事を全うしておくれ」

 

 

 どうあっても、後味の悪い結末しか待っていない。渋面で絞り出すようなラフマンの言葉に、モラドはただ慰撫の言葉を述べてやることしかできなかった。

 

 

 翌々日、七月十日に判決が下された。

 ヴェスタ軍の将オーウェン伯には、軍規違反に対する罰金と被害者への慰謝料として、合計で金貨三百枚の支払いが命じられた。

 ――そして、ヴァルク傭兵団の団員リョウには、王女軍からの追放処分が通告された。

 

 




烈光
 無仁流奥義のひとつ
 大上段から刀を振り下ろし、対手の兜ごと頭蓋を両断する
 粗剛な見目に反し、全身の筋肉を使う難技

 神崎家の直系たる崚は、だがその奥義を受け継いでいない
 ただの一瞥、それだけが彼に許された教えだった
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