神宿ル劍   作:竹河参号

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血の幻視
 全ての神器に共通する加護のひとつ
 “魔”の予兆を感じ取り、幻視を通じて認識する

 “魔”とは、大いなる理を外れた悪業の顕現であり
 往々にして、悍ましき血の犠牲を強いる
 それを止めるための、神器と使徒だ



02.一夜明けて

 崚たちを載せた馬車隊は、そのまま夜通し走り抜いた。

 構成する幌馬車(キャラバン)は、三つ。行先の方角は、よく分からない。たとえ目隠しをされたところで、晦冥の湾刀(イーレグラム)の加護により周辺の様子そのものは分かるのだが、崚は方位磁針がないと東西南北の判別がつかないタイプだった。緩く蛇行するカマルグ街道は、そんな崚の不安な方向感覚を曖昧にさせた。最初の軌道からして、北の方を向いていたことは、何となく分かるのだが……

 月と星だけが照らす中、誰もいない街道を勢いよく駆け抜ける。小休止を挟んだ頃には、ティレの刻(午前四時ごろ)を過ぎ、東の空が白み始めていたが、目視できない崚には分からないことだった。

 

 

「なかなか徹底してますね」

 

 

 並んだ幌馬車(キャラバン)越しにエレナとカヤがいるのを確認すると、崚は聞こえよがしに声を上げた。崚と同じように目隠しと手枷をされ、幌馬車(キャラバン)の荷台に横倒しで載せられているが、目立った外傷はなさそうだ。

 

 

「リョウ? そこにいるの?」

「――晦冥の湾刀(イーレグラム)の加護ですか。何とも皮肉な……」

 

 

 状況の分からない女二人が、それに反応した。暗視が利く崚と異なり、視界を塞がれた二人は、さぞ不安だったことだろう。そんなか細い光明を、しかしきっちりと見咎める者たちがいた。

 

 

「おい、騒ぐな」

「いでっ」

 

 

 崚の傍にいた賊の一人が、佩剣を鞘ごと引き抜き、ごんと崚の脚を打ち据えた。脛を打つ重い痛みに、思わず苦悶の声を上げる。

 この連中の前で、下手な会話はできない。それきり静かになった虜囚たちに、賊らの気が僅かに緩んだ。その間隙を縫い、カヤが小声で呪文を紡ぐ。すい、と崚とエレナの耳元で、微風が吹いた。

 

 

『――これなら、彼らには通じないでしょう。念話までは、対策を怠っていたようですね』

 

 

 脳裏に響くカヤの声に、二人は無言で頷いた。法術による念話、これなら賊共にも妨害されまい。

 ごとりと荷台が揺れ、再び馬車隊が走り出した。随分と性急な賊もあったものだ。――ただのならず者ではない。後ろ暗い任務のために編成された、熟練の特殊部隊だろう。

 

 

『……で、どういう()()()()だと思います?』

 

 

 無言で揺れる幌馬車(キャラバン)隊の荷台で、最初に切り出したのは崚だった。

 

 

『大方、レノーン聖王国に先手を取られたのでしょうね。おそらくは――“魔人”に抱き込まれたのかと』

『魔人?』

 

 

 カヤの応答に、崚は首を捻った。初めて聞く単語だ。

 

 

『人にちかい体躯と知性を有しながら、常人を遥かに超えた強大な魔力をもつ人型存在のことです。高位の存在は、“大いなる理”を歪め己だけの異界を生じさせることができるとか』

『あの“魔王”とは別口で、そういうヤバい敵がいるってことすか』

『そうです。確証はありませんが……おそらくは、「“堕落”の魔人、カンデラリア」という者かと。“魅了”の呪術に長け、多くの官吏や将兵を誑かし、いくつもの都市を堕落させたという伝説がありますわ』

『うっわー一番遭遇したくなかったタイプの敵。まさか、こないだの王女軍を襲ったのもそうとか言いませんよね』

『その可能性は高いかと』

『嘘だろおい』

 

 

 念話越しの軽口をなお上回ってくる悪辣な現実に、崚は思わず閉口した。使徒対魔王という極小規模の『大戦争』に、別の勢力が乱入してくるわけだ。しかも、崚のような直情径行の()()()がある人間にとっては、極めて迷惑で対処しづらい『搦手』に秀でているらしい。只人とはいえ王女軍三万を陥れることができたのだから、その脅威は語るまでもない。

 なお悪い事態があるとすれば、それが()()()()()()()だった場合だ。ただでさえ数的優位を覆しうる強大な敵が、他にもいるということになる。

 

 

『で、それがこの状況にどう関係していると?』

『エレナ様は、“天祐”という加護をご存知ですね?』

 

 

 崚の問いに対し、カヤはエレナへと水を向けた。“先史の追憶”によって過去の権能を知悉しているエレナは、迷いなく頷いた。

 

 

『――はい。たしか、霊気で使徒を守り、降りかかる魔術への耐性を与えると』

『その通りです』

 

 

 まるで『使徒授業』の続きのようなやり取りだが、崚にはいまひとつ納得がいかない。仮に魔人の協力があったとして、この推定レノーン特殊部隊の動きと噛み合わない。この連中の行動は、「使徒が魔人の魔術に陥れられていない」という前提があったかのように思える。それこそ、“天祐”なる加護の存在をあらかじめ知っていたかのような――()()()()()()()()()()()()()()ことを、最初から了解していたかのように思える。

 ――もし、逆だとすれば? 「使徒は(まじゅつ)に掛からない」という前提に対し、逆手にとって行動していたとすれば?

 

 

『まさか……使()()()()を魔人の魔術で眠らせることで、使徒の選別にかかった?』

『と、考えるべきでしょう』

『でも、この人たちは普通の人間ですよね? 同じように眠らされるはずじゃ?』

『――……あまり、想像したくなかった事態ですが……あらかじめ、魔人の加護を受けていたものかと』

 

 

 崚の推測、エレナの問いに、カヤは渋面で推測を述べた。事もあろうに“魔”に与するなどと……という、苦々しい思いが込められていた。それがどれだけ重い冒涜に値するのか、この世界の人間ではない崚には窺い知ることができなかった。

 

 

『ふーん。つまりエルネスカ憎しの一念で動いたレノーンの連中は、世界を脅かす魔人の誘いに乗せられて、事もあろうに使徒サマに手を上げた――ってことすか。

 俺が言うのもなんですけど、随分な不届き者もあったもんですね』

『いえ、それだけではありません』

『はい?』

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……はい?」

 

 

 予想外過ぎる返答に、崚は思わず声を漏らした。賊の一人が再びじろりと睨むだけで、何の意味もなかった。

 “神に選ばれた使徒”が、ただの人間に後れを取ると? そんなことがあって堪るものか。

 

 

『神器は“魔”を狩るための兵器。“魔”ではない()()()()()に対して、使徒は神器の権能を振るうことができないの』

『いやそんな無茶苦茶な』

『もちろん、こうした攻撃に用いない術や加護は使えますが……神器が“魔”ではないと判定してしまえば、神威による迎撃は叶いません』

『つまり、あくまでも「魔人の加護を受けた()()の人間」相手には、普通に戦うしかないと』

『その欠点を突かれた結果が、これです……』

 

 

 唖然とする崚に対し、女使徒二人は滔々と答えた。

 つまるところ、こうだ。①まず魔人の魔術で只人たちを眠らせ、使徒を孤立させる。②魔人の加護を受けたレノーン兵は眠らされることなく、襲撃が可能になる。③あくまでも人間であるレノーン兵に危害を加えることはできず、権能を封じられた使徒をそのまま捕縛拘束する。

 ……世界を守る使徒を害するために、世界の敵である魔人と手を結ぶとは、何とも不遜な連中もいたものだ。

 

 

『わたしたちも咄嗟に応戦しようとしたんだけど、向こうの方が上回って……』

『あなた一人であれば、抗戦できたでしょうに……申し訳ありません。己の力不足を恥じるばかりです』

 

 

 忸怩たる思いを乗せて、女二人は念話を返した。暗視の向こう側では、文字通り唇を噛んでいる。まさか、こんな形で陥れられるとは思わなかったのだろう。

 

 

『――で、肝心の魔人は? “魔”に与するものってことで、何とか抗戦できないすか』

『……魔人の気配は近くに感じません。“魔”が近くにいなければ、わたくしたちの神威も機能しませんし――おそらくこのまま、目的地に連れていかれるほかないかと』

『仕掛けた本人はトンズラか。ま、人間共の足を引っ張る羽目なんて、死んでも遭いたくないでしょうしね』

 

 

 一縷の望みに懸けた崚の言葉も、儚く打ち砕かれることとなった。こちらの拙さを悔いるべきか、向こうの手際の良さを褒めるべきか。それはそれとして――

 ――ぎち、と歯車を咬合させる。

 馬車隊の傍らにきらきらと白光が収束し、光の剣気が現出した。馬車隊とすれ違うように駆け抜けていくそれを、賊共が見咎めることができたか、どうか。文字通り光の速さで遠のいていく剣気は、あっという間に崚の意識から離れ、何かに当たる前に霧散した。

 

 

(――(おか)しくないか、これ)

 

 

 ()()()使()()()()()

 昨夜の襲撃の時からそうだ、闇を用いた機動で応戦することができた。しかしカヤの説明が正しければ、それらすべては意味を失っている筈だ。“魔”を穿つ矛が、人を害することなどあってはならないのであれば。

 直接攻撃に使わず、機動戦のためにのみ用いたから、とでも? しかし、それならアレスタと交戦した際の事象と噛み合わない。あの時は政変の真っ只中ということもあり、意味不明の数々だったが、今なら少しだけ理解できる。()()()()()()()()()()()()()()()()()ための拒否反応だったのだ。当然、互いの神器による権能も塞がれた状態での戦いを強制された。――今回と、何が違う?

 ……とはいえ、参考事例が少なすぎて検証には至らない。少なくとも、それが許されるような状況下ではない現状、この問題は一旦棚上げするしかないだろう。

 

 

『陽動で離れてたシルヴィアとゴーシュさんはともかく、団の人たちは大丈夫ですかね』

『この兵士たちが危害を加えていた様子はなさそうですが……わたくしたちが連れ去られた後で、魔人が害を与えている可能性は、否定できませんね……』

『みんな、無事かな……クライド……』

 

 

 話題を変えた崚の言葉に、念話越しながら分かりやすく不安を見せる女たち。この二人に、「己は権能が使える」という不確定要素を伝えるべきか、どうか。

 

 

(――とはいえ、いま暴れたところで……)

 

 

 その現実が、崚の決断を鈍らせた。

 いま崚ひとりが暴れたところで、まともに戦えないエレナとカヤを抱える羽目になる。それなりに熟練した特殊部隊を相手に、事実上崚ひとりで相手をするのは流石に無理があるし、よしんばこの場を脱することができたとして、今度はこのレノーンでの土地勘がない。にっくきエルネスカの手先に対して神経を尖らせているであろう()()のど真ん中で、やたらに目立つ貴人二人を抱えて右往左往する羽目になり、(無事ならば)追走してきているであろう味方と合流するよりも、新たな増援に捕まる可能性の方がずっと高い。つまり、この場は黙って堪えるしかないのだ。

 

 

『で、どうしますか。まさかこのまま断頭台まで一直線、ってわけにゃいかないでしょ』

『――……その、こういう言い方は何ですが……交渉次第では、()()()()()()()()なら、助かる余地はあるかと』

 

 

 何とか打開の策はないものか、と問いを投げた崚に対し、カヤは意外な答えを返した。

 

 

『つまり?』

『魔王の脅威は本物です。彼ら(レノーン)が現状を正しく把握しているのなら、使徒を無闇に殺すわけにはいかないと理解できるはず。“魔”に対抗する重要戦力ですから』

『でも現実は、こうして奇襲なんかして捕えてるわけでしょ。「現状を正しく把握」できてないんじゃないすか』

『……その可能性は、否定できないね』

 

 

 カヤの説明に対し、崚が指摘を述べ、エレナがそれに同調する。目まぐるしい展開で忘れがちだが、魔王復活から僅か一週間そこらしか経っていない。魔王の脅威はもとより、その復活の事実確認すら済んでいないかも知れない。もしもそうなると――恐ろしい推測に、エレナはぶるりと身を震わせた。カヤもそれを否定しなかった。

 

 

『ですが、わたくしたちが「()()()レノーンの尖兵になる」と承服すれば、少なくとも()()()()()()()()()は解放されると思います。――そこまでの信心は失っていないと、信じたいところですね』

 

 

 続くカヤの説明に、崚は顔をしかめた。この人は先ほどから、「崚以外は助かる」という説明を強調している。それはまるで――

 

 

『厭らしい言い方しますね。それじゃまるで、俺一人の(タマ)取るためだけに、こんな大掛かりな真似してるみたいじゃないですか』

()()()()()()

 

 

 半分冗談、半分希望的観測のまま発した崚の言葉を、カヤは迷わず肯定した。これには、さしもの崚も目の色を変えざるを得ない。

 

 

『彼らの狙いは――星剣エウレガラムの使徒。つまり、あなたです』

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「――何やってんだ、この盆暗共がぁ!!」

 

 

 一夜明け、ランの刻(午前六時ごろ)。

 陽動工作を済ませ、しかし一向にクルタ関を通過しない本隊に異変を察したシルヴィアたちは、戻ってきたその惨状にすべてを察した。――またしても先手を取られたのだ。それも、魔人に。

 不始末にぎりぎりと歯噛みしながらも、彼女は何とか残された呪術を解き、傭兵たちを叩き起こした。もとより、魔術とは“呪”を掛ける側であり、解く側としての技術はあまり発展していない。去り際の置き土産とはいえ、ヒトの魔力を凌駕する魔人の呪術を解くのに、彼女でさえまる一夜を要した。

 そして、ようやく覚醒したカルドクら傭兵たちから事情を聞き――その返礼は、その手に握った錫杖によるフルスイングだった。白兵戦を想定していないとはいえ、仮にも堅い金属棒による殴打を、カルドクは黙って受け入れ、力いっぱい殴り飛ばされた。

 

 

「ちょ、団長!」

「手ェ出すな!!」

 

 

 慌てて駆け寄ろうとする団員たちを、声だけで制する。ふーっふーっと荒い息を吐く“魔公女”を前に、カルドクができることはそれだけだった。

 陽動工作による疲労、加えて解呪による魔力消耗、そしてこの醜態である。憤懣冷めやらぬ彼女を制止できたのは、同じ陽動工作に従事していたゴーシュだけだった。

 

 

「抑えたまえ、公女殿下。淑女の振舞いではない」

「うっさいわね! 後にしなさいぐちぐちと!」

 

 

 ゴーシュの冷淡な指摘に、シルヴィアは八つ当たりのように声を荒げる。彼女の気勢を止めるにはまるで足りなかった。

 

 

「あの子たち守るために、あんたたちを呼んでんでしょ!? それをなーに寝惚けて、みすみす先手取られてんのよ!

 『呪術に嵌められた』ァ!? 同じ手に何度引っかかるつもり!? 猿かてめーらは!!」

「公女殿下。それは貴殿にも撥ね返ってくる問題ではないか」

「うるっさいわね! 分かってるわよそんくらい!!」

 

 

 口角泡を飛ばして怒鳴るシルヴィアの背後から、ゴーシュの指摘(ツッコミ)が飛来する。苛立つ彼女は、それを大声で遮ることしかできなかった。

 

 

「確かに、そうだ」

 

 

 一方――己の人生の半分しか生きていない小娘からの罵声を、カルドクは黙って聞き入れていた。相手が魔人だとか、エルネスカの領内で夜襲の想定がなかったとか、そんなことは言い訳だ。

 

 

「こいつァ、俺らの不始末だ。“神に選ばれた使徒サマ”の役回りだと胡坐かいて、半端な気持ちで仕事に臨んでた俺らの失態だ。

 ――それを承知の上で、言わしてもらう」

 

 

 カルドクは迷いなく跪くと、怒髪天を衝く勢いのシルヴィアを前に、ぐっと頭を伏せて屈みこんだ。

 

 

「頼む。挽回の手立てをくれ」

「だ、団長!」

 

 

 正真正銘の土下座に、団員たちがどよめく。この大男がここまで平伏する姿など、片手の指で足りるほどにしか見たことがない。それだけ成果を積み上げてきた実力者という意味でもあるし、そもそも意地と面子で食っている稼業という意味でもある。そのすべてをかなぐり捨てて、この団長は“魔公女”に懇願した。

 

 

「俺らのデキの悪いアタマじゃ、手の打ちようも分からねェ。俺らの仲間を、あの嬢ちゃんらを、取り戻す手段が思いつかねェ」

「――こん通りっす。何とか、もっぺんチャンスを下さい」

 

 

 そこに、副団長カルタスも並んだ。ベテランの傭兵二人の懇願に、シルヴィアの頭もようやく醒めてきた。

 

 

「……ったァく。傭兵ってのは、随分面の皮が分厚いのね」

「すいやせん、そういう恥知らずな連中しかいねぇもんで」

 

 

 最後の憎まれ口を、カルタスがへらへらと躱した。これ以上内紛を重ねている場合ではない。一刻も早く、打てる手を打たなくては。

 そこに、するりと割り込んだクライドが、シルヴィアの前で跪いた。

 

 

「……申し訳ありません、シルヴィア様。オレが付いていながら、エレナ様をお守りできませんでした」

「当然よ。コトが済んだら騎士叙勲を返上しなさい」

「無論です。――ですが今は、エレナ様を取り戻すために、お知恵をお貸しください」

 

 

 シルヴィアの鋭い舌鋒にも怯むことなく、傭兵たちと同じように懇願する。その目に、火は未だ消えていない。

 ふー……という、シルヴィアの長い溜息が、しばらくの沈黙をもたらした。傭兵たちは、それを黙って見守った。

 ――対象は、すでに()()に入っている。道中の襲撃は警戒されているだろう。魔人との連携が切れていない可能性もある。そもそも、使()()()()を拉致したという現状を踏まえると――

 

 

「――ムルムル、いる?」

「きゅ」

「あんた、そろそろ元気は戻った? まぁ戻ってるわけないか、そのせいでエレナ連れてかれたんだしね」

 

 

 シルヴィアの呼び声に、ムルムルがエリスの頭頂の上から答えた。その鳴き声から、彼の体調を推し量ることができる者が、果たしてどれだけいることか。

 

 

「ま、どっちでもいいわ。無茶でも何でも務めてもらうわよ。これから大仕事なんだから」

「きゅ!」

「し、シルヴィア様……何を……?」

 

 

 ムルムルの体調を一向に斟酌しない、むしろ無茶を承知でやらせると言わんばかりのシルヴィアの言葉に、戸惑ったのはエリスだった。ほぼ反射的に問われたその言葉に対し、しかしシルヴィアは答えるまでもなく、傭兵たちを見回すと――

 

 

「――あのレノーンと戦争ぶちかますわよ。あんたたち、覚悟はいい?」

 

 

 “魔公女”シルヴィアが、その目に激情の炎を宿しながら言い放った。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 一方、崚たちを連れたレノーン部隊も、いい加減疲労の限界を迎えたらしく、イラの刻(午後四時ごろ)を少し過ぎたころに馬車隊を停めた。

 それにしても、随分と手際がいい。手早く薪を確保し、火を点けたかと思うと、流れるような連携作業で調理を始め、焚火の上で加熱された鍋の中で、即席のスープがことことと煮立っている。日陰者たちの戦場では、飯の支度すら迅速に、ということなのだろうか。

 

 

「食え」

 

 

 やがて煮え切ったスープをそれぞれの器に掬うと、部隊員の一人が、崚に向かって木匙を突き出した。

 手枷と目隠しとされたままの崚らに食わせるため、それぞれ部隊員が付いている状況である。つっけんどんに突き付けられた木匙の先には、スープに浸された大麦パンのようなものが乗っていた。

 崚はそれを、無言で拒否した。ふんと口を閉じ、明後日の方向に突き出して逸らしている。部隊員の額に青筋がひとつ浮かんだのを、崚が捉えられたか、どうか。

 

 

「食え。これは命令だ」

「やだね。命令で毒呷らされるくらいなら、飢えて死ぬわ」

「下らん。貴様が本当に“神に選ばれし使徒”なら、毒など効かないはずだ」

「うっわー出たークソみたいな運命論。俺そういうの死ぬほど嫌いなんだよね」

 

 

 苛立つ部隊員の言葉に対し、崚はここぞとばかりに反抗した。毒を入れたと思しき所作はなかったが、それはそれ。ここでやせ我慢を発揮することに意味はないが、これはこれ。手足を縛られたからといって、反撃の手段を奪われたからといって、言われるがまま従順になってやるほど素直な性分ではない。

 見かねた別の部隊員が、器を置いて小剣を抜いた。

 

 

「お前たちを生きて連れていくのが我々の命令だ。それに抵抗するというのなら――」

「くっ!」

 

 

 その部隊員はすっくと立ち上がると、迷わずカヤの髪を掴み上げ、その首筋に剣を向けた。目隠しをされて状況が分からないカヤが、苦悶の声を上げる。それは当然、同じように目隠しをされている崚の不安を煽るはずで――

 

 

「この女がど――」

「やーい、不信心の罰当たり野郎。雷に打たれて死んでしまえー」

「なに……!?」

 

 

 しかし、崚には通じなかった。白々しい空虚な罵声には、余裕どころか侮蔑が浮かんでいる。

 神器の加護は、いやそもそも目隠しで見えないはず、この余裕は何故だ――動揺する部隊全員に向かって、崚は畳みかけた。

 

 

()()()()()()、このクズ。『あわわ、見えないところで何をされちゃうんだろう、こっわーい』なんてリアクション期待してるなら余所に行け。具体的には向こうの川底とかな」

 

 

 林を挟んだ向こう側の川へ顎をしゃくりながら、崚が冷たく言い放った。底冷えするような侮蔑を込めたその言葉は、当事者のみならず部隊全員に動揺を与えた。

 

 

「お前らの薄っぺらい戯言なんかお見通しだよ。『生きて連行』なんてのはあくまで努力目標、道中で()()()()()()()()()()()としても、それはそれで丸く片付くんだろ?

 どう転んでもお前たちの役目は果たされる。命綱握られてる自覚ならちゃんと持ち合わせてるよ、お生憎様」

「なんだと……?」

「リョウさん……!」

「それともなにか? 晒し物にして野次馬から見物料でも取ろうって魂胆か? 知ったこっちゃねえわお前らのお寒い懐事情なんか。

 ――断頭台に首据えるためだけに、命食いつなぐ馬鹿があるか、このド三流。もう少し考えてもの喋れ」

「こいつ――!」

 

 

 カヤの制止もお構いなしに、崚はたっぷり毒と嘲罵を詰め込んだ。小憎たらしい小僧の言葉の数々に、部隊員たちが揃っていきり立つ。何とか感情を抑えることができたのは、部隊長ただ一人だった。

 ついに、もう一人の部隊員が小剣を抜いて立ち上がった。しかしそれは、崚本人に向かうことなく――

 

 

「口の減らない糞餓鬼め。それとも、こっちの小娘ならどうだ?」

「うっ……!」

 

 

 ぐいと髪を掴み上げられたエレナが、苦悶の声を上げた。刃先をすり当てんばかりに首筋に突き付ける。理屈は知れずとも、この餓鬼にはこちらの様子が視えている。であれば、このくらい思い切った行動をしなければ。

 あまりの暴挙に、部隊長が止めにかかった。

 

 

「やめろ、カナス」

「しかし、これでは埒が明きません」

「そうだとしても、物には限度が――」

 

 

 カナスと呼ばれた部隊員と部隊長とで、押し問答が始まる。不遜な小僧に好き放題言われているという感情はともかく、任務は任務。そんな言い合いに一同の意識が集中する最中、

 

 

 

 

 

「おい」

 

 

 

 

 ――ぎち、と歯車を咬合させる。

 

 

「――ぐわっ!?」

「き、貴様!」

 

 

 彼方から閃光が迸り、カナスの肩を掠めるように射抜いた。あり得ない反撃に、思わずカナスが大仰な悲鳴を上げる。残る部隊員たちも、咄嗟に剣を抜いて構えた。

 

 

「今のは威嚇射撃だ敢えて急所を外してやったのは慈悲だと思え次に妙な真似したら胴から上吹っ飛ばすぞ」

「リョウさん、何を……!?」

 

 

 それに構うことなく、崚が捲し立てるように言葉を重ねる。そこに込められなかった感情に、込めないようにした感情に、何人が気付けたことか。状況が分からないエレナとカヤは、ただおろおろと狼狽えるしかなかった。

 みしみしと、何かが軋む音が響いた。それが崚の歯ぎしりだと気付くのに、一同は少々の時間を要した。

 

 

「さっさと食わせろ。青酸カリでも河豚毒(テトロドトキシン)でも、好きなだけ啜ってやるわ。

 ――お前らの命、その一匙に懸かってると思えよ」

 

 

 炸裂しないように極限まで抑圧された激情が、ゆらりと沸き立つような気迫を錯覚させた。

 

 




銀鱗の楔
 退魔の光剣(エウトルーガ)の戦技
 光の剣気を召喚し、敵を刺し貫く
 圧し固めた光熱は生半可な防御を侵徹する

 光を集めて放つ、退魔の光剣(エウトルーガ)の基本的な権能
 使い方次第で幅広い戦術があるだろう
 知恵を絞れ。それこそが、人間の権能だ
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