神宿ル劍   作:竹河参号

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聖性励起
 全ての神器に共通する神威のひとつ
 神器の力を呼び起こし、その攻撃に聖性を帯びる
 聖性は“魔”の力を削り、減衰させる効果をもつ

 顕れる聖性には、神器の“色”が強く反映される
 戦斧ならば炎、鉄弓ならば風というように
 形は異なれど、全て神の矛である



03.欺瞞の聖

 昼は休むことなく街道を走り抜け、夜はようやっと人心地付く。しかしその間も、交代で使徒たちの監視を継続する。馬が()たなくなれば、道中の関所や駅で衛兵に金を握らせ、替えの馬を用意させてまで。

 それを繰り返すこと、四日――崚たちを連れたレノーン部隊は、ついに大きな都に辿り着いた。その都こそ、レノーン聖王国首都、聖都オーヴェルヌス。人口十万を超える唯一の城塞都市であり、この世界で最も繁栄している都である。

 時刻はイラの刻(午後四時ごろ)を過ぎており、閉門には少し早いといった頃合いだった。荷物の陰に文字通り押し込められた崚は、しかし部隊長と検問の衛兵が言葉を交わし、示し合わせたかのようにくぐり抜けていくのを、暗視越しに視止めた。どうやら、大々的に晒し物にするわけではないらしい。予想が外れたな、とどうでもいいことを考える崚だったが、関所を踏み越えた瞬間、脳裏に鋭い痛みが走った。

 

 

「――っ()……!」

 

 

 後ろ手に嵌められた手枷のせいで、反射的に頭部を押さえることもできない。思わず呻き声を上げる崚を、御者を務める部隊員がじろりと睨みつける。その声を聞き留めたらしく、カヤが念話を飛ばしてきた。

 

 

『どうしましたか?』

『いや、なんか、すっごい頭痛が』

『頭痛? どこか打ったの?』

『そんなはずないんだが……』

 

 

 といっても、積荷に紛れさせられている都合上、馬車の揺れに合わせて腰や脛をぶつけられる痛みはあるのだが。それとはまた質の異なる、脳裏をずきずきと苛む疼痛は、揺れる馬車とともに少しずつ順応させられていくも、それそのものが絶える気配はまるでない。周囲の気配を探知したカヤが、ひとつの推論に行き着いた。

 

 

『……随分と強力な魔導結界が張られていますね。それに過剰反応したのかも知れません』

『二人は?』

『わたしは、特になんとも。……ちょっと胸がむかむかする感じは、するけど……』

 

 

 どうやらこの聖都には魔導結界が張られており、それに対する拒絶反応が生じたらしい。エレナやカヤ自身も、崚ほどではないが知覚しているようだった。

 ひとまず異状の原因が判明した崚は、改めて暗視を用い、周囲を見透かした。馬車隊は尋常の行商隊に偽装しているらしく、目抜き通りの馬車行列に紛れて道を進んでいった。都の中央に聳える城に一直線という訳ではなく、くねくねと数段分折り曲げられているのは、首都防衛戦を想定したものか。

 

 

『このまま秘密裏に連行するっぽいっすね。思ってたんと違う』

『喜んで、いいのかな』

 

 

 崚の念話に、エレナは不安げな様子を見せた。捕えられた使徒の処遇の件もあり、彼女の内心は不安で満たされていた。

 

 

『これ見よがしに晒し物にするかと思ってたのに。どうするつもりだ……?』

『……どうして、そこまで晒し物にこだわるのです……?』

『してほしいの? 変だよ、リョウ』

『そうなる覚悟をしてたって話じゃん!』

 

 

 念話越しに声を荒げる崚を、宥める者がいたか、どうか。

 ともあれ、崚ら使徒を捕えたまま進む馬車隊は、滔々と流れるように目抜き通りを通り抜け、ついに白亜の城へと踏み込んだ。城の衛兵たちも了解済みといった様子で、止まることなく幾重もの内郭をくぐり抜けていく。その背後で、巨大な格子扉がごろごろと引き下ろされ、城はその門を閉ざした。

 城の名は、ベルグラント聖城。“聖剣使い”ヘクター・ベルグラントが王国建立と同時に建設した城と言われ、その血筋に連なる者たちを、三重の魔術防壁と共に閉じ込める城である。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 城の地下牢といえば、本来は貴種を幽閉するための施設である。

 稀少な貴人ゆえに尋常の監獄には入れられない、あるいは特殊な政治犯や、知能を冒す業病を発してしまった者を秘密裏に監禁するしかない――そんな、後ろ暗い目的のために建築された区画だ。日本文化で言えば座敷牢にあたるそれは、崚の想像以上に清掃整頓された施設だった。ベッドには綺麗に洗濯されたシーツが掛けられており、文机に筆記具一式、聖典らしきものまで揃っている。――無論、日が差さず灯りを松明とランプに縋るだけの暗がりや、部屋の正面を塞ぐ無骨な格子扉、手枷を括りつける重い鎖に目を背ければの話だが。そこに、崚たち三人は蹴り込むように収容された。無論、三人別々の牢である。あるいは蹴り込まれたのは崚ひとりだったかも知れないが、それは蛇足だろう。

 そのまま一晩過ごし、翌朝のチムの刻(午前十時)。といっても、時計だけはないこの地下牢で、正確に時刻を把握する手段はない。こつこつと響く足音が、事態の変化を教えるばかりだった。

 現れたのは、昨夜別れたばかりの使徒捕縛隊の部隊長。頭巾(フード)外套(ローブ)も取り去り、帯剣しながらも礼服に整えている。彼はまず崚の牢の前に立ち、格子扉の鍵を開けて言い放った。

 

 

「出ろ」

 

 

 相も変わらず、“神に選ばれた使徒”を相手にしているとは思えない無礼な態度だ。否、『“神に選ばれた使徒”を()()()()不届き者』という認識であれば、妥当かもしれない。いずれにせよ、崚が素直に応じる理由はなかった。

 

 

「手枷に目隠しまでされてんのに? ひどい奴もいたもんだ」

「目隠しが用を為していないのは知っている。さっさと立て」

 

 

 わざとおどけてみせた崚に、部隊長のこめかみに走る青筋が見えていたか、どうか。冗句に付き合わせたところで、お互いに無駄な時間を費やすのが関の山だ。崚は仕方なく、手枷を嵌められたまま体を跳ねさせ、よっこいせと立ち上がった。

 別室にいるエレナとカヤは、部隊員たちの手助けで起こされて牢を出ている。如実に表れている扱いの差は、崚自身の態度の応報か、それとも。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 そのまま歩かされた一行は、暗視が利く崚を含め、どこに連れていかれているのか判然としていなかった。屋内であるのは間違いない。中庭のある廊下を通り抜け、階段を上り、歩いていく先は、とても断頭台やそれを置くべき広場ではないようだ。

 一行は、やがて大きな扉の前に立った。何か()()()、と違和感を抱いた崚をよそに、カンカンカンカン、と部隊長がドアベルを四回鳴らす。がちゃりとノブが回り、開かれた執務室の中へ、一行は引き摺るように連れ入れられ、そこでようやく目隠しを取られた。急な明度の変化に、かぁっと視界が炸裂する錯覚に襲われながら、崚は無言で顔をしかめた。視界の端で、机の上に黄金の長槍(ゴールトムク)宝石鍔の細剣(ラーグリア)、そして漆鞘の洋刀(エウレガラム)が載せられていることに気付いた。

 そこには、ひとりの男が立っていた。

 撫でつけられた麗しい金髪(ブロンド)、綺麗に整えられた口髭。琥珀のような瞳が崚たちを見つめている。肌のハリと皺の対比からいって、三十代だろうか。凛然と立つその姿には、貴種にありがちな余計な贅肉がない。貴族よりも騎士然とした男の正体について、崚は何となく想像がついた。――しかし、本当にそうだとすれば、かなり思い切った登場としか思えない。

 

 

「――レノーン聖王国ベルグラント王朝が第四五代、ネヴェリウス・オーウェル・ベルグラント聖王陛下のお成りである。頭を垂れて跪け」

 

 

 果たして、執務室にいたもう一人、甲冑に身を包んだ大柄な近衛騎士がその口上を述べた。この騎士だ。()()()の正体は、この騎士から発せられている。視界の片隅で意識を向け続ける崚を置き去りに、咄嗟に跪いたカヤとエレナは、なるほど貴種として作法を知悉している。崚はそれを意図的に無視した。無論、見惚れてのものではない。崚とネヴェリウス、その視線がまっすぐに交差した。

 近衛騎士がその姿を見咎め、むっと目を剥いた。崚を連れてきた部隊長も同じような表情を見せたが、崚には一切関係のないことだった。

 

 

「貴様ァ、跪かんかッ!」

「よい。――報告は聞いている。其方(そち)が、“星の剣”の使徒かね」

「そういうことになってます」

 

 

 今にも剣を抜かんばかりに嚇怒する近衛騎士を制し、ネヴェリウスが静かに口を開いた。それに対し、崚は目を逸らさず答えた。じろりと射殺さんばかりの敵意を滲ませる崚を、ネヴェリウスはただ静かに観察した。

 

 

「ふむ。なるほど、“聖なる使徒”を僭称するに相応しい傲慢さだ」

「傲慢? 事もあろうに、あなたが傲慢を糺しますか」

 

 

 その言葉に、いち早く噛み付いたのはカヤだった。王のみならず近衛騎士の許しをも得ないまま、さっと立ち上がり毅然と叫ぶ。

 

 

「“聖なる使徒”を僭称しているのは貴国の方でしょう。まして、“魔王”が復活したこの情勢下で、醜い争いを繰り返すつもりですか?」

 

 

 崚が対面する限りではめずらしく――それこそ“魔”と対峙したときに匹敵するほどの迫力を見せるカヤに対し、しかしネヴェリウスは怯まない。まるで世間話でもしているかのように、一行から目を逸らし、机の上の神器たちに視線を遣る。

 

 

「魔王――魔王か。報告は聞いている。未曾有の脅威であるというのは、正しく理解しているとも」

「であれば――」

「故にこそ、わがレノーンとしても万全の態勢で事に当たるつもりだ。()()()使()()たる余も親征し、魔王を討伐すべくな。

 無論、同じ使徒である大神官長カヤ殿とベルキュラス王女エレナ殿には、()()()ご協力を願いたいと思っている」

 

 

 これ見よがしに霊王の剛槍(ゴールトムク)を撫でながら言い放つ言葉は、苛立たしいほどに迂遠で、しかしこれ以上ないほどに直截だった。

 つまり――自前の軍勢、あるいは魔導兵器の数々で事足りる、と。「“星剣”に縋るほどの案件ではない」と言い切っているのだ。であれば、結論は一つしかない。レノーン聖王国という国体そのものを揺るがす神器(イレギュラー)の末路は、一つしかない。

 

 

「それは……“星剣エウレガラム”という神器の――()()()()()()()()()()()()()()()()、と。それを公認しろと、仰るつもりですか」

「それが、最も波風立たぬやり方だろうて」

「その上で、貴国の手駒として使われろ、とでも?」

「そう捉えていただいても構わぬ」

 

 

 枝葉末節を切り払ったカヤの言葉に、ネヴェリウスは回りくどい肯定を返すだけだった。カヤの苛立ちが、振り返らずとも解るほどに伝わってくる。

 元来、森人(ケステム)は政治に向かない。長命ゆえの悠長さと格別な帰属意識の高さから、生まれ育った森を離れることはほとんどなく、『国家』という体をすら作らない種族だ。迂遠な言い回しで相手を煙に巻く政治的表現や、建前と本音を分かつ交渉技術、『本来達成すべき目的』に軸足を置かない権力の均衡感覚などを好まない。とくにカヤ=ヘンリスは、先代の霊王の剛槍(ゴールトムク)の使徒、五代目神官長サイミ=レフティマキの急逝とそれに伴う“アルマの井戸底”の封印破壊による大混乱の後で、七天教総本山の急速な立て直しを求められた人物だ。『なすべきこと』から離れた迂遠で泥臭い政治ゲームなど、彼女の最も嫌うところである。

 

 

「――じゃあ、リョウはどうなるんです?」

 

 

 そしてネヴェリウスの言葉は、もう一人の女に火を点けた。

 

 

「リョウはどうなるんですか? 彼の戦力は、彼の存在はどうなるんですか?

 ――わたしの友達を、どうするつもりですか!?」

 

 

 エレナが手枷をされたまますっくと立ち上がり、亡父と変わらぬ歳の聖王に向かって毅然と言い放った。少女の力強い咆哮は、聖王ネヴェリウスをして、僅かに瞠目させるほどの威圧感を覚えさせた。

 しかし、その意思を翻させるには至らない。三人に背を向けたまま、変わらず神器から目を離すことなく口を開いた。

 

 

「……“聖なる使徒”を僭称した奸賊――そのように処断するのが適当だが、残念ながら事は急を要する故、正式な手続きも惜しい。

 ゆえに、大神官長殿には()()()の預言を撤回していただく。()()は表舞台に立つことなく、闇に葬る。速やかに事に当たるには、それが最も都合が好いかと」

「――ぬけぬけと……!」

 

 

 変わらぬ調子で言葉を並べ続けるネヴェリウスに、カヤがついに悪態をついた。こんな形で使徒の旅路を妨害していながら、言うに事欠いて「速やかに事に当たる」? 何という恥知らずか!

 とここで、ネヴェリウスの心中に僅かな違和感が去来した。七天教の大神官長カヤは、積極的に反抗している。新たな使徒こと王女エレナも、声を荒げて否定している。――では、本人は? まさに始末されるはずの張本人は、何故一向に口を利かない?

 思わず振り返ったネヴェリウスを待ち構えていたかのように、崚がようやっと重い口を開いた。

 

 

「つまり、なんだ。『存在そのものが都合が悪いから、秘密裏に処分して、()()()()()()()()()ことにします』ってか。

 くっだらねえ。こっちはあの“魔王”とやらの対応で手一杯なんだよ、おたくらの馬鹿馬鹿しい政治ゲームに巻き込むな」

 

 

 弾劾でもなく、命乞いでもなく、嘲罵。言うべきことは言ったとばかりに再び口を噤む崚に、ネヴェリウスは意外さを覚えた。

 この少年は、()()()()()()()()()。問いを与え、答えを返し、それを重ねる言論を成す気がない。それによって局面を拓こう、窮地を覆そうという意志がない。ネヴェリウスは、そこに言い知れぬ不気味さを覚えた。

 ネヴェリウスは崚から目を逸らし、近衛騎士や部隊員たちに視線を向けた。

 

 

「――ご苦労であったな。ロードリック、其方(そち)らは下がれ」

「はっ!? し、しかし……!」

「余の身ならば案じる必要はない。この者らが、“正しき使徒”を名乗る以上は」

 

 

 ロードリックと呼ばれた近衛騎士が思わず反論するも、有無を言わさぬ主君(ネヴェリウス)の言葉によって、黙らざるを得なくなった。レノーン兵一同は、しぶしぶドアをくぐり抜け、執務室から去っていった。

 最後の一人が通り抜け、ドアががちゃんと音を立てて閉まる。――これで、部屋にいるのは使徒たちとネヴェリウスのみになった。ここから先は、『真実』を知る者のみの問答だ。

 

 

「――其方(そち)らには、解らぬことだよ」

 

 

 最初に口火を切ったのは、ネヴェリウスだった。机の上の神器から視線を外し、窓の外を見やりながら、ぽつりと呟くように語り始めた。

 ――知っている。分かっている。この細い曲がり刃こそが“正しき聖剣”で、この少年こそが“正しき使徒”で、己こそ“偽りの使徒”であると。それこそ、彼が産まれる前から。

 

 

「世界を救った“聖剣使い”ヘクター・ベルグラント――彼の聖人が興した聖なる国。神の力を継承する“聖なる王”に守られた貴き国家……この国の臣民は、そのように信じている。

 自らは、神の加護に守られた聖なる民だと。自らの行いは、神に承認された正義なのだと――それが当然の事実で、この国を支える大前提なのだ。それは、()()()()()()守られねばならぬ」

 

 

 退魔の光剣(エウトルーガ)の使徒ヘクター・ベルグラント、その血と力を継承する聖王、その加護によって守られた聖なる国――それは単なるお題目ではなく、民衆の認識(ミーム)の奥底に深く根付いている。しかし、それを揺るがす“星剣エウレガラム”という存在は、『退魔の光剣(エウトルーガ)が世界から失われていた』という事実は、それを根底から覆すことになる。このレノーン聖王国という国の成り立ち、その国体を根本から突き崩す、最低最悪の劇物だ。ゆえに、排除しなければならない――それこそ、“魔王”を差し置いてでも。

 言外にそう語るネヴェリウスへ、しかしカヤが鋭く噛みついた。

 

 

「だから、彼を始末しなければならないと? 貴国が敷いた大義名分(いつわり)のために、世界そのものを危機に晒すおつもりですか?」

「この七九十年間……四十以上の代を重ね、連綿と続いてきた秩序だ。もはや余一人の意志で動かせるものではない。この国はそうして続いてきたし、これからもそう続いていかねばならぬ」

「その秩序のために、『“正しい使徒”を殺すこと』が正義だとでも!? 筋が通ってないじゃないですか!」

「神話の時代は終わった。人が創る世には、人が敷く法と摂理が必要なのだ。

 “真に正しき使徒”など、誰も求めていないのだよ。そんなもので、社会は回らないのだから」

 

 

 エレナもが乱入し舌戦を繰り広げるも、背を向け続けるネヴェリウスの意志を揺るがすには至らない。彼の語る、『レノーンという国家の秩序』を揺るがすには至らない。呆れ切った当事者こと崚が、再び口を開いた。

 

 

「アホくせえ、そもそも手前(てめえ)らで広めた嘘っぱちだろうが。やっすいハリボテのために雁字搦めになって、隠蔽と誤魔化しに奔走するのが、おたくらの語る『法と摂理』か」

「『世界のみんなで力を合わせ、魔王を斃してめでたしめでたし』と? 寝物語ならそこで終わりだが、現実はその後も続くのだ。為政者たるもの、その先に続く社会を維持することを見据えて、政治(まつりごと)を為さねばならぬ。

 魔王の脅威は確かに甚大だろう。だがその討伐のためだけに、全てを捧げることなど出来ない。そんなもののために、このレノーンという大国の秩序を壊すわけにはいかぬ」

「は、どーだか。虚飾が引っぺがされた後、『嘘っぱちのお題目を先導した悪い王様』と吊るし上げられて、断頭台に立たされるのが厭なだけと見たね」

 

 

 正論ではある。“偉大なる神の理”などで政治が回るほど、人間はお利口なイキモノではない。そう証明する例を、ふたつの世界を知る崚は数え切れぬほどに知っている。

 実の害益として切迫でもある。レノーンという大国が崩れてしまえば、その棄民の行く宛はどこにもない。法と秩序が崩壊した先に待っているのは、他国にすら被害を撒き散らす混乱と暴虐だ。

 ――だが保身があることは間違いない。そう見切った崚は、問答無用とばかりにへんと言い捨てた。

 そんな崚の侮蔑に気付いたのか、どうか。鼻を鳴らす崚に対し、ネヴェリウスがようやく向き直った。

 

 

「無論、其方(そち)の犠牲は余の咎である。余は終生を懸けて、その罪を背負うことを誓おう」

「どうやって」

 

 

 その言葉に、崚は即座に噛みついた。思わず口ごもったネヴェリウスへ、崚は容赦なく捲し立てた。

 

 

「『罪を背負う』なんざ、言うだけなら安い話さ。中二のガキでもできる。

 で、具体的には何をどうやって背負うってんだ? 『己は罪深き者だ』って自分を慰めて、それが何になる? 嘘八百で塗り固めた尊大な政治を続けて、それに何の意味がある?

 ――そういうのはな、罪の意識じゃなくて『自己憐憫』って言うんだよ。馬鹿馬鹿しい、国家ぐるみで厨二病とか笑わせんな」

 

 

 言い捨てるだけ言い捨てて口を噤む崚と、思わず瞠目するネヴェリウス。二人は無言で睨み合った。男二人の間に、ぴりりと緊迫した空気が走った。

 片や後ろ手に手枷を嵌められた囚人、片や帯剣した聖王。――だのに、まるで対等な決闘者であるかのように睨み合っている。言い知れぬ違和感に、崚を除く全員が呑まれかけていた。

 もはやこの問答に意味はない。あわよくば、『退魔の光剣(エウトルーガ)の使徒』というお題目を陰から支えるための、日陰者の私兵とする目論見だったネヴェリウスは、それが千々に破られたことを自覚した。ここまで頑迷とは――衛兵を呼び、一行を連行させようと口を開きかけたネヴェリウスは、

 

 

「――ほ、報告! 南西から、飛竜がこの首都オーヴェルヌスに向かって接近しています!」

 

 

 どんどんとドアを叩き、衛兵の一人が飛び込んできたことで遮られた。

 

 

「飛竜だと……? 鱗の色は」

「澄んだ碧です! 空の色に紛れ、報告が遅れてしまいました。誠に申し訳ありません!」

 

 

 ネヴェリウスの問いに、息を切らしながら衛兵が答える。この機にオーヴェルヌスを襲来する、碧い飛竜――思い当たる者など、一騎しかいない。

 

 

「まさか、ムルムル……!?」

 

 

 エレナはさぁっと血の気が引く思いに襲われた。いくらムルムルでも、無茶だ。聖都全体を覆う魔導結界に、ベルグラント聖城を防御する三重の魔術防壁。待ち構えている首都警備隊を掻い潜りながらそれらの障害を押し退け、使徒三人を救い出すなど、とても成し遂げられることではない。

 駄目押しのように、ネヴェリウスが口を開いた。

 

 

「レーウェンフック火撃砲、およびシドー雷撃砲の全機使用を許可する。このまま首都の空域に入るようなら、撃墜せよ」

「し、しかし、竜を相手など……!」

「この聖都オーヴェルヌスの、十万の民の命が懸かっている。其方(そち)の首ひとつで足りると思うかね」

「――しょ、承知しました!」

 

 

 あくまでも静かなネヴェリウスの命令に、衛兵が思わずたじろぐ。竜といえば――臣獣といえば、神器とその使徒に次ぐ本尊だ。だが反論を塞ぐように責め立てるネヴェリウスの言葉に、ついに逆らうことはできず、衛兵はばたばたと執務室を去った。

 

 

「ムルムル……!」

「ネヴェリウス様、お止めなさい! これ以上の狼藉は認められません!」

 

 

 魔人と共謀して使徒を捕えるに飽き足らず、臣獣に手を上げるなど。冒涜もいよいよここに極まれり、だ。カヤはいよいよ声を荒げて止めにかかった。

 

 

「たかが竜一匹、替えは利く。元より()()欠いた連中など、当てになりはせん」

「……愚かな……!」

 

 

 だが、言い捨てるネヴェリウスの意志を改めるには至らなかった。もとより首都警備隊総掛かりで対処する空襲に対し、いまさら撤回したところで間に合わない。万事休す、悪態をつくしかなくなったカヤの傍らで、

 

 

「――なんか来んぞ」

「えっ?」

 

 

 崚が突如、窓越しに空を見上げた。

 唐突な発言に困惑したのはエレナだけではない。カヤも、ネヴェリウスすらも、思わず唖然として崚を見つめた。

 

 

「なんかって、何が……?」

「分からん。この感じ、けっこうドデカいぞ」

 

 

 三人の胡乱げな視線にもお構いなしに、ずっと彼方を見つめる崚。それに促されるかのように、一同は窓越しに空を見上げた。今まさに飛竜(ムルムル)が迫っているであろう南西ではなく――もっと、遠くから――

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 低い層雲を貫くように、碧鱗のムルムルが飛翔する。

 急造の鞍に跨りそれを駆るのは、クライドとシルヴィア。二人と一騎は上空を吹き荒ぶ風に逆らい、眼下から迫りくる砲撃を掻い潜り、まっすぐに聖都オーヴェルヌスに向かって飛翔した。

 

 

「グァァッ!」

「すまない、ムルムル……! 今は耐えてくれ!」

 

 

 右に左に、当たれば即死の重い砲撃を掻い潜るように手綱を操る度に、轡を嵌められたムルムルが不愉快そうに唸る。クライドはただ、向かい風に負けないように叫びながら宥めることしかできなかった。

 一方――地上できらりと発した光が、瞬く間に重い砲丸としてムルムルへと迫る。シルヴィアが錫杖をひとつ振るうと、火焔の塊が現出し、砲丸と衝突して、中空で爆発を起こした。

 

 

「――魔導誘導弾頭に切り替えたわね。

 ここからはあたしが相殺する。あんたたちは、聖城への突撃に専念して」

「了解、しまし、た!」

 

 

 零れ落ちていくその破片を冷淡に分析し、騎手を務めるクライドに命令を下すと、シルヴィアは再び錫杖を振るった。ムルムルの周囲を、淡い紫色の魔力障壁が追随するように現出する。地上から雨霰の逆行とばかりに降りかかる砲弾と雷撃の数々を、灼光とともに放たれる障壁らが、次々に打ち砕いていった。

 そうして、対空砲の逆雨を掻い潜った先――眼下に、広大な城塞都市が広がった。巨大な白亜の城を中心に、八卦の放射線を描く分厚い外郭に覆われた街は、まさしく標的、聖都オーヴェルヌス。淡い黄金色の輝きが、二人と一騎の行く手を塞いだ。

 クライドが長槍を掲げた。“破邪の焔”――陽光を受けて煌めく橙色の刃が、主の魔力を容赦なく吸い上げ、第二の太陽とばかりに輝きを放つ。並みの兵士はおろか、尋常な城塞すら黒焦げに焼き尽くさんばかりの光と熱に()かれながら、クライドは噴き上がる魔力を一心に繋ぎ止め、

 

 

「ぬぅんッ!」

 

 

 力の限り振り下ろした。

 クライドの魔炎とオーヴェルヌスの結界が衝突し、目も眩むほどの灼光が中天を呑み込む。市街の誰もが、驚愕より早く目を覆った。ふたつの魔力が衝突する光熱に、視神経が反射的に拒否反応を起こし、咄嗟に瞼を閉じさせる強行に至った。薄い瞼を貫かんばかりの灼光が、もれなく眼球を焼き尽くす錯覚を与えた。

 オーヴェルヌスという広大な十万都市を満遍なく防御する魔導結界と、クライドの全身全霊を懸けた一点集中の攻撃――その衝突は、果たしてクライドに軍配が上がった。焼き焦がされた黄金に大きな断裂が生じ、そこへムルムルが即座に飛び込む。不落の都オーヴェルヌスは、ついに敵性存在の突破を許した。

 急激な魔力消耗を堪え、辛うじて意識を繋ぎ止めるクライドの眼前で、ベルグラント聖城の魔術防壁が姿を現した。濃い藍色の六方形が整然と並ぶ障壁は、先程突破した魔導結界よりも遥かに強固だ。しかも、それが三層。背後でぼろぼろと崩れていく黄金色の魔導結界には目もくれず、シルヴィアは冷え冷えとした視線で防壁を見下ろした。

 

 

「ほー、随分とまぁ分厚い障壁を張ってありますこと。――なーにが“ベルグラント聖城”よ、忌々しい」

「いかがいたしますか!?」

「予定通りよ。防御はあたしが全部務めるから、あんたたちは障壁の攻撃に専念して」

「はい!」

 

 

 シルヴィアの錫杖から紫電が迸り、ムルムルの周囲に球状の魔力障壁が現出した。五重のそれが紫の光を放――つよりも速く、その表面が余すことなく爆炎に呑み込まれた。灼光から立ち直った砲兵たちが、不届きな闖入者へと砲を向け、一斉に火を噴いている。爆音と衝撃が、中空に浮かぶ魔力障壁をびりびりと揺らした。

 球状の障壁には、一点だけ空白が存在する。意図的に空けられたそれがあるのは、ムルムルの顔面前。今まさに深く息を吸い、そして竜の息吹(ドラゴンブレス)を放たんとするムルムルを妨げないために。

 

 

「ゴォォアァァッ!!」

 

 

 叫喚とともに放たれた息吹(ブレス)が、極大の碧炎となってベルグラント聖城の魔術防壁を襲った。先のクライドの一撃にすら勝るとも劣らぬ熱と衝撃が、びりびりと魔術防壁を軋ませる。流れ落ち逸れていく聖炎が、ベルグラント聖城を囲う内郭を舐め、逃げ惑う民衆を襲った。衛兵も、市民も、賤民も関係なく。

 息を吐き切り、皮翼を羽搏かせて滞空するムルムルの視界の先――魔術防壁は、辛うじて残留していた。ひび割れた残影ながら、確かに存在を主張する一層目。焼け焦げた表面を見せつける二層目。そして、傷ひとつない三層目。

 一方、シルヴィアの魔力障壁はすでに三層が砕かれている。弓矢やクロスボウよりも遥かに装填効率の悪い魔導砲といえど、広大な都市外郭にぐるりと配備されたそれが一斉に襲い掛かれば、回避困難な弾幕として成立する。残り二層も、破られるのは時間の問題だろう。

 クライドの長槍にぼおと炎が灯り、藍色の魔術防壁に向かって薙ぎ払われた。ひび割れた一層目に衝突したそれは、ぎりぎりと軋む音を立てて断割する。しかし、その奥の二層目には届かない。

 

 

「――障壁健在、完全な破壊には至っていません! いかがしますか!?」

「そのまま続行。位置は……うん、ぼちぼちね。()()()()()()()()運が悪かった、ってことで」

「しかし、本当に――!?」

「いまさら撤回なんてできないわよ。()()()()()

 

 

 焦るクライドの声に、しかしシルヴィアは眉ひとつ動かさない。一点を睨み据えたまま、魔力障壁の修復に専念しながら、力強く言い捨てた。

 彼女は、ずっと見ていた。三重の魔術防壁の向こう側、ベルグラント聖城の中央棟――その一角で、窓越しにこちらを見続けるネヴェリウスの驚愕の表情を。

 

 

「――さぁ、ネヴェリウス陛下。あたしの大事な妹分に手を上げたツケ……この国の臣民ごと払ってもらうわよ!!」

 

 

 ようやく一層、障壁を張り直したシルヴィアは、その手の錫杖を高く高く掲げた。

 振り下ろす必要はない。()()()()()()()()()()()()

 

 




玉枝の咒
 霊山エルネスカに伝わる古い法術
 あらゆる言語を超え、意思を伝える
 術式の複雑さ故に、使い手を失った法術

 かつて、異なる言語が溢れていた時代
 世界は戦乱に満ちていた

 言葉が届かないから、想いが届かない
 解り合えないからこそ争うならば
 言葉を分かち合えば、争いがなくなるのではないか?
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