神宿ル劍   作:竹河参号

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ガドラムスの黒雲
 雷獣の鉤爪(イルンガルツ)の神威
 黒雲を呼び、落雷の雨で広範囲を攻撃する
 天候を支配する希少な権能

 ガドラムスは、古い都市の名である
 禁忌を犯し、神の怒りに触れたその街は
 落雷により、一夜にして滅んだという



06.憎悪の噴炎

 次々に迫るカルヴェア兵を、のべ四波ほど凌いだころ。周囲に生きている敵兵も、彼方から迫りくる敵影もなくなったのを確認すると、アルバンはふぅと息を吐いた。

 

 

「……ふー、さすがに打ち止めっすかね」

「みてぇだな」

 

 

 ドーツも改めて首を巡らせ、完全に敵の姿がないことを確認する。本隊を襲撃に行ったクライドとムルムルが巧くやったのだろう。

 

 

「しっかし、めちゃめちゃ身体が軽いな。仕事終わりとは思えねぇ」

「嬢ちゃんが、片っ端から傷を治してくれたからな」

「王女サマ様々ってやつかね」

「一個多くね?」

 

 

 普段の仕事終わりとは違う気分に、ラーズは身体を捻りながら言った。得物を地面に突き立て、クレイもうーんと伸びをする。

 神器、玲瓏の宝珠(ラーグリア)の加護。直接攻撃能力こそ貧弱だが、その権能を味方に振るえばこうも心強いのか。まったくありがたい話だ、と感心していたところ、

 

 

「ぐはっ!?」

「――え?」

 

 

 クレイが、横っ飛びに大きく吹き飛ばされた。目の前でそれを目撃したラーズは、思わず唖然とする。

 

 

「――仕事終わりに気ィ抜く癖は変わってねぇな、クレイ」

 

 

 ざり、と土を蹴りながら、それを嘲る声が響いた。

 

 

「てめえ――、……は……!?」

 

 

 すわ新手か、と構えたラーズは、その人物の姿にもう一度唖然とした。その隙を逃さず、赤黒の瘴気がラーズを突き飛ばした。

 

 

「がはっ!?」

「予想外のコトに弱いのも成長してねぇ、なぁラーズ?」

 

 

 その様を見て、その人物は嘲りの言葉をさらに重ねる。新手の気配を察知した団員たちが、得物を手に集まり、そして同じように度肝を抜かされた。

 

 

「あなた、は――!?」

 

 

 それは当然、“水精の剣”を構えたエレナも同じ心境だった。

 見覚えのある顔。見覚えのない貌。見覚えのある姿。見覚えのない気配。

 

 

「よぅ――久しぶりだなぁ、王女サマ?」

 

 

 赤黒の瘴気を纏ったジャンが、薄笑いを浮かべて屹立していた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「さて――今度は、誰がどんな企てを起こしたのかしら」

 

 

 一方、マクサールの大社。一足先に戻ってきたシルヴィアとカヤは、うーんと唸りながら面を突き合わせていた。

 

 

「魔人が関与しているのは間違いないでしょう。この時勢で、この里を襲撃する理由は他にありません」

「と、なるでしょうね。まったく、手が早いったらありゃしない……」

 

 

 カヤの推論を、シルヴィアは渋い顔で肯定した。魔王復活からは、僅か二週間かそこらだ。その間で動いたとすれば見事な手管だと言わざるを得ないし、あるいはそれ以前から、魔人たちによる()()()があったとも考えられる。

 

 

「ところで、結界の様子はどんな感じなの? マクサール様」

 

 

 ふと水を向けたシルヴィアの質問に、マクサールは苦い表情を浮かべた。

 

 

『極めて悪い、と言わざるを得ぬのぅ……これだけ強大な魔力汚染は、かつての“魔王大戦”以来じゃ。これでは結界全体にも綻びが生じ、じき崩壊する』

「そんな……」

「他人事だけど、災難ねぇ……森自体に物理的な隙間が生まれた挙句、今まで結界で守られてきた安全もなくなっちゃうわけだ」

 

 

 顔を青くするカヤと同じく、“魔王大戦”から一度も破られることなく秘匿されてきた神秘の森――それがたった一日で崩れ去ったわけだ。安全な結界で守られてきた里の住人たちの生活も、変化を余儀なくされることだろう。

 そんなやり取りの中、カヤがふと立ち上がった。

 

 

「――これは……!?」

 

 

 その顔に浮かぶ、強い動揺と憔悴。目の色を変えたカヤの呟きに、シルヴィアもただならぬものを直感した。

 

 

「何かあった?」

『強い魔力の塊が来る――これは、まさか、魔人か……!?』

「何ですって!?」

 

 

 続くマクサールの言葉に、さしものシルヴィアもぎょっと立ち上がった。このタイミングで、魔人――カルヴェアを唆した張本人である可能性も高い。

 

 

「お嬢、前線に大きな魔力反応が迫っている。魔導兵器の陰に隠れていたようだな」

「クライドは!? あのお馬鹿、何やってたのよ!」

「おそらく入れ違ったんだろう。動きがやたら速い」

 

 

 モルガダが天降測板を見ながら発した言葉に、シルヴィアは思わず唾を飛ばして叫んだ。こういう後詰めを仕留めるために、ムルムルともども送り込んだというのに!

 だが、往々にして道理を凌駕するのが魔術の本領だ。それが分かっているからこそ、シルヴィアもそれ以上の文句は言えなかった。それより重要なのは――

 

 

「まずい――前線には、エレナしかいない!」

 

 

 前線にいるのは只人の傭兵たちと、戦慣れしていないエレナ。いくら“水精の剣”があるとはいえ、ほぼ単独で魔人との戦闘は悪手だ。

 

 

「とにかくもう一仕事よ! カヤ様、一緒に来て!」

「はい、ただいま!」

 

 

 そう言うと、女二人はそれぞれの得物を手に、大社を飛び出した。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「おらァァァァッ!!」

 

 

 ジャンが腕を振りかぶるとともに、赤黒の瘴気が触手のように振り下ろされ、ごおと轟音を立てて地面を抉った。いくら軌道が見えやすい攻撃とはいえ、大の男より太い触手を振り回されては、さしものヴァルク傭兵団もまともに戦えない。

 そこに割り込むように、右腕を小バリスタに変態させたゴーシュが、灰色の短矢(ボルト)を撃ち出した。人ひとりの頭蓋を粉砕して余りある太い一撃は、

 

 

「しゃらくせぇ!」

 

 

 しかし再び振るわれた赤黒の触手によって、明後日の方向に吹き飛ばされた。ゴーシュは眉ひとつ動かさず、次なる策を考えた。

 この感覚は――魔王の魔力、その残滓。魔王の依代として、直に魔力を分け与えられたか。複雑な魔術は行使できないだろうが、ただ振り回すだけでも脅威たり得る――

 

 

「はぁぁぁッ!」

 

 

 そのジャン目掛けて、エレナが吶喊した。“水精の剣”から溢れ出る清流を束ね、長槍のように鋭く突き出す。ジャンも同じように瘴気を収束させ、両者はようやく拮抗した。

 

 

「くぅっ――!」

「嬢ちゃん!」

「この野郎――!」

 

 

 赤黒と清流、二つの暴力的な奔流に、エレナが苦悶の声を上げる。それを助けようと割り込んだ団員ペーターとマイルズが、それぞれに斧を構えて振りかぶり、

 

 

「邪魔だぁぁ!!」

「うごっ!」

「ぐぎゃっ!」

 

 

 しかし片腕で振るわれた赤黒の触手に薙ぎ払われ、大きく吹き飛ばされた。

 

 

「てめぇの動きなんざ見え透いてんだよペーター! 突っ込むことしか能のねぇマイルズもだ!」

 

 

 ごろごろと転がる情けない醜態を見ながら、ジャンが大声で嘲罵をぶつけた。その姿は、かつて同じ釜の飯を食ってきた仲間へのそれではない。

 

 

「あなたの仲間だった人でしょ!? どうしてこんな――!」

 

 

 清流と細剣を押し込みながら、エレナが糾弾の言葉を飛ばした。いくら敵対しているとはいえ、ここまで嗜虐的になれるなんて――

 

 

「…………仲間ぁ? なーかーまぁー?」

 

 

 一方、ジャンはあからさまに侮蔑の表情を浮かべると、首を巡らせて団員たちへと視線を向けた。

 ぶわり、と赤黒の触手が溢れ出し、次々に団員たちへ迫った。

 

 

「ごふっ!」

「てめぇらが、このオレに向かって仲間ヅラ!? そんな資格ねぇよなぁ、なぁイレネオ!」

 

 

 まず襲われたのは、団員のイレネオ。

 

 

「ぐえっ!」

「オレのこと見下してたの、ずーっと知ってたんだぜレイン!」

 

 

 次に薙ぎ払われたのは、団員レイン。

 

 

「ぐぁぁっ!」

「おいカスト! 散々アゴで使ってきた癖に、いまさら仲間ヅラできたクチか、あぁ!?」

 

 

 そして叩きつけられたのは、団員カスト。

 

 

「う、迂闊に近づかないこと! 総員、弩構え!」

 

 

 近接攻撃では、もはや手も足も出ない。距離を取り、弩で集中攻撃をかけようとしたラグの指示に、

 

 

「そんくらい分かり切ってんだよラグぅ!」

 

 

 瘴気がぶわりとひときわ大きく膨れ上がり、形成されようとしていた陣形に襲い掛かった。

 

 

「ぐはっ!」

「がぁぁっ!」

 

 

 赤黒の触手に薙ぎ払われ、悲鳴を上げながら散り散りになる団員たち。その無様な姿を見て、ジャンは哄笑を上げた。

 

 

「どいつもこいつも肩透かしだなぁ、えぇロッツ!? いつもの吠え面はどうしたんだぁ!?」

 

 

 ロッツどころか、誰も彼もが痛みで苦悶の声を上げるばかりで、反論はおろか動くことすらままならない。術も理もない単純な暴力は、しかしそれ故に力強い一撃となって一同を叩き伏せた。

 そのさらに後方で、セトが弓を構えていた。ぎりぎりと弓柄(ゆがら)を軋ませながら、太い(やじり)がジャンに向かって放たれ――

 

 

「――見えてんだよ森人(ケステム)野郎!!」

 

 

 それよりも疾く走る赤黒の触手が、素早くセトに絡み付き、その体躯ごと締め上げた。構えていた弓は諸共に締め上げられ、ばきりと乾いた音を残して砕け散った。

 

 

「……ぐぅっ……!」

「おい、どうしたぁ!? いつものスカしたツラはどうしたんだぁ!?」

 

 

 ぎりぎりと締め付ける触手に締め上げられ、苦悶の声を上げるセト。これ見よがしに煽るジャンの言葉も、どこまで届いていたことか。

 

 

「――ふんッ!」

 

 

 と、そこに割り込まれた黒鉄の太い刃が、瘴気の触手を両断した。触手の先端が魔力の供給を失い、セトを取り落として霧散する。

 初めてのまともな抵抗に、ジャンは大剣の主――カルドクへと視線を向けた。

 

 

「よぉう、脳筋野郎。歳食ってきただけで偉そうなツラしてやがるバカ団長サマよぅ」

 

 

 かつてからは考えられない罵倒の数々に、しかしカルドクはぴくりとも反応しない。大剣を担ぎ直し、ジャンを睨み据えるばかりだった。

 

 

「何だよ、ダンマリか? ちっちゃなおつむじゃ反論もできないんでちゅかぁ、団長ちゃまぁ?」

 

 

 反論のしようがないと踏んだジャンが、さらに嘲罵の言葉を重ねる。カルドクはため息をひとつ吐いたきり、それらを丸ごと無視した。怯懦すら感じられない無反応に、それまで饒舌だったジャンがぴくりと片眉を上げる。

 

 

「……お前が俺らのことをどう思ってたのか、そんなこたァ知らねェ。お前が悪かったのか、こいつらが悪かったのか、全部ひっくるめて俺が悪かったのかは知らねェ。きっとお前にとっても、もうどうでもいいことなんだろ」

 

 

 団員だったころからずっと鬱憤を溜めていたのか、それとも人外の力を得て気が大きくなっているのか。誰が悪くて、何がいけなかったのか。そんなことは、もう取り返しのつかない話だ。

 故に、カルドクができることはひとつだけ。

 

 

「だったら、俺らの仕事をやり遂げる。嬢ちゃん守って、魔王倒して、――てめェを斃す。それが、俺らの仕事だ」

「やってみせろよ雑魚共ぉぉぉ!!」

 

 

 静かに構え直したカルドクを前に、ジャンはひときわ大きく瘴気を噴出させた。それに怯まず対峙できているのは、大剣を構えたカルドクと、清流を纏うエレナと、人外の業を揮うゴーシュ。

 

 

「そ、総員、陣形整え――」

「お前ら、引っ込むぞ!」

「カルタス!?」

 

 

 怯えの色を見せながらも、何とか立て直しを図ろうとするラグの号令を、カルタスが遮った。それを聞きつけた団員たちの表情に、驚愕と戸惑いと、微かな安堵がよぎる。

 

 

「俺らじゃどうにもならねぇ、足手纏いだ! ここは団長とゴーシュと、嬢ちゃんに任せる!

 とりあえず、防壁の後ろに引っ込むぞ! 怪我した連中は手ぇ貸してやれ!」

「でも――!」

「俺らが下手に手ぇ出したところで返り討ちだ! ()()()()()()()になっちまう!」

 

 

 気を失った団員カストを担ぎつつ叫んだカルタスの言葉に、ラグもつい反論の言葉を失った。

 凡人である彼らが攻撃を試みるたびに、ジャンによって反撃されるたびに、エレナはその権能を以て彼らの治癒をしなければならない。つまりその分だけ、ジャンを攻める手数が減るわけだ。見事なまでの足手纏いに、カルタスもラグもただ唇を噛むしかなかった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 霊王の剛槍(ゴールトムク)によって形成された岩壁の外郭、そこに転がり込むように団員たちが避難してきたのと、カヤが内郭から姿を現したのは、ほぼ同時だった。

 

 

「皆さん!」

「巫女サマ!」

 

 

 心強い味方の登場に安堵する団員たち。一方、かつて見ないほどの創傷を負った彼らに、カヤは目の色を変えた。

 

 

「ご無事ですか!? 状況は!?」

「生きてるかって意味じゃあ……全員無事っス。ただ――」

 

 

 カヤの問いに、ラグは思わず言い淀んだ。死んではいない。致命傷を負ったものもいない。ただ、これだけの怪我を負った原因が――

 

 

「とにかく、まずは傷の治療ですね。――“大地の祝福よ!”」

 

 

 カヤが霊王の剛槍(ゴールトムク)で大地を叩くと同時に、大地から黄金色の波動が溢れ出し、座り込む団員たちを包み込んだ。ゆっくりと、しかし着実に傷が癒え、痛みが引いていく。

 

 

「これで、傷はじきに癒えます。ただ玲瓏の宝珠(ラーグリア)ほどの速効性はないので、しばらく安静にしていてください」

「すいやせん、助かります」

 

 

 カヤの指示に、カルタスはぐっと頭を下げた。大なり小なり傷を負った一同だが、これが瞬く間に癒えていくというのだから、神器の権能というのはつくづく便利だ。

 

 

「それで、状況は? 敵は何者ですか?」

「――済まねぇ、巫女サマ。どうもウチの団員がやらかしたみてぇで」

「というと……?」

 

 

 ラグが言い淀んだ言葉は、泥だらけのカルタスが引き継いだ。下手に言葉を濁したところで、間もなく明らかになる事実だ。事前情報は多い方がいい。

 

 

「リョウから聞いてるっしょ、ウチのジャンって小僧が裏切者で、魔王復活をやらかした奴なんすけど――それが、今襲ってきてます」

「それは――なるほど、あの時の……」

「魔力ってやつを使ってるみてぇで、俺らじゃどうにも歯が立ちません。なんで仕方なく、こうして後ろに引っ込んできたってとこっす」

「今はウチの団長とゴーシュさんと、王女サマで相手してもらってます」

 

 

 団員ドーツ、アスターが付け足した言葉に、カヤは得心がいった。すぐに乗っ取られたとはいえ、魔王の魂の受け皿となった人間だ。手駒として扱うには充分だろう。

 

 

「この魔力は――なるほど、魔王の魔力を直に授けられているようですね」

「げっ……!?」

「尋常な兵力では歯が立ちません。賢明なご判断です」

 

 

 ぎょっと目の色を変える団員たちをよそに、カヤは彼らの判断を褒めた。魔王直々の魔力ともなれば、威力も、規模も、持続も強いことだろう。とても只人で相対できる戦力ではない。使徒エレナを中心に兵力を絞ったのは、正しい判断だろう。

 

 

「ど、どうします?」

「一足先に、シルヴィア様が援護に向かわれています。わたくしも、これから参ります」

 

 

 “魔公女”シルヴィアが動いているというのなら、援護としては上々だ。カヤ自身、団員たちの間をすり抜けながら、外郭の外へ向かって歩き出す。

 

 

「防壁の内側はひとまず安全です。皆さんは、このまま治癒に専念してください」

「……すんません。頼んます」

 

 

 なすすべもなく手弱女(たおやめ)に縋るしかないという状況に、団員たちはただ忸怩たる思いを抱くしかなかった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 一方、外郭の外側でジャンと対峙するエレナたち。三対一という数的有利を得ていながら、しかし圧倒しているのはジャンの方だった。

 

 

「オラオラぁ! さっきの威勢はどうしたんだぁ!?」

 

 

 瘴気の触手をぶおんぶおんと振り回すジャンの攻勢に、三人は踏み出すことができない。物理的な破壊力に特化した触手は、溶岩によって焼け爛れた大地を削り、蹂躙していった。

 

 

「せぇいッ!」

 

 

 その僅かな隙を掻い潜り、エレナが強く踏み込んだ。振りかぶった斬撃とともに清流が迸り、触手を押し返しながらジャンへと迫る。

 

 

「ははっ――少しはサマになってんだなぁ、王女サマ!」

 

 

 ぎりぎりと鍔迫り合いの格好になった両者。必死に刃を捻じ込もうとするエレナとは対照的に、余裕ぶったジャンはその姿をせせら笑った。

 瘴気の触手が見る見るうちに分裂し、まるで大樹の枝のように増殖した。ぎょっとするエレナを取り囲むように広がったそれの先端が、槌頭(ハンマーヘッド)のように太く硬く凝固し、一気呵成に攻め立てる。エレナは咄嗟に清流を操り、防壁として己の周囲に循環させた。

 

 

「オラオラオラオラぁ! この程度かぁ!?」

「くぅっ……!」

「こっちゃまだまだやれんだぜぇ! ヘバってんじゃねぇよ使徒サマぁ!」

 

 

 瘴気と清流の激突で、どこどこと轟音が響く。清流の防壁越しに伝播する衝撃が、一向に反撃の機会を与えてくれない。思わず苦悶の声を零すエレナは、清流の向こう側でジャンに吶喊する影を見た。

 

 

「――ふゥんッ!」

「おっと!」

 

 

 触手の嵐を横からすり抜け、カルドクが大上段から大剣を振りかぶった。エレナへの攻撃に集中していたジャンは、咄嗟に飛び退いて回避した。

 

 

「おらァッ!」

「ふんッ!!」

 

 

 ひらりと空中を翻りながら振るわれた触手に対し、カルドクは大剣を横だめに構えると、力いっぱい振り抜いた。瘴気と黒鉄が激突し、ごおと衝撃を撒き散らす。

 

 

「はっ――筋肉だけは取り柄だなぁ、クソ野郎!」

 

 

 着地したジャンは、攻撃を防がれた苛立ちを隠しつつカルドクを煽った。対するカルドクは、無言で大剣を構え直すのみだった。

 

 

「団長さん……!」

「――いざって時ァ前に出る。嬢ちゃんは、自分の身を優先しな」

 

 

 振り向くことなく呟かれた言葉に、エレナは小さな戦慄を覚えた。対魔王戦略にあたって、玲瓏の宝珠(ラーグリア)の使徒であるエレナが重要なのは事実――裏を返せば、()()()()()()()を犠牲にしてでも守り抜かねばならない。この偉丈夫は、自ら肉の盾になってでも彼女を守ることを念頭に入れているのだ。

 と、二人を睨み据えるジャンの視界外から、ひゅんと鎖鎌が飛び、その首に巻き付いた。

 

 

「――あぁ?」

 

 

 急な息苦しさとともに、鎖鎌が勢いよく引っ張られる。普段と違うのは、先端だけでなく中腹まで長く厚く巻き付いていること――そしてそれらすべてに、ずらりと刃が並べられていること。

 ぶちぶちと首の肉を抉りながら、ジャンの首が締め上げられる。同時に、鎖鎌の先――ゴーシュがその両脚をバネに変態させ、跳ねるように吶喊した。同時に左腕を重厚なノコギリに変態させ、

 

 

「みみっちいんだよ、出来損ないがぁ!」

 

 

 裏拳とともに放たれた瘴気の触手が、勢いのままに鎖鎌を引き千切り、ゴーシュを横薙ぎに吹き飛ばした。そのまま、ゴーシュはがりがりと森の残骸を巻き込みながら吹き飛び、彼方で埋もれていった。

 

 

「いーってぇなぁ、クソが。出来損ないで廃棄された半端モノの分際でよぉ」

 

 

 一方、ジャンはその首を押さえながら、瘴気によって力ずくで塞いだ。仮にも上位のイシマエルによる一撃、自然治癒が叶う浅い傷ではないし、彼にはそんな魔術の心得もなかった。

 

 

“火花散らし襲撃せよ――琥珀の連弾!”

 

 

 と、彼方から琥珀色の魔力塊が降り注いだ。ジャンは咄嗟に瘴気を手繰り寄せ、琥珀色の雨粒を防いだ。

 

 

「……あんだぁ?」

「――チッ。当たらないんじゃ話にならないわね」

 

 

 瘴気を取り払ったジャンは、魔力塊が降ってきた彼方を見やった。そこにいたのは、岩壁の上に屹立するシルヴィア。不敵に錫杖を構えながらも、その表情には緊張が走っている。

 

 

「へっ、脳筋野郎の次は頭でっかちの公女サマかい」

「あらやだご挨拶。掃き溜めの下民の分際で、威勢だけは上等なのね」

「――んだと?」

 

 

 もはや敬意もへったくれもないジャンの挑発に、しかしシルヴィアは涼しい顔で返した。

 

 

「辺境の傭兵団の下っ端、下等なテロ屋の捨て駒――その次は魔王の走狗? ふふ、どこに行っても性根は変わんないのね、下賤な愚民ってのは。やっすい小間使いが板についてるわよ」

 

 

 艶美に笑いながら、丁寧に熨斗(のし)を付けて返された罵倒の数々に、ジャンはしばし沈黙した。

 ――ぶちり、と頭の血管が千切れる感覚がした。

 

 

「ひっさびさにトサカに来たぜ、この無能貴族が。このオレさまのこと、なんて言った?」

 

 

 下っ端? 捨て駒? 小間使い? ――無遠慮なその言葉の数々は、ジャンが奥底に抱えてきた劣等感を的確に煽った。

 

 

「それじゃ――いっちょ、本気出してやろうかぁ!!」

 

 

 その言葉と共に、ジャンはひときわ大きく瘴気を噴出させた。びりびりと大気を軋ませる瘴気がぶわりと勢いよく溢れ、天地をどろどろと穢す。

 

 

「うおっ!?」

「団長さん下がって!」

 

 

 思わず怯んだカルドクの前に立ち、エレナは清流を溢れさせて防壁を展開した。

 

 

“禍退けよ――芳来の陣!”

 

 

 同時に、シルヴィアも即席の防御結界を張った。結界魔術の基本とされる防御結界は、しかしシルヴィアほどの才覚者であれば、重厚な防壁と化す。

 

 

「くぅっ……!」

「へぇ……やるじゃないの……!」

 

 

 だがそんな二人をしてなお、びりびりと奔る衝撃に苦悶の声を上げさせた。その暴威は、かつて相対した魔王に勝るとも劣らない。霊気を纏った岩壁すらも、その衝撃に揺らぎ始めていた。

 故に彼女たちは、決定的な隙を晒した。

 

 

「そこだァッ!!」

「うぅっ!」

 

 

 ぐにゃりと軌道を変えた瘴気の触手が、エレナを横殴りに吹き飛ばした。反応が一歩遅れたカルドクは、しかし防壁を失ったことで瘴気に吹き飛ばされた。

 そのまま触手がエレナに纏わりつき、その体躯を持ち上げた。玲瓏の宝珠(ラーグリア)の加護がぎりぎりのところで瘴気の汚染を防ぐが、半ば意識の飛びかけたエレナはなすすべもなく、中空に持ち上げられた。

 

 

「嬢ちゃん!!」

「エレナ!!」

「そこで見てな、無能共! 大事な使徒サマがやられるのをよぉ!」

「かは……っ……!」

 

 

 一手遅れて動き損なった二人を嘲りながら、ジャンは握り込むように触手を締め上げる。玲瓏の宝珠(ラーグリア)の加護すら突き抜けるように締め上げる圧力が、エレナの肺から空気を押し出し、思わず声が漏れた。

 

 

「ちくしょうがッ――!」

「この――“我が烈志よ溢れ出で、星を超えて瞬か――”」

 

 

 カルドクとシルヴィア、それぞれが止めるべく動き出す。瘴気の壁を前に、それが間に合うか――

 

 

「ゴォォアァァァッ!!」

「あ!?」

 

 

 と、彼方から放たれた碧炎がジャンを呑み込んだ。強い聖性を伴う灼熱が、瘴気を突き抜けてジャンを襲う。碧翼竜ムルムルの息吹(ブレス)である。

 

 

「ぜぇぇあぁぁッッ!!」

 

 

 それに乗じるように、橙色の火焔と一体化したクライドが激突した。悲鳴すら塗り潰されて突き飛ばされたジャンは、思わず触手の圧力を緩め、エレナを取り落とした。

 

 

「――っと!」

 

 

 その落下軌道に素早く滑り込んだカルドクが、間一髪のところでエレナを抱き留めた。幸いにして、息はまだある。少し休めば、玲瓏の宝珠(ラーグリア)の加護で復活することだろう。

 一方、長槍から火焔を消失させたクライドは、まさに自ら突き飛ばした相手を見、驚愕に目を見開いた。この顔は、覚えがある。リョウほどではないにしろ、同じ苦難を乗り越えてきたはずの――

 

 

「――貴様は……!」

「よぉーう、誰かと思えば騎士の兄ちゃんか。大事な大事なお姫サマを、リョウのクソ野郎に寝取られたナ・イ・ト・さ・ま・♡」

 

 

 ジャンはぱんぱんと煤を払いながら立ち上がると、今度はクライドを挑発した。『肝心なところで役に立たない無能騎士』という嘲罵を込めて。

 ――しかし、その言葉がどこまで届いていたことか。

 

 

「――よくも……」

「あん?」

「よくも――エレナ様を――傷付けたなァァァァッ!!」

 

 

 カルドクの腕の中で荒い息を吐くエレナを見、それをもたらしたジャンを見――彼はひとつだけ悟った。則ち、何よりも大事な主君(エレナ)を傷付けた怨敵だと!

 激昂したクライドは長槍から橙色の火焔を爆裂させると、激情のままに真正面から突っ込んだ。大地を焼き焦がす爆炎を前に、しかしジャンはせせら笑った。

 

 

「ははっ、分かりやすっ! バカ正直に突っ込んできやがっ――」

 

 

 バカは思考が浅くて助かる! 瘴気の嵐に乗り、ひょいと横っ飛びに躱そうとしたジャンは、

 

 

「なにっ!?」

 

 

 ――ひゅん、と彼方から飛来した鎖鎌に足を絡め取られ、思わず体勢を崩した。森の残骸に潜伏し、ずっと機を伺っていたゴーシュの鎖鎌である。

 

 

『オオオオオッッッ!!』

 

 

 それを好機ととる理性が残っているか、どうか。クライドはぐるりと急旋回すると、再び火焔とともに吶喊した。

 

 

『ガアァァァァァ――!!』

「ふんぎぎぎぎぎ……!!」

 

 

 赤黒の瘴気と、橙色の火焔が中空で激突した。もはや人とも思えぬ咆哮を上げるクライドと、それに真正面から相対する羽目になったジャン。魔王から直に分け与えられた魔力に、真正面から拮抗する――信じがたい事態に戸惑いながら、何とか押し返そうと躍起になったジャンは、

 

 

“――峻厳たれ!”

「しまっ――」

 

 

 焼け焦げた大地から突き出た岩棘に、その脇腹を貫かれた。聖性を帯びたその一撃に、苦悶とともに思わず気を緩めたジャンは、

 

 

『死ィィィねェェェェェェ!!!!』

「がぁぁぁぁぁっ……!」

 

 

 その瘴気を突破したクライドに胴を貫かれ、同時に顔面を掴まれた。

 至近距離で放たれる焦熱に、もはや瘴気は何の意味もない。ジャンは身体の内側から焼かれると同時に、顔面のあらゆる穴から炎を押し込まれるという壮絶な痛苦に晒され――

 

 

「ごぼぉっ」

 

 

 そんな間抜け声を最後に、呆気なく絶命した。悲鳴すら上がらないまま、灼熱に呑み込まれた。

 膨大な灼熱の中、魔王の瘴気は熔けるように消えていった。これでその瘴気の主、ジャンは完全に死んだ。誰もがそう思ったが――

 

 

『――消えろォォォォォォォ!!』

 

 

 一方、クライドはその火焔を一向に止めない。瘴気の残り香すら焼き払い、黒焦げになったジャンを擂り潰さんばかりにごうごうと延焼させる。

 

 

「お……おい、嬢ちゃん! ありゃやべェんじゃねェか!?」

 

 

 ようやく意識を完全に取り戻し、立ち上がったエレナを庇いつつ、カルドクが戸惑いの声を上げた。

 

 

「マズい――完全に暴走してる……!」

 

 

 それを離れたところで見ていたシルヴィアも、焦りの声を零した。

 この現象は、記録で知っている。カドレナ魔導技術研究所に所属する魔導師が、同研究所の許可なく巨大な魔力循環機構を作り上げた結果、暴走した魔力に乗っ取られ、理性を失い大規模汚染を撒き散らしたのだ。お陰で汚染除去には多大な苦労を伴い、七天教から厳しい糾弾を受けたことがある。

 それと同じことが、この場で起きている。膨大な魔力で正気を失った騎士が、その自覚もないまま、全てを焼き払おうとしている!

 

 

「――クライド、止まって! わたしはもう大丈夫だから!」

「近付くな、王女殿下!」

 

 

 カルドクの横から飛び出しながら叫ぶエレナを、対岸のゴーシュが鋭く制した。これほどの暴走は、只人ではそうそうあり得ない。使徒二人がかりでなければ、とても抑えられないだろう。

 

 

「グルルアァァァッ!!」

「ムルムル!」

 

 

 上空を旋回していたムルムルが、ついにその口から碧炎を吐き出し、クライドの炎を抑え込んだ。もはや止められないと意を決した飛竜は、主の保護を優先したのだ――ともに戦ってきた戦友を犠牲にしてでも。

 

 

『オオォォォォォ!!』

 

 

 しかし、それでも橙色の火焔は収まらない。碧炎と拮抗するように勢いを増し、その焦熱が大地を蹂躙する。

 

 

「――クライド!!」

「おい、嬢ちゃん!」

 

 

 カルドクの制止も聞かず、エレナは思い切って飛び出した。玲瓏の宝珠(ラーグリア)の加護で守られてなお肌を焼く焦熱が襲い掛かり、彼女の足を鈍らせようとする。エレナはそれを掻き分けるように突き進むと、火焔の中心――自ら焼滅しかかっているクライドを抱きしめた。

 

 

『アアァァァァッ!!』

「お願い――止まって――!!」

 

 

 咆哮を上げるクライドを抱きしめ、玲瓏の宝珠(ラーグリア)の権能を全開にする。清流と火焔が衝突し、拮抗し、周囲の空気をびりびりと歪めた。肌を焼き、押し流そうとする焦熱に耐えながら、エレナは精一杯叫んだ。

 噴き出す火焔のままに暴れていたクライドの意識が、ようやく戻ってきた。自分はいま、何をしている? この方は、なぜこんなに苦しんでいる?

 

 

『…………エレナ……さま……?』

「大丈夫……! 大丈夫……だから……! お願い、戻ってきて――!」

 

 

 一縷の望みに縋って精一杯叫ぶエレナに、クライドはようやく己のしでかした真似を悟った。

 火焔の勢いが急速に引いていった。拮抗していた霊気と魔力の衝突が、玲瓏の宝珠(ラーグリア)の清流へと傾き、二人を包み込む。

 

 

「申し訳……ありま……」

 

 

 やがて火焔は完全に消失し、クライドはぐったりと膝を折った。苦しげな、しかし理性を取り戻した彼の表情に安堵したエレナは、そのままクライドに身体を預けたきり、ぷつりと意識を断線させた。

 

 




戦いの記憶:魔の先触れ、ジャン
 類稀なる強者との、死闘の記憶
 その経験は、新たな地平を切り拓くだろう
 あるいは、擂り潰して力の糧にしてもよい

 人攫いの手に落ち、邪教の儀式に捧げられた浮浪児は
 それを叩き潰した、大鎌の使徒に心酔した
 何だっていい。この地獄をぶっ壊してくれるなら

 憧憬とは、身を焼く劫火に似ている
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