神宿ル劍   作:竹河参号

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炎精の戦斧(ガルマエルド)
 世界に点在する七つの“神器”のひとつ
 “魔”を調伏し理を正す、世界の意志の具現
 熾火を纏う大斧は、燃え盛る火焔を司る

 窟人(クヴァル)が治めるダキア王国は、鍛冶と戦士の国として知られる
 戦斧の使徒を支え、その具足を鍛える鍛冶師たちは
 また諸外国に長征し、その優れた技術を提供している



07.失陥、簒奪

「まったく、何してくれてんのよお馬鹿!!」

「はい……」

 

 

 ところ変わり、マクサールの大社。怒髪天を衝かんばかりのシルヴィアの嚇怒に対し、クライドは正座で相対していた。ひたすらに己の不始末を恥じるばかりだった。

 

 

「いくら結界が破壊された跡とはいえ、あの辺りはもう滅茶苦茶よ! 魔力汚染ズブズブで立て直しようがないじゃない!」

「はい……申し訳ありません……」

「あの魔人もどきを撃破できたのは良しとして、その後のあれは何!? 勝手に暴走した挙句、主君を傷付けてちゃ世話がないでしょ!」

「はい……申し開きのしようもなく……」

 

 

 ぎゃんぎゃんと捲し立てるシルヴィアの言葉にも、一向に反論しない。まさに申し訳も立たない醜態ぶりだった。

 

 

「まァ落ち着けって公女サマ、その辺にしといてやろうや」

「結果オーライってことで、ね」

「トータルで見たら全然オーライじゃないわよ馬鹿共!」

「半分以上はカルヴェア軍による被害だ。計上しても仕方のないことだろう」

「うっさい! 分かってるわよそんくらい!」

 

 

 見かねたカルドクらが制止にかかるも、シルヴィアの怒りは収まらない。人的被害こそほぼ無傷に止まったとはいえ、一歩間違えば使徒エレナを失う所だったのだ。結界損壊がほぼ確定してしまったという事実も、頭が痛い。

 

 

「あぁもう、困ったわねぇ……結界半壊なんでしょ? 霊王の剛槍(ゴールトムク)の防壁こそあるけど、正直防護としてはもう機能しないんじゃない?」

「でしょうね……しかし、だからといって移住という訳にも……」

『――結界が壊れたことは、儂から説明する。この森に留まるか、新天地を目指すか……それは、それぞれに任せるとしよう』

 

 

 シルヴィアの推測に、カヤが同調しつつも言葉を濁らせた。森で生まれ育ち、森とともに生きる森人(ケステム)にとって、それを失うということは、生きる拠り所を喪失したも同然だ。大甲龍マクサールからの諫言があるとはいえ、新たな生活を始めるのは困難を伴うだろう。

 

 

「そういえば、嬢ちゃんの様子はどうなんですかい」

玲瓏の宝珠(ラーグリア)の加護で傷こそ重症化していませんが、気を失ってしまわれました。今はエリスさんがお傍で看病なさっています」

「大変っすねぇ」

「……誠に申し訳なく……」

「いや兄ちゃんを責めたいわけじゃねぇんだよ」

 

 

 団員のロバートの言葉にカヤが返すが、その返答はクライドを改めて委縮させる効果しかなかった。普段が真面目一辺倒なだけに、この手の不始末に対する折り合いのつけ方は難しい。

 

 

「とりあえず、エレナが回復するまで休ませてもらうわよ。あんたたちも、当面は治癒と休息に専念しなさい」

『うむ、分かっておる』

「了解っス」

 

 

 レノーン、カルヴェアと二勢力からの攻撃を凌いだ以上、しばらくは新たな襲撃もないだろう。その間にしっかりと休みを取り、改めて魔王討伐に全力を尽くさなくてはならない。

 

 

「リョウの奴はどうします?」

「あいつ、今どこにいるんすかね」

「そうねぇ……ムルムルも流石に回復した頃だろうし、捜しに行ってもらおうかしら」

 

 

 問題は、はぐれた最後の使徒こと崚だ。レノーン追走軍の撃退、さらに聖王暗殺に向かってから、一向に音沙汰がない。事が済んだのならさっさと合流すればいいものを……「さては方向音痴か?」とシルヴィアが疑いの目を向けたのは、蛇足といっていいか、どうか。

 

 

『――待て』

「ん?」

 

 

 と、そう気を緩め始めた一同へ、マクサールの言葉が割り込んだ。

 

 

『この気配は――魔人が来襲しておる……!?』

「何ですって!?」

 

 

 動揺を隠せないその言葉に、度肝を抜かされたのは一同だ。泣きっ面に蜂どころではない、火焔魔法をぶち当てられたほどの衝撃だ。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「……エレナ様……」

 

 

 ニュクスの里、エレナたちに割り当てられた家屋の一角。全身に火傷を負い、昏々と眠り続けるエレナを、エリスが心配そうに見やっていた。

 できることは、さしてない。そもそも玲瓏の宝珠(ラーグリア)の加護で、傷の大体は治癒されている。あとは本人の目覚めを待ち、水分の補給や身の回りを整える程度だろう。

 

 

「……ん……」

「エレナ様!? お目覚めになりましたか!?」

 

 

 そんなエレナが身じろぎしたのを見て、エリスがぱぁっと喜色を浮かべた。

 

 

「ここは……?」

「傷を負われたので、お休みになっておられたのです。ご無事で何より……!」

 

 

 見覚えの浅い天井に、未だ意識がふわふわとしているエレナはぼんやりと呟いた。エリスの言葉で、何とか記憶を探るきっかけが生まれた。確か、カルヴェア軍を退けて、ジャンが襲撃して、クライドと合流して――

 

 

「クライド、は……?」

「エレナ様のご献身で、何とか正気を取り戻されたと聞いておりますわ」

「……そう……よかった……」

 

 

 思い返したのは、灼熱に吼える騎士。激情のあまり暴走した彼を、必死に止めたのだったか。無事ならば、良かった。そう思いながら起き上がったその時、がたりと家屋の扉が開いた。

 

 

「クライド卿ですか? 今、エレナ様がお目覚めに――」

「邪魔だ」

 

 

 クライドあたりの様子伺いだろうと立ち上がったエリスは、しかし聞き覚えのない低い声とともに、横薙ぎに吹き飛ばされた。

 

 

「かはっ――」

「エリス!」

 

 

 だんと乱暴に壁に叩きつけられ、そのまま失神したエリス。突然の暴挙にぎょっとするエレナの視界に飛び込んできたのは、見覚えのない男だった。

 

 

「貴様が、玲瓏の宝珠(ラーグリア)の使徒か」

「あなたは――!?」

 

 

 乱雑に流れる茶髪、古びた金彫を残すばかりの色褪せた装い、浅黒く焼けた顔に走る深い裂傷――いやそれよりも鮮明な、煮え滾るような濃密な魔力。まさか、()()()()()か。

 エレナが“水精の剣”を手繰り寄せ、応戦を試みるよりも速く、魔人の拳がエレナのみぞおちに突き刺さった。

 

 

「かは……っ!」

 

 

 一瞬のうちに肺から空気を押し出され、酸欠に陥る。そのまま意識を失いがっくりと項垂れるエレナの胴を、魔人――“羅刹”の魔人、アスレイは乱暴に掴み上げ、何事もなかったかのように家屋を出た。

 とはいえ、隠密行動もとっていないアスレイを捕捉するなど、魔術師どころか只人の傭兵たちにもできる。突然現れた謎の人物に、傭兵たちはぎょっとして得物を手に取った。それらに視線どころか一切の意識を向けないアスレイの前に、どたどたと集団が立ちはだかった。

 

 

「エレナ様!」

「エレナ!」

 

 

 クライドやシルヴィア、カヤ――マクサールの大社にいた幹部たちである。そこでようやく、アスレイは敵対者として意識を向けた。正確には、カヤの手にある霊王の剛槍(ゴールトムク)へと。

 

 

霊王の剛槍(ゴールトムク)に、取り巻き共か。飽きもせずぞろぞろと……」

「あなたは――まさか――!」

()()には大きな借りがあるが、またの機会にさせてもらおう。今は、主命を果たす時だ」

 

 

 かつて“アルマの井戸底”に囚われていた魔人と、今代の霊王の剛槍(ゴールトムク)の使徒――因縁の対決を、しかし魔人(アスレイ)の方が拒否を選んだ。主命、つまり魔王トガの命令を最優先するために。

 くるりと背を向けて歩き出そうとするアスレイを、

 

 

「――エレナ様を離せェェェッッ!!』

 

 

 当然、この男が止めない訳がない。クライドは瞬く間に橙色の火焔と化し、問答無用で吶喊した。音さえも置き去りにするその猛突進は、目も眩むほどの灼熱と輝光を撒き散らして衝突し――

 

 

「……ほう? 魔人――いや、まだ()()()か。神なる使徒ともあろう者共が、面白いモノを連れ歩く」

 

 

 しかしその穂先を、アスレイが握り込む赤錆の魔剣によって止められた。火焔と赫熱、ふたつの膨大な魔力がごうごうと衝撃を撒き散らす中、アスレイは涼しい顔でそれを観察した。

 

 

『黙れェッ! その汚い手で、エレナ様に触れるなァァァァ!!』

 

 

 だが、それを聞き入れられる精神状態のクライドではない。目の前の怨敵を焼き払うべくその魔力を滾らせ、里そのものさえ巻き添えにする勢いで灼熱が広がる。

 

 

「グルルアァァァッ!!」

“我が激情よ地獄を巡り、万象焼き尽くす灼炎たれ! 此れなるは焔の劫罰――”

 

 

 無論、それを座して見守るだけの周囲ではない。化身したムルムルが碧い息吹(ブレス)を吐き、放散する魔力を掠め取ったシルヴィアが詠唱を紡ぎ――

 

 

 

 

 

“魔界創生”

 

 

 

 

 極大の赫熱と重力が、森全体を襲った。

 

 

「グアァァァッ!?」

「ぐっ――!?」

「ぐぉぉっ!?」

 

 

 アスレイを中心に、身を焼き焦がすような赫熱と、骨も髄も押し潰すような超重力が広がると、一同は強制的に地に叩き伏せられた。家屋やそれを支える大樹もばきばきと軋む音を立て、竜たるムルムルすら大地に縫い付けられるかのように身動きができない。カヤの結界すら間に合わず、この里にいるすべての生物が、骨を焼かれるような痛みと天地に挟み潰されるような痛みを覚えた。

 

 

『がはぁ……っ!』

 

 

 当然それは、アスレイの至近距離にいたクライドをも叩き伏せた。橙色の火焔を掻き消すほどの赫熱と重力が彼を襲い、ひときわ強く圧し潰す。

 彼を見る者すべてが伏せられたのを睥睨すると、アスレイは何事もないかのように独りふわりと浮き上がった。みしみしと天地が軋む中、その中心にあるアスレイだけが、気軽に中空を踏みしめて歩き出す。

 

 

「では神の奴隷共、今日のところはごきげんよう。次会うまでには、もう少し歯応えのある敵になっておけ。

 ――この娘を返してほしくば、せいぜい追って来い。神魔の決着に相応しき彼の地――“ガルプスの渦”までな」

 

 

 吐き捨てるようにそう言い残すと、アスレイの姿はずるりと溶けた。

 赫熱と重力が止んだ。身を圧し潰す激痛から唐突に解放された一同は、しかしその痛苦から立ち直れず、大地に蹲るばかりだった。

 

 

「――待、て……! エレナ、様を、返せ……!!」

 

 

 地に這い蹲り、絞り出すようなクライドの言葉は、どこにも届かなかった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「――落ち着いて、状況を整理するわよ」

 

 

 半刻後、半壊したマクサールの大社。団員たちを招集し大急ぎで里じゅうの現状確認を終えた後、使徒一行として大社に呼び戻したシルヴィアは、絞り出すような声で切り出した。

 

 

「エレナを連れ去ったのは、“アルマの井戸底”に封印されていた“羅刹”の魔人アスレイ。使徒エレナを殺さずに拉致した理由は不明。

 森の結界は、アスレイの魔界で全損。幸いにして死者は出ていないけれど、もう結界頼みで孤立して生きることは不可能ね。この魔力汚染じゃ、今後生活していけるかどうかも怪しい。

 ――だけど同時に、『結界を守る』という責務もなくなった。あとは風伯の鉄弓(カルネクス)の使徒を覚醒させて、“ガルプスの渦”に向かうのみ」

 

 

 良いことも悪いことも見通し、冷静に状況を分析するシルヴィア。なるべく感情を炸裂させないように努める様子に、団員たちは口を挟めなかった。

 

 

「ところで、エリスは無事?」

「問題ありません。頭部に傷を負っていましたが、霊王の剛槍(ゴールトムク)の加護で治癒できる範疇です」

 

 

 シルヴィアの問いに、カヤは淀みなく返した。ひとまず、犠牲者が出なかったのは僥倖だろう。それはそれとして、今後を鑑みると頭の痛いことだらけなのだが。

 

 

「それにしても、魔人共が“魔界持ち”だったなんて……勘弁してよ、まったく」

「『魔界』って、あのおっかない魔法っスか? 何だったんスか、あれ?」

 

 

 頭を抱えるシルヴィアに、ラグが問うた。名前からしておっかない代物であるのは間違いなく、只人の自分たちが対処できるとは到底思えないが……

 

 

「“魔界創生”――魔術の到達点の一つであり、世界の理を外れた“魔”だけが到達できる窮極の領域よ。自らの魔力を無限に流出させ、世界を歪め、望むがままに“理外の理”を永久展開する“魔”の本領」

「その領域内は、世界の理を無視した独自の法則で支配され、領域内のあらゆる生物/無生物に問答無用で適用される。飲み込まれたものはその法則を強制されたままか、何らかの手段で抵抗(レジスト)しながら戦う必要がある」

 

 

 シルヴィアとゴーシュの説明に、団員たちは無言で震え上がった。

 それはまさに、世界を欺く魔術(ペテン)の窮極。世界を歪め、書き換え、新たな理を敷く窮極の外法。“大いなる神の理”という軛を外れた“魔”だからこそ成せる、冒涜の極みにして新たなる摂理である。

 

 

「つまり、あのクソ熱いのとクソ重いのを、何とか耐えながら戦う必要があるってことか」

「お馬鹿、あんなの児戯の内よ。――あいつの本領は、もっと容赦ない。それこそ、神器と使徒でなきゃ太刀打ちできないわ」

「ど、どうすんスか、そんなの……」

 

 

 この期に及んでいまひとつ理解しかねるカルドクへ、シルヴィアがかつてなく真剣な表情で一喝し、案の定ラグは頭を抱えた。世界を侵食し、思うがままに歪める――凡人の傭兵からは想像もつかない領域だ。

 

 

「本来なら、使徒を完全に揃えて万全の状態で相対したいところだけど――エレナ拉致の目的が分からない以上、悠長に構えてる暇はない。急いで動く必要があるわ。

 まずカヤ様、炎精の戦斧(ガルマエルド)の状況は? ダキアへの連絡は通った?」

「レーベ様によると、ダキア王国自体には連絡が行ったそうです。ただ、使徒であるベルーダ様本人は、『あと一仕事してから合流する』と回答したらしく……」

「時勢と優先度を考えなさいよバカタレ!」

「こらっ、不敬ですよ!」

 

 

 思わず暴言を吐いたシルヴィアを、カヤが咎めた。竜とともにある以上、天地を穢す魔王の脅威は理解しているだろうに……それとも、それを差し置いてでも果たさなければならない『仕事』なのだろうか。

 

 

「次、風伯の鉄弓(カルネクス)の使徒。これは、候補としてあんたしかいないわ。――セト=ニュクス。覚悟はできた?」

 

 

 シルヴィアの真剣な表情に、一同の視線がセトへ集中した。彼はいつものように不快げな表情を浮かべるでもなく、しかし迷う様子を見せるでもなく、ただ沈黙していた。

 

 

「おめェ、さっきの戦で得物やられちまったろ。取っ替えるってことで、貰ってってもいいんじゃねェか」

「剣買い替えるんじゃあるまいし、そんな簡単な……」

 

 

 カルドクのぞんざいな物言いを、ラグが咎めた。その辺の武器屋で買えるような尋常な武器ではなく、相対するのも尋常な敵ではない魔王だ。背負う重責も、求められる覚悟も、並大抵のものではない。

 だがセトは、もうその肚を決めていた。自らの歳の半分にも満たない連中に囲まれて、その中でもひときわ幼いあの少女の言葉に励まされて――なすべきことは、もう分かった。

 

 

「――分かった。“風の使徒”として、その使命を継承する」

「よろしい。マクサール様、儀式は頼むわよ」

『うむ』

 

 

 セトの返答に、シルヴィアは一瞬だけ安堵の表情を見せると、きりりと顔つきを正し、マクサールへ要請を仰いだ。

 

 

「最後、リョウ。こっちはさっぱり音沙汰なし。どこほっつき歩いてんのか分からないし、ムルムルあたりに捜してほしいところだけど――手数に劣る以上、こっちもムルムルを手放したくはないわ」

「じゃあ、放置か」

「もちろんそうはいかないわ。カヤ様、七天教の総力を挙げてあいつの居所を捜し出して」

「了解しました。――ただ……」

「ただ?」

 

 

 急に言葉を濁らせたカヤに、一同の視線が集中した。何か不都合でもあったのだろうか?

 

 

「聖都オーヴェルヌスの教会と、連絡が取れていません。レーベ様によると、()()()()()()()()()()()とのことで……」

「はぁ!?」

「な、なんでぇ!?」

 

 

 カヤの報告は、一同の度肝を思い切り抜いた。聖都がまるごと消失? あの巨大な都市が? いったいどうやって?

 

 

「リョウの奴、そこまで派手にやりやがったんすか?」

「いえ、聖都の跡地には魔王による魔力汚染が残留しているとのことでした。――リョウさんは魔王と交戦した結果、敗れた可能性があります」

「んな……!」

 

 

 その驚愕の声は、誰の口から漏れたものか。もうツッコミどころ満載だ。聖王暗殺に向かった先で、魔王と鉢合わせした挙句、巨大都市をまるごと消失させる大魔術に巻き込まれた? 誰もが一度は空想を疑う話だ。これでは、リョウ自身も無事では済んでいないのではないか――?

 

 

「今はレーベ様による指揮のもと、各教会と連携して居場所の絞り込みを行っている最中です。あと数日もすれば特定できるかと」

「こっちの状況も説明して。一刻も早く合流するわよ」

「分かりました」

 

 

 かつてなく真剣な表情でやり取りを交わすカヤとシルヴィア。そこに、ゴーシュが割り込んだ。

 

 

「私が行くべきか。イシマエルとしての“感”ならば、探知は容易だろう」

「駄目よ、時間がかかり過ぎる。教会との連携といっても、二度手間になる。この状況で戦力分断は悪手よ」

 

 

 ゴーシュの提案を、しかしシルヴィアは制止した。“(イシマエル)”という特性上法術を扱えない彼を投入したところで、教会の探索部隊との連携が取れず、手間を増やすのがせいぜいだろう。そうなるよりは、本隊の戦力として集中した方が役に立つ。

 

 

「最後、“ガルプスの渦”に突入するための()。海を挟んでいる以上、船を用意する必要があるわ。同地の魔力汚染に対抗できるような、ね」

 

 

 シルヴィアの言葉に、大社の全員が沈黙した。

 

 

「……無理じゃないスか?」

「無理っしょ」

「誰も協力してくんないっすよ、そんな自殺行為」

「分かってるわよこっちだって頭痛いんだから!」

 

 

 口々にツッコむ団員たちに、シルヴィアも怒鳴り返した。レノーン―カルヴェア間という地理関係上、彼らには武装船を用意するコネがない。民間船はとても関わり合いを持ちたがらないだろうし、いわんやカルヴェア本体をや、である。レノーンが壊滅状態の今、七天教の強権で船を用意させるという手も、なくはないが――その交渉に掛けている時間の方が惜しい。カドレナから呼び寄せるという案も同様である。

 

 

『儂が行こう』

「へ?」

 

 

 そんな中、口を開いたのはマクサールだった。

 

 

『老いぼれの最後の奉公じゃ。この身を以て、お主らを“ガルプスの渦”へと導こう。儂の霊気があれば、お主らを守って運ぶ程度はできるはずじゃ』

 

 

 もぞりと身じろぎしたマクサールに合わせて、大社に積もった埃がぱらぱらと零れた。全員を乗せられるだけの体躯、霊気による守り、汚染された海を突破する水泳能力――条件としては、最上のものが揃っている。

 

 

「……ここのことは、よろしいのですか? 里の皆さんのことは……」

『どのみち、今の儂ではもう守り切れぬ。皆には苦しい道のりを強いることになるじゃろうが……停滞の時は終わった。ここを巣立ち、新たな人生を目指してもらわねばならぬ』

「――そう。臣獣の霊気なら、守りとしては上等ね」

 

 

 カヤの問いに、マクサールはただ静かに答えた。もはや完全に崩壊した結界の代替として、マクサールは老い過ぎた。里の森人(ケステム)たちには悪いが、これから彼らは自力で生きていかなければならない。となれば、こちらの戦力として活用させてもらおう。

 

 

「という訳で、方針変更。急いで支度をして、準備完了し次第出立するわ。大混戦の連続が予想されるから、準備は念入りに!」

「あいよ」

「了解っス」

 

 

 シルヴィアの号令に、傭兵たちは揃って返事をし、それぞれに大社を出ていった。そんな中――ひとり立ち竦む者がいた。クライドである。ぎりぎりと拳を握り、唇を噛み、怒りと後悔をじっと堪えていた。

 そんなクライドの心境に気付かぬシルヴィアではない。彼女は静かに歩み寄り、その肩をぐっと掴んだ。

 

 

「焦っちゃだめよ、クライド。今はできることを積み上げていくしかないの」

「――はい……」

 

 

 静かに、しかし有無を言わせず言い聞かせるシルヴィアの言葉に、クライドはただ了解の言葉を零すしかなかった。

 どれだけ歯噛みしても、エレナを奪われた事実は覆らないし、直ちに戻ってくるわけがない――そう分かっていても、心を騒がせる後悔と焦燥は止まなかった。

 

 




芳来の陣
 指定した天地に作用する、結界魔術のひとつ
 魔力を循環させ、小範囲を防御する
 あらゆる結界魔術の基本となる術

 簡素な術式だが、魔力量と循環強度次第で
 上位魔術すら凌ぐ防御能力を発揮する
 基礎ゆえに、侮ってはならぬ
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