神宿ル劍   作:竹河参号

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黄金の逆鱗
 古の飛竜の顎下、逆鱗のひとかけら
 大智竜レーベフリッグが遺した無二の品

 その輝きは決して翳ることなく、至上の祭具として
 永遠に霊山エルネスカに保管されるだろう
 あるいは彼女の権能、その一端を再演できるだろうか

 竜は、その命潰えても滅びることなく
 世界中から霊気を掻き集め、やがて再臨する
 新しい知性と、新しい記号(なまえ)を得て



11.闇の彼方

 “ガルプスの渦”の沖。カルドクおよびゴーシュと合流したヴァルク傭兵団の一同は、マクサールの背に揺られながら岸辺に戻ってきた。

 

 

「おぉーい、元気かぁー!」

「ってギャー! 何か増えてるー!?」

 

 

 そこには、ベルーダら使徒たちと合流し、陸地から戻ってくるエレナたちがいた。大炎竜ヴァルムフスガの巨影も増えている。

 

 

「エレナ様!!」

「エリス! ごめんね、心配かけちゃった」

「いいえ、いいえ! エレナ様さえご無事ならよろしいのです……!」

 

 

 涙目で駆け寄るエリスに対し、エレナは慈しむように抱き締めた。

 一方、傭兵たちの姿を見せられたベルーダは、ただ呆れ返ることしかできなかった。人外魔境で化物たちと殺し合いを繰り広げたのが、正真正銘ただの傭兵とは……勇敢というべきか、命知らずというべきか。

 

 

「本当に只人ばっかりじゃないか。よく生き延びたね」

「……ど、どちら様で……?」

「ダキア王国のベルーダ。炎精の戦斧(ガルマエルド)の使徒をやらせてもらってるよ」

『オレは大炎竜ヴァルムフスガ。竜に逢えるなんて滅多に無ぇことなんだから、しっかり覚えてくれよ』

 

 

 見知らぬ戦士たちにおずおずと尋ねたラグに対し、ベルーダはざっくばらんに、ヴァルムフスガは自慢げに自己紹介をした。

 巨竜の言う通り、臣獣と逢える機会は決して多くない。だが傭兵たちは、どこか気まずそうに顔を見合わせた。

 

 

「……そういえば、そうだっけなぁ……」

「……でも、嬢ちゃんとこのチビがいるからなぁ……」

『お前らいい度胸してんな!?』

 

 

 畏敬もありがたみも感じていなさそうな、傭兵たちの不敬極まりない態度に、ヴァルムフスガは勢いよくツッコんだ。これでも齢三百を超える大精霊である。

 それはそれとして。

 

 

『使徒ベルーダ、それに大炎竜ヴァルムフスガよ。よく戦った』

『おぅ。爺さんの分まで果たしてきたぜ』

 

 

 マクサールの労いの言葉を、ヴァルムフスガは尊大に受け取り、ベルーダはひらひらと無言で手を振った。やるべきことを果たした、それ以上の意味は持ち合わせていない。

 

 

「これから、どうするんだい」

「わたしたちは、ベルキュラスに戻ります」

「魔王のせいで有耶無耶になってたけど、まだ内乱中だしね。この人数だし――マクサール様、ひと泳ぎ送ってってくれない?」

『うむ、任せよ』

 

 

 ベルーダの問いかけに、エレナとシルヴィアが答え、マクサールが応答した。傭兵たちを含む三十名弱を抱えて“絶海”を乗り越えるには、齢を重ねた臣獣の協力が不可欠だ。

 

 

「わたくしはエルネスカに戻ります。レーベ様も身罷られた今、一刻も早く秩序を回復しなくては」

「せっかくだから送っていくよ。ヴァル、あとひと仕事だ」

『あいよ』

 

 

 一方、七天教を束ねるカヤは、単身西側世界に戻ることになる。道すがら協力してやるのもいいかと、ベルーダとヴァルムフスガが同行する運びとなった。

 

 

 こうして、使徒一行は解散した。あとはそれぞれに戦後処理を済ませ、社会秩序を取り戻さなくてはならない。世界の理と違い、あるがままに放ってはおけないのが悩ましいところだ。

 

 

 

 

長巫女、カヤ=ヘンリス

 霊山エルネスカに戻り、戦後処理に奔走した

 レノーン滅亡の混乱に対しても、的確に指揮したという

 

 第二次魔王大戦を勝利に導いた戦巫女として

 多くの為政者に讃えられた彼女だが

 権力に溺れることなく、正しく信仰を導いた

 

 時折、宝物庫の奥底に籠っては

 レーベフリッグの聖遺物を手に、過去を偲ぶ姿が

 神官たちに、密かに記録されたという

 

 

大甲龍マクサール

 勇士たちをベルキュラスに送り届けた後

 霊山エルネスカに協力し、戦後処理を済ませ

 ニュクスの森の民を託して、自らは入滅した

 

 悲しむことはない、と大亀は語った

 時代の終焉は、次代の始端でもある

 いずれ新しい風が吹き、世界を巡るのだと

 

 

焔武者、ベルーダ

 大炎竜ヴァルムフスガとともに

 祖国ダキアに帰還し、しばしの休息を得た

 

 だがしばらくして、彼女は再び旅立った

 曰く「錆び付いてちゃいられない」とのことで

 オルステン歴で、最も“魔”を鎮めた狩人となった

 

 「これだから行き遅れんだよなぁ」とは

 果たして誰の言葉だったか

 

 

黒い影、ゴーシュ

 ベルキュラスに戻り、内乱平定に参加したが

 しばらくして、独り旅立ったという

 その行方は杳として知れない

 

 数十年後、旧ベルグラント聖城の外れで

 不可思議な魔術の炎が目撃されるようになった

 呪われた亡者たちを焼く、寄る辺なき紫焔が

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 それぞれの旅路に別れる直前の、ささやかなやり取り。

 

 

「皆様のご協力のお陰で、多くの脅威から世界を護ることができました。本当にありがとうございます」

 

 

 ヴァルムフスガの背に乗る前に、カヤは改めて一同に向き直り、深々と頭を下げた。つくづく、身分に不相応な丁寧ぶりである。

 それに対し、団員の一人クレイがへらへらと相好を崩した。

 

 

「いやぁ、それほどでもー」

「バカ野郎、嬢ちゃんとか兄ちゃんとかのお陰だろ」

「おめーが出しゃばんじゃねぇよ、バカ野郎」

「うるせぇ! 俺らだって頑張ったろ!?」

「ふふ、皆様の健闘あってのものですよ」

 

 

 残る団員たちが一斉にクレイへジト目を向け、ここぞとばかりに罵声を浴びせた。無論、彼らの奮闘があればこそ、使徒たちも戦いに集中できたのは事実である。

 この賑やかさと別れると思うと、少しだけ寂しい。そんなカヤの気持ちを誤魔化すかのように、シルヴィアがジト目で口を開いた。

 

 

「言っとくけど、まだまだ仕事してもらうんだからね。魔王の問題が片付いただけで、ベルキュラスは戦争中なのよ」

(わー)ってらァ。嬢ちゃんのために、もういっちょ気合張らねェとな」

 

 

 そう応えると、カルドクは「まずは帰り支度だな」とようやく鎧を外し始めた。これからベルキュラス本土に帰還しなければならないが、彼の場合、まず得物の調達が必要になる。その怪力に見合う巨剣の調達が。

 団長に合わせるように荷解きを始めた団員たちに混じり、ラグがうーんと唸り声をあげた。

 

 

「まったく……こんな大戦が終わった直後から、次の戦の心配をしないといけないなんて……」

「……そう、ですね……巻き込んで、ごめんなさい」

「あいや、エレナ様が悪い訳じゃないんス。僕らの商売も、業が深いもんっスから」

「今さらうだうだ言ったって始まんねェだろ。『生きる』ってなァ、戦うことなんだからよ」

 

 

 エレナを気遣うその言葉に、今更否を唱える声は上がらなかった。これからはそれぞれの人生を、それぞれの戦い方で生き抜かなくてはならない。

 

 

 

 

ヴァルクの猛虎、カルドク

 ベルキュラスに戻り、内乱が平定されたあと

 中央での登用を断り、カーチス領の古砦に戻った

 

 老いても生涯現役を貫き、その戦いぶりは

 多くの吟遊詩人に歌われ、豪勢な糧となった

 自称「英雄カルドクの子」が、何人も現れたらしい

 

 その最期は、幼い親子を庇って死したという

 

 

走る算盤尺、ラグ

 豪放磊落な団員たちに振り回され

 その心労から、夭折を危ぶまれたが

 享年八六の大往生を遂げた

 

 カルドク団長と同じく、生涯現役を貫き

 晩節は、相談役として団を支え続けた

 参謀でありながら、多くの団員に慕われた

 

 

カーチスの牙、ヴァルク傭兵団

 ベルキュラスの内乱が平定されたあと

 首領とともに、カーチス領へと帰っていった

 

 幾人かの流動を経ながらも、辺境に留まり続け

 民草に手を差し伸べる姿勢を堅持した

 

 何度代変わりしても、古砦は一向に変わらず

 彼らの団には、今でも入団希望者が集っている

 

 

風の目、セト=ニュクス

 しばらくカーチス領に留まっていたが

 ふと団を抜け、西側世界に渡ったという

 使命を遂げ、八百年の空白を埋めるために

 

 時代を下り、彼を知る団員たちがいなくなっても

 ヴァルク傭兵団には、ひとつの謳い文句が遺された

 

 見知らぬ森人(ケステム)が現れたら、笑って迎え入れよう

 その光景が、彼にとっての故郷だから

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 “ガルプスの渦”を脱し、二日後のこと。未だ荒波を伴う“絶海”を東に乗り越え、マクサールが声を発した。

 

 

『皆の者、港が見えてきたぞ』

 

 

 その言葉に、一同はぞろぞろと甲羅の上を歩いて針路の先を見やった。青い空と青い水平線の先には、確かに陸地のようなものが見える。シルヴィアの指図に間違いがなければ、カドラ港という港町に辿り着くはずだ。

 

 

「連絡を入れたとはいえ、いきなり竜がやってきたら大騒ぎでしょうね」

「竜っていうか、亀ですもんね……」

 

 

 カドラ港はすでに王女軍の配下にあり、副将である執政官モラドとレオール侯プロスペール宛に速文も出している。受け入れ態勢は整っているはずだが、さすがに尋常の船ではなく伝説の大亀がやってくるとなれば、騒然となるのは必至だろう。

 上陸に備えがやがやと支度を始める傭兵たちから離れ、エレナは水平線の向こうを見つめていた。それに気付いたクライドが、静かに傍に立つ。

 

 

「――……帰って、きたんだね……」

「……エレナ様……」

「――大丈夫、分かってるよ」

 

 

 エレナの肩を支えるように抱いたクライドに対し、エレナは自分に言い聞かせるように答えた。

 

 

「まだ、なにも終わってない。平和を取り戻して、秩序を安定させないといけない。それが、わたしたち王族の責任」

「その意気よ」

 

 

 そんな二人に気付いたのか、シルヴィアがエレナの言葉を拾いつつ歩み寄った。

 

 

「――失ったものは、還ってこない。でも、その事実に囚われて、これからの未来を取り零すわけにはいかないのよ」

「……そうだね」

 

 

 シルヴィアの言葉に、エレナは改めて水平線の先へ思いを馳せた。

 亡くした人は帰ってこない。失われたものは戻らない。――それでもと歯を食い縛り、未来を見据えて歩き続け、『これから失われるもの』を全力で取り戻さなくてはならない。

 ぎゅっと身体を強張らせるエレナに気付き、クライドが改めて掻き抱いた。

 

 

「心配は無用です。この身がある限り、エレナ様のお傍で全力を尽くします。

 それもまた、あいつから託された使命ですから」

「……うん、ありがとう。頼りにしてるね、クライド」

 

 

 最愛の騎士の気遣いに、エレナはその手を重ねて応えた。

 彼女は独りではない。勇敢な戦友に囲まれ、優れた陪臣に恵まれ、頼りになる従姉の支えを受け――最愛の騎士が傍にいる。ならば、恐れることは何もない。どんな困難も、きっと乗り越えられる。

 ……そんな二人を間近で見せられたシルヴィアが、絶好のからかい時を逃すはずがない。

 

 

「やっだわーお熱いこと。王家の血筋は安泰ねホホホ」

「し、シルヴィ!」

「お嬢、冷やかしはほどほどにしておけ」

 

 

 下世話な冷やかしに、エレナが顔を真っ赤にしながら叫んだ。

 なお数ヶ月後の戴冠式でまったく同じやりとりを行い、拳で反撃されたことは蛇足だろう。

 

 

 

魔公女、シルヴィア・ミラ・カドレナ

 ベルキュラスに合流し、反乱軍を鎮圧した後

 サヴィア大砂漠を渡り、祖国へ帰っていった

 

 やがて大公を継いだ後も、従姉妹の絆を忘れず

 また砂人(オグル)たちとの交流も盛んに行ったが

 悲願の祖国独立までは、あと三代を要した

 

 彼女の活躍は、むしろ魔導史によく現れ

 従者モルガダとともに、多くの発明を成した

 

 

灯の魔人、クライド・アークヴィリア

 ベルキュラスに戻り、反乱軍を鎮圧した後

 湖聖騎士団の将軍と王配の座を拝領した

 

 宣誓通り、主君の傍を片時も離れず

 王国の刃と盾として、千年に渡り見守り続けた

 彼の導きがある限り、水の国の灯は消えない

 

 

玲瓏の女王、エレナ・ティル・ベルキュラス

 ベルキュラスに戻り、反乱軍を鎮圧した後

 正式に鎮守(ベルキュラス)を、第四三代の王位を拝領した

 すでに鎮めるものが無くなったとしても

 

 伴侶クライドとの夫婦仲は良好で

 ベルキュラス王家史上最も子宝に恵まれた

 “水の乙女”カロリーネに次ぎ、『国母』と称された

 

 只人と同じように老い、只人と同じように死んだ

 その晩年は、ずっと誰かを待っていたという

 

 

誰も知らぬ使徒

 王女を助け、砂人(オグル)との和平を支え

 王国を、そして世界を救ったはずの大英雄は

 しかしその名が一切記録されていない

 

 誰かに記憶されるのを拒むかのように

 誰かの脳裏に棲み付かぬかのように

 

 今日もまた一人、彼の名を忘れる

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 闇があった。

 まさしく闇であると、彼は判断した。白でも黒でもなく、()()()()()()()()。何もない虚無、何も認識できない深淵が広がっている。

 例外はただ一つ――彼の視界いっぱいを覆う、黒々とした巨影。その表面には無数の赤黒い線が縦に走り、どくんどくんと大きく脈打っている。蠕動する不気味な輝きの奥に、名状しがたいナニカが壁面の随所を巡っている。

 かつて“孕魔霊樹(ナヴァ・ム・グリア)”と呼ばれていたモノ、その残り滓。

 その姿は、すでに往時の脅威を宿していない。もとより世界の底に染み付いた原初の“魔”の残影、魔人という理を外れた異物を贄とする存在。“どこでもない場所”に隔絶され、供物という名の養分を失った今、あとは衰えゆくだけである。あと二千年か三千年――長くとも一万年もすれば、完全に消失するだろう。

 もっとも、それを待つ道理などない。その数千年の間に、この邪悪を復活させるモノが再び現れない保証はない。どれだけ手を尽くそうと『ありえない』の常軌を逸脱するのが“魔”の本領であり、世界の安寧を保つには、その根源から断ち切るのが最善手だ。ゆえにこうして彼が遣われ、完全に破壊させる使命を与えられた。

 彼は黒白双輪の刃を構えた。戦意漲らせる彼を前に“樹”がうごめき、その樹壁から触手を伸ばした。ごおと闇を突き破って迫る鋭い棘を、黒白の輝きが次々に破砕する。“樹”がその表面をぼこぼこと粟立たせ、ヒトガタの醜い眷属を生み出した。千を容易く超えるそれらが一斉に殺到するのを、縦横無尽に走る影が絶え間なく斬り裂く。“樹”が文字通り身を削って抵抗するのを、彼はただひたすらに切り崩していく。

 理外の“樹”と摂理の化身による、無限に等しい闘争――しかしそれを、しかし彼はやり遂げるだろう。その果てに、行くべき場所も帰るべき場所も無くなっていたとしても。次の闘争のために。次の次の闘争のために。次の次の次の闘争のために。神器の霊気が彼の魂を圧し潰すまで。ヒトを模倣したその緩慢な歩みが止まるまで。未来永劫、変わることなく。

 

 

 一瞬か、十日か、それとも百年が経ったか。

 やがて“樹”が朽ち、無明の闇にその身を溶かしていく様を。

 やがて静寂が満ち、闇に独り立つ者が姿を消したことを。

 

 

 ある闘争の終わりを、知る者は何処にもいない。

 

 




翠玉の指輪
 大粒のエメラルドが埋め込まれた指輪
 幸運を高め、危機から遠ざける力をもつ

 何の魔力をも宿さない、ただの宝飾であるはずだが
 そこには真摯な祈りが込められている
 孤独な旅に、最期まで寄り添うことだろう
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