私気づいた。銃より拳のほうが強いんじゃないかって。 作:まっしろたまご
ヒナの説教から解放された後、自宅で仮眠を取って再びアビドスへ。
簡易お泊まりキットを持って家を出る頃には既に西日が辺りを照らし、月が登ろうとしている頃だった。
そろそろ通い慣れてきた道を駆ける。まだ肌寒い夜風が首筋を撫でて行き、少し身震いをした。
ふと、キヴォトスには四季が存在するのだろうかと言う疑問が頭をよぎる。季節限定のイベントもあったし作中でちょくちょく夏や春の描写がされていたような気がするが定かではない。私はあまりイベントストーリーは読まないタイプなのだ。
初めこそ休憩を挟み挟み、なんとか通っていたこの道も、いつのまにか鼻歌を口ずさみながら疾走できるまでになっていた。
自分で成長を感じる機会というものはなかなかないが、これは素直に喜べる進歩だ。その上、エンジニア部に作ってもらったこのシューズもとても履きやすい。さっきモモトークを確認すると、エンジニア部の面々から『瞬間的に亜音速までの加速が確認されたけど無事か』という旨の連絡が入っていたので、『すこぶる好調』と返しておいた。
しかし、この履きやすさでプロトタイプだというのだから、彼女らには頭が上がらない。
連邦生徒会に反省を促しながら、いつもの道を駆け抜けた。
アビドスに着く頃には、辺りはどっぷりと闇に包まれ、まさに夜の帳が降りたと言った様子だった。昼間でこそそこそこな人通りがあるが、日が落ちれば働きに来ていたものたちもそれぞれのねぐらには入り惰眠を貪っているだろう。まぁ、動物の市民はともかくオートマタたちが睡眠を必要とするかは謎ではあるが。
少し郊外の方へ出て、昼間目星をつけておいた廃墟をパトロールする。
幾つかの地点を周り終え、そろそろ切り上げてシャーレ居住区に戻ろうかという頃、やっと目的の人影を見つけることができた。
「こんな時間まで、お勤めご苦労様です。ホシノさん」
「あ、ホノカちゃん。こんな時間に外に出たら危ないよ〜?」
「昼間の件の罰で夜間の治安維持を行うよう言われまして。夜の散歩と洒落込んでいるわけです」
無論、嘘である。ホシノのパトロールに同道するため、適当にでっち上げたハッタリだ。しかし彼女は一切疑うことをせず、信じてくれた。
「風紀委員も大変だね〜。おじさんそんな生活についていける自信ないなぁ」
「まさか。毎日一人でアビドスのパトロールをしているホシノさんほどじゃないですよ」
「うへぇ。なんで知ってるの〜?」
「カマをかけただけですよ」
風紀委員長が来た、という噂が広まっているのだろうか。とてもキヴォトスとは思えない静かな夜だった。ゆったりした時間が過ぎて行く。
平和な街を眺めるホシノの横顔は優しく、そして寂しそうな顔でもあった。
いつもはシロコと出会う道を、今日は二人で歩く。フラフラと山頂近くまで辿り着いて風を浴びていると、ふとホシノが口を開いた。
「ねぇ。『先生』について、どう思う?」
「先生について、とは?」
「君だったら、ちょっとやらかしちゃって田舎に飛ばされてきた。その上あの委員長直々の命令なら逆らいようがないでしょ?でも、あの大人は違う。ずっと誰も助けてくれなかった。無視され続けた。私達が守ってきた学校は無くなっちゃうんだって思ってた時に、ぽっと現れて『自分がなんとかする』なんて言ってさ」
吐き出すように、絞り出すように。ホシノは続ける。それは今日まで溜め込み続けたやり場のない怒りであり、少しの怨嗟であり、大切なことを失った悲しみですらあった。
「ご丁寧に、連邦生徒会の看板まで背負って。正直、今更信じられないんだよ」
「って、何言ってるんだろうね。ホノカちゃんに吐き出しても意味ないのに」
あはは、と笑ってみせる彼女はその背中以上に小さく見えて、ここで手を伸ばさなければ消えてしまうような気がした。
かつて暁のホルスと呼ばれ、恐れられたとしても、結局は一人の少女なのだ。生前の私の半分ほどしか生きていないような少女が、何か一つでも掴み取ろうと、大切な人を、場所を、守ろうとした結果がこれだ。
きっとここで呼び止めなければ、ホシノは黒服の元へ向かう。ストーリー進行をするのであればそれで問題ないが、それは私の魂が———大人としてのプライドが、許さなかった。
「だったら、私を信じてくれませんか?」
「……どういうこと?」
「私は彼を、信じています。確かに胡散臭いところはありますが、それでも生徒のためにがむしゃらで、一途で、何より子供達の幸せを願っている」
「少女達が皆夢を見て、信じ合い笑えるような。そんなハッピーエンドを、彼はきっと実現してくれると私は信じています。だからどうか、
一見筋が通っているようでデタラメな主張。それでも、頬を赤らめ、少し白い息を吐きながら熱弁する彼女は、ホシノの目には恋をする乙女のようにすら映った。
普段のホシノならやんわりと切り捨ててしまうような甘言、それでも、頑なに人を信じ続けようとする心や、危ういと思ってしまうほどに楽観的な考え方。そして、そんな考えでもなんとかできてしまいそうな、妙な説得力。
とどのつまり、ホシノはホノカに、今は亡き、敬愛する先輩の面影を確かに見つけていたのである。
夜のパトロールが明けて翌日。いまだに眠気の覚めないといった様子の二人が対策委員会本部に集っていた。
「ホシノさん……おはようございます……ほかの皆さんは?」
「みんなバイトやらで出払ってるよ~。先生もこの間のことで連邦生徒会に行ってるんだってさ~」
「なるほど……それじゃあ何もできることはなそうですね……あ、コーヒー淹れますけどいります?」
「もらうよ~」
慣れた手付きでインスタントコーヒーを二人分用意するホノカ。あたりにはたちまち少し酸味を思わせるような匂いがたちこめて、トースターからははちみつの甘い匂いも漏れ出していた。
「どうぞ。朝ごはんです」
「うへぇ。ありがと~」
じわとはちみつのしみ込んだトーストを齧り、かなり濃いコーヒーで流し込む。甘味と苦みが脳細胞の隅々まで駆け回り、ぼんやりとしていた思考がじわじわと覚醒へと向かう。
徹夜勤務になりがちな風紀委員会で賄いにホノカがあみだした、名付けて『朝元気が出るセット』である。特にヒナから好評だ。
「そういえばホノカちゃん。武器持ってないの?昨日も素手で大立ち回りだったみたいだけど」
「支給のやつ失くしてから買ってませんね……今まで拳で何とかなってますし」
「それなら、武器庫で余ってるやつたくさんあるから、いろいろ試してみる~?ちょうど今日はゆったりできそうだしさ」
「そうですね。それならお言葉に甘えて……」
決して朝早いとは言えない時間。しかし結局あの後も夜通し話続けてしまった夜更かし二人は、コーヒーに元気をもらったことによりその日を有効に活用する決心をしたのだった。
アビドス高校の裏手、突貫で作られた射撃訓練場、に、たたずむ二つの人影。
「うんうん。構えはばっちりだし姿勢もよし。それじゃああとは~?」
「撃ちます!」
アサルトライフルの発砲音。一マガジン分撃ち尽くして沈黙。
「ど、どうですか?」
じっくりと的を確認した後、指で×を作って見せるホシノ。
単発式のライフルに、ショットガン。SMGにグレネードランチャー。そしてアサルトライフル。それぞれキチンと狙いを定め、反動を制御しつつ射撃した。それでも弾丸が的に掠ることはなかった。
「こうなればもうヤケです……」
そう呟き、軽機関銃を携えるホノカ。狙って当たらないのであればばら撒けばいいという算段だ。というのも、彼女こと元一般成人男性である風音ホノカには、壊滅的に射撃のセンスがなかった。エイムが悪いと言ってしまえばそれまでだが、確実に当たる軌道だったはずでも、不思議な力で弾が逸れて行く。
それは単純な射撃ミスではなく、もはや呪縛のような何かを感じさせた。
先の軽機関銃を腰に二丁抱える姿はさながらコマンドー。トリガーに指をかけ、ホシノに準備OKの目配せをする。
「……行きます!」
「頑張ってホノカちゃん!!」
「うわああああああああああああああ!!」
的の近くから噴煙が上がる。チュンチュンと跳弾が飛び交い、今度こそ当たったのではないかと一抹の希望を抱かせる。
しかし、的は当然のように無傷である!
「うわああああああああなんでえええええええ!!」
膝から崩れ落ちるホノカ。コユキ顔負けの咆哮を上げ、ホシノに落ち着かせられるまでそこそこな時間を要した。
***
小鳥遊ホシノは悩んでいた。『このまま風音ホノカを信用してしまってもいいのか』と。答えは否。黒服との関わりがある以上、警戒しておくに越したことはない。
しかし、その評価は二人っきりですごした時間の中で少し変化することになる。
ホシノとて、完全に中身までほわほわとした性格になってしまっているわけではない。しかし、風音ホノカは違った。そう、彼女はその時々で何も考えていないのである。
ある時は黒猫を、ある時は蝶々を追いかけ、またある時はカタカタヘルメット団を追いかけ回す。それぞれの時々で心の底から楽しそうであり、状況を楽しんでいる、というよりは
瞬間瞬間を生き、その全てに喜びを感じている。それが、小鳥遊ホシノが風音ホノカに改めて下した評価であった。
しかし、それだと黒服との関わりを持つ必要がない。その時の気まぐれだと言われればそれまでだが、わざわざ特定の一個人を探し出して会いに行くようなことをするだろうか?
行動から読み取れることはもうない、というのが結論だった。ならば、直接質問してみるしかない。
「ねぇ、ホノカちゃん。初めて会った時、どうして黒服に会おうとしていたの?」
黒猫を撫でる彼女に聞くと、考えるような素振りをしたあとにこう言った。
「初めて会った時、私、未来が分かるって言ったじゃないですか。それで、私が見た幾つかの未来の中で、彼らの行動が引き金となってキヴォトスが災禍に見舞われるようなものがあったんです」
「それだからって、一人でアイツに会いに行くの?危険だなぁとか思わなかった?」
「確かに得体の知れない以上危険ではありますが、黒服はこちらが交渉のテーブルにつけば確実に乗ってくる。探りを入れるにはもってこいの相手です」
先程までのほんわかとした雰囲気はどこへやら、ホシノの会話相手はいつのまにか『策士』と呼んで差し支えないような人物へと変容していた。だが、不思議と恐ろしいと感じないのは彼女が生徒、子供だからだろうか。
「大前提として、私は青く澄んだこの世界が大好きです。だから平和であってほしいし、そこで生きる
「それだからって、アビドスに協力する理由にはならないじゃん」
「これは私が勝手にやってることですから。困っている人がいれば手を差し伸べますし、呼ばれれば自慢の足で駆けつけます。そういう人間なんですよ。私は」
まるで親が子をあやすように……という例えが適切かはわからないが、ひとまず言い聞かせるように言ってみせた彼女はまたゆっくりと黒猫を撫で始めた。正直、聞いてすぐはいそうですかと飲み込める内容ではなかった。
ただまぁ、先生ほどの警戒は必要ないかもしれない。そう思う頃にはすでに日は登り、さんさんとした春の陽気が周囲を照らしていた。
「学校にでも戻って休みましょうか。すっかり朝ですね」
「そうだねぇ〜。そうしようか〜」
いまは、これでいい。彼女が平和を望むというのであれば、無駄に争いを生む必要はないだろう。
「
「……なにかいった?」
「いえ、何も」
ホノカの本心。誰に聞かせるわけでもなくボソリと呟いたそれを、ホシノは聞き取ることができなかった。