私気づいた。銃より拳のほうが強いんじゃないかって。 作:まっしろたまご
見渡す限り真っ白な病室。パーティションで仕切られていない……と言うことはここは病院だろうか。
枕元に置かれている棚の上に生けられているカーネーション以外は……といえば嘘になるが、本当に視界が白一色だ。
少しベッドから起きてみよう、と身をよじってみたものの、身体中のありとあらゆる所が悲鳴を上げたため断念。
どうやら私の体は限界だったらしい、とホノカは納得し、細心の注意を払いながら再び身を倒した。背中がキリキリと痛む。
ふんわりとしたベッドに身を預け、ぐったりとしたまままた夢と現の間を彷徨う。
妙な浮遊感を楽しんでいると、部屋の扉がゆっくりと開いた。
「……どうも」
「起きたか。副委員長」
「私、どれぐらい寝てました?」
棚とは逆に設置してある椅子に腰掛け、深い溜息をつく。この態度を見るに、数時間や一日二日ではないようだ。
「一週間。みんなが心配してた時間だ」
「おおう……」
「委員長に連絡してくる。安静にしておいて」
すいすいとスマホを操作しながら退出するイオリ。ほどなくして、外から会話するような声が聞こえる。恐らく通話しているのだろう。相手はヒナだ。
彼女が来たら、何て言われるだろう。安心してもらえるだろうか。いや、きっとまずは怒られるだろう。何しろ私はヒナとの約束を破ったのだ。殴られても仕方がない。事実、倒れる前にアコに殴られたわけだし。
今度は遠慮のないガラリという音とともにイオリが帰還した。
「五分ほどで着くそうだ。それじゃ、私はこれで」
そのまままた戸を閉めようとして、一時停止。少し悩むようなそぶりを見せる。
一人でうんうんと納得するような素振りを見せて、口を開いた。
「あまり委員長を心配させるなよ。委員長、泣いてたぞ」
それだけ言い残し、銀鏡イオリは去っていった。
***
アビドス砂漠の騒動から一週間とちょっと。ゲヘナ風紀委員会、執務室。重苦しい空気が流れる室内に着信音が響く。空崎ヒナは大きく溜息を吐き、電話を取った。
「……何かトラブル?」
「副委員長、起きてました」
「……は?」
「ですから、副委員長が」
ブツリと電話を切り、外勤用のコートを羽織る。
「アコ。病院行ってくる」
「はい。ひと段落付いたら私も追いかけます。ですのでドアから出てくださいね」
渋々と言った様子で窓枠から飛び降りるヒナ。時短のためとはいえそれで委員長まで病院送りになればそれこそゲヘナが崩壊する。
彼女に限ってそんなことはなかろうが、万が一を考えれば廊下を全力疾走された方がマシだろう。
一週間と少し前、『副委員長が大怪我で昏睡』と言うニュースがゲヘナ学園中を駆け巡った。
これは忙しくなる。そう腹を括った風紀委員たちとは裏腹に、トラブルの沈静化が必要な事例は著しく減少した。
美食研究会も、温泉開発部も、更生局から出てきた不良達もだ。遂には万魔殿からの嫌がらせもピタリと止み、幾分か事務仕事を肩代わりすると言う申し出があったぐらいだ。
そのいずれの団体も、『風音ホノカが帰ってきた時荒れていたら悲しむだろうから』と言う共通の理由で行動を止めていた。
一体彼女はいつの間にそれほどの縁と出会っていたのだろうか。そして、出会った生徒たちをどうやって懐柔していったのだろうか。
普段キツく当たっている天雨アコですら彼女のことは好意的に見ているのだ。彼女のことを思う者たちも皆同じだろう。
『まるで先生のような人だ』と、アコは思う。生徒の為ならどこへでも現れ、真摯に向き合い、問題があれば解決して去っていく。それがゲヘナ内部かキヴォトス全体かぐらいの違い、というのは言い過ぎかもしれない。細かな違いは山ほどある。
それでも、ふとした時に姿が重なるのだ。底抜けに優しい、手本のような大人である『先生』と。
「……それでも、委員長を泣かせるのは許しませんけどね」
事あるごとに体を張って最前線に立ち、その度に傷だらけになるホノカ。そんな彼女を案じてヒナが何度涙を流したことか。
不器用な二人だ。きっとうまく伝えられないことの方が多いだろう。
「……さっさと終わらせて私も行きましょうか」
そう気合いを入れ直し、また黙々と事務作業に戻るのであった。
***
今までにない勢いで扉が開かれ、ホノカはぎょっとしたような顔をする。
「お、お早いですね委員長……まだ3分も経ってな、い……」
バフンと布団に顔を埋めたヒナの表情は伺い知れない。今ホノカに出来ることは優しくその頭を撫でてやることだけだった。
「すごく心配した」
「すみません……」
「このまま死んじゃうんじゃないかと思った……」
「も、申し訳ないです……」
小さく鼻をすするような音がして、ヒナの肩が震え始める。
親が子を慈しむような手つきで、ゆっくりと撫で続ける。諭すように、あやすように、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「……大丈夫ですよ。私はここにいます。生きてますから、そう心配しないでください」
「……ぅうううう……」
二人きりの空間、極度の緊張から解放された彼女のダムは既に決壊寸前であった。むしろここまで爆発しなかったのが奇跡であるようとすら思えるほどに、空崎ヒナは憔悴していた。
それを見て解らないホノカではない。故に、今彼女の胸は酷く締め付けられている。その痛みたるや、今までに受けた傷が足元にも及ばないほど。
この痛みから逃げたいとは思わなかった。ただ、これが罪なのかと、漠然とそう思った。
「大丈夫ですよ。きっと三日もすれば動けるようになります」
「本当……あなたのそういう所が嫌い」
「ごめんなさい……」
「いつも何かトラブルに遭って……怪我をして……心配させて……それなのに『大丈夫、大丈夫』って」
絞り出すように声。その告白に含まれるのは怒りか、悲しみか、寂しさか。それともまた他の感情か。ヒナ以外が知る由はない。
「ごめんなさい……それが私なもので」
「……前、無理しないでって言ったのに」
それを最後に、ヒナはわんわんと泣き出してしまった。言い換えるのであれば、完全にダムが決壊したということだ。
もはやホノカは、このまま死んでしまいたいとすら思った。ここまできて初めて、彼女は自分のしでかしたことの重大さを自覚する。
結局、アコが到着して連れ去るまでヒナは泣き続け、例の如くホノカは平手打ちを食らった。
この二人が自分の気持ちをありのまま吐き出せるのは、まだまだ先になりそうである。
***
それからまた少ししてドアがノックされ、来客を告げる。『どうぞ』と返事をすれば、予想通りの人物が姿を現した。
“やあ、ホノカ。調子はどう?”
「すこぶる悪いです。先生は?」
“私は元気だよ。目立った怪我もしてないからね”
気まずい沈黙。致し方ないことだろう。この先の展開はお互い想像できているから。
「……怒鳴らないんですね」
“きっと、きちんと話せば分かってくれると思うから”
「……少し意外です。大人に怒られる時はいつもそうだったので」
また沈黙。ホノカは完全にしゅんと萎れて怒られ待ちの姿勢だ。
“その様子だと、事の重大さは分かったみたいだね”
「ええ。私はどうやら、思っていたより多くの人に大切に思われているようです」
先ほどアコが残していった言葉。ヒナを先に退出させ、『あなたの命は貴女だけのものではない』と言って去っていった。もちろん早計な行動であったとは思う。だが、間違いなくあれが最善であったと胸を張って言えるのもまた事実だ。
“いくつか聞きたいことがあるんだけど、大丈夫かな?”
「もちろんですよ。私は今この場で、いかなる嘘もつかないと約束いたしましょう」
“ありがとう。それじゃあ一つ目。どうして、『大人のカード』の効果や代償をしっていたの?”
「以前使ったことがあるから、ですね」
もちろん、これは誤魔化しである。しかし、嘘は言っていない。
“えっと……じゃあ……知っていて、どうして使ったの?”
「あの場で消耗されるには、あなたの命は余りにも惜しい。この先使わない保証はないんです。なら、私が使うのが最善かと思いました」
“……どうして君は、そうやって自分を犠牲にするの?”
「私は、皆が幸せならそれでいいんです。それが私の幸せだから、生徒たちを守るし、正しくない道を進もうとする子がいるなら手を引いて連れ戻します」
問答を続ければ続けるほど、彼女の在り方が浮き彫りになってくる。
以前シャーレに来たときは、彼女に欠落しているのは『責任感』と聞いていたが、
それは、自尊心。絶対的な利他主義者であり、自己犠牲を美徳としている。そのくせに本人に一切その自覚がないのが質が悪い。
“ねぇ。ホノカ。君は一体———何者なの?”
「そうですね……その質問には、『答えられない』というのが答えでしょうか。この答え次第ではあなたと敵対することにもなり得ますから」
“私はいつだって生徒の味方だよ。もちろん、君の味方でもある”
「だからですよ。先生。私は
先生の背筋に嫌な汗が伝う。それはまるで、黒服と初邂逅を果たした時のような『嫌な感じ』と同系列の気味悪さを彼女は漂わせている。
先生が生徒の味方であるように、彼女もまた生徒の味方である。要はそういうことだ、ということにしておこう。
“最後に一つ、いいかな”
「もちろん。なんでもどうぞ?」
“君は、もっと自分を大事にしたほうがいい。命は一つしかないんだ”
「……もう、一度は失った命なんです。せっかくなら、大好きな人のために使いたいと思うのも仕方がないでしょう。放っておいてください」
“……気を悪くしたならごめん。私はここで失礼するよ”
そそくさと彼が部屋を出た後、久方ぶりの静寂が病室内に訪れる。
『私』以外、ほとんどの人が傷つかずに済んだ。
誰一人として喪われることはなかった。
それでも、多くの人に涙を流させてしまった。
これは本当に、『ハッピーエンド』たり得るのだろうか。
下手をすれば、原作よりもひどい終わり方なのではないか。
第一章、アビドス対策委員会編。
その終わりに残されたものは、未来への不安と少女たちの悲しみだけだった。
『私は、先生になることはできない』そう結論付けたホノカは、激しい自己嫌悪を仕舞い込むように、暗く深い眠りの中へ意識を落としていくのだった。
これで本当の出向編完結です。ここまでお読みいただいた皆さん、ありがとうございました。次回から幕間、引き続きお楽しみいただけると幸いです。
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