私気づいた。銃より拳のほうが強いんじゃないかって。 作:まっしろたまご
ぽかぽかとした陽気が降り注ぐバルコニー。真っ白な円卓を囲む椅子のうちの一つに腰掛ける百合園セイアが一人茶を嗜んでいた。
「……おや、きたね」
彼女が目を向ける先にはティーパーティーとはまるで縁がないであろう、ゲヘナ風紀委員会の制服を身に纏った少女。
きょろきょろとあたりを見回すたびに緑の長髪が揺れ、いたいけさを残しつつもどこか視線を惹きつけられるような感覚がある。
普段とどこか違う様子の彼女に対して、セイアは即座に『確かな違和感』を感じ取った。
「……どうしたんだい?ここに来るのは初めてではないだろう」
「あ〜君がセイアちゃんか!ってことはここは夢の中ってことね!」
緩慢な動きで茶会の先客を見据え、にっこりと微笑んだ彼女———風音ホノカは、セイアの知るそれでは無かった。
「誰だ。君は。私は確かにホノカを呼んだはずなのだがね」
「いや、あってるよ。私も『風音ホノカ』だからね!」
「面白くない冗談だな。彼女に血縁者は姉しかいなかったはずだが」
「ひどいなぁ……まぁ急にこんなこと言われても難しいよねぇ。簡単に言うと、私はあの子に宿るもう一つの人格……ってところかな」
多重人格、と言う解釈でいいだろう。彼女の主張によれば、普段は完全に肉体の主導権はなく、思念体のようなものとして意識の中に存在していると。しかし時折、感情が昂ったり深く記憶を辿ろうとすれば、
にわかに信じがたい話ではあるものの、一概に嘘と切り捨てるにはあまりにもリアリティに富み、限定的な状況下での実例なども納得ができるものだった。
「なるほど、では君をこの場では『カザネ』と呼称させてもらおうか。そして、その上で幾つか聞かせてもらいたいことがある」
「うん。なんでも聞いてよ」
「君は……敵なのか、味方なのか、ハッキリさせておきたい」
突如現れ、ホノカの別人格を名乗った『カザネ』。セイアにとって重要なのは、自分に対して彼女がどう動くかだけであった。
いくら夢とはいえ、一度暴力に訴えられれば精神が削られる。重要な時期だけに、それは避けたかった。
「今は、味方って言えるかな。幸い『ホノカちゃん』とは目的と利害が一致してるからね」
「目的……?」
「私の場合は復讐。『ホノカちゃん』の場合はそれが通過点になるかな」
ホノカにとっての通過点であり、カザネの復讐対象である『マダム』、ベアトリーチェの殺害。その悲願の達成のため、先生やその他の生徒たちの協力は不可欠である、とカザネは結論付けていた。
例え圧倒的な単騎性能を誇れど、防御力やこの世界の知識に乏しいホノカをカザネがサポートし、目標の達成へと近づける。各方面に協力を要請したり、直接的に戦闘を行うのはホノカに丸投げしてしまえばいい。よく言い換えれば適材適所というやつだ。
「一旦は味方……なるほど。それがわかっただけでもこの話し合いはかなり実りのあるものだったと言っても差し支えないだろうね」
「うん。その認識で間違いないよ」
双方衝突を避け、互いの計画に潜んでいた異分子を危険なしと判断した。
「しかし……困ったな。ホノカには計画開始の具体的な日時を伝えようと思っていたのだが……」
「あ、なら私に教えてよ。なんかいい感じに伝えとくから」
「なんというか、君は私の友人を彷彿とさせるね……聡明なのは大きな相違点だが」
頭に浮かんだピンク髪のお姫様を振り払い、セイアはカザネに耳打ちをした。
一度だけ内容を確認し、カザネは夢を去っていった。自らを落ち着かせるように紅茶を注ぎ、再び一人残されたセイアはぼんやりと物憂げな表情を浮かべる。
「空から飛来する何者か……この地は紅く染まり、多くの者が涙を落とす……はずなのに」
近頃、予知夢の内容が段々と変化の兆しを見せている。
ヘイローを消失させ、ぐったりと体を横たえていた少女たちは立ち上がり、希望に満ちた表情で交戦を続けるように。
誰にも忘れられ、消えゆく運命だった方舟が希望として宇宙を飛ぶように。
存在しなかったはずの少女は一陣の風として戦場を駆ける。
本来避けようのなかった滅び。いずれ訪れたはずの終焉。星の数ほど存在するバッドエンド。
「まさか……君は……」
あの全てを知って尚足掻き、『ハッピーエンド』を成し遂げるのか。
そう誰に聞かせるでもなく呟いた言葉は、撫でるように吹き抜けた風に攫われて消えてしまった。
「寝る前には無かった文字が手に浮かび上がっている……なんなんですかこれは……」
「油性ペンで書かれてるじゃないですか……消えないやつ……」