私気づいた。銃より拳のほうが強いんじゃないかって。   作:まっしろたまご

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『ホノカ・イン・ミレニアム』

 ミレニアムサイエンススクール、エンジニア部。その部室に珍しい来客者が現れた。

 

「失礼します。腕のいいマイスターの方がいらっしゃると聞いて参りました」

 

 優しいずんだ色のロングヘアに、ゲヘナ生にしては珍しくきっちりと着こなされた制服。そしてスラリとした高身長な体。風音ホノカである。

 

「初めまして。ゲヘナから遠路はるばる来てくれてありがとう。ご用件とお名前をお聞きしても?」

「風音ホノカと申します。先程も仰いました通り、腕のいいマイスターさんがいらっしゃると聞いて、『靴』を作って頂きにまいりました」

「靴……靴か。わざわざうちに来るってことは、何か特別な事情があると思って間違い無いかな?」

「話が早くて助かります。百聞は一見にしかずということで、グラウンドに場所を移させていただいても構いませんか?」

「ああ。行こうか」

 

 

***

 

 そしてミレニアムの運動場に現れたずんだ色と薄紫色の2人……風音ホノカと白石ウタハである。

 ホノカは軽く周囲の安全を確認し、クラウチングスタートの姿勢を取った。

 脚に力を込め、一瞬グッと体がこわばった次の瞬間。

 

 

 ウタハの視界からホノカが消失した。そして一拍おいて凄まじい突風が彼女を襲う。

 

 

 周囲の砂埃が晴れ、視界が確保されたウタハの目に映ったのは、20メートルほど先に倒れ伏すホノカの姿であった。

 

「君!大丈夫かい?!」

「問題ないです。靴以外は」

 

 近づいて見てみれば、確かに靴が弾け飛んでいる。靴紐なんかが特にひどく、先ほどの踏み出しに耐え切れていないのがよく分かった。

 

「私の体、少し特別みたいで。本気出すとすぐ靴とかが壊れちゃうんですよね」

「成程……これはうちに来るわけだ。これに耐えられる素材となると……かなり骨が折れそうだな」

「専門分野ではない事は重々承知しています。ですが頼れるのはもう……」

「問題ないよ。やるだけやってみるさ。それに、ホノカちゃん。私は君の走りから確かな『ロマン』を感じた。本気を出せないと悩んでいる人が目の前にいるんだ。マイスターの腕が鳴るというものだよ」

 

 先程までの申し訳なさそうな顔が一転、ホノカの顔が一気に明るくなる。にこやかな面持ちとなった彼女を連れ、ウタハは部室へと戻るのだった。

 

 

***

 

 エンジニア部、部室。ウタハによって召集されたマイスター、ヒビキを交えた緊急会議が開かれていた。

 

「それじゃあ、第一回、ホノカちゃんの靴を作る会を始めるよ」

「お~……」

 

 パチパチ……とさみしい拍手が静かな室内に響く。クライアントだからまぁ同席も必要か。なんて考えていたけれど、二人はあっという間にわたしの知らない世界の話を始めていた。

 

 何とか聞き取れた部分をピックアップすると、『スーパーノヴァの端材が使えるかも』とか、『伸縮性の高い材質にしよう』とか、『Bluetooth機能はマスト』とか……いや最後のはおかしいだろうとツッコミを入れてまた分からない世界へ。

 

 

閑話休題

 

 

 あらかた材質や形状については方向性が定まったようで、話題は自然と私の要求……つまりデザイン面なんかの話に移り変わっていった。

 

「デザイン……正直機能性重視でお願いしたいですね。長く走っても靴擦れを起こしづらいやつとか」

「なるほど……ならば見た目はこちらで調整させてもらおう」

「シューズの見た目なら、自信がある」

「それなら私は機能面に集中できるね。さっそく取り掛かろうか」

 

 あれよあれよという間に靴を作る会は終幕を迎え、『一時間位で形にしてみる』という一言ともに解散となった。

 私自身制作に取り組むマイスターたちの姿を見学してみたいという欲はあったが、それ以上に集中しているのを横から覗き込むのははばかられ、どこかで時間をつぶしてくるという選択肢を取ることにした。

 

 

 

 一時間。どこかに行ってくるにも少ないし、適当にミレニアム内をぶらぶらと歩いてみよう。

 そういえば、さっき部室から出るとき、スーパーノヴァが放置されているのが目に入った。じっと眺めていると危うくコトリにつかまりかけたので逃走してきたが。

 ということはまだまだパヴァーヌ編は始まっていなそう。いや先生はアビドスにいるから当然と言えば当然なんだけど、エデン条約編まではまだまだ余裕がありそう。いろいろと根回しができそうで安心だ。

 

 

 割と高い層まで来てしまったなぁと窓の外を眺めてみる。眼下にはミレニアムの近未来的な街並みが広がり、やはりここはブルアカの世界なのだと再確認させられる。

 ぼんやりと街を見ていると、聞きなれた初めましての声が聞こえた。

 

「アンタ……何モンだ?」

 

 美甘ネル。C&Cのコールサインダブルオーがそこに立っていた。

 

 

 何者かと聞かれれば答えてあげるが世の情け。早速自己紹介だ。

 

「私の名は『風音ホノカ』 年齢15歳。自宅はゲヘナ自治区郊外の住宅街にあり結婚はしていない。仕事は『風紀委員会』の仮委員で 毎日遅くとも夜10時までには帰宅する。

タバコは吸わない。酒も嗜まない。深夜1時には床につき、必ず3時間は睡眠をとるようにしている。寝る前にあたたかいミルクを飲み、20分ほどの筋トレで体をほぐしてから床につくと、ほとんど朝まで熟睡さ。赤ん坊のように疲労やストレスを残さずに朝目を覚ませるんだ。健康診断でも異常なしと言われました」

 

「お、おう。睡眠時間はもっと確保したほうがいいと思うぜ……」

「それでは私はこれで」

 

 そう言い残して立ち去ろうとしたホノカの前に、いつの間にかネルが立ちふさがる。

 

「あたしのツラ見て逃げる……ってこたぁビンゴみてぇだな」

 

 連続した破裂音。油断しきっていたホノカをSMGの掃射が襲う。何とか数発の被弾に抑え、スモークグレネードを地面にたたきつける。受けた傷や環境的な要因を交えて考えれば、戦況はイーブンに戻った。

 一旦靴を脱いで臨戦対制を整える。こいつはこの先の戦いについてこれない。

 

 疑似的に自分の有利な環境を作り出し、次に動いたのはホノカ。しかし彼女は全くと言っていいほど戦意がなかった。なぜなら、まったくもって身に覚えがなかったからである。

 ブラックマーケットにて、おやつ感覚で裏社会の事務所をつまんでこそいたもののそれぐらいだ。

 

 そして彼女……いや、この話題の場合は彼と言ったほうがいいだろう。原作スマホ版ブルーアーカイブにて、彼は基本ネルのメモロビをセットして日々の業務に励んでいたからである。

 特段、推しであるわけではない。しかし、チュートリアルのユウカ以降初めて手に入れたメモロビが彼女、ネルのものだったのだ。

 

 つまり、思い入れがあるのだ。そんな彼女に拳を向けることを、彼はためらっていた。

 

「やめてください。私はあなたと戦いたくない」

「あン?戦いたくねぇならそれでいい。だが……ちっと眠ってくれよなァ!!」

 

 スモークを突っ切ってネルが姿を現す。しかし、彼女の瞳は薄緑の影を捉えられない。

 声が近づいてくるのを察知してすぐ、ホノカは膝、股関節、肩と抜いていき、滑らかな動きで姿勢を低く落とす。スモークを抜けたネルの脇腹に、強烈な蹴りが炸裂する。

 

「……卍蹴り、実戦で初めて成功しました」

「ハッ。やるじゃねぇか。抵抗する気にでもなったか?」

「騙し討ちの様になってしまったのは謝ります。ですが、そちらがやる気なら、こちらも応えないと失礼かなと思っただけです」

 

 もわもわとスモークが晴れつつある中、改めて二人が対峙する。ホノカは内心盛大な溜息をついていた。どうしてこうも強者とエンカウントするのか。一人にはハチの巣にされかけ、一人には全力の警戒を向けられ、最後の一人には真っ向から戦うことになったのだから、つくづく運がない。

 

「なかなかに骨があるじゃねぇか。ところでアンタ、武器は?」

「ンなもんねーですよ。委員会は仮だし。支給のは失くしました」

「んじゃどうやって戦うんだよ。まさかステゴロじゃねぇよな?」

「そのまさかですよ。ここは、私のレンジですから」

「このキヴォトスに、アタシのレンジで勝てるヤツはいねぇ。その言葉、後悔させてやらァ!!」

 

 会話はそこで終了。それ以上の言葉は必要なかった。

 

 お互い軽装、インファイト、フィジカル自慢。奇しくも似た要素を持つ二人。

 だが、速度。ただ一点、速度だけにおいてはホノカがネルを上回っている。

 

 SMGを構える。トリガーに指をかけ、引こうとしたころにはもういない。通路の壁に、床に、天井に足をつけ跳ねまわるホノカはまさにゴムボールのような動きで機を伺う。しかし、数メートルの距離内の戦闘はネルの真骨頂。全身を掠ってく弾丸によって、戦況はじりじりとネル有利に傾いていく。

 

 このままじゃ、押し切られて負ける。かといって回避に力を入れても勝てるわけじゃない。

 

 ———こうなったら一か八かだ。行くしかない。

 

 初めての全力。全身の神経をすべて踏み込んだ右足に注ぐ。

 

 もっと速く。強く。

 

 

「前へ!!」

 

 

 全霊を注ぎ込んだ渾身のタックル。その腕は敵をがっちりとつかんで離さず、生み出された爆発的な推進力によって二人仲良く壁に叩きつけられる。

 点滅する二つのヘイロー。しかし、先に動いたのはSMGのグリップをつかんだ右手だった。

 そのまま薄緑の頭に手が振り下ろされ、一つのヘイローが消えた。

 

 ホノカは力なく目を閉じ、気を失う。

 

 

 

 美甘ネルの勝ちだった。

 

 


 

 

 ミレニアムサイエンススクール、医務室。眠っていた少女が薄く目を開き、ポツリと独り言を呟いた。

 

「……またしても、知らない天井」

「目ェ覚めたか?」

「うわっ」

「うわってなんだよ。あたしが担ぎ込んでやったんだぞ」

「本当ですか?死体蹴りしに来たとかじゃないですよね?」

「あたしのことなんだと思ってんだよ……」

 

 意気消沈といった様子で項垂れているのは美甘ネル。イテテと脇腹辺りをさすりながらベッドの横の椅子に腰掛けている。その様子はもはや半分くらい真っ白な灰であった。

 

「アンタの戦闘データ取ってこいって依頼されたんだよ。悪かったな」

「本当ですよ。五体満足でいられてるのが奇跡です」

「クライアントは事前に伝えてあるって言ってたが……その様子だと……」

「何それ知らんです……怖……」

 

 しかし、ホノカには一つ思い当たる節があった。一応確認しておこう、とスマホを取り出そうとしたが、右手の指がひどく痛む。どうやらあの突撃の時に折れたらしい。仕方ないのでなんとか左手でロックを解除し、たどたどしくモモトークを開く。

 

 黒服のトーク画面を確認してみると、『本気の戦闘データが欲しいのでC&Cの方に依頼を出しました』とのメッセージが踊っている。

 コイツマジで。以前お茶会した時に、私が『生徒のガワだけ被った観測者』であると説明したが、これからの作戦のために耐久度を計られたといったところだろうか。次会った時はコーヒーに塩入れてやる。

 

 

「……チッ。ハァ〜〜」

 

「今お前舌打ちしたか?」

「失礼。お見苦しいところを」

「いや、構わねぇ。その様子だと、ちゃんと知り合いみてぇだな」

「ええ。悪友と呼ぶに相応しい相手です」

「そうかよ。ま、これにて依頼は終了だ。あばよ」

 

 やはり脇腹をさすりながら退出するネル。1人取り残されたホノカは、どうしたものかと思索する。さっきまで気を失っていたためか、思考がうまくまとまらない。とりあえず帰りは電車に乗ろうとか考えていると、画面上側の時間表示が目に入る。16時32分。エンジニア部との約束の時間は2時間も過ぎてしまっていた。

 

 

***

 

「す、すみません……遅れました……」

「来たか。ちょうど追加の改造が済んだところで……って、その怪我はどうしたんだい?」

「えへへ……少しメイドさんに絡まれまして……」

「深くは聞かないでおくよ……」

 

 おっほんと咳払いをして話題を戻すウタハ。『説明が必要ですか?!』とコトリが現れたが、説明はヒビキへとバトンタッチされウタハと共に別室へ姿を消した。

 

「えっと……手短に済ませるね。履き心地については私かウタハ先輩に直接連絡してもらえると嬉しい。速度や耐久性は負荷とかを検知して自動で演算、衛星を仲介してこっちに送られてくる機構をヴェリタスが作ってくれたから心配しないで。後の細かい仕様書はモモトークで送るから、今日はゆっくり休んで」

「はい……」

 

 優しさこそ感じるものの、ヒビキの言葉……特に最後からは強烈な圧を感じた。

 

 ここは下手に逆らわず、さっさと帰って休むことにしよう。

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