2人の終わり、それぞれの始まり
聖選の儀。
この国では1年に一度、15歳となった子を集める。
そして、国の中心にある聖選の台座へ向かう。
そこにあるのが、聖剣だ。
遥か昔、大地を支配していた悪魔を打ち倒した人間の英雄が振るい、台座に突き立てたという、聖なる剣。
それは今となっても朽ちず、錆すら現れない。
そして、誰も抜くことが出来ない剣。
この国はあの聖剣を基に建国され、王族はかの英雄の末裔であり、国を治めて続けているという。
その剣を抜くということは、英雄の再来。
つまり、新たなる人間の栄華の象徴でもある。
だからこそ、誰もが剣を抜くのに憧れる。
昨日誕生日を迎えた俺も、そんな一人だった。
「正直、私は聖剣なんてどうでもいいんだよねー」
と、そんな『憧れ』を一言で叩き潰す女が一人。
大通りを進むなか、幼馴染みの放った言葉が俺を除く誰もを驚愕に包んでしまう。俺たちを連れる兵士らもざわめき立ち、その原因である彼女は、『?』という何も分かっていないような顔で俺を見る。
「あれ、私なんか悪いこと言っちゃいました?」
「………言ったよ、アリス。
今、アルビオンで最高の栄誉をコケにした」
「へっ? あ、あははは……」
苦笑いしながら頭をかくアリスことアイリスに、俺は周りの兵士らに必死に謝意を目で訴える。
最悪、国逆にも成りかねないほどの発言だ。
ほんと、こういうところは何というか……
こいつには抜けないんだろうな、という気になる。
とある村に流れ着いた俺と、唯一の同年の幼馴染み。アイリス・ウィンターズ……辺境領主貴族の娘。
貴族の娘とは思えないやんちゃさで、かつ悪戯好き。だが根は誰よりも優しく、余所者の俺を庇ってくれた唯一の人で、いつも一緒にいてくれる。
白みがかった紫の髪に、紺碧の瞳。
見た目は清楚な雰囲気なのだが実は行動的であったり正直なところ、可愛いやつではあると思う。
「はー……お母さんのシチュー食べたいなあ。
ねぇ、もう帰ってよくない?」
「良くない。俺は聖剣抜かないといけないし。
ていうかもうちょっと謹んでくれない?」
「むり」
「我慢しなさい」
「はあい」
ぷー、と頬を膨らませ、アリスはそっぽを向く。
子供か。15になったのだから成人らしくして欲しい。と、そんなことを考えていた時だった。
「皆、止まりなさい!」
一番先頭を歩いていた兵士が、そう叫ぶ。
俺たちは歩みを止めると、取り囲んでいた兵士たちが一斉に道を開け、そして───────
「─────あれが」
聖剣の、台座が目に入った。
長い階段の上の祭壇に、剣が刺さっている。
あれが、聖剣。
まるで新品のような、いや、それ以上に。
日の光を受け、眩しいほどに輝く刀身。
黄金の鍔ではあるが、装飾は驚くほどにない。
ただあれは────どうにも、眩し過ぎる。
「これより、聖選の儀を執り行う!
並んだ順に、祭壇の上へ行きなさい!!」
兵士の声が、遠く聞こえる。
ふと、隣を見た。
「──────────」
彼女は、ただ呆然と。
聖剣をじっと、眺めていた。
やはり、誰も抜けない。
俺たちは最後尾だ。アリスが最後、俺がその前。
そして、遂に俺の番がやってきた。
「次! 階段を上りなさい」
「はい」
「頑張ってねー!」
「……あぁ」
後ろから聞こえる声援に、頷く。
階段に足をかけ、そして一つ、一つ、上がる。
すると、瞬く間に祭壇の上。
教会の司祭だろうか、聖布の垂れた服装の初老の男は俺を見ると、露骨に嫌そうな顔をした。
「チッ、忌み人か……まぁいい。名乗れ」
「…ルイン」
「抜けるものなら抜いてみろ。
……まぁ、忌み人風情に聖剣が抜ける筈もないが」
………。
俺は、聖剣の柄に両の手をかける。
俺は、この剣を抜かなければならない。
黒髪黒目の、親に捨てられた忌み人として。
同じ忌み人の名声を、権利を、勝ち取るために。
そして強く在る、その力のために。
聖剣の力を以て、世界に、俺を、認めさせる。
魔法の才は、凡人以下。
ならばと思い、手に血が滲んでも剣を振った。
雨の日も、風の日も、雪の日も、鍛練を積んだ。
村の道場にいた奴らを全員下しても、剣を振った。
足りない。足りなさ過ぎる。
もっと、もっともっと、もっともっともっと。
強く。強く。強く。強くならなければ。
英雄の後継、ルインという一人の人間として。
聖剣を、抜かなければ、ならない、のに。
「っづ…………!」
剣に触れた瞬間、焼けつくような痛みが手を。
いや、腕を覆い尽くした。
拒絶されている。
それがすぐにでも分かった。
だが、だとしても。
「っ、ぐ、ぅうぅうううぅ………!!!」
剣を握る両手に、踏ん張る足に、全力を込める。
腕が焼ける。熱は遂に、稲妻のように腕を迸った。
内側から引き裂かれるような痛み。
血管が破裂し、それが爪の間から噴き出す。
まだだ。諦める訳にはいかない。
そこで。
腕が、言うことを利かなくなった。
「……ぁ」
「………ふん。やはりな。
穢らわしい忌み人めには無理か」
「…………っ………っ…!!」
目が、熱い。
どうして。なぜ。なんで。
ぶちり、と。
心の奥で、何かが、ほつれる。
止められない。溢れてくる。
「ルイ……? っ、大丈夫!?
手が…! 痛い!? 誰か…………え?」
「…………いい、から」
慌てふためき、いつの間にか上がってきていた彼女を手で制する。手を離したときから、もう痛みはない。力も、少しずつ入るようになってきた。
出来るだけ、顔を隠して。
「………次、名前は」
「え、でも……」
「大丈夫だから」
出来るだけ、元気な声で。
「…………………アイリス・ウィンターズ、です」
「おぉ、ウィンターズ卿の……
申し訳ない、忌み人の触れたあとに」
「………いえ」
出来るだけ、堪えて。
「………あれ?」
その声に、振り向く。
「あ……」
鋼の音。鞘から剣を、引き抜くような。
「おぉ、おぉ……!!」
耐えろ。
「ウィンターズ卿のご息女!」
堪えろ。
「アイリス嬢が!!」
歯を、食い縛れ。
「聖剣を─────────抜いたぞ!!!」
…………あぁ。もう。
駄目だろう、こんなのは。
「……ルイン」
今は、その名が。
呪われた、この髪と目をした存在の名が。
ひたすらに、耳障りだった。
ぶつり。
辛うじて保った何かは、脆くも無惨に千切れた。
「ね、ねぇ、ルイ、この剣あげるよ」
「……俺が触ったら手がこうなったんだが」
「う……ね、帰ったら美味しいもの食べよ!?
ルイが好きなシチューの猪肉、
私の分まであげるよ! おかわりの分も!」
「……悪いけど今、食欲ない」
「あ……ぅ、えっと、あ、王様!
王様に謁見したんだよ! 凄かったよ!
威厳たっぷりって感じで!」
「……そりゃ王様だしな」
「あー……うー……えっと……あの……」
国を出て、恐ろしく静かな帰りの馬車から降りて。
村まで戻るための、森の道。
聖剣を背負ったアリスが、死ぬほど喧しい。
慰めてくれているのは分かる。
ただ今は、彼女の声が耳障りで仕方がない。
歩くのを少しだけ早くして、彼女を後ろへ。
「…………ごめん」
「謝らなくていい。
何も悪いことはしてないだろ」
「……ルイ、すごい剣を抜きたがってたから」
「………俺は拒絶された、それだけだから」
「……………ね、元気、出して……?」
「ごめん、今は、も、う──────」
そうして、涙が零れそうになって、上を見上げて。
「──────?」
黒い煙が、空を覆っている。
帰りは曇り始めていたから気が付かなかった。
それだけならいい。なら、なんだ。
この、焼けるような臭いは。
「……アリス、走ろう」
「え?」
「何か、嫌な感じがする」
「えっちょっ、待ってよ!?」
雨が、振り始める。
その雫が、包帯を巻いた手の傷に、酷く滲みた。
村には、火が放たれていた。
入り口のアーチに着いた俺たちを迎えたのは、聖剣を抜いたアリスを歓迎する声援などではなく。
雨の音と共に上がる、悲鳴と絶叫だった。
「ぁああぁああああああ!!!」
「「!!」」
アーチから、村を守っている衛兵が飛び出してくる。そしてその衛兵の胴体を、突如として槍が鎧を貫き、その手は剣をこちらへと投げ出して、絶命した。
「ぎぃひゃははははは!!
軍長殿も太っ腹だぜ、食い放題じゃあねえか!」
事態は止まらない。その頭を、兜ごと。
舞い降りた蝙蝠のような翼の異形が、噛み砕いた。
痩せ細った体躯、醜い頭からは捻れた角が生え、そして
「あァうめぇ! やっぱ人間は脳だよなあ!!
これに酒でもありゃあ最高なんだが……
酒場を襲いに行ったのは第二部隊だったかあ?
分けてくれたりしねぇかなあ!」
蝙蝠の魔族は、酔っ払いのような、だが、おぞましい言葉を口にしながら、瞬く間にも衛兵を食い尽くす。そして、まるで果物の種を吐き出すかのように口から甲冑の金属片を吐き捨てた。
その様は、骨混じりの串焼きでも貪るかのようだ。
あまりの光景に、言葉を失った。
こんなにも、あっさりと。
人が、死んだ。
「んあー……? んだよ、デザートかあ!?
気前が良いじゃあねぇか、ぎひゃひゃひゃ!」
「っ!!」
「ひ、っ」
魔族がこちらに気付いたのと同時に我に返り、咄嗟に衛兵の遺した剣を拾い上げる。後ろから聞こえたのは恐怖に息を呑む、か細い声。
彼女は聖剣を抜いたとはいえ、剣の鍛練とは無縁だ。
『なら、今やるべきことは?』
己に問い掛ける。答えは決まっている。
アリスを守りながら、目の前の魔族を殺す。
膂力の違いも、機動力も、相手が全て勝っている。
それがどうした、首を落とせば恐らく魔族も死ぬ。
「おっ! だよなあ、男なら女を守らねぇとなあ!
今食ったゴミとはえらい違いだぜえ、
こんなちっちぇガキがよ!!」
「よく喋る口だ────!」
今は、最高に腹が立っている。
とはいえ、憔悴も、悲痛も、苦痛も。
剣を握ってしまえば、随分と楽になるものだ。
ずしりとした鉄剣の柄を右手に握り、地を蹴る。
蝙蝠の魔族もまた、槍を振り回して威圧してくる。
「いいぜえ、お前の前であの小娘を
犯したらどんな顔してくれるか、
今から楽しみにさせてくれるじゃあねぇか!!」
「なら俺は、お前らの首を村の柵に並べてやる。
体は……候補には山猪の餌か、赤豚の餌があるが」
接近。だが、まだ間合いじゃない。
この鉄剣は刃渡り長めのロングソード、しかし相手の槍は、魔族の人間二人分はありそうな巨体もあって、どうにも間合いが長く、広すぎる。
「ぎひひひひ! そりゃゴメンだあ!!」
蝙蝠魔族は笑いながら槍を突き出してくる。
やはり見切れないワケではない。巨体ならそれなりに動きも遅くなるというものなのだろう。
「っ、ぐ……ふ…ぅうううううッッ!!」
「はあ!?」
槍を剣の腹で受け、それを流すように側面へ。
無論、走る勢いを緩めたりはしない。
……だが、凄まじい重さだ!
受けた瞬間にも腕が砕けるような錯覚を覚える。
今のは何度も出来ない、手早く殺す。
「っ、オイオイ、
ガキの癖に化物かよテメエ!!」
「お前が言うか、そのセリフ………!」
懐に潜り込む。間合いが長く広いだけ、その懐もまた大きく、そして広くなる。
その槍で、どれだけこの近距離に対応出来ようか。
この距離ならば、剣も届く───────!!
「ちィ、ガキが……!」
「ち、っ!」
やはり、そう来るか。
蝙蝠魔族は引いた槍で剣を受け止めると、翼を大きく広げ、腰を落とす。このまま逃げられるのは不味い。飛んで逃げられれば、槍が、もしくは、魔法が来る。何度もいたちごっこはゴメンだ。ここで殺す。
同時に、踏み込んだ足に力を込め、前へ跳ぶ。
そして蝙蝠魔族の体に飛び付き、剣を逆手に握る。
飛び上がった巨体が、ぐらりと揺れる。
乗り心地は最悪といったところか。
「っぐ、うお!? 何だと!?」
「……っくく、つーか、まぁーえ────」
そして、その翼の根元。
剥き出した肩甲骨を目掛けて、剣を突き立てる。
「─────たァ!!!」
「っ、ぐ、ぎゃああぁあぁあああァあっっ!!?」
聞くに絶えない絶叫。
噴き出す赤黒い血は、人間も魔族も同じ色らしい。
突き立てた剣は痩せた体を貫通、更に剣を捻る。
落下し、地面に叩きつけられた蝙蝠魔族は、その腕を高く振り上げる。その手には、槍が握られている。
「っぐあぁあぁあああ!!!
がッ、ガキがあぁああっっっ!!!」
「!」
自分の体ごと貫く気か。
突き刺した剣を起点に、蝙蝠魔族を乗り越えて、その背後へと回る。同時に肉を裂き、剣を引きずり出す。
背中に血を浴びる。気色が悪い。
「ッぐぅ、あ……!! ばけ、ものが……!!
テメエ、だけでもぉおぉおおッ!!!」
だが、相手もただで終わる気はないらしい。
こちらの動きに対応、翼を広げなんと倒れた状態から飛び上がり、槍で突き殺そうと死に体で襲いかかる。
だが、分かりやすい動き。回避は容易だ。
「ふ、ぅ………」
身体から力を抜き、息を吐く。
振り下ろされる槍を、横に避けて側面へ。
剣を両手で、肩に担ぐように構える。
「……テメエ、は、ぁ」
視線が、合う。
俺と同じ、黒い髪と目。もしも魔族全てがこうならば成程、忌み人と呼ばれるワケが分かる気がする。
その目は、死への怯えではない。
まるで、有り得ないものを見たかのような。
まぁ、なんでもいいが。
「─────ッ!!」
踏み込み、振り下ろし。
まずは、槍を握る腕を落とす。
だが、これでは距離が………
「ッ、が、ぁあああぁあああッッ!!」
「!」
巨大な口が、開かれる。
頭を噛み砕く気か。確かにこの距離では後ろへ回避も剣の防御も間に合わない。ただ、間に合うとすれば。
「ふ──────ッ!!」
再度、強く踏み込む。
開かれた口を、間一髪、真横に抜ける。
「が」
振り上げた剣は、頚を捉える。
体と同じく細い首は、あまりにも呆気なく。
宙を舞う。
そもそも、二連斬りを狙っていた。
首まで届かない、なら頭を両断すべきかと悩んだが。
相手から詰めてくれるとは、好都合だった。
「やっぱ、飾るのはナシだな。気味が悪ぃ」
首が落ちる。
そして首を失った巨体も、崩れ落ちた。
「…………ふ、ぅ」
息をつく。
剣を払って軽く血を飛ばし、蝙蝠魔族から離れる。
アリスは、呆然とこちらを見ていた。
……しまった、彼女を守ることが第一だろう。
まぁ、無事ならいいが……
「あの……ルイ……あり、がとう…」
「………無理すんな。
ああいうの、見慣れてないだろ」
「うん……ごめん、ちょっと……っ」
うずくまる彼女に駆け寄る。
顔が青い。背中を撫でる。
「ごめ、っ……っ、ぉえ…ぇぇ……っ」
「大丈夫。大丈夫だ」
嘔吐する彼女の背を撫でながら、周囲を警戒する。
今のやつは『軍長』『第二部隊』と言っていた。
なら、ここを襲っているのは魔族の軍隊か。
今更だが、魔族はとうの昔に滅びた種族のハズだ。
それが、軍を編成出来るほど……?
だが……狙いは十中八九、彼女だろう。
いや、だとしても早すぎる。聖剣を抜いたのは今日の昼過ぎ、今は夕刻だ。あまりにも、早すぎる。
「ほう、驚いたな」
「……!」
声が聞こえたのは、背後。
森だ。そちらを振り向き剣を向ける。
だが、そこにいたのは───────
「……人間!?」
長い黒髪が揺れ、黒い瞳と目が合う。
鎧を纏っているとはいえ、その容姿は異形ではなく、紛れもない人間のもの。人間の、女だ。
若い、20後半くらいの年代に見える、が……
「同じ人間でも油断しないか。
フッ、その歳でレッサルを殺すだけはあるな」
「……敵か」
「あぁ、敵だとも。……とはいえ……ふむ」
鎧の女は、薄く笑みを浮かべながら坂を下ってくる。
アリスはそれを見上げ、肩を震わせている。
不味い。彼女だけでもどうにか逃がせないものか。
そう考えていると、鎧の女は剣の間合いのギリギリで立ち止まり、俺たちを見下ろした。
「……君は、忌み人だな?」
「…………だったら、どうなんだ。
見逃してくれたりするのか」
「あぁ。
私も忌み人でな、同胞を殺したくはない」
女は黒い前髪を弄りながらそう言う。
話が出来ないワケではない、なら交渉するべきだ。
相手は剣こそ抜いていないが………強い。
戦わずとも分かる、蝙蝠の魔族とは比べ物にならない雰囲気。油断すれば、一瞬で殺される。
一縷の望みに賭けるしかない。
「だったら、聞いてくれ。
こいつを安全なところまで逃がしたい」
「フフ、交渉下手だな。私に利がないぞ」
女は笑い、剣に手を置く。
確かにそうだ。ならやはり、全てを差し出そう。
「なら、俺の命で釣り合うか」
「っ!?」「ほう?」
女は愉しげに笑い、うずくまるアリスは俺を、まるで親に置いていかれた子のような目で見上げてくる。
とはいえ、差し出せるカードはこれしかない。俺にはこれしかない。他には、何もない。
「だめ、だめ……だめだよ、ルイ」
「その娘、聖剣の担い手だろう。
それを分かっていながら見す見す見逃せと?」
「……あぁ」
「フフッ、成程。
聖剣を差し出すことも出来るだろうに」
「そう、だよ……これなら、すぐにでも」
いいや、それは出来ない。
奴らが狙っているのは、剣ではなくその使い手。
何故なら。
「聖剣は、駄目なんだろ。
忌み人は、この剣に触れるだけでも」
「なんだ、分かっていたか。
確かにそれは、我らには必要ないものだ。
脅威でこそあるが……だからこそ、
自分が助かるために、その娘を差し出す場だろう」
「舐めるな」
女を、強く睨みつける。
「本当に大切だからこそ、命を賭けられるんだ」
「フフフ……良い眼をしている。
視線を受けているだけでも殺されそうだな。
だが、交渉の場だぞ? 身を弁えろ」
ビリ、と。
肌が震える、凍えるような殺気。
そうだ。こちらは、頼み込む側なのだ。
少し前に出て、膝をつき、そして、頭を垂れる。
「……………お願い、します。
アリスに、手を出さないで、下さい」
プライドも、命も。
彼女の傷に比べれば、安いものだ。
聖剣を抜かれた醜い嫉妬。それも、彼女に比べれば。
「……あぁ、君には最大限の苦痛を与えよう。
代わりに、約束は果たすとしようか」
「良いのか?」
「あぁ、良いとも。
私は何があろうと約束は破らんさ」
最大限の苦痛。だが、アリスが助かるのなら安い。
女は言うと、剣から手を離した。
「………………助かる」
俺の言葉に女は愉快そうに笑い、鼻を鳴らした。
女は、腰につけられた角笛を吹き鳴らす。
何か加工がされているのか、その音は少し高めだ。
すると、村中から野太い歓声が上がる。
と同時に、空に真っ暗な穴が現れる。
……魔道具。
見たことも聞いたこともないものだ。
「全軍を撤退させる。
無論、君もこちらに来てもらうぞ」
「…………分かった」
「っ!? だめ、だめ!」
そこで、服の裾が強く引かれる。
振り向けば、泣きじゃくる彼女がいた。
「いか、ないで」
涙に濡れた彼女の顔が、脳裏に焼き付いて。
ずっとずっと、離れない。
遠退いていく。
この時、引き返せていれば。
この女に、抗えていれば。
力があれば。
何か、変えられたのだろうか。
───
────
「おい、おい。
いつまで寝てやがる気だ、ルイン」
「っ、ぁ───?」
酷く、頭が痛い。
なにか、夢を見ていたような。
朦朧とした意識の中で、重い目蓋を上げる。
女がいた。
俺と同じくらいの年代の、黒髪黒目の女。
猫のような目付きの女は目覚めた俺を見るなり盛大な溜め息をついた。
「オレも緊張してるワケじゃねーがよ、
オマエよくもまぁ戦の前に爆睡できるな。
しかも飛竜の上で、胡座かきながら」
「………豚小屋やら牢屋に比べりゃマシだ。
飛竜は綺麗好きだし、臭くも冷たくもねぇしな」
「ハハッ、そりゃ良い!
今度から飛竜小屋で寝させてもらえよ!」
「それは勘弁してくれ、ベッドが1番だ。
………で、今どの辺だ」
互いに軽口を終え、立ち上がる。
飛翔する飛竜の背部には風除けの結界が貼られ、風の影響はない。そしてその目下には、平野の先に黒煙を上げる大壁が見えてくる。
……どうやら、ギリギリまで寝ていたらしい。
「見ての通りもう到着だ、寝坊助」
「らしいな。起こしてくれて助かった」
「貸し一つな。帰ったら酒奢れよ」
「お前が生きて帰れたらな」
「お前も貸し作ったまま死ぬんじゃねぇぞ」
彼女と拳を突き合わせ、互いに剣を抜き放つ。
そして飛竜が燃える都市、その大壁を越えると同時にその背を軽く2度、爪先で叩く。
飛竜は降下の命令に、翼を折って滑空を開始。
そして。
「よっしゃ、行くぞ」
「あぁ、始めよう」
彼女の言葉に頷き、都市の反対側。
大壁の向かい、逃げ惑う人々を超え、門の先。
そこを目掛け、飛竜から飛び降りる。
高さは大したものでもなく、問題なく着地。
逃げ惑う人々と、それを率いる兵士たちは突如として空から現れた俺たちを見て驚愕し、それでも怯まずに兵士たちは前へと出る。
「い、忌み人……? 何者だ!?」
「何者って、そりゃあなぁ。
今まで散々オレらを馬鹿にしたツケを払いに?」
「な、っ!? この状況を分かっているのか!?
お前らは我々の囮となり後方に……!」
「ふざけてる」
「今更だ」
肩をすくめる彼女に、俺も同意の溜め息を吐く。
そして、次は俺の番だ。
剣を手に、彼女と話していた兵士へ歩みを進める。
「要塞都市の諸君、安心しろ」
「っ……? なんだ、ち、近寄るな」
一閃。
「ぃ、っ」
「きゃああぁあああぁあっ!!」
「っ、貴様!!」
「よくも……!!」
悲鳴。続く絶叫、怒りの声。
刎ねた首を蹴り跳ばし、走り出す。
「──────安心しろ。
全員一緒に、楽に殺してやる」
兵士も、市民も、女子供も。
一人も残さず、皆殺しだ。
「あぁ……アイリスさん、いえ……勇者様。
村をお救い下さり、本当にありがとうございます」
「……勇者様だなんて。
私は、ただ魔物を倒しただけです」
「いえ、いえ……ただの魔物とはいえ、
あれは10年も村を苦しめた……
我々は貴女様に救われたのです。
本当に、なんとお礼を申し上げれば良いか……」
「………私は、人を探してるんです。
黒髪に黒い目の……私と同じくらいの男の人。
この村に立ち寄ってはいませんか」
「黒髪に黒目……忌み人ですか?
忌み人風情が、なにか勇者様に失礼を
「─────大切な、人なんです」
もっ、申し訳ありません……!
村の者たちに、き、聞いて参ります……!」
「はぁ………」
「どこかで生きてるって……私は、信じるよ」
「信じて、いたいよ……ルイ」