「が、オァ!!」
「!」
瞬きの隙を狙って突っ込んできた獣人、その両刃剣の横薙ぎを前方へのスライディングで回避する。
風を切る音も、その速度も、先程とは段違いだ。だがその巨体ならば隙は幾らでも───────
「という、ワケでもないか」
「『混沌 壊滅 波濤の雫』」
前方に感じる、魔力の渦。
これは……完全詠唱を貰えば出血では済まないな。
エルフは棍を手にした腕を大きく引いた突きの構え。
しかし、威力のない水魔法の詠唱だ。一体何を……
「『
「!」
限界まで圧縮させた、水の矢──────
凄まじい速度のそれを、咄嗟に首を逸らし回避する。油断しきっていれば頭部への衝撃で気絶していた。
それにしても、まさか水魔法にこんな運用があるとは思わなんだ。初めて見る魔法だが成程、水もああまで圧縮すれば威力は風魔法を越えるか。詠唱ありきだが十分の貫通力も備えているだろう、素晴らしい。
だが鼻先を掠めたため、その魔法はすぐに消滅する。
「────魔力が、消えた?」
「……」
流石にバレたか。
魔法は発動後、その魔力残滓が発生する。不活化した魔力残滓は再度の刺激干渉で活性化するものの、だがそのために魔力を何度も使うよりも、別に次の魔法を発動した方が魔力を温存できる(常に魔力での電磁波を展開し、その刺激で活性化できるルイーズは除くが)。
反魔は魔法による残滓ごと魔力を消滅させる。
覚醒で魔力感知が可能になったのか、エルフはそれに勘づいた。ならば面倒だ。殺すのはこちらが先だ。
体を前傾させ踏み込み、加速する。
「速い────!」
「しッ!!」
手刀を構え、その首へと振るう。
が、即座に構え直された棍がそれを阻む。がぁん、と低い音が響き、その反動がびり、と腕に伝わる。
「ッ……!」
「随分と固い素材だ。
得物ごと首をへし折るつもりだったが」
色も材質も確かに木製。
だが、恐らくはそこらの鉄鉱石を遥かに凌ぐ強度だ。推測するに世界樹の、それも最も固い部分の樹皮を加工したものだろうか。棍に込められた魔力は凄まじくそれに耐える魔力許容量もかなりのものだ。
物を一つ通してしまえば、反魔は発動しない。
故に、体内や物質内部で回す魔力強化は反魔の影響を受けず、解除も出来ない。腹部にでも腕を突っ込めば解除してしまえるが、内臓を引きずり出す方が早い。
腕を引き、頭を狙って放たれた突きを、身体を後ろへ反らして回避そのまま身体を後ろに倒し、返しの上段蹴りを放つ。
「ッ…!」
「─────」
だがその蹴りも棍に防がれ、それに合わせてエルフが後退する。背後に獣人の気配を察知し、振り向くのと同時に、その剛腕の叩きつけを最小限の動きで回避。
「ッ、後ろに目でも付いとるんか!」
「さて、な」
「!? ご、ぶッ!?」
その腕の薙ぎ払いを前方へと跳躍して回避しながら、獣人の顔面へ横蹴りを叩き込む。
硬い。
相手はぐらつく程度の衝撃。
顎を狙った一撃は、脳震盪を起こし意識を奪う。
本来、ただの人間相手ならば一撃で顎を砕ける威力。それも完全に不意を突いたが、やはり、獣人の耐久は並ではないらしい。
「『駄津』!!」
「────もう覚えたぞ、それは」
着地と同時に迫ってきた水の閃光を、払った手の甲で叩き落とす。無詠唱の魔法なら覚醒していたとしても精々掠り傷で十分だろう。……と。
「……ッ!!?」
「見え透いている」
背後から伸びた腕から、するりと抜け出す。
掴みかかろうとしたのだろうが、生憎その動きは全て読んでいる。その腕を伝い、地を蹴って獣人の懐へ。
拳を固め、引き絞る。
「───────!!」
地面を、左足で踏み鳴らす。
その反動を、腰へ、腹へ、胸へ、そして腕へと。
相手は獣人。
強靭かつ堅固な筋肉を急速に収縮させ、身を固める。しかも間獣の状態ならば、恐らく生半可な刃では傷の一つも付けられないだろう。まさに、鎧のように。
ならば───────砕いて仕舞えば良いだけだ。
〝鎧砕〟
踏み鳴らした脚に、更に力を込め、加速。
巨体の横を抜け、その胴、胸部へ拳を叩き込む。
「ッ、ご、ぼ……、ッ……!?」
「な…っ…!!?」
狙いは心の臓、そして肺。
その巨躯が浮き上がらせた一撃に、獣人はその口から大量の鮮血を吐き出し、その黄の瞳は白目を剥く。
背後でもエルフの驚きの声が上がる。が。
「ッッ……!! ぶ、ごぶ、ァ…ァ……ッ…!!!」
「流石は獣人、タフだな。
全力で打ち込んだ筈なんだが」
反撃の拳を回避し、後ろに跳んで距離を取る。
着地と同時に意識を掴み取ったか、獣人は更に口から血を吐き出し、その目に色を取り戻す。自らその舌を噛み切ったのだろう。両腕を地面に突きながら、だが確かにその足は立っている。
その魔力が濃くなる。体内で治癒魔法を回している、恐らくもう損傷の大半を治された。大気の魔力もあり即死させなければ殺しきれないのだろう。
獣人は顔を上げこちらを睨みつけ、噛み切った舌先を地面に吐き捨てる。
「ハ、ッ…ハァッ……ッ、わしらも、
一つの、種族の命運を、背負っとる……
そう簡単には、この命……!!」
背後からエルフが迫ってくる。
獣人はもう死に体、だが視線は逸らさないままに。
「くれて、やらんわ!!」
「!!」
その言葉と共に、足下の地面が浮き上がる。
膨れ上がるそれは爆発し高く打ち上げられる。魔法は高い集中も必要とする、死に瀕しても尚、これだけの高い魔力。敵ながら天晴れというべきか……
いや、だとしても。
「今際の際だろう?」
「ガ、ァァアァアアァア!!」
その周囲の地面が隆起し、数々の土柱が迫り来る。
地魔法はその魔力を大地に混ぜ込んで用いる性質上、反魔の力でも完全に無効化することは不可能。威力を弱めることは出来るのだが、その相性が最悪なことに変わりはない。
身体をひねり、拳と蹴りで土柱を砕いていく。
「──────ッ!!」
「っ、ふ……!!」
背後から振り下ろされた棍を、回し蹴りで弾く。
地魔法の土柱の破片、その魔力に紛れて接近したか。やはり反魔の力に勘づき始めたのか、棍を使った近接戦闘に持ち込んできた。
「せぇぇあッ!!」
「ッ、くく、ハハハ!!」
横薙ぎを膝蹴りで打ち上げ、更に追撃、振り下ろしを腕で受け止め、空いた片足で下方からの土柱を砕く。
棍の連撃を拳と脚で、いなし、弾き、返す。
空中故に力を込められずあまり反撃の威力はないが、
それは相手も同じだ。エルフは手数、こちらは重さで
攻撃と防御を同時に繰り返す。
自然と笑みが溢れ、下方からの棍の振り上げを回避、左手の拳を開き、エルフの頭部を狙って掌底を放つがそれを棍に間一髪で防がられる。
「重い……! 人間の膂力か、これが……!!」
覚醒状態のエルフの力も普段とは段違いなのは確か。事実、棍の打ち込みは一撃一撃が重くなっているが、やはり元の状態が軽すぎるのだろう、まだ浅い。
掌底をそのままに、軽く力を引く。
「ッ!? しまっ────」
「落ちろ」
「ぐッ………!!?」
左肘を右手で掴み、固定する。
そのまま棍越しに衝撃を放ち、エルフを吹き飛ばす。
「『混沌 壊滅 大地の怒り』」
「!」
地魔法の詠唱。
視線を落とせば、あの獣人は未だ地に腕を突き立て、こちらを睨んで詠唱を始めている。
「させると思うか」
この距離では自由落下しても届かない。
だが、飛び道具がないと誰が言った。即座に肩掛けのマントの内側、丁度鎖骨の辺りにある小さな鞘から、赤い杭を2本指に挟んで抜くと同時に、獣人の両の肩を目掛けて投擲する。
「『声に応え 天地を鎮め給え』───ッ!?」
詠唱に少し遅れ、だが獣人の両肩に赤い杭が刺さる、と同時に、杭から炎が溢れ、激しく炎上する。
本来鉱山の発破に用いられる火薬石を仕込んだ杭を、飛び道具として簡素化したもの。杭先端の衝撃により火薬石を刺激する構造で、突き刺さった瞬間に傷口を鉄杭の破片が抉り、それを小さな爆発が更に広げる。
だが。
「『混沌 豊穣 光の祝福』」
「……小賢しい真似を」
その傷が、瞬時に塞がる。
治癒魔法の詠唱と同時に白く淡い光が獣人を包んだ。この大気の魔力量を考慮すると完全に回復されたか。
それに────────
「『大いなる地の腕にて 敵を打ち砕け』」
完全詠唱。今ので詠唱を乱さないのか。
「『
地面がひび割れ、先ほどと同様に土の柱が出現する。だが、その質量は先とは段違い。速度も重さも同じくかなり増している。
通常の『坤』の使い手は他にも見たことがある。
緻密な魔力操作が必要であり、多くの魔法使いはあの獣人のように土柱を出現させて攻撃する。この量は、恐らくあのエルフを越える集中力が必要になる。
エルフは速射と詠唱破棄時でも威力に優れているが、それに対して獣人の魔法は重く、詠唱時の威力はあのエルフを越えているらしい。
いや、全く───────面白い。
「ははははは……!! いいぞ、いいぞ……!!」
不規則な軌道で迫り来る土柱を前にして、再び笑いがこみ上げる。一発でもまともに当たれば他の土柱から際限ない追撃を受け、そうなれば死も免れない光景。
これだから、殺し合いは愉しくて仕方がない。
もしも俺の人生に意味があるのなら、俺は誰かを殺し壊すために生まれてきたのだと、そう思えるほど。
この指先で潰した命の重さを感じていながら、けれどやはり、それを愉しんでいる自分もいるのだ。
歪んでいるのは、自分にでも分かる。
自棄になっている。
けれどそれが、何も考えなくてよくて、楽だから。
あるいは、ただ自ら死に向かいたいのか。
………まぁ、分からずとも良い。
人間の大半はその人生に価値を見出だせずに死ぬ。
俺はそうさせ、またそうなる一人なのだろう。
「っは………!」
屈むように膝を持ち上げ、一撃目の土柱に足をつく。そして、そのまま地上へ向かって駆け抜ける。
「逃がさんぞ!!」
他の土柱がこちらを狙って迫ってくる。
破壊は恐らく不可能。他の柱に飛び移り、更にそれを蹴りつけて空中へ。………と。
「懲りないな」
「お前を斃すまではな……!!」
背後、今度は土塊に隠れてきたか。
棍の一撃を手で受け止め、その棍を蹴りつけて離脱、足下から迫る土柱を回避する。
「!」
瞬間、周囲の土柱が一斉にこちらへ向け倒れてくる。破壊は不可能、とはいったが普通にやれば、だ。力を込めれば破壊は出来るが……いや、もういいか。
倒れてくる土柱を見回し、息を吐く。
中々にやるものだ。意地を張ることもないだろう。
寧ろ、こうでなくては面白くない。
剣の柄に、手をかける。
〝十文字〟
こちらを潰しにかかる巨大な土柱、その一つへと剣を抜くと同時に十字に斬りつける。
【将軍】が見せた技。俺ではまだ斬撃を飛ばすまでは至らないが、その動きだけはほぼ完璧に模倣出来た。
土柱に十字の痕が刻まれ、後ろに迫る土柱を蹴りつけその剣の痕に肩から体当たり。亀裂が走り、なんとか間一髪で脱出に成功する。
「ッ、魔力で硬度はそこらの
鉄以上まで上げとるっちゅうに……!!」
「いいや、剣を抜くまで追い詰められたさ」
再度土柱に足をつけ、地上へ向けて駆ける。
随分と高く打ち上げられたものだ。土柱の速度に足が持っていかれてもいるが、やっと獣人に接近出来た。
駆け、右手に握る剣を肩に乗せるように構える。
「首を落とすのは得意なんだ、
痛みを感じる間もなく殺してやれるぞ?」
「やれるもんならやってみぃ!!」
打ち出すように振り下ろした長剣を、交差するように
出現した二柱の土柱が防ぐ、が、それをも斬り抜ける
………が。
響くのは、金属音。
成程、両刃剣も使って三重に防御したか。だが。
「ッ、ぐッ……!!?」
その顔は苦痛に歪み、肩からは血が噴き出す。
完全に治癒した、と思っただろう。
「痛いだろ、痛いよな?
治癒魔法の欠点を突いた代物なんだ、
無理して重てぇ得物を振るえば、まだ痛むぞ?」
「あの、杭!? ッ、狡賢いやっちゃなァ……!!」
「っくくく、好きに言え……!」
あまり知られていないが、治癒魔法は受けた者の魂の記憶通りに身体を再構築する魔術式であり、正確には『治癒』というより『再生』だ。故に、体内に異物が残ってしまえばそれは再構築された肉に埋め込まれ、後に激痛が走るようになる。
治癒魔法の初心者、そして自ら治癒魔法を体内で回す戦線の魔法使いは特に引っ掛かりやすい罠だ。
火炎と共に炸裂する杭。
その真髄は、治癒魔法狩りにある。
剣を振るい更に追撃、猛攻を仕掛ける。
痛みは思考を鈍らせる。たとえ炎杭の炸裂でも詠唱を崩さないとはいえ、流石にこれだけの激痛の蓄積には耐えられまい。実際、足下に広がる魔法の魔力が解れ崩れていくのが分かる。
「どうした、坤の魔術式が崩れているぞ?
もっと集中してみせろ、お前なら出来るだろう」
「ッ、ぐ、ッ……!!」
「ほら」
強く両刃剣を弾き上げ、がら空きになった胴へ手を伸ばす。そして、その腹に触れる。
「ッ────「そう何度も、させると思うな!!」」
「おっと」
また内臓を潰してやろうとしたところで、首を逸らし棍の突きを回避、その場から飛び退く。
もう少しだったのだが。
「っ……すまん、助かった」
「お互い様だ、今はそれよりも……」
二人の視線が改めてこちらへ向けられる。
互いに疲れが見て取れる。魔法も気力を奪っており、そしてここまで死線を何度も潜っている。もしここで俺が退いたとしたら後で面白い戦いが出来そうだが、エルフと獣人は皆殺しの予定だ。
背後から迫る風の刃を、横に歩いて避ける。
「……反魔か」
「ご名答」
やはり気が付いていたか。
エルフは苦い顔で、周囲の魔力操作を止める。
「……なんじゃ、そら」
「反魔法、もしくは魔力抵抗性特異体質。
魔力干渉の全てを無効化する特殊体質だ」
「………………んな、アホな。
魔法耐性が高いっちゅうだけやないんか?」
「本質的には間違ってはいない筈だ。
それも1000年に一人、いるかどうか。
まさに、最悪の巡り合わせというワケだ」
エルフは歯軋りし、獣人は首を横に振る。
ここで心を折られては面白くない。息を吐き、そして持ち上げた剣の刀身を、指でなぞる。
「そんな顔をするなよ、
今までの戦いを思い出してみろ」
「……完全詠唱の魔法は必ず回避している」
「分かっているじゃないか。
それともなんだ、諦めるのか?」
その瞬間、周囲の魔力が一気に濃くなる。
──────結界か!
「「まさか!!」」
二人が同時に答え、エルフと獣人がそれぞれの得物を手に、真っ直ぐに走り出してくる。
周囲の魔力反応を視た感じ、結界に閉じ込められた。
恐らく魔力干渉の強化、身体能力の底上げが目的か。あの短い問答の間でこの周囲に結界を組み上げたとは恐れ入る、流石はエルフと言ったところか。
まぁ、しかし。
「そうじゃなきゃあ面白くない」
「が、ァッ!!」
剣を下ろし、先に突っ込んできた獣人の両刃剣を剣で横へと受け流す。まともに受ければ叩き潰されるが、言い換えれば力任せなそれは、受け流すのは容易い。
地面に叩きつけられた両刃剣を、身体ごと振り回して追撃を仕掛けてくるが、それを屈んで回避する。
エルフの棍といい獣人の両刃剣といい、長物の動きは大振りで分かりやすい。
「し────ッ!」
「ッ! はぁッ!!」
「ハハハ……!」
エルフの棍が、その獣人の隙を縫って襲い来る。
突きを身体を逸らす最小限の動きで回避、反撃に強く剣を振り抜く、が、引き戻された棍がそれを防ぐと、瞬時に横振りが弾かれるように打ち出される。
それを膝で打ち上げ、しかしその勢いを利用して棍が縦に回転、下段からの振り上げを後ろへ跳んで回避。
良い。先程までではエルフの動きにムラがあったが、今はかなりキレが出てきている。どうやら近接戦にも才能があるらしく、こちらの動きに対応し始めた。
なら、そろそろ攻めに転じよう。
着地と同時に身体を前に倒し、強く地面を蹴る。
「ふッ!」
「ッ……!?」
急接近からの突きを繰り出す、が、エルフは間一髪でそれを棍で受け流す。勢いを殺して横を抜け、視線が重なる。
「なぁに、まだまだっ!」
「ッ、ぐ…ッ!?」
そして振り向き様、右足を軸に身体を回し、二連続の水平斬りを放つ。一撃目は十分に防御されたが、続く二撃目が僅かにその態勢を崩す。
「そォ、らッ!!」
「ッ──────せぇあッ!」
「!」
その隙を見逃さず強く袈裟に剣を叩きつける。
が、なんと棍に受け流され、そして構えを見て即座に首を後ろに逸らせば、前髪を棍の横振りが掠める。
「いいね」
「躱されたか……! だが!」
「はははッ……そらァ!!!」
「!? っ、が──────!!?」
剣を握る手を強く引き戻し、打ち込んできた棍を剣で受け止める。そのまま力押しに向かう、と見せかけ、力を込めた瞬間に剣を握る力を抜き、横に抜けて腕を引き絞り、渾身の拳を打ち込む。
「─────っご、ぼっ……!!」
手応えあり。感覚からして胃を弾けさせたか、心臓を咄嗟に避けられたが、その口からは大量の血を吐き、引いた拳を濡らして隙を晒す。が、その身体に急速に魔力が流れ出す。治癒魔法、恐らく瞬間的に内臓ごと再生した。その目は今もこちらを捉えている。
今、首を落としてや──────
「!」
「ッ、ちぃッ!!」
頭上から投擲された両刃剣を後ろに下がり避ける。
地面に刺さったそれの柄を左手で握り、刀身の腹を蹴りつけて持ち上げる。良い重さだ。
それを使い、エルフに向かう。
「ッ!? スクルド!!」
「っ、……っ……!」
「ハハハ……もう限界だろう?」
真っ青な顔で血を吐くエルフに笑いかける。
いくら治癒で傷は消えるとはいえ、その痛みが消えるワケではない。傷がつくのは、必ずしも身体だけではないく、死への恐怖が心も同時に傷つける。
それに加え、強力な魔法の使用に結界の展開。
魔法により気力も奪われ、もう限界なのだろう。
「は、っ……は、ぁっ……」
「そう苦しむこともない、楽にしてやろう」
「させんぞ……ッ!? ぐ、が……ッ…!!?」
「そこで指を咥えて見ていろ」
剣を持つ手の指で肩掛けの内側から杭を引き抜いて、振り向き様に空中の獣人の顔面へ投擲。空中で、かつ小さく細いため見難いそれは獣人の防御よりも早く、その顔半分を炎に包み、撃墜する。
そして、左手の両刃剣を高く構え、腕を引き絞る。
「死ね」
横目でエルフを見下ろし、重い刃を振るう。
「させない───────!!!」
「────ッ!?」
「「!!?」」
瞬間、うずくまるエルフを包むように輝く光の障壁が展開され、それに刃が衝突。凄まじく高い、耳障りな音が周囲に響き渡る。
光の障壁は砕け散るが、確実に殺すためにかなり力を込めていた両刃剣、それを握る腕も、その反動に強く引き戻されてしまう。
…………そして、今の、この声は。
「そこまでだ!」
この、声は。
魔力の反応が、凄まじい速度で接近してくる。
魔力による強化を受けた剣が、振り上げられている。
両刃剣を捨て、振り向き様に右手の剣で受け止める。
現れた乱入者と、視線が重なった。
その双眸が、大きく見開かれる。
「……え………?」
最悪の邂逅だった。
恐らくそれは、彼女にとっても、俺にとっても。
………出来ることなら、会いたくなかった。
重なる視線。脳裏にかつての記憶が流れていく。
懐かしい、もう戻れない、優しい日々。
吐き気のするほど穏やかな、追憶。
追憶が戻る筈もないのに、俺はまだどこかで。
それに、
剣を強く振り払い、彼女を押し返す。
彼女はその重さに我に返り、勢いに押されて、しかししっかり地面に着地して、改めてその顔を上げる。
「そんな……」
「…………」
「ッ、ご、が……ッ!!」
「!!」
溜め息を吐き、俺はエルフを強く蹴り飛ばす。
遠く、獣人の着地する方向へ。
「……どう、して」
そして、改めて視線を重ねる。
風になびく薄紫の長髪と、揺れる紺碧の瞳。
白を基調とした軽装に、肩に羽織る青のマント。
腰には、革のベルトで固定された純白の鞘と短杖。
今は困惑に歪んでいる顔付きも、記憶のまま。
だが少し、痩せたようにも見える。
………何を今更、気にしたような事を。
思考を止め、それを振り払うように剣を振る。
「変わらないな、アリス」
「……ルイ」
最悪の、気分だ。