「アイリスさん!」「アイリス!」
森の中から彼女の名前を呼んで飛び出してくるのは、彼女の仲間だろう。片方は教会の修道女、もう片方は見たことのない紋章の刻まれた騎士服の男。
それに彼女は振り返り、しかしこちらに視線を戻す。
すると、その二人もまたこちらに目を向けた。
「……首の傷の忌み人!」
「っ、なんて死の気配……!
アイリスさん、気をつけて下さい!!」
なんだ、教えていたのか。
首の傷に手を触れる。いつか彼女といた時に負った、かつての名誉の負傷であり、今となってはただ消えぬ傷でしかないもの。
二人は彼女に並び修道女は経典を、騎士服の男は剣を構える。……どちらも構えはそれなりだ。
あのエルフらよりも数段劣る。雑魚だ。
「…ルイ……この、人たちは……」
「ん? ……あぁ」
彼女の視線の先にあるのは、エルフらの骸と血の海。まずは自分の心配をすればいいものを。
まぁ、簡単に感想でもくれてやればいいだろう。
「詰まらない連中だった。
どこも忌み者を嫌うのは同じらしいな」
「っ……! でも、ルイは……そんな……!」
「『そんな』……なんだ? 言ってみろ」
彼女は苦し気な表情でいやいやと首を横に振り、この現実から目を背けるように俯く。
「そんな……簡単に、人を、殺せるの……?」
「必要とあれば、幾らでも」
「……っ、違う、あなたは、ルイじゃ、ない……!」
そして今度は現実逃避。
……全く、あの時と何も変わらない。
「………村の山、その川岸の木陰」
「!」
「初めて会った場所。そこに作りかけだったな。
村の連中に受け入れて貰おうって、
子供たちにブランコを作ろうとしたんだったか」
「………ぇ、ぁ……」
「木の皮と蔓を編み込んで縄を作ってる途中、
長い作業に飽きて面倒になったお前が、
工具屋に走って行って縄をくすねてきたよな」
「………………」
唖然とした顔。全く以て傑作だ。
「よぉく覚えてるよ。
お前は村の連中からの目も気にせずに……
あぁいや、最初から俺を嘲っていたのか?
馬鹿げた笑顔を浮かべてた俺を、陰で─────」
「っ、違う……違う……っ!!」
「お前のお陰で俺は今こうしてここにいる。
感謝してるよ、あの時、俺を差し出してくれて」
「ちが、っ……わたし、私、は……!」
ほら、今にも泣き出してしまいそうだ。
「貴様!!」
「………」
駆け出してきた騎士服の男が振り下ろす剣を、同じく剣で受け止める。軽い。
「彼女は3年間、お前を探し続けていたんだぞ!!」
「それはご苦労なことだ。
逃げた俺にトドメでも刺したかったのか?
村を焼かれて、さぞ恨んでるんだろうな?」
「っっ……!! 貴様、分かって……!!!」
「雑魚が」
「が、っ!!?」
「レオ!?」
剣を弾き上げ、男の頭に掴みかかる。
そしてそのまま、地面に顔を叩きつける。
「打ち合いで激情に駆られる馬鹿がいるとはな。
その頭を冷やしてやろうか? 永遠にな」
「っ、が、ぁっ……!」
「ま、待って!!」
「待つ謂れはない。が、特別だ」
「っ、く…が…っ!?」
その頭を掴みあげ、その騎士服に手を持ち変えてから投げつけてやる。男は見事に転がり、それに修道女が駆け寄っていく。
エルフと獣人も傷の治癒を終えたらしい。
さて、どうしたものか。
「おまん、その手にあるんは………聖剣か?」
「……はい。あの、これ……本当に、あの人が」
「間違いない。一つ……頼みがある。
私たちのことはいい、世界樹の根元へ────
その時だった。
「「「「「「 !!!? 」」」」」」
凄まじい閃光が、世界樹の方向から放たれる。
それは空と大地を引き裂き、それに伴って荒れ狂う暴風が、その場にいた全員へと襲いかかる。
思わず腕で顔を覆い、世界樹へと視線を移す。
空を貫くのは、雷霆の輝き。
「幾らなんでも……」
口から漏れたのは、そんな呆れにも近い言葉。
周囲から上がる驚きの声すらも、その雷光は爆発的な轟音と共に、視界ごと場を埋め尽くしていく。
そして──────────
世界樹という大樹は、遥か昔、かの英雄の時代よりも前からこの世界に存在し、古き時よりその巨大さで、旅人たちの目印になっていたという逸話さえある。
その巨大さは、世界のどこからでも。
無論、魔王国からでも目に入るほどのもの。
広がる枝葉はこの集落の空を覆い尽くし、だがしかしその巨樹の葉は陽光を吸収して映す性質があり、朝は枝葉の下であるにも関わらず、暗くなることはない。
そしてその大樹の周囲にもまた生命が根付き、獣人やエルフといった森の種族、また数々の生命が根元だけでなく、その枝葉の上や大樹の中に生きていると。
それは、まさに恵みの大樹だった。
そしてその樹皮の一片ですら強い強度と魔力に満ち、簡単に破壊することなど出来やしないだろう。
いや、出来ない筈なのだ。
だが、この日。
その大樹は、その視界から──────否。
世界から、消失することになった。
「幾らなんでも………やり過ぎだろう……」
そう、口から言葉が漏れた。
巨大な大樹の枝が、樹海に降り注ぎ始める。
余波として空中を迸る稲妻。
完全詠唱の雷魔法ほど恐ろしい魔法もない。それに、渦巻く魔力があまりにも巨大過ぎて気づけなかった。
幾ら俺でも、こんなものを
何は、ともあれ、だ。
訪れた静寂が、雷霆の主の勝利を告げていた。
───────
────────────数分前。
「ほんっと、キリがねぇなあ」
そうぼやく間にも、精霊の女は増殖していく。
一人くらい持ち帰ってもバレないだろう。その前に、軽く調教が必要らしいが。
大量の精霊女はどれも世界樹の樹皮と変わらないほど頑丈だ。それに加え生半可な火力の魔法も殆ど防ぎ、大樹の根の物量攻撃は分かりやすいがもし一撃貰えばそれだけで致命傷になり得るだろう。
空中。電磁波に流す魔力の雷に乗って上昇、地面から少しでも距離を取る。それを追うように、精霊の女も大樹の根に乗り魔力の閃光を放ってくる。
それを回避し、雷を纏わせた剣で周囲に現れた分身を焼き斬っていく。……それにしても、だ。
「……ルインにこっち来させないで正解だったぜ」
「!? 今」
「あ?」
斬った精霊の女が、僅かに、いや、確かに動揺した。焼き切れたそれを横目に、張り巡らされた根に着地。攻撃が停止したのを感じとる。
……今、あの精霊女が動揺したのはルインの名か?
「んだよ、あいつの知り合いか?」
「……っ、そのルインという者、
この場所に、来ているのですか」
「来てるが」
「─────────っ」
その言葉に、女の顔が青ざめる。
さて、どういうことかは気になるが……まぁいい。
精霊女は幾ら倒しても無駄だ。
本体は世界樹そのもの。だがその根を幾ら焼いても、相手は何の反応も見せない。だとすれば、核があると考えるしかない。魔力を溜め込む性質があるならば、長年のそれが結晶化、あの女を維持している中核が、必ずあるハズだ。それも、恐らくは世界樹の内部に。
内部に突っ込むか?
いや、世界樹の内部は恐らくこの場所以上に危険だ。世界樹は奴の本体、罠ともいえる。そのうえ、恐らく内部は迷宮のように入り組んでおり核を見つけるのは難しいだろう。……めんどくせぇ。
……策はある。
ただ、それには時間が必要だ。それに………
「──────いえ、まだ。
まだ、終わってはいない。終われない。
まずは貴女を排除し、ルインはそれからです」
精霊女の足元の根から小さな根が伸び、その手元へと成長していく。そして、絡まった根の先がゆっくりと開き、その中から黒い光を放つ石が現れる。
喚び石……やはりあったか。
これだけの強さを持ちながら喚び石を使うのならば、それなりの強さはあるハズだ。現れる召喚獣に備え、剣を構えて電磁波を強める。
「『死を乗せ食む鳥』
『あらゆる風の主』
『汝が敵を連れてゆけ』」
詠唱。同時に、凄まじい風が吹き荒れる。
剣を根に突き立てて、風に耐える。
「ニズフレス」
瞬間、掲げられた石がその輝きと共に消滅。
光が空へと真っ直ぐに伸び、そして。
「■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」
金属を擦り合わせるような、耳障りな咆哮。
翼を折り畳んだ黒い何か─────いや、この姿は。
「えぇ……またかよ」
黒い翼が開かれ、その姿が露になる。
細身だが堅牢な鱗と甲殻で覆われ、その大剣にも似た巨大な尾の先端。嘴のように尖った口には鋸のような鋭く小さな牙が並んでいる。
「ドラゴンか」
全く、運が良いのか、悪いのか。
白竜に連なる竜でなくとも、竜の存在はかなり珍しいというのに。この三年でもう三回も竜を見れるとは、ルインに会ってからは本当に退屈しない。
「世界樹を守護し、そしてその死を見届ける竜。
死者の魂を背に乗せ、その翼が起こす風は
あらゆるものを切り刻み、吹き飛ばす」
「ご丁寧な解説、ありがとよ。
悪ぃけど竜狩りすんのは三度目なんだ、
流石のオレも飽き飽きするぜ、全く」
電磁波で竜に干渉する。
強い魔力耐性、恐らく魔法は効かないと考えていい。翼に集中している魔力からして竜もその翼から魔法を放ってくるのだろう。尾にも気をつけなければ。
「■■■■■■!!」
「!」
咆哮。黒竜が翼を振るい、羽ばたく。
電磁波に乗ってその根から離れ、その場を確認。
風の刃が、巨大な大樹の根をバラバラに切り刻む。
何が世界樹を守護する竜だよ。
「逃がしません」
「っ、と!」
振り下ろされた錫杖を右手の剣で受け止める。そう、この精霊女も同時に相手をしなければならない。だが竜から目を離すのも危険だ。
左手の指先を精霊女の顔面へ向け、収束させた稲妻でその頭部を跡形もなく撃ち抜く。
「■■■■────!」
「ッ……しゃらくせぇ! 『降雷』!」
更にその背後から現れた竜の尾の薙ぎ払いを電磁波に乗って回避、そのままその竜の背後に移動し、構えた剣を高く掲げ、魔法を発動。巨大な雷を剣に纏わせ、そのままそれを、振り向いた竜の頭へ振り下ろす。
「■、■■■■■───!」
効いてはいる。だが浅い。
竜はそれに怯みこそすれど、傷はほぼない。人間なら即死の雷も、竜の高い魔法耐性を貫通するには、まだ威力が足りない。
横から襲いかかってくる木の根を電磁波で回避しつつその先で待ち構えていた精霊女を剣に残る雷の余波で焼き斬る。
「『混沌 壊滅 神焼く焔』」
「ただでは受けません」
詠唱の瞬間、周囲に魔力結界が張り巡らされる。
だが問題ない、竜が迫ってくるが、それより早く。
「『我が敵を打ち砕き 天地を灼け』」
竜が来る。
右手の剣に残る魔力が再度活性化し、光を放つ。
「『雷霆・
赤雷の剣を薙ぎ払う。
それを竜は正面から食らい、だが斬ることは出来ずに吹き飛び、ついでに精霊女どもを纏めて焼き尽くす。
この程度では即席の結界は破壊出来ても、やはり竜は仕留めきれないか。
「……っ、魔力結界を、壊しますか」
「寧ろこれで死なねぇお前らがおかしいだろ。
人間だったら蒸発して骨も残らねぇ威力だぞ」
「…………ッ」
………相手も同じ、千日手だ。
策を尽くしてもオレを殺しきれないうえ、先の動揺。言っていた通り邪魔者を早く排除したい焦りが、竜の召喚という最終手段を取らせた。
それに相手も消耗が目に見え始めている。
僅かに精霊女の反応が少なくなってきている。恐らく生成にも魔力を必要とするのだろう。その幾千という年月の魔力があったとしても、大量の複製に加えて、この巨大樹の根を動かす荒業だ。
………魔力切れが見えてきたのだろう?
精霊故に、戦闘経験が多いワケもない。
本来戦いとは無関係だからこその弱点だ。
だが。
奴にルインの存在を知らせたのは悪手だった。
もしもここで退けば奴はルインを狙いに行くだろう。そうなればルインはこの物量に押しきられる。
もしそうでなかったとしても、重傷は避けられない。
──────それだけは、避けなければならない。
「
精霊女は欲しかったが、仕方ない。
遊びは終わりだ。
「『混沌 壊滅 神焼く焔』」
「─────────ッッ!!?」
全力を出そう。
魔力を解放し電磁波の出力を最大に、詠唱を始める。再び表情が青ざめる精霊女が錫杖を振るう。
「ッ、な……え!!?」
一際巨大な根が迫る、が、電磁波がそれを焼き切り、こちらへ近付いた場所から塵へと変わっていく。
驚きの表情を横目に、二節目の詠唱。
「『我が槍は開闢 我は渦巻く天地を裂く者』」
「ニズフレス!!!」
「■■■■■■■■■!!!!」
黒い竜が飛翔、その二対四枚の翼から魔力の風の刃が放たれる、が、それはこちらの詠唱に伴う魔力の渦に呑み込まれ消滅、魔力の渦は更に大きくなっていく。
「■■■■■■■■!!!」
「そんな、そんな……!
馬鹿げてる、こんな、こんな……!
あって、いいはずが……!!」
「『天の御柱 地の八尋
此れより終焉 創世の刻』」
最大出力。一帯を纏めて消し飛ばす。
「いや、こんな、待って────────
電磁波の魔力も全て剣に注ぎ、掲げ、天へ放つ。
「 『 天沼鉾 』 」
光の柱が、世界樹を呑み込んだ。
魔法の発動と同時に、その場から全力で離れる。
遠く、集落市街の屋根の上に降り立つ。
光の柱に呑み込まれる大樹と竜は中々に壮観だ。
「………ちっとやり過ぎたか?
いや、被害の限度とか何も言われてねぇし
でけぇ木一本切り倒したところで問題ねぇだろ」
全く、木こりにしては大仕事だ。
……獣人側の連中は巻き込んではいない、ハズ。
「ま、仕事は完了だな!」
電磁波を再度展開する。
さて、ルインを迎えに行ってやるとしよう。