聖剣の勇者様……の、幼馴染み   作:青い灰

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襲撃の仕上げ

 

 

 

ルイーズを担ぎ上げ、剣を振り血を払う。

飛び散った血は石畳に弧を描き、それを見届けて剣を鞘へと納める。すると、突然視界が明るくなり、俺は顔を上げた。

 

 

「……ん」

 

 

眼前で竜の骸が、青い粒子となって消えていく。その様子に俺は、思わず声が漏れていた。

その身も、一面に広がる血すらも、魔力の塵となって宙に舞い上がり、空中に溶けていく。

幻想的なその光景は30秒ほど続くと、その後には竜の骸があった場所に、小さく輝きを放つ石が残った。

 

 

「……竜の喚び石か」

 

 

近寄り、それを拾い上げる。

小さな白い輝きは、手に取ると同時に消えた。魔力を使い果たすか、破壊もしくは召喚獣が殺された場合、喚び石は一時の間、力を失う。

 

召喚獣はいずれも強力だ。

何はともあれ、これは回収しておかねば。

喚び石を軍服のポケットに入れ、顔を上げる。

 

【将軍】の死亡、都市は堕ちたも同然だ。

だが、標的はあと一人。

都市長を探さねば─────

そう思考を巡らせていた時だった。

 

 

「─────逝ったか、ガイウス」

 

 

【将軍】の名を呼ぶ声に、剣に手を添える。

聞こえた方向は上空だ。そこにいたのは、蝙蝠の翼をはためかせる魔族────だが、姿は人間と大差なく、だが青白い肌にはまるで生気がない。

 

軍服の同じ意匠が施されている、黒い貴族服。そして何よりも目を引くのは色の抜け落ちた白髪。それは、魔王国でも彼のみ、たった一人しか存在しない特殊な種族────吸血鬼。

かつて戦場で【将軍】と互角に渡り合ったという彼の逸話は、今でもあまりに有名な語り草だ。

 

魔王軍の最高幹部『余燼』が第三位。

【伯爵】───アルベール・ブラッドストーン。

 

彼は俺へと視線を移す。

それに合わせて、俺は渋々膝をついた。

 

 

「成程、軍長の猟犬。

 お前がガイウスを殺ったのか」

 

「は……軍長の命にて」

 

「……そうか、見事やり遂げた。

 最後に刃を交えたかったが……仕方あるまい。

 遠目に竜も見えたが、どうした」

 

「彼女が仕留めました。

 竜の喚び石による召喚獣です」

 

「では、これで襲撃は終いだな」

 

 

淡々と報告すると、【伯爵】は手を差し出す。するとその掌からずぶり、と赤黒い血が漏れ出した。

そして─────

 

 

「!」

 

 

その血から溢れるように、首が石畳を転がる。恐らくこの首の主は……

 

 

「都市長だ。外壁に潜んでいたぞ」

 

「御手を煩わせました、申し訳ありません」

 

「構わん。ガイウスだけならともかく、

 竜の喚び石がこの都市にあり、

 そして使われることは想定外だった」

 

「………」

 

「寧ろよくやったものだ。

 ガイウスに加え、竜まで落とすとはな」

 

 

しかし確かに出撃前の事前情報に竜の喚び石のことは影も形もなかった。特別手当てでも出るのだろうか。ルイーズのお陰で被害もなく竜は倒せているが。

 

 

「何より彼女の手柄です。

 俺も【将軍】に集中出来ました」

 

「……それでも奴を倒したなら貴公も大手柄だ。

 奴を破った働きは、私が保証しよう」

 

「ありがたく」

 

 

アルベールは俺の言葉を聞くと、振り返る。

視線が合う。凍てつくような黒の瞳は、しかし力強い光を放っている。

 

 

「名は、確かルインだったか」

 

「はい」

 

「覚えている。一度手合わせをしたが……

 貴公の体術を交えた剣は今も忘れられん。

 私もあの時は命を取られたかと思ったぞ」

 

「その節は申し訳ありませんでした。

 こちらとしてもアルベール様の血装には

 苦戦しましたが、良い経験になりました」

 

「ふ、まさか負傷前提で突貫され

 致命傷を負わされるとは思わなんだ。

 吸血鬼の自然治癒体質をあれほど

 あって良かったと思ったのは初めてだ」

 

 

…………まぁ、彼を殺しかけたのも事実だ。

吸血鬼としての能力は2つある。

『血を操る力』と『強力な自然治癒能力』。

 

まずは『血を操る力』……先程見せたように、都市長の首を血に混ぜ込み格納したり(原理は分からん)、血装と呼称される血を固め剣を作り出す、矢として飛ばす、また身を覆う鎧とする等、汎用性の高い能力だ。

また魔力を血に変換することも出来るらしい。

 

そして『自然治癒』……こちらも強力なようだ。

手合わせは血の鎧で硬いものだから一撃で終わらせる破目になり、血の鎧が形成される前に動き、胴を深く切り裂いて決着となったのだが……そこから数秒後には再生が終わっていたのでかなりのものだろう。

 

種族としての強さが凄まじい。

が、それ以上に技量もある。剣の腕もさることながら血矢による錯乱、血の槍や血の戦斧、血の二刀という多彩な武芸に適応するのも大変だった。

 

 

 

「さて、制圧は私が引き受けよう。

 飛竜は無事か」

 

「はい、都市の外壁上空に待機を」

 

「なら離脱するといい。

 流石に疲弊したことだろう」

 

「……では、お言葉に甘えさせて頂きます。

 必要ないかもしれませんが、御武運を」

 

「無論。相手がどれだけ消耗しているとして、

 だが仕上げだからこそ、全力であたるとも」

 

 

そう言って踵を返し、アルベールは去っていく。

その背中は宿敵を失ったが故か哀愁ばかりを漂わせ、どことなく寂しそうにも見える。

 

そしていつしか、見えなくなる。

 

 

「………くっだらね」

 

 

俺はそう吐き捨てて、ルイーズを抱え直した。

 

 

 

 

 

───

 

─────

 

 

 

さて、戻って飛竜を呼び戻そうと思ったのだが。

 

 

「そこの忌み人、止まりなさい!!」

 

 

女の声。ここは素直に足は止める。

目前に広がるのは、白金を基調とした古風な騎士服に身を包んだ者たち────忌々しい、『教会』の連中。

どうやら都市の大門を封鎖されたらしい。

 

 

「剣……ただの忌み人ではありませんね。

 何者ですか」

 

「退け」

 

「何者か、と。そう聞いています」

 

「邪魔だ」

 

「ジャマダさん。それでよろしいですか」

 

「死ね」

 

 

ルイーズを後ろに放り出し、地を蹴る。

 

「ごぇっ!? な、なんだってんだ───?」

 

何か聞こえた気がしたがまぁいい。

彼女なら何とでもなるだろう。

そして三度忠告した。ならば退かない相手が悪い。

 

「ッ───!! 総員、構え!!」

 

教会騎士は少数精鋭らしい。

一見して戦闘出来そうなのは10近く、その他は恐らく救援、奇蹟による治癒を目的とした連中だろう。

まずは司令塔を叩き潰す。

 

そうして踏み込み、加速。

司令塔だろう女教会剣士へ、軽く剣を叩きつける。

と。

 

 

「ぐ……っ!?」

 

「……あぁ?」

 

 

どこかで見た顔だ。………誰だったか。

剣を同じく剣で受け止めた女も、驚いたような顔だ。

やはりどこかで会ったか……いや、確かこの女は……

 

 

「あなたは、あの娘(アイリス)を誑かした……!」

 

「……あぁ、お前。そうか。

 こうして話すのは初めてだな」

 

 

まぁ、思い出す価値もなかった。

聖剣の彼女との日々の、その片隅。彼女の屋敷、その窓辺から、俺を睨んでいたうちの一人だった。確か、彼女の姉妹だったか。それがまさか、教会剣士とは。

 

剣を引き、距離を取って周囲を警戒。

迫ってくるのは背後から一人、側面から二人。成程、包囲は早いが……この感じ、要塞都市の衛兵以下だ。

詰まらない、時間の無駄だ。

懐から取り出した、小さな魔石を指先で潰す。

すると。

 

 

「っ、な、なんだ!?」

 

「上…から……!?」

 

 

丁度俺の真上から、飛竜が舞い降りる。

すぐに両手で耳を塞ぐ。

 

 

 

「■■■■■■■■■!!」

 

 

咆哮。

竜の成り損ないとはいえ、訓練された飛竜は大型の魔獣すら指示無しの単騎で倒せてしまうほどだ。

そして何より─────()()()()()()()()()()()()()()()()

魔王国のある、隔絶された西端の地にのみ分布する生物だ。

 

それにしても、丁度俺の真上とは。

 

 

「飛竜……!!?」

 

「餌の時間だ」

 

「■■■■■■■!」

 

 

俺の言葉に、飛竜は愉しそうに唸り声を上げる。

が。

 

 

「皆、臆するな!!

 我らには竜の加護がある、

 その紛い物など、恐れるに足りん!!」

 

「っ、そうだ! 行くぞ!!」

 

「「おぉっ!!」」

 

 

あの女が、味方を鼓舞する。

あちらも士気を上げてくるようだ。

まぁ、恐れないのは良いことではあるが……

所詮は蛮勇、放っておいても餌に変わりはないだろう。

飛竜の餌代も馬鹿にはならない、寧ろ助かる。

 

 

「…………」

 

「あなたの相手は、私です!!」

 

 

少し下がり飛竜に突貫していく教会の連中を眺めていると、先ほどの女が斬りかかってくる。単調な縦振り、それを軽く剣で弾き、振り払う。

 

 

「しつこいぞ」

 

「あなただけは……許しはしない!」

 

「別に許しなんて乞いたつもりはないがな」

 

 

再度駆け寄ってくる女の剣を、同じく剣で受ける。

袈裟、返しの水平、下段からの斬り上げ。

それぞれ受けに徹して力量を図るが、技量はそれなり、だが力は大したことはない。

こちらが受けに徹しているのに早々に気付いたか、女は剣を握る両腕を強く引き、大振りの水平斬りを叩き込んでくる。剣を逆手に持ち直して刀身の根元でそれを受け止め、鍔迫り合いが始まった。

鍔迫り合いと云っても、ただ相手が押してくるだけだが。

 

 

「っ、受け止められた……!」

 

「どうした、その程度か?

 腰が引けているぞ、臆病者め」

 

「ーーーッ!!」

 

 

更に押しに力が入る。が、まだ片手で十分だ。

女の顔へと目をやれば、キッと紺碧の瞳が睨んでくる。

 

……懐かしい、紺碧の色。

 

いや、どこまで相手が雑魚であろうと戦闘中だ。

思い出に浸る暇はない。改めて視線を向ければ、その紺碧に微かに揺らぎが見て取れた。………成程。

口をついて臆病者と罵ったが……自然と、口角が上がる。

 

 

「そう怯えるな」

 

「ッ……!」

 

 

囁けば、その瞳の揺らぎが更に強まる。

女の向こうでは飛竜が一人、また一人と、その爪で、牙で、教会騎士らを喰い荒らしている。

悲鳴、絶叫。戦闘中の極度の集中状態を少しでも緩めれば、それは嫌でも耳に入ってくる。未熟者なら、尚更だ。

 

女は少し下がり、また斬りかかってくる。

水平斬りを軽く弾き上げ、縦振りを剣の腹で受ける。

 

 

「怖いな、怖いよな」

 

「や、やめろ!」

 

 

がちゃり、と剣が震える。

それでも再度振られた剣を、受け止める。

 

 

「お前の後ろで、仲間が死んでいくぞ」

 

「っ、っ!」

 

 

ぐっ、と剣が押し込まれる。強がりだ。

 

 

「お前の鼓舞が、仲間を殺していくぞ」

 

「やめろ……!」

 

 

向こうで頭蓋が砕け散る。

その牙の血を、真っ赤な長舌が舐め取った。

悲鳴。

 

 

 

「また一人」

 

 

「っ、は、っ……は、っ………っっ!?」

 

 

「ほら」

 

 

 

呼吸が荒い。

その胸ぐらへと掴みかかり、大きく引いて。

背後を、向かせる。

 

 

 

 

 

「お前のせいで、死んだぞ」

 

「あ、」

 

 

 

 

既に、剣に込められた力は失われていた。

その心も、身体も、弱すぎる。

 

 

からん、と。

 

剣が、石畳に落ちる。

 

 

胸ぐらから手を離せば、女は膝から崩れ落ちた。

その視線の先には、死屍累々が広がるばかり。

 

 

 

おびただしい血が、四肢の一部が、肉片が。

てらてらと、雲の隙間から差した光を反射する。

 

そして、地に降りた竜は。

怯えて声も出せない最後の一人へ、頭から。

 

 

 

 

「あ、あぁ、あああ……」

 

「さぁ、次はお前の番だ。

 皆を死なせた、お前の………」

 

「い、いや、いや……いや…ぁ…」

 

 

すると、なんということか。

女は俺の足にすがりつき、がたがたと震え出す。

そればかりか、その股ぐらには液体が広がっていく。

 

滑稽、いや、それすら通り越して、憐れにも思えた。

 

青ざめた顔色、止まらない汗、増す震え。

見たこともない惨劇を引き起こした怪物が、足を進める。

 

 

 

 

 

 

 

 

アルビオンは、少々平和すぎた。

あっても、中型の魔獣との小規模な戦闘程度だろう。

 

敵方が戦の準備を始める前に要塞都市を落とせたのは、その長期の平穏のお陰でもある。その間に、魔王国は戦の準備を着々と進めてきていたのだから。

故に、世代が変わった新しい戦士は弱い。

確かに、手練れはいる。だが、それも極少数に限られる。

それこそ、【将軍】や、アルビオンの暗部くらいか。

 

 

【将軍】を失い戦を忘れた王国騎士。

陰謀が渦巻き腐り果てた教会上層。

傭兵崩れどもの冒険者組合。

 

内側から脆くなり始めたそれらを潰すことは、容易い。

問題は、それらを統一しかねない聖剣の存在だ。

あれこそアルビオンという国の象徴。

聖剣を砕かない限り、連中は最後まで抵抗するだろう。

 

 

 

まぁ、何はともあれ。

援軍も教会騎士程度だろう。それも終わりだ。

 

 

「いや、いや…っ…たす、け……!」

 

「■■■■■……」

 

 

飛竜がのそのそとやって来る。

そして俺に視線をやり、指示を待っている。

…………ふむ。

 

 

「あぁ、そうだ。

 聖剣の担い手はどうしてるか、教えてくれるか」

 

「え、あ、あいりす……? で、でも」

 

「教えてくれれば、逃がしてやろう」

 

「っ、お、教え、ます……!

 だ、だから、ころさないでっ、ください……!」

 

「いい子だ」

 

 

いやはや、脆いものだ。

一度心を砕いてしまえばこの通り。

足にしがみついてくる女の髪をぼふぼふと軽く叩く。

 

 

「……あ、アイリスは……旅を、してます……

 多分、あなたを、探してて、それで、

 今は確か、王都の西港を……目指してて」

 

「……」

 

 

……………それはそれは、ご苦労なことだ。

 

 

「その、それだけ……です……」

 

「十分だ。いい加減に放せ」

 

 

無理やり足を引き剥がし、飛竜に視線を送る。

 

 

「■■■■■■」

 

「お前も十分喰ったろう、戻るまで我慢しろ」

 

「■■■■……」

 

 

飛竜は不服そうに喉を鳴らし、渋々といった様子で首と頭を下げて地に伏せる。そして、パリ、と空気が震える。真横に視線を向けると、ルイーズがそこに座っていた。

そういえば投げ出したんだった。

 

 

「随分と愉しそうだったな。嗜虐趣味でもあんのか?」

 

「別にそういう訳じゃないが……そう見えたか」

 

「おう。あと怪我人を投げんな」

 

「すまん」

 

「別にいいけどよ」

 

 

ルイーズは顎で、飛竜の足元を示す。

そこには、呆然とした様子の女がいた。

 

 

「いいのか?」

 

「放っておいても死ぬ。

 それに聖剣の情報も手に入ったしな」

 

「………ふぅん。ま、いいか」

 

 

そう言って、ルイーズは飛竜の背中を靴先で叩く。

飛竜が翼を広げ、そして飛び上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

眼下に、要塞都市が広がる。

陥落し火の手の回った都市では、残党狩りが行われている。本隊の制圧も手早く終わり、結果は上々といったところか。

 

 

「…………」

 

 

これでいい。

遠ざかる都市から顔を上げ、目を瞑る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

記憶の底に、彼女がいる。

 

 

 

「アリス」

 

 

 

無意識のうちに、その名は口から漏れ出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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