「さて、転移門はここに開く。
今回作戦に参加する総員、揃っとるか確認せい」
サピエンテスが言い、俺は人数確認に移る。
場所は城下町の広場、時刻は夕刻より少し前だ。既に野次馬は下がらせてあり、軍の編成を確認する。
まずは俺、ルイーズ、シャイタン、サピエンテス。
サピエンテスは転移門の準備のため、石畳の上に陣を描き、ルイーズは俺の隣で大きく欠伸。やる気ある?シャイタンは新兵らにちょっかいをかけている。
……全員確認。ていうかシャイタンは手伝え。
言ってもはぐらかされそうなので仕方なく俺の部下、新兵らを確認するため、俺は声を張る。
「全員並べ!!」
「「「「はっ!」」」」
俺の声に、新兵らが返事をしていそいそと並ぶ。
そしてびしり、という擬音すら出そうなほどに姿勢を整える彼らは、今では俺の部下という立場だが、元はブランシュの下にいた忌み者らの混成部隊10名。
3年前は俺にも突っかかってきたが、その全員は纏めて剣で
「欠員は」
「いません! 全員揃っています!!」
「良し。これから始めるのはブロセリア殲滅戦。
各自、作戦内容は頭に入れているだろうが……
改めて、俺から簡単に説明させてもらう」
新兵らの何人かが唾を飲むのが見える。
対人戦、それも軍の作戦投入は初だ。緊張も分かる。だが、泣き言を聞いてやる暇はない。
「主力戦は余燼が行う。
お前たちの相手は獣人とエルフの雑兵どもだ。
集落外に余燼が第四位、サピエンテスが誘き寄せ、
そこへ同時に奇襲し錯乱させ、同士討ちを誘う。
そこまで出来れば御の字だが……上手くやれ」
「隊長、一つ質問が「俺はもう隊長ではないが」
失礼しましたルイン様、一つ質問が!!」
様付け……いや、まぁ、別にいいのだが。
手を挙げて俺に質問があると言ってきたのは、新兵を纏めるリーダー格であり、
「なんだ」
「部隊を分ける、というのはお聞きしました。
ですが、奇襲といってもどのようにすれば……」
「自分で、いや、お前たちで考えろ。
相手の得意とする地形でどう奇襲を仕掛け、
そしてどうやって離脱し、同士討ちを誘うか。
俺も今回ばかりはお前たちの面倒も見きれんぞ」
「………少々、お時間を……」
「時間はまだある。
戦場で頼れるのは自分だけだ。状況に合わせて
最速で最善の最適解を、自分で選択出来るように。
俺から言うべきことはこれだけだが、他に質問は」
「「「…」」」
「ありません」
「では【賢老】の魔法陣完成までに
策を練るように。俺は手出ししない。頑張れよ」
「「「「はっ!!!」」」」
そして解散、各自で話し合いを始める彼らを横目に、魔法陣を描くサピエンテスの元へ向かって、足を進めようとして、横にルイーズがくっついてくる。
「中々良い感じじゃねぇか?
前は『無理です隊長ー』っつって
オレらに泣きついて来てたろ、ハハハッ」
「あぁ、随分成長したもんだ。
今回は何人が死ぬかね」
「賭けるか?」
「いや、死人にゃ賭けたくない。縁起でもねぇ」
「ん、それもそうだな」
ルイーズがけらけらと笑う。彼女も俺と同じく彼らを担当していたのだが、『無理。合わねえ』とのことですぐに担当を放棄した。彼女は元々、城下の犯罪者ら不良らを実力だけで纏めて取り仕切っていたのだし、あまりこういった規範に煩いのは苦手らしい。
それはともかく、彼女とも作戦会議をしなければ。
「ルイーズ、役割はどうする?
二人で攻めてもいいが、逃げられると面倒だ。
お前の魔法は派手でよく目立つ」
「あー……それもそうだな。
雑魚を蹴散らして、それからお偉方を消すか?」
「恐らく統率者も何かしらの自衛手段がある。
ルイーズ、お前はどっちがいい?」
「自衛手段ねぇ……召喚獣辺りが妥当か?
何にせよ、そっちはオレがいいかもな」
彼女も顎に手を当てて考え込む。
確かにその通り、召喚獣は護衛としては最上級であり下手な近衛よりも強く、そして制御しやすい。しかし召喚のための魔力も膨大である、が、獣人はともかくエルフは枷をかけなければならないほどの強い魔力を抱えているため、その対価を十分に払えるだろう。
そのうえで、一人と一体、酷ければ他の近衛も相手にしなければならず、そうなると多対一では手札のない俺は劣勢間違いなしだろう。雑魚を散らす程度ならば事ないのだが……
「……頼んでいいか?
俺も終われば救援に向かう」
「はっ、その救援の前に全滅させてやんよ。
お前も雑魚相手にくたばるんじゃねぇぞ?」
「まさか」
彼女の煽りを鼻で笑い、互いに拳を突き合わせる。
そして、サピエンテスの下へ。
「……む、猟犬か。どうじゃ、新兵は」
「全員揃っている。士気も上々だ」
「ほっほほ、若いのはそうでなくては」
若い、ね。
サピエンテスは白いチョークで魔法陣を描きながら、俺の言葉に笑みを浮かべ、長い髭に触れる。
エルフは寿命が長いと聞く。見た目通り爺さんが歳を食っているのは分かるが、さて幾つなのだろうか。
「あんた幾つだよ」
「300から数えるのはやめたわい。
エルフの寿命は幾つか知っとるか?」
「さぁ……400とかか?」
「ワシも知らん」
は?
「………」
「ほっほほ、そうボケジジイを見る目をやめい。
なに、数えた者がおらんのよ。飽きるから」
「飽きるのか」
「飽きるぞー。全てやり尽くしておるし。
故にエルフの死因は自害が多いのよ。
正確には『還樹』と呼ばれておるがの」
「『還樹』……」
「うむ」
聞いたことのない単語に、首を傾げる。
エルフの自害が多いというのも初耳だ。全く世界には多くの文化や生き方があるものだ。今からその一つを滅ぼすワケなのだが。
「ワシらは生物よりも植物に近い性質がある。
森に生き、森に育ち、森に還る。
それがエルフの生き様なのよ、例外もおるがの」
「森に還る、とは?」
「他の種族とは違い、エルフは自然死すれば
『樹化』という現象を起こす。骸からは草木が
生い茂り、そしてその地を緑へと変える。
集落の伝承では最期の奇跡だとか言われるが、
エルフ特有の膨大な保有魔力が起こすものじゃ」
「しかし、そりゃ凄いな」
「凄いじゃろ。殺しや病では起きん現象よ。
じゃがの、死んだときの魔力放出が
魔法の暴走を起こすことがあったりしての。
故に、『還樹』の儀が自死として執り行われる」
「そこで『還樹』か」
「うむ。その辺の木々に触れ、それを介して
大地へ少しずつ、ゆっくりと自らの魔力を流し、
そして力尽きた時、エルフはその木々に同化する。
この身と魔力を大地へ還す、それが『還樹』」
「へぇ……」
中々に興味深い話だ。
確かに、魔力を全て地中に流したのならば魔力暴走が起きる心配もないだろう。身体と魔力を大地へ還す、人間ではあまりない考えだ。儀式ということは人間の文化である送りの儀のようなものなのだろう。
納得していると、突如として鋭い視線が俺を捉える。
「故に心するがよい、猟犬よ。
エルフは死ねばその魔力が大気に霧散し、
他のエルフどもはそれに呼応して強くなる。
追い詰めた鼠と、油断するでないぞ」
「………忠告、ありがたく」
爺さんの言葉に頷く。
確かにそうだ。魔法というのは術者の魔力と大気中の魔力を織り交ぜて放つものらしく、それは大きければ大きいほどに強力になる。身体強化にもそれが及べばそれだけ強くもなるのだろう。
「……お主さぁ、戦闘狂とかそういう質か?」
「何故?」
「笑っておるぞ」
「そうだったか、これは失礼」
「全くどいつもこいつも……死に急ぐかと思えば
それを愉しみおる。まともな奴はおらんのか?」
「戦場で正気を保てるのは狂人だけだろう」
「ぬう、小童が真理を突いてきおって……
しかしワシも人のことを言えんのかのぉ」
爺さんは魔法陣を描きながらふぅ、と溜め息をつく。戦場で正気など保てる者などいない。いるとすれば、それは俺たちのような狂人だけだろう。現に爺さんもそうに違いないのだから。
「ずっと昔は世のため人のためとひたすらに
魔道具を作っておったものじゃが……はぁ、
いつからこうなってしまったんじゃろうな」
「最初からそうだっつうことだろォよ、爺さん」
「………」
突如として会話に割り込んできたシャイタンを睨む。
やはり、どうしてもこの男は気に入らない。
「ハハハッ、そう睨むなっての。
まァだあれ根に持ってんのかよ?」
「………」
「よさんか馬鹿者どもめ。
シャイタン、あまりこやつを刺激するな。
アルベールとの模擬戦を見とったじゃろう」
「ククッ、はいはいっと……分かってんよ。
まっ、場所は別だが気張るとしましょうぜ?」
「あぁ、お前の死に様が楽しみだ」
「あらら、嫌われちまったよ」
「当然じゃろうが」
────
───────
「……ふむ、まぁこんなもんかの。
みな、準備は出来ておるか」
爺さんが立ち上がり、こちらへ振り向く。
爺さんの足下の石畳には、複雑怪奇な紋様の魔法陣が四つ描かれ、その上には魔石が複数個置かれていた。……しかし、よくあんな複雑なものを描けるものだ。
俺が頷きを返すと、爺さんは背中の長杖を手に取る。
現在普及している先端に魔力を増幅させるため魔石が嵌められているものとは違い、爺さんのそれは、ただ古めかしい木だけで造られた長杖。
魔法の触媒である杖は、魔石がなくとも機能する。
曰く、それが『杖』であることが重要であるのだと。
対して魔石でも魔法は使えるが、杖に比べれば出力が落ちてしまう。そのため両方を起用することが多い。しかし、もしも杖の魔石が破損してしまえば、出力は杖以下になってしまう。杖と魔石それぞれではなく、一つの触媒として扱われてしまうためなのだとか。そのため、手練れの魔法使いは魔石のない杖を使う。
ちなみにルイーズの振るう長剣、その柄頭にも魔石が嵌め込まれており、彼女はその石を杖の代わりとして触媒に、雷の魔法を使っている。
そして将軍は……いや、あれは例外だろう。
後で回収した彼の刀だが、魔力を収束させる鞘以外は何の変哲もないものだった。石造りの塔をその刀での斬撃一つで崩壊させる存在がそう何人もいては困る。
そもそも技量だけで飛ぶ斬撃という時点でおかしい。
本当になんだったんだアレは。
……やめよう。
あの男の強さについて考え出すと切りがない。
「うむ、ならば門を開くから離れておれ」
苦い顔になっていた俺を横目に、爺さんは杖の石突で石畳を突く。瞬間、魔法陣が紫の光を放ち、その上で魔石の一つが砕け散り───そして、空間が捻れる。
「『偏在 渦動 流転』」
詠唱が始まる。再度、魔石が砕ける。
「『我は此処に 我は其処に』」
詠唱二節。今度は複数の魔石が砕ける。
「『離し 繋ぎ 分かち 結び』」
詠唱三節。最後の魔石が砕け散る。
「『開け、異相の門』」
爺さんの握る長杖が紫の光を放ち、それが魔法陣へと向かっていく。そして光が魔法陣に触れた瞬間、空の捻れが亀裂へと変わり、ヒビ割れ、砕ける。
【異相の門】────転移魔術の到達点。
遠隔地と現在地の空間を強制的に繋いで、固定する。
結果、現れたのは空間の穴。向こう側には緑の木々が広がっている。この先が、ブロセリアの樹海だ。
「閉門に巻き込まれれば死ぬぞ。
そら、さっさと行けい。出立じゃ」
俺たちは、門へと足を進める。
さあ、作戦開始といこう。