異世界開闢の冒険譚。吸血姫となった元男、女神と共に世界を別つ冒険へ出る 作:氷水メルク
「ひとつ、今の世界の問題点を教えましょう」
「お前が女神をやっていることか?」
「それもひとつです。そのせいで現にこうして性格の終わった人と一緒に居ますが、今は真剣に聞いてください」
ひとつじゃねぇじゃん。
二つ以上じゃん。
数を数えることもできないのかよ、この女神。
宿の二人部屋に泊まっている最中、ベッドに座り込んだアメリアから「重要な話があります」と真剣な顔つきで切り出された。
シャワーを浴びた後のアメリアはほんのりと肌が火照っていて、色っぽく見えた。
いや、気のせいだわ。
おれが童貞だから目の前のブスでも可愛く見えるだけだわ。
とりあえず穴に突っ込みたい的なね。
アメリアはジトッとした目でその顔を俺に近づける。
そしてクスっと笑う。
「ほんと、可愛らしいですよね。今の俊さん」
「なにいきなり、気持ち悪い」
「流石、童貞が自分の理想の女を小一時間ほど追求した姿ですね!」
重要な話ってのはおれに喧嘩を売ることなんですかねぇ?
異世界に来てからずっとギスギスしているんですけど?
それとも何か?
今のおれはおれ自身の処理道具とでも言いたいんですかねぇ?
だったらはっきりと言ったらどうなんですかねぇ?
「女を穴として見るってのはこういうことですよ。まったく」
「……今回ばかりは謝るわ。どうも、すんませんでした」
女を穴として見るというのは、二次元だけの話だよな。
確かに三次元でこの理論を持ってきたおれの方が悪いわ。
アメリアは力の籠った瞼を落とす。
数秒ほどしてから、閉ざした瞼を上げる。
「今のこの世界にはどこの国にも所属していない逸れ転移者が存在しています。彼ら彼女らは、自分の私利私欲のために自らの能力を使うことに躊躇しません」
「それで?」
「分かりませんか? 死にぞこない。その転移者に遭遇した場合、初見殺しに遭う可能性が高いと言ってるんです」
なるほど、異能力だしな。さもありなん。
原書が運命を見る能力だったということは、他の奴らもさぞ滅茶苦茶な能力である可能性が高いと。
迷惑な話だな。
本当に。
なっ、アメリア?
「ええ、本当に迷惑な話です。それで、私に当たってスッキリしましたか? 見た目相応に。自分にとって不都合なことを。近くにいる間接的な大本に当たることで解消できましたか?」
「良いや。おかげさまで面倒くさいことしてくれたなって思っただけ」
「これは……いえ、確かに私が悪いですね」
アメリアはそれだけおれに伝えると、布団を上から被る。
「転移人に痛い目を見ればいいんですよ。今のあなたは」
「最初から最後まで他力本願だな、お前。最初の転移人といい今の状況といいおれを懲らしめる方法といい。流石、天下で輝く
売り言葉に買い言葉。
おれはアメリアに軽口だけ返して同じように就寝する。
視線を感じる。
アメリアからの。
されどそれは敵意や憎悪によるものではなく、なんというか憐憫に近い感情によるものだと感じた。
「……死なないでくださいね」
「今更だな」
おれも布団に体を預ける。
もしも転移人に会った時のことを考えると寝付くに寝付けない。
異能力バトルって傍から見ると面白いけど、当事者になってみるとこうも怖くて仕方ない。
寝付けない夜でも瞼を落とせばいつかは眠れる。
瞼を落として意識が無くなるのに集中し、考えることを止める。
だがそんなおれの考えは甘かったのだと思い知らされる。
最初に聞こえたのは悲鳴だった。
人が恐怖をする時に発する甲高い悲鳴。
次に耳元を刺激したのは火の手が上がる音。パチパチと火花が弾ける音。
起き上がって宿の窓から外を覗くと、町の外が燃えていた。
ごうごうと町を飲み込みそうな業火が。ただ事では済まされない黒煙が天へと昇る。
見てはいけない。絶対に見てはいけない。
脳からの警報が鳴りやまないのに、おれは街並みに目を落としていた。
水たまり。真っ赤なザクロのように赤い水たまり。それが人を中心に広がっている。
息はある。されどすぐにでも治療を施さないと間に合わない重傷者。
すぐに宿の廊下を走る音が聞こえ、部屋のドアが勢いよく開かれる。
立っていたのは宿の女将さんだった。
女将さんはおれとアメリアに瞳に映し込むと、ただならぬ勢いで叫ぶ。
「大変だ、吸血鬼が攻めてきた!」
* * *
吸血鬼。
その単語を聞いた瞬間、おれの心臓が大きく高鳴る。
目の焦点が合わなくなって。ただおかみさんが出ていくのを見ていたと思う。
扉が閉まる。
吸血姫であるおれをこの場において。
おかみさんはいなくなる。
おれは床に四つん這いになったところでひとつ疑問が浮かぶ。
もしかしておれの正体がバレたわけではない。
そう、寝る前からおれはここにいた。勝手に動いていたのであれば、今ここにおれがいるのはおかしい。
ともなればこの世界に居る別の吸血鬼が攻めてきたということになる。
……関係ない。
この世界がどうなろうと。
今更町ひとつがどうなろうと関係ない。
自分の心に言い聞かせるように何度も何度も言葉にして呟く。
けれど胸の鼓動は収まらない。
おれの隣で誰かが立ち上がる音が聞こえた。
「ここで待っていてください。吸血鬼なら私ひとりでも対処できますから」
アメリアは部屋から出ていこうとする。
ドアノブに手を掛けて、ひとつおれに頭を下げてきた。
「ごめんなさい。普通はそうなりますよね。争いも銃もない日本育ち。なのに私、俊さんに頼り切ろうとしていました。だから良いんです。今回は任せてください。ここから先は地獄への入り口なんですから。でも、この言葉だけを送らせてください」
アメリアは一気に空気を吸い込む。
これ以上無いほどの不敵な顔を浮かべて。
言いたいことを言ってきた。
「……他力本願じゃないところを見せてあげますね、チキンちゃん?」
アメリアが部屋から出ていく。
一瞬だけ悲鳴がまばらに聞こえてくる。扉が閉まる。木と木がぶつかり合う独特な音を鳴らして。
部屋には静寂が訪れる。ひとり小さな部屋に取り残されて。
おれはこの先どうしたいのか。
そんなの、そんなのは……最初からひとつしかないじゃないか。
壁に立てかけられている
おれは刃に触れて指を切る。
途端に襲い掛かる体中が搔きむしられるかのような痛み。
立ち上がることも顔を上げることすらできない現実。
この瞬間、おれは改めて実感する。
異世界に来ているのだと。
自分がゲームキャラの吸血姫になってしまっているのだと。
もう逃げ道などなく。
目標を達成するには今この状況を切り抜ける他にはないと。
いつの間にか痛みは消えている。
正確には内側でまだ、得体のしれない何かがおれの身体を蹂躙している。
その痛みが脳を埋め尽くすほどの恐怖を振り払ってくれる。
「行こう」
おれは大剣の柄を握り部屋を飛び出た。
昼の時の寒々しさとは違い、壁の外で燃えている火のせいで暑苦しかった。
周囲には血の匂いが漂い、怪我をした人を手当てする人、知人の死に泣く女性、そして覚悟を決めて戦場に行こうとする人。
まるで戦争映画の戦時中の場面を見ているかのように。
見ていられない。見たくない。何も目にしたくない。
少しでも現状を理解してしまうと、せっかくの闘志の灯が消えてしまいそうで。
町の門前まで走って行くと、段々と聞こえる何か柔らかい物を裂くような音。
風に乗って流れる血なまぐさいにおいは鼻を刺激し続ける。
外に出た先にあったのは闇だった。
深く黒くただ一色。
光すら飲み込むその闇はアメリアの胸倉を掴んでいた。
赤い双眸をアメリアに向けて。弱者を甚振る愉悦に染めて。
女神のか弱い首に手を掛ける。
アメリアの手にする光の槍が消える。
霞のように消えていった。
恐怖という奴は意外なもので長く続かない。
身体を震わすほどの絶望は今や完全に消えていて。
おれの思考がはっきりと鮮明になっていく。
——何してんだよ。あいつ。
結局、他力本願じゃないとか言いながらやられてんじゃねぇかよ。
人にチキンとか言っておきながら、自分は女神とか言っておきながら。
ただの吸血鬼にやられるとか、よくそれで吸血姫と口喧嘩出来ていたってもんだよ。
そんな弱体化しておきながら、人を一緒に召喚しておきながら。
簡単にやられてんじゃねぇかよ。
ほんと……、ほんとにさ……。
「何してんだよ、てめぇはよォォォォォォ!!」
おれは一秒でも早く地を蹴る。
ビュンと風を斬る音と風を突っ切るような感覚。
自分でも驚くほど一瞬で吸血鬼の眼前に躍り出た。
──すごい速さ、まるで風と一体化したかのように体が軽い。
おれは速度を維持したまま吸血鬼へ宵闇小悪魔を振り下ろした。
びびりにしようとか思ったけど、びびりだとどこかの忍者漫画が頭に浮かんで……。