失われし英雄譚【一次募集終了】   作:雪兎の手

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半年ぶりの投稿です。果たしてどれだけの人がこの小説の存在を覚えているだろうか……。
続きは八月には出したいですね。


第五話【雷と炎】

雷鳴が、黒を貫いた。

 

裂けるような轟音と共に、眩い雷が夜闇を焼き、空間を支配していた異様な瘴気を薙ぎ払う。

雷撃を浴びた黒き異形の巨体が、轟音とともに地面を滑った。焼け焦げた腕の一部は黒煙を上げながら砕け、転がり落ちる。

 

「……いマ、の……な、ニ……?」

 

身の丈二メートルを優に超える異形が、ぐらりと揺らめいた。

全身を這うように浮かぶ奇怪な模様が、焼けた腕の傷口のあたりで蠢き、黒く濁った肉が波打つように再生の兆候を見せる──が、それは完全ではない。あの雷が、それを一時的に阻んだのだ。

 

爆心地に立っていたのは、紺のジャケットを翻した男──葉月宗介。

その右腕には未だ燻る雷が残っており、足元には焦げた地面が煙を上げていた。

 

「遅れて悪い」

 

声は淡々としていた。感情を表に出さぬ、冷静なそれ。

焦りも、怒りも、恐怖もない。ただ状況を見極め、淡々と職務を遂行する者の声音。

 

だが、その声に返るものはなかった。

 

瓦礫の影に崩れた仲間たちは、既に戦闘不能。

銀の具象を握っていた男は、荒い息をつきながらも身動き一つ取れず、

血に塗れた青年は、膝をついたまま、かろうじて意識を保っているだけだった。

 

この戦場で、動けるのは──彼ひとりだけだった。

 

「アアアア……ヤル、ころス、こわす!!」

 

異形が吠えた。

咽喉のない頭部から放たれたその咆哮は音にならない衝撃となり、地を震わせる。

その声に呼応するように、周囲の闇が泡立つように波打った。砕かれた腕が、再び盛り上がり、脈動し、異常な速度で再生を始める。

 

「……タフなだけなら、どうとでもなる。問題は──」

 

宗介は静かに構えを取った。

右腕に雷光を収束させ、呼吸をひとつ、深く。

そして──次の瞬間には、彼の姿はもうその場にいなかった。

 

雷鳴と共に、彼の身体は閃光となって走る。

 

雷が走った。

閃光と共に宗介の拳が突き出され、単眼の異形の肩口に命中する。

瞬間、黒い皮膚が一瞬だけ焦げ、火花のような燐光をまき散らした。

 

続けざまに、足元から巻き上げた電流が敵の膝にぶつかる。

わずかに膝が沈み、異形が重心を乱す。

 

しかし──

 

「……ハ、えナイ……おも、い……」

 

異形は怯まない。

焦げた部分の皮膚が蠢き、じわじわと黒い筋肉が再構築されていく。

 

(やっぱり、決定打にならない)

 

宗介は舌打ちをこらえつつ距離を取った。

何度やっても同じような攻撃では微かなダメージを与えるだけだ。

さらに言えば、宗介の使用している『雷纏い』は使い続けると体に負荷がかかる。

 

敵の単眼には、次第に愉悦めいた光すら宿り始めていた。

 

「……こワ、さナ、いと……」

 

抑揚のない、異様な声。だが、確かに“感情”を帯びている。

破壊の欲望。それだけが、この異形を動かしていた。

 

その時、戦場の空気が揺れた。

 

風向きが変わる。冷気を含んだ新たな気配。

 

「──援護に入ります。葉月さん、少し下がってください」

 

「了解です、煉谷さん」

 

静かな声が届く。

振り返ることなく宗介は言葉を返し後方へと退いた。

 

戦場へ新たに加わったのは、淡い水色の三つ編みを揺らす女性──煉谷氷愛。

赤縁の眼鏡が月光を反射し、冷気を纏った気配が周囲を染めていく。

 

同時に、もうひとつの影が割って入った。

 

「氷愛、そっちは任せた! 私は後衛のケアに入る!」

 

金の髪がなびく。灰吼宮楼歌が、異能で生み出した灰色の巨狼を従えて戦場に駆け込む。

楼歌は即座に負傷者のもとへ駆け寄り、膝をついて包帯を取り出した。

 

「大丈夫。今、手当するから。狼、外側頼んだよ」

 

唸り声と共に灰色の巨大な狼が構え、敵に対して睨みを利かせる。

 

次の瞬間、異形が唸り声を上げて宗介へ突っ込んできた。

地を抉るような脚力で距離を詰め、一撃で潰さんとする勢い。

 

「──させません」

 

その時、氷愛が小さく詠じた。

彼女の異能『火竜』により手元から放たれた冷気が、白い靄となって異形の足元に絡みつく。

一瞬にして温度が急落し、地面が凍結。

異形の脚が氷に絡まり、勢いを削がれてよろめく。

 

その隙を見逃さず、宗介が声を飛ばす。

「再生します、あいつ……! ただの攻撃じゃ止まりません!」

 

氷愛がうなずく。

しかしその一瞬のやり取りの間に、異形は氷を砕いて立ち上がっていた。

 

「……コワ、レナイ……こワス、ホウ……」

 

砕けた氷が粉雪のように舞う中、異形はまるで何事もなかったかのように歩みを進めてくる。

 

「火力で再生を上回らないと、止まらない相手……理解しました。少しの間、注意を引きつけてください」

 

氷愛の眼鏡が静かに光を反射した。

彼女はさらに後ろへと下がり、魔力を高める構えを取る。

 

宗介はうなずき、再び低く構えた。

 

「了解。死なない程度に暴れてきます」

 

雷光が足元を駆けた。宗介は雷をまとい、異形の懐へと走る。

その目は冷静。だが、動きはしなやかで獣じみていた。

 

 

──力を溜めるには、時間が必要だ。

 

雷光を纏った身体が、地を蹴って低く滑る。

 

異形の拳が振るわれるが、宗介はそれを紙一重で避け、敵の側面に回り込んで反撃の拳を放つ。

焦げる程度の電撃が走るが、それでも敵の動きを止めるには至らない。

 

(あと数分……せめてそれだけもってくれれば──)

 

敵の注意を惹きつけながら、宗介は周囲の構造物を利用して立ち回る。

崩れかけた瓦礫を踏み台に跳躍し、壁を蹴って反転。

再び雷撃とともに一撃を叩き込む。

 

そのたびに黒い肉が焦げ、異形が小さく唸る。だが再生は止まらない。

 

「こワ……さ、せろ……!」

 

単眼がギラリと光る。だが、その動きに苛立ちが混ざり始めた。

 

宗介は一瞬だけ、氷愛の背後を確認した。

──まだだ。

 

さらに時間を稼ぐため、宗介は敵の正面に立ち塞がる。

 

「アアア……ニガ、スか……ッッ!!」

 

焦れた異形の一撃が薙がれる。だが宗介はそれを半歩先で回避し、滑るように背後へ抜けた。

 

──時間を稼げ。

 

その信念だけが、彼の身体を突き動かしていた。

 

(氷愛さん、間に合ってくれ──)

 

戦場の熱が一点に収束していく。空気が張りつめ、まるで世界そのものが息を潜めたかのようだった。

 

煉谷氷愛の掌に、ひとつの火球が灯る。

それは炎の色をしていなかった。蒼でも紅でもない、色を持たない“熱”。

 

「──電離光合丸(でんりこうごうがん)

 

名を告げた瞬間、球状の光が周囲の空気を焼き尽くしていく。

建物の壁面が、照らされるだけで焦げたように歪み、空気が振動する。

 

その熱量は、視線を向けることすら困難だった。

 

「いマ、の……あれ……ナン、だ……」

 

異形の単眼に、一瞬、怯えが走る。

だが、それも一瞬だった。

 

「ユウセ、ン……コワス……ッ!!」

 

異形が突進する。氷愛へ、破壊の本能に従って。

その道を塞ぐ者は──

 

「させない!」

 

宗介の声と共に、最後の雷閃が走った。

 

一瞬、異形の身体がのけ反る。だが、止まらない。

死を前にした異形もまた最後の力を振り絞り氷愛の元へと走り続ける。

 

「コワス、コワス、コワス!」

「──しまっ……!」

 

 

 

 

 

 

彼女を狙う異形を阻む者はもういない。

 

 

 

 

 

 

さ、せ、る、かぁぁあッ!

 

立ち上がり、楼歌の制止を振り切って飛び出した、肇以外には!

 

「『会心撃』ッ!!!」

 

全力の拳が、異形の脇腹に叩き込まれる。

 

「……ナン、ダ? ヨワ、イゾ」

 

しかしやはりダメージは無い。当然だ。経験のある宗介の、速度を乗せた打撃でさえ効果が薄いのだ。

多少威力が上がっただけの満身創痍の肇の攻撃など、この異形には通用しない。

 

「ハハッ、やっぱり俺の攻撃じゃ倒せないか。……でもお前、()()()()()()()

 

肇は魔力不足により倒れながらも不敵に笑う。

彼にもそんなことは分かっていた。ただそれでも、少しでも気を引けたなら、それで充分だった。

 

「……ありがとうございます。肇君」

 

宗介が肇を回収するのと、異形が本来の目的を思い出したのはほぼ同時。

異形が晒した微細な隙──そこへ、光球が叩き込まれた。

 

無音の爆発。

 

光があたり一帯を覆い尽くす。

灼熱。暴風。すべてを焼却する、熱の波動。

 

異形は声を上げる間もなく、その姿を光に呑まれ──そして、消えた。

 

やがて、静寂。

 

熱が去り、風が戻り、塵が舞い上がる。

 

戦場に残っていたのは、焦げ跡と、灰と、

 

──勝利の気配だった。

 

宗介が、肇を抱えながら氷愛の隣に立つ。

 

「……お見事でした」

 

「いえ、葉月さんと肇君が繋いでくれたからです」

 

ふたりは一礼し、互いの健闘を称えた。

 

その後方で、楼歌と狼が仲間たちの様子を確認しながら、ようやく安堵の息をつく。

 

「こっちも、傷はひどいけど致命傷じゃなかった。全く、こんな化け物が出るなんて聞いてないよ。それと、肇は帰ったら説教ね」

 

意識が遠くなっていく中、肇がかすかに空を見上げた。

 

──焦げた天井の隙間から、月が見えている。

 

 

「……俺も、いつか皆みたいに」

 

 

彼の肉体と精神は更なる成長を夢見て眠りについた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

暗闇に包まれた空間。いくつかの蝋燭の灯火だけが、淡く揺らぎながら微かに周囲を照らしていた。

 

その場には複数の人間の気配があったが、誰一人として姿ははっきりと見えない。まるで、夜そのものが集ったような深い闇だった。

 

「……儂の眼が、潰されおったか」

 

老人の低い声が、重たく響く。

 

「八咫烏の加護を受けた肉体を打ち破るとは……。異能というのは、やはり厄介な力じゃな。一つとはいえ、貴重な眼を失ったわ」

 

 忌々しげに吐き捨てられたその言葉からは、自身の眷属が斃されたことへの怒りと苛立ちが滲んでいた。

 

 「火の……いや、熱を操る力。熱自体はともかく、あの()は――夜に生きる儂らにとって、まさしく天敵よ」

 

その時、場の空気を破るように少しくぐもった軽薄な男の声が割って入った。

 

「おいおい、百眼(びゃくがん)。そりゃつまり、()()()()()が当たったってことじゃねェの?」

 

男の口ぶりは妙に愉快そうだった。

 

「ようやく始まるってわけだ。違ぇかァ?」

 

「ふん、そういうことになるのう……。やれやれ、お主は本当に騒がしい」

 

老人――“百眼”と呼ばれた者は、鼻を鳴らして不快感をあらわにする。

 

「好きに暴れてこい。……どうせ、使い捨ての駒じゃ」

 

だが、男は気にする様子もなく、嬉々として隣の影に声をかけた。

 

「俺はあの“熱”の女を殺す。いいよなァ、金髪女」

 

「別に良いよ。アタシは人間を切れるならなんでも。っていうか、アタシのこと“金髪女”って呼ばないでって何回言わせんの?」

 

その女は軽い口調で返す。

 

「最初に名前決めたじゃん。(ウグイス)でしょ。ま、別に本名じゃないしいいけどさ」

 

「おうッ! 決まりだなァッ!!」

 

「……聞いてんの?」

 

水を向けられた女は、あっさりと返しながらも、その声音には男と同様に抑えきれない愉悦が滲んでいた。

 

それを見ていた老人は、心底うんざりしたように息を吐く。

 

「……どちらか片方でも減ってくれれば、儂としてはありがたいのじゃがな」

 

蝋燭の火が微かに揺れる。深淵のような闇の中に、冷たい笑みが広がっていた。




【異能紹介】
異能:現象・強化系『雷人』
使用者:葉月 宗介(はづき そうすけ)
練谷氷愛と並んで強いアタッカー。来巣探偵事務所最速を誇り、火力も高い。
異能内容:体中から雷を自由自在に操れる能力。相手に目掛けて雷撃を出したり、身体能力の上昇も出来る。
技:
【ステータス参考】
破壊力:B
スピード:A
射程:C
持続力:D
精密動作性:C

異能:現象系『火竜』
使用者:煉谷 氷愛(ねりや ひめ)
来巣探偵事務所のエース的存在。異能も最強格。
異能内容:自身の周囲にある熱エネルギーを吸収し、蓄え、自由自在に操る能力。
技:
【ステータス参考】
破壊力:A
スピード:B
射程:B
持続力:C
精密動作性:C

異能:眷属系『灰色狼』
使用者:灰吼宮 楼歌(あくみや ろうか)
今回はサポート役で登場。ただ本人も戦闘をこなせるので補助しかできないというわけではない。
異能内容:魔力で象った狼を使役する能力。
技:
【ステータス参考】
破壊力:C
スピード:B
射程:B
持続力:C
精密動作性:C
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