公安局の石つぶて   作:もずくスープ

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キヴォトス・ランデブー

 

 

 どうも皆様こんにちは、キヴォトスのよだかことコマです。

 死ぬかと思いましたが生きてます。

 すわ私もキヴォトスの星々の一つになりキヴォトスに新たな星座「コマ座」を誕生させる運命かと達観していましたが、どうやら神様はまだ私に地上のアリとして生きろと仰るみたいです。どうかそのままの貴方でいて。

 私は遠い存在の星として見上げられるよりかは卑近なアリとして見下されてでも生きていたいのです。

 

 私が宇宙の偉大さを実感したあの後私はキヴォトスの流星に、はならず加速装置に付けられていたパラシュートが自動で開き私はグライダーで降下するようにゆっくりと地面へと降りていった。

 「暇なら読んでね」と添え書きされたパラシュート内側にびっしりと敷き詰められている『噴射機構の歴史とその変遷』という謎文章を眺めながらうとうとしていると、私はいつの間にかD.U.外縁高架線の脇道の草っぱらに投げ出されていた。

 

 パラシュートと機械をその場で脱ぎ捨て草を掻き分けながら移動し、ひとまず高架下の道路に出た私は遠景に浮かぶ暮れなずむD.U.の街並みに目を奪われた。

 内側からではてっぺんも見えない壮大な摩天楼はいまや私の手のひらのサイズで、夕陽に照らされて宝石のようにキラキラと光っていた。

 少しずつ現れ始めた星々は緩やかに訪れる夜を祝福するかの如く遺憾無くその身を爛漫と焦がしている。

 あまりに美しいその景色に私は高鳴る鼓動を抑制することなくその場で小さく足を踏み鳴らした。

 たった今、キヴォトスの広大な地に何のしがらみもないその二つの小さい足で立ったのだ。そんな感慨が私の胸裏に湧き上がってくるのを感じた。

 これまでの過程や難しいあれこれは一旦忘れて、ただこの瞬間の感動は一生忘れないでいよう。

 そんな恥ずかしい独白を臆面もなく心に言い聞かせてその情景を胸の奥底に刻みつけた。

 そうしてキヴォトスの大地に単身降り立った私は、しばらくはとにかく歩き続けた。

 

 色んな自治区にお邪魔しながらもD.U.にも度々戻っていた私は、ひたすらダミー行動をとりまくった。

 態と監視カメラに映ってその後路地を使って引き返し全く違う方向に行ったり、キャッシュ決済でホテルを予約しその夜のうちに別の町に行ったり、自分の持ち物を他人に売るなりあげるなりしてばら撒いたりと。

 まあ色んなダミーを常に張って動いていた。

 旧アビドス地区だった廃墟の町を始めとして例の思い出深いD.U.白河区やブラックマーケットの外郭、ゲヘナのスラム街にトリニティの外縁に程近い繁華街など、それはもう至る所を体力の持つ限り少し留まっては移動するというのを繰り返した。

 ヴァルキューレを見掛ければ即座に隠れ、ヴァルキューレを見掛けなくても注意深く周囲を警戒しながら町々を渡り歩いた。

 

 治安の悪い場所にお邪魔した時にはよく「あ、あれは『キヴォトス事件簿』第二巻八章六節に登場する食狂いの某!」と悪名高い犯罪者を目にすることも多くありましたが、今の私は警察官ではないので芸能人を見るような目でぽわぽわとしながらその場を通り過ぎていました。

 ヴァルキューレの制服を着たまま移動していたうちは不良生徒に絡まれそうになることも多くありましたが、その度に「鳥だ! 飛行機だ! いや『狂犬』だ!」と叫ぶことで相手に混乱を与え何とか事なきを得ていました。

 服を調達し着替えてからは必死に身を潜めながら移動することで不良生徒問題の多くは解決し、偶に襲ってくる不良たちも土下座で靴を舐めた上で少量の貢ぎ物を献上することにより大抵は気を良くして(もしくは引かれて)去っていってくれました。

 いやあ、やはり土下座は全てを解決しますね。土下座こそ私の信じる真の正義。

 私の靴舐め技術もオフィス外の環境にて更に磨きがかかったのではなかろうか。これはもはや芸術の域だと自負しても良いのでは。

 身に降りかかる脅威を自分の手だけで解決していっていると、まるで自分が出来る人間のようにも思えてしまいつい自信過剰になってしまいますね。

 でも少しくらいなら、この私の成長ぶりを誇っても良いような気がしています。

 

 道中では決して悪いことばかりでもありませんでした。

 

 ある時は旧アビドス地区の住宅街で遭難し水不足で行き倒れていた私を、親切な生徒さんが私を人気のある場所まで運んでくれました。

 彼女はよく見るとシャーレでも度々顔を合わせたことがあったその人であり、運んでくれる間に改めて名前を教えあったり先生についての会話で盛り上がったりもしました。

 私がしばらくシャーレを訪れていないことを指摘された時はなんと説明すべきか分からず焦りましたが、何も言わない私に彼女は「ん、先生も心配してる」とだけ言ってそれ以上の追求はしませんでした。

 そのさりげない優しさは今まで私が一度もかけられたことのないものだったため、私はちょっとだけ泣きそうになりました。

 彼女は自分の通っている高校に私を運びたがりましたが、私が「追われている身なので」と遠慮すると残念そうにした後「どうせなら一緒に銀行、襲う?」なんて小粋なジョークを飛ばして私を楽しませてくれたりもしました。

 クールな見た目に反して意外と冗談がお好きなんですね、彼女。

 

 またある時は、かの有名な百鬼夜行のアイドル「チセ様」を生で拝見する機会もありました。

 D.U.の外れの団子屋で何も頼まずぼうっとしているのをお店の人が迷惑そうに見ていたので、有名人とお近づきになれるチャンスかもと庶民根性を発揮した私は団子を四つ頼んで彼女の隣に座りました。

 顔に気色の悪い笑顔を貼り付けてドギマギしながら食べますかと彼女に話しかけるとチセ様は私の差し出した皿を見て、

「秋風に ころりと吹かれ だんごだね」

 と一句読んだ後、私にお礼を言ってぱくりと団子を食べました。

 それまではただ不思議そうな目で彼女を見ていたお店の人たちも感じ入った様子で涙を流していました。

 そうですよね、チセ様の生俳句の破壊力凄いですよね。

 私なんか気づいたら地面に両手をついて感涙しながらひたすら感謝の言葉を投げていました。

 まさか私のような凡夫が風雅なチセ様の生俳句のきっかけになれようとは。

 寒風に吹かれて身を寄せ合い固まる人と意図せず得られた団子を掛けたなんとも情緒あふれる可愛らしい歌。いやはや名句。

 チセ様は私が蹲っている間にどこかに行ってしまわれたようでしたが、チセ様に会えたというだけでもこの逃避行をやった意味があったというものです。

 

 これだけでなく、他にも多くの人達との思いがけない素敵な出会いがありました。

 皆が皆良い人たちばかりという訳にはいかないですが、私を驚かせたのは予想以上に良い人たちばかりだったということです。

 浮浪者の身でありながら親切に助けてくれる人、お金がないと知ると食べ物を恵んでくれる人、暗い顔をしていると話しかけて楽しい話をしてくれる人。

 警察官として市民のために働くというのは当たり前のことでしたが、本音を言うとキヴォトスの一般市民は基本的には乱暴者ばかりの困った存在だと常々思っていました。

 それはテロ制圧だったり暴動鎮圧だったりが公安局の主な仕事だったせいも確かにあります。

 ですが我々警察が本当に守るべき相手とは誰なのかというのを、実際私はよく知りませんでした。それは恐らく公安局員のほとんどに共通して言えることだと私は思うのです。

 公安局のオフィスという狭い世界に閉じこもっていたままでは決して知り得ることのなかったその実体を掴めたことは、私にとってとても有意義なことでした。

 誰が為の正義なのか、誰が為の警察なのか。

 実際のところそこに善悪の観念はそこまで重要なものではなかった。

 理想を語ってもついてくるのは空想の秩序、そうではない地に足の着いた志が何よりもより良い現実のために必要なものなのだと。

 そんなことは言っても、もう私は警察官ではないんですけどね。

 

 そんなふうに気ままに放浪とした日々を送っていると、いつの間にか腕時計の短針は優に二十は超える数を回転してしまい気が付けばもう逃走のための資金もほとんど底をつきてしまっていた。

 体力的にも精神的にももう限界だった。

 足はとうの昔に棒どころか鉄のように固くなり、調達した服の繊維も所々擦り切れており、腹の虫は昨日から鳴りっぱなしであった。

 もう、マトモには動けないな。

 そんなこんなで最終的に私が転がり込んだのは、ここ子ウサギタウンの再開発予定地域の一画にある廃ビルの中だった。

 

 人気のないビルの中をおっかなびっくり進んでいき、私は今日の寝床になりそうな部屋を選んで入ってその部屋の隅にペタリと座り込んだ。

 オフィスを出る時はパンパンに詰められていたが今やぺちゃんこになってしまった鞄を脇に置き、私は今手元にあるものをひとつずつ確認していく。

 2日前から節約しながら食べていたパンの残り一口分、同じく2日前からポケットティッシュを使い節約しながら舐めていた飴玉、あと炭酸の抜け切った少量の炭酸水。口に入るようなものはこれだけか。

 その他の道具類などは、まずヴァルキューレ制式拳銃及びその弾倉が一つ、ビニール袋に入れてとってあるヴァルキューレの制服とその他の服、ヴァルキューレの警察手帳兼学生証、安物のサバイバルナイフ、駅前で配られてた無料ポケットティッシュ、暖を取るために使っていたマッチ棒の最後の一つ。

 

 ちなみに学生証にはキャッシュカードとしての機能も付いているが、警察時代にこつこつと貯めていた預金残高の大半はヴァルキューレから逃げる時に使ったエンジニア部特製装備品の開発費用に消え、更に先輩たちの追跡を誤魔化すためのダミー行動による所要の出費と服の購入等で雀の涙ほどのものになった。

 そしてスマホはヴァルキューレ支給のものは位置情報の発信機能があるのでオフィスに置き去りにし、個人で使用していたものは自由に使える現金調達のため早いうちに質に入れた。

 古い機種だったためにそこまでお金にはならなかったがそこそこの額にはなり、そのおかげで服が色々と買えたのは幸運だった。そのため着る服にだけは今の所困っていない。

 

 現状の確認作業を終えて私は鞄を枕にして横になった。

 ティッシュに包んで保存していたなけなしの飴玉を口に含んで目を閉じる。

 口の中に仄かに広がる優しい甘さに頬を綻ばせながら、「ここらが潮時かな」と何となく思った。

 意地を張ってほとんど誰にも頼らずここまで来たは良いが、もうこの先の展望はまるで見えない。

 金も、食料も、物資も尽きた。

 文字通り今までの私の人生の全てを吐き出し終えて、私は今埃くさい廃ビルの一室の隅で寝転がっている。

 それが清々しいやら虚しいやら。

 苦境には慣れっこな私も流石にちょっと疲れてしまった。

 今まで経験してこなかった様々なことを一気に経験し過ぎたというのもあった。

 

「はぁー、覚悟はしててもやっぱりしんどいですね。まあでも、自分勝手に辞めて出てきた身ですし、あれだけの啖呵を切ったんですからこれくらいで弱音を吐いてちゃ、散々にこき下ろしてしまった公安局のみんなに恨まれますよ。公安局から逃げ出してまで私自身が望んだ末路がこれなんですから。というか、公安局相手にこんなに逃げ切れてるのって我ながら結構凄くないですか。もう多分二週間近いですけど。体力勝負ならまず間違いなく瞬殺されるというのに、私って案外スパイ向きかも? まあいざという時にやられるんじゃスパイ失格ですけどね。かの有名なスパイのような色気は私には皆無ですし」

 

 空腹を誤魔化すために虚空に向かって独り言を喋り続ける。

 気力はもうとっくに限界を迎えているのに空腹のせいで全く睡魔が訪れないのだ。

 私の言葉に相槌を打ってくれるのは今や私の腹の中で飼っている虫だけ。

 今の私の相棒はこの腹の虫と買った初日に刃こぼれしてしまった安物のサバイバルナイフだった。

 特にサバイバルナイフの方は初日にダメになるところが私そっくりで、親近感の余りこの子には特別に『コマ2号』の名前を与えてやった。

 切れ味は悪いが意外と頑丈で、これで突いたり叩いたり潰したりと中々どうして私よりも使えるやつである。

 お金が使えない時は道端に生えている食べられる植物を『コマ2号』で何とか口に入れられる形にして無理やり飲み込んだりもしていたものだった。

 決して涎が出るような思い出ではないが、そんな記憶にすらぐぎゅるると腹の虫が何も言ってないのに返事をよこす。本当にお前だけはいつでも元気で羨ましいよ。

 

「ああ、お腹減った。減りすぎて減ってないくらい減った。これからどうしますかねえ。いざとなったらブラックマーケットで闇バイトでもするかなあ、でも犯罪に加担するのは嫌だなあ。いっそレッドウィンターに行ってサバイバルでもしましょうかね。熊が出なけりゃ問題はないんですが」

 

 この旅での私の目的はもう果たしたと言っても良いだろう。

 私は私自身の目でこのキヴォトス、そしてD.U.の人々の営みを見たかったのだ。

 治安を守るために日々奔走する警察官としてではなくキヴォトスで生きる一市民として。

 そうやって色んな場所を巡り巡って得た収穫に私はもう十分満足してしまった。

 そこに生きる人々の生活は騒がしくも希望と活力に満ちたものだった。

 ヴァルキューレが守るべきキヴォトスの日常はかくも美しいものだと改めて気づくことができた。

 これによって私の警察官としての最後の思い残しは完全に消え失せてしまった。

 あとは、この燃え滓となった私がどう生きるのか、ということだが。

 

 もう今度の今度ばかりは、ここらでやめにしても良いのかもしれない。

 矮小な自分に出来ることは全部やれて、感じれるものは全部感じた。

 死ぬ勇気なんて臆病な私には更々ないが、ここで朽ちるならそれでも構わない。

 空腹の辛さで弱った心に任せて私らしくもなくそんな阿呆な、本当に阿呆なことを私は少しだけ本気で考えた。

 

 まあ、明日は明日の風が吹くでしょう。

 考えるのはそれからで。

 

 私がこの先の生き方を決める前に、待ち望んでいた睡魔がようやく私の元にやってきたようだった。

 床は冷たく枕は硬いが、こんな環境でも睡眠だけは今の私に与えられた極上の贅沢だ。

 心地良い微睡に身を任せ眠りに就く瞬間は何にも代えがたい幸福感で包まれる。

 瞼を閉じる寸前に部屋の前から複数の足音が聞こえてきた気がしたが、私はやっと訪れた生理的本能に抗えず意識は完全に落ちてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

                          

 

 

「あっ、リーダー見つけましたよ。こいつですよ、見るからによそ者の癖に一昨日我々の残飯スポットで横取りを働いたのは」

「ああ、彼女に間違いないな。三ツ星グルメ『蝶國栄』の絶品残飯を我々から奪ったのは。しかも無断で掻っ払っていく我々と違い店に頭を下げてまでそれを我々から奪うという卑しさ醜さ、なんとも罪深い。よし、彼女は見ぐるみ剥がしアンド川流しの刑に処す」

「了解です」

「リーダー、これこのまま流したら不味くないですか。沈んじゃうかも」

「ん? ああ、ならそこらへんのペットボトルを紐に結んで適当に巻いて流そう。川といっても底の浅い用水路だから大丈夫だろう。流れも弱いしせいぜい500メートルほど流されて翌日風邪に苦しむ程度だ、問題はなかろう」

「了解っす」

「ふふふ、我々の生存権を犯した罰だ、存分に苦しむがいい。おっ、学生証持ちだな。新品同様な銃も持ってるし、これは小銭になりそうだ」

「やりましたねリーダー」

 

 

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