公安局の石つぶて   作:もずくスープ

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@ポチの戒体

 

 

「ひぃ~、命だけはお助けを! お慈悲〜!」

「やかましい! アホなこと言ってないでさっさと武器を捨てて大人しく投降しろ!」

 

 公安局員たちが怒声を上げながら逃げ惑う浮浪者たちを追い立てているのを横目に見る。

 蜘蛛の子を散らすが如く惨めに散開する浮浪者たちは戦闘を放棄してめいめいの方向に走り回っている。

 彼らが腕や腰に携えている装備は分不相応にも充実したものだ。

 本来なら精鋭と自負する我々公安局といえども、慢性的な財政難により装備品調達にも苦心するヴァルキューレにとっては割に手こずる類の連中だった。

 

 しかし今一人の浮浪者を撃ち倒した公安局員のその手の中にはカイザーインダストリーから提供を受けた高性能な銃器が握られ、その体には高価な防弾装備が一様に装着されていた。

 銃弾すらも相応にHEIAP弾(徹甲炸裂焼夷弾)EXACTO弾(精密誘導追尾弾)など、高威力高性能だが使い所が無い上にやたら高価な弾を中心にカイザーからの提供を多数受けて使用していた。

 その効果は追い出し作業の進捗状況に如実に表れ、以前の苦労が嘘のように計画の経過は順調そのものとなったのだった。

 

 カイザーインダストリーとの利害関係を構築してからというもの、防衛室からせっつかれていた子ウサギタウンの建設は驚くほどスムーズに進んでいった。

 辛うじて抵抗を続けていた一部の一般市民は重武装の公安局を前に諦めて大人しく出て行くようになり、民間の企業もカイザーからの根回しか次々とその土地を放棄して街からの事業撤退を決めた。

 なお逆らう者があれば暴力を以てそれを挫き排除し、そうして強引に手に入れた土地や権利を私たちは優先的にカイザーグループに譲渡還元していった。

 その結果子ウサギタウンは大半がカイザーグループの所有する地となり、子ウサギタウン建設事業は最早我々とカイザーの共同のものとなっていた。

 明らかに違法な利益供与だがそれでも円滑な職務遂行のためには私たちにそれを受け入れる以外の選択肢はなかった。

 

 とにもかくにも計画は万事が順調。

 私たちの仕事はかつてのどの任務より捗り今やいかなる障害も瑣末なものとなり、成果を上げていく中で図らずも公安局はその任務遂行能力を証明していった。

 先日防衛室長と面会した時などにはあのいつものねちねちとした圧は鳴りを顰め、その成果を手放しに褒められた程だった。

 素直に人を褒める防衛室長など私の目にはひたすらに不気味に映るだけだったが、私の不審がる態度など彼女は気にも留めずその時点でほとんど計画は成就したかのような口ぶりで上機嫌に私に労いの言葉をかけていた。

 しかし私はその変化に何一つ喜べないでいた。

 汚い取引の上でこそ成り立つ績だ。やっていることも我々警察の行うべきことか甚だ疑問だった。

 進んでいく計画とは反対に全く成果の出ない捜索も日に日に私の精神を蝕んでいった。

 誰に褒められようと私の心は露とも晴れることはなく、むしろそれをされる度に皮膚と血管をじりじり炙り続ける焦燥が私の内側で燻るのだった。

 

 私たちが三黒のものらしき制服と学生証を発見したあの大雨の日以来、三黒の痕跡はあの廃墟を最後として一つも見つからなくなった。

 その周辺をどれだけ丹念に調べ上げても髪の毛一本として発見できず、私たちの捜索活動は完全に行き詰まってしまった。

 時間だけが徒に過ぎていき、彼女の身の安全はより不確かなものとなっていく。

 その過程で私の焦りはますます大きくなっていく。

 ただ彼女の潜伏が成功しているのだと呑気に考えることも出来たが、そう思い込むにはこの不自然な沈黙は私の耳には余りにも痛い。

 ここまで何も出ないということは本当に既に手遅れということなのか?

 誘拐。口封じ。拷問。そして最悪の場合には…………。

 その想像に行き着く度に私は額に拳をぶつけて正気を保とうとする。

 恐怖を打ち消すように不眠不休で公務と捜索を回す中で、私の精神的余裕と思考の余白は一層削れていった。

 

 局員の一人が手に持っていた銃を肩にかけ直しながら小走りで寄ってきて私に敬礼する。

 

「お疲れ様です局長。報告を……の前にあの、大丈夫ですか? 気分が優れないようでしたら後は我々に任せて局長は休息を」

「いや、心配いらない。責任者が現場に居ないでどうする。それよりも状況だ、鎮圧は終わったか?」

「……はっ、では報告いたします。現時刻をもちましてこのビルを根城にしていた武装集団の全構成員の掃討が完了致しました。エレベーターシャフトに隠れていた当集団のリーダーと思しき人物もひっ捕え、現在こちらに連行中とのことです」

「そうか、ご苦労。確認されていた火事場泥棒集団というのも、ここの連中で間違いないか」

「はい、ほぼ確実かと。倉庫代わりにしていた事務室から盗品と見られる品物が大量に発見されました。立退のために荷物を移動中の市民や退去完了後の店舗を襲撃し強奪を行ってここに運び込み物資を蓄えていた模様です。彼ら曰く、冬を越すために真面目な働き蟻の如く地道に集めてきたのだとか申しております。けったいな蟻がいたものですね、まったく」

 

 死骸に群がるという意味では言い得て妙かもしれないな。

 その死骸を生み出しているのは我々警察なわけだが。

 

 手に馴染まない銃を肩に抱えて私は長く息を吐き、倒れ伏した浮浪者たちに次々と手錠を掛けて転がしていく局員たちの姿に目を向けた。

 つい先ほどまで銃弾飛び交う一方的で無様な鬼ごっこが展開されていたこの場所は古い流行りの内装のコンクリートモールだ。

 周囲を見渡してみると流れ弾や跳弾が壁体やガラスに突き刺さって建物表層はみるも無惨な有様だった。

 いつもなら後始末のことを考えて頭を抱えたくなる光景だが今回ばかりはその心配は必要なかった。

 

 この建物は駅前商業ビルとしてかつて栄えたうちの一つで、不況によりテナントやビルオーナーが撤退すると次の買い手がつかず土地の権利だけが浮き上がってそのまま解体もされずに放置されていた廃ビルだ。

 オフィスには物や書類が散乱し、飲食店が入っていたテナントには退去時そのままの状態で埃が積もっている。

 まだ建物の資産価値のある他の物件ならまだしも、ここのように再開発において建て壊す前提の古い建物においては戦闘による損壊を気にしなくていい。

 そのため追い出し作業も頗る捗った。

 浮浪者連中にとってはここは冬を乗り越えるために都合の良い要塞だったかもしれないが、皮肉にも追い出す側の我々にとっても都合の良い射撃場だったというわけである。

 

 ともあれ今回制圧した連中は市民への攻撃もさることながら、ヴァルキューレや実際の工事作業を担当するカイザーコンストラクションの従業員への攻撃も盛んに行っていた。

 解散消滅した他の集団からの流れ者を吸収し纏めていたのもあり、残っている武装勢力の中でも恐らく一番大きな勢力だった。

 つまり逆説的にこの連中の壊滅でここら一帯の放浪者集団はほぼ排除し終えたとも言える。

 これで子ウサギタウン再建設事業は成就に向けまた大きく前進したわけだ。

 

 その事実に素直に喜べず複雑な心境でいると、局員の一人に無理やり引き摺られながら一人の浮浪者が私の前に姿を見せる。

 あれがシャフト内に隠れていたというリーダー格の人物だろう。

 多数の武器弾薬を体に身に付け、腰にはサバイバルナイフ、頭にはブランド物のキャップと浮浪者にしては身なりの上等な、ホームレスというよりは如何にも俗っぽいサバイバリストといった風姿だ。

 推測だが身につけているものの大半は盗品に違いない。

 連れてこられたその浮浪者は床に跪かせられるなり私に向かって喚き散らした。

 

「くそっ、ヴァルキューレに何の権限があって我々ホームレスをここから追い出す!? これは立派な市民への攻撃だろう! 定住の地なきホームレスにも人権はある。これは生存権の侵害だ!」

 

 何を言うのかと思えば、取るに足らない戯言だった。

 一考の余地もなく即座に私はそのサバイバリスト擬きに吐き捨てた。

 

「税金も払わず労働にも従事しない、その上火事場の窃盗強奪まで働きながら言うに事欠いて貴様らが市民だと? 笑わせるなクズどもめ、貴様らに人権などない。可笑しな思想の拡散と多数の洗脳行為も認められている。これは歴とした公務執行対象であり、貴様らのような準テロ組織の取締は我々公安局の管轄だ」

「ハッ、思想の拡散だと? それはアホのデカルト率いる『所確幸』の連中のことだろう! 『無所有の求道』などと御為ごかしに戯けたことを抜かす奴らと我々は違う。我々の本願は『誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃあ駄目な生』を実現することにあり、決してそんな不埒な宗教活動に精を出す暇などないのだ。略奪行為など全く身に覚えもない、何者も脅かさず何者にも脅かされずが私たちの信条だ!」

 

 ここの浮浪者たちのリーダーらしいそいつの言葉に、同じように拘束され転がされている連中が「そうだそうだ!」と口々に同意の言葉を喚き立てる。

 まるでアナーキストかリバタリアン気取りだな、社会の膿どもが。

 健全な社会参画の精神は育たなかったくせに減らず口と自尊心だけは立派に育ったらしい。

 私は苛立ちの余り手を出しそうになるのを堪えて、口には口でとその馬鹿に顔を寄せた。

 

「……誰も脅かさない、か。なら貴様らの保有していたこの大量の武器弾薬、そして食料品などの備蓄はどこから仕入れたものか、説明してもらおうか。この量の物資を貴様らのような碌に働きもせず『怠惰自堕落我儘な生』を送るホームレスが自前で用意したと言うのか?」

「それは……慈悲深い方々が我々に恵んでくれたのさ。そうだ、サポーターだよ。冷血非情な警察と違って世の人々は情け深いからな。自由を求め社会の束縛に抗う我々が貧するのを見て、彼らはその崇高さに感動して堪らず援助を申し出るのだよ。つまりお布施というやつだ。ドゥーユーアンダスタン? 分かったらこの手錠を外せ権力のポチめ!」

「……貴様」

「きょ、局長! 倉庫室から押収した武器の中にこれが」

 

 なおもこちらを挑発するように減らず口を叩くそいつに私が顔の筋肉を引き攣らせていると、横から一人の局員が割って入り何かを載せた手を私の方に差し出した。

 苛立ちを隠せず首を払うようにしてそちらに目をやると、そこにあったのは純白のホルスターに包まれた小ぶりな拳銃だった。

 私たちには実に馴染み深い、それはヴァルキューレ制式拳銃だった。

 

 瞬間的に、私は目の前のクズの小賢しい言い分など全て忘れ脳に回った血が激しく沸騰するのを感じた。

 内側を張り裂いて飛び出してきそうな衝動を理性で必死に抑え込み、努めて冷静にそいつに問いかけた。

 

「おい。これはどこで入手したものだ」

「は? ……ああ、そのちゃちな銃は。あ〜、どこかの川辺りで誰かが拾ったものじゃないのか? まあその程度の拳銃なら子供でも持ってるし、そこら辺にもよく落ちてるからどこで拾ったかなんて一々覚えてないな。ただ豆鉄砲でも銃は銃だから、放置は良くないと思って拾ったというだけのことだろう。小銭にもなるしな、……おっとこれは失言」

 

 シラを切るつもりなのか本当に覚えていないのか、余裕の表情でつまらないことを話すかのようにそいつは答えた。

 腕が自由なら鼻でもほじくり出しそうな調子だった。

 

「事を良く理解していないようだな」

 

 私は寝惚けた返事をするそいつの横面を思い切り銃床で殴り付けた。

 鈍い音がモールに響き渡り一瞬の静寂を生む。

 顔をコンクリートの壁に勢い良く打ちつけ呻きをあげるリーダーを心配するように他の浮浪者たちが声を上げるが、思い思いに転がされたその連中の足元に私が一発銃弾を撃ち込んでやるとすぐに静かになった。

 各方向から向けられる煩わしい視線に一切構わず、私は壁際に蹲るそいつの横にしゃがみ込んで再び口を開いた。

 

「この拳銃は我々ヴァルキューレにのみ支給される銃のうちの一つだ。ヴァルキューレの生徒は支給された銃を警察官自らの一部として学生証と共に丁重に管理することを規則として定められている。それを紛失したり売却したりすることは規則上許されず、紛失した場合には必ず届出を提出し故障交換時には返却が義務付けられている。違反した者には懲戒処分など重いペナルティが課される。この意味が分かるか? つまり、貴様らがヴァルキューレの生徒を襲って奪うようなことをしない限り、ここに、この銃が、あるはずがないんだよ。そして偶然にも、ああ偶然にもだ、最近この付近で痕跡が発見されたのを最後に完全に行方の分からなくなったヴァルキューレの生徒がいる。その生徒は私の後輩で部下だ。非力な奴だ、貴様らのような徒党を組んで略奪を行う卑劣な連中に襲い掛かられたらひとたまりもないだろうな。なあ、お前はどう思う」

「そんなの、ぐっ、知るかぁ。その規則とやらを破ったやつが、いたんだろう。ヒッ、まって、暴力はやめ」

 

 なおも惚けようとするそいつの首元を掴んで持ち上げ、今度は鼻面を打ち上げるようにして銃床で打った。

 再び鈍い音を立てて勢いよく後ろに転がっていったそいつは連中が散々溜め込んでいた物資が収められている段ボールの山の中に激しく突っ込んだ。

 今度は雑音はどこからも立たなかった。

 私は静まり返った廃墟の硬い床を踏み鳴らしながらゆっくりと近づき、箱の山に埋もれたそいつを引き摺り出す。

 力なく四肢を垂れさせるそいつの襟首を片手で持ち上げて、無理やり目線の高さを合わせて再度問いかける。

 

「もう一度だけ聞く。どうやって、この銃を手に入れた」

「ぐ、がっは……わ、我々から残飯を掠め取った小娘が持っていたんだぁ! 呑気に寝ていたから持ち物を奪って、ちょっと東の水路に放置しただけだよっ。余所者だから礼儀を分からせるために、か、風邪でも引かせてやろうと思って。ヴァルキューレだなんて知らなかったんだ許してくれえ!」

「ッ貴様ァ!!」

 

 決定的な言葉を放ったそれに私は今度こそ頭に巡る血の気を激情と共に抑えることなく解放した。

 持っていた襟首を下に投げるようにしてその顔面をコンクリートの床に叩きつける。

 劣化した躯体は容易くひび割れそいつの頭は半ば床と同化して沈んだ。

 痛みに顔を押さえ床の上にひっくり返ってのたうち回るそれのガラ空きの土手っ腹に、私はそのまま高威力の炸薬弾を猛る感情のままに撃ち込んだ。

 一発撃つたびに打ち上げられた魚のようにビクビクと激しく体を跳ねさせるその様子を、転がされた浮浪者連中や側に侍る局員たちが真っ青になりながら傍観しているが、私は構わず引き金を振り絞った。

 いくら苦悶の声をあげようが一切構わず、私は一発一発確実にそいつに弾丸を撃ち込んだ。

 気がつけば全弾薬を撃ち切っており、薬室は空となってダストカバーが開いていた。

 過呼吸状態の私の吐息の音だけがモール内に響く中、そいつはまだ僅かに震える腕で弱々しく床を引っ掻き私から逃れようとしていた。

 私はそれを見てなお怒りが収まらず、腰に下げた次の弾倉に手を伸ばそうとした。

 しかしその手は先程私に報告を行ったその局員の腕によって阻まれ、彼女は押さえ込むようにして私に抱き付いて制止した。

 

「きょ、局長! それ以上は流石に不味いですよ!」

 

 何故私を止める、お前は悔しくないのか?

 腑の中で荒れ狂うその激情のまま私がその局員に目を向けると彼女は短く喉の奥で悲鳴をあげたが、すぐに気を持ち直して「駄目なものは駄目ですから! 落ち着いてくださいカンナ局長!」と私に叫んだ。

 彼女は誰にも保護されなかったというのに、目の前の下衆に何故それを与えてやらねばならないんだ。

 私は理不尽への悔しさと怒りを発散するかのように大きく舌打ちを打って眼下のそれを視界から排除し、冷静さを欠いたまま感情の揺れによる息切れを誤魔化すため大声で命令を飛ばした。

 

「この、溝鼠共を一人残らず今すぐヴァルキューレ本部地下の檻にブチ込めッ! 聴取は私が行う、ただで済むと思うなよこの外道等が!」

 

 弾かれたようにして局員たちは慌ただしく浮浪者どもの腕を掴んで歩かせ始め、連中は先程まで喧しく喚いていた元気が嘘のように大人しく連れて行かれた。

 私はその様子を傍目にまだ抱き付いていた局員の腕を振り解き、瓦礫の上に乱暴に座り込んだ。

 荒くなった息を整えようとするが動悸は全くおさまらない。その上急激に血圧を上げたせいか頭が揺らされているようにガンガンと痛む。

 口をついて出そうになる悪態を抑えるため奥歯を強く噛み締めると喧しいくらい歯の軋む音が頭蓋に響いた。

 煩わしさに一つ息を切って視線を上げると、その先にいた公安局員の一人と目が合うなり彼女は飛び上がって逃げていった。

 驚いて視線を逸らすとまたその先にいた局員が咄嗟の様子で持っていた銃で私から顔を庇いながらへたり込んでしまった。

 他の局員たちもそこまでではないものの私と目を合うと後退りしたり顔を逸らしたりしていた。

 馬鹿な、私は化け物か?

 頭痛はしばらく治まりそうになかったが、その様子を見て私は少しだけ罪悪感と共に冷静さを取り戻した。

 

 手の甲に額を当て深呼吸を繰り返しやっと少しの平常心を取り戻したところで、焦りのせいか疲労のせいか、改めて私は感情の抑制がコントロールできていないことを自覚する。

 完全にやり過ぎだ。

 報復にしてもあれ程まで執拗に攻撃して、なお追撃を加えようとするのは流石に異常だった。

 私は自らの軽率な行動に堪らず片手で顔を覆った。

 

「何をやっているんだ私は。そこまで愚かになってしまったのか……?」

 

 犯罪者共のみならず部下の局員たちまで畏縮させるような蛮行愚行を局長である私が犯してどうする。

 そうでなくとも拘束後の人間の扱いはより慎重であるべきだというのに、これを理由にして公安局の立場が悪くなったらどう責任を取るつもりだというのか。

 

 諌めるように自問し昂った感情を鎮めようするが、しかしそれでもやはり無防備な状態で襲われた三黒のことを思えばこの下劣な連中に対して腹に据えかねない感情が新鮮に迸ってしまう。

 理性は反省を促しているが本能はもっと痛めつけるべきだと未だに主張していた。

 

 いよいよ末期かもしれない。

 体力には自信もあり今まで多少の無茶も通してきた私だが、今回ばかりは適度な休息の必要性を強く実感した。

 行動を焦ってもいざというときに冷静さを欠いては本末転倒だ。

 公安局長という私の肩書きは私だけのものではない、私が抱える部下たちの立場を支えるものでもあるのだから。

 私がしっかりしていないでどうする。

 

 私の呼吸が幾分落ち着いたのを見るや私を制止した局員が袖で冷や汗を拭いながら座り込む私の横に立った。

 私の身じろぎ一つにびくっと震える彼女に構わず、私はできるだけ感情を排しながら独り言のように言葉を吐き出した。

 

「こいつらが三黒を襲った連中で間違いないだろう。寝込みを襲って服や物を全て奪い彼女を東の用水路に放置、学生証を使って現金を引き出した後金目にならないものをあの廃墟に捨てていった。そして我々がそれを発見した。そんなところだろう」

「……さ、左様でございますね。彼女は自らの意思で移動したのではなく流された結果我々の捜索範囲から逃れたということでしょうか。ですがあの日は大雨でした。川に放置されたタイミングにもよりますがもし意識のない状態で流されたのだとしたら、最悪、溺れてしまった可能性も……」

「……街の外部にある東水路系の河川沿いに捜索の人員を割け。確かにその可能性も低くはないが今は広い川の底を浚う時間も人員もない。その仮定は排除して捜索にあたれ。日数は経っているがまだ何かしら痕跡が残っているかもしれない。仮に第三者の隠蔽工作があったとしてもそれならむしろ不自然な点が目立つこともある、注意深く観察しろ。ある程度目処が立った建設業務からやりすぎない程度に人員を引き抜いても構わない。とにかく、至急だ。他に動かれる前に至急三黒の足取りを再び掴むんだ」

「はっ、了解しました!」

 

 返事と敬礼を返して彼女は私から離れていく。

 彼女の後ろ姿を見ながら私は張り詰めた気を呼吸と一緒に肺の底から吐き出し、気付けばまだ握りしめていた銃を脇に置いた。

 

 何はともあれ、これで三黒に関する情報が新たに得られたことは確かだ。

 子ウサギタウン再開発業務においても、ある程度先の見通しが立って余裕も生まれた今がチャンスだろう。

 これをきっかけにして事態が好転することを祈るしかない。

 

「更紗がいれば三黒をよく理解している彼女にも直ぐに捜索に加わって欲しいところだが……」

 

 局員たちが動き回るモール内を見渡すが公安局の部長である更紗の姿はここにはない。

 彼女は今私たちと行動を別にしていた。

 

 以前更紗とヴァルキューレ内部の動きが怪しいという話をしたが、その件で調べたいことがあると言って彼女は一度現場から離れることを先日私に打診した。

 話を聞けば資材運搬のための車両手配をしに他支部に赴いた際に不審な人物の出入りを確認したらしかった。

 少し調べてみるとそれがどうにも地元大手ゼネコンの下請け業者の事業部長だったようで、警察内のリストではマフィアとの関係が疑われている人物だったという。

 リストに載るような人物と警察自らが頻繁に接触しているという事実にきな臭さを感じた彼女は、上層部と企業の関係について何か掴めるかもしれないと自らその調査に乗り出したいと私に申し出たのだ。

 私もそれを聞いて確かにそことつながる可能性は少なくないと直感的に思ったが、危険だと判断し一度は彼女の具申を却下した。

 それはまぎれもなく我々の管轄外である内部調査であり、万が一発覚すれば冗談では済まされないことだった。

 だがそれに対し個人として動くため公安局に迷惑は掛けないという更紗の言葉と、上の思惑を知るためにもこれは必要なことだと頑なに私を説得する彼女の強い意志に、私は折れて許可を出した。

 

 実際のところ、私たちが知り得ていることは余りにも少ない。

 現場では常に動き回らねばならず並行して捜索活動も行い、更に内外の動向も把握するには我々には時間も労力も圧倒的に足りていない。

 危うい立ち位置にある三黒を事情を隠したままの上層部と半ば競い合うように探す中で、それはあまりに致命的だとは私も以前から考えていた。

 しかし調査に人員を割くにしてもその配分に関しては難しい問題もあった。

 一度に探ろうと人を多くすればこちらの動きが相手に漏れる可能性は高くなり、他の作業と両立させようと少なくし過ぎれば個人の危険が高くなる一方で情報収集は捗らない、その間をとろうとすれば全てが中途半端になってしまう。

 だが更紗なら、戦闘能力もさることながら捜査時の立ち回りも上手く情報活動にも長ける彼女ならその難しい役割を個人で担えるのではないかと、渋々ではあるが確かな期待も込めて私は頷いたのだ。

 

 出来るだけ早く戻り報告すると私に礼をして出て行った彼女を見送ってから、今日で二日が経つ。

 すぐに結果が出るとは私も思っていない。こういった活動は粘り強さがものをいう。

 短くても彼女が戻るのに一週間弱は時間を要するだろうと私は見ていた。

 けれど本音を言えば、細かい指示役として私と局員たちの間に立っていた彼女が抜けた現場の不安や、部下を危険な役に駆り出すことになった私の心境からして、公人としても私人としても私は一刻も早く彼女が現場に戻ることを願わずにはいられなかった。

 何より三黒発見に繋がるかもしれない情報が新たに入ったことを、彼女の入局以来の付き合いである更紗にも早く知らせてやりたかった。

 

 未だ慌ただしいモール内を見やると、部長の欠けた現場は多少チグハグとしながらも一人一人が与えられた役割を全うしようと今やるべきことを必死にこなしている。

 私の命令を受けたさっきの局員は数人の局員たちに声をかけながら、浮浪者たちの護送に関してもテキパキと指示を出していた。

 他の局員たちは連中が蓄えていた建物内の物資の移動や、建物解体時のための構造把握や疲労検分にそれぞれ手を動かしていた。

 思えばこの一ヶ月余り、彼女たちには本来の業務とはかけ離れた仕事ばかりさせてしまっている。

 局長である私が毅然とした態度で防衛室や上層部と対峙できていればここまでいい様に使われることもなかっただろう。

 しかし情けなくも政治のいろはも知らない私が無闇に上に楯突いたところで丸め込まれるか失脚させられるのは目に見えていた。

 

 それに言い訳をするわけではないが、私が公安局長の役を拝命するにあたり前局長は私にそれを求めなかった。

 公安局長としての私に期待していることは政治ではなく武功であると、それが公安局を守る力になると、そう言われたがために私はこの地位を引き受けたのだ。

 だが蓋を開けてみればどうだ。やはり私には無理だと思わされるようなことばかりだった。

 上の圧力、三黒の離脱、子ウサギタウンの建設、企業との不正取引。

 結果そのどれもこれもに私は上手く対応できず、ほとんど言われるがままなすがまま状態でずるずると事態を悪化させていき今に至る。

 ただ犯罪者に厳しく任務に忠実な「狂犬」であろうとしてきただけの私に、三黒や他の局員たちを守るだけの力が果たして本当にあるのか。

 私はここ数日そんなことをばかり考えている。

 それは単なるネガティブから来る思考でもなく、図らずも私本来の在り方を思い返した結果のものだった。

 

 それでも推してくれた前局長や今の公安局員たちのためにとここまでやってきたが、正直限界も近い。

 煤と埃で汚れた自らの手に視線を落とし私はじっと目を凝らした。

 この不本意な職務をやり遂げ、もし三黒の身柄も無事確保できたなら。

 その時には私は……。

 

 私はその先のつまらない妄想を強引に打ち切って、今は目の前の彼女たちと同じようにやるべきことをやるだけだとすっかり重くなってしまった腰を上げる。

 いずれにしても、その時は遠からず訪れる。

 ここまで来てしまった以上どんな結果が待ち構えていようとも立ち止まることは許されない。

 たとえその身と名が汚辱と不名誉に塗れようとも、前に進むことのみが今の私にできる最善であると。私は強く自分にそう言い聞かせて、汚れた手をそのままに再び傍の銃を掴み取った。

 

 

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