公安局の石つぶて 作:もずくスープ
二年に上がりました。
だからどうだという話である。
色々と人事変更が行われて皆がフレッシュな気持ちで机に向かっている中、私は相変わらず皆の雑用係です。
ひとつ変わったことがあるとすれば後輩たちが入ってきたことですかね。
ギラギラとした目つきの新人どもが毎日いそいそと動き回っています。
同期たちと成果争いを繰り広げ我先にとオフィスから飛び出していく彼女らの様子を、コワモテ先輩のデスク磨きに勤しむ私が横目に見る。
私にもあんな時期が……、はい、ありませんでした。
ほぼ筆記の成績だけで公安局に入局した私は初日からテンパって、現場急行中にパトカーをスリップさせ無関係の銀行に突っ込み始末書を死ぬほど書かされました。
今となっても苦い思い出です。
ところで最近オフィス内、いやヴァルキューレ全体が忙しない。
それに加えて何だか皆妙にそわそわとしている。
新年度だからというのもあるんでしょうが、それにしては空気感に棘があるというか殺気立っているというか。
何があったのか先輩に尋ねると、曰く連邦生徒会長の失踪のせいでキヴォトス全体が慌ただしいのだとか。
その煽りで治安も悪化、当然我々警察は多忙となり自然と皆ピリつくというわけだ。
更には異世界から来た大人によるシャーレなる超法規的連邦捜査部の発足によって、正規の調査機関なのにただでさえ権限の低いヴァルキューレ警察の捜査権がさらに縮小されないかと、お偉方加え皆気が気でないのだとか。
先輩が怖い顔をして訥々と語るので私も真面目な顔で頷くが、ほとんど私には関係ない話なので脳内で鼻くそをほじりながら聞いています。
こういうところが無能たる所以なんですかね。
ちなみにコワモテ先輩は春の昇格人事で公安局部長に昇任しました。
くそっ、こんなパワハラ女の何処に評価される所があったというんだ!
人事部の目は節穴かっ!? 腐っているのか!?
はい、普通に優秀だからですね。
言動が粗野なことと私に対する扱いが著しく雑なこと以外は人望も厚く結果も出している有能な先輩です。
その有能さを少し私にも分けて欲しかったですね、ついでに私への優しさも添えて。
「三黒」
そういえば、年度が変わって変化したことがもうひとつありました。
他ならぬ私自身のことで。
書類を片付けながらダラダラと愚痴をこぼす先輩に適当な相槌を返す私の後ろから、声を掛ける人物があった。
三黒、みくろ……、聞きなれない名前ですが私の苗字です。
私は慌てて振り返って敬礼しました。
「は、はっ! お呼びでしょうか尾刃局長殿っ!」
「三黒という苗字はお前以外いないだろうが。あと殿はやめろ」
尾刃局長が親指を立てて「ちょっとツラ貸せや」の仕草をしていました。
局長の険しいお顔も相まってさながらヤンキーにシメられる5秒前みたいな光景ですが、しっかりと仕事の話です。
そう、私は少し前からちょくちょくこうして尾刃局長に呼び出しをくらうようになりました。
後ろでは先輩方がヒソヒソと噂し始めますが、私は構わず先導する尾刃局長に着いて行きます。
きっと先輩方も日頃の努力(主にお茶汲みなど)が認められて並み居る同期たちを差し置き「すわ出世話か!?」と戦慄しているに違いない、と思いたいところですが実際は昇進してストレスの絶えなくなった局長のサンドバックにされてるんじゃないかと思われているみたいです。
この間先輩に露骨に心配された挙句服を脱がされてまでして確認されました。
二重の意味で恥をかきましたよ、ええ。
あなたたちは私と尾刃局長のことを一体何だと思っているのか。
署内を移動し滅多に人が来ない通路まで到着し人気がないことを確認すると、早速尾刃局長が口を開きました。
「シャーレについての調査の件だが……」
「はい、問題なく昨日も行ってまいりました」
「そうか、では報告を頼む」
以前突然に尾刃局長に呼び出された時、私は局長と前局長から特命を拝任されました。
それがこれである。
正確には当時まだシャーレは発足していなかったため、命ぜられたのはきな臭い動きをしていた連邦生徒会長まわりの情報収集活動でしたが、彼女の失踪とシャーレの出現によりその任はそのままシャーレの調査活動に入れ替わりました。
やたらとプレッシャーを放つ前局長と尾刃局長を前にして、また雑用以外の仕事を貰える滅多にない機会を前にして私に首を振るという選択肢はありませんでした。
「はい。昨日の午前十時に定例通りお茶菓子を持ってシャーレを訪ねたところ、先生は大量の書類と向き合っていましたが私の訪問を知ると書類を脇に置いて相談に乗る姿勢を取りました。私が『仕事のお邪魔でしたら出直しますが』と言うと、先生は『邪魔だなんてとんでもない! 仕事なんかより生徒のことが一番だよ!』と食い気味に答えられ、退出しようとしていた私を必死に食い止めようとしている様子でした。これは私の勝手な憶測ですが恐らく先生は仕事をしたくなかっただけだと思われます」
「ふむ、そうか。続けてくれ」
「いつもの如く仕事が出来ないことや同期、先輩方からの扱いのことについての相談を始めると、先生は私を哀れむような慈しむような表情で何度も頷き、同意を示してくれました。書類の不備を濫造した話をすると『私もよく書類の校正で紙が真っ赤になるから、わかるよ』と言われ、いつまでも雑用係の下っぱ扱いを受けている話をすると『私も特定の生徒からゴミを見るような目で見られることがあるから、それもわかるよ』と言われ、最近後輩たちすら私のことを舐め始めている話をすると『自分より若い子に見下されるとたまに興奮するけど基本辛いよね、それもわかる』と、概ね全てに理解を示していただけました」
「……そ、そうか。建前として行っているお前の相談についての報告はもう分かった。それで、シャーレに出入りしている生徒の情報や先生の身辺に関する近況についてはどうだ?」
「はい。基本的にシャーレ当番を担当する生徒の出入りが最も多いようですが、特に多いのはミレニアムの生徒会会計やアビドス高校の方達ですかね。聞くところによると現在先生はアビドス高校の廃校問題に関わっているようでして、その影響もあるかと。それ以外は基本満遍なく、生徒数の関係かゲヘナの方が多いようにも感じます。ですがゲヘナと仲の悪いトリニティの生徒も、正義実行委員会含めシャーレに足を運んでいる様子です。あとこれは意外でしたが、あの多忙なゲヘナの風紀委員長が担当する日もあるようでした」
「特定の勢力に傾倒することなく全方位に顔が利く、か。それは厄介だな。ちなみに昨日は誰が?」
「はい、昨日はモノクロヘアーで目つきの鋭いゲヘナ生と相談後ロビーですれ違いました。見た目不良っぽかったのでカツアゲされないかと気が気じゃなかったです」
「そうか」
「先生の近況について特別に報告すべき事項はやはりアビドス高校に関する件でしょうか。アビドス高校の廃校問題の解決を進める上で何らかの大手組織との衝突を匂わせる情報も入ってきました。本人は言及を避けていましたが、ヘルメット団等の怪しい集団がシャーレの動向を探っていたことからも何らかの問題が発生したことは確実と思われます。また先日のブラックマーケット傘下の銀行が覆面水着団なる組織に襲撃された事件ですが、当日先生も現場に居合わせていたようで事件と何らかの関係がある可能性があるかと」
「なに? それは重大な情報だ、よくやった。あとで捜査部と共に情報の精査を行うことにしよう」
「あ、それとこれは余談なのですが生徒たちの活動調査と称してこっそりコンセプトカフェに入っていくところを生徒に目撃され白い目で見られたと溢していましたが、これは何か事件と関連があるのでしょうか」
「その情報は恐らく何の事件とも関係ないだろう。大方のことは把握した、ご苦労だった」
ふう、一気に報告したせいかどっと疲れが出ました。
真っ当な捜査活動は久しぶりで自分が何かヘマをしていないかと気にしながら動くのはかなりストレスが溜まります。
情報部の人たちはこれよりもっとハードな諜報活動を毎日のようにやっているというのですから、まったくもって脱帽ものですね。
しかし成果を上げるためにもこの調査は重要な案件、失敗をするわけには行かない。
だが、調査を進めていく上でどうしても気になることが私にはあった。
それはシャーレに関することというよりも、我々ヴァルキューレ警察の動きについてである。
何の気なしに私は尾刃局長に対して自分の考えを口にしました。
「……あの、尾刃局長。ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか」
「なんだ?」
「この調査活動、シャーレの監視をすることで尾刃局長やヴァルキューレ警察に何か利があるとは思えないのですが。この調査活動は一体何のために行われているのでしょうか」
「そんなことはない、急速に権限を拡大させ各自治区への影響力を増しているシャーレの動向はヴァルキューレ警察としても注視すべき事項だ。いち警察組織の人間としても、捜査活動及び治安維持活動への影響を考えると気になることは事実だ」
「ですが、いささか迂遠である上に踏み込みすぎなような気が……。捜査権の抵触についてはシャーレに直接問い合わせた上で合意を求めるべき事項なのでは。このようなアプローチではプライバシーの侵害、いえその他にも色々と問題があるような気がするのですが」
「……お前はただ命令に従っていればいい。これは上官命令だ」
や、やっべえ。伝家の宝刀「上官命令」が抜かれてしまった。
この言葉の二の句は「従わないならクビ」と相場が決まっている。
せっかく得た挽回のチャンスを自らフイにしようとしてどうするんだ三黒捜査官。
というか底辺警官のくせして何を私は尾刃局長に対して偉そうにペラペラと指摘してるんだ!
アホか! 立場を弁えろ! このグズ! マヌケ!
私はその場で土下座する勢いで尾刃局長に頭を下げた。
「は、はっ! 大変出過ぎた真似をしてしまい誠に申し訳ございませんでした! ヒラ警官の分際で尾刃局長殿の判断にケチを付けるような言動、死んでお詫びいたします!」
「いや、死ななくていい」
「ではお詫びに靴をお舐め致します!」
「靴も舐めなくていい」
なんと、コワモテ先輩の下で磨かれた私の靴舐めは一級品だと自負していますが。
「まあ、疑問を持つことは良いことだが、余計な詮索は控えるようにしろ。この件に関しては、私とて責任を負える立場にいないからな」
「え、は? それは、どういう……?」
「……喋りすぎた、忘れろ」
言葉の意味を捉えられない私を気にせず、尾刃局長は用は済んだとばかりにさっさと立ち去ってしまった。
後に残されたのはアホ面で突っ立っている私のみ。
しばし呆然と立ち尽くしていましたが、呆けている場合じゃないと思い直して私も公安局のオフィスに戻ることにします。
日々先輩に足蹴にされているデスクの面倒を見てやらないと。
あと先輩方へのお茶汲みもしないと。
きっと皆多忙の中で苛立ってるだろうからここはひとつ美味しいお茶と愛嬌を配り回ってオフィスを和ませてあげようではありませんか。
そそくさと廊下を渡りながら私は雑用業務のことに頭を集中させた。
結局、局長直達の特命を拝任したところで私の公安局での生活は特に変化することはなかったのである。
ただほんの少し不穏の芽が出る気配を感じながら、この嘆かわしき私の公安生活がすっかり私の身に染みてしまっていることを自覚すること以外は。