公安局の石つぶて   作:もずくスープ

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顔のない暗躍者たち

 

 

「おう、このスケベこま虫。よくもひとの体を好き勝手に揉んでくれた挙げ句縛ってくれやがったな。なにか申開きはあるか?」

 

 慈愛に満ちた菩薩の如き表情で私の前に立った先輩は、その顔とは全く裏腹な恨み節満載の言葉を乗せて眼下の私を睥睨した。

 恐怖に腰を砕きそうになりながらも私はここ最近で獲得した勝利の数々を脳裏に滲ませ確固たる自信の元にその傲慢で尊大な宣告を力強く撥ね付けた。

 叛逆は英雄の特権である。

 

「言い訳無用! 桃尻先輩にくれてやる申開きなんかありません、全てはインガオウホー! 恨むなら己の尻の柔らかさを恨むがいいわこの暴力魔神!」

「反省が足りないな。愛のアイアンクローだ受け取れ小娘」

 

 があ"あ"あ"あ"ぁ"! 割れる! 頭蓋骨割れちゃうううううぅ!

 頭が! 頭が!

 頭からスイカが生まれてしまいます!

 ドロドロに混じって砕けた頭蓋と脳みそという哀れなスイカが!!

 

 解放されたと同時に一直線に私に制裁を下しにきた先輩にきりきりと頭を絞られながら、私は少しでも先輩の愛を信じた自分を呪った。

 

 やっぱりこうなるじゃないか。

 だからこの人を野放しにしたくなかったんだこのくそめ。

 私は痛みで叫び出したくなる衝動を必死に抑えて私の頭を掴んだ先輩の腕を精一杯叩いた。

 

「やめてよして痛いのはダメ優しくして! 私が壊れちゃうう!!」

「やかましいこのドアホ。私が受けた辱めに比べたら軽いもんだろ。同じ痛みを味わってほしいという私なりの愛だぞコマ」

「あ、明らかに重いわ! 先輩の愛いちいち重すぎです! 私の小さな体じゃ受け止められないのぉ! あなたの愛を受け止められる人はもっと他にいるはずです少なくとも私ではないッ!」

「なんだよ、口答えする元気があるならまだまだ余裕だな。これは色々心配掛けた罰もあるからな。あますことなくしっかりと味わえ」

 

 ぐぉお"お"お"お"ん"!!

 ま、マジで生まれる! 愉快極まりない新種の花が私の頭から爆誕してしまう"ぅうう"う"!

 ちょっと、バーバリアン先輩?

 まさか本当にここで情熱の真っ赤な薔薇を咲かせるつもりではなかろうな?

 いくら暴力依存症のDV悪魔なあなたでも戯れに後輩の頭を爆散させるほどの外道ではないと信じていますから私。

 もし私がここで死んだら冥土の土産に先輩の悪行の数々を地獄で言いふらし回ってやるからな。

 

 痛みに悶えながら閻魔様にチクるべき先輩の悪行を脳裏で一つ一つ数え上げていると、私の横についたサオリさんから満を辞して救いの糸が垂らされた。

 

「おい。彼女から手を離せ。それ以上やるなら冗談では済まさないぞ」

「チッ、本気にすんなよ。手足が自由になったのが嬉しくてちょっとじゃれてただけだろ。先輩後輩の間柄の、お約束の挨拶みたいなもんさ」

 

 サオリさんが先輩の腕を掴んだおかげで悪魔の手から逃れられた私はすぐさまサオリさんの背後に逃げ込んだ。

 何が挨拶だこんちくしょう。こんなのどこからどう見たってパワハラじゃい!

 これがパワハラじゃなかったら一体何がパワハラなんだ教えて労基先生!

 

 先輩のコンプラ意識が終わっていることへの共感を求めて私がサオリさんに視線を向けると、彼女は一般的な社会経験の少なさからか「そういうものなのか?」と特に食い下がる様子もなく納得しそうになっていた。

 納得しちゃ駄目ですよサオリさん。もっと自分の培ってきた倫理観に自信を持って下さい。

 今日日どこぞの人間社会にこんな獣畜生みたいなわんぱくコミュニケーションを良しとする常識がありますか。

 ……割とありそうなのが悲しい現実ですね。

 強く生きましょう畜生の皆様方。

 

 しかし先輩をも下した新生コマはそんな理不尽には屈しません。ここでがつんと言い返してやります。

 私はサオリさんの背中越しに力一杯吠え立てた。

 

「デタラメ言うな独裁者め、私は貴様のそんなわんぱく心を一度たりとも受け入れた覚えはありません! というかめちゃくちゃ痛かったんですけどコンニャローめ、殺す気か! 契約違反でまた揉みしだきますよ!?」

「バカヤロー、私の痛みはそれ以上だアホコマ。散々心配掛けた挙句私に歯向かいやがって、ちったあ私の気持ちも考えろ。ま、私は優しいからな。今の分でお前が公安局を出てった後の諸々の迷惑料はチャラにしてやる。ただしあくまで私の分だけだがな」

「な、なんですか迷惑料って。私は私の身の安全のために出てきただけですから、そんなの聞き入れる義理はありません!」

 

 先程も言いましたが公安局の都合は私の都合じゃない。

 他の人間がどんな影響を被ろうがあのタイミングでの脱走は私の中で最善の選択でした。

 よってそのせいでどれだけ公安局が慌ただしくなっても全部そっちの都合だ。苦労が嫌なら私に関わらず見放せば良いだけの話。

 

 私に苦情を言われましても全部あなた方の責任なので、どうも悪しからずくださいませ。

 まあそういう余計なことを聞かされると責任感は感じずとも罪悪感は感じるので、どうかご自分の胸にだけ思っておいていただけると大変助かるのですけど。

 

「それならそれでいいけどな。お前がのほほんとしてた裏でこっちはこの一ヶ月と少しの間まじで過労死寸前ラインで働かされてたからな。通常業務に加えて防衛室のお使いやらお前の捜索やらで、もう全員走りながら気絶してたくらいの感じだ。局長なんてダントツでやばかったぞ。お前の持ち物回収した時のショック引き摺ってオフィス戻る度にストレス緩和のコーヒー一気飲みしてたからな。局長がカフェイン中毒でぶったおれたらお前のせいだからな」

 

 流石に理不尽では?

 そこまでの業を背負わされる謂れは本当にない!

 

「私のことがなくても尾刃局長は普段から飲み過ぎじゃないですか! 生活習慣病をちょっと舐め腐ってる気のある尾刃局長の方に問題があるでしょうそれは!」

 

 サオリさんの背中からたまらず反論した私に先輩は愉快そうに口端を歪めてにやけた。

 先輩はにやけ面のまま少し嬉しそうな口調で「ま。それは私も同意だがな」と私に返す。

 

「お前少し見ない間に気がでかくなったな? お前が局長のことをそんな風に言うなんて今までなかったのにな。さては一度距離を置いたことで局長に冷めたか?」

「何言ってるんですか。冷めるもなにも事実を言ったまでです」

「陰口には気をつけろよ〜、局長イヤーは地獄犬耳だからな。あの人繊細だからお前に嫌われたと知ったら傷付いて復讐の悪魔犬になっちまうぞ」

「超音波やビームを放ちながら犯罪者を狩っていく尾刃局長なんて嫌ですよ私。……空を飛ぶくらいなら素でできそうですけどね。こう、クモ人間の要領でビルをぴょんぴょんと蹴って」

「は? なんだそれ? 出来るわけ無いだろバカかお前」

「きさま……! っ"、っ"!」

「んだよ、そんなパンパンに頬膨らませて。怒るなよふぐ助」

 

 面白そうに私の頬を掴もうとしてくる先輩とサオリさんを盾にしてそれから逃げる私を見ながらサオリさんが小さく「……楽しそうだな」と上から呟いた。

 何が楽しいもんですか。

 この先輩なんか以前よりスカした性格しててものすっごいムカつきますよ。

 こいつぅ、こいつめぇ……。

 

 気がついたらいつものように先輩の手のひらの上で転がされている状態になっていることに私は理不尽な怒りを覚えた。

 せっかく私が先輩相手にマウントを取れる貴重な機会だったのに、あっという間にそんなフィーバー展開は崩れ去ってしまったようだった。

 意外にもマメに日よけクリームを欠かさない結構な敏感肌体質のくせに。ビビってウォシュレットも使えないおしり弱者のくせに。

 私はいつになく鬱陶しい先輩に腹を立てつつ、しばしの間心の狭い小悪党の様に先輩の弱点を思いつく限り胸の内で並べ立てた。

 

 私の顔を手で追い回していた先輩はひとしきりして満足したのか私で遊ぶのをやめる。

 表情を落ち着いたものに戻すと彼女は傍らにちょこんと佇んでいたパンダを模ったスプリング遊具に腰を下ろして一息ついた。

 無駄な体力を使わされた私は文句の一つでも言ってやろうと思ったが、先輩の雰囲気が真面目なものに変わっていたのを見て開きかけた口を慌ててつぐんだ。

 腕時計で時間を確認しながら長めに一拍を置いて、先輩は話し始めた。

 そのトーンは低く表情は真剣。本題をと言わんばかりの深刻な語り口だった。

 

「んで? どうするんだコマ、本当に第3分校に行くつもりなのか? お前から聞いた不審者、あの『黒耳』の言葉やお前が工業地区で見たものが本当にお前の言う通りなら、正直リスクはかなり高いと思うぞ」

 

 仕切り直しといった感じで切り替えた先輩に思わず「あんたがふざけてたんだよ」と指摘したくなったが、私はぐっと堪えて彼女に合わせる。

 丁度そのことについては私も二人に話したかったので先輩から切り出してくれたのは話が早い。

 

「もとよりリスクは私も承知のつもりでしたが、そんなに危険だと思いますか?」

「私一人でならどうとでも上手くやれるが、とりわけ微妙な立ち位置に立たされている今のお前が無闇無策に突っ込んでいい場所じゃない。敵か味方かあるいは愉快犯か、正体は分からないが奴が予定変更してまでお前を第3分校から遠ざけようとしてきたのも気になる。それでもお前が行くと言うんなら、約束通り私はお前を止めることはしないがな」

 

 先輩の口ぶりには非難の色はなく、あくまで私の意思を確かめたいだけらしい。

 サオリさんもこの議論には関心があるようで、私と先輩を結ぶ直線上から外れて三角形を作り顔を向けることで私に言葉を促した。

 唇を舌で濡らして私は二人に向き直った。

 

「……そこがどれだけ危険な場所でも、意味があるのなら私は躊躇するつもりはありません。ですけど、実を言えば先輩宛てに私の偽物から送られてきたメッセージを先輩に見せられた時から、その考えは改めるべきかもとは思っていました」

「どういうことだササネ。第3分校に行くために彼女を説得したんじゃなかったのか?」

「いえ、先輩へ提示した条件はあくまで『ヴァルキューレの不正に関する確たる証拠を押さえる』という私の目的を邪魔しないことです。第3分校に行こうとしたのは、その目的を果たすためにはそこを調べるのが最も手っ取り早くて確実だと判断したからにすぎません」

 

 私はただ単に言われるが誘導されるがまま思慮なしに走っていたわけではない。

 現場を確かめるのが一番効率的だという私自身納得できる一応の理屈があったからだ。

 

「ということは、今は第3分校は『確実』と見ていないわけだなコマ」

 

 注目してくる二人に頷きを返し、私は説明のために思考を巡らせる。

 

「その根拠は、まさか黒耳の言葉か? ササネは彼女の言葉を信じているのか?」

「彼女の言葉を信じてはいません。ですがその行動には一定程度合理性があると思います。信用はできずとも判断基準にはなる」

 

 まず間違いなく彼女にとっての「想定外」とは外的要因によるものだろう。

 彼女は演技などではなく明確に焦っていた。

 正体を隠している人間が最も負いたくないリスクを負って身を晒しに出てきたのだから、そこに至るのに強い必要性が背中を押していたことは確かだ。

 

「"都合が悪い"から私に接触してきたのは間違いないと思います。問題はどの立場からしてその行動に至ったのかということです」

「誰にとって"都合が悪い"のかっつーことだな。コマか、黒耳か、警察か」

「ええ。第3分校に何かあったのか、逆に何もなくなったのか、あるいは何でもありすぎたのか。彼女の立場によって解釈は異なってきて、それに応じた事実がそこに生じます」

 

 黒耳さんが私に接触したというのは非常に重要なインシデントであり、この先の行動を考えるのに欠かせない思考の材料だった。

 

 それまで完璧に掌の上で私を転がし焚き付けてみせた彼女が、自分で道筋を組み立てておきながら直前になってあんな風に不手際を演じるものなのか。

 昨夜の得体の掴めなさや昼間の食えない言動からして、彼女が用意を怠るような良い加減な性格だとは考えづらい。

 彼女が私が何度も抱いたイメージ通りの、「用意周到に相手を追い詰め自分の思い通りに動かしたがる変態」タイプならば自らのミスを原因に先程のように唐突で不確実性の高い、有り体に言って雑さが目立つこの展開を許すとは思えない。

 

 この手の人間は予定外のことが起きたとき必ずと行っていいほど初動には静観をとる。

 事態の成り行きを見極めて確実に軌道修正が見込めると判断したときにのみ行動に起こすのだ。

 しかし彼女はそのセオリーを破って最も短絡的とも言える行動に出た。当事者である私を自ら動かすことで事態の修正を図ろうとした。

 それはすなわち自分で敷いたレールを自らの手で破壊する行為であり、彼女のようなタイプにとっては自己否定とほとんど同義。強い抵抗感がそこには伴うはずだった。

 

 そこまでの犠牲を伴って姿を現したということは、彼女にとってその想定外によって齎される「シナリオの崩壊」とやらがそれだけ深刻で致命的なものだと彼女が判断したからに他ならない。

 

「詳しいんだな」

「プロファイリングはそこそこ得意ですから。お恥ずかしながら現場よりも記事整理や調書作成を任される機会の方が多かったもので」

「現場第一の公安局員にとっちゃ本当に恥ずかしい話だけどな」

「うるさいです。そこは自覚してますから茶々入れないでください」

 

 しかしそれでいくと少し引っ掛かるところもある。

 先程の黒耳さんにはその言葉や振る舞いに焦った様子こそあったものの、そういったタイプ特有の自尊心への執着や失敗への怒りといった強い感情は特に見えなかった。

 むしろ事態の変化には淡白な様子でどちらかといえば機械的に「やるべきことをやる」といった典型的な軍人タイプな反応に思えた。

 

 これまでの黒耳さんの雰囲気を思い出しながら首筋に手を当てううむと唸る。

 わかりやすく暗躍家的な行動をとりながら細かい所でその人格像(ペルソナ)から逸脱している言動をとるつかめない存在であるのは確かだが、そのチグハグさこそが彼女の性質なのだろうか。

 いや、しかしそれというのも、そもそも何か違和感がある。

 思えば最初の接触時にもそれとなくその対応と言っている内容について私の経験則と一致しない点がちらほらあったような気もする。

 ふとして起き上がったその違和感の正体について深く考える暇もなく、私から引き継ぐように結論を急いだ先輩が話を先に進めた。

 

「黒耳は『彼女』の接近を警戒していた、状況からして恐らく私のことだな。錠前サオリの存在は奴も最初から把握していたんだからコマを誘導すると決めた時点でいくらでも対処法を考えることができる。黒耳にとって完全な意識外からコマに近づけたのは現状私しかいない」

「そうですね。黒耳さんが焦っていた理由は何よりそこだと思います。何なら状況が変化したことよりも先輩に接近されることの方を危惧していた節すらありましたね」

 

 彼女が私と先輩の合流を嫌っていたのなら、黒耳さんは先輩にメッセージを送った人間とは別人ということになる。

 仮にいくらシミュレーションが下手であったとしても、合流させたくない人間を同じ日の似たタイミングに同じ場所へは向かわせないだろう。

 つまり黒耳さんは先輩への誘導にはノータッチだ。

 彼女にとっての想定外が「先輩の登場」である可能性は高い。

 そしてそれは同時に、第3分校がまた別の人物の思惑で先輩をおびき寄せるための釣り餌に使われていたという事実も示している。

 恐らく関係のない二人がほぼ同時に私と先輩をそれぞれ違う方法でそこに誘導させたのだ。

 

 明白に第3分校は何かよからぬ謀略のど真ん中、地震で言えば震源地に設定されていた。

 

「黒耳さんとメッセージの送信者さんがどちらも警察とは無関係の一般人ならただの偶然で済ませられるかもしれませんが、まあ普通に考えてそんなわけはない。どちらかは警察関係者、あるいはどちらともが警察関係者であるということになるでしょう。それも警察内部の情報に精通しており実行力もある人間です」

 

 黒耳さんは公安局と私の状況を詳細に把握していたし、メッセージの送信者は私の失踪を知りつつ的確に先輩に刺さる餌を用意してみせた。

 これで警察と無関係は無理がある。

 たとえ一般人だとしてもそれは所謂S(捜査協力者)という類の人間に違いない。

 

「そして問題となる点は、そんな両者の計略が錯綜する中心点、つまり暗躍サイドの視線の的状態である現状の第3分校に、リスク以上に有用な証拠を発見できる余地が残されているのか。私が第3分校が『確実』でないと判断する根拠はそこですね」

 

 何かしら証拠があったとしても別の場所に移動させられている可能性がある。

 一番最悪なのは既に証拠が破棄されていること。

 私の説明を聞いてサオリさんは考え込み、先輩は私に同意するように頷いた。

 

「警察はお前をどうしたいのかまだいまいち判然としないところもあるからな。ただ上層部の関心の向きがまだコマにあることは公安局を妨害する動きが続けられていることからも確かだろう。そこにきて分校周りの不審な動きや内部関係者ともとれる不審人物との接触だろ? こんな状況じゃ危険な場所には近づかないのが妥当な判断だ」

「ササネを危険な場所に行かせられないというのには私も賛成だ。しかし、ならばこれからどうする。目的地がなくなったということは、帰るのか?」

「帰りませんよ。目的そのものがなくなったわけじゃありませんし。原因である私が言う事ではありませんがサオリさんのアパートも今や安全じゃありませんから。代替案として浮かぶ場所はいくつかあるんですが、確実かどうかは第3分校に比べて自信は持てません……。大手企業とマフィアも絡んだ大規模な不正で、あったとしたら関係者の数はそれなりのはずです。でも周辺を地道に調べ上げる時間も捜査力も今はありませんし……」

 

 捨てたからこそ分かる組織のありがたみとでもいうやつか。

 まあ組織にいたらこんな厄ネタ扱えるわけがないですけどね。

 

 黒耳さんが私に聞かせた第3分校の不正だけでも違法武器密売と不動産売買への口入れだ。

 これが事実ならかなりの額が動いている。

 口座で動かせば分割したとしても跡がつくし必ず目立つ。

 かといって現金であれば量がかさむため隠し場所は限られてくる。

 あるいはどこかで洗浄(ロンダリング)留保(プール)する手段があるのなら管理する役かシステムが存在しているはずだろう。

 少なくとも金の流れの全体像を把握している人間は必ず存在しているはずだ。その人物が管理していると思われる帳簿の存在も。

 

 そして彼らが慎重に管理すべきものは金の流れだけではない。

 商品の取引リストや伝票に領収書、密売であれば輸送手段、不動産には権利書に場合によっては積算書や計画書も。

 ビジネスが大きくなればなるほど警察は塞ぐべき漏れ穴が増えると同時に、上手く商売を回すために必要な管理書類の量も膨大になる。

 

 資金、物資、書類、人手。

 それだけのものを一箇所だけに留めてはおけない。

 不正への手掛かりは第3分校以外にもあるはずだ。

 しかし言わばその手掛かりのための手掛かりが、今の私には全くない状態だった。

 

 こうなれば思いつく限りの候補に片っ端から突撃でもしかけるしかないか。

 時間は掛かるし多くと敵対することになる。やるとするならサオリさんには言って外れてもらうしかないかな。

 かえって危険で無策なローラー作戦を個人規模でやろうと言うこの案を伝えれば、きっと先輩には怒られるか呆れられるかするだろうな。

 そう思いながら苦い気持ちで面を上げると同時に私の視線の先にいた先輩がおもむろに口を開いた。

 

「私がここに来る前に探っていた奴のひとりにマフィアと関係を持ってる土建屋がいる。堅気の身でデベロッパーから受注した工事をその筋の下請けに流す。まあ平たく言えば斡旋屋だな。そいつはヴァルキューレの他支部に頻繁に顔を出してどういうわけか車庫証明を取りに来てた。調べると過去一週間で二桁を超える回数。熱心な車のオーナーだとしても明らかにおかしい回数だ」

「え?」

 

 突然脈絡なく話を始めた彼女に困惑して、私は一瞬その内容が理解できなかった。

 横座りしたパンダのスプリング遊具に弾みを掛けて立ち上がった先輩は首に手をあて伸びをしながら言葉を続けた。

 

「私が第3分校を探ろうと思ったきっかけだ。ここより少し北に行ったところの、川沿いにあるコンテナ場。車庫は全部まとめてそこに置かれてる。試しにそいつの保有する車庫を覗いてみたら記載された車種の車なんざどこにもない。代わりにあったのは警察の車両だ。見るとどれも第3分校で管理されているはずのナンバーだったよ」

「それは、一体どういう……?」

「さあな。ただの小銭稼ぎの仲介屋がなぜ警察車両を、それも第3分校なんかのものを管理しているのかそれは謎だ。だがその車両を使って第3分校とそいつが保有する車庫の間に何らかの物の移動があったのは間違いない。現金か、書類か、人か、武器か。それとももっとヤバいものか。私は小説家でも探偵でもないからこれ以上は想像もつかないが」

 

 おどけた風に顔の前で手を振ってそう言った先輩に、私とサオリさんは示し合わせたように同時に顔を見合わせた。

 言葉が出てこない私の代わりにサオリさんが先輩に問いただした。

 

「そこを調べれば何か出てくるかもしれない、ということか」

「そういうことだな。私は初め連中が何を運んでるのかを第3分校で確かめようとしてたが、あのメッセージでその目的を敵の腹を探ることに変えた。もし何か動かすものがあったとしたら既に動かした後だろう。とはいえ大切な荷物なら敵がわんさか張っている可能性もある。更に移動させられていて無駄足という可能性も。なによりあそこは本部からも遠くない、応援を呼ばれた時にはあっという間に囲まれるかもな」

 

 試すように一直線に私を見る先輩の瞳は、暗いアスファルトの地面に反射した街灯の光を映して鈍く橙に輝いていた。

 危険を冒してリスクをとる覚悟があるのか。そう問われているような気がして私は今更だと胸の内で応えようとしたが、私を揺さぶりかける先輩の目は私のそのハリボテの気勢を遥かに凌ぐほどに物騒で、かつ獰猛な気配を感じられるものに見えた。

 なぜそのように思ったのか分からないが、先輩のその目を見てまるで虎のような目だと私は思った。色が同じだったからそう感じたのだろうか。

 八重歯をのぞかせながら微笑を浮かべた先輩が改めて言葉にして私に答えを求める。

 

「どうするコマ。行くか?」

 

 躊躇しそうになる余白を自らに与えないためにも、私は即座に強く頷いた。

 そんな私の強がりを受け取った先輩は、楽しそうに笑って公園の外へとその足を向けた。

 

 

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