公安局の石つぶて 作:もずくスープ
最近の日課である先生への相談作戦、もといシャーレ監視活動を終えオフィスに戻ってきた私は、早々にコワモテ先輩に絡まれ先輩に無許可で外出した罰として書類整理を押し付けられました。
……良い加減にしませんか、先輩。私はアンタの秘書じゃあ、ないんだぜ?
外出て行くのにいちいち先輩の許可なんていらないだろ! アンタは私のお母さんか、アアーン!?
……あっ、この人部長だから外出時は報告必要だったわ。
はい、すいませんでした。喜んでやらせていただきます。
ついでにお茶も淹れ替えておきますね。
私のようなミジンコが如き矮小な存在を忘れず管理してくれる先輩はもしや聖人なのでは。
いや、お茶を持って行ったら淹れるのが遅いと理不尽に蹴られたからやっぱり野蛮人だわ、このド畜生め。
今日の無能を晒したところで、私は席についていつもの如く書類整理を始めました。
私のオフィスでの仕事の中で唯一マトモな仕事といえるこの紙仕事。
いくら私が一を覚えて二を忘れるような無能であるとしても、お茶汲みと同様人一倍の数をこなして来ましたので正直これだけはある程度マトモにやれると自負していたりもします。
とか言いながら先日データの見間違いによる記入漏れで不備書類を濫造したばかりですが。
しかし今となってはそういったデータを参照するような作業以外は、基本的に手こずるような書類は無いと思っています。
記憶力だけは無駄に良いですからね、私。
「あれ? ……この領収書。この日付間違ってるような」
捜査報告書等を先輩の下書き通り粗方片付けたところで、領収書の整理をしているところで手が止まった。
臨時の弾薬購入、銃器破損修理、建造物への損害補助請求。
一つ一つはそこまで大きな額ではないが、合わせるとそこそこの額になるだろう。
その他にも、まるでその日大きな戦闘があったかのような証拠とも取れる領収書が散見された。
しかし不思議である、私の記憶ではその日緊急の出動を要する事件や暴動などは特になかった気がするのだが。
だが不自然だからと私の勝手な判断で日付を変えてしまうのは問題がある。
私は数枚の紙を携えて先輩のところへ聞きに行きました。
「あ、あの先輩、少し宜しいですか。この領収書、間違ってますよね? だってこの日は出動なかったし、銃器の使用機会なんてありませんでしたよね。珍しく平和な日だったんで私覚えてますけど」
「は? あーそっか、お前には言ってなかったけか。それは良いんだよ。私らのずっと前の代からやってることだ。上から何か言われることはないから、お前は黙ってそれ通しとけ。あ、申請の名義はちゃんと私にしとけよ」
衝撃発言。
え、サラッと言ったけど、何言ってんのこの人。
職務関係の出費は本来学校持ち、その学校の予算を管理しているのは防衛室であり連邦生徒会だ。
つまり公的な資金というわけである。
臨時で個人的資金から捻出された捜査資金等は勿論領収書で請求することになり、それを補うのは学校であり防衛室となる。
その補われたお金は当然最初の出費者に戻ることになる、この場合は先輩の財布の中に、というわけだ。
つまり、そのままこれ通しちゃったら立派な横領罪が成立してしまいますけど。
「え、は、え? い、良いんですか? こ、これって犯罪じゃあ……」
「ナマ言うな、犯罪ってのは警察が取り締まるから犯罪なんだよ。それ以外は犯罪じゃねーの」
出たあっ! ドラマで悪い刑事が言うやつ、第2位っ!
権力を盾に自らの行いを不当に正当化する悪役らしい決めゼリフ! そこに痺れるが憧れはしない!
ちなみに第1位は「関与していない」だ。
主に過去に行った不当行為の隠蔽や都合の悪い事件への介入を否定する時に使われる。
特にお偉いさんになった人がよく使う印象ですね。
いやーまさか現実でそんな真っ当な悪人台詞が聞けるとは、これは貴重な体験ですね。
とか言ってる場合じゃねーよ、本当に何言ってんのこの人?
ば、馬鹿なのか? もしかして馬鹿なのか?
ゴリラにも品の劣る野蛮人だとは常々思っていたが、そんな堂々と開き直って不正をやるような人ではないと思っていた。
後輩を平気で足蹴にするし当然のように靴も舐めさせるが、公安局の刑事としては一級の人間だと、私は信じていたのに。
まさか部長というポジションが、彼女の警察官としての善意や理性といったものを腐らせてしまったのだろうか。
「……見損ないましたよ先輩。そうまでして、お金が欲しいんですか。何のためですか、先生みたいにちょっと怪しいお店に行くためですか、自分の贔屓の子に貢ぐためですか、あわよくばえっちなことしてもらおうと期待してるんですか」
「シバくぞお前、んなわけねえだろうが。この金は私のポケットには入んねーよ。公安局の裏金庫行きだ」
即座に短く反論した先輩の言葉は、要領の悪い私でも容易に理解できるほど端的で明瞭なものだった。
つまりは裏金作り、ということである。
公安局、いや恐らくヴァルキューレ警察の全ての部署が秘密裏に公然と行っている不正行為。
私はそれを悟ると同時に足元が揺れるような感覚を覚えた。
先輩が不正しているという事実よりも、私にとっては衝撃的なことだった。
「く、腐ってる……。不正経理だ……」
「ばっか。お前な、いいか? 治安の維持にはとにかく金がかかるんだよ。臨時手当とか残業代とか、捜査費用に備品の損失だって馬鹿にならない。警察も慈善事業じゃないから正当な予算はつくが、自由な経済活動が保障された企業や学園じゃないから資金繰りはどうやったって厳しくなる。だがそう簡単に予算は増えるもんじゃない。財務室の目は厳しいし、警察の元締めの防衛室は最近外部委託に浮気な始末だ。そんな中で誰が私ら警察の金回りの面倒を見てくれる? 犯罪者どもは私らの懐事情なんて気にしちゃくれない。だから、不正だろうがなんだろうが地道に金作りしとかないと、いざというときに素寒貧で凶悪な犯罪と立ち向かわなくちゃいけない羽目になるだろうが。この紙切れはそうならないための、日頃の組織的努力の一端ってわけだよ。分かったか?」
「……そんな」
「まあそもそも一番おかしいのはただでさえジリ貧な警察に、更に圧力かけて予算減らそうとしてる防衛室の連中だけどな。つか連邦の存在を自ら保障するための治安維持活動を民間企業に外部委託するなんて、中学生でも考えないようなアホな案を通そうとしてる今の防衛室長は一体何を考えているんだか。まったく」
それを皮切りに先輩が現連邦生徒会への愚痴を語り出すが、私はいまだに先ほどのショックから立ち直れないでいた。
理屈はわからないでもない。
いくら暴力嫌いの私とて、キヴォトスの治安維持が正論と正義感だけで成し得られると思うほど馬鹿ではない。
実際、キヴォトスでの生活と暴力や理不尽は切っても切れない関係だ。
無茶苦茶な理屈でところ構わずバカスカとぶっ放すイカれた犯罪者連中に対抗するには、こちらとて必要に応じて建物を破壊するなどの最低限の無茶はしないといけない。
保身として銃器を携帯している一般市民がしょうもない喧嘩のために武装展開していないか監視するためにパトロールも減らすことはできない。
一見正当な要求をする人々にしても先日の山川工業の職員みたく何故か急に凶暴化する人たちも少なくないため、警察部隊の緊急の出動は最早日常茶飯事だ。
物は盗むし人は攫うしルールは守らない一般キヴォトス民を理性で制御するのは不可能なのだ。
その被害を最小限にするために我々ヴァルキューレ警察がいる。
そのためにどれ程金が掛かろうと現場の人間にとっては関係ない、それが我々の仕事だからだ。
そんなことは私も警官の端くれとして重々承知している。
だが、しかし、果たしてそれだけだろうか。
本当に警察としての正義という、そんな理由だけで、こんな不正行為が警察内部でまかり通ってしまっていると言うのか。
私には先輩が語ったことが全てだとはどうしても思えなかった。
黒い金にはどうやったって黒い思惑が絡みつくものである。
不正を行う本人たちの意識とそれを利用する者の意識は絶対に噛み合うことはない。
絶対に裏の裏があるはずなのだ。
私の頭の中はそんな考えで一杯だった。
勝手に深まっていく邪推を一旦横において、私は一番気になることを先輩に尋ねた。
「尾刃局長は、このことを知っているんですか?」
「知らないわけ無いだろ。警察内での金の工面に一番気を揉んでいるのは局長だぞ。公安局の申請書類をまとめて経理部に提出してるのは局長だ、うちの財政が厳しいのを最も数字として理解してるのも局長だろうさ。尾刃局長も昇進してからは昔みたいにデタラメに暴れて制圧する、みたいなこともしなくなったしな。それができたら一番楽だろうに。引き継ぎの時に何かしら釘を刺されたか、上層部からの口出しがあったか、もう前みたいにはいかないってことだろうよ。そういう意味では、狂犬時代の尾刃局長に自由にやらせていた前局長と前々局長は立派だよな」
「…………そうですか」
私にはもう、何を信じていいか分からなかった。
ヴァルキューレの気高く力強い正義の象徴だったあの尾刃局長すら、不正に加担している。
その事実こそが私にとっては何より重かったのだ。
先輩はまだ何か喋っているようだったが、私はもう何も聞こえず目の前の景色すら歪んで見えた。
私はいつの間にか自分のデスクに座って呆然と呆けていた。
通常職務時間中にこんな奴が居たら注意されるのが当然だが、私を叱責するものは居なかった。
誰も私を公安局の一員とは思っていない証拠だ。
ただそこに居るだけの雑用係、クビにするくらいならコキ使ってやれという程度の存在。
「私は小間使いの『コマ』、ですからね……」
自嘲するためにそんなことを口に出して言ってみても、笑う気力すら起こらなかった。
そもそも、真っ当に局員として働いていない私に何を言うだけの資格があるのでしょうか。
分別のない子供のように不正に声を荒げたとて、結局私は蚊帳の外の存在でしかない。
現実を知らない半端者の無能が喚いているだけだと無視されるのがオチです。
或いは、先輩方の温情で留めてもらっていた私の公安局員としての立場が今度こそなくなるというだけ。
いや、不正は局内だけでなくヴァルキューレ警察全体で行われている可能性が高いということは、公安局どころではなくヴァルキューレ警察そのものに私の居場所はなくなることになるでしょう。
所詮は路傍の石。
積み上がって道の一端を担うことはできるかもしれないが、一つや二つあってもなくても変わらない。
気に食わないからと道を行く誰かの手で放り投げられればいとも容易く排除される、そんな程度なのだ。
不正に目をつぶり、何もなかったと思い込み、これまで通りの惨めな公安生活を繰り返すだけで私の警察官としての立場は守られるのだ。
むしろ恵まれた話ではなかろうか。
何しろ私は公安局を志望してこのヴァルキューレ警察学校に入学し、曲がりなりにも希望通り公安局に所属できているのだ。
これ以上何を望むことがあるのだろうか。
「……そうですよ。私の希望は…………、きぼう、は………………」
「三黒」
私の知る限り誰よりも毅然とした声が、ほとんど誰も呼ばない私の苗字を呼びます。
振り返ると予想通り、尾刃局長がそこに立っていました。
例のシメる5秒前のポーズを取って私に目を向けています。
「いつものやつだ、ついて来い」
どうやら私が今一番会いたくない人物と、今から話さないといけない状況のようです。
私は一体どうしたら良いのでしょうか。