公安局の石つぶて   作:もずくスープ

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無能の勘繰り、真相を穿つ

 

 

 いつものように署内の誰も来ない通路まで行き、私は尾刃局長への定例報告を行いました。

 報告内容の大部分はやはり例の事件によるシャーレの変化です。

 

 ゲヘナとトリニティ、両学園を大きな混乱の渦に引き落とすこととなったエデン条約を巡る大騒動。

 その中心にほど近い場所に在り続け、一時は命にも関わる大怪我を負った直後とあって、先生の身辺関係の変化は著しいものでした。

 以前は基本的に一度に一人ずつだったシャーレの当番制度ですが、今では先生の警護上の問題から最低でも二人以上、それも必ず複数の学園から生徒が選出されるようになっていました。

 そのため中には学園同士の関係上、少し険悪な組み合わせになることやぎこちない雰囲気になる場合もあり、そんな中割って入って先生に相談しに行く私は必要以上に警戒されることが多くなりました。

 通常時でさえ見知らぬ顔の生徒からは「誰この人、何しに来たの?」みたいな目で見られ、見知った顔の生徒からは「あ、仕事の邪魔しに来る人だ」みたいな目で見られながら、毎度先生への相談を行っていた私でしたが、ここにピリピリとした緊張感も加えられたとあっては最早相談どころではありません。

 私もそんな空間には長居したくありませんし、持ち前のヘタレパワーでいち早くその場を去ろうとしますが、いつも通り仕事をしたくない先生によってそれを阻まれ、私が「口から胃が出そうなので帰ります」と押し通ろうとすると「大丈夫だから、大丈夫だから」と何一つ解決になっていない文句で押し切られ、結局万全の監視体制の中私の相談会が開催されるという運びになっていました。

 結果愚にもつかない私と先生の傷の舐め合いという茶番を展開し、早々に仕事をさせたい当番生と仕事をしたくない先生と早く帰りたい私との間で、奇妙な攻防が毎回の如く発生してしまうのがお決まりになりました。

 

 そんなストレスフルな環境で頑張って収集してきた情報を私は何も知らない尾刃局長に訥々と報告しました。

 

「そうか、先日の騒動でキヴォトスにおけるシャーレの立場はより盤石かつ強固なものとなったか。因縁のある学園同士の全面戦争を阻止した立役者とあっては、もはやその有用性を疑うものは少ないだろうな。七神首席行政官の後ろ盾もここにきて効いてきた、か」

 

 尾刃局長はいつもながらの顰め面で壁に持たれながら思案しています。

 いつになく長考する尾刃局長の傍らで、私は先程知った事実を思考から追い出すことが出来ずどう振る舞うべきかも分からずにいました。

 

「今回もご苦労だった。お前の情報のおかげで私たちも有事の際にどう動くべきかの判断ができる」

 

 有事、それは一体どういう事態のことを指しての言葉なのでしょう。

 直近の事で言えばエデン条約での大混乱がそれにあたるのではないのだろうか。

 先生が銃撃され生死の境を彷徨った事態こそそれなのではなかろうか。

 私たちヴァルキューレ警察はキヴォトスの治安維持機関を名乗っておきながら、どちらの場合においても何もできず、口すら挟むことも出来なかったのではなかったか。

 そんな体たらくを晒しておきながら、今更何をどう判断することがあるというのだろうか。

 一度芽吹いた疑問の種は際限なく私の中で膨れ上がっていった。

 

 返事もせず黙りこくる私を不思議に思ったのか、まだ何かあるのかと尾刃局長が私の顔を見る。

 内心を悟られることを恐れた私は咄嗟にずっと引っ掛かっていた疑問を再び口に出してしまった。

 

「あの、局長。以前にもお伺いしたことですが」

「……本捜査の正当性の件か」

「……はい」

 

 途端に渋い顔をした尾刃局長に私は自らの失敗を悟ったが、今更吐いた唾は呑めない。

 私は具体的な議論の展望もなく、流れのままに尾刃局長の言葉に頷いた。

 

「前にも言ったが、余計な詮索はするな。お前は私の命令通り、情報収集に専念していればいい」

「で、ですが。それで我々警察に何の得があるのですか。徒に反発心を煽りお互いへの不満を助長させるだけではないのでしょうか。先生は話の通じない大人ではありません。ちゃんと我々の立場を踏まえた上で真摯に説明すれば、きっと理解していただけるはずです」

「それは希望的観測だ。初めから弱みを見せれば付け入られる可能性が高い。警察の権利を保護するためには、相手を良く知り隙を見せず交渉に持ち込むことが我々には求められている」

「しかし既にこれほど連邦における重要性を確立させてしまったシャーレに対して、未だ友好的とは言えない我々ヴァルキューレ警察が内偵紛いの行為を行っていると公然に知られてしまえば、我々警察の立場はますます不利なものに転じてしまいます。エデン条約を巡る動乱によって連邦内の緊張が抜けきらないこの状況下でもしそのようなことが起きれば、連邦生徒会によって正当な捜査権を保障されているヴァルキューレ警察と言えども無事では済まないかも知れません。最悪の事態には……」

「そんなことは起き得ない、要らない心配はするな」

「何を根拠にっ、尾刃局長はそんなことを仰られるのですかッ!?」

 

 いくら自らの懸念を順序立てて説明しても梨の礫な尾刃局長に、遂に私は感情の棘を隠すことが出来なくなってしまった。

 唐突に叫んだ私に尾刃局長は滅多に崩さないその鉄仮面を少しだけ崩して、驚いたように目を見開き私を見た。

 常に冷静沈着で泰然とした尾刃局長にしては珍しく、私に対して怯んでいるようにも見えた。

 しかし私はそれを気にも止めず、一度表に出てしまった感情は堤防が決壊するかの如く、堰を切って私の口から止め処なく溢れ出てしまう。

 

「先日の一件の二の舞になるような事態が、今度はヴァルキューレを起点に迸発するかもしれないのですよ!? 前回は奇跡的に丸く収まりましたが、次もそうなる保証はどこにもないっ。関係のない一般市民を巻き込んだ騒動にまで発展するかも知れないのに! 私は何のためにその切っ掛け作りに奔走しなければいけないのですか!? もしそうなったとき、尾刃局長はその責任を負えると言うのですか!?」

「私は……、私には、しかし。だが、それを負う立場にいる人間が、然るべき判断をする。私は公人としてそれに従うだけだ」

「それは一体、誰だと言うんです」

「そんなこと、私の立場から言えるか」

「我々から権利や予算を掠め取っている上層部や、防衛室のためですか?」

 

 今度こそ尾刃局長は表情を完全に崩し、追求する私を前にして顔を青ざめてしまった。

 まさか、公安局で最も権力とは程遠い私が事の真実を知り得るとは、彼女は露ほども予想していなかったのだろう。

 私だって、まさか自分がこんな真実に辿り着くことになるとは全く想像だにもしてなかった。

 元から白い肌が血の気の引いたせいで普段の何倍も白く見える顔で、尾刃局長が震える唇を動かし私に囁くように尋ねた。

 

「お前、知っていたのか」

「……偽造領収書の件はつい先程知りました。それが何のために行われているのかも、さっき先輩から聞かされました。私はそれを信じ切れず、馬鹿なりに馬鹿な頭で必死に考えた挙句、馬鹿な結論に辿り着きました。そしてさっきの尾刃局長の答えで、その馬鹿な仮説が外れていないことを完全に理解してしまいました。出来ればこんなことは、知りたくはなかった」

 

 この時点で私の口は私の意思とは関係なく動いていた。

 蓋をしていた疑問と、その疑問に答えるべく働かせた思考と、その思考の馬鹿らしさに付随する嫌気。

 今までのそれら全てを衝動的に吐き出すためだけに私の舌は無駄によく働いた。

 それはほとんど尾刃局長を攻撃するためのようにも思われた。

 信じてきた正義と、それを背負って立つ存在であると盲信していた私の中の尾刃局長の偶像に、裏切られた仕返しを与えるがために。

 

「改めて聞かせてください。私たちよりずっと以前の代から、公安局で、いえヴァルキューレ全体で公然と行われていた不正行為は、一体何のために行われていたんですか」

「……警察職務の運営資金だ。知っての通りヴァルキューレは活動のための財源確保が著しく厳しい状況下にある。それを支えるために」

「それは、生徒たちを納得させるための建前でしょう。本当のところは、違うはずです」

 

 尾刃局長は苦々しい表情で何かを反論しようとして、結局何も言葉は出ずに黙ってしまった。

 壁に完全にもたれ掛かり項垂れた彼女に、私は言葉を続けた。

 

「本来ヴァルキューレ警察の活動費や捜査費は当年度の実費によってその次の年の予算が組まれています。年度ごとにばらつきは生じるかも知れませんがおおよその額から大きく外れるとは考えにくい。財務室も馬鹿ではありませんからこれに則って毎年の予算を計上しています、そこに乖離があるとは私には思えない。にも関わらず年を経るごとにヴァルキューレ警察の資金繰りは厳しくなっています。そしてそのあるはずのない穴を我々現場の警官は不正をしてまで必死で補填しようとしている。不自然ですよね」

「……」

「財務室から割り振られた予算は各連邦室を通して指定の部署まで行き渡ります。つまりヴァルキューレ警察の予算を管理しているのは学校、及びその上部組織である防衛室です。もし警察の資金難が私たちの妄想でないとしたら、その現実との乖離の間に生じている何らかの障害には警察上層部もしくは防衛室による原因があるとしか考えられません。要するに、中抜きが行われているということです」

「……よせ」

「ヴァルキューレ警察が組織的体質として上に強く出れないことを良いことに、年々その中抜きは酷さを増していき、遂には現場の警官たちが堂々と不正を行うことでしか補えない程の大きな穴を空けてしまった。しかも私たちはそれを万全に公務を行うためのやむを得ない行為だと無理に納得させられて」

「……やめてくれ」

「更に言えば、先輩は多分単に口を滑らせだけなんでしょうが、こう溢していました。『最近の防衛室は民間企業への外部委託に浮気している』と。これは憶測ですが、我々から掠め取った予算で、防衛室は治安維持活動を行う我々の公権すらも奪おうとしているんじゃないですか? これが真実なら越権行為も甚だしい、自らの領分を弁えない行き過ぎた構造改革です。そして我々警察は自分たちを殺すための処刑台をせっせと自分たちで作っていることになる」

「もう、いいだろう」

「一体何のための正義で、何のための忠誠なんですか? 私たち警察は上の権力闘争というお遊びのための都合の良い道具ですか? 我々が誓った正義は一体誰に捧げられているんですか? 挙げ句の果てに、このことが露見すればおそらく吊し上げられるのは我々警察です。正当な予算が組まれているはずなのに不正を行っているのは警察だけですからね。上は何としても中抜きの事実を隠し通すでしょう。それこそ、平気で我々警察を切り捨てて」

「それ以上言うな」

「そして、あなたはそんな汚い上層部や防衛室を守るために、現場の警官たちを騙して不正に加担させている。その上自分たちが近い将来手に入れるはずの公権力が損なわれるのを不安視した上の指示通り、私という替えのきく駒をシャーレに送り込み内偵させている。違いますか?」

「黙れと言っているんだッ!!」

 

 尾刃局長は大声を上げて私の胸元を掴み力一杯に通路の壁に押しつけた。

 『狂犬』の全力をもって壁に縫い付けられた私はしかし、痛みも苦しみも感じなかった。

 

 結局、私の辿り着いた推論は寸分違わず真実を言い当ててしまったようだった。

 私の制服の襟を握る彼女の手は震えていた。

 俯いた顔からは表情は窺えないが、荒い呼吸と唸るような歯軋りが何よりも彼女の感情を物語っていた。

 彼女は怒りに支配されているように見えて、実際は耐え難い恐怖心に必死で抗おうとしているだけだ。

 私の崇拝する気高きヴァルキューレの『狂犬』は、いつしか道に迷い震える『子犬』になってしまっていたのだ。

 今の彼女を恐れることなど、どうしてできようか。

 路傍の石すら力任せに蹴付くことを恐れる『子犬』に、どんな恐怖の感情を抱けばいいと言うのだろうか。

 

 そして『狂犬』たる彼女を『子犬』へと変えてしまい、その『子犬』を感情のままに攻撃し傷付けてしまった私という『石つぶて』にも、決して確からしい正義があるとは言えないことが、全てを吐き出し終えた私にとって最も虚無感を与えるものであった。

 

 尾刃局長は震える腕で私を壁に押し付けるが、彼女が私を掴んでいるのか私を掴んでいる腕で彼女自身を支えているのか、私には判別がつかなかった。

 

「お前に、何が分かる。局長というポストを背負った以上、私には局員たちを守る義務がある。彼女らの立場を人質に取られ、警官としての誇りすら既に汚されたものだと知った時の私の気持ちが、お前に理解できるのか!? 私たちは現実という雁字搦めの鎖の中で部下たち一人一人の生活を保障しなければならないと、その責任の重さに毎日潰れそうになる気持ちが解るのかッ!? そのためには汚い現実も見たくない真実も否定するなんて選択肢は私たちには最初からありはしない!! 彼女たちを守るために私は彼女たちに吐きたくもない嘘を吐き、やりたくもない仕事に首を縦に振ったんだ! ただ毎日机を磨いてお茶を淹れるだけで立場が守られているお前に、どうして私たちのことを非難できる!?」

 

 今まで押し殺し陰に投げ捨てていた彼女の心を脆い部分を、一気に吐き出すかの如く彼女はリノリウムの床へと吐き捨てた。

 同時に私を支えに立っていた足は力を失い、彼女は膝から崩れ落ちてしまった。

 

 彼女の精一杯の咆哮を聞いて、私はそれを悔しいとも情けないとも思わず、ただ心の底からの失意だけが残った。

 忘れていたわけではない、だがどこかで期待していた自分がいた。

 私は全身が抜け殻となってしまったかような虚脱感を自然と浮かんだ笑みへと乗せて、力無く彼女へと言葉を投げかけた。

 

「…………尾刃局長にとって、私は守るべき公安局の部下ではなかったのですね」

 

 尾刃局長が私を、たとえ不本意な命令だとしても特別な任務に引き立ててくれたのは、きっと彼女だけは私のことを無価値な存在だと見放すことはせず、局員の一人だと認めてくれていたのだと。

 私のことをまだ必要としてくれている人が、公安局の中に一人でもいる、それが他ならぬ尾刃局長であるのが何よりも嬉しいのだと。

 

 身勝手な激情のままに尾刃局長を詰っておきながら、我ながらなんと自分本位で甘ったれた考えだろうと冷静な自分が頭の上でせせら笑った。

 とどのつまり、散々彼女に正義だの忠誠だのと説いておきながら、私のそれは誰のもとにも届いていなかったのだ。

 

 足元の尾刃局長が私の言葉に身じろぎを返すが、私はそれに構うことなく彼女を残していつまでも人気のない廊下を静かに、ゆっくりと戻って行った。

 不思議なことに、廊下を来た時には感じていた不安や絶望といったものは一切の欠片もなく吹き飛んでしまっていた。

 果たしてそれが良い方への変化なのか、悪い方への変化なのか、私には判別する力はなく、またそれをするつもりもさらさらなかった。

 

 

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