公安局の石つぶて   作:もずくスープ

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キヴォトスの空に Vol.2

 

 

 どんな悪役より悪役らしい、頬を吊り上げ綺麗な八重歯をギラリと光らせた非常にイイ笑顔で先輩は私を威圧しました。

 その悪辣で凶悪な面相に私の体は過去の折檻の数々を思い出して勝手に震え始めました。

 パブロフの犬ならぬ、鬼畜先輩警官の小間使い。犬との違いは一度も飴を貰わず鞭だけで調教されることです。

 

「もしかしてとは思ったがな、お前馬鹿なんじゃないのか。マジでダストシュート通って降りて来たのか?」

「…………な、なんで、先輩がここに」

「さっき尾刃局長から公安局員全員にやたら急いだ調子で『三黒が脱走を図ったため公安局を総動員して建物の全出入り口の封鎖検問を命じる』とかいう意味不明な伝達があったんだよ。それで私は局長に命じられてここに来たっつーわけだが、まさか本当に来るとは。やっぱお前は底抜けの馬鹿だな。上で何があったかはよく知らんが私に見つかった以上はもう諦めろや、残念だったなコマ」

 

 ……どうしてあなたはそう、いつも私が一番来てほしくないタイミングでピンポイントに現れるんですか。

 望遠鏡で常時私を監視しているのか、一周回って私のこと好きすぎか貴様。

 先ほどオフィスの公安局員たちに怒った時よりも数十倍温度の高い怒りが私の内側で燃え滾っていました。

 こんな理不尽が罷り通って良いはずがない。

 なんで私にだけやたら厳しい現実が待ち受けているんだ、きっと神様が不正しているに違いない。お前、神の座降りろ。降りて私と対等に戦えこの卑怯者め。

 

 そして予想以上に尾刃局長が本気で私を捕らえに来ています。

 てっきり追手は建物内の局員だけかと考えていたがどうやらそれは甘い考えだったようです。

 公安局を総動員ということはつまり外にいた任務中の他の局員たちも漏れなく動員されていると言うことでしょう。もちろんあの時オフィスにいなかった建物内の局員も。

 先輩の語った尾刃局長の伝達の内容が本当なら、建物内外からの迅速な包囲によってもう粗方の出入り口は押さえられている可能性が高い。

 ここまで本気ということはヴァルキューレ本部ビルの周辺の道路封鎖まで始めている可能性も否定できない。

 状況は非常に最悪に近いです。

 

 しかも、しかもしかもしかもっ、私の渾身の策があっさり見破られているじゃないですか! 結構な覚悟を要する作戦だったのに!

 私がダストシュートを使って地下階へと到達しそこから搬入口を使って脱出すると、この短い時間の間で尾刃局長は瞬時に見抜いて、先輩をここに派遣したということですか!? いくら何でもありえないでしょう!!

 仮にそれを捕捉できたとしてもこんなに早く先輩がここに来れるはずがないです!

 だいたい地下からの脱出の可能性を考えるにしてもまず最もあり得るエレベーターや一階の出入り口周辺を最優先で固めるのがセオリーじゃないんですか!

 

 かなり自信があった作戦を看破されたショックは私の中で大変大きかった。

 それもまさか私の天敵である先輩を遣すほどの正確さでそれを押さえられるとは、これは本当に尾刃局長の指示したことなのか? 誰か未来予測の能力使ってませんか?

 

 しかし、ここまできて諦めるという選択肢はない。

 そう、もうここまできてしまったのだ。

 尾刃局長の机に辞表を叩き付けてからこの薄汚い搬入口まで、短いようで長いこの過程において概ね私の計算通りに行っていた。そして唯一の計算外がここにいる先輩である。

 

 いまや勝利の出口は目前だ。あそこを抜けさえすれば私は目的を果たせる。

 ならば、私は何としてもそれをやり遂げる。

 いくら先輩が私にとって獄卒鬼の如き常軌を逸した暴虐装置であろうとも、今日という日だけは先輩に対して膝を折り枉屈に甘んじることは出来ないのだ。

 ここでの衝突はもはや避けられない。

 

 それに、準備は常に最悪の事態を想定して行うものである。

 今日という日のために周到に用意してきた私に、この展開を少しも予想してないなどという愚の骨頂を演じることはあり得ない。

 神様は私を見捨てましたが、勝利の女神はまだ分かりません。

 

 肩に下げた鞄をしっかりと抱いて、私は先輩をきっと睨みつけた。

 よよう、ようし、ようし、よし。言ってやる、今度の今度こそ言ってやるぞ。

 公安局に配属されて以来、今まで精神的にも物理的にも全く頭が上がらずその邪智暴虐の限りに耐えて来ましたが今日という日はもう許しません。

 辛酸と共に靴を舐め続けた日々の屈辱を今こそ晴らしてやろうではありませんか。

 おらぁ! やったるからな! いけコマっ、ほえる!

 薄暗闇の中誘導灯の赤い光に照らされてニタニタと笑っている先輩に向かって、私はキャンキャンと吠えたてました。

 

「や、や、やいこの野蛮人! あ、アンタなんか、もう怖くも何ともないからな! 私はもうヴァルキューレ警察公安局の人間じゃないんだ! 部長だ何だと知ったこっちゃない! もう金輪際私とアンタは他人だ!」

「お、なんだ、私とやろうってのか? ハッ、良い度胸してるじゃねえかへっぽこ警官よォ。ナマ言いやがってクソガキが、その甘ったれた正義感をもっぺんイチから叩き直してやるから、掛かってこいや」

 

 ひぃ、何だこの話の通じないモンスターは。全く勝てる気がしません。

 セリフなんかもう「アンタ警察より極道の方が向いてるよ」と言いたくなります。

 先輩は私の離縁宣告を挑発と受け取ったようでやる気満々に構え直しました。もう嫌だこの野蛮人。

 諦めましょう、もう戦闘に突入することは必至です。及び腰で退けられる相手ではありません。

 

 相変わらず手足はガチガチに震えていますが、私は先輩に向き直り鞄に取り付けているホルスターに手を伸ばします。

 それを見て私に交戦の意志があることを理解した先輩は益々嬉しそうにその凶悪な顔を歪め彼女も腰に下げたホルスターに手を伸ばしました。

 さながら西部劇のような緊張感のある静寂の中、換気口の風の音だけが地下に響きます。

 お互いの足がジリジリと地を擦り、私の汗が額を伝って顎から滴り落ちる、その雫がコンクリートを僅かに叩く音が立って先輩の狂気の目がカッと見開かれた瞬間    私は先輩に背を向けて全速力で搬入口へと走り出しました。

 

「誰がアンタなんかと戦うかバーカ! 勝ち目がある訳ないだろ良い加減にしろ!」

 

 三十六計逃げるに如かず、偉人は偉大な言葉を残しておられる。

 私が先輩なんかと戦って勝てる確率なんてアリが自力で宇宙に行く確率より低い。

 そんなのは無謀ではなくファンタジーというのだ。

 ここはおとぎ話の世界じゃなくて現実なので、私は逃げます。

 

「んあっ!? テメェ、コマァ"! 今のはどう考えても戦う流れだったろうが、待てコラッ!」

 

 私の潔い逃走精神に虚を衝かれて数秒固まっていた先輩ですが、一拍遅れで向こうも私を捕らえんとして駆け出します。

 銃を使わないのは命中率の低い銃撃より接近して一発でノしたほうが確実だという判断でしょう。野蛮人の考えることなどお見通しです。

 先輩の一歩一歩によってコンクリートの床が奇妙な音を立てて凹んでますがそんなことに気を取られていれば私に待つのは死。

 とにかくあの光の先まで走れ私!

 

 先輩は尾刃局長ほどではありませんが十分バケモノフィジカルの持ち主なので、まともに追いかけっこをすれば負けるのは私です。

 そのため私はこんな時のために予め用意していた秘策を展開します。

 もとより先輩が私を捕えんとすべく追いかけて来る可能性なんて一番最初に考えていたことです。

 そのための準備をしないなんてチェスで言ったら序盤でクイーンを取らせるようなもの、すなわち馬鹿のやること。

 私も馬鹿は馬鹿ですが考えることを放棄した馬鹿とは違います。

 

 私は全力で走りながらホルスターの裏に隠していた巾着袋に手を掛けた。

 こんなところで役に立ったシャーレを通じて得た人脈。白石部長、ありがたく使わせていただきます。

 くらえ! ミレニアムが誇る変態集団、もといマイスターとして名高いエンジニア部の特製マキビシ!

 鞄の側面に結びつけていた巾着袋の緒を私が勢いよく解き放つと、中からは大量の金属片がバラバラと床へとこぼれ落ちていきました。

 それらは一見不規則に床に散らばっただけ、と思った瞬間何やら細長い足がうにょうにょと生えて私を追跡する先輩に一挙に押し寄せました。

 

「うわきもっ!! なんだコイツら!? クソっ、離しやがれオラァッ。わ、私に何するつもりだ、アァ!? ひっ、ちょどこ触っ、んぅっ!?」

 

 確かにきもい。やたら素早くその細い手足を柔軟に動かしながら先輩に迫る姿はB級ホラーの安っぽい化け物造形じみた妙に生々しい気持ち悪さがありました。

 しかし驚くべきことに、その貧弱な見た目に反してそれらはがっしりと先輩の足やら腕やらに絡みついて先輩の動きを完全に止めてみせました。

 戦闘力においては粒揃いの公安局の中でも抜きん出たあの怪力女の動きを止めるという、それだけでもうミレニアム製の高性能さが窺えてしまいます。

 その光景はさながらえっちな触手に捕まった女騎士の如く無駄に官能的でした。女性らしさなんて皆無な先輩なのにちょっとエロくて悔しかったです。

 

 先輩の体をくまなく弄るマキビシたちはそのまま拘束を続けるのかと思いきや、にわかにその胴体である金属部から赤い光を点滅させ始めました。

 その光が一際輝いた瞬間、一斉に爆発。

 一つ一つは大きくなくとも完璧に同じタイミングで起こされた多重爆発により、圧縮された空気が膨張するかの如く圧倒的な爆圧が広がり、恐ろしいまでの破壊力を生みました。

 その爆発の威力は広めの地下搬入口が一瞬爆炎に飲み込まれるほど強力なもので、灼熱の爆風がもたもたと走る私の背中をまるで衝撃で叩くように弾き飛ばします。

 割と離れていたはずの私でも余波で意識が飛びそうになりました。

 ……なんて凶悪なものを作っているんだエンジニア部、ミレニアムは世紀末か? キヴォトスの覇王にでもなるつもりなのか?

 余りの威力にドン引きながらちょっとだけ先輩の安否が気になり後ろを確認すると、変則マキビシ(果たしてマキビシなのかこれは?)たちの残骸に埋もれながら煤に塗れた先輩が床を這いずってまだこっちに来ようとしていました。

 ばば、バケモノめぇっ!?

 動揺して一瞬動きが止まり掛けますがここで止まればいずれ復帰する先輩に追いつかれます。今は止まるべきではない! 走れコマ!

 まだ少しだけ後ろで倒れる先輩のことが心配でしたが、私は振り切って足を前へ進めました。

 後方からは先輩が唸るようなうめきと共に私へと叫んでいます。

 

「……私からは逃げられねぇぞォコマ"ア"ア"ァァッ!!」

 

 いやアンタはゲームの悪役ですか。めっちゃしつこく襲ってくるやべーラスボス枠じゃん。

 もはや本物のバケモノです、私の中で先輩が野蛮人から獣の妖怪にメタモルフォーゼしました。殺し切るには槍が必要です。

 私は先輩のその怒号を聞いてかろうじて残っていた負目と心配を一切合切かなぐり捨てて逃げることに専念しました。

 さよなら先輩、哀れな獣よ。このヴァルキューレ本部の地下搬入口を最後にして、二度と会うことはないだろう。

 

 まあ色々と、本当に色々とお世話になりました。

 何だかんだ言いつつも、私は最後まであなたのことを嫌いにはなりきれませんでした。

 先輩の私への鬼畜の所業の数々には今でも思い出すだけで腹立たしくなり恐ろしくもなりますが、公安局で一番私に構ってくれたのが先輩であることもまた事実です。

 無能は無能なりに役立てることがあるのだと雑仕事を教えてくれたのも先輩ですし、正しい土下座のやり方や美しい靴の舐め方を指導してくださったのも先輩です。私が先輩の下で学べたことは意外にも多くありました。

 アナタの付けてくれたコマという名前も、不名誉な由来ではありますが今では中々嫌いじゃありません。

 他の局員には汚れ役を押し付けるようで申し訳ないですが、私の代わりの小間使いはまた他で探してください。

 今日まで有難うございました。ではアディオス! 達者でやってください!

 

 いまだ地下搬入口に響き渡る先輩の獣のごとき雄叫びを背に、私は光の導くままに地上へと上っていった。

 

 

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