公安局の石つぶて 作:もずくスープ
「ヴァルキューレ警察学校公安局局長の尾刃カンナと申します。突然の訪問をお許し下さい。このような形で初めての挨拶とするのは不本意でしたが状況は一刻を争う事態ですので、ご容赦ください」
「ううん、構わないよ。それで、どうしたのかな」
その日の朝、いつも複数の生徒たちが訪れ賑わうシャーレビル、その執務室に二人の訪問者の姿があった。
彼女たちは自らの学生証を私に見せヴァルキューレ警察だと名乗ると、聞きたい事があるとして私を視聴覚室まで案内させた。
早い話が事情聴取である。
その日のシャーレ当番の生徒が突然現れて乱暴な要求をする二人に異議を唱えようとしたが、私はそれを止めて二人の言葉に従った。ヴァルキューレという時点で何の話かは大体察していたからだ。
二人の物々しい雰囲気を私は背中で感じながら無人の視聴覚室の扉を開け二人と共に中に入った。
二人のうち下の立場らしい生徒が念入りに扉の鍵を後ろ手に掛けて、それから二人は私と向き合い先ほどの自己紹介から話が始まったのだった。
尾刃カンナと名乗った生徒は自らを公安局局長といった。
ヴァルキューレの組織図には詳しくないが、公安といえば対テロのエリート部署という認識がある。
政治的重要事件を起こしかねない危険人物のマークや国際的な犯罪組織の取り締まりなど、国家安全保障の根幹を担う超精鋭組織というイメージだ。
あとかの有名な"100億の男(になれなかった男)"が所属する組織でもある。ド派手なアクションと大胆な謎解きで人気を博していたその物語でも彼の活躍は特に注目されていた。
そんなエリート中のエリート組織が、いったい彼女とどういう繋がりがあるのだろう。
私は嫌な予感をひしひしと感じながら、その二人の次の言葉を待ちながら姿勢を正した。
「部長」
「はい。申し遅れました、私は三黒ササネの直属の上司にあたります、公安局部長の更紗シカコと申します」
今までずっとカンナの後ろに控えていた生徒もカンナに促されて自己紹介した。
「ササネ」。やはりその名前が出てきた、と私は心の中で呟いた。
私が連邦捜査部シャーレに着任して以来、割と早い時期から最近まで週一二回のペースで欠かさずシャーレに相談に来ていた生徒だ。
いやに丁寧で物腰が低い、というか過剰なくらい卑屈なその生徒は確かにヴァルキューレに所属している生徒だった。
そして、ササネはここ一週間ほど全く顔を見せていなかった。
律儀な彼女にしては妙なことだと感じていたが、ササネは頑なに私と連絡先を交換しようとはしなかったため私は彼女に連絡する手段を持たず、ただまた彼女がシャーレに訪れるのを待とうと私は考えていた。
それにしてもササネがヴァルキューレの生徒だということは知っていたが、公安局の所属だったとは。
彼女の小柄な体格と臆病な性格からは到底対テロの専門だなんてイメージは湧かないが、彼女の上司である二人がそういうのだから間違いはないのだろう。
そして今しがた「ササネの先輩であり直属の上司」と自ら紹介した彼女が、ササネがよく話していた「先輩」なのだろう。
鋭い目つきや武人然とした態度からはとてもササネの言っていたような横暴な人物には見えないが、そこは外の顔と内の顔というやつなのかもしれない。
そしてそれ以上に気になっていたのはシカコの姿が腕や足などは包帯ぐるぐる巻きの状態で、顔にもガーゼが一杯貼り付けられておりかなりの重体に見えることだった。
かろうじて見える肌にも煤けて焼けたような跡がいくつも残っており、そんな状態で立って動いているのも私は心配だった。
公安局の部長というのだからシカコもそれなりに戦闘能力の高い生徒なのだろうが、そんな彼女をマミーの如き容貌に変えてしまう事態とは、一体どんな事件が起きたのだろうか。
痛々しい姿のシカコが口を開き、それを端的に告げた。
「単刀直入に状況を説明しますと、先生も面識があると思われますがヴァルキューレ公安局所属の三黒ササネが先日行方不明となり今なお消息不明の状態となっております。つまり失踪したということです」
「……ササネが失踪!?」
努めて冷静に構えていた私だったが、その言葉には思わず身を乗り出して驚いてしまった。
一週間ほど前からぱったりと来なくなった彼女に何かあったのではないかと心配していたが、失踪だなんてそんな大事だとは。
「それは、いつの話なの!?」
「二日前です」
「二日前……」
頭の中でその日の出来事などを必死で思い出してみるが、私の記憶には何もヒットしなかった。
ただ、確か複数の生徒からSNSでD.U.から人型の鳥が打ち上がっていたとかいうよく分からない報告を受けていたこと以外は。まあ多分関係ないことだとは思うけど、また何処かのミレニアム生がD.U.で実験か何かしたのだろう。
とにかく私はササネの失踪についてより詳しく聞きたかったため、カンナに向き直って尋ねた。
「その経緯を教えてくれる?」
「三黒はヴァルキューレでの勤務中、突然オフィスから飛び出しヴァルキューレから逃走しました。その後足取りが掴めなくなり現在に至るというわけです」
「ヴァルキューレから逃走? その理由についても教えてくれるかな」
「大変残念ながら、私の口からは何とも言えません」
「それは、どうして?」
「彼女の失踪は現状極秘の情報です。公安局員の失踪は我々ヴァルキューレの威信にも関わる問題です。ヴァルキューレ本部にいた生徒はほとんど知ってしまいましたが、それでもこれ以上徒に不確定の情報を拡散させる訳にはいきませんので。理由については現在我々も調査中でして、申し訳ありませんが何も説明することはできません」
その態度に私は違和感を感じた。
いや、事情聴取という形をとっている以上当然といえば当然の態度なのかもしれないが。
彼女たちは決して私と腹を割った話し合いをしにきたと言う様子ではなく、むしろ初めから私に対して疑ってかかるような目でいた。
今この瞬間も、カンナとシカコは私の表情を具に観察していた。
ヴァルキューレとしてはシャーレは信用できないということだろうか。
それとも突然部下を失った二人の
彼女たちが詳しい事情を説明するつもりがないため事態の把握は難しいが、おそらく私がササネの失踪に何らかの形で関わっているのではないかと見ている。
あるいはその後のササネの行き先に心当たりがあるのではないかと睨んでいるのだろう。
その上で私がササネを庇うために隠していることがあるのではないのかと。
だが私もササネの失踪は今初めて知ったことだ。探られて痛い腹はない。
ヴァルキューレが私に多くの情報を与えたくないと考えている以上、とりあえずここは彼女たちが私にどうして欲しいのかを聞くべきだろう。
「それで、カンナは私に何をしてほしいのかな」
「三黒ササネに関する情報がありましたら、私ども公安局に提供していただきたいのです」
「具体的には?」
「現段階でシャーレに何か接触があったり連絡が行ったりしてないですか」
「いや、何も聞いてないよ。失踪したなんて今初めて知ったことだし。ササネの連絡先も知らないしね」
「シャーレに訪れる生徒たちからの報告なども、特にありませんか」
「うーん、ない、と思うな。ササネは結構頻繁にシャーレに来てたからみんな顔も知ってるし、何かあったら言ってくると思うけど」
「……そうですか」
そう言って黙ったカンナはなおも私の顔をじっと見つめている。
その凛然とした顔に熱心に見つめられると少し照れてしまうが、前述した通り私に思い当たる節は全くない。
私はもじもじしたくなるのを堪えてカンナの顔を真剣に見つめ返した。
しばらくの間見つめ合っていた私たちだが、ふっとカンナが視線を下に逸らしたことでその硬直状態は解かれた。
「ごめんね。何か役に立てれば良かったんだけど」
「いえ、こちらも突然押しかけた上に疑うような真似をしてしまった無礼をお詫びします。……それとさらに勝手な要求を押し付けるようで申し訳ありませんが先生。彼女の失踪とそれに関する情報はくれぐれも他の人間には口外しないでいただきたい。他というのはここにいる私と部長の更紗以外の全ての人間です。ですので連絡の際は私か彼女にお願いします」
「それは、でもそんな悠長なことを言ってる場合じゃ」
「これだけは、どうか徹底してお願いしたい」
カンナは私に頭を下げ、しかしそこは譲らないと頑とした意思で通してきた。
その言い分にもやはり私は相当な違和感を覚えた。
ササネの失踪はカンナの言った通り公安局にとって一大事のはずだ。こうしてシャーレに半ば無理やり面会を通して事情聴取を強行したことからもその焦りはよく窺える。
それなのに何故ここにいる二人以外には口外するななんて言うのか。
早くササネを見つけたいのならより多くの生徒に知ってもらって情報を集めるのが一番早いはずだ。公安局の生徒というのを隠してササネの目撃情報を集めればヴァルキューレの威信とやらにも特に響くことはないと思うのだが。
現に多くの学園の生徒と交流のある私に直接話をしにきたのもそのためのはずである。なのにカンナはこれ以上の情報開示は許さないという、それは他のヴァルキューレの生徒、彼女たちと同じ所属の公安局の生徒にすら。
きな臭い、私はそう感じるのを抑えられなかった。
またカンナの言い分も全てが真実かはまだ私としても判断がつきかねない。
ササネの失踪ということだけは事実なのだろうけど、徹底して秘密保持を求めるその態度には何か知られては不味い事情があると言っているようにしか見えなかった。
逃走したという理由についても、調査中と言っていたがそれは私には言えないというあからさまな拒絶だった。
ササネは一体どんな事件に巻き込まれてしまったのだろう。
とにかく、今はササネの発見と保護を最優先としなければいけない。
彼女たち二人を含むヴァルキューレの動きは何だか釈然としないものがあるが、それでも生徒が失踪したのだ。私個人の感情はもちろん連邦捜査部シャーレとしても、動かないわけにはいかない。
腹を決めた私は頭を下げ続ける二人に顔を上げさせ、協力を承諾した。
「うん、わかったよ。ひとまず何かあればカンナかシカコに連絡させてもらうね」
「ありがとうございます」
二人はメモ紙に連絡先を残して私へ折目高にお辞儀をした後、視聴覚室の扉を開けて颯爽とシャーレのオフィスから去っていった。
何だか一気にいろんな懸念が湧き上がってきてどっと疲れが出てしまったが、とりあえずは今日の業務はしっかりやっておかないと。またユウカやリンちゃんに仕事が遅いと怒られてしまう。
私が執務室に戻るなり今日のシャーレ当番だったウタハが帰ってきた私に話しかけてきた。
「おかえり先生。なんだか込み入った話みたいだったけど、大丈夫だったかい?」
「うん、私は特に何もされてないけどね。まあちょっと、事情聴取みたいなものかな。少し厄介なことになりそうなんだ」
「ヴァルキューレの事情聴取か、物々しい感じだね。私に出来ることがあったらいつでも言ってよ。何か機械が必要ならぜひともエンジニア部でも協力させてもらうよ」
「うん、ありがとう。考えておくね」
彼女たちの作る機械には一癖も二癖もあるため素直に頷くことはできなかったが、本当に必要になった時は協力を仰ぐことになるかもしれないと私は思った。
机に座ってすぐに貯まっている書類の整理に手をつけようとしたところで、そういえば今日のウタハは妙に溌剌としているなと朝から思っていたことを思い出す。
重くなってしまった心境の気分転換も兼ねて私はウタハと雑談に洒落込もうと椅子を引いて彼女に尋ねた。
「ウタハ、今日は何だか機嫌が良さげだけど、何か嬉しいことでもあった?」
「うん? ああ、やっぱりわかってしまうかい? 実は最近エンジニア部には滅多にない正式な依頼が来てね。張り切って皆で作ったからそのせいかな」
「ふーん、どんな依頼がきたの?」
「移動式高性能爆弾マキビシと噴射推進式加速装置、つまり人に装着するロケットだね。やっぱりロケットは良いよね。ベタだけど浪漫だよ、あれは。いかに軽くて少ない燃料でそこまで打ち上げるか、綿密な計算と工学技術の結晶なんだよロケットは」
「へえ。…………ん?」
その言葉に妙な引っ掛かりを覚えた。
マキビシ? ロケット? 一体どんな生徒がそれを必要としているのだろう。
マキビシ、は誰かを足どめする武器だよね。その子は誰かから逃げる必要があったのかな。
ロケットは、その子は空を飛びたかったのか。何のために? もしかして強制的にその場から離脱するためとか……。
その時私は「D.U.から人型の鳥が打ち上がった」という謎情報とウタハの言葉とヴァルキューレからの逃走という三つの要素が電撃的に結びつき、動きが止まってしまった。
言語を超えた本能的直感、とはこのようなことを言うのだろうか。
私は恐る恐るウタハにそれを尋ねた。
「ウタハ。それってもしかして、いつもシャーレに来てる背の小さいヴァルキューレの生徒から頼まれたりしなかった?」
「あ、うん。先生の言う通りのあの子、ササネだよ。『近々強大な敵に追われる予定があるので足止めの武器と加速装置を作ってください』って頼みに来たから、エンジニア部で作ってあげたんだ。まあ予算が本当にギリギリだったから、オプションはほとんど付けられなかったけど。でもあの強制加速装置は喜んでもらえたんじゃないかな。きっと彼女は天にも昇る心地になったと思うよ」
「ウタハ……」
私は思わず手を顔にあて空を仰いだ。
今回の件に限っては彼女達は何も悪くないが、それによって事態は非常に不味い方向に転がってしまったのかもしれない。
「…………三黒は、まだ見つからないか」
「ええ。パラシュートと噴射装置の残骸の発見、それに学生証の利用記録などから、アイツはあの後パラシュートでD.U.外縁のアビドスにほど近い高架道路沿いに着地しその後はアビドス自治区方面へと移動、D.U.と他自治区の境界を行ったり来たりしながら我々に対し多数のダミーを張りながら現在も逃亡を続けている模様です。公安局員たちも公務の合間を縫って捜索しておりますが通常業務に加え先日防衛室に押し付けられた子ウサギタウンの建設の件もあり、ただでさえ忙しい公安局には今自由に使える時間はほとんどありません。元SRTの生徒との交戦で消耗した装備品や自腹での捜索活動など資金面でも限界がきています。他自治区に近い場所ではあまり目立った動きもできません。状況はかなり悪いです」
「クソ、だからあの時何としてでも逃したくなかったというのに……」
「それと、シャーレからの追加報告の件ですが、アイツがヴァルキューレからの逃亡の際に使用した装備品に関してはミレニアムのエンジニア部が依頼を受けて作成したもので間違いなさそうです。口座からの振り込みの記録を照合したところ確認も取れました」
「…………恨むぞ、あの科学馬鹿どもめ」
私は三黒との報告会に使っていた人気のない通路で部長の更紗と情報の擦り合わせを行っていた。
ここを使うようになってからもう長い時間が経った気がするが、この数週間で状況は急変してしまったと私は苦い気持ちでいた。
「現在かろうじて追える足取りからは、トリニティ自治区やゲヘナ自治区との境界線を往復しながらD.U.に出たり入ったりしているようです。平均的なゴロツキたちと同じような動きですね」
「だが三黒には奴らと違って武力がない。襲われでもしたらひとたまりもないだろう」
「アイツの今現在の武装は他に何か用意していない限りは、ヴァルキューレ制式拳銃以外には何もないですからね」
「ああ、それも三黒は実践での射撃の成績は壊滅的だ。不埒な連中相手に抵抗らしい抵抗ができるとも思えん」
「……」
キヴォトス中に蔓延るゴロツキどもの脅威も懸念だったが、それ以上に恐ろしいのは公安局以外のヴァルキューレに三黒が捕まらないかということだった。
私があの日大々的に三黒の捕縛を命じたことからヴァルキューレも妙なものは感じているだろう。私がそうしたのは個人的な感情によるところも大きいが、何より三黒が知りすぎているという点にも大きな要因があった。
まだそれを知るのは私だけだが、勘ぐった上が事情を知るために私の息の掛からないところで彼女を拘束、尋問を行うというのも十分考えられる。
それを阻止するためには我々公安部が迅速に彼女を保護しないといけないというのに。
一向に進展を見せない三黒の捜索に私が頭を悩ませていると、周囲を警戒した様子で一人の公安局員が私たちの前に現れた。
「部長、今よろしいでしょうか。例の件の報告のため少しこちらに……あ、局長もおられましたか」
「ああ、『笹調査』の報告か。私も一緒に聞こう。ここで話せ」
『笹調査』とは三黒捜索の隠語だ。
公安局では街に潜んでいるテロリストを追跡することも多いため、こうした隠語を用いるのはよくあることだった。
他のヴァルキューレ生徒への情報秘匿の意味もあって、私たちは三黒の捜索活動にその隠語を用いていた。
「はっ。ではここで報告させていただきます。『笹調査』ですが、予想以上に捜査は難航しております。信用できる情報管制室の生徒に監視カメラの映像を確認させていますが、『笹』の張ったダミー行動もありつつ管制室内での隠蔽工作の痕跡も見られました。また市民からの聞き取り調査の中でも曖昧な反応や事実に反する証言の報告も多数上がっています。一部のヴァルキューレ生徒が発見した『笹』の痕跡を公安局から隠すといったあからさまな捜査妨害の動きも少なからずあります。現在、捜索班は非常に混乱している状態です」
「そうか、分かった。報告ご苦労、また何かあったらすぐに報告してくれ」
「はっ。では失礼します」
また周囲を警戒しながらそそくさと廊下を走り去っていった公安局員の背を眺めながら、私は傍に侍る彼女に小声で尋ねる。
「部長、どう思う」
「公安局を取り囲む周辺の動きが怪しいですね。手を回すのが早い」
「……三黒が脱走した日はヴァルキューレ本部の人員をほぼ全て使った。既に上に勘付かれたか」
「いえ、おそらくそれだけではないかと」
更紗は一拍置いて、声を落としながら私に続けて言った。
「公安局を妨害する動きはここ数日で多数確認されています。それもヴァルキューレ内部からではなく、外部によるものが。傭兵団や不良連中の襲撃、通常捜査の際に民間兵が自治権を主張して我々の侵入を拒むという事態も増えています」
「ゴロツキが気まぐれにヴァルキューレの生徒を襲うのはよくあることだろう。企業の私兵の妨害も今に始まったことじゃない」
「明らかに公安局員だけがその数が増えています。相手も所詮はゴロツキですから今はまだ大したことはありませんが、数を揃えられるとそれも分からなくなるかと。民間兵もヴァルキューレに非対立的だったものが徐々に態度を変えて妨害するようになってきています。このままでは公安局はますます身動きが取れなくなってしまいます。それを組織的に可能にする存在が裏にあるとすれば、かなり厄介な相手です」
「上層部がそこまでやっているというのか?」
「彼らの権力はあくまでヴァルキューレ内に止まるものです。ここまでのことをやってのける力はありません」
「それはつまり、我々に先に三黒を見つけられては困る勢力が、上層部以外にもいるということか」
「状況を鑑みるに、その可能性が高いかと」
上層部がヴァルキューレ内部以外の勢力にも我々の妨害を協力させているということか?
だがどうやって。更紗の言った通り上層部の権力はヴァルキューレ外にまで届くものではない。
ゴロツキどもの懐柔はともかく資本力のある企業までもが上に協力する理由はないはずだ。
……防衛室が動いているのか?
しかし、それは、可能性は低いのでは。三黒が上層部と防衛室の中抜きの事実に気付いたことを知っているのは三黒本人の他に私だけ。防衛室に三黒を狙う理由は今の所ない。
三黒もそれが危険な情報だと重々承知しているはず。下手に言いふらして露見したというのも考えにくい。
上層部に頭を下げられたか、それにしては更紗の言う通りいやに動きが早い。
上層部と防衛室の力関係は圧倒的に防衛室が上だ。警察内部の不祥事に防衛室が態々腰を入れて積極的に介入するというのも想像がつきにくい。
じゃあ一体誰がそれらを動かしているというのだ。
駄目だ。考えてもうまく頭が働かない。
私はこめかみに手をやって揉むように指を動かす。
あの日、三黒に拒絶されたのが思った以上に私は堪えているようだった。
三黒は確かに真っ当な正義感をもった生徒だったが、基本的には人の善意を疑わない純粋なやつだ。
言葉で説明すれば、彼女も私の元へ戻ってくると私は甘く考えていたのだ。
しかし実際は、それでも彼女は私へ否を突きつけた。
それほどまでに、私が三黒にした仕打ちは彼女の中で大きなものだったのだ。
今更ながらに私はそれに傷付き、彼女にそこまでさせてしまった自分の過ちを思い知らされていた。
考え出すと際限なく膨らんでくる後悔に私は身を委ねそうになるが、更紗の言葉で私はまた思考を切り替えた。
「局長、我々ももはや手段を選んでいる余裕はないかもしれません。相手がどの程度本気かはまだ掴めませんが、たかだか警察内の一部署に過ぎない我々には残された体力も少ない。防衛室から課された子ウサギタウンの建設、撤去作業の遅れもあります。それらは主に我々の装備不足、資金不足によるものです」
「つまり何が言いたい」
「毒をもって、ということです」
更紗が何を言いたいのか、それはつまりこちらも企業の力を利用するということだった。それもキヴォトス屈指の大企業の力を。
「都合の良いことにアイツの足は今子ウサギタウンの方面に向かっています」
「…………その方法しか、ないのか。三黒の残していった正義を再び裏切ることになるが」
「本人の確保が最優先では」
「……そうだな、わかった。防衛室長には私から話す。部長はそのまま公安局での陣頭指揮を頼む」
「了解しました」
更紗がオフィスへと戻っていき一人になった私は通路の壁に深くもたれかかり天井へと息を吐いた。
三黒があの日公安局に投げつけた正義は確かに私たち公安局の何かを変えた。
忘れていた「何を以てして警察足り得るのか」という思いを、あの場にいた全員に思い起こさせたのだ。
しかし、今私たちがやっていることはどうだろうか。
正当な仕事とは言い難い子ウサギタウンの建設、立ち退きを拒否する市民への攻撃、相変わらずの資金繰りのための不正。
三黒が残していった正義の残痕は、結局のところは現実という硬い壁に阻まれまた私たちの前から姿を消そうとしている。
それを必死で食い止めようと私たちは三黒を探すが、そのためにさらなる汚い現実へと嵌まり込んでいっている。
私は項垂れて自分自身の両の手のひらをぼんやりと眺める。
今私の手の中には、一体何が残っているのだろうか。
あの時微かに見えていた光は、再び泥の中へと沈んでいってしまったのか。
「私はどうするべきなのだろうな。どうすれば、良いのだろうな。なあ、三黒」
釈然たる思いのしないまま、私はその足で連邦生徒会の防衛室長執務室へと向かった。
それから数日間、私たち公安局は武器提供と資金の融通の見返りにカイザーの都市開発計画に協力するため子ウサギタウンを根城にする浮浪者や住民たちの立ち退きに従事する傍ら、依然として『笹調査』も並行して行っていた。
カイザーの後ろ盾もあってか公安局への妨害は減り、資金難の解決により捜索活動も無事続けられているが、それでもやはり三黒の痕跡は掴めても彼女の捕捉には至らなかった。
悶々とする日々の中で、呆れ返るほどの土砂降りの雨の日、私たちはついにそれを発見することになる。
子ウサギタウンの市街地の一画、大手の銀行の支店のATMにて三黒の学生証が使われた形跡があった。
幾らかの現金を引き出したその記録は私たちがそれに気づいた数時間前のものだった。
すぐに私は公安局員全員に招集を掛け、降り頻る雨の中子ウサギタウン全域で三黒の捜索を開始した。
視界も不良な中、捜索は何時間にも及んだ。
大雨は三黒の物理的な移動の痕跡を洗い流したが、同時にそれは彼女にとっても身動きの取りづらい状態であることも意味していた。
つまりこの状況での雨は我々にとっては三黒を捕捉するために最も都合の良い条件であったのだ。
あらゆる建物の内部を局員にくまなく調べ上げさせ、そして一人の公安局員が私の元へとやってきて雨の音に負けない声で叫んだ。
「お、尾刃局長! だ、大至急こちらに! 今すぐ来てください!」
「見つかったかッ!?」
私はその局員に連れられてすぐに現場へと向かった。
そこは廃ビル郡の中の一つで、近々取り壊される予定の建物だった。
先導されるままに廃ビル内を駆け抜け、他の公安局員たちが固まって立っている場所へと辿り着く。
私が到着したことに気づいた局員たちは道を空けるようにしてその壁を割った。
私は早まる胸の鼓動を抑えながらその先を見遣った。
しかし、やはりそこにも彼女の姿はなかった。
ゴミの中に落ちた学生証、開け放たれ空になった鞄、割れたガラス片の上に散らばった服。
散乱した服の中には、小柄な彼女と同じサイズのヴァルキューレの制服があった。
私は震える足を必死に前に進め、半ば転げながらそれの元へと辿り着く。
感覚のなくなった腕が縋り付くように彼女の制服を掻き寄せて握り抱く。
服は冷たく濡れていた。それを掴む私の手はさらに冷たく冷えていった。
あの日、私が掴んだ三黒のネクタイは、今はその主人を失った状態で再び私の手の中に収まった。
泥に塗れて擦り切れた三黒の制服とネクタイを掴んだまま、私はいつまでもその場から動けなかった。