変身
「心がっかりだ」
土砂降りの雨の中、打ち捨てられた廃工場のひび割れたコンクリに横たわるオレを見下ろしながら、その裏切り者は言った。
「そのマスクを被ったヤツを殴り倒すのは気分が良くない」
じゃあ殴るのやめろよ!
そう思うが声にならず、僅かな呻き声しか出なかった。
左腕は肘の先が逆方向に折れ曲がり、腰から下は損傷が酷いのか全く感覚がない。
たぶん体の中もぐちゃぐちゃだ。
はっきり言って瀕死である。
「じゃあな」
裏切り者、仮面ライダー・一文字隼人が拳を振りかぶった。
強い衝撃を頭に受けてオレは意識を手放した。
※
死んだなーと思ってたら生きてた経験ある?オレはあるよ。
1度目は黒ずくめの男たちに謎の施設に拉致されて手術台に拘束された時。
そして2度目が正義の味方に頭をかち割られた時だよ。
どうもマスクのおかげで死を免れたらしい。
頭はめちゃくちゃ痛むけどどうにか生きてるもんね。
そのおかげか思考もクリア。
どうも黒ずくめのやつらに洗脳されてたっぽくて、何がなんでも裏切り者を始末しないと、っていう強迫観念で頭の中がいっぱいだったのだけど、それも今はなくなっている。
頭スッキリだ。
というわけで、あらためて現状確認をしよう。
身体は動く。怪我もない。
完治具合からして1週間は経ってるっぽい。
死んだように寝てたか、マジで死んでた可能性あるわコレ。
ちなみに服装はなんか戦闘服っぽい黒ずくめだ。
腰には謎の装置、ベルト?が巻かれていて今は沈黙している。
これ光るし音が鳴るんだよね。光る!鳴る!DX変身アイテム!みたいな感じだ。
実はちょっとかっこいいとか思っちゃったりして。
次に現在地の確認だ。
裏切り者……、いや正気に戻ったオレもある意味裏切り者だし、一文字お兄さんと呼ぼう。
ここは一文字お兄さんと戦った廃工場ではないっぽい。
なんか普通の民家に普通に布団敷いてあって普通にそこで目が覚めましたって感じのシチュエーションなんだよね。
そのせいで徹夜明け日曜日今って朝……?くらいの休日限定でプチ浦島太郎になっちゃった時の感覚を味わっています。
これまでの経験全部夢とかワンチャンあるかもわからんね。
よしゃ、もっかい寝よ。
「スヤァ……」
「おいおい寝るな寝るな」
「キャァァァ!?!?」
暗闇の中に赤く光る目が!目がぁ!
※
「落ち着いたか」
「ハイ」
居間。テーブルを挟んで一文字さんと向かい合って座るオレ。
ここは政府が用意した彼のセーフハウスの一つなんだって。
政府が用意したセイフハウス。フフッ。
「なんで笑ったんだ?」
「スイマセン」
言えません怖いです。
政府と一緒に黒ずくめの組織と戦ってる一文字さんは間違いなく正義の味方なんだろう。
他のオーグメントと戦ってる映像を見てても、民間人を巻き込まないようにしてるのは一目瞭然だったから。
でもだからってオレの味方とは限らない。だから警戒する。
なぜならオレがオーグメントだから。
いや待て。そもそもオーグメントってなんだよ?カタカナ使えば頭いいと思ってんだろ!(無知の知)
「どうやらアンタ、SHOCKERの洗脳を自力でパリファライズしたみたいだな」
「???」
「パリファライズ。あー、簡単に言うと洗脳が解けたってコトだな」
「ワカリマシタ!」(わかってない)
「理解できたようでなによりだ。というかアンタ。さっきからなんで片言なんだ?」
「それについてはおそらく彼のオーグメントとしての特性が原因だ」
急に眼鏡の人が会話にインしてきた。
そのまま一文字さんの横に座る眼鏡の人。
えぇ、誰ぇ……??
「立花だ」
「アッドウモ。エェ…」
眼鏡の人は立花さんというらしい。
まさか普通に名乗られると思ってなかったから好印象だ。
見た目に反していい人。
オレも名乗り返そうとするが、困った。
名前が思い出せない。アレェ?
「構わない。記憶の混濁、SHOCKERの洗脳が原因だろう。いずれ思い出したら教えて欲しい」
「アリガト」
「それまでは君のことを仮称第3号として呼称する」
「ダイ、サンゴウ……」
えー!なんかそれ、すごく……かっこいいな……!
第3号。リアル系ロボットとかの名前みたいだ。
試作2号機とか零式とか、番号で呼ばれるロボットってなんであんなにカッコいいんだろうね!
いやぁ、いい名前もらっちゃったなぁ。
「アンタが自分から名乗るとはなぁ」
「彼から信用を得るのも私の仕事の内だ」
「ハハハ!いいねぇ」
愉快そうに笑う一文字さんの横で、立花さんが苦い顔をしている。
この2人の間でしかわからないやりとりが過去にあったのだろうな、と思った。
なお命名されただけでオレから立花さんへの好感度はカンストしているので立花さんはあんまり気を遣わないでいいよ!
「それで本題だが。彼ら大量発生型相変異バッタオーグ……長いので量産型と呼称するが、量産型は君たち仮面ライダーの裏切りから得た教訓を強く反映している。言語野、思考など、およそ裏切りに繋がる不確定な要素を改造段階で可能な限り排した設計がなされているのだろうと我々は予想している」
「???」
「ヒトとしての尊厳まで踏みにじる、SHOCKERのやりそーなことだ」
よくわかんないけど、つまりそれって、オレがすごくバカ!ってコト!?
「ああ。そして通常、オーグメントは体内のプラーナが限界値を下回り活動を停止、つまり死亡した際には分解による証拠の隠滅がなされるように設計されているはずなのだが、君は運が良かった」
「頭叩いたら洗脳が解けるとは俺も思わなかった。心びっくりだ」
オレは昭和生まれの電化製品だった……?
「君に残された選択肢は2つ。我々の保護下で隠れ潜むか、SHOCKERと戦うかだ」
「タタカウ」
「はは、即答だな」
立花さんが片眉をあげ、一文字さんは愉快そうに笑う。
意外そうにするけどさ、それ以外選択肢ある?
隠れ潜むは罠だろソレ。オレが政府なら絶対解剖するもん。
マジ貴重なサンプルゲットだぜ!な未来しか見えないもん。
まあ理由はもう一つあるんだけどね?
「理由を聞いても?」
「スクワレタ、カラ」
仮面ライダー。誰かのために、マスクを被って戦う。
それで救われた命がある。
オレの命もそのひとつだ。
オレも一文字さんみたいに誰かのために戦いたい。
だってその方がかっこいいじゃん!
「オレ、タタカウ」
「よし!決まりだな」
「決断が早すぎやしないか」
「理由なら聞いたろ。十分さ。これからよろしく頼むぜ」
「ヨロシク、イチモンジサン」
「さんじゃない。ここは呼び捨てだ」
「ヨロシク、イチモンジ」
「ああ!よろしくな、3人目!」
一文字さんの硬い手がオレの肩に置かれる。
伝わってくる。熱と、期待、喜び、そして、なんだろう。少し、寂しい……?
それに、3人目ってことは、もう1人いるのかな?
いつか紹介してもらえるといいなぁ。
※
あれからなんやかんやあって、今オレは東京の山奥に来ています。
山奥の小さな村で新たなオーグメントが確認されたとかで、それの討伐がオレの正義の味方としての初めての任務である。
政府とは違う?情報機関の人、滝と名乗るヒゲの青年がオレのバックアップとして同行してくれている。
「連絡は手を挙げれば済む」
「ワカリマシタ」
了解!の意味で手を挙げる。
滝さんも手を挙げて返答してくれた。
オレももっかいありがとうの意味で手を挙げると、滝さんは少し困ったような顔をした。ちょっと楽しい。
「目標はこの先にある村を根城とする量産型と思われるクモオーグだ。過去の戦闘データから空中戦が推奨される。突入後20分で連絡がなければバックアップが任務を継続する。いいか?」
「ワカリマシタ!」
挙手して了解の意を示す。滝さんは頷いただけだった。寂しい。心ガッカリだ。
「ムラノヒト?」
「安否不明状態にある。24時間前に監視要員からの定時連絡が途絶えた」
「……」
無言で了解の挙手をする。
村人、監視の人、拉致されたかあるいは殺されたか。
全力で戦う理由ができてしまった。
オーグメント、元は人だったヒトたち。
望んでそうなったのか、無理やりそうされたのかは大事じゃなくて。
「今」が脅威だから。危ないから。だから倒す。
オレは難しいことわからないから、ただ「今」だけに対処しようと心に決めた。
タイマーをセット。滝さんと別れ行動開始。
村までのルートは車一台が通れる舗装された道路があるが、敵に感知されるのを避けるため山の中を駆ける。
生身で整備もされてない山の中での移動だが、今のオレはタイリョウハッセイガタソウヘンイバッタオーグ(???)だ。
強力なバッタ由来の脚力と元々の運動神経を活かして時速60キロものスピードで山を駆ける。
視界の切り替わりが速い!疾い!まるでバイクに乗ってるみたいだ!
あっという間に森を抜け村へ出た。
そのまま村内に聳える、村の景観に似つかわしくない黒い洋館へと突撃する。
洋館を守るように囲っている2メートルはあろうかという外壁を飛び越え、2階の窓へと跳躍。ガラスを割って廊下へと侵入する。カチコミじゃあー!!ものどもであえであえー!
いっぱい敵が出てくると思ってたんだけど、待てども待てども出てこない。
インターホン鳴らした方がよかったのかな……?
とりあえず邸内を探索することにする。
残り時間15分でクモオーグを倒さないと、バックアップの人たちが来てしまう。
ありがたいけど、それはなるべく避けたいなぁと思う。
だって死人でるし……。
階段を降りてホールのような広い空間へ出た。
異様な雰囲気だ。
見上げるような高い天井は巨大な蜘蛛の巣で覆われており、そこから繭のように包まれたナニカが夥しい数吊り下げられていた。
「これはこれは。仮面ライダーが来ると思っていましたが……。まさかオーグメントの出来損ない、裏切り者の量産品が出てくるとは思いませんでした」
「クモオーグ」
「おや?意思が表出しているとは興味深い……。それにしても、バッタオーグの系譜は裏切り者の系譜ですね。やはりバッタは災いの象徴というわけだ」
「ムラノヒト、カエセ!」
「構いません、どうぞお好きに。ああ、そうだ。よければお一ついかがです?人間を加工したプラーナ貯蔵タンク。残念ながら求める効率に達しませんでしたので、彼らは処分することになっているのですが……。あなたの非効率な機構には多少、足しになるでしょう?」
「シネ!」
「残念です」
彼我の距離は10メートルほど。前方に跳躍し瞬く間に距離を詰め右手を振りかぶって渾身の一撃。
クモオーグは床に倒れ込むようにして伏せ、オレの拳を避けた。
そのまま床で踊るように回転し、長い脚で俺を蹴り払う。
その場で小ジャンプし空中に回避。
重力を利用して、伏せたクモ野郎へ踵落としを狙う。
やつの顔面スレスレを擦り、踵が床材を叩き割った。
その隙をついてクモ野郎がオレの脚に絡みついてきた。
キッショ!離れて!!!(蜘蛛嫌いの男)
「かつての二の舞はごめんなのですよ」
「???」
二の舞どころか一の舞も知らんわ!
全力でもがくが、拘束力が強すぎて振り解けない。
脚を掴まれてるからジャンプで振り解くこともできない。
クモオーグの背中のファスナーがゆっくりと開いていく。
蜘蛛な上に露出狂!?最悪の敵じゃん!!!
「暴れても無駄です。再生された私のパワーはかつての比ではありませんから。では、まずはその自慢の脚をいただきます」
「ウ?」
視界が一気に下がる。やつの能力?
違う。オレの視点が低くなってる!?踏ん張りがきかない。
そして脚に襲いくる激痛とも知覚できないほどの、空白。
「お得意の空中戦は封じさせていただきました。これでさよならです、バッタオーグ」
「アァァァァァァァァァァ!?!?」
クモ野郎の背中から覗く一対のカニのギロチンがオレの右脚の膝から下を切断していた。
残り時間、7分。
※
「ウゥ……ウゥゥゥゥゥ……」
「裏切り者に死を。私の目的はあなたではありませんでしたが、仕方ありません。ちなみに、大量発生型相変異バッタオーグの腕力ではKⅡオーグとして新生した私の糸は切れません」
「ゥゥゥゥゥ……」
「もはや人の言葉も失いましたか。不憫ですね。では、あなたの大好きな人間たちと同じように、私が私らしく私の手であなたの命を奪います。それが私の礼儀ですので」
激痛の光が頭の中で暴れ回っている。
光の奔流の中で、クモオーグが肩から伸ばしたギロチンめいたハサミを揺らめかせながら、ゆっくりと壁に磔にされたオレの元へと歩いてくるのが見えた。
このままでは死ぬ。死んでしまう。
『死ぬのが怖い?』
頭の中に女の人の声が響く。綺麗な声。落ち着く声。
死に際の幻聴かなと、そう思えた。
どうだろう。死ぬのは、そうだな。
死ぬのが怖いわけじゃない。
ただ……。
『ただ?』
何もできずに、死ぬのが怖い。
何者にもなれずに朽ち果てるのは。
『仮面ライダー』になれずに死ぬのは。
それだけは……死んでもごめんだ!
『ハァ……。ヒーローってこんなのばっかなのかしら』
『いいわ。背中を押してあげる。頑張りなさい。ヒーロー』
残り時間、3分。
※
「……!何……!?」
バッタオーグの腰に装着されたプラーナ蓄積循環外部補助機構簡易タイフーンが赤く明滅し、周囲のプラーナを貪り喰らうように吸い上げていく。
「馬鹿な、リミッターを解除しただと!?どこにそんな知識が!?いや、しかし!所詮量産品のボディでは過剰に吸い上げたプラーナが暴走し自爆します!血迷いましたか!」
「オォォォォォ!!!」
「……無駄なことを。さよならです、バッタオーグ。あなたも死んで、私の幸福の一部に……ッ!?」
洋館が軋んでいる。古いとはいえ、仮面ライダーの空中戦を封じるために、事前にKⅡオーグの糸で各所を補強し、蜘蛛糸によるトラップを仕掛けた要塞と化しているこの洋館が。
「何が起こっているのです!?」
風だ。洋館の中で風が吹いている。
バッタオーグの、変身ベルトから。
「オォォォ……!ヘン、シンッ……!!!」
バッタオーグを拘束していた蜘蛛糸が絹のように引き裂かれていく。
切断し失われたはずの脚が、切断面から隆起する肉と溢れ出すプラーナによって再構築されていき、背部からバッタの翅を思わせる神秘的な虹色の奔流が展開された。
「ッ!この、出来損ないはぁぁぁぁぁ!!!」
体内のプラーナが本能的な危機を煽り、今すぐヤツを倒せと暴れ回る。
全身が総毛立つ感覚に突き動かされ、KⅡオーグは蜘蛛糸を乱射しながらハサミギロチンを振り翳した。
「ガッ……ァァ?」
一瞬、意識がブラックアウトし、眼を開けると己の肉体がワイヤーネットよりも遥かに頑丈な蜘蛛の巣を突き破り、天井へと叩きつけられていた。
地上ではこちらを見上げるバッタオーグの姿がある。
マスクの複眼が赤々と輝きを放ち、その身に纏う雰囲気が変身していた。
あれが量産品なものか……!
KⅡオーグはかつて仮面ライダー・本郷猛と戦った時に抱いた感情を思い出した。
生命の危機に感じる、恐怖である。
ヤツの攻撃が視えなかった。
プラーナを活用した次世代のテクノロジー、人類の永遠の望みとされながら、禁忌の術とされてきた魂のサルベージ。
再生型クモ・カニオーグメントとして新生を果たしたこの私が……。
「スペックでは、私が有利ィィィィ!!!」
「ォォォォォ!」
天井を蹴り、床に蜘蛛の糸を飛ばす。蜘蛛糸を巻き取るスピードを乗せて、スペック上の最高速度をもってギロチンでヤツの首を刎ねる!
視界の中で、いや、視界いっぱいが爆発した。
バッタオーグのジャンプを受け止めて、それでも受け止め切れず床が爆発したのだとKⅡオーグが知覚することはなかった。
バッタオーグが跳び上がり、掻き乱された風により埃が舞い散る空気を切り裂き進む。
再生した脚が白い線を引いた。
「ライダァッッ!!!キイイイイイ────ック!!!」
KⅡオーグの肉体は、スペック上の耐圧限界を遥かに上回る衝撃を受け、遂に耐えきれず空中で爆散した。
KⅡオーグに弄ばれ、既に事切れた人々の肉体が、爆発の余波と吊り下げられていた蜘蛛糸が溶けていくことにより地上へと還る。
バッタオーグもまた、力を使い果たし前のめりに倒れ込んだ。
目覚めた時、彼は誰も救えなかったと仮面の下で一人泣くのだろうか。
それは、ひどく哀しいと思えたから、自分だけはその言葉を送ろうと思ったのだ。
『ありがとう、仮面ライダー』
つづく