「ガハッ……!?」
ナイフを引き抜かれ、背中から蹴り倒される。
倒れるオレの身体を、サソリ・オーグメントが抱き止めた。
やはり罠だった。
脱力。身体に力が入らない。神経がズタズタにされるような、身体の奥深くから弾けるような痛み。なんかの毒、かな……。
まとまらない思考で、なんとか立ち上がろうともがく。
力の入らないオレの身体を、サソリが優しく包み込んだ。
……離せよ、チクショォ。アッ、柔らかい!離さないで。グフッ(毒による吐血)、心がふたつある〜……。
「ワッハァー!……あー、最っ高。あれだけ暴れ回った裏切り者も、この僕にかかればこの程度ってワケ。また僕の有用性が証明されちゃったなぁ!」
「グフッ……オ、オマエ、は……」
背後の何もない空間がヒト型に揺らめく。
ソレは、暗闇から溶け出すように現れた。
背景が、そこだけ切り抜いたようにポッカリと口を開けているように見えた。
全身に配置されたレンズのような機械から青白い発光が瞬いたかと思うと、パシャパシャパシャとスライド式の装甲の中へ素早く格納されて行く。
現れたのは、緑色をベースに毒々しい浅葱色(オレはバカなので後に知った)、そしてドス黒い赤色で全身を彩った『怪人』。
どこを見ているか定かではない不気味な片目。カマキリめいた鋭い口が、粘つくような笑みを見せる邪悪なマスク。
──アァ?ぉまえ、は……、
「オ、マエ、ハ──」
動かない身体?関係ねぇよ。
お前だけは、お前だけは──
寂れた田舎町。砂埃の舞う採石場。
黒ずくめの男たちとの乱闘。
庇い合い、暗闇で潜み怯える子供たち。
オレの胸から飛び出した刃。それを見て泣き叫ぶ妹。
『みぃーつけた』
邪悪に笑う、悪魔のマスク。
オレも、ユキも、ナオキ、エミ、みんな──
みんなの笑顔を、お前が──
「オマエェェェェェェェェェ!!!」
全身をバネに、跳ね起きる。毒に侵されたオレの身体が悲鳴をあげる。力の入らない脚はガクガクと震え、マスクの下では血が涙のように眼から溢れた。けど止まれねぇ!お前は!お前だけは、絶対にィィィ!!
「ライダァッ──パンチ、ッ!?」
「ハイ、ざぁーんねぇーん!」
オレの、腕が宙を舞った。
赤い弧を描いて、冷たい床に叩きつけられるソレ。
なんだ?ナニされた?ヤツは一歩も動かなかった。ただの棒立ちだったんだぞ。ナンデ、オレノウデガトンデル?
「ヴ、ヴァァァァァァァァァァァ!!」
切断面から血がとまらねぇ。それでも!
だけどよぉ!まだあんだよぉ!!!左のッ!!!
「ライダァァァァァァァァッッッ──」
「しつこいんだよ裏切り者が。いい加減、死ね」
ヤツの周囲で、煌めくナニかが見えた。
それが、最後だった。
※
そこは東京のどこか。
あるいは首都周辺。
はたまた日本のどこか。
場所も知られぬ、知られてはならないアンチSHOCKER同盟本部。
日本国に対する脅威となったSHOCKERを排するために設立された、内閣府、法務省、防衛省あらゆる分野のプロフェッショナルから成る政府が管理・指揮する直轄組織。
その総本山が今、まさに陥落しようとしていた。
地上8階地下3階からなる同盟本部施設は、その建設にあたって様々な要件を満たす必要があった。
ひとつ、SHOCKERによる事件事故発生から速やかに現場に急行できること。
ふたつ、動員時に付近の民間人に目撃され難い立地であること。また襲撃時付近の民間人に被害が及び難い立地であること。
他にも色々あるが、このような諸条件から首都へのアクセスが容易で、民間人の居住区ではない、有事には海上派遣も可能である某県港湾部に本部が設置される事となった。
付近に高層ビルが多い観光・オフィス立地である事も、本部施設の擬態に適すると判断された。
そして、今。建設にあたっての絶対条件であった「民間人への被害が及び難い」が不本意にも効力を発揮してしまったのである。
量産型カメオーグメントの背部から聳え立つ二門の砲塔が火を吹いた。
バズーカから発射された焼夷弾が、先んじて撃ち込まれた攻撃によって穴だらけになったビルへ炎をぶち撒けた。
アンチSHOCKER同盟がSHOCKER本部を襲撃しているその隙を付くようにして、地下より突如として出現した量産型カメオーグ《通称カメバズーカ》4、量産型アリオーグ40、指揮型アリ・アブオーグメント1が本部施設へ攻撃を開始した。
「カメオーグ達。そのまま地上はすべて焼き払いなさい。砲撃の60秒後に《子供たち》を突入させます」
「よろしいのですかクイーン。同盟の集積した情報を回収する必要があるのでは」
「案ずる事はなくってよ。地上施設はいわばハリボテ、見せかけ。いつの時代もヒトというのは、大切なものを地面の下に隠したがるものなのですよ」
「ハッ。申し訳ございません」
「よくってよ。さぁ、そろそろ出てくる頃合じゃないかしら?」
クイーンと呼ばれたその女。
全身を黒いラバースーツのような装甲服で覆っており、その背中にはうなじから尾てい骨までを覆う様に背骨めいたユニットが生えている。橙色の複眼を有するマスクから溢れ出た長い金髪が風に靡くたびに、甘ったるい匂いが鼻腔を刺激する。アリ・アブオーグメント《通称AⅡオーグ》が思案するように顎に指を添えた。
「敵部隊出現。装甲車4!歩兵30!」
「こちらの囮作戦で敵はほぼ出払っているようですね」
「ただの人間がたったの30……。数も質も、こちらが上ね」
「巣を突かれたような慌てぶりですな。敵部隊が組織的な行動を取る前に叩くべきかと」
「よろしい。《子供たち》を出すわ。あとの指揮は任せた」
「Yes, ma'am」
AⅡオーグの側に控えていた副官が手を挙げると、随伴していた兵士たちが人の背丈ほどもある玉座めいた形状のユニットを設置する。
AⅡオーグの美しい曲線を描く臀部がしっとりと玉座におさまると、背部の背骨ユニットと玉座が接合し、クイーンの複眼が妖しく瞬いた。
玉座型のユニットが起動シークエンスを開始する。
『WELCOME TO FLYDRONE』
『EACH SENS CHECK...CHECKED』
『PART JOINT ANROCK...CHECKED』
『SYSTEM CHECK』
『MPG CONFIRAMATION...CHECKED』
『FLYS FUEL CHECK...CHECKED』
『CONTROL>>QUEEN...CONECT』
玉座の各部装甲が展開し、伸縮し、アリのように6本の脚部で大地を踏み締める。それはさながら多脚を有する戦車のような重厚さを放っている、まさしく戦場の女王であった。
『YOU HAVE CONTROL MY LADY』
主導権を譲渡する電子的なボイスが終わると同時、女王アリを模した腹部コンテナが各部スライドし、内部にひしめく夥しい数のアリとアブの混合型小型ドローンが空へ解き放たれた。
「地下は我らの領域。蹂躙が楽しみね」
──虐殺が、始まった。
※
ズン、と腹に響く地響きで儂は目が覚めた。
拘束具に縛られた体を捩って、見張りに声をかける。
「おい、今の音はなんだ」
『現在確認中です。ここは安全ですので、ご安心を。それと多田野さん。本日の朝食はパンとご飯どちらにします?』
「ム?だから儂は朝はパン派だと何度言えばわかるのだ貴様」
『りょーかいっす。先日実家から送られてきたスイカジャムもお付けしますねー』
「スイカ、ジャム……?」
ここ最近儂の監視担当になった若い男の声だ。
声音から察するに、まだ現状を把握しかねるといったところか。
あやつはまだ若い。声に感情が出る。
組織の中では新人なのだろう。
……いや、なんで国家を揺るがすテロ組織の大幹部である儂の監視を新人が?おかしい……儂は騙されている……?実は新人のフリをした監視のプロか?儂の言動から密かに体内に潜ませているシン・バットヴィルースの存在に迫ろうとしている!?というかスイカジャムとはなんだ?研究者時代に後輩にもらったスイカ味の炭酸飲料が脳裏をよぎる。飲む地獄だ、アレは。スイカは加工してはならんのだ。そのままカットしてそのままいただく。それこそが人類の幸福なのだ!
「……フン」
とりとめのない思考を鼻息とともに外へ追いやる。
ここに捕まってから儂は随分腑抜けてしまったと実感する。
そも、捕らえられのんびりと収監されるなどかつてでは考えられない事だ。
過去の自分ならあの手この手で脱出を図ろうとしただろう。
それが今や、若輩のペーペーから甘んじてスイカジャムなる劇物を提供されようとしている。これを腑抜けていると言わずして何と言うのか。
実際、あの新人に抱く感情は敵対組織の監視員への警戒ではなく、勤め先でやらかさないか不安な子を見守る親父のような様相である。
それもこれも自分の中のある種の「熱」が燃え尽きてしまったからなのだろうと自覚する。
儂にとっての、生きる目的、我が身を構成する芯材、研鑽の果てに掴み取るべき至高の夢。そう、ワシは「熱」に浮かされていたのだ。自身の研究成果で人類を新たなステージに。目指したのは、病を根治し、欠けた肉体すら修復可能な、人の生命を尊ぶ夢の存在。
それが、いつからか。歪み果て、捩れ尖り、たどり着いた先は人を操り怪人と化すヴィルースだった。
いやまあ、ちゃんと病も治すし肉も修復する。その点において、儂はキチンとゴールに辿り着いた。だがヴィルースには副作用がある。無論あらゆる治療薬には副作用が存在するものだ。それは、人の意思に反応してしまう事。意思、あるいはプラーナか。それを吸って成長、暴走する。
より健康に、より力強く、より美しく。望めばヴィルースは応える。
だがソレは人の身を逸脱させる形でだ。
儂の夢の果て。「熱」の行き着いた先。
ハッキリ言おう。満足している。
万難を廃し、苦境を乗り越え、死から蘇り遂に辿り着いた。
だが、それは……最初の儂が、原点の儂が望んだ夢だったのか……?
「まったく、くだらん思考ばかりだ!それもこれも、あの小僧のせいだ」
頭をぐしゃぐしゃに掻きむしりたい衝動に襲われるのも、体は拘束されている。ぐぁー!イライラするわい!思い出すのは風見志郎との、炭酸の抜けたコーラのような腑抜けた会話だ。
『おっさん!俺の身体、具体的には顔を元に戻しておくれー!』
『無理に決まっておろう!儂は神龍か!』
『DB知ってるの意外〜』
『は?むしろ世代なのだが?』
『見えねぇ!』
『老け顔と言ったか貴様ァ!?』
『言ったけど言ってねぇ!?』
『言っておるではないか!?』
壁をバシバシ叩きながら笑い転げる小僧を見ると脳の血管がバーストしそうだ……。あ、オイ小僧壁が!壁が凹んでおる!馬鹿か?馬鹿なのか?
滝とかいう男にアホほど叱られておる。ヒッヒッヒッ馬鹿め!ざまぁないわ!
『それで顔なんだけどサ』
『だけどサ、ではないわ。儂には無理だと言ったであろう』
『え。マジなん?』
『マジだとも』
『なんで?ホワイ?』
『いちいちムカつく小僧だ……かくかくしかじか』
ここで儂は小僧にシン・バットヴィルースの副作用の話をしたわけだ。ヴィルースは宿主の意思・プラーナ、あるいはイメージによってその姿を変貌させる。儂と戦った際にV2形態へと変貌したのがその証拠。
その時イメージしたのは何だ?
より強く、絶望に負けない様に、か。
なるほど。そのイメージが今の貴様の姿なのだろうよ。
『俺のイメージでは俺がブサイクなままの方が強い、ってコト!?』
『そーいうことだとも』
『あ、あんまりだぁぁぁぁぁぁ!!!』
『ヒィーヒッヒッヒッ!!!愉快愉快!!!』
『キィィィィィィィィィ!!!!』
まあ、小僧とは色々な話をした。
多くは時間の無駄だったが、まあ、気は紛れたかもしれんな。
そして、うっすら気が付いたこともある。
そう。儂の原点は──
──いつの間にか、儂はまどろんでいたらしい。
うつらうつら、夢の中で。
そうしてそれからしばらくして、突如。
腹の底をひっくり返す様な、連続した轟音とともに、儂を拘束する牢獄の天井が崩落した。
※
「ッッッ、なんだ、一体?」
体を押し潰していた瓦礫から這い出る。
儂は戦闘特化でないにしてもオーグメント。
今はカメのプラーナも取り込んだ複合型。防御能力には自負がある。
幸い、フロア全体は崩落せず耐えているようだ。
コウモリとしての聴覚で自分が地下3階にいる事はわかっていた。
たとえどれだけ耐久に優れていても、地下3階で生き埋めになれば命はあるまい。
この崩落はおそらくSHOCKERの攻撃か?
儂が捕らえられたのを知って、本部の位置がバレると前提とした囮作戦か?思考がそこまでたどり着いて、すぐに考えるのをやめた。儂の心がチクリと傷んだ気がした。知らん知らん。儂はSHOCKER基地の場所を伝えただけ。攻めたのも同盟なら、守りを疎かにして攻撃されたのも同盟なのだ。儂の責ではない。
そうとわかれば早急に脱出する必要がある。
SHOCKERは裏切り者を許さない。そして、儂は情報を吐いた裏切り者。アンチSHOCKER同盟の本部襲撃、儂の抹殺。これだけのタスク、送り込まれた刺客はその辺の量産型では務まるまい。おそらく戦闘特化型、あるいは戦略級のオーグメントが送られてくる可能性もある。下手に戦おうものなら十中八九負けるだろう。三十六計逃げるに如かず、だ。
囚われていた部屋から抜け出し、超音波による探査を頼りに脱出路を探る。
「うっ……」
しばらく進んだ先で、聞き覚えのある声がして立ち止まる。
瓦礫に埋もれたモニタールームのような部屋。その奥に、知った顔が倒れていた。名前も知らぬ、スイカジャムを食わせようとしてきた迷惑な男だ。
「貴様、無事だったか!」
「……アハハ、どうもっす。多田野さん。牢屋の外で会うのは新鮮っすね」
「無駄口を叩くな。待っておるがいい。今瓦礫をどかしてやる」
「助かったす!多田野さんは俺のヒーローっすね!」
「やかましい。さっさとここを出るぞ。SHOCKERの攻撃なのだろう?」
「っすね。最後の通信で、敵の数は数え切れないほどって言ってたっす……」
数え切れないほど。となると群体指揮型。数はそうおらん筈だが……。儂は派閥に属しておらんかったからな。他所のオーグメントとの面識など両の手に収まる程度。だがいずれも厄介な奴らが多いと聞く。なおさら悠長にしてはおられん。
「オイ、何をモタモタしておる。急がねば」
「ちょっと待ってください!この瓦礫の下、コイツだけ回収しないと……」
「えぇい、手伝ってやる!なんだ、ソレは」
瓦礫の下から出てきたのは、埃に塗れた青と白の装飾が施された銀のアタッシュケース。文字はかすれてよく読めないが……「MarkⅣ」?
「立花さんが置いて行ったデヴァイスらしいっす。万が一にはコレが役に立つかもって」
「フン、その万が一は今ではなかろうよ」
「っすね。これはたぶん、立花さんも想定外……ッ!?多田野さん!!」
「んなっ!?」
──時間が止まったようなスローモーションの中で。
儂を庇って飛び出したその男の腹に小型のドローンが突き刺さり、小さく爆発するのを見た。小さいと言えども人の体を食い破るには十分な威力で、それを腹に受けたそやつは、驚愕に目を見開いて、血を撒き散らしながら後方の壁に叩きつけられた。
そこでようやく、儂の聴覚が小さい羽虫の様なモスキート音を捉えた。
気が昂って音に気が付かなかったのか?そうだ、儂は戦闘に秀でていない。優れたコウモリの聴覚はいかなる環境下においても頼りにできるほど万能ではない。しかし、儂は救えたのではないか?もっと。儂がもっと、周囲に気を払っておれば……。
「チィィ!」
硬質化させた羽で羽虫を斬り払う。
同時に爆発。それを羽を盾になる様に展開して防ぐ。
しばし、耳を澄ませる。
──来ている。大群が。しかしまだ遠い。
今のは威力偵察だ。まだ、逃げられる……。
逃げるべきだ。だが。
儂は走っていた。儂を庇った馬鹿者のところへ。
「おい!おい!おい!しっかりせんか!おい!」
「──……」
「馬鹿者!馬鹿者がっ!儂はオーグメントだぞ!庇わずとも、あの程度では(たぶん)死なぬ!そもそも儂は敵だ!なぜ庇う!ああくそ!血が止まらぬではないか!ええい!」
男はまだ死んでいなかった。だが生きているだけだった。
もう数十秒もない。そんな命だった。
いやだ。死なれたくない。儂を庇って恩着せがましく死なれたら、儂の朝食が不味くなるではないか!どうする?どうすればいい?どうすればこの男を助けられる?
「そうか、まだ!儂にはまだこれが、あるではないか……」
シン・バットヴィルース。
この男にまだ生きる意思あるならば、必ず我が愛子であるヴィルースは応える。たとえそれが、どんな姿だろうとも。いいではないか、生きているのだから!
「我が最後のヴィルースたちに命じる!この男を、生かせっ!!」
「──……ガハッ、ゴホッゴホッ」
「フン。息を吹き替えしたか。まったくこの阿呆めが」
「──ゴボ……ガッ」
「……!?なぜだ!?なぜ傷が塞がらん!?」
「──多田野、さん」
「気が付いたか!お主!気を確かに持て!まだ死にたくなかろう!生きたいと願うのだ!」
「アハハ、なんか神龍みたいな事言ってますねぇ……。多田野さんが無事でよかったっす」
「お主、なぜ……」
繰り返しになる何故という問いは、目の下に隈を作りながら絶え絶えに喋る男に遮られた。
「いやーお恥ずかしながら自分、ここで生き残っても……この先、未来で、何の役にも立たないって、あの瞬間に、思っちゃったんす……」
「何を、言っておる」
「多田野さん、俺の意思を継いでください。俺じゃダメだ。俺は弱い。俺は戦えない。けどアンタなら、あの志郎くんと笑い合えるアンタだから託したい」
「戦うとはなんだ!?なぜあの小僧が出てくる!?ええいもう喋るな!お主は混乱しておる!生きる事だけを願うのだ!このままでは死んでしまうぞ!」
「SHOCKERは、俺の父を殺して、母は心を壊してしまった。だから許さない。アンタの事も、はじめは食事に毒を盛ってやろうかとすら思っていた。けど、アンタは変わった。何がアンタを変えたのかは知らない!だが今のアンタは、変わっちまったアンタはもうSHOCKERじゃなくなってた!だから託したいと願ったんです」
息を吹き替えした男は、死にかけのまま、それでも生命力に溢れたギラギラとした瞳で儂を見据えた。確実にバットヴィルースが効いている。この男の生命力を活性化させている。これなら、助かるか?
背後で、羽虫の音が7つ。
チッ!先行部隊がやられて様子を見に来たか!
7つの音源、その全てに超音波で壁を作り飛ばす。
空気の壁が全ての羽虫を叩き落とした。爆発。
小さいが7つ。このフロアも、もう保たんぞ!
「儂にお主の復讐を継げと?御免被る。それは貴様自身で果たすべきだ」
「ええ。この復讐心は、大切な俺だけのもんです。そんな俺の復讐心まで投げ打って庇ったんだ。だからアンタには、未来を守る、俺の、俺たちのヒーローになってもらいます」
男が儂の腕を掴む。なんだ?何かが、流れ込んでくる!?
そして背後でいくつもの爆発。やつらめ、直接攻撃ではなくフロアそのものに攻撃をしかけたか!
「クッ!?崩れるぞ!お主、逃げるぞ!」
「今更ですが、お主じゃないっすよ。俺の名前は結城丈二。俺の魂、アンタに預けます。──多田野さん。必ず、未来を救ってくださいね」
遂に、AⅡオーグメントのドローン攻撃に堪え切れずにアンチSHOCKER同盟の本部施設は完全に陥落した。
地上8階地下3階の大型ビルは跡形もなく焼け落ち、そこに残るのは瓦礫と人の骸のみ。
「フゥン。予想以上に呆気なかったですわね。まったく面白味のない事。──この気配、コウモリオーグ?いえ、これは……?」
そのはずだった。
瓦礫の下から。地の底から。
硬く握り締められた右腕が天に突き立った。
「……まったく。好き勝手喋るだけ喋って逝きおって」
無様に這い出てきたのは、AⅡオーグメントの知らない一人の男。
その手には謎のアタッシュケースが握られている。
見た目は不明だが、そのプラーナは確かにコウモリオーグのもの。
「推定コウモリオーグ、補足。攻撃を開始しますか?」
「待ちなさい。コウモリオーグ、念の為問いましょう。このまま裏切り者として我らに処刑されるか。それとも戻るか。我らが死神博士は寛大にも貴方の帰還をお赦しになられました。無論、我らの陣営に帰属すれば、ですが」
AⅡオーグの問いに、男は力強い眼で睨み返した。
「フン。どいつもこいつも好き勝手喋る。昔と同じだ。
「それは拒否と受け取ってよろしいですわね?では、当初の予定通り貴方には死んでもらいます」
「悪いが、それは御免被るな」
「……なんですって?」
男はアタッシュケースから青いマスクを取り出し、両の手で空に掲げた。水平線から顔を出した陽の光を浴びて、マスクに反射した青い煌めきが周囲を照らした。
「今日はまだ朝食を食べてない。悪いが、押し通らせてもらう」
掲げたマスクをゆっくりと被る。
装着者のバイタルを受信したマスクが信号を送り、足元のアタッシュケースが連動して体に組み付き、全身に装甲を展開していく。
カシカシカシ、軽快な金属音と圧縮空気の音を刻みながら、鮮やかなカラーリングが全身をコーティングしていく。
静かに両の拳を胸の前で組む。最後に、その手を白い装甲が覆った。
変身などと、小僧どものように小っ恥ずかしい掛け声はいらない。
それに、この身はすでに、結城丈二という男に変身している。
なんの因果か。シン・バットヴィルースは多田野という科学者を一人の青年に変えた。ここに、かつての「熱」に浮かされた一人の科学者は死んだ。そして新たに結城丈二という青年の姿と意思を継いで、ここに新たなヒーローが立ち上がった。
脳裏に、あの小僧《風見志郎》とあの青年《結城丈二》の言葉が蘇る。
『おっさんの造ったモノは確かにオレを救ってくれたんだ。だから、ありがとうって伝えなきゃって思ったんだ』
『俺の魂、アンタに預けます。──多田野さん。必ず、未来を救ってくださいね』
底抜けに明るい馬鹿者の言葉だ。
しかしだからこそ眩い。まっすぐだ。
だから、心が揺れたのだ。
だから、儂は、俺は、私は見つけることができた。
暗闇に溺れた泥沼の底に、たったひとつ残った光を。
思い出せ。
「結城丈二。それが今から私の名だ!」
とっておきのスイカジャムをくれてやりますよ!
───《勇気ある青年》