アンチSHOCKER同盟に用意された数あるセーフハウスのうち一つ。
防音が完璧に施されテーブルと椅子が一つずつ置かれただけのその一室で、政府の男・立花とその後ろに控えて立つ情報機関の男・滝が、テーブルに鎮座する大量発生型相変異バッタオーグ《仮称・第3号》のマスクと向き合っていた。
「KⅡオーグ。クモ・カニオーグメント。新たな3種合成型か」
『それだけじゃない。人格もクモオーグそのものに感じた。戦闘ログは?』
立花の呟きにマスクから女の声が応答する。
通話とも違う、「そこ」にいる気配を微かにだが感じる。
実に奇妙な感覚だ。
立花は未だその感覚に慣れなかったが、ここ最近は割り切ることにしていた。
それが立花の、この仕事を長く続けるための長年のコツだった。
「確認した。ヤツの言動も我々のプロファイリングと一致する。……SHOCKERは黄泉がえりの術まで持っているのか?」
『黄泉がえり。……言い得て妙ね。けどそんな話、私は聞いたことがない。なんとなく予想はできるけど』
歯切れの悪い女の言葉に、立花は半年前に発生した、プラーナと呼ばれる物質をめぐる一連の騒動を思い出した。
「魂、プラーナの現実世界への帰還。──もしやハビタット計画がまだ生きていると?」
『ご明察。人々の魂、プラーナを強制的に解脱させるハビタット計画。その応用だと私は考えるわ』
ハビタット計画。生物の生命エネルギーそのもの、魂とも呼べるプラーナを肉体から解放し、プラーナのみが存在するハビタット世界へと強制的に解脱させる恐るべき計画である。
これを巡る一連の出来事を、同盟内では簡易的にハビタット事変と呼称している。
彼女の言葉を信じるならば、ハビタット世界へ移行したプラーナを、再度現世へと連れ戻す技術をSHOCKERは有しているという事になる。
オーグメントとして強化されたプラーナのみ黄泉がえるのか、はたまたただの人間でもそれが可能なのか。
後者なら、ハビタット事変で強制的にプラーナを奪われ、生きながら死んでいった職員たちの扱いについて組織内で一悶着ありそうだと、立花は暗澹たる心持ちになった。
彼らは既に火葬されているのである。
魂の還るべき器は失われているのだ。
照明の落とされた部屋に重々しい沈黙が落ちる。
立花の背後で、滝が居心地悪そうに身じろぎした。
「そういえば、仮称・第3号。彼は信用できそうか?」
立花は強引に話題を変えた。
重い沈黙に耐えかねたのだ。
『そうね。強引に私を彼のマスクへ移した貴方たちよりは遥かに信頼できるわね』
しかし帰ってきた言葉は随分と棘のある言葉だった。
だが、立花としても納得はできた。
今回は色々と性急過ぎたきらいがあったのは確かだからだ。
立花たちの派閥はハビタット事変を機に『緑川ルリ子』のプラーナを、政府の息のかかった安全な場所にて保護していたのだが……。
「それについてはすまないが、こちらにもやむを得ない事情があった事は理解してほしい」
『わかってる。政府内にSHOCKERの人間が紛れ込んでる。そうでしょ?』
開示していない情報が彼女の口から出てきたことに、立花としては特に驚きはない。ないが、それを良しとしないのが滝という男だ。
「秘匿レベルの高い情報だ。正規の手順以外での情報収集は契約に反する」
滝が静かだが重みのある声でルリ子を咎めた。
情報機関出の男だ。
やはり情報の取り扱いに一家言あるらしい。
『悪いけどそれはできかねるわね。文字通り生死が関わっているわけだし』
彼女の言葉通り、彼女のプラーナを保管していた場所は何者かの襲撃を受けていた。
事前に察知していた立花たちの機転がなければ、あるいは今頃ルリ子はここにいない。
緊急避難先が第3号のマスクだった事にも理由があるのだが、それはまた別の話である。
二人のやりとりが一旦落ち着き、数秒の沈黙が訪れる。
立花の端末が振動した。
「失礼」
メールが一件届いていた。件名は空欄だ。
添付されたファイルのタイトルは「ブラックリスト」。
送信元は目の前の『緑川ルリ子』。
「これは?」
『同盟内の裏切者リスト』
「いつの間にこんなものを……」
『私は常に用意周到なの』
立花は添付ファイルを端末ごと滝に手渡した。
受け取った滝が、静かに部屋を退室する。
立花たちもある程度の目星をつけていた人員の、その数倍の数がブラックリストには記されていた。
リストメンバーの素性精査、取り込まれた経路、再発の防止策の考案に新たな人員の選定、事後になるだろう組織への根回し。
この後に控える業務の膨大さを考えるだけで、立花は頭が痛くなった。
文字通り手も足もない、精神だけの彼女に振り回されている事を、立花も流石にそろそろ自覚し始めていた。
まあ、それに大いに助けられてもいるのだが。
『あとはそっちに任せる。残る懸念事項はSHOCKERの黄泉がえり計画ね』
「それは君と彼に任せる。まずは存在が確認できた再生型オーグメントから糸口を探ってほしい」
『まずは地道に情報収集か。直感だけど、時間をかけるのはまずそう。こちらから仕掛けましょ。次のターゲットは?』
立花は手元のファイルからプリントアウトされたA4用紙の束を取り出した。
表紙には大きく赤字で極秘と記されている。
部外秘かつ権限のあるメンバーのみ閲覧可能な最重要機密文書である。
「それについては目星がついている。再生型コウモリオーグメントだ」
『コウモリおじさまか。またあの顔を見るのは憂鬱ね。場所は?』
「山梨県奥秩父連山。甲武信ヶ岳の登山客が多く失踪している事を掴み、調査の結果登山道から大きく離れた場所でやつのアジトが発見された」
『…… 最っ悪。よりにもよって首都の大水源にヴィルース狂いの科学者がいるわけ?』
甲武信ヶ岳。東京に供給される水、その大部分を支える大水源・荒川の源流である。
「ウィルスを水源に放たれれば、都内の人間ほぼ全てがコウモリオーグの意のままになり、SHOCKERの手先となるだろう」
『やばいわね。日本転覆も十分あり得る。都内にどれだけの人間がいると?ここで悠長にしてる場合じゃない。すぐに動かないと──』
「まあ待て。我々の得た情報によると、肝心のウィルスは未完成らしい」
『その確証は?』
「彼の記憶だよ」
『──あぁ、そういうこと』
仮称・第3号。彼の過去を探る中で掴んだいくつかの情報が次のターゲットを指し示していた。
※
やぁ、オレだよ!第3号だよ!
今オレはセーフハウスのベッドで横たわってるよ。
する事なくてめっちゃ暇。
ここにはテレビもねぇ。ラジオもねぇ。
バイクはちょいちょい走ってる。
バイク、いいなぁ。
オレもバイクのっでみだい!!!!(ぐちゃぐちゃ泣き顔)
この部屋娯楽なさすぎて独房……?
もっと部屋に週刊少年誌置くとかさぁ。
ハァ、心がっかりだ。
それと死ぬほど身体が痛いんだよな〜。
クモ野郎と戦って気絶したとこまでは覚えてるんだけど、そっから気付いたらここにいたってワケ。
バトルスーツ的なプロテクターも外されてて、動きやすい貫頭衣みたいなの着てるよ。
オレ、その時初めて自分の地肌見たのね。
なんかね、違うんだよね。人のソレじゃない。
ちょっと虫っぽい。まじキモイ。
そんでその後鏡見てあまりのキモさに気絶しかけた。
虫じゃん!!!!!!キモッッッッッッッッ!!!!
いやだ〜!!!オレこんな顔いやだ〜!!!!
思わず泣きそうになった。
……嘘だよ。実はめっちゃ泣いた。
自分の顔がキモすぎて泣くとか最悪すぎる……。
顔面「エイリアンVSプレデター」じゃんってイジメられたりしたらどうしよ……。
話は変わるけど(変えるという強い意志)、クモと戦ってる時に聞こえてきたあの女の人の声、誰だったんだろう?
オレのピンチに助けてくれたっぽいからいい人(?)なのは間違いない。
綺麗な声だったな〜。もしかして神様とか?
クモ人間がいるんだもの。神の存在超あり得る〜!
今もどこかでオレのこと見てるのかな?
アッ!!やばい。この顔を見られてると思うと、心が死ぬ。
気持ちの乱高下激しくてジェットコースターかよ。
ちなみに世界最恐のジェットコースターは山梨の富士急ハイランドにあるらしいゾ⭐︎!(諸説ある)
よし、決めたよね。
何がって?オレの夢だよ。
この虫顔を整形して、元の顔に戻る事!
自分がこの顔だって思い出すのが1秒だって耐えられないもの。
あと神様に、というか他人に見せたくない。
元の顔に戻る為だったらなんでもする。
整形手術に100万とか払うよオレは。
その為には貯金しないとダメだな、うん。
そしたら働かないといけないから、まずは仕事探しだね。
いや、オレこの顔で仕事とか無理だな!?
オレの夢、完!ご愛読ありがとうございました!
よよよ、と1人泣き崩れるオレ。
もぅマヂ無理。不貞寝しょ……。
華麗なる二度寝を決め込む直前に部屋のドアが開かれた。
入ってきたのは眼鏡の髭の人、立花さんだ。
手にはオレの被っていたマスクを持っている。
『目が覚めたか、第3号。さっそくだが仕事の時間だ』
あったわ、仕事。
※
はい。今オレは山梨県はなんとか山のなんとか登山道に来ています。
いや違う。オレがバカだから地名が覚えられないとかじゃないんだ。
聞く暇!聞く暇がなかったの!
なんとか道中の景色で山梨にいる!って事だけはわかった。
ほうとうのお店の看板多いからね!
美味いよね〜!ほうとう。オレほうとう大好き。
「第3号、我々の作戦をもう一度確認する」
「ハイ!」
「目標はコウモリオーグ。かつて感染した人間を意のままに操れる、バットヴィルースなるウィルスを使い大勢の人間を犠牲にしたマッドサイエンティストだ」
「ギセイシャ……?」
「近隣市街も含め、既に200名が失踪している。現在は各県からのルートを封鎖。コウモリオーグもおそらくこちらに捕捉されていることを感知しているだろう」
「……ユルセン」
立花さんの説明を聞いて、心が深く沈んでいく感覚になる。
なんで他人の命をそんなに簡単に奪えるんだろう。
クモオーグを倒した、いや殺した時の感触は今でも忘れられない。
感じたのは苦しみだ。
自分の手で誰かの命を終わらせる事は、とても苦しいんだと。
あの時初めてオレは知ったのだ。
正義の味方って超苦しいじゃん……。
でもオレは決めたんだ。
オレを救ってくれた仮面ライダーみたいにオレもなりたい。
だってかっこいいし!
皮肉にもその為の力は他ならぬショッカーから与えられた。
ショッカーの理念は深い絶望を持つ人に絶望を切り拓く力を与える事なんだって。
おーけー任せろ。オレの希望はみんなが笑顔になれることだ。
そのみんなにショッカーは入らないのかって?
入るよ?みんなが笑顔になれるなら、協力だってやぶさかじゃないよ。
でも、やり方ぁ!方向性が明らかに間違ってるもん!
ショッカーの人たちもなんか辛い背景とかあるのかもしれないよ?
オレだって最大多数の最大幸福が絶対正義だとは思わない。
だって、どうしたってそこから零れ落ちる人はいるから。
でもごめん……。オレ、バカだからさ……。
あんたらの幸福が誰かの涙が流れる事で成り立つのなら、オレは迷わずこの力を使うよ。
それがオレの覚悟だ。
というわけで誰かに迷惑かけるコウモリは殲滅だぁー!ヒャッハー!
※
今回のミッションはバットヴィルースの感染を考慮しバックアップは存在しない。
文字通り、東京都民約1000万人の命が一人の男の肩にかかっていた。
第3号。滝と同行し量産型と思われていたクモオーグ討伐へ出向いた3人目の男。
正直、SHOCKERがこちらへ送り込んだ間諜かとも疑いもしたのだが。
彼の真っ直ぐな心根は、政府の闇に潜る立花たちの目にはとても眩しく映る。
先のクモオーグ戦で、緑川ルリ子が記録した戦闘ログを確認して感じた彼への印象。
真っ直ぐで、決して折れない。寡黙な鉄の男。
殺された人々の為に怒り、自身の脚を切り落とされても決して退かない信念。
彼と過ごしたのはたった数日だ。
任務は一度しか、それもモニター越しにしか共にしていない。
それでも、わかる。わかってしまった。
彼の息吹が、その生き様が囁くのだ。
彼は、正しく立花の知る『仮面ライダー』。その3人目だ。
「頼んだぞ、仮面ライダー」
山の中へ駆けていくその背中に、柄にもなく立花は呟いた。
※
アジトらしき人工物はすぐに見つかった。
バッタの脚力で登山ルートから外れておよそ20分くらいの谷間。
岩と木々に囲まれた天然の隠れ蓑の裏には、山肌を削って作られた、トラック一台がゆうに通れるだろう大きさのトンネルの入口が隠されていた。
事前情報なしで見つけるのは至難の業だろうと思えた。
しかし、オレはなぜか迷うことなく何かに導かれるようにしてここに辿り着いていた。
周囲にはこれまた巧妙に隠された監視装置群が配置されている。
しかし、侵入者を拒む気はないのか迎撃装置らしきものはない。
そのトンネルはまるで獲物を誘い込む深海魚のように、大きな入口を開けていた。
意を決して突入する。
奥へ。奥へ。
トンネルは緩やかに地下へ向かい傾斜していた。
深く進むにつれて、トンネル全体がわずかに湿り気を帯びていることに気付く。
地下水脈が近いのか、どこからともなく水の滴る音が聞こえてくるようだった。
どれほど走っただろうか。
変わり映えのない無機質なトンネルを進んだ先に、その人は唐突に現れた。
溶けるような黄金色を身に纏った女の人。
髪をツインテールにまとめ上げ、その顔は蜂を思わせる仮面に覆われている。
この人、強い……。
まるでバッタの本能がそう告げているようだった。
蜂の人、ハチオーグが口を開いた。
「ようやく来たな。緑川の小娘!ようやくだ。これでようやく、儂の悲願が叶う!」
なんか見た目に反して口調は老人っぽい。
なんともチグハグな感じがした。
それに、身体の動きと心の動き(これがプラーナ?と呼ばれるものなのだろうか?クモとの戦いの後に僅かに感じ取れるようになった)に違和感があるような……。
「オレ、ダイサンゴウ。ミドリカワ、チガウ」
人違いで戦ってしまうのも困るので、とりあえず名乗ってみる。
万が一良いオーグメントだったら敵対したくないし。
あと娘じゃなくて息子です。
「いいや、確かに緑川の小娘だよ。そこにいるんだろう?そこの失敗作の装備の中に!」
『そんな……。ヒロミ……?』
あっ!神様!?
つづく
主人公の素顔が気になる人は「大量発生型相変異バッタオーグ 顔」で検索してみてください。
まあまあひどいお顔をされてます。
拉致された小学生が改造素体という話もありますが、本当だったら許せん……。