バッタオーグになりまして   作:呼び水の主

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解放

 そのヒトはオレの正面10メートル先に佇んでいた。

 オレたちオーグメントにとって10メートルなんて大した距離じゃない。

 お互いにいつでも攻撃し合える戦闘距離だ。

 一挙手一投足の見逃しが命取りになる。

 オレは神様とそのヒトの会話を聞きながら見に徹することにした。

 

『どうしてヒロミ……、ハチオーグがここにいるの?』

「いいや違うぞ。この女はハチ・ハリネズミオーグメント、ヴァージョンアップを施され今は通称HⅡオーグだ。せっかく強化され蘇ったというのに、SHOCKERに離反した馬鹿な女だ!故に!私の最高傑作を産み出す為の実験体になってもらったのだよ!」

 

 ハチ・ハリネズミの名の通り、金色に輝く着物を纏い、その均整の取れた細身で美しいシルエットを惜しげもなく晒している。着物の隙間からは身体に張り付くような、黒を基調に蜂の巣をモチーフにした六角形のハニカム模様のインナーが覗く。

そして無数の針が先端を下に向けて綺麗に生え揃った黒い羽織を美しく着こなしていた。

 だからこそ、その口調に違和感があった。詳しいことはよくわかんないけど、蘇って離反、実験体という言葉からして……。

 

『相変わらず悪趣味かつ低俗ね、コウモリおじさん』

 

 神様の声が少し震えていた。先程の名前呼びからして知人あるいは友人なのかもしれない。それと先程のハチオーグ、いやコウモリおじさんの言葉からして操られているのは間違いなさそうだ。──最低だなぁ、コイツ。無意識で握り込んだ拳がギリギリと音を立てる。

 

「ヒィーヒッヒッヒッ!褒め言葉として受け取ろう!だが、まだ儂の研究は終わっていない!緑川の小娘!プラーナさえも支配下に置くこの究極のバットヴィルースで貴様を操り殺すことで、今度こそ儂は緑川を超越する!」

 

 ──来た!その言葉を言い終わらぬ内に、ハチオーグが目にも止まらぬ速さで加速する。

 どこからか取り出した日本刀を閃かせ、金色の残光が尾を引いてトンネルの薄暗闇を照らした。え!刀どこから出した!?

 ワッ!ワッ!ワッーーーーーー!?死ぬ死ぬ死んじゃうよぉ!!!

 刀VS素手とか無理だよ!リーチの差ァ!斬れ味ィ!心理的圧迫感ァ!

 オレにもなんか武器ちょうだいよォォォォォ!!!

 刀を振る鋭い風切り音がトンネルに木霊する。

 刀だけじゃない。あの女のヒトの武器はその圧倒的な速さだ。

 瞬間的なスピードならバッタのオレも負けてない。だからいまだに身体を斬り刻まれずに済んでいるけど、それも時間の問題なんだが?

 しかも更にこの戦闘を無理ゲーにしている要素がまだ一つある。

 

『いい!?絶対にあの刀で斬られないで!ヒロミの持つ刀は武器でもあり、感染源でもある。アレに斬られればあなたも私もコウモリおじさんの操り人形よ!』

 

 エェーーーーッ!!!なにそれイヤ過ぎるんだけど!?

 矢継ぎ早に繰り出される攻撃を大きく身を引きながら回避していく。

 けど、それも長くは続かない。

 オレの防護服がドンドン切り裂かれていく。

 まだ直撃はもらってないけど、この狭いトンネルの中じゃあ……!

 

「ここでは貴様の能力も十分に活かせまい!失敗作くん!」

 

 オレのことは対策済みってか!つか失敗作って呼ぶな!

 

「これはどうだぁ!」

 

 ハチオーグが羽織を閃かせ、無数の針が射出された。

 視界いっぱいに直径5ミリほどのニードル弾が迫る。遠距離戦までできるのかよ!?

 オレは刀を避けたばかりの、次を考えてない無理な体勢。狭いトンネル内で脚力任せの離脱も不可能。詰みだと思える状況の中で、またしても神様の機転がオレを救った。

 

『ベルトの風車を回して!』

 

 ほとんど脊椎反射でその声に応える。回し方はよくわかんないけど、とにかく回れ!という強い気持ちで丹田に力を込める。

 その瞬間腰のベルトが赤く明滅し激しい風を生んだ。吹きつける風はさながら台風のように、数百の針を叩き落とし、舞い散らせた。

 間一髪!その場を離脱しようと足を動かして、背中がトンネルの壁にぶつかった。あ、やべ。

 

「隙ありィィ!!」

 

 避ける距離を読み間違えたんだ。いや、誘導されていたのか。危機を脱した安堵感が命取り。やつの言う通り、隙だらけ。死んだ──

 耳横で激しい火花が散り、砲弾でもぶち込んだんじゃないかってレベルで音が爆ぜた。

 オレのマスクを僅かに削り取り、頭のすぐ真横に刀がめり込んでいる。生きとる!

 

「オォォ!」

 

 咄嗟に刀を持つ手を弾き、肩を起点に全身でタックル。よろめく細い体、その腹部を思い切り蹴り付け、反動で大きく距離をとる。

 

「ッ、ハァ……ハァ……」

 

 距離をとってようやく呼吸が再開される。息を吸う暇もなかったらしい。

 ハチオーグがタタラを踏みながら後退し、吐血した。マスクから血が滴る。やば……。思いっきり蹴っちゃった……。神様の大切な人かもしれないのに……。

 

「ルリルリ……」

 

 ハチオーグが呟く。彼女に纏わりついていたイヤな感覚が薄れていた。それは邂逅してから初めての、彼女の心の声だった。

 

「私を、殺して……」

『ッッッ……!』

 

 動きが止まってる!オレはどうすればいい!?何かいい方法はない!?殺すしかない!?神様の力でパリファなんとかできない!?一瞬の思考はされど名案を吐き出すことなく無為に終わる。オレがバカだからチクショォ!

 

「カミサマ……!」

『──今のうちに、トドメを!』

 

 それはダメだよ!ハチの「人」がくれたチャンス。あの人の心は、まだ抗ってる!心を捩じ伏せる卑劣な敵と闘ってる!諦めてない!だったらオレたちが諦めちゃダメだ!だから!

 

「センリャクテキテッタイ!!トォ!!」

 

 こういう時は、逃げるんだよぉ〜!!!

 

 

 トンネルの傍に備えられた非常扉に駆け込む。

 だいたい火災とか事故に備えて、トンネルにはこういう外に繋がる非常口があるんだなぁコレが。

 ショッカーの作ったトンネルも似たような作りで助かるー!まあそういう風になってるとオレは何故か知ってたんだが。妙な感じ。既視感というのか。以前にもここに来たことがあるような、そんな気がするのだ。

 中は非常用通路って感じではなく、怪しげな装置やら待機状態の防衛用ドローンなどの格納庫になっている。これも何故か知っていた事実だ。よし、賭けには勝ったらしい。ドローンはまだ起動していない。

 

『ねぇ』

 

 大方、神様の友達にオレたちを殺させる余興を楽しみたいとかそんなところだろうな。コウモリオーグ、卑劣な敵だ。残忍、狡猾、ハゲ。ほんと許せねぇ……。やることぜーんぶ気に入らん!

 

『ねぇってば!』

「ナンデスカ、カミサマ」

 

 はいはい。今オレ忙しいので後にしてもらっていーですか?

 ファウスト製ドローンの装備を物色する。

 人型ロボット用のヘッケラー&コッホ社製アサルトライフルHK416。同じくH&K社のMP5短機関銃、USP拳銃、グレネード、対人地雷、ワイヤー付アンカー、偵察用ドローンなどなど。

 どれもこれもオーグメントにダメージを与えるには心許ないものばかりだ。

 

『私は神様じゃない。緑川ルリ子よ。なんでハチオーグを殺さなかったの?逃げる必要なんてなかった!彼女は、操られて、死にたがっていた!』

 

 神様の名前はルリ子さんというらしい。

 ルリ子さんの声は震えていた。悲しい、苦しい気持ちがマスクを通じてオレにも伝わってくる。

 

「ダカラコロスノ?」

『……この作戦は絶対に失敗できない。情に流されて私たちが死ねば東京全域がショッカーの手に落ちる。ヒロミを助ける余裕はないの。殺してあげることが唯一の救いになる。アナタのベルトのポーチに、サソリオーグの毒を抽出した特殊弾頭が入ってる。そこにある拳銃を使えば一撃で彼女を終わらせてあげられる!』

「ソレハムリ」

『だからなんで!』

 

 無理やり感情を押し殺しているルリ子さんの心を、オレは酷く痛ましいと感じる。

 なんでこの人がこんなに苦しまないといけないんだろう。

 友達を殺してくれって頼むの辛過ぎるじゃん。

 ハチオーグ、蘇ったっていう言葉。たぶんきっと、過去に一度死んでしまった人なんだ。だけどショッカーの都合で生き返って、洗脳されて従わされている。

 本当は自分でどうにかしたいはずなんだ。

 でもルリ子さんにはどういうわけだか身体がなくて、だからオレに頼むしかない。友達を、殺してほしいと。

 

 そんなのダメだね。ダメダメだ。

 気に入らねぇんだ。そんな結末は。

 一文字さん(仮面ライダー)に救われたこの命。

 使い方は、もう決めている。

 

「アノヒトヲ、タスケル。オレハ、カメンライダーダカラ」

 

 だからさ、泣かないでね、ルリ子さん。

 オレが必ずヒロミさんを助けるよ。

 そんでコウモリ野郎はブン殴る。

 

『……馬鹿ね。友達の命と都民約1,000万の命。天秤にかけるまでもないっていうのに』

「ダイショウブ!」

 

 右腕を突き出し、親指をビッと天に向ける。サムズアップ。

 古代ローマで、満足できる、納得できる行動をしたものにだけ与えられる仕草。

 まあ、これはずっと後からルリ子さんから教えてもらう知識なんだけど。この時のオレはただひたすらルリ子さんに笑顔になってほしい一心だったんだ。

 

『なんの根拠もない、分の悪い賭けね。でも嫌いじゃない。わかった。私もあなたに賭けてみる』

 

 ルリ子さんの心がほぐれていく気がした。

 あたたかさとやわらかさがマスクを通じて拡がっていく。

 オレの心もポカポカしていくのを感じる。

 

『ヒロミを助けて。仮面ライダー』

 

 任せて!ルリルリ!

 そのあだ名で呼ぶなと怒られました。テヘペロ⭐︎

 オレのことは33(ミミ)ちゃんって呼んでね!!!

 

 

「逃げ回るのは終わりかね?失敗作くん!」

 

 失敗作、大量発生型相変異バッタオーグと緑川の小娘が非常用通路を出て元の場所へ戻ってきた。

 ハチオーグにはあえて追わせなかった。餌を目の前にぶら下げられた奴らは逃げないという自信があった。

 甘さ。それが奴らの弱点であることはこれまでのSHOCKERのアーカイブを見れば容易に見当がついた。

 

 奴らにこのハチオーグは殺せない。

 仮に殺されたとして、緑川の小娘に与える心理的負荷はどれほどのものか。

 どう転んでも自らの利になるという優越感。自然と口角が上がる。

 

 緑川弘。ハチオーグ。どちらも儂には目もくれなかった。

 儂の研究、その有用性を理解しない愚か者どもめ。

 特にハチオーグは人類の奴隷化による統制された社会の構築を目指していた。

 儂のバットヴィルースは感染者を意のままに操る傑作。どれほど貴様の理想に利するか説いてやったというのに!

 好みじゃないという理由で一蹴するとは、実に生意気な女だった。

 だがその女も今や儂の意のままに動く操り人形。

 

「友人の手にかかって死ぬ姿!これこそ儂が追い求めた至高の状況だ!緑川!儂が貴様を超えることでバットヴィルースは真に完成する!そして東京全てにバットヴィルースをばら撒くのだ!」

 

 バッタオーグは臨戦体勢、構えたまま動かない、いや動けない。

 儂の意思を反映してハチオーグが刀をゆらりと構えた。

 よしよし、コントロールは完璧だ。

 

「死ねぇー!」

 

 その瞬間、トンネルの床が爆発した。

 トンネルの構造上、ハチオーグがいるのは言わば二階。

 一階にあたる非常用通路からの攻撃か!?

 

「床が!?おのれ小細工を!」

 

 崩落に巻き込まれ、階下へと飲み込まれる。

 ハリネズミを模した羽織で身を包み、爆風と衝撃を受け止めて着地する。刀が瓦礫に埋もれ消えていた。おのれ!

 

 コツコツと硬質な床を叩く音が聞こえる。

 土煙の中から、赤い複眼を鈍く輝かせバッタオーグが姿を現した。

 思わず気押された。なんだ、その威圧感は?

 先程までと雰囲気が異なっている。

 ハチオーグの視覚を通じ、儂は鳥肌が立っていることに気付いた。

 酷く馬鹿にされた気分になり、怒りのままハチオーグへ命じる。

 ソイツを、殺せ!!

 

「うぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 ハチオーグが咆哮を上げ飛翔する。

 瓦礫で足場は悪く、土煙で視界は暗いが、知ったことではなかった。

 その目を、儂に向けるな!!!

 

「がっ!?」

 

 何かに足を取られ、ハチオーグが転倒した。

 馬鹿!何を転げておるのだ!早く立ち上がれ!!

 足に絡みついているのはワイヤーだった。

 こんなもの、オーグメントのパワーの前では無意味だ!

 ワイヤーを引きちぎろうと足に力を込める直前、視界全体に黒い影が落ちた。

 

「バッタオーグ!……?」

 

 影の正体はバッタオーグではなく、自立式の人型等身大対人兵器が20体。

 儂の危機に起動したのか!?理由はなんでもいい!

 

「貴様ら!儂を守れ!あっ!?」

 

 人型ロボットの伸ばした手がハチオーグの羽織を鷲掴みにする。

 針の一部を毟り取り、投げ捨てる。

 

「何をする!?」

 

 更に伸ばされた腕をハチオーグの手が払いのける。

 それだけで腕が損壊したロボットは、だがしかしゾンビのように未だ倒れ伏したハチオーグへと雪崩れ込んできた。その数、20体。

 

「く、来るなぁーー!!!!貴様らまでも儂を!馬鹿にするのか!あぁーー!?」

 

 腕を、足を無数の手で抑えられハリネズミを模した羽織が無惨に散らされていく。

 一体一体のパワーはオーグメントに遠く及ばないロボットだが、この数の前では碌な反撃も許されていなかった。

 

「あぁーーーーー!!!」

 

 人間ですらない、機械にすら裏切られ、もみくちゃにされたハチオーグ《コウモリオーグ》は怒りと羞恥のあまり半べそになりながらも、全身からプラーナを噴出してのしかかるロボット達を粉砕した。

 

「許さん!許さん!許さん許さん許さんぞー!!!」

 

 ようやく立ち上がり、怒りのまま叫ぶ。

 もはや余興は終わりだ。緑川ルリ子!失敗作もろとも全力で殺してや、る?

 

『許さないのはこちらの台詞よ。ヒロミを返してもらうわよ、コウモリおじさん』

 

 背後からバッタオーグに取り押さえられ、またも押し倒される。

 この為に羽織を無効化したのか!

 バッタオーグの手を介して、緑川ルリ子のパリファライズプログラムが流れ込んでくるのを感じる。

 

「無駄だ!シン・バットヴィルースは儂の最高傑作!プラーナによる書き換えなど効かん!」

『ところがぎっちょん!ここに例外が存在するわ!』

「ライダァッッ!パリファライズッッッ!」

 

 な、なんだそれは〜!?!?!?

 そこで儂の意識は急速に真っ白になった。

 

 つづく




技名を叫べば大体なんとかなる

追記
誤字脱字報告ありがとうございます!
無償で訂正まで提案していただけるとか有能編集さん……?
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