バッタオーグになりまして   作:呼び水の主

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青空

 ハチオーグのマスクへ翳した手のひらを通じて、意識が、心が彼女へと流れ込んでいく。暴れていたハチオーグが意識を手放したように動かなくなり、やがてオレも純粋なプラーナとして彼女の心の奥底へと沈み込んでいった。

 

 曇天が空を覆っていた。

 贅を凝らした立派な日本家屋が、雨の中に一軒ポツンと佇んでいる。

 それを空から見下ろしながら、オレはグングンと降下していく。

 顔の横を雨粒が後ろへと流れていく。雨よりも速く動いているんだ。

 とてつもないスピードで落ちているのに、頬を撫でる風もなく、耳を切る音もない。

 

 ものすごい速さで地面が近づいてくる。

 あれ?減速ってどうするんだ?

 フワッと着地できる感じじゃないよコレェ!?

 

『何やってるの!?』

「オチテルゥ!!」

 

 着地!轟音が日本家屋を揺らした。オレの全体重を受け止めて庭に置かれた枯山水の石が木っ端微塵に爆発四散し、水を連想させる優美な砂は園児に蹂躙された公園の砂場の如き様相である。立派な石造りの燈篭は傾き自重に耐えきれず半ばから折れ落ちた。

 それは着地というより、着弾だった。

 土埃が晴れ、それはそれは立派な日本家屋が目の前に顕になる。

 

『ここが、ヒロミの心の世界……?』

 

 その世界今めちゃくちゃに荒らしちゃったんですけど。

 現実じゃなくてよかったァ……。

 修理総額いくらになるのか想像もつかないレベルで破壊の嵐吹かせちゃったよ。

 けどまあ、後で謝ればいいからヨシ!!

 

 非常時につき無許可で入りますよ〜。

 庭から縁側へ上がる。土足で上がるのを躊躇うほどの優美な木目の縁側は、しかし血で汚れていた。

しとしとと雨の降る音を背に、縁側から客間らしき和室へと足を踏み入れる。

 

 そこは地獄だった。

 赤と黒のペンキをぶちまけたかのように、黒く固まった血と臓物があたり一面に飛び散り、畳を染め上げていた。

 

『これは……』

 

 現実世界でも目にしたハリネズミのニードル弾が襖に穴を穿ち、縁柱を無惨な針山に変貌させていた。

 明らかな戦闘痕が部屋を血色に彩っている。

 ここで誰が何と戦っていたのだろうか。

 

『後ろ!!』

 

 背後から刺すような殺気を感じとり、咄嗟に身をかわす。

 物陰から飛び出し針のような暗器で斬りつけてきたその下手人は、ゆらゆらと切先を揺らしながら間合いをはかっている。

 西洋の甲冑のような横長のスリットを持つマスクの中で、黄色の双眼が妖しく揺らめいていた。

 全身には手に持つ暗器と同じ針状の装備が無数に生え揃い、触れるだけで近づくものを容易に傷付ける鋭さを有していた。

 

『新型のオーグメント!?なんでヒロミの心の中にこんなヤツがいるわけ!?』

「………」

 

 ソイツは無言で踏み込んできた。暗器を突き出す鋭い一刺し。だが。

 さっきのハチの人より全然遅い!!

 左脚を引いて半歩下がり、直撃コースの軸線をずらしてハリネズミオーグメントの伸び切った右腕を脇に抱えるように掴み取る。もらった!

 

「ギギィィ!!」

「!?」

 

 光。その瞬間、ハリネズミオーグメントが爆ぜた。

 全身の無数の針が爆風で押し出され全方位余す事なく針で穿つ。

 

『まさかオーグメントを爆弾にするなんて……。3号、大丈夫?』

「ダイジョウブ」

 

 イヤ死ぬかと思ったァァァァァァァ!?!?

 やばい予感がして咄嗟に蹴りつけて逃げてよかった。

 ここに来てからいつもより勘が鋭くなってる気がするんだよね。

 そしてここが畳の部屋でよかった〜!

 秘技『ライダー畳返し』が無ければ即死だった。

 

『そう、無事ならそれでいいわ。いい?3号。プラーナとしてヒロミの心に侵入した私たちがここで死ぬと、現実世界の私たちも死んでしまう。それを忘れないで』

「ワカリマシタ!」

『本当にわかってるわけ……?』

 

 その疑わしいわ…みたいな声音やめて〜?

 ルリ子さんからの信頼が厚いぜ。悪い意味で。

 けど、まあそうだよね。

 今のオレは、1人じゃないんだ。ルリ子さんの命も背負ってる。

 死ねない。オレ1人なら、戦いの果てに死ぬのは構わない。

 それはオレが決めた覚悟の結果だから。

 けど、それに巻き込んでルリ子さんを死なせてしまう事は間違ってる気がする。

 

『……なんてことを考えてるんだろうけど』

「エッ」

 

 人の心読めるの!?ルリ子さんってもしかしてエスパー……?

 やっぱり神様なんじゃあ……。

 

『今の私とあなたは文字通り運命共同体。私もヒロミを救う覚悟を決めたんだから、そんなこと気にしなくていい』

「エ、ト……?」

『あなた実はバカなんだから、あんまり難しく考えなくていいって言ってるのよ』

「エ〜〜〜??」

 

 酷くな〜い!?

 

『フフッ……』

「ハハッ」

 

 ハチの人を助けてってお願いされた時から、ルリ子さんはオレによく喋りかけてくれるようになった。誰かと喋る事で気を紛らわせているのかな?いや、それはオレもそうだな。

 それに、きっとそれだけが理由じゃないのも、お互いなんとな〜く感じてる。

 同じ覚悟を決めた人が隣を歩いてくれるのって、なんだかとても心強い。オレは1人じゃないんだって思える。今のオレたちは2人で1人の仮面ライダーだ。

 

 ハリネズミオーグと戦った客間からさらに奥へ進む。

 どうやらここは離れのようだった。

 暗く長い廊下が中庭を跨いで本屋(ほんおく)へと続いている。

 瘴気のような物がそこから流れ出ていた。

 バッタの第六感が、そこにナニかがいる事を知らせていた。

 

「イコウ」

『ええ』

 

 オレたちは歩き出した。

 

 

 廊下を渡りきり、本屋へと足を踏み入れる。

 予想していた襲撃はなかった。

 だが、複数の気配を感じる。敵意が周囲で渦巻いていた。

 どこかに隠れているのか、それとも。

 

『さっきのハリネズミオーグだけど。おそらくアレはヒロミに施された複合型ハリネズミのプラーナをバットヴィルースが乗っ取ったものよ。私たちのプラン、ヒロミを操っているヴィルースを()()()()()()()()破壊(パリファライズ)することでヒロミのプラーナを解放する。力任せだけど、オーグメンテーションされたあなたのプラーナ容量なら実現できる。全てのハリネズミオーグメント(バットヴィルース)を倒せば、ヒロミを救える』

「ウン」

『私も私にできることをする。あなたはあなたにしかできないことを成して』

「マカセテ」

 

 襖を開き、中へと踏み込む。

 広間のようになっているそこには、先程と同型のハリネズミオーグ12体が奥に控える一体を守るように布陣していた。

 他のハリネズミよりもプラーナを持ち、纏う防護服も堅固な一体の足下には満身創痍となったヒロミさんが転がされていた。

 衣服はズタズタにされ、全身の刺し傷から痛々しく血を流している。

 浅い呼吸を繰り返し、今にも消えてしまいそうな酷い状態だ。

 なにやってんだ!お前ェ!!!

 

「よもやよもや、こんな所へ侵入者とは。ここをコウモリオーグメント様の最高傑作、バットヴィルースの苗床と知っての狼藉ですか。貴様は一体何者です?」

「カメンライダー」

 

 お前を倒す男の名だ。覚えておけ!

 

「ふむ、仮面ライダー。SHOCKERの裏切り者。データと一致。どうでしょう、ワタシの支配を受け入れSHOCKERへと還りませんか?ちなみに、これは提案ではなく命令ですよ」

「コトワル!」

 

 誰かの支配なんてもうお断りだ。

 その上から目線が気に食わない。

 他者を踏み躙るそのやり方が我慢ならない。

 だからオレはお前はボコる!徹底的にだ!

 

「命令を拒否?不可解。やはり理解できませんね。人類というやつは」

 

 喋っていたハリネズミオーグが右腕を挙げ、残る12体が臨戦態勢に入る。全員が身体に備えた針を抜き取り、逆手に構えた。

 さながらクナイを構えた忍者集団のようだ。

 

「障害を取り除くのがワタシに与えられた使命。ワタシと異なり使命を果たせなくなった貴様に用はありません。SHOCKERにバグは不要。バグはデリートです」

 

 行け。その号令で12の敵が一斉に動き出す。

 針の投擲、至近へと飛び込んで暗器を振るう者。

 数が多すぎるし、敵は一体一体はこれまでのオーグメントほどではないが強い。

 けれど退くという選択肢はない。ここで退いてしまえばヤツはヒロミさんを連れて姿を隠すだろう。時間との勝負なんだ。精神世界のヒロミさんが死んでしまえば、現実の世界のあの人は完全にハチ・ハリネズミオーグになってしまう。

 考えろ、この数相手に正面から打ち勝つ方法を。

 避ける、避ける避ける避ける。

 飛んで跳ねて身を逸らして敵の猛攻を避ける。

 考えるの無理かもしれないなコレ!?

 

『右60度。襖の向こうへ跳んで』

 

 ルリ子さん!?一体なにを!?

 だが今は信じる他ない。それにルリ子さんはオレより頭いいし!決してオレがバカとかそんなんじゃないし!トウッ!

 ハリネズミたちの頭上を飛び越して、天井スレスレを進む。

 12体のニードル弾の対空砲火が天井をたちまち針山へと変貌させた。

 ウッ、何本かくらっちゃった……。

 激痛を振り切り、襖の向こうへと飛び込んだ先には血に濡れ妖しい光を放つ日本刀が転がっていた。

 持ち手である柄を覆う柄巻きはベッタリと血で濡れていたが、刀には刃毀れ一つなく、まだ戦えると主張するかのように鈍く輝いていた。

 

『ヒロミの日本刀。さっきの会話の中で周辺をスキャンしたの。いつでも私は用意周到なの。知らなかった?』

 

 知らなかったぁ!!

 刀を握り勢いよく振り返る。

 12体のオーグメントたちが怯むように距離を取った。

 無機質に思えたプラーナの奥底に感じるのは、隠しきれない恐怖。

 ここに来るまでの大量の血痕は、そうか。

 ヒロミさんが刀でこいつらを倒した時のものだったんだ。

 彼女はずっと戦っていたんだ。たった独りで。

 その頑張りが、オレとトンネルで戦っていたあの一瞬、オレの命を救ってくれたんだ。

 

 じりじりと間合いを詰めていく。

 数は向こうが上。オレからは動かない。

 オレの刀が届く範囲を強く意識する。制空圏。

 ここからここまでが、オレの間合い。

 

 遂に焦れたのか、手前の一体が突撃してくる。

 同時に背後の個体がニードル弾を射出する。

 横にも後ろにも退路なし。だったら前に進む他なし!

 

「チェストォォォォォォォォォォ!!!」

 

 大上段に振り上げた刀を裂帛の気合をもってそのまま縦一文字に振り下ろす。

 敵の体が半分にパッカリと割れ、その場で泡となって消えた。

 敵の懐に飛び込んだ為に射線から隠れ、結果として無傷で敵を斬り捨てていたが、その時オレはなーんにも考えていなかった。

 チェストとは、知恵捨てと心得たり……。

 キェェェェェェェェェェェェェェェ!

 

 

「ハァ…ハァ…ハァ…」

「不可解。12体の同位体が全滅?数の差は絶対的でした。なのになぜまだ立っているのです?」

 

 全身に突き刺さった針に毒でもあったのか、全身が熱く燃えている。

 刀を握る腕が震える。立っていることすら辛い。

 もうはやくおうち帰って寝たい!

 週刊少年誌読みながら布団でゴロゴロしたーい!!

 

「データ更新。貴様の評価を修正しましょう。だが貴様はここでワタシにデリートされる。ワタシたちバットヴィルースに蝕まれ、既に全身が動かないはず!そして!」

 

 ハリネズミオーグが足元のヒロミさんに覆い被さり同化した。

 ヒロミさんが不敵な笑みを浮かべてオレに組みつく。

 

「貴様の心理を解析!これで抵抗は不可能!」

 

 コイツ、この後に及んで……。

 お前のことはもうマジでゆ゛る゛さ゛ん゛!!

 腰のプラーナ蓄積循環外部補助機構簡易タイフーンが唸りを上げ、体内のプラーナの循環を加速させる。最大パワァァァァァァァァ!!!

 

「不可解!?まだ抗うか!それ以上プラーナを消費すれば貴様の命は!命が惜しくはないのですか!?」

 

 オレの心が、魂が、目の前の壁をぶち破れと叫んでいる。

 

「ワタシを殺せば、この女の命はないんですよ!?」

 

 負けるな。戦え。命を、燃やせ。

 全身にゆっくりと力が漲ってきて、徐々にハチ・ハリネズミの身体を押し返していく。

 身体を蝕んでいた倦怠感が体外に排出されていくのを感じる。

 

「貴様は!人の話を聞かないのですかぁ!!」

 

 燃えている。オレのプラーナ(ココロ)は、今熱く燃えている。

 自分の幸福のために他人の命を弄ぶヤツは、このオレが叩き斬る!

 

「グ、ウォォ!?なんなのです、この力は!?貴様はただの量産型のはず!?」

 

 ああそうだ、オレはただの量産品だよ。

 ただし、仮面ライダーのな!

 データに頼るばかりのお前より、オレのパワーの方が、強い!

 ハチ・ハリネズミオーグの足が地面から浮いていく。

 そのまま力任せに頭上へと放り投げた。

 ハチ・ハリネズミオーグは天井を突き破り、雨の降り頻る曇天の空の最中へと打ち上げられていく。

 ヒロミさんごめん!今助ける!

 

「このワタシがパワーで負けている!?コウモリオーグ様の完璧な完成品であるこのワタシが!?貴様ァ!一体何者なのです!!」

『仮面ライダーよ。この世界で心の強さはパワーの強さ。理屈で戦うあなたが心で戦う彼に勝てる道理はなかったわね』

「不可解ッ!!SHOCKERに歯向かう大バカ者どもがぁぁぁ!!」

 

 さっきから不可解不可解うるさいんだよ!

 いい加減に、ヒロミさんを、返せ──────ッッッ!!!

 全力で床を蹴り、跳躍する。

 いつも以上の力強さで、視界が置き去りになる。これが2人の力か。

 ルリ子さんの想いを乗せて、オレは空を駆ける。

 ベルトで加速されたプラーナが血管を伝うかのように体内を駆け巡り、赤く輝くエネルギーが刀身へと流れ込んでいく。

 オレとルリ子さんの想い(プラーナ)が、刃を構築するプラーナと共鳴しその身が赤く、紅く、燃え盛るように激しく熱を帯びた。

 赤い残光が曇天を切り裂き進む。

 あかく燃ゆる刃を逆手に握りしめ腰を捻り引き絞る。そしてただひたすら無心で解き放つ──ッ!

 迸れ、希望の一閃!

 

「ライダァッッ!!!ストラ──────ッシュッッッ!!!」

「グォォォォォ!?貴様、もはや量産型の力では……!?コウモリオーグ様に、報告、ヲ──」

 

 コウモリ野郎に伝えておけ!次はお前だ、お楽しみにってな!

 バッタの脚力で生み出された衝撃力と、刃から溢れ出した超圧縮プラーナがハチ・ハリネズミオーグメントの身体へと浸透し、ヒロミさんの中に寄生するバットヴィルースだけを切り裂いて、情報を維持できなくなった自称・完璧な完成品は儚く風に溶けて消えた。

 振り抜くと同時に、満足したかのように日本刀が赤い光を失い砂のように崩れ去った。

 ──お前も、主人を守る役目を果たしたんだな。ありがとう。

 

 ※

 

 雨が止み、空が晴れていく。

 風だ。風が吹いている。風が雲を押し流していく。

 雲の隙間から天の光が地上を照らす。

 エンジェルラダー、天使の梯子とも呼ばれる光を受けて、地上へと仮面ライダーが降り立った。

 

 衝撃。

 

 天井を突き破り、着地の衝撃で畳は割れ、余波で襖は吹き飛び、掛け軸は掛ける壁がなくなった。

 それがトドメの一撃になったのだろう。血に濡れて無惨に歪んだ日本家屋(心の牢獄)は綺麗さっぱり崩れ去った。

 光差す廃墟の中で、その背中だけが決して折れない柱のように天をついていた。

 男は己の腕の中に抱えられ、まだ何が起こったのか信じられぬといった様子で空を見上げていた女に優しく声をかけた。

 

「タスケニキタヨ。ダイジョウブ?」

「……あらら」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 つづく




日本家屋「不可解ッッッ」
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