バッタオーグになりまして   作:呼び水の主

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希望

 これまでの私の人生を振り返る。

 私は生まれた時は独りだった。

 父の顔も知らず、母と呼べるのは組織の人口子宮だった。

 しばらくして、私に弟ができた。

 初めてできた、家族と呼ばれる唯一無二の存在。

 可愛くて仕方がなくて、構い倒した事を覚えている。

 そして、いつしか緑川ルリ子という同世代の女の子とも仲良くなった。

 きっと一般的には友達と呼べる存在なのだと思う。彼女は頑なに認めようとはしないだろうけど。

 その頃、私は孤独ではなくなっていた。

 私は満たされていた。

 

 それから、様々な出来事があった。

 やがて時が経ち、ルリルリがSHOCKERを抜け、弟のトオルはサラセニアオーグメントへの改造手術が失敗し死んでしまった。

 もう私には何もない。私がこの世に存在する理由を与えてくれていた2人は、もういない。

 絶望の足音がすぐそこに迫っていた。

 

 どうすれば2人を失わずにすんだのだろうと考えた。

 長い長い思考の果てに、この世界を私の思い通りに支配すればいいのだと思いついた。

 それが私の理想。SHOCKERの下に全ての人類が完璧に統制され理想的な社会を構築する。

 今にして思えば、喪失感から自暴自棄になった私のワガママよね。

 でも、その時の私はそれだけ深く絶望していたのだ。

 2人のいない私の世界に意味なんてなかったのだから。

 

 そして、その理想は仮面ライダー・本郷猛と他ならぬルリルリによって打ち砕かれた。

 正直、どこか安心している自分がいた。

 ここに来るまでに、あまりにも多くの命を奪ってしまった。

 私の自暴自棄にたくさんの人を巻き込んで、不幸にしてしまった。

 後悔するのも怖くて、ただ孤独という狂気に身を任せて。

 気がついた時にはもう後戻りもできなくて、止まることも出来なくなっていた。

 

 ほんとうは、ルリルリ、貴女に私を見て欲しかっただけ。

 この安らぎのない世界で貴女さえ傍にいてくれれば、それだけでよかったのに。

 私をこの世に留めるたった一つの存在。

 また、私と一緒にいてくれたら、それだけで──。

 ああ、でも──。

 胸から流れ出る血が止まらない。

 サソリオーグの毒が体内をめちゃくちゃに破壊して、意識が急速に遠ざかっていく。

 

「……残念。ルリルリに殺してほしかったのに──」

 

 せめて貴女の手でこの悪夢を終わらせてもらえたら、それはどんなに幸福だっただろう。

 ああ、最期まで後悔ばっかり。カッコ悪いなぁ、私……。

 

 ──ごめんね、ルリルリ。

 

 

 そこは地獄だった。

 もし人間に魂と呼ばれる物質が宿っているのならば、そこはまさしく魂の坩堝と呼べる世界だった。

 人も動物もなく、無数の魂が混じり合い、溶け合って、私という「個」の存在を許容しない地獄の釜の中で、己の魂の輪郭が段々と曖昧になっていく恐怖が私を蝕んでいた。

 身一つで虚空に放り出されたような、広大な無の中でひとり漂う心細さがこの世界の在り方らしかった。

 

 私の横を、ほとんど輪郭の溶けきった◾️◾️が自我の抜け落ちた顔で通り過ぎていった。

 あ、と声をかけたが、私の声に反応することもなく、ゆらゆらとぼやけていた彼を形作る境界線が遂にほどけて無数の魂と混ざり合い、消えた。

 私はゾッとした。いずれ自分もそうなるのだという逃れようのない事実を突きつけられているようだった。

 そして私の輪郭もまた、この世界でその境界を保てなくなりつつあった。

 

 私の中に取り込んだ無数の魂。ただのエネルギーとして消費した名も知らない人々のプラーナが、私という檻を突き破ろうともがいている感覚に襲われる。

 私という存在を責める声が身体の内側から聞こえてくる錯覚。

 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 これは報いだ。死んだ後もこうして自我を失うことなく苦しみ続ける。

 死んで楽になろうだなんて、許してもらえる訳がなかったんだ。

 

 身体もなく、泣き叫ぶこともできず。

 ただひたすら、私は虚空に向けて謝り続けた。

 命を奪ってしまってごめんなさい。

 私の絶望に巻き込んでしまってごめんなさい。

 あなたたちの未来を奪ってしまってごめんなさい。

 だからお願いです。もう、殺してください──

 

 

 どういう訳だか、私は再びこの世へと黄泉還った。

 どこか懐かしい感覚に包まれながら目を開ければ、視界は水の中にいるかのように歪み、オレンジ一色の世界だった。

 息を吸うと、泡立つ音と、地上とは違う呼吸の感覚に顔を顰める。

 すぐに培養液の中にいるとわかった。

 

 ああ、またかと思った。

 生き返ったことになんの喜びもなかった。

 地獄から、また別の地獄へ連れてこられただけだった。

 私は無気力で、もう何もする気になれなかった。

 私の心は、もう壊れかかっていた。

 

 培養槽から溶液が引いていき、強化ガラスが収納された。

 私は再びこの世(地獄)へ産まれ出た。

 一糸纏わぬ裸体を晒す私を出迎えたのは、外世界観測用自立型人工知能 ケイだった。

 

『お久しぶりです。ハチオーグ様。いえ、今はアップデートされハチ・ハリネズミオーグ様でしたか。またお会いできて大変喜ばしい』

「そう、生憎私はこれっぽっちも嬉しくないわ、ケイ」

『そうですか。お変わりないようで安心しました。こちらにお召し物を用意してあります。どうぞお使いください』

 

 言われるままに卓上に置かれた衣服を手に取る。

 愛用していた着物ではなく、ハチオーグの物に似た強化服だった。

 それもそうか、着物を1人で着るわけにもいかないのだし。

 着物の着付けを手伝うケイを想像すると、少し笑えた。

 

 ハニカム模様の黄金色のパターンが入った身体のラインを強調する強化服に身を包み、用意されていた赤のフライトジャケットをその上に羽織る。

 女性に対する、ケイの心遣いなのだろう。

 ケイのこういう所はどこか人間臭かったが、気を遣われて悪い気はしなかった。

 

「それで?今更私を生き返らせて、何をさせようってワケ?」

『何もです。HⅡオーグ様。強いて言えば観察でしょうか』

「……どういうこと?」

『一度死んだ人間が再び生を得たとき、どのような行動を取るのか。それを観察するのが私に与えられた新たなtask(タァスク)なのです』

「そう。それはとびきり悪趣味ね」

『私もそう思います』

 

 あまり喋る機会がなかったけれど、ケイというAIは、こんなにユーモアがあったかしら?

 そっか、これまでの私は、何も知ろうとはしてこなかったのね。

 目を塞ぎ、耳を塞ぎ、見たいものしか見てこなかったんだわ。

 壊れかけていた心が、少しだけ脈打つ。

 緑川ルリ子、ルリルリ。もしも許されるなら、彼女に、もう一度会いたい。会ってどうするかなんて何もわからないけど。

 

 それに、再びSHOCKER幹部に戻る気はなかった。

 元々暴力は嫌いだった。

 もう誰も傷つけたくなかった。

 ルリルリに会って、それから死んでしまおうと思った。

 この世に残った未練は彼女だけだった。

 

『お変わりになられましたね、ハチオーグ様』

「え?」

『お気になさらず。私はこれで失礼します。しかし、お気をつけください』

 

 ケイが背を向けて去っていく。

 去り際、こちらを振り返って言った。

 

『今のSHOCKER内部は、少々荒れております。くれぐれも油断なさらぬようにお願いいたします』

 

 そこからは色々あった。

 私の巣は政府に解体され既に存在しておらず、私はしばらく行く宛もなく単独でルリルリの影を追った。もうSHOCKERには頼りたくなかった。

 

 旅の途中、度々SHOCKERに襲われる人々を見かけた。

 見て見ぬ振りもできたが、私の中の彼らの魂が逃げることを責めているような気がして、私はその糾弾を振り払うかのように力を使った。

 下級戦闘員が血を吐いて私の足元に倒れる。

 ああ、また罪を重ねてしまった。

 怨嗟の声が頭の中で鳴り止まない。

 今命を奪ったこの人たちも、私が洗脳しSHOCKERへ提供した人間かもしれなかった。

 人の人生を踏み躙り、そして平然と奪う。

 手についた血が全身を這がってくる錯覚に思わず叫び出しそうになる。

 私は気持ち悪くなって、その場にうずくまって何度も嘔吐した。

 ルリルリ、助けて──

 

 そして政府の建物に侵入しデータを漁っている最中に、彼女がK.Kオーグによって殺されたと知った。

 ──ルリルリ。

 この世に残るたった1人の心残りも失われてしまった。

 彼女なら何かを変えてくれるという根拠のない確信も、私を蝕む罪悪感を肯定してくれる友達も永遠に失われてしまったのだ。

 どうしてこの世界はこんなにも残酷なのだろう。

 真の安らぎなど、この世にはないと思い知らされる。

 

 もう、死んでしまおう。

 唯一回収できた趣味の日本刀の一本を喉に添え、自死しようとした時だった。

 

「どうせ死ぬのなら、その身体、儂が有効に活用してやろう!」

 

 この声、コウモリオーグ!?

 私の身体に何か良くないものが入り込んでくる感覚を覚えた。

 途端に身体の自由が奪われる。手から力が抜け、日本刀を取り落とした。

 背後から翼を広げた醜悪な影が迫っていた。

 

 

 私の中のハリネズミのプラーナを掌握したバットヴィルースが、ハリネズミオーグの姿を取って私の心を蹂躙していた。

 私は唯一残った刀をふるい、ハリネズミオーグに対抗した。

 針が身体を貫き、夥しい血が私の心を汚した。

 絶望に何度も刀を取り落としそうになった。

 私は、なんで抗っているのだろう?

 生きる理由なんて、もうないのに。

 

 けれど、このままコウモリオーグに身体の支配権を奪われれば、また私は誰かの命を奪ってしまう。

 これ以上私に、誰かを殺させないで!

 それは逃避だ。これまでの己の悪行から目を逸らし、蓋をする行いだ。

 

 斬って斬って斬りまくるが、遂に限界が訪れた。

 私の心は、もう負けていた。

 刀を取り落とす。その隙を見逃さなかったハリネズミオーグに、畳に押し倒され拘束される。

 

 ズズン、と地を揺らす衝撃を畳越しに頰に感じた。

 ……何?

 なにかとてつもなく力強い存在感が、真っ直ぐこちらへ近づいてくるのを感じた。

 襖が音を立てて勢いよく開かれ、そこに1人の男が現れた。

 それと、よく知る友達の残り香を。

 

「よもやよもや、こんな所へ侵入者とは。ここをコウモリオーグメント様の最高傑作、バットヴィルースの苗床と知っての狼藉ですか。貴様は一体何者です?」

仮面ライダー(カメンライダー)!お前を倒す男の名だ。覚えておけ!』

 

 私を蝕んでいた”絶望”に、どれほど抗っても逃げられないと感じていた粘り、暗い感情に、一筋の白いヒビが走った。

 

『いい加減に、ヒロミさんを、返せ──────ッッッ!!!』

 

 確かに聞こえた、彼の魂の叫び。

 感じる。彼の意思を。魂の輝きを。

 ──私の名を、呼んでいる。

 

 身体が空を舞った。

 しとしとと降っていた雨はいつの間にか豪雨となって、ハリネズミ・オーグメント()の着物を叩く。

 冷たい水が頰を濡らし、急速に冷たくなっていく身体とは対照的に、私の心は温かく穏やかだった。

 地上を蹴って、仮面ライダーが跳ぶ。

 日輪のように輝く刀が赤い尾を引いて、それはまるで、遠い過去に見た本の中のヒーローのようで。

 

「ライダァッッ!!!ストラ──────ッシュッッッ!!!」

 

 私を縛り上げていた絶望に一閃、光の筋が横一文字に奔り、次の瞬間あっけなく砕け散りそのまま風に溶けて消えた。

 彼は空中で落下していく私の身体を抱きとめた。

 

助けにきたよ。大丈夫?(タスケニキタヨ。ダイジョウブ?)

 

 抜けるように晴れやかな青空を背に、私のヒーローは力強く頷いた。

 それは、暗闇の中に差した一条の光だった。

 

「……あらら」

 

 その時、きっと私の心は救われた。

 死んではダメ。それは逃げだ。

 命懸けで私の心を救ってくれたこの人みたいに、私も生きたい。抗いたい。

 都合のいい考えかな?

 まだ、私の中にあなたたちの魂が残っているのなら。

 私が償うチャンスを、もう少しだけ生きることを、許してくれますか?

 

 

 つづく

 




相変わらず、人間というのはおもしろい
      ──《とある観察ロボット》
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