腕の中にすっぽりとおさまったヒロミさんが俺を見上げている。
どことなく晴れやかな表情だ。
現実世界で操られていた時はマスクしてたし、こっちの世界でハリネズミオーグに拘束されていた時は真っ青な顔をしていたから、今の朱が差して健康的な色合いの肌を見るとよかったなぁって思う。
あぁ、でも、綺麗な肌にところどころ切傷が……。
女の人の肌、特に顔は傷つけちゃダメだって親父からも口を酸っぱくして言われたっけ。
アイツらマジ許さん……。もう倒したけど。
心の世界だから現実には付いてない傷だよね?
大丈夫かな?大丈夫だよね?
他に怪我とかしてない?してるね!
腕とか折れてるね!オイどうすんだよコレェ!?
救急車ーーーーーー!?
アイツらマジ(2回目)
「プッ、アハハ!さっきまであんなにカッコよかったのに。変なの」
アタフタしているオレを見て、どこかポカンとして見上げていたヒロミさんが華のように笑った。
可愛らしい、とても素敵な笑顔だった。
これが、オレが守った笑顔なんだ。
オレも嬉しくなって、ヒロミさんに釣られて笑った。
「アハハハ」
「あーもう、こんなに散らかして。何イチャついてるの」
「エ?」
「──ルリルリ?」
ヒロミさんがその人の名を呼んだ。ルリルリ?ルリ子さん!?
とんでもない美人がいつの間にか目の前に立っていた。
人形のように整った顔に呆れた表情を浮かべているその女性は、黒のインナーにはじ色のコートを身に纏い、理知的でシャープな印象を放っていた。
その表情がダメな兄弟を叱りつける時のような呆れ顔でなければ、冷たく無機質に感じるだろうほどに、その顔は人形めいて美しかった。
この人が、緑川ルリ子さん。
いつの間にかオレのマスクに宿っていた魂だけの女性。
ルリ子さんは地面に座り込んでいるヒロミさんの元にしゃがみ込み目線を合わせた。
お互いの視線が絡み合い、ヒロミさんがゆっくりと目線を外した。
その顔には悔恨の情が浮かんでいる。
「ルリルリ。その、私、貴女に──」
「……謝罪なんて聞きたくない」
ヒロミさんが絞り出した一言を、ルリ子さんは優しく遮った。
「私のほうこそ、助けられなくてごめん。そして、生きていてくれてありがとう。ヒロミ」
「ルリルリ……なんで?」
ルリ子さんの謝罪に、ヒロミさんはパッと顔を上げてルリ子さんのコートの裾を掴んだ。
「なんでルリ子が謝るの?悪いのは私。ハチオーグは死んで当然の事をしたのよ。他人を弄んだ罪は決して消えはしない。私が、どれだけの人を支配し殺戮したか知っているでしょ?」
「うん。知ってる。ヒロミが罪の意識に苦しんでいる事も。……それが、私は嬉しいと言ったら、怒る?」
ルリ子さんのその言葉に、ヒロミさんは虚を突かれたように目を丸くした。
そして強張っていた身体から力が抜けたように、ヒロミさんの手から、縋りついていたルリ子さんのコートがするりと抜け落ちた。
「……あらら。いつの間にか、私に負けず劣らず意地悪ね」
「そうよ。私は貴女の罪を許さない。死んで楽になろうなんて許してなんかやらない。罪は償わなければならない。だからヒロミ、私たちと一緒に戦って。貴女の絶望を乗り越えて、ヒロミ」
「──償い、ね。今更私に、それが許されるのかしら」
「私が許すわ」
「……一度死んだからって、改心なんてしてないかもよ?いつかルリルリを裏切るかも」
「ヒロミ、私は貴女の心を信じる」
「……なにそれ。全然なんの根拠もないじゃない」
気弱に微笑んでそう言うヒロミさんが痛ましくて。
オレはこの人を本当の意味で笑顔にしたいと心から思った。
他の誰もがこの人を許さなくても、オレたちがそばにいる。
どんなに強い鉄の鎧でその身を覆っても、その心まで守れないから。
人は孤独ではいられないから。
一度失敗したら、もう一度立ち上がればいいのだ。
その手がどんなに血で汚れていても、その手でしか救えないものが確かにあるから。
というかなぁ、まあ、うん。そんな臆病にならなくてもいいと思うなぁ。
ヒロミさんの魂からは、オーグメント特有の色んな動物の面影を感じるんだけど、特に人、人間の残滓をたくさん感じる。
これはまあ、そういう事なんだろう。
これまでヒロミさんが奪ってきた人たちの魂の数、罪の数なんだろうな。
罪は消えないけど……。けど、けどさ。彼らの魂のいくつかは、もう貴女を許しているよ。
きっとここに来るまでに、色んな事があったんだろうね。
良くも悪くも貴女と同化して、同じように苦しみ、生きた経験を積み重ねてきたんだね。
憤怒、同情、憐憫、共鳴。色んな感情を彼らから感じる。
この人なんか、貴女のことが放っておけないってさ。
こっちの人はハリネズミに最後まで抗う貴女の姿に、諦めてたまるかって思ったって。
そうだ、彼らはまだ、貴女の中で生きているんだ。
この人たちの為にも、貴女は生きなくちゃ。
奪った分の生命を、その罪を償う為に。
その半分くらいは、オレも背負うからさ。
けれど、こんなこと言葉にして説明する自信がなかったから、オレはただ親指をグッと立てて右手を突き出した。
「ダイジョウブ!アナタノジンセイ、オレガハンブンセオウカラ!」
「私の、半分……」
何を言われたのかわからない、そんな感じの惚けた表情を浮かべた次の瞬間には、ベシっとオレのサムズアップを叩いて、ヒロミさんは顔を伏せた。
「……あらら。そこまで言われたら、信じたくなっちゃうじゃない」
そしてもう一度顔を上げた時、そこには既に悲観にくれた彼女はいなかった。一人の強い人がそこに立っていた。
「私の中の、心を」
※
カツン、カツンと硬質な床を踵で叩きながらトンネルの最新部へと迷いなく進む。
『もうすぐコウモリオーグのいる最深部よ。心して』
「ウン!」
『あなたのマスクに残されたこの地下施設の地図が役に立った。あなたは改造当初、この施設の防衛戦力として使われていたみたいね』
ヒロミさんの心の世界から帰還して、再び現実に戻ってきた。
ルリ子さんは再びオレのマスクの中にいる。
あの世界でのみ、姿を構築できるらしかった。まるで妖精みたいだな、と思った。
話を戻そう。どうやらオレはショッカーに改造された当初はこのトンネルの警備を任されていたみたいなんだな。
だからかトンネルのどこに何があるかなんとなくわかっていたし、コウモリ野郎操るヒロミさんにトラップを仕掛けたりと有利に戦えたってワケ。
まあオレはそれをなんとなーくしか覚えてないんだけどネ!
詳しいマップとかマスクが記録してくれてたからよかったよ本当。
そんでまあルリ子さんによれば、コウモリオーグは人嫌いだから、奴がここに来た時に戦力として不要だと言われて追い出されたんじゃないかって事らしい。
まあそれが一文字お兄さんと戦うきっかけになって、洗脳が解けたんだから結果としてコウモリ野郎はオレの命の恩人かもしれない……?
もしかして、一回だけお礼とか言ったほうがいいのかな!?
『いいわねそれ。コウモリおじさん、きっと顔を真っ赤にして喜ぶわよ』
ルリ子さんがクスクスと愉快そうに笑う。
身体があれば、肩を揺すって笑っていただろう。
ってかルリ子さん、時々オレの脳内独り言読んでないよね!?
プライバシーの侵害なんだからねっ!?
オレだってこんな姿だけど男の子なのである。
こんな綺麗な、いや、あんまり他人に心を読まれるのは羞恥心がマッハで死ぬんですけど?
人権はどこですか?オーグメント権でもいいよ!
『馬鹿言ってないでさっさと歩く』
あぁー!また馬鹿って言ったぁ!
馬鹿じゃないもん!周りの頭が良すぎるだけだもん!!
物事は相対的だってアインシュタインもそう言ってるもん!
『着いたわ。ここが最深部、コウモリオーグの巣。この土地の水脈の源よ』
馬鹿やってるうちに、どうやら目的地だ。
床のみがコンクリートに覆われ、他は岩肌が剥き出しのトンネルの先に、この場に不釣り合いなシステマチックで無機質な銀色の扉が待ち受けていた。
扉まであと30メートルという所で、壁の一部が開き機関砲らしきものを装備したタレットが4基出現した。
オレめがけて、4つの砲口が一斉に火を吹いた。
オワーーーーーーー!?アツゥイ!?
咄嗟に避けたけど、初速が早すぎて肩を掠めた!
なんだこれ!?実弾じゃない!?ビーム!?
『これ、プラズマ反応!?実用レベルのレーザー兵器だわ!同じ箇所に照射されれば、あなたの防護服でも2秒で蒸発するわよ!』
レーザー!?!?かっけぇぇぇぇぇぇ!!!
って違うわ!敵に使われたら全然嬉しくない!
この光線の密度じゃ、とても扉までは辿り着けないぞ!?
『とにかく一旦下がって!レーザーの有効射程はおそらく30メートル前後なんだわ。トンネルの崩落を危惧してエネルギーを抑えてる?なるほど、爆発物を使うよりよっぽど理にかなってるわね』
ルリ子さんんんんん!!!ちょっと黙っててぇ!
ルリ子さんがブツブツ言ってる間もオレは文字通りバッタの如く壁から壁へ飛んで跳ねてレーザーの隙間を掻い潜っていた。
あぁ〜心(臓)がピョンピョンするんじゃあ〜!!!
おまけに扉が開いて、その先からHK416を装備した自動人形たちがワラワラと出現した。
お い マ ジ か !?
『ヤバいわね。一旦引くわよ!って3号!?』
ウォォォォォォォ!!行くぞ!!全速前進だ!!
実際、この数を前に後ろに引けばやられてしまうだろう。
それに時間は俺たちの味方じゃない。
ならば。
恐怖を捨てろ前を見ろ。
進め決して立ち止まるな。
引けば老いるぞ。
臆せば死ぬぞ。
叫べ、我が名は……。
仮面ライダー!!
「ライダァッッ!!!ジャンプッ───────!!!」
床を踏み砕き、音を置き去りにして突き進む。
空中を弾丸のように跳ぶ。
すかさず反応したレーザータレットが四方からオレを焼き尽くさんと照準を合わせた。
空中での制動は無理!だがしかし、オレは更に加速する!
照射されるレーザーを頭の前でクロスした腕で受け止め、漏れ出る熱を胸のコンバーターラングで受け止める。
1秒。その僅かな間に受け止めた熱エネルギーを運動エネルギーへ変換する。
ベルトの風車が勢いよく回転し、推進力となってオレの身体を加速させた。
「ライダァッッ!!!タイフ──────ンッ!!!」
風車で加速したオレは背中から自動人形の群れに突っ込んだ。
次々とそれらを薙ぎ倒し、破壊しながらオレはゴロゴロと転がって扉の先へ到達した。
レーザータレットがオレの軌跡を追ってX字状に壁や床を焼き、遂に扉の直前までその首を稼働させ、互いを互いのレーザーで蒸発させ同士討ちとなって爆発した。
背後を振り返れば、オレの見事な
鉄山靠とは、中国拳法八極拳の技の一つ。
うむ、これを赤心八極拳と名付けよう。
中国拳法ってなんか強そうでいいよね。
そ れ に し て も。
アーン背中がイタイヨォ!!!
『なにやってるの!?馬鹿だわ……!ほんっとうにバカ!!』
終わりよければ全てよし!
『まだ終わってないでしょ!』
……ヨシ!
つづく
私の人生半分背負うって、つ、つまり!?
──《蜂女》