バッタオーグになりまして   作:呼び水の主

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絶望

「来たかね、失敗作くん!」

 

 扉を抜け、そこからさらに地下へと潜った先。

 そこは高さ20メートル直径20メートルほどの、広大な箱型の広場になっていた。

 壁は一面真っ白でテカテカと光るコーティングを施され、異様な雰囲気を放っている。

 この部屋に足を踏み入れた時から、オレの足音がやけに部屋の中で反響する。

 壁床天井、360度あらゆる方向から音の反響が聴覚を狂わせる。

 

 そしてその正方形の部屋の天井に宙吊りになって待ち受けていたのは、2メートルはあろうかという巨大な翼を折りたたんだ機械仕掛けのコウモリだった。

 機械でありながら有機的な流線型のフォルムで形成された灰色の装甲をその身に纏い、肩には一対の砲門を備えている。

 ……コウモリ。コウモリ?いやかなりロボだよこれ!!

 

「ハチオーグは敗れたか。ふん、やはり他人など信用できんな」

 

 コウモリ野郎の声が部屋に響く。

 くっ、めちゃくちゃ音が反射してキツイ。

 

「しかし、どうだ?緑川の娘よ。己の友人を2度も失った気持ちは……!クク、ヒィーヒッヒッヒッ!儂をコケにした報いだよ!」

『相変わらずねコウモリおじさん。捻じ曲がった性格は一度死んだくらいじゃ直らないみたい』

「……フン、強がりを。貴様とその失敗作を始末しバットヴィルースでこの水源を汚染すれば、たちまちこの国の首都は儂の意のままだ。これで、これで遂に!儂は誰もが認める最高の科学者となれる!」

『承認欲求の塊なのも相変わらずね……。あなたのエゴで東京をヴィルースの苗床にする訳にはいかない。だから私たちがここであなたを止める』

 

 ルリ子さんの声にコウモリオーグが首を傾げた。

 

「止められるなら止めてみるといい。そこの失敗作には無理だろうが、ね!」

 

 コウモリオーグが手をかざし、オレへナニカを放った。

 マスクへ負荷を感じたが、一瞬の拮抗の後に頭への圧迫感は霧散した。

 おそらくバットヴィルースがオレを支配しようと攻撃してきたのだろう。

 ルリ子さんがヒロミさんの精神世界でヴィルースの特性を分析していなかったらちょっとやばかったかも。

 物理感染はスーツ越しなら防げる計算だってルリ子さんが言ってたけど、その防壁を僅かながらも侵食していた。

 

「既にパリファライズプログラムを構築していたか。小賢しい真似を。だが、貴様の処理限界を上回る負荷を与えれ続ければ、どうなるかな?」

 

 コウモリオーグが天井から落下し、特殊なコーティングを施された床へと着地し硬質な音を反響させた。

 不快な音が何重にも増大されビリビリとオレの鼓膜が震える。

 大きな鉤爪と翼を備えた両腕をゆっくりと広げ、コウモリオーグが戦闘態勢をとった。

 直接的な戦闘は不得手って聞いてたけど、もしかしてやるつもりか!?

 オレも右手の手刀を前に突き出し、左拳を引き顔の横で構える。

 ヤツのバトルスーツの性能が未知数だが、格闘戦ならオレの得意分野だ。

 

「正面戦闘は儂の本分ではないが、なんの対策もしてないと思われるのも業腹だ。貴様の得意分野でも儂が優れていることを証明してやろう!あの愚かな女の下にすぐに送ってや──」

「オラァッ!」

 

 オレの右ストレートがヤツの顎を完璧に捉えた。

 コウモリオーグが後ろへと吹き飛ぶ。

 あ、やべっ!この期に及んでヒロミさんを侮辱するもんだから、つい手が出ちゃった。

 でもいいの入った!

 

『不意打ち。……よくやったわ!そのまま追撃よ!』

 

 ルリ子さんがGOサインを出した!

 ルリ子さんも実は相当キレてたなこれ?

 不意打ちの上追撃とは、情け容赦もあったもんじゃない。

 正義の味方とは時として非情にならればならないのである。

 けどライダーアンブッシュは一度のみ許されるのでセーフ!

 オレの辞書にはそう書いてある。

 そのまま吹き飛んだヤツの方向へ駆け出す。

 未だに地面に倒れたままのヤツに馬乗りになり、そのまま拳の連打を浴びせる。

 さっきヤツが言った通り、ルリ子さんのパリファライズプログラムも無敵ってわけじゃない。時間を与えれば与えるだけオレたちは不利だ。

 だから速攻あるのみ!

 あれだけ悪行働いたんだ!よもや卑怯とは言うまいな!

 

「オラオラオラオラオラオラオラッ!」

「無駄だぁ!」

「オラッ!?」

 

 オレの全力ラッシュをモノともせずに、コウモリ野郎が叫んだ。

 ヤツの背中の砲門が稼働しオレのマスクへと照準を合わせる。

 二門の砲口がオレを捉えるのをスローモーションの中で知覚する。

 ──ヤバッ!?

 空気を切り裂くような鋭い音の槍が仰向けになったヤツの背中から放たれた。

 不可視の砲撃。音の槍。それに伴う空気の振動がオレの首に巻かれた黄色の防刃スカーフを切り裂く。

 ゲェッ!?なんだこの威力!?

 

「避けなくていいのかね?そら、返ってくるぞ」

「──ナニ!?グワッ!?」

 

 背中に被弾!?

 背面の防護服がズタズタに切り裂かれている。

 どこからの攻撃なんだ!?

 周りにはコウモリ野郎以外、誰もいないはずなのに!

 

「クク、ヒヒヒ──ッ!わからんか?この部屋の仕掛けが?」

『音を発射する背中の装置、それにこの部屋の特殊なコーティング……。なるほど、音響兵器を反射させたのね』

「その通り!この部屋は全ての音を何倍にも増幅し反射する!そして儂にはこのカメオーグの特殊防護スーツがある!見ろ、この装甲を!貴様の打撃では傷一つ付かん!儂の甲羅は無敵!一万二千の特殊装甲が全てを遮断する!コウモリ・カメオーグとなった儂に旧式の量産型が勝てるものか!」

 

 確かに、ヤツのスーツにはかすり傷すらついていなかった。

 そのまま倒すつもりで全力で殴ったにも関わらずだ。

 どんな装甲してんだよ……。

 もしかしてこれ、結構やばいんじゃ……。

 

「クク、しかもそれだけではない!にっくきバッタオーグを始末する為だけに用意した、この部屋のもう一つの機能を見せてやろう!……まあ、視認できればだがね?」

 

 そのコウモリオーグの言葉と共に、今まで真っ白に輝いていた部屋のあらゆる壁面が、まるで全てを吸い込むブラックホールのように闇に染まった。

 ありとあらゆる可視光線の反射が遮断され、オレは完全なる闇に包まれた。自分が立っているのか座っているのか、ヤツが部屋のどこに立っているのかも把握が困難なほどの。

 そして音だけが、何倍にも増幅されて、四方八方からオレを惑わせる。

 

「ヒィーヒッヒッヒッヒッ!!目と耳を奪われ、どこまで戦える?暗闇の中で恐怖しながら死んでゆけ!緑川ァ!!」

 

 その声と共に、どこからか発射された音の槍が胸のコンバーターラングに直撃した。

 ぐぁ……!?

 直撃に踏ん張りきれず後ろへと倒れ込む。

 その倒れた床さえも視認できないことに、軽いパニックになりそうになる。

 

『センサーすら欺く、完全な闇だわ。光の反射を極限まで抑える特殊塗料ベンタブラック?それともカーボンナノチューブかしら?音を頼ろうにも乱反射してコウモリおじさんの位置すら判別できない。正直言って、詰んだかも。……3号?』

「ハッ……ハッ……」

『ちょっと、どうしたの!?追撃が来るわよ!早く立ちなさい!』

「ウワァァァァァァァ!?」

 

 暗いのヤダァァァァァァァァ!暗いの怖いィィ!!

 オレ、暗いの苦手なんだよォォォォォォォォ!!

 脊椎が異様に震えて、脚がガクガクと震えヘナヘナと力が抜けていく。

 掘り返される、忌まわしい記憶。

 手術台に拘束された時の、あの目が潰れるほどの白い光。

 そして、闇の中で脳をいじくり回されている時の、あの感触が蘇る。

 拉致され、改造された時の、あの時の、人間だった最後の記憶が。

 

 ※

 

 ──思い出した。思い出した。

 オレはなぜ、SHOCKERに捕まったのか。

 誰かを守ろうしていた。誰を?

 記憶がフラッシュバックする。

 

 その日は、苦手な数学の授業を睡眠学習で乗り切って、意気揚々と下校する、いつもと変わりのないなんでもない一日のはずだった。

 友人と遊びの約束を取り付けて、自宅に急いでいたオレは、珍しくいつも通らない近道を使った。

 かつて地元有数の産業だった寂れた採石場跡に、フェンスを乗り越えて侵入する。

 周りに民家はまばらで、それももう人が住まなくなって久しい。

 オレが産まれた町は昭和初期に開拓され、今は廃れつつある典型的な地方都市だった。

 

 大人たちがどんどん都会へ出ていくから、子どもの数は年々減っていた。

 それもあって、この町の子どもたち、とりわけ少し歳の離れたオレの妹が通っている小学校の生徒たちとは仲が良く、よく公園やこうした廃墟でよく遊んだものだった。

 

「キャァァァァァァァ!?」

 

 だから、その悲鳴が聞こえた時、またチビの誰かが廃墟に入って遊んでいたのかと思った。

 しかし、尋常ならざる悲鳴だ。怪我をしているといけない。

 オレは急いで声のした方へ駆けつけた。

 そこには黒い装束と覆面で素顔を隠した正体不明の不審人物たちが子どもたちを襲っている光景が広がっていた。

 

「ナオキ!?エミ!!」

 

 今年小学6年生になる最上級生の2人が、低学年のチビたちを守ろうと必死に抵抗していた。

 しかし12歳とはいえ、子どもが大人の体格に敵うはずもない。

 ナオキとエミはたちまち大人たちに羽交締めにされ動けなくなった。

 後ろで守られていた1〜5年生の6人が悲鳴をあげた。

 その中にはオレの最愛の妹、ユキもいた。

 集団下校中を狙われたのか!

 拉致被害が付近の町で頻発しているって町内会で話してたのはマジみたいだな!

 

「なにやってんだお前らぁぁぁぁぁ!!!」

 

 その辺にあった鉄パイプを引っ掴んで、砂山を全速力で駆け降りる。

 エミを担ぎ上げようとしていた男の1人に全力でフルスイング。

 鉄パイプが男の脇腹を思いっきり殴打した。

 嫌な感触。やべ、誰かを守るためとはいえ、流石に人殺しはまずい……。

 

「……」

 

 その心配は杞憂だった。

 男はグルリと首を回し、鉄パイプを掴んだ。

 

「わわっ!?」

 

 男が鉄パイプをオレから奪い取り、両端を握って力任せにぐにゃりと歪曲させた。

 なんつー馬鹿力だよ……!?

 

「くらえ!」

 

 オレは咄嗟にその辺の砂を掴み取り、目の前のそいつの顔に放った。

 目眩し程度にはなったらしく、男は両腕で顔を覆いそれを防ぐ。

 腕が上がった。重心も。もらった!

 

「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 全身をバネにして男の足へ突撃する。

 いくら力が強かろうが、身体の動きがど素人だぜ!

 柔よく剛を制すってなぁ!

 オレの全体重を受けて、重心を崩していた男はたまらず仰向けに倒れ込んだ。

 その先はちょっとした山の斜面だ。

 男がゴロゴロと転がり木々の合間に消えていく。

 あのタフさならこの程度では死なんでしょ、たぶん。

 

 もう1人が抱えていたナオキを放り出しこちらへと突撃してくる。

 正面からとか正気かよ!?

 手頃な石を拾い上げ、顔面へと投擲。

 驚異的な反射神経でそれを掴んだ男は、先ほどの仲間がやられた姿を見て警戒したのか重心を低くする。

 ドンピシャだなぁ、予想通りだよ!

 低くなり広がった足の隙間をスライディングで通り抜け背後へと回り込む。

 

「!?」

 

 悪いけど、死なないでよねっ!

 そのまま背中を思いっきり両足で押し出す。

 重ッ!体重何キロあんだよ!?

 多少よろめく程度ですぐにこちらに向き直ろうとする男の顔面へ追撃の全力ドロップキックをお見舞いする。

 

「せいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 両足で男の頭を押し出し、バランスを崩す。

 男は悲鳴も上げずに、先ほどの男同様斜面をゴロゴロと転がり落ちていった。南無。

 その先は大きな石もない砂場だから、怪我もないだろう。

 そんなことより今は彼らだ。

 

「ナオキ!エミ!大丈夫か!?」

「シローにいちゃん!」

「シロにぃ!私たちは大丈夫!ユキたちが!」

 

 ナオキは半泣きで、エミはいつもニコニコ笑っているのとは裏腹に気丈な顔でユキたちの危機を伝えてきた。

 自分たちが怖い思いをしたばかりだってのに、優しい子たちだ。

 

「ナオキとエミは大人たちにこの事を伝えに行け!ユキたちのとこへはオレが行く!!」

 

 16歳だってのに携帯すらもってない己をこの時ほど恨んだことはない。

 喧嘩ばかりで親に迷惑かけてたのがここに来て仇になるとは……。

 悔やんでも仕方ない!今は全力で駆け抜けるのみ!

 

 チビたちは必死で逃げ回っているようだった。

 先程見かけた場所には黒ずくめ含めて影も形もない。

 オレは採掘した花崗岩を保管しておく倉庫の方へ駆け出した。

 あいつらが隠れるなら、いつもかくれんぼや鬼ごっこで使っていたあの場所だ。

 いた!やっぱりここだった。

 

「ユキ!無事か!?」

「お兄ちゃん!!お兄ちゃん!!怖かったよぉ!!」

 

 ユキが長く伸ばした黒髪を振り乱しながらオレへ飛びついた。

 膝を折って目線を合わし、安心させるためにその綺麗な髪を撫でてやる。

 そしてお決まりのサムズアップをする。

 ユキが泣いた時、安心してもらうための魔法のサインだ。

 

「大丈夫!お兄ちゃんがきたからもう安心だ。みんなも無事か?」

「うん……!」

 

 チビたちが縮こまって倉庫の中の光すら差さない暗い部屋の中でベソをかいていた。

 かわいそうに。みんな怖さで顔が引き攣っていた。

 どんな理由があろうが、小学生にこんな顔させていいわけねぇ……。

 さっさとここから逃げ出して、みんなを無事に家に帰してやらないと。

 

「みんないるな!?よし、見つかる前にここから逃げ──」

「みぃーつけた」

「──え?」

 

 何もない空間から飛び出したナイフが、オレの腹から飛び出して、飛び散った鮮血が妹の絶望に歪んだ顔を赤く汚した。

 いつの間に、後ろに……。

 ユキ……、逃げてくれ……。

 オレの意識は、一度そこで途切れた。

 

 第一章 完

 第二章へつづく




どけ!!!オレはお兄ちゃんだぞ!!!
          ──《お兄ちゃん》
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