バッタオーグになりまして   作:呼び水の主

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Chapter 2.0:Awaken your soul.
奪われた力


 

 暗闇の中で発作を起こしたように浅い呼吸を繰り返す3号。

 その無様な姿を嘲笑うかのように、暗闇の何処からか発せられたコウモリオーグの喜悦に塗れた声が拡散し、部屋の壁を震わせた。

 

「どうしたのかね!?バッタくん!まるで赤子のようではないか!」

 

 これまでSHOCKERの攻撃のことごとくを鋼のように弾き返してきた3号だったが、この状況に過去のトラウマが刺激されてたのだろうか、突然叫び出し戦闘不能に陥ってしまっていた。

 こちらの呼びかけにも反応しないほど錯乱してしまっている今、コウモリオーグとの戦闘続行は不可能に思えた。いますぐ撤退しないといけないのに、肝心の本人が動けないんじゃ……!

 

 ジリジリとした焦燥感がルリ子の意識を削る。コウモリオーグの放つ音響兵器が凄まじい周波数を伴って、ミシミシとオーグメントの身を包む強力無比である強化服を徐々に損傷させていった。

 そして遂にマスクに縦に一線、ピシリと亀裂が生じた。

 マスクに宿るルリ子が存在している世界にも、マスクの傷と同じように赤く大きな亀裂が生じた。

 

「グッ、アァァァ……」

『流石に、まずい、かも……!』

「このまま最大出力で消し飛ばしてやろう!さらばだ、緑川に連なる者どもよ!儂の因縁よ……!」

 

 闇の中でコウモリオーグが叫ぶ。これまでにない威力の音の衝撃波が撃ち出される気配を感じた。

 明確な死の気配が眼前に迫り、様々な思い出が走馬灯のように駆け巡った。

 SHOCKERにいた時の、父に連れられて初めて兄・イチローと出会った場面。幼い頃のヒロミとの記憶。仮面ライダー・本郷猛と戦いの日々。そして、他人の命を救う事に誰よりも迷いを見せない第3号との出会い。

 そのどれもが、かつて灰色に感じていた世界を鮮やかに彩っている。

 SHOCKERの生体電算機として生まれ、人間になった緑川ルリ子のかけがけのない思い出が、ここで死んではならないと強く本能に訴えかけていた。

 

『立ちなさい3号!』

 

 気付けば、ルリ子は必死に叫んでいた。

 

『お願い!立って──────!!』

「バッタオーグ!死ねぇー!!」

ウルサイナァ……

 

 ※

 

 全身に粘りつくような不快な感覚から意識が浮上していく。

 オレは、どうなった……?

 チビたちを助ける為に、怪しい奴らと戦って、後ろから刺されて……。

 そうだ!ユキ!ユキは無事なのか!?

 慌てて周囲を見回すも、そこは闇に閉ざされた、何もない無の世界だった。

 

「オハヨウ、シロウ」

「誰だ!?」

 

 突然背後から声をかけられ、思い切り振り返る。

 そこに立っていたのは、色素が抜け落ちかのように全身真っ白な少年だった。

 あれ、この姿、どこかで……?

 

「オレハオマエダ。カザミシロウダヨ」

「カザミ、シロウ……?オレの名前か!」

 

 目の前のこの少年は、いいや、この姿はオレ自身の姿だったのだ。

 かつては毎朝鏡に写っていた自分の顔を見ても思い出せないほどに、オレの記憶は摩耗していたんだ……。

 

「アアソウサ。家族ヲ、妹ヲ奪ワレ!自分ノ肉体スラ奪ワレタ哀レナ復讐ノ鬼!」

「復讐だって!?」

 

 ソイツの言葉にズキリと胸が痛む。奪われた。そうだ、奪われたのか。オレは負けて、SHOCKERに改造された。なら、ユキたちはどうなった──?

 

「ショッカーハオレカラ全テヲ奪ッタ!復讐シタイヨネ!?ミンナノ仇ヲトリタイヨネ!?」

 

 ユキが、本当に奪われたなら、オレは、オレは……!

 SHOCKERを前に冷静でいられる自信がない。

 だけど、違う!

 オレのこのチカラは、復讐の為のチカラじゃないはずだ。オレは、仮面ライダーに救われたから、だからオレもって……!誰かの笑顔を守る為にって、そう思えたから──。

 

「オカシイネ?オカシイネ?復讐シタイヨネ?クモオーグヲ殺シタ時ドウ思ッタノ?スッキリシタヨネ!気持チ良カッタヨネ!」

「やめろ!復讐なんて望んでないんだ!!」

「嘘ツキ!嘘ツキ嘘ツキ嘘ツキ嘘ツキ!!コンナニ辛イノニ!コンナニ苦シイノニ!復讐シタクナイナンテ嘘ツキ!!」

 

 ヤツが全身から発する負のオーラがオレの肉体を蝕んでいく。

 い、意識が、引っ張られて……!?

 

「モウイイ!オレニ体チョウダイ!アイツラ全員皆殺シニシテヤル!シロウハ弱虫!自分自身ノ心カラ目ヲ逸ラスナヨ!オレタチハ──」

「──オレ達!?違う!お前なんか、オレじゃない!」

「……フフッ!アハハッ!!ソウダネェ!?オレハオレダ!モウオマエナンカジャナイ!」

 

 オレの肉体が、身に纏っていた強化服が風に解けるように消えて行く。

 かつて見た、醜い虫の身体ではなく。摩耗した記憶の果てにある在りし日の自分の身体だ。しかしそれは、オーグメントの、仮面ライダーとしての力を失った事も意味していた。

 

「体が!?なんで!」

 

 そうして目の前にいるソイツの姿が変身していく。

 黒いボディ。真っ赤な眼。

 地獄から這い出してきたかのような、悪鬼の姿。

 

【挿絵表示】

 

「アハハ!身体ダァ!ヨウヤク手ニ入レタ!!バイバイ、シロウ!暗闇ノ中デ見テイテネ!オレノ、復讐!」

 

 ※

 

 それまで暗闇の中で蹲り、頭を抱えていた3号が突如として動き出し、機敏な動きでコウモリオーグの超音波を間一髪回避した。腕をダランと力無く前に垂らし、恐ろしく不穏な気配を漂わせていた。

 それまでの3号とは明らかに異なる存在感が、ルリ子の現実では失って久しい背筋をゾクリと震わせた。

 

「アァァァ……、出ラレタ。出ラレタ出ラレタ出ラレタ」

「こやつ、急に動きが……!?」

 

 3号の声と全く同じ。だが、何かが違った。込められた憎悪が聞いてる者を蝕むような、溢れ出る闇の力がドロドロと渦巻いてた。

 

「ショッカー、見ィーツケタ」

 

 腰のプラーナ蓄積循環外部補助機構簡易タイフーンがゆっくりと回転を始め、ベルトに配されたパイプを通じて視覚的に赤く揺らめくプラーナをその身に送り出す。

 ソレは敵対色を全身に纏わせて、ゆらりと独特な構えをとった。

 

「ショッカーハ皆殺シダヨ!ミンナ、ミンナ死ンジャエ!」

 

 ※

 

 それはあまりにも一方的な戦いだった。

 

「バッタオオーグゥゥゥゥゥ!!」

「アッハハハ!弱イ弱イ弱イ弱イ!」

「ギ、ギィィィァッ!?」

 

 暗闇など物ともせず、的確に、まるで敵がどこにいるのか見えているのかのように。バッタオーグは何度も何度も、その四肢から発するプラーナの力場でコウモリ・カメオーグの一万二千枚の特殊装甲をまるで意に介さずダメージを内部に与え続けていた。

 

「アハッ!失敗作ハオマエノ方ダッタミタイダナァァァァァ!」

 

 背中の音響兵器を力任せに引き剥がし、奪い取ったそれを鈍器にして敵を殴りつける。

 もはや装甲などは意味をなさず、バッタオーグの一撃一撃全てが致命傷になっていた。

 遂にコウモリオーグが倒れ、バッタオーグが勝ち誇ったようにその胸を踏み締めた。

 

「ア、アァ……」

「苦シイ?苦シイ?苦シイ苦シイ苦シイ?ネェ?ドンナ気分?」

 

 無邪気な声でバッタオーグが問いかける。

 

「オレハ今、トォッテモ楽シイヨォ!」

 

 バッタオーグがその脚を大きく振り下ろし、ダメ押しの一撃がコウモリオーグの全身を貫いた。

 コウモリオーグが痙攣し、既に血だらけのマスクが更に赤く染まった。

 とうに勝敗は決していた。

 

「動カナクナッチャッタ……」

 

 バッタオーグが、壊れたオモチャを見つめる幼い子どものようにコウモリオーグを見下ろした。

 

「モウイイ。死ンジャエ」

「駄目ェ!」

 

 ※

 

 ルリ子たちと別れ、別行動を取っていた私は目的を達成し彼らと合流するべく、コウモリオーグと戦闘をしているだろうその部屋へ足を踏み入れた。 

 部屋はどこからも侵入できないようにロックされていた。指向性爆薬とありったけのオーグメントのパワーでようやく私1人が通れるくらいの風穴を開けることができた。一体どれだけの強度があるのかしら。

 そして全くの暗闇の中、私が部屋へ開けた風穴から身を乗り出すと、そこには目を疑う光景が広がっていた。

 

 闇に浮かぶ、血塗れて凄惨な姿となったコウモリオーグと、今まさににトドメを刺そうとしている彼の姿が、部屋の外の光を受けて照らし出されていた。

 私は咄嗟に駆け出して、コウモリオーグに足を踏み下ろす彼に全身で体当たりし地面へ押し倒した。そのまま馬乗りになり、覆い被さるように体を拘束する。

 

「殺しちゃ駄目!」

「ナンデ?」

 

 ついさっきまで命を奪おうとしていたというのに、やけに純粋そうなその声を聞いて、自分の手が震えているのがわかる。

 コレは、私を救ってくれた彼じゃない。

 なにか、もっと別の……。

 

「あなたは誰なの!?彼はどこに行ったの!?」

「シロウノ事?ココニイルヨ。今ハモウ、オレガシロウダ」

「シロウ!?シロウって言うのね!?シロウさん!目を覚まして!このままじゃ!このままじゃ!」

 

 この人に、笑いながら誰かの命を奪ってほしくない!

 私を地獄の底から掬い上げてくれた彼の心はどこに行ったの!?

 

「ン……。オ姉チャン、ソロソロドイテヨ。ソイツ殺セナイ」

「どかない!確かにコウモリオーグはそれだけの罪を重ねたけれど、今の自分を見失ったあなたには殺させない!」

「ドウシテ?」

 

 シロウと名乗るバッタオーグのマスクのスリットから、赤くつぶらな瞳が私をジッと見つめていた。

 

「ドウシテ?ドウシテドウシテドウシテドウシテ?オレハ復讐シナキャ。心ガモヤモヤスルンダ。辛インダ。苦シインダ。ダカラ」

 

 抑え付けている彼の両手両脚が驚くべきパワーを発揮して、私の拘束を解こうとミチミチと音を立てて筋肉を隆起させていく。

 ──これ以上は抑えられない!

 

「殺サナキャァァァァァァァ!!」

「お願い!ルリ子!私に力を貸して!──パリファライズッ!」

 

 彼のマスクを両手で包み、額を合わせる。

 思いっきり頭を下げたせいで、ゴチンと額が硬質な装甲にぶつかった音を最後に、私の意識が彼へとダイブしていく。

 急遽ルリ子にアップデートしてもらった対バットヴィルース用のパリファライズプログラム。

 ぶっつけ本番。本来の用途とも違うけど、なんとかなって!!

 待っていて!ルリ子!シロウさん!

 

 放り出された先は、稲妻が迸り、暗雲立ち込める空の真っ只中だった。

 水気を含み重く感じられる分厚い雲の中をグングンと降下していく。

 雲のカーテンの先には、寂れ廃れた廃墟と荒廃した採石場が広がっていた。

 これが、こんなに荒々しくて灰色の世界が、彼の心の世界なの……?

 地上までまだ50メートルはあるだろう高度で、眼下で廃墟が炸裂し、爆発音とともにバッタオーグがこちらへと跳躍してきた。

 

「おいでなすったわね!?」

「オレノ邪魔ヲスルナラ、オ姉チャンモ殺シチャウヨォォ!!」

「やれるものなら、ね!」

 

 バッタオーグの蹴りを空中で身を捻ることで回避する。

 空中戦はバッタだけの十八番じゃないのよ!

 こっちがオーグメントとして先輩だってこと、教えてあげるわ!

 意識を集中して、私の一部となった彼らのプラーナに語りかける。

 お願い、誰か、私に力を貸して!友達を、恩人を助けたいの!

 

「お願い、ハリネズミ!」

「ここに!」

 

 私の声に、応えてくれた!

 黒い忍者の装束めいた強化服を身に纏い、西洋の甲冑のようなスリットを持つマスクから、かつてとは違う人らしい輝きを放つ瞳と眼があった。

 きっと見覚えのある誰か。でも複数の気配を感じる、数多の魂の複合体。寄り集まって形を作り、捻れ、絡まり、されど、その魂は歪ではなく。結ばれた想いの欠片が放つ刹那の輝き。

 

「着地任せた!」

「御意!」

 

 私を抱え、ハリネズミ・オーグメントが膝で衝撃を吸収しながら地面に着地する。着地の寸前に無数の針を背中から伸ばし、接地面を増やして衝撃を最大限に抑えた巧みな機動を披露した。

 

 ハリネズミオーグ、私の中のハリネズミのプラーナを核として個として独立した今の彼/彼女の外見は、身長からなにまで外見は装備以外は私と瓜二つだ。髪の毛だけはポニーテールに結っており、マスクの後ろから馬の尻尾のように優美に風に靡いていた。見た目はクノイチみたいだし、名付けるなら《お針》あたりが妥当かしら?

 

 その彼らの腕から降りて、私は初めて、自分の罪の象徴である彼らと真正面から向き合った。

 恨まれていて当然の事をしたとわかる今だから、彼らの存在がより恐ろしく感じられた。

 今ここで、命を奪われたって私は文句なんて言えないことをしたんだ。

 覚悟なんて立派なものでもなく、1人で立ち向かうには力不足だからという理由だけで彼らに呼び掛けた。

 そんな私の内心を知ったか知らずか、ハリネズミオーグはなんの前触れもなくその口を開いた。

 

「ここはお任せを」

「……あらら。いいの?」

 

 正直、開口一番罵られると思っていたけれど……。

 事実私は、今この場で殺されたって文句は言えない事をした。

 だというのに、彼らは私を前に進ませる為に敵を引き受けると言う。

 

「友と、想い人を助けにいくのでしょう?」

「オモッ!?」

 

 お、オオオ!?想い人ォ!?だ、だだだ誰のことを言ってるのよ!?

 

「シ、シロウさんはそんなんじゃないわよ!?」

「誰もシロウ殿とは言っていませんが……」

 

 シチュエーション的に他に誰がいるのよ!!

 いや、違くて!本当にそんなんじゃないから!

 さっきまで、名前も知らなかったわけだし……!

 それに、マスクの下の素顔だって見たことないし……。

 私が知ってるのは、マスクから覗くあの優しい眼差しと、希望に満ちた声だけよ。

 ……本当、全然、知らないことだらけだ、私は。

 彼のことだけじゃない。自分の世界に閉じこもって、何も見てこなかった結果が今の私だ。

 

 それに、今更私にはそんな資格はないのよね……。

 愛だの、恋だの、どの面下げて囁けっていうの?

 この血に濡れた私に。

 あっ、急に泣きたくなってきた。

 ゴン。頭頂部に衝撃を受け、反射で思わず涙が出た。

 

「あ痛っ!?」

「──いつまでも過去を引き摺られても困ります。我らは貴女を……、許しませんけど、まあ、もう、許します。だから前を向いて。救えなかった我らの代わりに、それよりきっと多くの命を救ってください」

 

 ハリネズミオーグの指が、私の涙を拭う。

 前を向いて、命を救え、か。──重いわね。

 けど、それでも。

 

「ささ、暗い顔は厳禁ですよ。今度は貴女が彼らを助ける番だ。そうでしょう?」

「わかったわ。私、頑張ってみるから。あなたたちも死なないで」

「無論」

 

 バッタオーグが着地し、ザリと地面を踏み締め腰を低くした。

 それに応じるように、ハリネズミ、いや《お針》が背中の針を引き抜いて、それをクナイめいて逆手に構えた。

 両者の間に緊張の糸が張り、今まさに戦闘が始まろうとしていた。

 

「我ら娯楽の少ない身故、主人の恋愛模様はプラーナ総勢でウキウキウォッチングですから!」

「そ、それはやめて頂戴!?」

 

 つづく

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