寂れて打ち捨てられた砕石場を駆ける。
太陽のように自分の心を照らしてくれた彼の心の世界というには、ココはあまりにも荒廃し過ぎている。
「雨……?」
頰に感じた冷たさに空を見上げてみれば、日光を遮断する分厚い暗雲が空を支配している。次第に強まる雨足が、ヒロミの着物をあっという間に水で濡らして、明るい生地をたちまち彩度の抜け落ちた黒っぽく染め上げた。
「……人の気配がすると思って来てみれば、そういうこと」
シロウとルリ子を探して廃屋へと近づいたヒロミの前に、お針ことハリネズミオーグが足止めをしているはずのバッタオーグが3体立ち塞がった。
「バットヴィルース……。まさかシロウさんも感染していたなんて」
ヒロミの精神世界での被弾。コウモリオーグとの戦闘中に破損したマスク。バットヴィルースに感染するルートはいくらでも考えられる。しかし、緑川ルリ子の防護壁を抜いてシロウの内部へ侵入するとは考えてもみなかった。つまり、なんらかの理由でルリ子も無力化されているという事を意味する。
バッタオーグが無言でヒロミの周囲を取り囲み両腕を構えた。ドロリと濁った確かな殺意がヒロミを捕らえた。
「あらら。か弱い乙女に3対1とは必死ね。……装備なしでどこまでやれるか」
肩幅に足を開き、腰を低く、剣を持たぬ腕は折った膝の上へ添えるようにダラリと脱力させる。やや前のめりになるその構えは、剣に秀でたヒロミの持つ我流の戦闘術である。それはどこか走り出す前の競走選手のクラウチングスタートめいて、全身のバネに力を溜め込む所作となっていた。
ヒロミの背中からプラーナが放出・展開され、その背に蜂の翅を顕現させた。翅が震え、独特の振動音が開戦の合図になった。
「参る」
先手必勝。互いのスペックはややヒロミに武があるが、スペックが勝利の絶対条件ではないことを身をもってしっている彼女は、まず数の劣勢を覆すべく正面の個体へと文字通り目にも止まらぬスピードで疾走し、跳び蹴りを喰らわせた。プラーナの仄かに赤い光の軌跡だけがヒロミの行方を示していた。
「まずはひとつ!」
コンバータラングを貫き内部まで破壊した右脚を素早く引き抜く。
細く均整の取れた長い脚が血を引きながら引き抜かれていく様はどこか美しくすらあった。
「……!」
残るバッタオーグ2体が跳躍し上空からヒロミの首を狙う。空中で一回転し力を増したキックが襲いかかる。
「そんな紛い物!」
ヒロミもバッタオーグに合わせて跳躍する。しかし彼らの軌道が放物線ならば、彼女のそれは直線。背中の翅が推進力を生み出して、文字通り空を駆けたヒロミの貫手がもう一体を貫き空中から叩き落とした。
「あらら、もう貴方1人よ?私が何度バッタオーグと戦っていると思ってるの?こう見えて戦闘経験だけならオーグメント随一よ。コピーする相手を間違えたわね?バットヴィルースさん?」
構えを解かずジリジリと詰め寄るヒロミに、しかしバッタオーグは怯む様子もなく間合いを詰める。その背後に更に3体のバッタオーグが現れる。
「……あらら。うそでしょ?」
そしてその背後から更に1体、更にもう一体と大量発生型相変異バッタオーグがその正式名称に恥じぬほどの物量を持ってヒロミへと襲いかかる。
「……ちょっとやばいか、も!?」
バッタオーグの蹴りがヒロミの頰を掠め、パックリと裂けた皮膚から血が溢れる。
「ッ!」
返す刀で手刀を首にお見舞いし返り討ちにするヒロミだったが、流石に多勢に無勢。無数の腕がヒロミに伸ばされ、身動きを封じられることを恐れてたまらず距離を取る。
もはや状況は先ほどの3対1を大きく上回り12対1となっていた。
数の暴力の前にはどんな屈強な戦士でも太刀打ちできないのは歴史を紐解かずともわかる明白な真理である。囲んで棒で叩かれれば人というのはあっという間に死んでしまうものだ。
「あ、まず……!?」
数の劣勢の前に持ち前の戦闘経験を活かして大立ち回りを演じていたヒロミだったが、遂にバッタオーグの一体に動きを封じられ、必殺の飛び蹴りがその胸に突き刺さろうとしていた。
「ヒロミ様!」
突然、ヒロミを取り押さえていたバッタオーグの胸に刀が突き立つ。ずるりと倒れるバッタオーグを振り払えば、その間に今度は飛び蹴りの態勢だったバッタオーグが空中で何者かに押し留められる。
次々とヒロミの周囲へと素早い動きの影が展開し、バッタオーグの群れを押し返していく。
「……え。数が、増えてる?」
「ヒロミ様!ご無事で!」
「影分身の術でござる!」
「加勢に参りました!」
「ええい!皆の者、控えおろう!」
「こちらにおわす方をどなたと心得る!」
「恐れ多くも恋する乙女!」
「「「ヒロミ様にあらせられるぞ!!」」」
「ハァ!?」
ハリネズミオーグたちが声を揃えて名乗りをあげる。
ピンチに颯爽と駆けつけたかと思えば、これだ。
顔から火が出るほど恥ずかしい。
ヒロミの緊張をほぐす為なのか、ただ単にふざけているのか。おそらく半々な気もするが……。ともかく、心強い援軍であるのは間違いない。
数が増えた理屈としては、数々のプラーナの残滓をまとめていた本体から分離した文字通り分身の術なのだろう。精神世界でならなんでもありな、今や心強い味方のハリネズミオーグたちが非常に頼もしく、また死してなお自身の都合に付き合わせて戦わせることに罪悪感を覚えるが、気にするなと言われた手前、それを口にするのも失礼だろうと思い直す。
前を向くと決めたのだ。胸を張って戦おう。
「ヒロミ様、こちらを」
「──あ。……ありがとう」
その内の1人が膝をつき、ヒロミの前にどこか見覚えのある刀を差し出した。刀の銘はわからないけれど、握った感触は確かに見知ったものだ。
そのハリネズミオーグにお礼を言って、鞘から刃を抜き放つ。
鋭い音と共に白い刀身がゆらりと妖しく光る。
日本刀をもつヒロミは、強い。剣術を得意とする彼女の本領発揮と言えるだろう。
「いくわよ、みんな」
「「「いざ、参る」」」
軍勢対軍勢の勝負が始まった。
※
オレは両手両足を鎖に繋がれて砕石場にある倉庫の真っ暗な部屋の壁に張り付けられていた。
いつかチビたちが逃げ込んでいた、そしてオレが最後に刺されたあの部屋だ。みんなを救えなかったオレの無念を象徴する部屋だ。
「やっと見つけた……」
「……ルリ子さん?」
ルリ子さんがコツコツと足音を響かせながらオレに歩み寄る。
「こんなところでなにのんびりしてるのよ」
「オレ、オレは……。もう、戦えないんだ……」
「どうして」
ルリ子さんの問いかけに、力無く返答する。
オレはもう戦えない。これまで戦ってきた理由は全部嘘だったんだと思い知らされたから。オレは本当に、心の底から誰かに笑顔になってほしいと思っていたのか?それがわからなくなってしまったのだ。
きっとオレは、ただの復讐心から憎いと思ったSHOCKERと戦っていたに過ぎないんだ。
「オレはもう人間じゃない!肉体だけじゃない!心まで醜い改造人間なんだ!本当のオレは、妹を、みんなを奪ったSHOCKERを許さない!復讐の鬼だったんだ!」
誰かに吐き出したい。けれど言いたくない相反する気持ちを押し殺して内心を叫ぶ。
「それは違う。あなたは復讐鬼なんかじゃないわ」
「ルリ子さんに、オレの気持ちがわかるもんか!」
オレはそのルリ子さんの慰めの言葉を一蹴した。
違うんだ、違うんだよ、ルリ子さん。オレは妹を、そしてみんなを助けられなかったんだ。無力感で心が張り裂けそうなんだ。
ここに囚われてから、なんで奪われたのかずっと考えてた。
それは、オレが弱いからだ。家族も、記憶すら奪われて、オレはフワフワと憧れだけで正義のヒーローになろうとしていたんだ。
「……オレの気持ちがわかる人なんでどこにもいないんだ!」
笑っちゃうよね……。自分の大切なものも守れないでさ。なにがヒーローだッ……。目の前の子ども1人救えないのに、ちょっと力を得たからって何いい気分になってるんだッ!
情けなくて、弱虫で、自分の復讐心すらも忘れていて。なんて、なんて最低なんだ、オレはッ……!
「……他人の気持ちになるなんて誰にもできないわ。でも、思いやることはできる」
オレの強い拒絶の言葉に、けれどルリ子さんはどこまでも優しく寄り添ってくれていた。ルリ子さんが鎖に繋がれたオレの手首に触れる。
「思いやる……?」
「あなたが私とヒロミにそうしてくれたようにね。あなたは1人じゃないわ」
オレのこの重苦しい心を、独りで背負わなくてもいいって?なんて。なんて甘く優しい、誘惑に満ちた言葉なんだろう。
でも、ダメなんだ。それじゃダメなんだ。オレは、自分の心に嘘をついちゃダメなんだ。オレがダメなやつだって認めて、そうしないと、オレの妹たちへの想いが嘘になってしまうような気がして……。
けれど、そんなやつに正義のヒーローは相応しくなくて。
「でも、オレはもう自分がわからないんだ。大切な家族を奪われて、あいつらを殺してやりたいと思ってる自分がいる……!こんなの、仮面ライダー失格じゃないか!」
「大切な人を奪われれば辛いのが人間だわ。それは仮面ライダーだって同じ」
「え……」
ルリ子さんの手が肘を伝って、オレの頰に添えられる。
温かで柔らかな感触が冷え切った肌に熱いほどに感じられた。
「仮面ライダーは、彼らは、無敵のヒーローなんかじゃない。どうしようもなく、人間なのよ。貴方と同じね」
「オレと、同じ……?」
「それでも彼らは人を守る為に戦っている。たとえ人に怪物だと謗られようとも。人を守りたいと思う自分の心を信じているから」
「……自分の心を、信じる」
「今度ゆっくり、一文字隼人と話してみればいい。先輩に頼れるのは後輩の強みでしょ?」
「……うん。うん、そうする。そうしてみる」
「そう」
ルリ子さんは静かに目を伏せて呟いた。
ここから生きて、オレのまま、オレを取り戻せたら、きっと一文字さんに会って話そう。仮面ライダーの、彼らの物語を。彼らの覚悟を。
ふと気になって、それまで仮面ライダーの近くに居続けてきたであろうこの人に、問いかけてみたくなってしまった。その問いはオレの不安の表れでもあり、縋るような淡い期待の欠片でもあった。
「ねぇ、ルリ子さん。オレも、仮面ライダーになれるかな?」
「さぁ?わからないわ。ただ……」
けれど彼女の答えは素っ気ない。さぁ?って……。まあ、こんなの他人に聞く事でもないか。そう思ってちょっぴり落ち込んで、けれど立ち上がる為に俯けていた顔を上げると、ルリ子さんと眼があった。どこか優しく、しかし寂しげに揺れているその瞳が、まっすぐオレを見つめていた。
「必要なのは、信じることだけよ」
「そっか」
信じる、か。うん。……ヨシ!なんだか吹っ切れた!うん!んじゃまずは、自分を信じてみるところから始めようかな!!
とりあえず、自分を信じるってどうすればいいんだろう?
自己暗示とか?プラシーボ効果?思い込みはバカにならないっていうからね。ヨシ!オレは強いオレは強いオレは強いオレは強い!ハイ変わったー!オレ変わったよコレ!?すごい!5倍のエネルギーゲインがあるッ!(幻覚)
(それに、私にとって、あなたはもう仮面ライダーなのよ)
オレの目を見つめていたルリ子さんがふっと笑った。相変わらずキレーな顔だなぁとぼんやり思う。ルリ子さんが悪戯めいた表情でオレに問いかけた。
「これで少しはスッキリした?」
「うん!」
勢いよく返事をする。だって、ウジウジ悩んでもしょうがないもん!復讐とか言うけど、そもそも妹のユキだって死んでないかもだし?オレはユキが、みんなが生きてると信じる。そんでもって、オレの心は復讐心に負けないと信じる!
「これで心スッキリね」
「これで心スッキリだ」
一文字さんの口癖を2人で真似る。癖になる、まさに口癖にふさわしいいい言葉だ。ルリ子さんが不敵に笑う。オレもつられてニヤリと笑った。
さーて!もう1人のオレをぶちのめしに行きますか!
※
「くぅ……!ほんと数だけは多いわね!」
「武器ヲ使ッテ、ズルイナァ!ズルイヨネェ!?」
本体と見られるバッタオーグの一体がその手にMP5短機関銃を生成した。この個体は他と違って、とりわけプラーナの扱いが巧みだ。同じくプラーナで形成されたヒロミの刀を解析し、己の獲物を同じ要領で構築したのだろう。
「そんなもので!」
銃口からばら撒かれた9x19mmパラベラム弾の軌道を見切り、スピードと反射に優れるハチオーグの性能を遺憾なく発揮して、自身に直撃するコースの弾丸のみを刀で弾くという絶技をもってヒロミも対抗する。
「囮ダ、ヨ!!」
「後ろ!?」
バッタオーグの脅威的な跳躍が、弾丸に釘付けにされ動きの鈍ったヒロミの背後に迫る。
「そこまでだ!」
「ア?オマエ……」
ヒロミの背後へ接近していたバッタオーグが突然現れた少年の生身のタックルで吹き飛ばされる。
学生服を身につけた、まだ16かそこらの少年。どこかあどけなさを残した顔立ちでありながら、身の丈は178cm、その体躯はスラリと細く引き締まりながらも、男らしい力強さをも帯び初めていた。
その少年は母親譲りの力強い眼差しで、その綺麗な瞳を爛々と輝かせながら、文字通り仁王立ちでヒロミとバッタオーグの間に立ち塞がった。
「こんなところに、男の子……!?あなた!危ないから逃げなさい!」
突然現れた謎の少年に戸惑いながらも、ここから逃げるようにヒロミが叫ぶ。その声に少年は首だけを振り向かせて、力強く頷いた。
「大丈夫!」
右手を掲げて、肩越しにサムズアップ。
「もしかして、あなた……」
「ハ?ハハハッ!アレダケ拘束シタノニ、自分カラノコノコ出テキタノカ!シロウ!」
バッタオーグがマスク越しでニヤリと笑う。
体の支配権を完全に掌握する為、自我が崩壊するまで拘束しておくつもりだったのだ。搾りかすとは言え、取り込めばそれなりのプラーナが得られる。いつでも使えるプラーナ貯蔵庫。
しかしその当人が、どういうわけだか拘束を解いて戦場に立っている。
別にここで殺してしまってもいいのだ。主としての立場が逆転した今、寄生先であるシロウがいようがいまいが最早関係ないからだ。
「大人シクシテイレバモウ少シ長生キデキタノニ。ソンナニ死ニタイノナラ、マズハオマエカラ殺シテヤルヨ!」
「それはダメだ!」
「アァ?ジャアナニシニ来タ?ハハハ!マサカ、マサカ。オレヲ殺シニキタノカァ?ソノ弱ッチイカラダデ!」
「オレはお前に!謝りにきたんだ!」
「……ハ?」
バッタオーグが惚けたように首を傾げた。
よし!なんか聞いてくれるっぽい雰囲気になった!(有耶無耶)
今こそ聞いてくれ!!オレの心を!
「お前の心に気づいてやれなくて、ごめん!!」
「ナニを、言っテ……」
「オレも!ほんとはSHOCKERが憎い!お前と同じだ!オレは記憶と一緒にその気持ちに全部蓋をしてた!これまで、お前の気持ちに気付いてやれなかった!本当にごめん!」
本心。全部忘れてたなんて言い訳だ。知らないふりして、きっと心のどこかで苦しんでたはずだ。それを、お前はオレに思い出させてくれたんだ。
「そして気付かせてくれて、ありがとう!」
「……」
「だけどオレは!SHOCKERに復讐しない!なぜなら!オレはカッコいいヒーローになりたいから!」
オレの目指すヒーロー像。清くなくても美しくなくてもいい。ただの人間だ。人間でたくさんだ。だけど、決して折れない心を持ってる。
復讐はきっと気持ちいい、甘美な響きだ。けど、ソイツに身を委ねてしまったら、きっともう戻れない。オレはオレのままでいられない。なんか、それってカッコ悪いじゃん?
だから覚悟が必要なんだ。オレはオレが納得できるように、オレらしくカッコよく生きたいんだ!
「それがオレの、覚悟だ!!」
困ってる人がいたら助けなきゃ。
泣いてる人は笑顔にしなきゃ。
単純だって笑うかい?そういうもんだろ!ヒーローってのはさ!
「誰かの為じゃない。オレはオレ自身の為に。みんなが笑顔でいれられるように。オレは戦う!」
ああそうだ!こうと決めたら迷わない!
みんなに笑顔でいてほしいのも、全部オレがそうであってほしいからだ!
ワガママかな?ワガママだな!
ああそうだよ!これがオレだ!カザミシロウだ!
「……オマエ、メチャクチャダナ」
「そんなめちゃくちゃなオレの側面がお前だ」
「違ウ!オレ、ハ!!」
バッタオーグが狼狽えたように一歩、二歩と下がる。
こいつの正体は、オレに僅かに感染したバットヴィルースだ。
オレの心の奥底を読み取ったバットヴィルースが深層心理を模倣して生まれたもう1人のオレ。それがお前の正体だ。
お前が、オレが見ようとしてこなかった心の側面だっていうのなら、オレはそれを受け入れなきゃいけないと思う。
男と男がわかりあうには、やっぱり喧嘩が一番だよな?
というわけでだ!喧嘩だ喧嘩!お前が売った!オレが買った!そんでもって最後に立ってた方が勝ちだ!いいだろう?シンプルでわかりやすい!
「ハッ!イイノカヨ?勝負ニナラナイゼ?」
「なら試してみるか?」
「ヤッテミセロよぉ!」
「いいぜ!見せつけてやる!オレの……ッ!!」
とっくに体はボロボロだけど。
こんなところで立ち止まれないから。
オレの気持ちと、お前の気持ちの真っ向勝負だ。
諦めない。立ち上がれ。走り出せ。さぁ、行くぞ!
ケツの穴ギュッと引き締めて、大きな声でこう叫べ!!オレの……ッ!!
「変身!!!」
腰のベルトの風車が回り、ギュインギュインギュイン……!と光って唸る。ポンプで押し出すように身体中に血とエネルギーが駆け巡り、全身を熱くしていく。
オレの姿が大量発生型相変異バッタオーグへと変身し、更にベルトから赤い光が溢れ出す。
その光は全身を包み込むと光の柱となって天を突いた。腕が、脚が、ベルトが、マスクが次々とその光を浴びて新たな姿へと生まれ変わっていく。
やがて光が収束し、その全貌が明らかになる。
その姿、まさに仮面ライダー。
目を引く赤いラインがボディの各所を走り、みなぎるパワーを見る者に強く主張していた。
ジジジ……とマスクの額から伸びる赤いラインが熱を帯びていき、ガチリと頭の中で撃鉄が落ちる感覚。心が戦闘モードへと切り替わる。
悩むな!戦え!と身体が叫ぶ。考えるな!感じろ!と心が叫ぶ。
不思議だ。身体はめちゃくちゃボロボロなのに。今のオレは誰にも負けない。負ける気がしない!
ズシンズシンと足を一本踏み出すたびに、ひび割れた大地が音を立てる。
ヤバい時ほど笑え!踏み出す足は、自信を持って大きく一歩!
「バカな……。オマエのプラーナは全てオレが奪ったハズ!オマエはモウ変身できないハズダ!?」
「できるさ!オレがオレを信じている限りな!!」
「ナンナンダその理屈ハ!?」
え?知らないのか?プラシーボ効果。
できると思えばできる。不可能を可能に。有限を無限に。
大切なのは、「気持ち」だぜ。
「限度ガアンダヨッッッ……!!」
「限度なんて、このオレが知るか!」
「クソ!クソォ!オマエ、マジで一体何者なんダァァァァ!!」
「オレはシロウ!カザミシロウだ!そして……」
人差し指と中指をアルファベットのVに見立ててビシッとポーズを決める。
「新生仮面ライダー第3号!ヴァージョン2.0!人呼んで!V2!!」
「ぶ、ブイツー!?」
「V2のVは、勝利のブイだッ!!」
「ソンナの聞いてねぇんだヨこの馬鹿がッ……!」
「泣いたら可哀想だから最初に言っておく!今日のオレは!かーなーりッ強い!!」
「ッッッ!!ダッタラ!こいつを乗り越えてミセロォ!!」
バッタオーグが叫び、その身体に全てのバッタオーグたちが集まっていく。それら全てが黒い塊になって溶け合い、その姿を再生成していく。
「コレを超えられないオマエに、仮面ライダーを名乗る資格はナイ!オマエが本当にライダーなら、自分自身を救ってミセロォォォ!」
黒い塊は光を遮る床となり壁となり、コウモリオーグのホームグラウンドであるあの真っ暗な部屋がある種の結界となって空間に展開されていく。
闇に包まれたオレの目の前には、赤く光る一対の複眼。
完全にオレを模倣した大量発生型相変異バッタオーグの姿。
アイツはプラーナ感知でこの暗闇の中でもオレの居場所がわかる。対してオレはコウモリと戦った時と変わらず何も感じ取れない、文字通り目隠し状態だ。冷静に考えるとコレ、めちゃくちゃやばい状況じゃん!!!
「力だけのオマエが、技で勝るオレに勝てるワケねぇだろォ!!」
バッタオーグが跳躍する。なんとなーく気配だけで動きを読んで、両手クロスでそれを受け止める。衝撃。重ッ!オレの脚力って、こんなに強かったのか!?受けて初めてわかるバッタのパワー。この力がありながら、更に技はオレより上とかマジかよ!?
強い、強いなぁ、お前は。
──ああ。マジで、燃えてきたッ!
※
「シロウさん、大丈夫かしら……」
「ん、まあ勝つでしょ……」
「……ルリルリ、軽くない?」
「だってもう迷ってないし。迷いを捨てたあの子ならコピーなんかに負けないわよ」
黒い領域に飲み込まれ姿の見えないシロウを案じてオロオロする友人に、随分人間臭くなったなと嘆息する。恋は人を変えるというが、これがその恋なのだろうか?わからない。ルリ子自身ソレを知らないから、答えは出なかった。
ただヒロミを変えて見せたシロウには感謝しているし、もうただの仲間とは思っていない。力はとても強いのに、どこか心が脆いその姿は、かつて共に駆け抜けた大切な存在、本郷猛の姿とどこかダブって見えていた。
さしずめシロウはどこか放っておけない手のかかる弟。そう、シロウは弟だ。しかも極めてバカな。知らず知らずのうちにあーだこーだ手を焼いてしまう面倒見のいいルリ子であった。
「あああどうしようルリルリ!?シロウさん全然出てこない!!苦戦してるかも!!助けに行かないと!!」
「ヒロミ、落ち着いて」
友人はすっかり愉快なキャラになってしまっていた。
(SHOCKERは危ないキャラばかりなのか?)
いいえ、猛さん。ヒロミはすっかりおもしろキャラになってるわよ。あなたが今の状況を見たらなんて言うかしらね……。
「なに1人しんみりしてるの……」
「してない」
「してたわよ」
「……してない」
オロオロアワアワしてたと思えば急にジト目で睨んできたり全く忙しない友人だ。初めて見る彼女の色んな表情。それも、全部全部彼が守ってくれたかけがえのないもの。
そんな彼が、コピーに負ける姿なんて想像できない。
「……命あるものは常に前に進むわ。さっきまでのデータなんて」
成長し続けている、今の彼の敵じゃない。
私もあなたを信じる。頑張りなさい。仮面ライダー。
「なんか良いこと言ってお茶を濁すの得意になったわねルリルリ」
「うるさい」
二人の視線の先、鎮座する真っ黒な結界がミシミシと悲鳴をあげ始めていた。
※
「強いなぁ……!
「アアそうダ。オレのスペックはオマエと同じ!つまり」
「技で劣るオレの負けってか?いいや!違うね!技で劣っていても、それでも!ただひとつ!オレがお前に勝ってるものがある!!」
「ナニ?」
両腕を振り払いバッタオーグを後退させる。明らかに警戒しているな。気になるか?気になるよな?ルリ子さんにも認められたオレの長所が!
「そう!それは!オレが常に前のめりだってことだ!!」
「???」
「隙あり!トォッッ!!!」
「しまっタ!?」
暗闇の中でもとにかく思い切りジャンプ!見えない敵を恐るな!オレにできるのは常に全力であることだ!!オレの跳躍をバッタオーグがするりと躱わす。くそ!やっぱりなーんにも見えん!
「ハ、ハハ!驚かせやがっテ。壁ニ攻撃してどうスルンダヨ!」
「うおおおおおお!!!!」
全身で壁にダイブ!痛い!!そのまま壁を蹴って加速!頭から天井に突撃!痛い!!!そのまま天井を蹴って更に加速!!今度は床とキス!うおおお!なんのこれしきぃぃぃ!!蹴って蹴って!更に加速しろッ!!!いいぜ!どうせ倒れるなら、前のめりだ!!
バッタオーグの周囲をガンガンと痛々しい衝突音と血を飛び散らせながらオレは跳ね回る。お!段々距離感が掴めてきたぞ!床を蹴り加速!天井を蹴り加速!
お前を倒すためにオレに足りないもの!それは!情熱・思想・理念・頭脳・気品・優雅さ・勤勉さ!そしてなによりもォォォオオオオッ!!速さが足りない!!
だからもっとだ!もっと!もっとォ!もっと速くなれェェェエエエッ!!
「ば、バカな!?プラーナ感知でも追いきれないダト!?分身シタとでいうのカ!?」
超高速で壁を蹴り移動することで、発生した風力がオレのコンバータラングへと吸収され更なるパワーを生み出す。パワーがパワーを生み出す永久機関の完成だ!!うぉォン!オレはまるで人間プラーナ発電所だ!!
ガガガ!と連続で暗闇を削り潰す音が部屋に木霊する。
跳ねる、跳ねる。狂ったようにバッタが跳ねる。ただ愚直に。ひたすら前のめりに。
ピシリ、と。遂にオレが待ち望んでいた音が聞こえた。黒い壁に白いヒビが入っている。よーし!やっぱりあるよなぁ!耐久限界が!
「バカな!?この部屋の強度はオマエのスペック程度ではビクともしないハズ!?」
「ライダアアア!!!」
気合いと共に叫ぶ。必殺技ってのは叫ぶと力が湧いてくるんだ。
ヒビが大きくなっていき、天井、床、壁全てに広がっていく。
オレが蹴り跳躍するその軌跡が稲妻のように見えるというところから、このキックを名付けて……『ライダー稲妻キック』。
壁という壁を蹴って速度とパワーを増したこのキックは、摩擦で生じた熱と電気を伴ってまさに必殺の一撃となる。
そして、遂に闇の空間が砕け散り、オレの瞳が光を取り戻した。
うおおおぉぉぉぉ!!姿が見えればこっちのもんだぁぁぁ!!!
気合い!入れて!行くぜッ!!!唸れぇぇ!オレの右脚ィィィィ!!
「イナズマアアアァァァァァ!!!」
「ナンなんだ!?ナンなんダヨお前は!!」
バッタオーグのちょうど真上、砕け散り崩落していく天井部分に着地する。
全身を支配する全能感。根拠のない勝利への確信。
とりあえずなんか今行けるなって感覚あるよね。今がまさにそれだぜ!
ありったけの力を込めて、最後の跳躍を思いっきり。
天より落ちて、大地を砕く。迸る稲妻のように。
「キイイイイイ─────────ック!!!」
「グォォォォォォォォォォォ!?!?」
激震。
溜めに溜め込んだ力を一気に解放し、バッタオーグごと大地に叩きつけた。地面が大きく陥没し、摩擦によって生じた熱と電気が地面を黒く焦がした。
衝撃波が辺り一面を薙ぎ払い、オレの心の世界を空と大地を残して全て一掃した。その後に一拍遅れて腹の底に響く重低音が地面を震わせた。
嵐の中の落雷めいたその衝撃によって、空には既に雲ひとつなく。
その晴天を、大量発生型相変異バッタオーグの姿をした
ゴボッと水気を含む大きな咳をしたもう1人のオレが、皮肉気に言葉を放つ。
「……そうやって、ずっと自分自身の醜さから目を逸らしているがいいさ」
「バットヴィルース。いや、もう1人のオレに誓うよ。オレは負けない。SHOCKERにも自分自身にも。そしてどんな絶望にも。お前の心も、オレが背負うよ。だから安心してくれ」
オレはその傍らに座り込んで、一緒に空を見上げて言った。
どんなに心折れそうになっても、希望を信じ続ける。それがオレの、覚悟だ。
「──は。言うは易しだな。まあ、せいぜい足掻くといいさ。……妹を、頼む──」
「──応。……って。もう、聞こえてないか」
バッタオーグ、もう1人のオレが泡になって消えていく。
雨上がりの空はオレの気分なんておかまいなく、空いっぱいに虹の橋をかけてはしゃいでいた。
その空も、いつのまにか綺麗なオレンジ色に染まりつつある。
このトンネル、結界に入って何時間たったんだろう。
コウモリオーグは、もう1人のオレが倒したし。っていうかアイツ、自分の作ったバットヴィルースにボコボコにされてるの普通に不憫だな……。そう言う意味ではめちゃくちゃ失敗作じゃん……。かわいそう……。
あとは人質の人たちの解放、あ、それはヒロミさんが別動で動いてくれたんだっけ?どうなったのかな?気になるな。
そんな事を疲れ切った鈍い思考で考えていると、こっちに駆けてくるヒロミさんとルリ子さんの姿を視界にとらえる。
いやまあ駆けているのはヒロミさんだけで、ルリ子さんは歩いてるけども。えぇ、もっとオレの心配してぇ?
ヒロミさんは半泣きでオレの名前呼んでいる。シロウさんシロウさんって、なんでさん付け!?明らかに貴女の方が年上ですけど?っていうか、今更だけどこの人めっちゃかわいいな……。
SHOCKERには美人のおねーさんしかいないのか?そういえばユキもめっちゃ美少女だからな。
──その瞬間オレの脳内に溢れ出す、SHOCKERの真の野望。アイドルグループを設立するSHOCKER。握手券を求めて闘争本能を爆発させる国民達。血みどろの抗争。仁義なき争いの火蓋が切って落とされる。
くそ!そういうことか!?SHOCKER許さねぇ!このド変態組織がよぉ!ユキ!待ってろ!!必ずお兄ちゃんが助けに行くからな!!
……けど、もう身体がボロボロで動かないや。今日は、とりあえず、帰ってゴロゴロしよう。休むことも戦士の仕事だっておばあちゃんも言ってたし……。ユキ、不甲斐ないお兄ちゃんでごめんな。でも、必ず行くから。それまで無事でいてくれ。
勢い余って転倒したヒロミさんにもみくちゃに押し倒されながら、オレはゆっくりと瞼を閉じた。
ヒロミさん。時間で言えば数時間前にあったばかりなのに、その短い時間で色んなこの人の表情を見た気がする。
オレが初めてその命を救えた人。オレが仮面ライダーとして胸を張れる理由になってくれた人。誇らしさと照れ臭さが入り混じったような。
そうか、オレ、嬉しいんだな……。
柔らかで甘い匂いと温もりに包まれながら、オレは意識を手放した。
あー。夕飯はほうとうが食べたいな……。
つづく
グォォォォォォォォ!?!?
──《シリアス》