流星群に願いを 作:キチガイの人
土砂降りとまではいかないが、今日は雨が降っている。
コンビニのビニール傘を差しながら、俺は養護施設の近所を捜索という名の散歩をしていた。地面にもそれなりに水たまりが出現しているせいか、歩くたびにビシャビシャと靴を濡らしていく。しかし、俺はそんなのお構いなしに、住宅街を見渡しながら歩みを進める。
生まれてこの方遠出をしたことのない小学生である俺だが、小学校と養護施設の近辺の地理には詳しい。そういえば、小学生にとって近所って世界の全てだったよなぁと、感慨に浸る。
あ。あと南九州の地理にも詳しいで。
なんでだろうね。(すっとぼけ)
「まーじで、未来のアイドル様はどこ行ったんだよ……」
職員さんに頼まれて一番星の捜索をしている俺だが、原作にそのような描写はなかったと思案しながら歩き、先ほどその正体に気づくことが出来た。
そろそろ彼女が施設に来て約1年が経過した。
もしかしたら、彼女の母親が釈放されたのかもしれない、と。
原作『推しの子』での直接的描写はなかった気がするが、彼女は幼少期に母親が窃盗で捕まっている。なので、この養護施設に追いやられたはず。原作のその後では彼女の母親は釈放後も彼女を迎えに来ることはなく、そのまま施設で過ごしていたと言っていた気がする。その環境下が影響しているせいか、彼女は『他者への愛し方が分からない』と口にしていた……はず? 原作読んだのが今世含めると何年前だよって話なので、詳細までは覚えてない。
要するに、だ。ここから彼女は嘘の仮面を完璧に身に着け、後に芸能界で猛威を奮っていくのだろう。物語のターニングポイントと言っても過言ではない。
ここで原作路線を貫くには、彼女に接触したとしても、あまり差し支えない話に留めなくては。彼女の進化を止めるような真似はしない。
「というか、ホントにどこ行ったんだ? 道は合っていると思うんだが」
かれこれ数十分は歩いていると思うが、あの一番星の痕跡しか見つからない。それが、俺がビニール袋に入れている彼女の靴だった。ちゃんと後からセットに揃っている。
彼女が走っていたであろうルートだと思うのが、これが原因だ。途中で脱げてしまったと言うのは容易に想像できるし、ここにあるってことは彼女は現在進行形で裸足なのだろう。回収はしたが、そうなると彼女が心配だ。怪我してなきゃいいんだが。
なんて考えながら歩いていると、住宅街の一角にある小さな公園に辿り着いた。遊具なども一通り揃っており、ボール使用禁止の看板もない。これから近隣住民からの圧力でボール禁止になっていくことを想うと、涙が止まらないぜ。
アホなことを考えていても、周囲の警戒は怠らない。
注意深く観察していると、ブランコに座り漕ぐこともなく佇んでいる、水も滴るいい美少女を見つけた。黒髪が濡れることを気にせず佇む様は、どっちかって言うと仕事に失敗して家に帰れないサラリーマンを彷彿とさせる。
雨音が接近の知覚を鈍らせようとも、隠密性を出さずにビシャビシャ歩けば、意気消沈している様子の未来のアイドル様にも気づかれる。
彼女は俺を見た。一番星の現在の感情は黒く輝く星が証明しており、どれくらいの絶望と諦観を内に秘めているのかを物語っている。
「……誰?」
「お迎えの時間だ。職員のおばちゃんが心配してっぞ」
名前を間違えられるどころか、存在すら認知されていないとは思わなか──当たり前か。今日に至るまで、俺は彼女と一切の交流をしなかったのだから。
それで覚えてもらっていると思う方が烏滸がましい。
「……あ……ネオン、君?」
「誰が原子番号10番じゃ。俺はシオン、だよ。
どうせ次の瞬間には忘れ去られる名前だ。
名前なんて所詮は他者を区別するための識別番号代わりと言い放った友人の顔を思い出す。が、前世の話なので顔すらも曖昧だ。こうして俺も、親しかった前世の知人をどんどん忘れていくのだろうか?
余計なことを考えたのは十数秒の期間だけ。
しかし、俺と彼女の周囲の状況は大きく変わった。そう、雨が次第に弱まり、太陽が曇りの隙間からコンニチハしたのだ。
「お、上がったな。今のうちに帰ろうぜ」
「………」
俺の提案に、数分の時間を要したが、彼女はコクリと小さく頷いた。
さっきは雨が降っていたので気づかなかったが、目元が赤く腫れている。原因は言わずもがな、指摘するのは無粋だろう。
俺はビニール袋から靴を取り出そうとして、一瞬躊躇し、やめた。
傘を畳んで、ビニール袋を傘に括り付けて、彼女に接近し背を向けてしゃがむ。
この全てに絶望した感を醸し出している女の子に、ぐっちゃぐちゃに濡れた靴履かせて帰るのもアレだろう。こんぐらいしても俺と彼女の関係性が変わるわけじゃないし……変わらんよねコレ?
「背負って帰るから、はよ乗ってくれ」
「………」
「嫌なら靴を
と言っている最中に、彼女は恐々と俺に背負われる。彼女の重みを感じる。(至言)
ちなみに彼女が半袖のシャツに短パンの出で立ちなので負ぶっただけであり、これがスカートとか穿いてたら靴履かせて歩かせてたのは内緒だ。スカートでおんぶすんなと前世で近所のババァが言ってたし、お姫様抱っこするスキルは神様から授かってないし。
……背負って気づいたが、これ断られる可能性もあったんだよなぁって今さら怯える俺。ブサイク(直球)のする行動じゃなかったと深く反省する。
まぁ、背負っちゃったものはしょうがない。
忘れ物がないかを確認した俺は、女の子を背負って帰路につく。将来の天下無双のアイドル様は自身の胸を俺の背中に預けている。心音が聞こえるんじゃないかって距離だ。
歩いて数分が経過しただろうか。
養護施設まで体力は持つ計算ではあるが、帰った後の行動を考えていた俺に、彼女はポツリと言葉を発した。
「……ネオン君」
「俺は元素記号Neじゃ……いや、もういいや。なに?」
訂正を諦める俺。
どうせ今後関わる予定はないし。
「私のお母さんね、お店からものを盗んで、捕まっちゃったんだ。それでね、1ヶ月前にお外に出られるようになったんだけどね……私の事、迎えに来てくれなかったんだ」
「そっか」
「……私、お母さんに、捨てられちゃったんだ。いい子にして待ってたつもりだったんだけど、ダメだったみたい。もっと、もっと……いい子にしとけばよかったね」
「ふーん」
「…………どうして、なのかな。私が悪い子だから、お母さんは迎えに来てくれなかったのかな? 悪い子だから、私のことを『愛して』くれなかったのかな? どうすればよかったのかなぁ。私、バカだから、バカだって、邪魔だって、前からお母さんに怒られたから。あはは、むずかしいなぁ」
「……だな」
彼女を独白を、適当な相槌で返す。
差しさわりをのない会話を、そう心がけて。
「……分からないよ」
「………」
「分からないよぉっ!? ねぇ、どうじて!? どうじで私はずてられだの!? やだよぉ! 私、もうひどりぼっじだよ!? おがあざんっ、おがあざんっ! むかえにきでよ!?」
「………」
「いいごにずるがらぁっ! わがままいわないがらぁっ! がえっでぎでよぉ!」
「………」
「ごめんなざい……ごめんなざい……おがあざん……おがあざんっ」
「………」
彼女は俺に抱き着く力を強め、以降は母親への謝罪を繰り返す。戻って来てと、一人にしないでと、ギリギリ年齢一桁の少女は願う。その願いが叶うことは未来永劫、ありえないと心のどこかでは分っているはずなのに。
それでも、彼女は願い続ける。
ありもしない罪に懺悔を重ねながら。
俺はそれを黙って聞く。
他人事のはずなのに、その感情に胸が張り裂けそうな感覚を覚えるのはなぜだろう? 漫画では『自身は母親に捨てられた』と笑いながら言っていた。どっちかっていうと『愛情』に関しての問題点が重要視されたので、愛し方を知らない人間の設定付けかな?程度にしか考えてなかった。
……そうだよな、小学生のガキにとっては辛いはずだよな。こういう感情を内に秘めていて、しかるべきだったんだよなぁ。
泣き止んだ後も互いに無言だったが、最初に沈黙を破ったのは彼女だった。
「……ねぇ、ネオン君」
「ん?」
「ネオン君もお母さんに捨てられたって聞いたんだけど、寂しくは……なかったの?」
さて、どう答えたものか。
ぶっちゃけると、原作に関する自身のスタンスを考える以上に、今世で小難しいことを考える機会がなかったからな。捨てられるって何だよ、愛って何だよ。そんなん気にして生きてきたことなんてなかったわ。生きることに精一杯な年ごろなんだが?
あまりにも真剣な声色に対し、原作に差し障りのない回答を──なんて考えが吹き飛んでいたせいか、自身の考えを小学生に伝わるよう話す。
「俺は……そうだな。両親の顔すら知らないから、寂しいとか考えなかったわ。そもそも、生まれてから今に至るまで、他人に期待したことがないし、期待すること自体が間違っていると思ってるからな、俺は」
「……?」
「……ごめん、難しかったか。あーっと、どう言えばいいんかなぁ。星野が悲しいと思うのは、そっちのお母さんが迎えに来てくれるって思ってたから、こうやって捨てられちまったことが嫌だったんだろ?」
「うん……」
「だから、俺は最初から大きく期待しないし、信用もしない。信じているから、裏切られた時に悲しいって気持ちが大きくなるんだと思う」
「裏切り?」
「そそ。星野はお母さんが迎えに来てくれるって『信じてた』のに、捨てられたせいで『裏切られた』って悲しくなってるんだと、俺は思ってる。なら、最初から信じることをしなきゃいい」
かなり極端なことを言った自覚はあるけれども、小学生相手だと、これが自身の思考の説明をする場合の最適解だと思った。俺は国語教師じゃないんで、これ以上分かりやすく説明できん。
正確には『他者に過度な期待を押し付けない』である。期待するから、それに伴った結果を出してもらわないと、人ってのは勝手に失望する。自身の思った通りにやってくれないと、これまた勝手に失望する。そんな思いをするくらいなら、俺は終始相手に期待などしない。自身ができないことを、相手に過度に求めたりはしない。
そうやって、俺は生きてきた。そして、これからも変わることはないだろう。
俺に親友が少ない原因の一つでもある。
俺が極端なことを言ったのも、この未来のアイドル様が後に嫌でも理解すると見越して発言したもの。厄介ファンの重い期待を、今後幾度となく受けるのは目に見えている。実際、ファンからの過度な押し付けが原因で命落とすからな。
「とーさんかーさんだろうと、じーちゃんばーちゃんだろうと、捨てるときは簡単に捨ててくる。そういう人だったんだって、俺たちは諦めるしかないんだよ。それよりもちゃんと相手を見て、『この人なら大丈夫かな?』って思う奴を新しく見つけた方がいいと思う」
「……お母さんのことを、忘れろって言うの?」
「嫌なら別にいい。これは俺が思ってるだけで、星野が嫌ならお母さんのことは忘れないようにすればいいさ。自分で考えて決めればいい。……あ、最初に言っておくけど」
母親に捨てられた彼女に、俺は釘を刺しておく。
そこから彼女のとる行動が何となく予想が出来たので。
「俺のことは絶対に信じるな。俺は、必ず星野を裏切るぞ」
「……っ」
「別に星野を率先して嫌うって話じゃない。こんなモノ好きと友達になりたいってんなら止めはしない。でも、俺は、俺の考えで、これが星野にとって最善だと思うことを、俺自身が考えて動く。中には星野が思ってたのと違う行動をするだろう」
既に『彼女を見殺しにする』という最大級の裏切りをかましている俺だ。そんなのと友達になったところで、彼女へのメリットは一つもないのだから、今のうちに俺の考えを伝えなければ。
──後に、この行動を激しく後悔するのだが。
「だから、俺を信じないでくれ。期待しないでくれ。星野がして欲しい事と、俺がこうした方がいいという考えは、どこかで必ず絶対に違ってくる。それなら、最初から俺に期待しない方が、星野も今のように悲しくならないと思うよ。そっちの方が、俺も星野も楽でいい」
信用する、期待する、ってのはする方もされる方も存外に疲れるからなぁ。そんな労力を使うくらいなら、別のことに注力するか、それか養護施設で別の友達作った方が絶対に有意義だと思われる。彼女と同世代の同性が居た気がするし。
俺はそこまで伝えて、彼女の質問への答えを終える。
釘刺したはいいけど、よくよく考えてみたら、このチーズ牛丼を注文してそうな地味な顔の友達なんざ要らんやろ。そして、真っ向から『信じるな』とか『裏切るぞ』とか、何言ってんだコイツポイント高めな、クソ痛々しい言葉を吐く異性。頼るポイントが何一つ見当たらない。
彼女を遠ざけるために言ってみたけど、そもそも必要なかったのかもしれないな。小学生視点で極力頑張って言葉を選んだ俺の労力を返してほしい。
さて、こんな小難しい話なんて切り上げて早く帰りましょ。
もう日は頂点を少し過ぎているのだから──なんて考えていた矢先に、腹の鳴る音が俺の鼓膜を震わせる。発生源は俺じゃない。
「………」
「………」
俺にしがみつく力が強くなる。
えぇ、そうですね。恥ずかしいですよね。
そんで腹も減りましたね。
施設まで走ろうかとも考えた俺だが、ふと別の案が浮かぶ。どうせ彼女と会話するのは最後だと思うから、せっかくだしあそこに行こう。
「──飯、食いに行くか」
「……え?」
【主人公】
原作知識持ちの転生者。前世で『ヤンデレ製造機』『人をダメにするソファーの擬人化』『設置型アロマセラピスト』と言われた、経験から学ばない生き物。
【星野 アイ】
後の大人気アイドル様。↑に自身と真摯に向き合ってくれるイケメン居るなぁ。
次回:豚骨ラーメン