流星群に願いを 作:キチガイの人
俺は完璧で究極なアイドル様(予定)を背負いながら、暖簾がかかっておらず、扉に『定休日』とプレートが吊るされている店の前までたどり着いた。説明しなくても分かるだろう。転生仲間の大将が経営する『西国無双』である。
休業って書いてあるので開いてるわけねぇだろボケがって思うかもしれないが、俺はそんなの関係なしに、アイドル様を落とさないように器用にスライド式のガラス扉を開ける。これが俺と大将の関係である。
「たのもー。大将いる?」
「相変わらず急な来店だな、少年。表のプレートの文字を読む語学力はどうしてきたのだね?」
「顔も知らぬオカンの腹ん中に置いて来たわ。まぁ、休みで悪いんだけどさ、ラーメン餃子セット2人前を頼めるか? あ、忘れてた。星野は豚骨ラーメン食えるか? ここ豚骨ラーメンしか作ってないんだけど」
「えっと……」
勝手に注文しながら奥の御座敷に向かい、そこに一番星を下ろしながら聞く。彼女は困惑しながらも座布団に座りつつ、困った表情で俺に答えるのだった。
「こういうお店でラーメン食べるの……初めてかも」
「「なにっ!?」」
驚きはしたが、次の瞬間には『あの家庭環境で外食とかしねぇだろうなぁ』と納得はする。カップラーメンで豚骨を食ったことはあるらしく、特に苦手ではないとの事。原作知識で白米が苦手なこと以外は、彼女の好みなどを知らなかったので、豚骨ラーメン平気なのは非常に助かった。臭みとか、脂っこさが苦手って人はいるからね。
前世では豚骨ラーメンが盛んな地域だったので、俺は特に苦手意識とかは持ってなかっただけに、彼女の好みを把握してなかったのは失敗だった。結果オーライって奴だろうけど。
「……すまないが、今日は休業なのでね。生憎だがメニューの品は出してない」
「はぁ? いや、俺この前──」
小学生のガキが単独でラーメン屋に飯を食いに行くのは、他から見れば不可解で不審に思われる可能性がある。そのため、俺は『西国無双』へは基本的に定休日にしか赴かず、定期的に豚骨ラーメンを摂取しているのだ。
大将は休日にどっかに出るということはせず、基本的に身体を鍛えるか新聞を読むしかしないからな。前世の趣味がソシャゲだったので、くっそ暇なのだろう。スマホの到来をこの時代で一番待ち望んでいる人間とも言える。
だから、ラーメンが作れないと言うことはないはず。
何なら先週の定休日食ったし。
大将は俺の言葉を遮って、視線をアイドル様に向ける。
「話は変わるが、自家製のチャーシューを改良したばかりでね。感想を伺いたい。無論、チャーシューとはラーメンに入ってこそ、その融和性を確認することが出来よう。腹をすかせた少年少女に試食を頼むのはどうかと思われるが……引き受けてくれるかね? お代は結構」
「……俺は別にいいけど、星野は初めてのラーメンが試食扱いになるんだが、いいか?」
「私、お金持ってないから。その、本当に食べていいの?」
養護施設育ちに、自身の自由に使える金銭はないに等しい。
そのことを気にしているようだが、大将は満足げに頷いている。
「試食をしてもらう立場で、お金を取るような真似はせん。もし、私のラーメンを気に入ってくれたのであれば、以降はそこの少年と時折顔を出すといい。お金は少年が持っているからな」
「お、おいっ……!」
これが最初で最後の交流だってのに、まるで大将の言い方だと、今後も彼女と関係性を続けるような雰囲気を出している。この阿呆は理解しているのだろうか? アイドル様を見殺しにする気な俺としては、情が移る行為は避けたい。
が、俺の言及を躱すように、厨房に引っ込む大将。
不満が多いが、飯を作っていただく立場だ。ため息をつきながら、アイドル様と対面の席につく。
と、同時に大将は冷水の入ったコップと、氷をガラガラ鳴らした大きなボトルを机に置く。そして、わざわざタオルまで用意し、彼女に髪等を拭くように指示した。
そのままだと風邪をひいちゃうもんね。
「少年、そこにある少女の靴を寄越したまえ。今なら洗濯機で洗い、ドライヤーで乾かせば、帰る頃には履けるようになるだろう」
「すまん、助かる」
気配りのできる大人である。俺とは大違いだ。
礼を言う少女の結末を事前に知っているのも、彼を動かす要因なのかもしれない。アイドル様からすれば妙に優しくしてくれるオッサンに見えるだろうけど。
ラーメンが出来上がるのをボケーっと魂飛ばしながら待っていると、同じく暇してた完璧で究極になる予定のアイドル様が声をかけてきた。
「どうしてお金を持ってるの?」
「あー、まぁ、色々あるんだよ」
こてんと不思議そうに首を傾げる少女に、俺は言葉を濁しながらため息をつくのだった。
あるけど内緒にしといてくれと言葉を続け、彼女はそれを了承する。後で言わないように再度釘を刺しておくか。賄賂を添えて。
養護施設育ちの俺に、本当ならば自由に使える金銭は存在しない。しかし、それを解決してくれたのが大将である。
簡単に言えば、現在このラーメン屋『西国無双』の経理を担当しているのは、大将が秘密裏にアルバイトとして雇っている俺なのだ。外見は小学生のクソガキだが、中身は成熟したオッサンである。電卓弾いて計算する程度の知能は存在するので、こうして小遣い稼ぎで仕事を貰っている。
余談だが、時給は600円である。安すぎない?とも思わなくもないが、前世の俺がいた地域の、この年代の最低賃金と同じと聞いて納得した。俺の事情を色々と配慮して仕事を振ってくれているのだから、これ以上の文句は、逆に不義理と言えよう。
以降も続く少女の質問等を、当たり障りのない回答で、のらりくらりと躱してく俺。
ここ1年の交流の無さを埋め合わせるかのように繰り出される会話の嵐に辟易し始めたころ、厨房から出てきた大将はラーメンをそれぞれの前に出す。
本当ならばラーメンの大盛を注文したいところだが、この小学生の身体だと並盛と餃子だけで満足してしまう。俺の将来の夢の一つに『二郎系ラーメンを食すこと』がある。そのためにも安定した収入に向けての準備にも着手しておきたい。
「あ、来た来た。週一で豚骨ラーメンをキメないと俺死ぬからな。いっただっきまーす」
「私の作ったものに、あたかも
「え、あっ、星野……アイ、です」
「ありがとう、星野君。箸は使えるかね? なければフォークを持ってくるが」
「お母さんから、習いました」
そう言いながら割り箸を手に取った少女は、不器用な箸の使い方で少しずつ麺をすすっていく。習ったと彼女は口にしたが、その使い方から考察するに、正確には『見よう見まねで会得した』という方が正しいのだろう。
一生懸命頑張って自分なりに再現したかったのだろう。……誰かに褒めて貰いたくて。
一瞬だけラーメンを食うアイドル様に視線が向いたが、すぐに目の前のご馳走に視線を移す。今世で箸の使い方なんぞ学んだことはないが、前世の記憶持ちの俺には箸を動かすことなど造作もない。施設の職員さんから化け物を見る目で見られたが。
もっちりとした麺に豚骨スープが絡まり、とても美味。味覚が脳に伝わることで細胞という細胞が歓喜の声を上げる。豚骨好きの九州男児のDNAが次元を超えて記憶を経由し、俺の遺伝子情報を半強制的に豚骨ラーメン大好きな人間へと変化させた。すまんな、顔も知らぬ両親。お前の息子、豚骨ラーメンに寝取られたわ。
ただ一つ気になることがある。
俺は厨房から出てきた大将に声をかける。
「……チャーシュー変わってなくね?」
「変わっているさ。……そういうことにしておいてくれ」
つまりはそういうことである。
ロハなんで全く問題ないです。
「星野、美味いか?」
「………」
「……どうした?」
まずいと言う感想は抱かないだろうと勝手に決めつける豚骨ラーメン信者の俺だったが、途中まで食していたはずの少女の動きが止まっていることに気づく。
俯いているので、何を考えているのか読めない。
「……美味しいよ。ものすごく、美味しいよ」
「そっかそっか、それは良か
「お母さんも一緒に、食べたかったなぁ」
「………」
「お母さんと……お母、さん、と……うぅ……おがあざ、ん……うぅ……」
静かに泣き始める少女を前に、男共は顔を見合わせる。
そして、大将は肩をすくめながら首を横に振り、2人前の餃子を置いて厨房に撤退する。名将は引き際を心得えており、慰めの言葉が不要であることも察したのだろう。
俺も黙って飯を食い続ける。ただ単純に、飯を食い続ける。心なしか豚骨ラーメンの味が落ちたように感じるが、おそらくは心理的な問題だと思われる。
俺が生前に読んでいた原作の最新話まで、アイドル様の母親が出てきた描写は存在しなかった。なので読者側は母親の外見内面を一切知らず、『窃盗して、釈放されてもアイを迎えに来なかった女』としか認識していないはずだ。
だが、ここはリアルである。母親にも自身の思考が存在し、何かしらの考えがあって捨てた可能性も否定はできない。それこそ俺が言った『彼女を想って、彼女の意に反する行動をとった』可能性だって十分存在するはず。アイドル様にDV紛いの行動をとっていた描写はチラついていたので、普通に彼女を捨てた説は濃厚ではあるが。
人間は完全じゃない。そして、親も人の子である。親だからと言って無条件に子供を愛しているなんて妄想も甚だしいし、親が良い人である保証はどこにもない。前世で『親ガチャ』なんて言葉が生まれるくらいだし、世間一般の想像する『普通の親』というのは、もしかしたら相当な幸運でなければ恵まれないのかもしれない。
産んだ責任を持てと言いたくもなるが、捨てるような人間の感性を信じる方が間違っていると思う。責任感あるなら最初から捨てはしない。そういう人間だったと諦めるしかない。
人生は諦観と妥協によって成り立つ。
しかし──
「……おが、あざん……うぅ……ぐすっ……うぅ……」
俺もアイドル様の母親と同類だ。彼女の
それでも、彼女を見ていると、もうちょっと……そう、もうちょっと、母親は彼女に目を向けても良かったんじゃないかって思うのは求めすぎなのだろうか? エゴでしかないと分かっている上に、母親からすれば家庭問題に他人が口を挟むな案件なのはごもっともだが、それでも、そう思ってしまうのは……虫が良すぎるのだろうか?
難しいなぁ、人の感情ってのは。
救いなんてありゃしない。
ゆっくり、ゆっくりと時間をかけながらも完食した少女と、先に完食してその様子を複雑な心境で眺める俺。食べ終わった瞬間に、大将は洗って乾かした靴を持ってきたので、彼に礼を言って二人は店を後にした。
養護施設までそんな距離はなく、先ほどの件もあったのか、彼女と言葉を交わしたのは店を出た後の1回のみだった。
「豚骨ラーメンって、しょっぱいんだね……」
「金稼げるようになったら、また自分で行けばいいさ。きっと、前より美味しいだろうから」
──こうして、俺と『星野 アイ』の最初で最後の交流は幕を閉じ、アイドルとしてスカウトされるまでの数年間で、彼女と言葉を交わすことはなかった。
後にトップアイドルとして一世を風靡した彼女が、この時の記憶を覚えていたか定かではないが、短くも濃かったであろう人生のアクセントにでもなってくれたのなら、俺も彼女をラーメン屋に連れて行った甲斐があるというものだ。
人が本当に死ぬときは、人々から忘れ去られたときである。彼女の死を先に知っていた者として、せめて、彼女のことは俺自身が没する時まで忘れないようにしよう。
これは──平凡な少年と、完璧で究極なアイドル様の、誰にも語られることなく埋もれていった、星野 アイの人生の1ページ。
次の日、俺は自室のベッドの上で目を覚ます。
養護施設の部屋割りは2人1組だが、俺には相方が存在しない。前日が俺の人生で一番濃かったまであるので、どうやら熟睡していたようだ。今日は普通に小学校に行かなければならない。クソ面倒臭い。
しかし、今日はいつもと違った。まだ視界が安定しないが、ふんわりと自室では存在しえない香りが鼻孔をくすぐる。原作に接触した以外で何かした記憶もないので、誰か職員さんが消臭力でも俺ん部屋に置きやがったのか?
胴体を起こそうとして、抵抗があり起き上がれないことに気づいた。
気づいてしまった。
気づいちゃいけないものに、気づいてしまった。
「……んぅ……すぅ……」
俺の胸元に顔面を埋め、俺の服を両手で鷲掴みし、幸せそうに眠るアイドル様の姿を。1d10/1d100のSAN値チェックの御時間です。
「?????????????????」
俺の中で
【主人公】
原作知識持ちの転生者。しくじり先生。
【星野 アイ】
後の大人気アイドル様。依存先を見つけた模様。
次回:彼女視点