プリンツェッシンの瞳   作:めめん

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 皆さん、菊花賞の予想・馬券は当たりましたか?
 作者はサトノグランツ本命にして見事に予想も馬券も外しました!(泣)
 たとえ長距離でも今年の川田なら馬券にはくるだろうと思ったのに……

 まあ、来週の天皇賞(秋)で取り返すからへーき、へーき!(フラグ)

 しかし、改めてドゥラメンテの早逝が惜しまれる……
 今年のクラシック世代だけでリバティアイランド、ドゥラエレーデ、シャンパンカラー、そしてドゥレッツァと4頭もGI馬を輩出しているとかヤバすぎんか……?



冴えないおっさんたち

 う~ん、今日も青草がうめえですわ!

 馬房に戻された後は草玉くらいしか食べるものがありませんし、今のうちにバリバリ食いますわよ~!

 

 サラブレッドに生まれ変わって半年ほどの月日が経過いたしました。

 8月も終わって9月に入り、いよいよ秋本番を迎えようというこの日もわたくしは朝から放牧地に生え散らかっている草という草を食いまくっております。

 はしたないと思われるかもしれませんが、寝ている間以外は常にと言っていいほど頭も体も空腹を訴えてくるのだから仕方ないですわ。

 「成長期」というやつなのかもしれませんわね。

 現にわたくしの馬体重は先日測っていただいたところ200kgを超えておりましたし……

 体の大きさも気がついたらどーんとでっかくなってて、頭も顔を軽く上げるだけで牧場スタッフの方々の背丈を楽に超えるくらい高い位置になりましたわ。

 

 

「いや~、お姫ちゃんは今日もよく食うなぁ~……」

「本当っすよね。

 このままだと柵の中に生えてる草という草はお姫に食いつくされちゃうんじゃないっすか?」

「ハハハ。そうなっちまった時は柵の外に生えてる雑草でも食わせるか?

 もしそれも食うならこっちで草むしりする手間が省けるってもんだ」

「さすがにヤギじゃないんですからそこまでは食わないでしょ?」

「いや、案外コイツなら食うかもしれんぞ?」

 

 

 柵の向こうで牧場のスタッフがわたくしの見事な食べっぷりに関心しながらそのような会話をしておりました。

 ちなみに一番最初に口を開いたのは青臭にーちゃんこと若手スタッフの大輔(だいすけ)君ですわ。

 そういえば、前世の世界ではメジャーリーガーにもなったすげープロ野球選手が同名の方でいましたわね。

 

 

「……お?

 どうやら来たみたいぞ?」

 

 ――ん?

 

 

 ふいにわたくしの耳に飛び込んできたのは、聞き慣れない自動車のエンジン音。

 大抵の車の音は牧場のスタッフさんたちが日ごろから様々な車に乗っているので余裕で聞き分けられますが、この音は明らかに今まで聞いたことがありません。

 

 ――いや、前言撤回です。

 思い出してみたらありましたわ。

 数か月前に一度だけ、わたくしはこの音を耳にしたことがあります。

 

 そう――この外車のエンジン音。

 あの時この音を発する外車に乗ってやって来たのは――

 

 

「じゃあ早速お出迎えにいきますか」

「わざわざ全員でいく必要ってあるんすか?」

「バカ。この世界では他の界隈よりも人と人の繋がりが大事なんだ。

 少しでも顔と名前を相手側に覚えてもらわねえと……」

 

 

 そう言いながら今までわたくしの様子を見守っていたスタッフの方々がぞろぞろと柵から離れていきました。

 ――確かあちらは牧場の事務所や入り口の門がある方向ですわね。

 仮にやって来たのが()()()なら牧場の方たちはすでに顔なじみだからわざわざ全員でお出迎えなんてしないはず……

 

 もしかして、()()()ではないのかしら?

 

 わたくしがそのようなことを考えながら引き続き青草をバリバリと貪っていると、次第に人の声が聞こえてきました。

 

 

「まさか先生ほどの方がうちの牧場の馬を見にきてくださるとは思いませんでした」

「ルドルフは私にも縁が深い馬ですからね。

 その産駒で将来有望そうな子が生まれたと耳にすれば、やっぱり気になっちゃいまして……」

 

 

 牧場スタッフたちの声に混ざって、はじめて聞く男性の声――

 声からして()()()同様おそらく壮年でしょう。

 

 ――しかし、今「先生」と言われていませんでしたか?

 

 

「ほう……

 この子ですか?

 事前に写真で姿は拝見させていただいておりましたが……」

「ええ。

 ルドルフの仔で牝馬なので私たちは“お姫ちゃん”と呼んでます」

「……うん。

 実際に見てみると本当に濃い栗毛だ。

 脚や体つきも当歳ながらかなり良い――

 中に入って間近でじっくりと見させていただくことはできますか?」

「はい。是非。

 生まれた時から大人しくて人懐っこい子なんで、触っていただいてもぜんぜん大丈夫ですよ」

 

 

 ――スタッフの方々とわたくしのいる放牧柵へとやって来たのは、やはり壮年の男性。

 

 ()()()同様ほとんど白髪で灰色になってしまっている頭髪。

 それほど開かれておらず、なんだか眠そうにも見えるタレ目。

 そして自分の体格よりも明らかに一回りはデカくてブカブカなジャケットをシャツの上に羽織った装い。

 

 そんな外見からわたくしが抱いたイメージは、失礼ながら「冴えないおっさん」といった感じです。

 ()()()とは別のベクトルでパッとしない見てくれをしていますわね。

 

 

「よう。はじめまして」

 

 そう気さくに声をかけながらわたくしの顔――鼻先のあたり――を撫でる冴えないおっさん。

 正直わたくし頭とか顔とか体をガシガシ撫でられるのはもう慣れすぎてしまったので、この程度ではもう尻尾をビュンビュンさせたりしませんわよ。

 まあ、悪い気はしませんけど――って、あら?

 

 不思議な感覚ですわ。

 

 普段スタッフの方々からされているのと同様にただ顔を撫でられているだけですのに、なんか他の方に撫でられている時とは違った感じがします。

 

 これは――なんと言えばいいのでしょう?

 

 安心するといいますか、心地いいといいますか――

 

 う~ん……

 

 とりあえず悪い気はしないので尻尾ビュンビュンさせましょう。

 

「――ありゃ?

 めちゃくちゃ尻尾振ってる……

 食事の邪魔されてご機嫌斜めになっちまったかな?」

 

 わたくしが尻尾をビュンビュンさせると一瞬驚いたような顔をしてわたくしから数歩離れる冴えないおっさん――いや、冴えないおじ様。

 

 ――あらいけない。

 わたくしったらいきなり尻尾ビュンビュンさせてしまったものだから以前の牧場スタッフの方々同様勘違いさせてしまったようですわ。

 

 

「先生、なんでもそいつ犬みたいに嬉しいとそうやって尻尾をブンブンと振るらしいんですよ。

 私も最初聞いた時は“えっ”と思ったんですけどね」

「あっ、そうなの?

 気分悪くしたわけじゃないんだ」

「ええ。牧場の人たちが言うには……

 私も今はじめて見ました」

 

 

 むっ……!?

 

 この声は――!

 

 

「やあ。久しぶり。元気にしてたか?

 馬だからあたりまえとはいえ、随分とでっかくなったなぁ……」

 

 

 そう言いながらわたくしの首筋をガシガシと撫でるのは、もう1人の冴えないおっさん――

 

 これまた大量の白髪が混ざって灰色と化している髪。

 髪の毛同様灰色の口髭。

 知的なイメージをまったく感じさせない――というよりただの老眼鏡にしか見えない――黒縁メガネとその奥からこちらを覗いているツリ目。

 そして見事に着こなされているスーツ姿の出で立ちと、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 正直最後の負のオーラのような地味ささえなければナイスミドルな老紳士に見えなくもないのですけど……

 というか、この雰囲気でそれ以外のすべての要素の良さをぶっ壊しておりますわ。

 

 

 ――この「似非紳士」とでも呼ぶべきもう1人の冴えないおっさんこそ、なにを隠そうわたくしの馬主(オーナー)です。

 厳密にはお母様の馬主で、お母様が繫殖入りした後も所有権を持ち続けているためその子供であるわたくしの優先所有権も有しているというのが正しいのですが……

 

 確か名前は「ミヤモリ」だったかしら?

 わたくしが生まれて2、3日ほどした後に一度だけ牧場を訪ねてきてそれっきりでしたけど……

 

 しかし、この男もいるということは、やはり先ほどの車のエンジン音の正体はこの男の外車だったということですわね……

 

 

「むぅ……

 俺が撫でたら尻尾振ってはくれんのか……?

 前撫でてやった時も無反応だったが……

 もしかして嫌われているのか俺?」

「ははは。宮守さん、馬との接し方――撫で方にもコツがあるんですよ。

 ただ撫でるだけじゃ馬は喜びません。

 まあ、そうして触らせてくれているので宮守さんを嫌ってはいないと思いますよ?

 本当に嫌っていたら、触ろうとした瞬間耳を倒して睨みつけてきますから――」

 

 そう言いながら、再びわたくしのそばに近寄り鼻先を撫でる「先生」と呼ばれるおじ様。

 

 んん~……

 やっぱりこの人に撫でられるのは悪い気がしませんわね。

 尻尾ビュンビュンですわぁ~。

 

「……先生には早くも懐いたみたいですな」

「まあ、私はかれこれ何十年も馬と触れ合っていますからね。

 こればかりは年季の違いってやつです」

 

 羨ましそうにジト目を向けるミヤモリに対しておじ様が得意気に笑いました。

 その顔は壮年でありながらどこか子供っぽく感じられます。

 

 ああ――きっとこの方、本当に馬がお好きなんですのね。

 

 ――それにしてもこの2人、見るからにどちらも老人の域に足を突っ込んでる身ながら、その外見と雰囲気はまるで正反対ですわ。

 

 片や見てくれは冴えないおっさんですが、その一挙一動からはわたくしたち馬を魅了する“()()()”を感じさせるおじ様。

 そしてもう一方はというと、見かけは老紳士然しておりながらも全身から覇気の無さをむんむんと醸し出している冴えないおっさん。

 

 同じ「冴えないおっさん」同士なのに、なぜこうも外見も全体のイメージも違うのかしら?

 

 

「どうですか先生?

 お姫ちゃんは走りそうですか?」

「そうですね……

 正直に申しますと、現段階ではまだ断言はできません。

 しかし、いい馬であることには間違いないですね。

 このまま順調にすくすくと成長してくれれば期待できるかもしれないです」

 

 

 わたくしたちから少し離れたところから様子を見ていた牧場長が近づいてきました。

 ――壮年のおっさんがさらにもう1人増えましたわね。

 

 「先生」と呼ばれるおじ様はそれからわたくしの体や脚に次々と手を触れながらうんうんと頷いたり、時には実際に「うん……」とか「ほう……」などと声を漏らしました。

 そして最後にお尻――牧場の人たちからは「トモ」とも呼ばれるところ――を撫でたところで、わたくしから1歩、2歩と距離をとり全身をじっと見渡した後再び一度頷きます。

 

 

「確かに、これはいい馬だ……」

 

 

 おじ様の口からポツリとつぶやかれたその一言は牧場長とミヤモリには聞こえなかったようですが、わたくしの耳にははっきりと届きました。

 

 

「――宮守(みやもり)さん、予定どおりこの子を保有するのでしたら、是非うちの厩舎に預けてくれませんか?

 私もこの子がどんな馬に成長するのか興味が湧いてきました」

「いいんですか?」

ほ、本当ですか!?

 

 おじ様の言葉にミヤモリだけでなく牧場長までもが思わず声を返しました。

 ――って、なんで馬主のミヤモリよりも牧場長のほうがオーバーアクションなんですの?

 

「ええ。よろしくお願いします。

 ルドルフの仔も今やすっかり中央では見かけなくなってしまい、私も少しばかり寂しさを感じていたところなので――」

「それは願ってもない話です。

 こちらこそよろしくお願いします」

うおおおおおおおおおおっ!

 やったな姫ちゃん!

 美浦どころか日本が世界に誇る名伯楽である藤島(ふじしま)先生の厩舎に入れるなんて、うちからすりゃこれだけでもすごいことだぞ!?

 

 よくわかりませんが、牧場長が喜びの声をあげながらわたくしの背中を二、三度叩いてきました。

 まあ、わたくしは馬ですからペチペチ叩かれたくらいじゃ動じませんので、引き続き青草を頬張りますけど。

 

 ――って、オイ!

 こっちが気にせず青草バリバリ食ってるからってケツまで叩くんじゃねーですわよ!

 デリカシーのないおっさんにはキックを1発ぶち込んでやりますわ!

 もちろん後ろ脚で蹴りを入れたら大怪我してしまうでしょうから、前脚で軽~くで勘弁してあげます。

 わたくしは心が広いので。

 

いって!

 と、突然どうしたんだ姫ちゃん!?」

「牧場長、お姫ちゃんは食事の邪魔されると怒るの知ってるでしょ?

 夢中で草食ってる時にいきなりデカい声あげてケツ叩いたらそりゃ怒りますって……

 ほら。耳倒して牧場長のこと見てる」

 

 わたくしの異変にいち早く気がついたのか、柵の外で様子を見ていた大輔君が曳き手を持ってやって来ました。

 こういう時にすぐさま来てくれるあたり、さすがわたくしが生まれた時から面倒を見てくれている大輔君ですわ。

 もうただの青臭い若手スタッフのにーちゃんじゃありませんわね。

 

「お姫ちゃん、別の放牧柵に行こうか?」

 

 そう言って大輔君は曳き手をわたくしの無口に繋ぐと、わたくしを引いて歩き始めました。

 わたくしは素直にそれに従い大輔君と並んで歩きます。

 

 

「――それにしても、まさかあの藤島先生がうちみたいな牧場にまでわざわざ足を運んでくれるなんてなぁ。

 お姫ちゃん、やっぱりお前将来大物になるかもしれないぞ?」

 

 わたくしの隣を歩きながら大輔君が笑みを浮かべてそう言いました。

 

 さっきの牧場長もそうですが、あのフジシマ先生というおじ様、そんなにすごい方なんですの?

 

 わたくしは頭にハテナを浮かべながら首をかしげましたが、残念ながらそれは大輔君には伝わらなかったようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天野(あまの)さん、大丈夫ですか?」

「ええ。ご心配なく。

 お姫ちゃんも手加減してくれたみたいなので……」

「――あの子、頭も良いな」

「えっ?

 藤島先生、わかるんですか?」

「ええ。

 馬って普通お尻を触られて怒った時は、こう後ろ脚で蹴ってくるんですが……

 先ほどあの子――お姫ちゃんは天野牧場長のほうに体を向けて、それから片方の前脚で蹴っていました。

 これはおそらくですが……お姫ちゃん、後ろ脚で蹴ったら天野牧場長を怪我させてしまうとわかっていたからわざわざそのような行動に出たんだと思います」

「ほう……

 そりゃまた……」

「いやはや……

 牧場のみんなも以前から“頭も良さそうだな”とは言っていましたが……」

 

 

「…………」

 

「……」

 

「これは、もしかしたらもしかするかもしれんな……

 美浦に戻ったら織部(おりべ)にも伝えておいたほうがよさそうだ……」




●お姫ちゃん
 生後半年以上が経過し順調にデカくなっている。
 10日ほど前に離乳(親離れ)を終えたが、あまりにもすんなり終わったので牧場スタッフを驚かせた。
 あまりにもあっさり我が子が自分のもとを離れていったので、母親のほうが精神的ダメージが大きかったらしい。
 というか、お姫ちゃん側の精神的ダメージはほぼゼロだった。そりゃあね。
 体が成長するにつれて食べることの喜びを知り始めた。青草バクバクですわ!
 なお、母ミヤズシラヒメは葦毛だがオグリキャップの血は流れていない。念のため。

宮守(みやもり) 友作(ゆうさく)
 お姫ちゃんとその母ミヤズシラヒメの馬主(オーナー)。55歳。
 見てくれはナイスミドルな老紳士だが、全身から覇気とは真逆のなよなよした雰囲気を醸し出す冴えない壮年男性。
 亡き父から家業と馬を引き継いだ2代目で、馬主としてはまだ10年も活動していない。
 お姫ちゃんによって良くも悪くも運命を狂わされる人その1。

藤島(ふじしま) 一葉(かずは)
 美浦トレーニングセンターに厩舎を構える中央競馬の調教師。51歳。
 日本競馬界を代表する名伯楽の1人だが、普段の見た目は調教師というよりも馬券売り場で競馬新聞片手に勝ち馬の予想している冴えないおっさんそのもの。
 若い頃から長きにわたり馬と接してきた経験から、馬の扱いや気持ちを読み取る能力は随一。
 調教師になる前はとある厩舎で調教助手をしており、その時にお姫ちゃんの父シンボリルドルフと関わりがある。
 お姫ちゃんによって良くも悪くも運命を狂わされる人その2。

天野(あまの) (まさる)
 お姫ちゃんの生まれた牧場の牧場長。48歳。
 あくまでも「牧場の代表」であり経営者(オーナー)ではない。
 宮守、藤島よりも年下で髪も黒いが、生え際は3人の中で一番後退している。
 お姫ちゃんによって良くも悪くも運命を狂わされる人その3。

相馬(そうま) 大輔(だいすけ)
 お姫ちゃんの生まれた牧場のスタッフ。20歳。
 牧場に委託されているミヤズシラヒメとその子であるお姫ちゃんの世話を任されている将来有望な若手だが、その見た目にも言動にもいまだ青臭さが残る。
 名前は「大ちゃんフィーバー」の影響を受けた両親から名付けられた。
 実家は青森県のサラブレッド生産牧場。
 お姫ちゃんによって良くも悪くも運命を狂わされる人その4。
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