そして、ノーアウト、ランナー1塁2塁の場面で明久だ。
命「頑張ってくださいね明久君。応援しています」
明久「ありがとう。期待に応えられるかどうかわからないけど、僕なりに頑張るよ」
命の声援を受け、明久はそう返答にバッターボックスに向かった。
西村「ここで吉井か。面白い場面で出てきたな」
キャッチャーを務める鉄人が明久に話し掛けてくる。
明久「ここでヒットを打ってランナーを全員返還したら、
ちょっとしたヒーローですよね」
西村「女子の応援があるんだ。お前はここで打ちたいだろうが───
こっちも教師のプライドがある。そう簡単には譲ってやれんな」
明久「譲ってもらえるなんて最初から思っていませんよ」
鉄人にそう応えて明久はバットを構える。
『ボール』
一球目はボール球。
ストライクから入ってこない辺り少しは警戒しているようだ。
西村「1球目から振ってくると思ったんだがな」
明久「女子の前で格好つけると思ったんですか」
西村「まぁ、そんなところだ」
鉄人が大島先生にボールを戻す。僕はバットを構え直す。
『ストライク』
2球目は外角低めの直球だ。
僕は黙ってボールを見逃した。
『ボール』
3球目にも僕はバットを振らなかった。
西村「どうした吉井。バットを振らないのか?」
明久「いや、まだ2点差あるんで慎重になっているんですよ。
それに・・・作戦もありますし」
『ボール』
4球目、僕はバットを振らなかった。
そしてまたしてもボール。
これでカウントは1ストライク3ボールだ。
明久「これで甘いボールが来てくれるとありがたいんですけど」
西村「これも振らないか。いいのか吉井。振らないとヒーローになれないぞ」
明久「まあ、ここで借りを返すのも悪くないと思うので」
西村「借りだと?・・・どういうことだ?」
明久「そうですね・・・僕だったら凄く悔しいんですよね。
大切なものが懸かった大事な勝負なのに自分が何もできずにいるなんて」
西村「何を言っているんだ?」
明久「自分の譲れないものを、他人に任せる事のやるせなさというか、
憤りというか、納得のいかない感じというか・・・・・・」
西村「お前の言わん事はわからないでもないが
・・・それがなんでコレに繋がるか理解できん」
鉄人が大島先生にボールを返球する
明久「上手くは説明できないんですけど、要するに───」
西村「要するに───」
そして5球目、ストライクゾーン真ん中に目掛けてボールが飛んでくる。
今回はコントロールを重視した球なのか球速は先ほどより速く感じられない。
変化球でもなさそうだし、これは打ち頃だ。
これなら打てる!いや、打つ!
カッキーン!
僕はバットを振った。
明久「今日の主役は僕じゃないってことです」
僕が打った打球は再びライト方向に飛んでいった。
僕がヒットしたからランナーはそれぞれ進塁。
これでランナー満塁だ。さて、雄二最高のお膳立てはできたはずだよ。