ある日、住まいに帰ると、土地が売りに出されていた。
大家に聞いてみるけれど、どうも要領を得ない。
家財はないし、貯蓄もないし、懐は寂しい。
それで路頭へ出た。
公園のベンチに座って、両手を背もたれにひっかけて、ふ、と息を吐く。
曇っていた。真っ白な雲の隙間が、かすかに青く染まっている。
あくびをひとつ、吐いた。
大きなあくびで、つい目を閉じた。
そしてあくびが過ぎて、柔く目を開くと、私とベンチくんは見覚えのない場所にあった。
石レンガが敷き詰められた道が、正面にあった。
怪訝に思うけれど、それ以上に怪訝な目で見られている。
人々はなにやら変な顔と恰好をして、私を見ていた。
随分と古ぼけた格好で、くたびれた顔だった。
私はなんだか恥ずかしくなってきて、軽く風を蹴った。
風を蹴るというのは、古い天狗に伝わる術で、近頃は利きが悪いからあまり使わないのだけれど、身に染みているからついやってしまう。
ふわりと浮くから、のぼるのが楽なのだ。
それで、屋根にでものぼるつもりでかるく風を蹴ったのだけれど、そしたらひどい勢いで上に吹き飛んだ。
錐揉みして落ちる。
慌てて優しく降りると、今度はもっと変な顔で、人々が見ていた。
私はひどく赤面した。
慌ててまた、うえに飛んだ。
風が穏やかに吹いている。
少しだけ湿気を帯びた、冷たい風が。
宙を浮かび風に身を任せていると、空がないことに気が付いた。
どうやら天蓋が覆われているらしい。
見下ろしてみると、ずいぶんと広い街だから、驚いた。
石造りの美しい造形だ。
ただ、すこし古ぼけている。
あるところは崩れてすらいた。
びゅうびゅうと顔を撫でる風が冷たい。
いつものように飛んでいると、どうも速くなりすぎて、顔が凍り付くようだった。
マフラーでもあればいいのに、などと思う。
それで、人目の少ないところで降りた。
家々に囲われた裏路地だ。
近くに小さな広場があって、そこになにやら端材が積み重なっている。
浮浪者でもいるのかしら、などと思い、覗き込んだ。
そこには少女がいた。
頭の上になにやら妙なものが浮かんだその少女は、私をみてなにやら口をぱくぱくさせて、どうやら随分と驚いているらしい。
後ずさりして、怯えた様子になるから、私は慌てた。
ひとまず十八番の芸を見せてみる。
掌をあわせて、横にゆっくりと引いてゆく。
すると隙間から蔓が伸び、葉が青く広がって、花が咲いてゆく。
真っ白な花だ。私はこの花の名前を知らない。
少女は口をぽかんと開いた。
私は花冠になったそれを差し出した。
おずおずと受け取られた。
それで、端材の家から離れた。
風を再び蹴って、宙へ浮き上がる。
仮の寝床を捜さなければならない。
天蓋に映る光が、橙色から、だんだんと青ざめてゆく。
どうやら夜が近いらしい。
風もさらに冷えてきた。
私は崩れた石造りの建物をめがけて、また風を蹴った。
びゅんと風切り音が響くほどはやく。
あまり速いから、塵がのどに絡んでむせた。
どうやら加減を知る必要があるらしかった。
やはり、ひどく顔が冷たかった。