鈍色の三番星   作:OK太

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今回はラブラが病院へ搬送されてからのお話になります。


第10話 万死に一生

「ハッ…ハッ…ハッ…ハッ…!」

 

 日が沈み始めた頃。 都内にある総合病院に一人の女性が駆け込んだ。

 黒いキャップに薄いカラーの眼鏡などを身に付けてはいるものの、艶やかな長い黒髪とプロポーションの取れた体つきから一目で上の上な美人である事が分かる。

 女性は受付カウンターに身を乗り出し、顔に焦燥を浮かべながら受付係に声をかけてきた。

 

「あのっ…! ここにラブラって子は居る!?」

 

「……失礼ですが、あなたは?」

 

 訝しげにたずねる受付に女性が答えようとした時、斉藤ミヤコが二人のそばに駆け寄ってきた。

 

「来てくれたのね! 待ってたわ!」

 

「お知り合いで?」

 

「えぇ、主人の親戚です。 息子をよく可愛がってくれてたので連絡したんです」

 

 ミヤコが受付に説明すると、女性を連れてその場を後にした。

 人気のない物陰へ移動すると、ミヤコは黒髪の女性―――星野アイに向き直る。

 

「アイ、あまり目立つ行動は―――」

 

「いいから早く案内して」

 

 ミヤコの苦言を遮るようにアイが詰め寄る。

 いつもの飄々とした態度から一変したアイの様子に、ミヤコは戸惑いながらも案内をした。

 

 

 

 今から6時間ほど前。 レッスンをしていたアイを含むB小町メンバーのもとに壱護がやって来た。

 レッスンの後で来週に開催されるライブの打ち合わせをする予定のはずだが、随分早いなと誰もが思った時、彼からラブラが交通事故に見舞われたことを聞かされた。

 

 それを聞いたメンバーはざわめくが、幸いにも一命を取り留められた事を聞かされて胸をなでおろしていた。

 壱護はこれから病院へ行くと言い、メンバーには予定通りにレッスンを行なう事。 ライブへの打ち合わせは後日に行なう事を伝え、レッスンへ戻るよう指示した。

 

 初めは戸惑っていたメンバーだったが、互いに顔を見合わせた後で一人、また一人とレッスン場へ戻っていった。

 大事なライブ公演を間近に控えている自分たちに練習を中断する余裕なんてない。 仮にメンバーの身内に不幸があればその限りではないだろうが、今回の事故の被害者は社長の息子。 ほぼ部外者なのだ。 いくらお顔なじみで仲良くなった間柄とはいえ、自分たちの活動に支障をきたす訳でもなく、ましてや彼の保護者である社長からもレッスンを続けるよう指示されたのだ。

 

 

 捨ておくのもやむなし。 そのような空気が満ちる空間にアイと壱護だけが残った。

 

 

「……アイ、分かってるだろうが―――」

 

「もちろん」

 

 壱護の言葉を待たずにアイはきっぱりと答える。

 口元に笑みを浮かべながら、その目に揺るぎない意志を宿していた。

 

「今の佐藤社長はラブラのお父さんだもん。早く行ってあげなよ。 それと…お見舞いできるようになったら教えてね」

 

「っ……あぁ…って、俺は斉藤だ」

 

「アイちゃーん? 何してんのー? レッスン始めるよー」

 

「あ、はーい! 今行くー!」

 

 メンバーの呼びかけに返事をしたアイはレッスン場へ戻っていき、壱護は病院へと向かう事にしたのだった。

 そしてラブラとの面会が可能になった事を壱護からの連絡を受けて、アイは病院へと急行して今に至る。

 

 

(いくら秘密を守るためとはいえ、アイには辛い思いをさせたわね…)

 

 ラブラのいる病室へ向かう最中、壱護から話を聞いていたミヤコは心の内で独り()ちた。

 本当だったらアイは、1秒でも早くラブラのもとへ行きたかった事だろう。 だが事故を知らされた時に動揺していたらメンバーに怪しまれていたかもしれないし、手術が終わる前に病院で待機なんてしていたら一般人に目撃されてされていたのかもしれない。

 自分と子供達との関係を周囲に悟らせないためにメンバーの前で演じ、そして病院での人目を避けるためにも連絡を待ったのだ。

 アイにとってこの6時間は言葉では言い表せないくらいに歯がゆいものだったに違いない。

 

 やがて2人はラブラのいる病室の前に着いた。

 ミヤコは扉を1度ノックし、一呼吸おいて5度ノックする。どうぞ、と中からアクアの声が返ってきたのを確認し、ミヤコは病室の扉を開いた。

 

 清潔感のある1人用の病室には中央を隠すようにカーテンが閉められており、そこからアクアとルビーが出てきた。 アクアに支えられているルビーの目の周りが真っ赤に腫れていた。

  

「二人とも…大丈夫なの?」

 

「僕らは大丈夫」

 

「よかった…ラブラは?」

 

「今は眠ってるよ。 医者からも容体が安定してるって言ってた」

 

 そう。とアイは返事してカーテンに手を伸ばすが、寸前で手を止めてしまった。

 その様子にアクアが話しかける。

 

「アイ、今のラブラを見たら君はショックを受ける。 日を改めても――」

 

「ううん、大丈夫。 覚悟はしてるつもり」

 

 アクアの忠告にアイは毅然と答え、カーテンを開いた。開かれた先の光景に彼女は思わず口元を手で覆った。

 

 病室の中央に置かれたギャッジアップされているベッド。 そこにラブラが眠っていた。

 分厚いギプスによって固定された右足と右腕。 口元と目元以外が見えなくなるくらいに包帯でぐるぐる巻きにされた頭。 点滴に繋がれた左腕。

 

 ほんの数時間前に元気な姿を見せていた我が子の変わり果てた姿に、アイは言葉を失っていた。

 彼女はフラフラとした足取りでベッドそばまで行くと、崩れ落ちるように膝をつき、ラブラの頬に手をそっと添えた。

 

「ラブラ…ママだよ……遅くなって…ごめんねっ……」

 

 その呼びかけにラブラは応えることなく、浅い寝息を立てて眠っている。

 アイは震える唇をキュッと締め、ラブラの頬に添えた手を離してミヤコの方へ向く。

 

「ミヤコさん…ラブラは車に轢かれたって聞いたけど、轢いた奴は逮捕されたの?」

 

「あの…その……」

 

 ミヤコはアイの問いに言い淀んで目を伏せる。

 

「なに…? まさか今も逃走中ってこと?」

 

「い、いえっ…! ラブラさんを轢いた運転手は事故現場に留まってて……」

 

「なぁんだ、やっぱり逮捕されてるんじゃん」

 

「……逮捕されてないの」

 

「……は?」

 

 その時、病室の空気が凍り付いたような気がした。

 

「あ、アイ―――…うぁっ!」

 

 口を開こうとしたミヤコの肩をアイが掴みかかり、自分の方へグイッと引き寄せる。

 

「ねぇなんで? なんでなの? もしかして上級国民ってやつ? それとも警察にコネ持ってて揉み消したってやつ? いやーそんなの実際あるんだー 漫画とかドラマの中だけかと思ったけど、実際に体験してみると中々くるものがあるもんだねー」

 

 普段の軽い口調はそのままに捲くし立てるアイ。 サングラス越しにでも伝わる鋭い眼光にミヤコは委縮する。

 

「ねえミヤコさん答えてよ。 なんでラブラを轢いた奴は逮捕されてないの? ねぇ!!

 

「それは―――」

 

 

「死んだからだよ」

 

 

 横からかけられたアクアの言葉にアイは顔をキョトンとさせる。

 アイはミヤコから手を離し、アクアの前へしゃがんだ。

 

「どういうことなの…アクア」

 

 アクアは事故後の経緯を説明した。

 ラブラを轢いた運転手の男は事故現場に残った車の中にいたが、警察が来た時には運転席で死亡していたのが確認されたらしい。 運転手に一切の外傷が無かった事から心臓発作で死亡したと判断され、書類送検されたそうだ。

 

 だが、その後に運転手の両親が警察署にやって来て「道路へ勝手に飛び出した子供のせいで息子が死んだ」と怒鳴りこんできたそうで、今は壱護が弁護士とともに運転手の両親と話し合いをしているとの事だった。

 

「なんなの、それ……ラブラを傷つけておいて何の罰を受けずに、何の償いもせずに勝手に死んで……しかも死んだのをラブラのせいにするなんて理不尽だよっ……」

 

 やり場のない感情を漏らすようにアイは声を震わせる。

 今まで見せた事のないアイの姿にアクアたちが戸惑っていると―――

 

 

「―――…おかあ、さん?」

 

 

 不意に聞こえた か細い声にアイはベッドの方へ向く。

 先ほどまで眠っていたラブラが瞼を薄く開き、青い瞳を自分たちに向けていた。

 

「ラブラぁ…!」

 

 アイはラブラに駆け寄り、彼の頭を優しく抱きしめた。

 目を見開いて驚いていたラブラだったが、安心したように目を細めて左手をアイの手に重ねた。

 

「……お母さん」

 

「なあに?」

 

「心配かけて……ごめんね」

 

「っ……ほんとだよっ……またラブラが死んじゃうんじゃないかってメチャクチャ心配したんだからっ…!」

 

「……また?」

 

 

 アイの言葉にラブラが疑問を抱いたその時、病室に壱護がやって来た。

 

「すまん! 遅くな―――…っと、ラブラ目を覚ましたのか」

 

「壱護、どうだったの?」

 

「問題ない。 きっちり話を着けといた。 まぁ向こうが証拠として提出したドライブレコーダーのおかげでもあるんだがな」

 

「ドライブレコーダー?」

 

「ラブラを轢いた車に取り付けてあったやつだよ。 警察署で確認して、運転手が車両通行止めの道路を故意に進入しようとしたことが音声に残っててな。 おまけに事故現場から逃げようとする発言まで拾ってたから、(やっこ)さんの親もばつが悪そうにしてたぞ」

 

 それを聞いたアクアとルビー、そしてミヤコの目に怒りの色がにじみ出始めた。 アイにいたっては無表情なのでなおのこと怖い。

 その事に気づいた壱護が気まずそうに話しを続ける。

 

「ま…まぁ、向こう有責って事で治療費や入院費を請求しておいた。 保険会社にも話を通したし、金に関しては安心していい」

 

 ならいいけどさ…と、アイは複雑そうな顔で言った。 壱護はアイの肩にぽんっと手を置いた。

 

「ま、今はラブラのそばにいてやれ。 今日の面会時間もあまり残ってないしな」

 

「うん…ところでラブラの怪我はどれぐらいで治るの?」

 

「えーと…確か―――」

 

「頭蓋骨線状骨折、右第4~10肋骨完全骨折、右脛骨(けいこつ)および腓骨(ひこつ)複雑骨折、右橈骨(とうこつ)および尺骨(しゃっこつ)粉砕骨折……入院と通院リハビリを含めると大体半年から1年くらいになるって言ってたよ」

 

「……こいつ、本当に3歳児か?」

 

 怪訝そうにアクアを見る壱護に、アイは自慢げにふふんっと鼻を鳴らす。

 

「アクアは私に似て頭がいいもんねー」

 

「それはない。 それとミヤコ、ちょっといいか?」

 

 

 壱護はミヤコへ手招きし、二人で病室から出た。

 病室から少し離れた場所で壱護が口を開く。

 

「ところでミヤコ、あの馬鹿どもはどうなったんだ?」

 

「あぁ…あいつらね」

 

 壱護の質問にミヤコは眉を顰める。彼の言う『馬鹿ども』とは、事故直後の負傷したラブラを撮影した大学生らしき三人組の男たちの事であった。

 

「何故だか知らないけど私たちを撮ろうとした瞬間に急に倒れちゃって、ラブラとは別の救急車に搬送されたわ。 なんか意識不明だって耳に入ったけど…そいつらがどうかしたの?」

 

「あぁいや、ちょっと気になっただけだ」

 

「まったく…思い出しただけでも腹立たしいわ。 あいつらがいる病室が分かってたら引っ叩きに行くところよ。 まぁあいつらのSNSも炎上してて特定もされてるっぽいから、いずれ破滅するのも時間の問題でしょうね」

 

「……なんつーかお前、すっかり母親っぽくなったな」

 

「しょ…しょうがないでしょ。 仕事ばかりにかまけてた貴方と違って、あの子たちと長く関わってきたもの」

 

 それに、とミヤコは目を伏せる。

 

「あの子は…ラブラは他人の私にも優しく接してくれてるのよ? アイさんには遠く及ばないけど、本気で自分の子と思えるくらいの愛情が芽生えてるのは否定しない」

 

「……そうか」

 

「でも今は……アイさんが一番辛いはずだから……彼女の負担を少しでも軽くできるようしっかりサポートするつもり」

 

「悪いな、苦労かけてよ」

 

 今更でしょ、とミヤコは壱護の背中を叩く。 そして二人は病室へ戻っていった。

 

 

 

 

 ラブラへの見舞いを終えたアイたちは一路社長宅へと向かった。 時刻は夜の9時を過ぎていた。

 これまでの心労が祟ったためかアイとルビー、そしてミヤコは一足先に床に就いた。 壱護も自室へ戻ろうとするとアクアが袖を引っ張った。

 

「ねぇ社長」

 

「ん? どうしたアクア」

 

「病院でアイが『またラブラが死ぬんじゃないか』って言ってたんだけど、何か知ってる?」

 

 虚を突かれたように壱護は目を見開き、あぁと声を漏らす。 どうやら心当たりがあるようだ。

 

「アイから何も聞かされてねぇか。 まぁ話しても信じられないだろうけどな」

 

「詳しく聞かせてよ」

 

「……長くなっちまうぞ?」

 

「平気。 夜更かしなら慣れてる」

 

「この悪ガキめ。 まあいい、こっち来な」

 

 悪態をつく壱護にアクアは付いていき、二人はセンターテーブルをはさんで座った。

 向かいに座る壱護がいつになく神妙な顔になる。

 

「いいかアクア。 これから話す事は作り話とかじゃない、マジもんの事だっていう前提で聞けよ」

 

「御託はいいから早くして」

 

 アクアに急かされた壱護は小さくため息をつき、口を開く。

 

「ラブラはな……一度死んで生き返った事があるんだよ」

 

「……は?」

 

 壱護が語ったラブラの出生。その内容はアクアの予想のはるか斜め上を行くものであった。

 話が終わると、アクアは戸惑いながら壱護に尋ねた。

 

「あのさ…死亡が確認されてから生き返るって……そんな事あり得るの?」

 

「そんなこと言われても実際あったんだから説明のしようがねえよ。 病院でも奇跡の生還を果たした『イエス様の再来』だなんて()(はや)されて大変だったんだぞ」

 

「イエス様の再来、ね……」

 

「アイは、ほら…人の顔と名前を覚えんのが苦手だろ? 俺の事をいつも『佐藤社長』って呼ぶし、お前やルビーをよく間違えてたしな。 ただあの出来事のせいか、俺の知る限りアイはラブラの事は一度だって間違えたことがないんだ。 あ、だからと言ってアイはラブラだけ特別扱いしてるわけじゃねぇぞ? あいつはお前ら兄弟を平等に愛情を注いでいるはずからな」

 

「うん、僕もそう思ってる」

 

「だがな、ラブラが車に轢かれたって聞いた時は奇跡なんてそう何度も起きるもんじゃねえって思ったよ。 ただ……警察署で見せられたドライブレコーダーの映像見た時は、その……」

 

 壱護は天を仰ぎながら言い淀む。 彼が何を言いたいのかは分かっていた。

 

「皆まで言わなくていいよ。 現場にいたから」

 

 すまん、と壱護は頭を軽く下げる。

 彼が言葉を濁すのも無理はない。 法定速度を軽く超えた車に弾き飛ばされたうえにブロック塀へ叩きつけられるなど、普通の3歳児なら即死してもおかしくない。 だがラブラはそんな状況からも生還したのだ。 

 グシャグシャにされた体で起き上がった彼を見た壱護は、よくぞ生きてくれたという感動よりも、なんで生きてるんだと不気味に思った事だろう。

 

「あの時のラブラに起きた事は奇跡の一言なんかで片付けられねぇ……出産時の事もあるし不死身なんじゃないかって思ったよ」

 

「……不死身」

 

 さて、と壱護は立ち上がり、アクアの頭に手をポンと置く。

 

「もう夜遅いんだ。 そろそろ休んどけよ」

 

 そう言って壱護は自室へと入っていった。

 一人残ったアクアはミヤコのバッグへ駆け寄り、中から1枚の紙を取り出す。 それはラブラが入院した病院から受け取った診断書だった。 アクアは診断書に記載された傷病名を呟くように口にする。

 

「……頭蓋骨線状骨折」

 

 頭蓋骨線状骨折。 頭蓋骨にまっすぐ伸びた骨折線が生じる骨折であり、数ある頭蓋骨骨折の中でも比較的軽度なものだ。 だが、

 

「あの時のラブラは……」

 

 アクアはあの事故を想起した。

 

 車に弾き飛ばされ、ブロック塀へと叩きつけられたラブラ。

 肘から先がグシャグシャに潰された右腕。 三つ折りになった右足。

 スイカのように割られた頭の割れ目から顔をのぞかせる白い物が―――

 

 そうだ。 あの時のラブラは頭蓋骨の断面が見えるほどの骨折。すなわち開放骨折だったはずだ。

 その後でラブラを撮影した3人組とひと悶着があったわけだが、その後で起き上がったラブラの頭の傷は―――塞がっていた?

 そんなことがあり得るのか? わずか数分で割れた頭蓋骨が塞がるなんて事が。

 

 

「いや…流石にあり得ないだろ……俺の勘違いだ」

 

 

 突然の出来事に混乱したことで起きた見間違い。 そうに違いない。

 頭に浮かんだ疑念を隠すようにアクアは診断書をバッグへと戻していった。

 

 

 

 

 

 ――5日後。

 

 夜の7時を半分過ぎた頃。アイはラブラが入院している総合病院を訪れていた。

 人目を避けるために面会終了時間ギリギリに来ており、簡単な変装により周囲には気づかれていない。

 ラブラのいる3階の病室へ向かう彼女は階段を登っていくが―――

 

「ハァ……ハァ……うっ」

 

 途中の踊り場へ着いた途端、彼女は息を切らして壁にもたれ、その場に座り込んだ。

 

「おっかしいなぁー…しっかり休んでるはずなんだけど……」

 

 ここ最近、アイは謎の倦怠感に悩まされていた。

 以前は何ともなかったが、ラブラへの見舞いを重ねるたびに体調の異変に気付いてきた。

 アイドルたるもの体調管理には人一倍気を付けているはずなのに、日に日に体が重くなっていくように感じていた。 持ち前の演技でメンバーや家族には気づかれていが、それもきつくなってきている。

 

「やっぱ病は気からっていうのかなー……でも弱ってるところなんか見せちゃ、あの子が心配しちゃうし……」

 

 アイはふらつきながらも立ち上がり、階段を登っていった。

 ラブラのいる病室に着くと、アイは扉を1度ノックし、一呼吸おいて5度ノックした。

 

「はぁい」

 

 中からの返事にアイは勢いよく扉を開いた。

 

「やっほー お見舞いに来たよー」

 

「おか―――お姉さん…!」

 

 パァッと表情を明るくさせるラブラに、アイも顔を綻ばせる。

 この笑顔が見れただけでも毎日見舞いに来た甲斐がある。体のだるさなんてどうでもよくなるくらいだ。

 

「今日は調子どう?」

 

「いい感じ。 でも先生にこれ取っていいか聞いたら怒られちゃった。 もう痛くないのにさー」

 

 不満げな顔でラブラは右足のギプスを指さす。

 

「そっかそっか、でも先生の言う事は聞かないと駄目だよ。 じゃないと早く退院できないからね」

 

「うん……あ、今度のお遊戯会はどうなったの?」

 

「えーと…アクアとルビーから聞いたんだけど、△△君って子がラブラの代わりに踊るんだって」

 

「△△君か…あの子もダンス上手だから大丈夫かな。 でも…やっぱルビ姉たちと一緒にやりたかったなぁ……」

 

 寂しさと悔しさが入り混じった表情を浮かべながら、ラブラは右腕のギプスをさする。

 するとアイが何かを思いついたように両手を合わせる。

 

「ねぇラブラ、退院できたら君の行きたい所へみんなで出かけようよ」

 

「……いいの?」

 

 ラブラは目を輝かせて軽く身を起こす。

 

「もちろん! なんてたってルビーの命の恩人だもん。 ご褒美の一つでもあげないとバチが当たっちゃうよ」

 

「じゃあ……遊園地行きたい! ガーって走る細長いのに乗ってみたい!」

 

「あー…ジェットコースターかー あれは駄目かなー」

 

「えっ……なんで!?」

 

「ああいうのは体の小さい子は乗れない決まりなんだって。 仕事で遊園地のイベントに行ってた時に小っちゃい子が乗れなくて泣いてたの見たから」

 

「そう…なの」

 

 そう答えたラブラの声が大きく沈む。 そんな彼を慰めるようにアイは優しく頭を撫でてやった。

 

「ラブラはまだ3歳だからねー 好き嫌いしないでご飯食べて、いっぱい遊んで、ぐっすり寝てたら大きくなれるよ」

 

「ピーマンも食べなきゃダメ?」

 

「ダーメ♪」

 

「むぅ~」

 

 小さくむくれるラブラにアイは思わず頬を緩ませた。

 普段はルビーに遠慮しているせいか中々主張をしないラブラも、二人きりになるとこうも素直になってくれる。

 この子が安心できるようにもっと長くいてあげたい。 そう思っていたのに面会終了の時間が間近となった。

 

「じゃ、そろそろ行くねー」

 

「あ、そういえば明日はライブあるけど大丈夫? 毎日お見舞い来てくれたから疲れてない?」

 

「へーきへーき。 ライブは明日の夕方だからそれまでゆっくり休んで―――」

 

 軽く言葉を返しながらアイが立ち上がろうとした瞬間―――ガクンッと膝が崩れてラブラのいるベッドへもたれかかった。 あまりの勢いに被っていた帽子が落ちてしまうほどだった。

 

「お母さん!!」

 

「―――…あ、あはは……ごめんごめん、ちょっとふらついちゃったー」

 

 アイは笑顔で答えるが、ラブラは今にも泣きだしそうな顔で見下ろしていた。

 彼を元気づけに来たのにこれでは台無しだ。

 

(駄目だなぁ……心配かけないようにしたのに……)

 

 自分の不甲斐なさを痛感しながらアイが立ち上がろうとすると、

 

 

 

   ぽんっ

 

 

 

 頭に小さく温かいものが置かれた。 顔を上げるとラブラが彼女の頭に左手を乗せており、乗せた手を左右へと往復させて撫でた。

 アイが口をぽかんとさせていると、ラブラが戸惑い気味に口を開く。

 

「えと…ルビ姉がお母さんに頭撫でてもらうと元気になるって言ってたんだけど、どうかな?……元気出た?」

 

 ラブラの問いにアイは無言で帽子を被って立ち上がると、満面の笑みでVサインを見せつける。

 

「めっ…………ちゃ元気出た!!」

 

「ほっ…本当?」

 

「うん! ラブラのおかげで元気百倍! これなら明日のライブも楽勝だよ!!」

 

「そう…よかったぁ」

 

 アイにつられてラブラも安心してように笑った。

 

「じゃあ、行くね」

 

 そう言いながらアイはラブラの額にキスをし、手を振って病室を出ていった。

 

 

 

 

 

「えへへっ…」

 

 病院を出たアイは嬉しそうに頭に手を載せる。

 ラブラを元気づけに来たつもりが、逆に元気づけられて申し訳ないと思うと共に嬉しくもあった。

 

(あの子には助けられてばっかりだなぁ……)

 

 もしラブラが3年前の宮崎の病院で息を吹き返さなかったら、ずっと彼の死を引きずってアイドル活動を続けられていたかも分からない。

 もし彼がいなかったら、ルビーが事故に遭って死んでいたかもしれない。

 

 ラブラはアクアのように賢くはなく、ルビーのようにダンスが上手くない。

 これと言って突出した才能があるわけではないが、それでも彼の存在はアイたち家族にとってかけがえのないものである事を実感させてくれた。

 

 

(ラブラのためにもしっかり仕事しないと―――…?)

 

 

 その時、アイは体に違和感を覚えた。

 先ほどまで体にまとわりつくような倦怠感がなくなり、肩にかかっていた重さが消えていた。 それだけじゃない。 目が冴えてきているし、吸い込む空気も新鮮に感じる。

 なんというか、とても爽やかな気分だ。

 

 これまで色々な方法で疲れを解消しようとしたが今一つ効果が出なかった。

 何かきっかけがあったのか? 思いつく事と言えば……

 

 ラブラに頭撫でてもらったから?

 

 思えばこれまでの見舞いで自分からラブラに触れる事はあっても、ラブラ本人が触れにきたのはあれが初めてだったのでそれしか思いつかない。  しかし、そんな魔法のようなことがあるのだろうか?

 

「……ま、いっか」

 

 理由はどうあれ今のコンディションなら明日のライブも問題なさそうだ。

 それ以上深く考える事無くアイは帰路へと着いたのだった。

 

 

 

 

 

 アイが病院を出てから少しして、ラブラのいる病室に一人の男性医師が訪れていた。

 

「はい、終ったよー」

 

「ててっ…ありがと先生」

 

 数分前にラブラから右腕に激痛が走り出したとのナースコールがあり、報告を受けた医師は彼に神経根ブロックを施したのだ。

 

「ごめんね先生。 さっきまで何ともなかったのに急に痛くなっちゃって……」

 

「構わないさ。 むしろ粉砕骨折なのにあんまり痛がらないから神経に異常がないか心配してたからね。 しばらくしたら痛みが引くと思うから、また痛くなったら呼ぶんだよ」

 

 医師は器具を片付けると、ラブラに布団をかけて病室を出ていった。

 

 

 ラブラへの処置を終えた医師はナースステーションに戻り、椅子にドカッと腰掛けて深いため息を吐いた。 その様子に女性看護師が声をかける。

 

「どうしたんですか先生。 そんなため息なんてついて」

 

「ん? あー…ラブラくんの相手してたら疲れちゃって……」

 

 それを聞いた看護師が怪訝な顔をした。

 

「疲れたって……あの子そんな気難しい感じでしたっけ?」

 

「とんでもない。 誰に対しても優しくて我がままも言わないし、とてもいい子だよ。 ただ……」

 

「ただ?」

 

「そばに居ると力が抜けるっていうか、体力を持ってかれるというか……なんというか、精気を吸い取られてく感じがするんだよなぁ」

 

「先生……あんな幼気(いたいけ)な子を妖怪みたいに言うなんて…最低ですね」

 

「いっ…いや別にそういう意味で言ったわけじゃなくて!」

 

 

 そのような会話が夜のナースステーションで繰り広げられている事など知る由もなく、ラブラは眠りに就くのだった。




次回は8話冒頭の園長の証言で述べられた事故から3週間後の事件がメインとなります。
現時点の星野3兄弟は3歳で運命の日まで1年あるので、その間にラブラの人外描写をメインとしたオリジナルエピソードを数話展開する予定です。書き貯めてない分投稿が遅れ、テンポが悪くなるかもしれませんが、お付き合い頂ければと思います。 
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