鈍色の三番星   作:OK太

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お久しぶりです。
ここ最近は多忙な毎日で執筆に手が回らず、何度か修正をしてここまでズルズル来てしまいました。

今回はあの天才子役が登場します。そしてほんのりとラブラ君の人外描写があります。


第6話 天才子役

 監督からの誘いから数日後、俺たちは映画の撮影場所である山中に来ていた。

 アイとは撮影日が異なっていたため、今日は俺たち3兄弟とミヤコさんが現場入りしている。

 

「よう、待ってたぜ早熟」

 

「……どうも」

 

「監督さん、こんにちはー」

 

「お、久しぶりだな。 早熟の弟」

 

 監督の前でラブラがぺこりと頭を下げる。

 

「うちの愚兄(ぐけー)がお世話になります」

 

「ぶっふ!」

 

 ラブラの発言に監督は吹き出した。

 

「ラブラ! 誰に教わったその言葉!?」

 

「えっと、ルビ姉に愚弟(ぐてー)のこと聞いてて、その後で『アクアの事は愚兄って言いなさい』って言ってたから」

 

「あいつぅ…」

 

 ミヤコさんの腕の中で寝ているルビーに、俺は恨みの視線を向けた。

 監督が肩を震わせて俺に話しかける。

 

「お前の兄弟おもしれぇな。 まぁ弟の方は年相応な熟し方だから、尚更お前が際立つ訳だが」

 

 はぁ、と力なく返事すると、ルビーを抱えたミヤコさんが監督に挨拶する。

 

「監督、本日はアクアがお世話になります」

 

「いやいや。 ところで例の件、話は通ってるんだよな?」

 

「えぇ一応…アクアは今月から苺プロ所属となっています」

 

 今回の出演にあたって、俺は苺プロ所属の子役として出ている。

 監督が言うには、事務所に所属していない子役を使うと色々と面倒なのだそうだ。

 

「監督、演技ならウチの妹の方が上手いですよ? どうせならそっちに――」

 

「いいや、お前だ」

 

 俺の言葉を断ち切るように監督は断言する。

 

「お前の出演と引き換えにアイを使う……これを業界ではバーターっつぅんだ。 基本だから覚えておけ」

 

 そう言って監督はスタッフたちのもとへと行った。

 バーター …… 物々交換とはよく言ったものだが、そもそも俺なんかがアイと釣り合うとでもいうのだろうか?

 

「面倒なことになったなぁ…」

 

「アク兄はやりたくなかったの?」

 

「だって俺、演技の経験全くないんだぞ? そんな奴が出たところでどうにかなると思えないんだ」

 

「でもやるって決めたんでしょ。 おかげで おか……アイお姉さん元気になったし」

 

 確かに今回の仕事をもらえたことで、俺はアイに感謝された……ハグからのほっぺにキスで昇天しかかったが。

 俺は監督の提示した映画出演という条件を呑んだ。 いや、呑むしかなかった。

 俺のわがままで彼女の仕事を蹴るようなことをすれば、アイが業界で干される可能性だってある。

 今回の撮影でしくじるような事があれば、苺プロの今後にも大きく影響するかもしれないのだ。

 そんな不安が俺の顔に出たのか、ラブラは俺の背中を軽く叩いた。

 

「まぁ監督はアク兄が演技できないってこと知ってるし、演技が上手くなくても大丈夫じゃない?」

 

「……」

 

 ラブラの助言に、俺は監督の考えが少し分かったような気がした。

 

「ところでラブラ、その色紙とペンはどうしたんだ?」

 

 色紙とサインペンを携えるラブラに尋ねると、彼はそれを嬉しそうに俺に見せた。

 

「今日の映画に出る役者さんで、ぼくが知ってる子がいるんだ。 それで会えたらサインお願いしようかなって」

 

「知ってる役者?」

 

「少し前に見たドラマで、凄く演技がすごく上手い子がいたんだ。 名前は――」

 

 

 

 

 

「ママぁああ!!ママぁあああ!!」

 

 控室で俺たち3人が待機している時、出発からずっと寝ていたルビーが目を覚ました。

 寝ぼけ眼をこすってあたりを見渡した途端、最愛なる母親であるアイがいない事に気づくと、この世の終わりだといわんばかりに泣き叫んだ。

 

「ママのどごがえりだい!! なんでママいないの!?」

「アイとは撮影日が違うんだよ」

 

「早く帰ってバブりたい!! ママの胸でオギャりたいよぉぉーーーーっ!!」

「あんま騒いだら他の人に迷惑だから落ち着こ、ね?」

 

「私をオギャバブランドに返してぇぇーーーーっ!!!」

「オギャバブランドってなんなの……」

「知らねぇよ」

 

 控室の床で見苦しく駄々をこねるルビーの姿に、ラブラはオロオロとするばかりだ。

 ルビーの中身が何歳か知らないが、良い年して恥ずかしくないのか?

 

 

    ダンッ!

 

 

 背後で叩きつける音が聞こえ、俺たちは振り返った。

 そこには白いワンピースを着た赤毛の少女がおり、彼女は丸めた台本を俺たちに突き付けた。

 

「ここはプロの現場なんだけど! 遊びに来てるんのなら帰りなさい!!」

 

「えっと…」

 

「有馬かなちゃんだよ。 ほら、共演者の」

 

 戸惑う俺にラブラが耳打ちしてくる。

 有馬かな。 先ほどラブラから以前見たドラマで気になった子役の名前を聞いていたが、こいつがそうか。

 

「あ、この子あれじゃない? なんだっけ、えーっと…」

 

 いつの間にか泣き止んだルビーが思案し、思い出したように有馬かなを指さす。

 

「重曹を舐める天才子役?」

 

「10秒で泣ける天才子役!! ドラマでの泣きっぷりが凄いって皆言ってるの! 凄いんだから!」

 

 自身の肩書を訂正しつつ、自慢げに語る有馬かなの姿はどこか滑稽に見えた。

 周りの大人たちに持てはやされた事で、自分は特別な存在なのだと思い上がっているのだろう。

 

「私 この子あんま好きじゃないのよねー… なんか作り物っぽくて生理的に無理」

 

「ちょっとルビ姉! いくらなんでも失礼だよ!」

 

 ラブラは声を荒げてルビーに叱責する。

 普段見ない弟の反応にルビーが面食らっていると、ラブラは有馬かなに向かって頭を深く下げた。

 

「ウチのルビ姉が失礼なこと言ってごめんなさい!」

 

「別にいいわ、私の凄さも分かんない子供の言う事だもの。 ところであなたは私を知ってるのね?」

 

「えと…先月のドラマに出てるの見てから かなちゃんの事を知って…それから過去の作品を見てたから……」

 

「へぇ、見る目あるじゃない」

 

「え、まぁ……うん」

 

 どこか煮え切らない返答をしてラブラは目を伏せてしまう。

 するとルビーが俺の服をつまんで耳打ちしてきた。

 

「……なんでラブラがあの子に媚び売ってるわけ?」

 

「よくは知らないけど、どうやらラブラは有馬かなのファンっぽいな」

 

「はぁ? あんなのが好きなわけ!? 趣味悪っ!」

 

「そう言ってやるなよ…」

 

 俺は役者に関してあんまり興味がない。

 だがラブラが興味を示すくらいなのだから、彼を引き付ける何かを有馬かなが持っているのだと思うが……

 

「それはそうと、あんたコネの子でしょ!」

 

「え、俺?」

 

「本読みの段階じゃ、あんたもアイドルの子の出番もなかった。 今日の撮影するシーンだって、本当だったら私一人のはずだったのに……」

 

 有馬かなは台本を開き、おそらく俺が登場するシーンのページを一通り見てからこちらを忌々しげに睨んだ。

 

「急に割り込んできたから監督のごり押しだってママも言ってた! そういうのいけない事なんだから!」

 

「いや、そういうわけじゃ……」

 

 俺は監督の提示したアイを映画へ出演させる条件を呑むために出演したのであって、彼女の仕事に水を差すつもりはない。

 だが、仮にも有名子役である有馬かなからすれば、俺の存在は迷惑以外の何物でもないのだろう。

 

「こないだ監督が撮ったドラマ見たけど、あのアイドルの子 全然出番無かったじゃん。 どうせカットしなきゃいけないほど下っ手くそな演技したんでしょ。 媚び売るのだけは上手みたいだけど!」

 

 

 は? 今、なんつったこいつ。

 

 

「ま、精々 私の足を引っ張らないようにしなさい」

 

 有馬かなは言うだけ言って控室から出て行き、近くを通ったスタッフにカバンを持つよう命令して去っていった。

 

「……お兄ちゃん」

 

 ルビーの声が震えている。 しかしそれは怯えているからではない。 

 俺たちの最推したるアイを侮辱した、有馬かなという高慢ちきなクソガキへの怒りによるものだ。

 

「……あぁ分かってる。 相手はガキだ、殺しはしない」

 

 10秒で泣ける天才子役か……上等だ。

 その肩書通りにギャン泣きさせて―――

 

 

      ペキッ

 

 

 不意に聞こえた音に横を見やると、ラブラのサインペンを持つ右手の隙間から黒いインクが漏れている事に気づいた。

 その事をラブラに教えようと視線を上げた途端、俺は思わずぎょっとした。

 

 ラブラが怒っている。 俺やルビーのように顔を歪ませてはいないが、その目には明らかに隠し切れない怒りがにじみ出ていた。

 炎のように燃えるような怒りというより、氷のような冷たさが感じられ、下手をすれば誰かを刺しに行くのではないかと思えるほどだった。

 

「ラブラ?」

 

「……なに」

 

 ラブラが目だけをこちらに向ける。

 まるでナイフの切っ先を向けられるような威圧感を感じながら、ラブラの手元を指さす。

 

「それ…」

 

 

 俺の指摘にラブラは自身の手元へ視線を落とし――

 

 

「………は? えっ…えぇっ!? 」

 

 

 素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げてサインペンを手放した。

 

 

「なにこれ? なにこれぇ!??」

 

 ラブラ自身も初めて気づいたようで、軽くパニックになりながら真っ黒に染まった右手をズボンに擦り付けて拭い落とそうとしていた。

 とりあえず手を洗って来いよ、と俺はハンカチでサインペンをつまみながら言う。

 

「わっ…分かった! ごめんアク兄!」

 

 慌てて控室を出て行ったラブラを見送ると、手に取ったサインペンを見やった。

 このサインペンは新品のようだったが、不良品だったのだろうか?

 

「ん?」

 

 サインペンをよく見ると、首軸と胴軸との接続部が歪んでおり、そこからインクが漏れていたようだ。

 

「…まさかな」

 

 幼児の握力で壊れるわけがない。 きっと不良品だ。

 そう自分に言い聞かせるように、俺はサインペンを隠すようにハンカチで包み、ごみ箱に捨てた。

 

 

 

 

 

「どうしよ…ぜんぜん落ちない」

 

 屋外にある手洗い場でラブラは手を念入りに洗っていた。

 しかし油性のインクがそう簡単に落ちるわけもなく、途方に暮れていた。

 

「ズボンも汚しちゃったし、お母さん怒るかなぁ……怒るとこ見た事ないから怖いなぁ……」

 

「ねぇ、そこのあなた」

 

 その呼びかけに振り返ると、有馬かなが腕を組んでこちらを見据えていた。

 

「……なに」

 

「あなた、うちの事務所来ない?」

 

「え…?」

 

「結構きれいな顔立ちで礼儀正しいし、あなた将来有望よ? 私が言うんだから間違いないわ」

 

「いや、ぼくは演技とかできないし…」

 

「そんなの私が指導してあげるわよ」

 

「誘ってくれて嬉しいけど…ぼくのお兄ちゃんが苺プロで、いろいろ面倒になるから遠慮するよ」

 

 ラブラは有馬かなとできる限り目を合わせないようにして蛇口の栓を締める。

 その態度が気に食わないのか、有馬かなは フンっと鼻を鳴らした。

 

 

「あんな弱小事務所に居たってどうにかなると思ってんの?」

 

 

 ラブラの手がピタッと止まる。

 そんな事などお構いなしに、有馬かなは小馬鹿にするように続けた。

 

「媚びを売る事しか能がないアイドルに、そのアイドルのおまけで映画出演した無名の素人子役……その程度の連中しかいない芸能事務所なんてお先真っ暗――」

 

 

「 黙ってよ 」

 

 

 ラブラは有馬かなの言葉を遮る。

 その時見せた能面のように感情をそぎ取ったような表情に、有馬かなはぞくりと嫌な感覚を覚えた。

 

 だが相手は自分よりも小柄な年下の子供。 なめられてはいけない。

 毅然とした態度でいなければ……そう思っているのに。

 

「……ッ」

 

 声が出てこない。 どうして?

 必死に声を出そうとするが、口をパクパクさせるだけで限界だった。

 

 

「ぼくはアク兄みたいに賢くないし、ルビ姉みたいに演技もできない……」

 

 

 抑揚のない口調で話しながら歩み寄るラブラに、有馬かなは後ずさろうとした。

 だが足がすくんで動けず、ついには眼前まで迫られてしまった。

 

 

「ぼくには自慢できるものはない。 ぼくを馬鹿にしても構わない……でも」

 

 

 上目遣いで自分に向けられる青い瞳。 その瞳に釘付けになっていた。

 吸い込まれるというより、掴まれて離せないように目を逸らす事ができない。 

 

 

「苺プロを……アク兄を……何よりもアイお姉さんを悪く言わないで」

 

 

 有馬かなは恐怖した。

 

 演技などではない。 目だけで伝わる

 目の前にいる少年の……純然たる怒りが。 

 

 

 

   ラブラー   どこ行ったのー

 

 

 

 遠くからルビーの声が2人の耳に届く。

 ラブラは後ずさり、背を向けて走り去っていった。

 

 一人残された有馬かなはその場にへたり込む。

 

「――……なんなの、あの子」

 

 得体の知れない存在に、この上ない恐怖を味わう事となった有馬かな。

 撮影スタッフが探しに来るまで、彼女はその場を動くことができなかった。




今回はラブラくんの人外描写をほんのりと出しましたが、実はラブラくんが手を洗う場面で、重曹ちゃんの悪口にブチ切れて水道の蛇口栓を捻じ切る描写を書きましたが、流石にやりすぎだったのでボツにしました。

今回は撮影終了まで投稿予定でしたが、長くなったので2話に分け、近いうちに後編を投稿する予定です。
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