終盤の不思議な描写はオルフェノクの能力ではなく、ラブラくん自身の物である事をここで断っておきます。
※追記
今話を改めて読み返して、冒頭の文が修正されていないまま投稿されていたことに気づき、このままだと今度の展開に支障をきたすので修正させて頂く事を報告いたします。
冒頭の幼稚園園長の証言にある事故の3週間後に暴行されそうになった人物を長女と書いていましたが、正しくは『長男』です。 訂正が遅くなったこと深くお詫び申し上げます。
―――とある幼稚園の園長の証言。
えぇ、その三つ子ならよく覚えていますよ。
ギフテッドと言うべきでしょうかね。 長男の方はいつも難しい本を読んでいて、長女の方も小・中学生くらいの知能があったと思いますよ。 末っ子の方は上2人と比べたら年相応な感じでした。
入園してひと月くらいに末っ子が交通事故に遭われたそうで、大した怪我じゃなかったようですよ。 その3週間後に長男が暴行されそうになりまして、駆け付けた末っ子が助けたんです。 その……事故の影響もあるでしょうが、当時のあの子は人が変わったように……
長男は無事に助け出されて警察からもお咎めなしだったんですが、 数人の保育士が末っ子を怖がるようになっちゃって、園児たちに末っ子に関わるなと言い回って…それなのに末っ子は保育士を一切責めることなく自ら退園を希望したんです。 私たちに迷惑をかけてしまったと謝ってくれて、とても心苦しかったですよ。
それからは音沙汰なくて、どこで何をしてるのやら……私が生きてる内にもう一度 顔を見てみたいものだわ。
アイの子供として生まれてから3年が経過した。
2年前に俺が出演した映画はそこそこ評価されたらしく、なんかの賞の監督賞にノミネートされたらしい。
思えばあの時の俺の演技は思いのほか冴えていたと思う。
ネットでも『有馬かなに迫る不気味な演技だった』とそれなりに評価されたし、上映された映画を見たアイからは「すごく気持ち悪くていい演技だった」と褒め――…褒められたんだよな、うん。
あの映画がきっかけなのかは分からないけど、アイの仕事も結構増えてきている。
今のアイを一言で言うなら、絶賛売り出し中のアイドルタレントという所だろう。
収入も安定し、ミニライブ以前の頃よりも母親として自信が付いているようで、頼もしさすら感じている。
そんな彼女ももうすぐ二十歳になる。 今のところ、僕らは世間の目に晒される事なく日常を過ごしており、今は幼稚園に入園している。
「んー! 今日も可愛いっ! みんな可愛いよ!」
制服に着替えた僕らを、アイは満面の笑みで愛でた。
「ま、トータルではママの方が可愛いけどね」
「ぼくもそう思う」
「なんの対抗意識…」
自信たっぷりにアイを褒めるルビーと彼女に同意するラブラに、俺は小さくツッコミを入れた。
生後間もない頃はアイに関心がなかったラブラも、今ではすっかり染まってきていて時間の流れをしみじみ感じている。
「そういやお前って生まれ変わる前は何してたの? っていうか本当は何歳?」
俺にとって2度目となる幼稚園生活もそこそこ経った頃、俺はルビーにちょっとした疑問をぶつけた。
俺の質問にルビーが答えようとした途端、彼女はハッとした顔になって言い淀んだ。
「え、えっとー……わ、私オトナの女性なんだけど!? 女性の年齢尋ねるとかデリカシーのないガキね!」
取り繕うようにまくしたてるルビーは、ラブラの手を取る。
「っていうかそんな事なんてどーでもいいし、余計な詮索はしないで! 行くわよラブラ!」
「ま、待ってよルビ姉…!」
この場から逃げるようにルビーはラブラを連れてその場を離れていった。
反応から察するに、彼女は俺より年下の可能性が高い。 何かと俺にマウントをとってくるあたりも、どこか子供っぽさがあるから未成年の可能性も―――
「――いや、よそう」
これ以上 深入りする事は得策ではない。 ルビーにだって触れられたくない過去があるはずだ。
なによりも俺は今の生活を気に入っている。
前世での激務の日々に比べれば園児の毎日なんて 食って寝て、適当に本でも読んでればいいから楽なもんだ。
(それにしても…よくあそこまで本気ではしゃげるな……)
幼稚園のグラウンドを見やると、ルビーとラブラが他の園児たちと一緒にジャングルジムで遊んでいる。
ラブラはともかく、おそらく前世が10代は超えていると思われるルビーも実に楽しそうだった。
ルビーの前世がどのような人生なのかは分からないが、彼女も今の生活を謳歌しているようだ。
自由時間が終わり、俺たちを含めた組の園児一同は幼稚園の遊戯スペースに集められた。
「はーい皆さーん お遊戯の時間ですよー 今度みんなの踊りを おうちの方も見に来てくれるから、一生懸命 練習しましょうね!」
「「「 はーい!! 」」」
園長の声掛けにラブラを含めた園児たちが元気よく返事する。
するとルビーは表情をだんだんと曇らせ、
「イヤだ! 私やらない!」
と、叫んで遊戯室を飛び出していった。
そのあと俺とラブラはルビーを探し、グラウンドの片隅にある木陰でうずくまる彼女を見つけた。
「探したよルビ姉」
ラブラが声をかけると、ルビーは俺たちをチラッと見やり、うつむく。
なんで逃げ出すのさ、と俺はため息をつきながら尋ねた。
「私、ダンスできない……ていうかした事ない」
「ん? 学校とかでやった事もないのか?」
「……小さい頃から何度か挑戦してみたけど駄目だった…運動はできる気がしない」
「そう、だったのか……」
いつものマセた態度から一転して弱々しく話すルビー。
するとラブラが彼女の前にしゃがんだ。
「じゃあさ、一緒にダンスの練習しようよ」
「言ったでしょ、私ダンスした事は――」
「ぼくもした事ないよ。 それでも結構ワクワクしてるんだ」
「え?」
「踊ってみんなを楽しませるって、ライブに出てるお母さんみたいじゃない? きっと楽しいよ」
「…ッ」
アイを引き合いに出されて言葉を詰まらせるルビーに、ラブラが手を差し出す。
「少しずつでもいいからさ、試しにやってみようよ。 ね?」
「……わかった」
はじめ躊躇していたルビーだったが、ラブラのアイに似た笑みに根負けしたのか、差し出された手を取った。
その日の夕方、俺たちは苺プロの事務所にあるレッスン場でダンスの練習を始めた。
園長から受け取ったダンスの振り付けが描かれた紙を手に、各々の立ち位置と振り付けを確認していった。
「俺は右端か…ラブラは?」
「ぼくは左の端っこ。 ルビ姉は?」
「……センター」
「マジか」
「お母さんと一緒だね!」
目を輝かせるラブラに対して、ルビーの瞳に影が差す。
ダンスに自信がある者であればテンションが上がるだろうが、今のルビーにはかなりのプレッシャーだろう。
ひとまず俺たちは軽く準備運動をしてダンスの練習に取り掛かる事にした。
「よっ… ほっ… っとと!」
初めてダンスを経験するラブラは覚束ない足取りでふらつきながらも、その顔にほのかな笑みを浮かべており、楽しんで練習しているようだ。
あの様子なら一人でやらせても大丈夫だろう。 問題は―――
「うっ… うぅ…! あっ!」
「うおっ!」
倒れ込みそうになったルビーを咄嗟に支えた。 彼女は小さく息を切らしながら俺にしがみついた。
ラブラが心配そうな顔で駆け寄ってくる。
「ルビ姉大丈夫!?」
「な…なんとか。 ごめんアクア…」
「気にするな。 まだ続けれそうか?」
「少し…休みたい」
「分かった……ラブラ、少し休もう」
「うん」
俺たちはレッスン場の片隅にあるベンチで休憩をとった。
ラブラが荷物の中から3本のスポーツドリンクを取り出して俺たちに配ってくれた。
「はい、ルビ姉の分」
「……ありがと」
ルビーはスポーツドリンクを受け取るが、落胆と諦めが入り混じった表情でドリンクの入った容器をじっと見つめるだけで、口にしようとはしなかった。
運動ができる気がしないとは言っていたが、ここまでだったとは思わなかった。
だが、練習を通してある程度のことが分かってきた。
ルビーは倒れないように意識するあまり動きがぎこちないものになり、バランスを崩しやすくなっている。 そして倒れそうになれば体勢を立て直すことを放棄して受け身をとって倒れようとしていた。
この動きは前世での彼女の身体に染み付いた癖のようなものであり、生まれ変わった今でも影響しているのではないだろうか。
もしそうだとしたら、彼女は前世で何かしらの障害か、病気を抱えていたのではないか?
(精神的によるものなら簡単には改善できないな。 どうしたものか……)
「ねぇねぇアク兄」
「ん? どうかしたか?」
「ぼくの踊りどうだった?」
「あー……まぁ、良いんじゃないか?」
「そっか! あ、じゃあお母さんのダンスも踊れるかな?」
「それは……もっと練習すればできると思うぞ」
俺の適当な返答にラブラは笑顔でうなずくと、荷物を漁ってオーディオプレーヤーを取り出す。
「気分転換になるかなってミャーコさんから借りてきてね。 うろ覚えだけどちょっと踊ってみようかな」
そう言ってオーディオプレーヤーを操作すると、B小町の代表曲である『HEART's♡KISS』が流れだす。 それに合わせるようにラブラも踊り始めるが―――
「んっ! とっ……わわっ!」
意気揚々とダンスを始めたラブラだったが、ハイテンポな曲調についてこれずタイミングがバラバラで、さっき以上にふらついて躓きかけるなど危なっかしい。
まぁ3歳児にアイドルたちのダンスにをやること自体無茶な話だろう。
(ラブラ本人が楽しそうだから別にいいか。 問題はルビーにどう自信を付けさせるかだが――…ん?)
今後の練習について考えていると、隣で座っていたルビーがラブラに歩み寄り、彼のそばに置かれたオーディオプレーヤーをかっさらって曲を止めた。
「ど…どうかしたのルビ姉?」
「……全然ダメ」
「え?」
「掲げるピースサインの高さが低いし、サビ部分が左右逆! ママのファンならダンスの振りくらいしっかりしなさいよ!」
まくしたてて詰め寄るルビーにラブラはたじろいでしまう。
「じゃ…じゃあさ、ルビ姉はお母さんのダンス分かるの?」
少しびくつきながらラブラが尋ねる。
当たり前でしょう! とルビーが自信たっぷりに答えた。
「私はママのライブ映像を何百……ううん、何千回も観てんのよ。 振りも完璧に覚えてるんだから!」
「マジかよ……」
俺もアイのファンとしてそれなりにキャリアがあるが、ルビーは俺が思っている以上に筋金入りのファンのようだ。 まるであの子のような―――
「――…すっごい」
感嘆の声を漏らしたラブラは、羨望のまなざしをルビーへと向ける。
「ねぇルビ姉! この曲のダンスの振り教えてよ!」
「っ…しょうがないわね、そこまで言うんだったら教えてあげてもいいわよ?」
上手いな。 ラブラの提案は打算だとか下心もない、純粋にファンとしてアイのダンスをやってみたいというシンプルなものだ。
ルビーからすれば、ここで姉としてだけでなく、アイのファンの先輩としての威厳を示すいい機会だ。 上手くいけばダンスへの自信を付けさせる事もできるかもしれない。
「いい? 初めはこうやっ――ぁ」
ラブラに手本を見せようとルビーがステップを踏んだ瞬間、ぐらりとバランスを崩して前のめりに倒れ込む。
まずい、間に合わない――
「あぶないっ!!」
ラブラがルビーの頭を前から抱えるように受け止め――― ゴンッ! と後頭部をしたたかに打ちながらルビーの下敷きになった。
「お、おい大丈夫か!?」
「ててっ…だいじょぶ。 ルビ姉は……ケガしてない?」
仰向けに倒れているラブラが話しかける。
するとルビーは彼の胸に顔をうずめながら嗚咽を漏らした。
「どっ…どうしたのルビ姉!? 大丈夫? どこか痛いの!?」
「…グスッ…私お姉さんなのに…ママのファンの先輩なのに…偉そうなこと言って……手本見せようとしてっ……ヒック…」
体を起こしたルビーは涙をぽろぽろと溢し、しゃくり上げて泣いた。
自分の不甲斐なさと、弟を巻き込んでしまった事への申し訳なさに打ちひしがれているようだ。
どう声をかけたら良いものかと迷っていると、ラブラがルビーの頭に手を軽く載せた。
ルビーが顔を上げると、ラブラが柔和な顔でごめんね、と言った。
「…なんであんたが謝るのよ」
「だってぼくチビだし。 もうちょっと大きかったらルビ姉をちゃんと支えれたと思ったから」
ばか、とルビーは涙を拭った。
「あんたは悪くない……悪いのは、私の方だよ。 ねぇ、もういいでしょ? 私なんかが何回やってもダンスなんて―――」
「だいじょぶだよ!」
力強く答えたラブラはルビーの手を取り、まっすぐ見据える。
「何回やってもダメなら何十回……ううん、何百回でもやろうよ。 また転びそうになってもぼくが助けるから!」
「で、でも…またあんたを巻き込んだら……」
「俺を忘れんなよルビー」
尻込みしているルビーを後押しするように俺は彼女の肩に手を置いた。
「アクア…」
「俺とラブラの二人がカバーしてやる。 だから遠慮するな」
「……ありがとう、2人とも」
涙を拭いながら頷くルビーに、俺とラブラは頷いて返した。
その時、レッスン場の扉が開き、動きやすい恰好をしたアイが入ってきた。
「やっほー! お遊戯会の練習してるって聞いたけど、調子はど―――」
いつものように軽いノリで声をかけようとしたアイは、ルビーの泣き腫らした顔を見た途端、血相を変えて駆け寄った。
「どうしたのルビー!? どこか痛いの!? 大丈夫? 怪我してない? 」
心配そうにアイが矢継ぎ早に尋ねる。
彼女の反応がどことなくラブラにそっくりで、俺とルビーは思わず笑った。
「え、なんで笑われたの私? ラブラなんか知ってる?」
「んー…よくわかんない」
ラブラはルビーが泣いた理由を知ってるものの、何故俺とルビーが笑ったのかが分からず小首をかしげた。
その後、俺たちはアイからダンスの指導を受ける事となった。
アイにルビーが泣いていた理由について問い詰められ、練習が上手くいかなくて泣いてしまったと説明すると納得し、俺たちのダンス指導を買って出てくれたのだ。
この世の誰よりも尊敬するアイの提案にルビーは躊躇うが、俺とラブラに後押しされて指導を受けた。
歌とダンスのプロであるアイの指導で練習は順調に―――
「――いきすぎだろ流石に」
「ルビ姉すご……」
鏡の前でアイと並んでダンスするルビーを、ベンチから見ていた俺とラブラはそれぞれ感嘆の声を漏らした。
練習を再開した時のルビーは、初めのように何度も転びそうにはなったが、そのたびに俺とラブラがフォローに入った。
そしてアイからのアドバイスを受けて少しずつ自信を身に付けていき、1時間ほど経った頃には一人でダンスができるほどに上達していた。
しかもそのスキルには目を見張るものがあり、気付けばB小町の代表曲のダンスをこなすほどだった。
ダンスを終えて息を切らすルビーに、アイは彼女の頭を撫でた。
「すごいよルビー! まさか短時間でここまで踊れるなんて天才だよ!」
「ママのアドバイスとアクアたちのおかげだよ。 それにママの遺伝もあるしね」
「嬉しいこと言っちゃって~ うりうり~!」
まるでマツゴロウさんのようにアイはルビーの頭をわしゃわしゃと撫でまわし、綺麗に整えられたルビーの髪を派手にかき回した。
「あの様子なら今度のお遊戯会も問題なさそうだな」
「だね。 もしかしたら他の子を食っちゃうくらいの人気者になるんじゃない?」
「おいおい、怖い事を言うなよ。 あまり目立つ事はしたくないんだぞ」
だが、ラブラの予想もあながち間違いじゃないかもしれない。
抜群なダンスのセンスに、人気アイドルである母親譲りのルックス……今度のお遊戯会が、ルビーがメインのちょっとしたライブ会場になる光景を不覚にも想像してしまった。
「アク兄も役者さんしてたし、もしかしたらルビ姉もお母さんみたいなアイドル…に―――」
急に言葉が途切れ、俺はラブラを見やった。
アイとルビーの方を見ていた彼が大きく目を見開いて愕然とした表情をしており、段々と顔を青ざめさせていた。
どうしたんだと俺が声をかけた瞬間、ラブラは口を押さえてレッスン場のトイレへと駆け込んで行った。
「え、どうしたの?」
突然トイレへ駆け込んだラブラに、アイが心配そうな顔をする。
俺はアイにラブラの様子を見てくることを伝え、トイレへと向かった。
「ぅぅえぇ… ぉあ゛ぁ゛っ!」
扉を開けると、蛙のような声がトイレ内に響いた。
見ると、手前の個室トイレが閉まっており、そこから声が漏れているようだ。
俺はトイレの扉をノックする。
「ラブラ! いるか!?」
「ハッ…ハッ…ハッ……アク、にい…」
俺の呼びかけに、扉越しから苦しそうなラブラの声が返ってくる。
「どうしたんだ、気分でも悪いのか?」
「ハァ…ハァ…だい、じょぶ……ドリンク飲みすぎて、戻しちゃった……」
「そ、そうか。 水分とった後で、あれだけダンスで体動かしたらそうなるか」
「いっぱい出したから…だいぶ楽になったかな……少ししたら戻るよ」
「分かった。 アイに伝えとく」
「……ありがと」
力なく返ってくるラブラの謝罪を背に、俺はトイレから出て行った。
アク兄がトイレから出て行った途端、喉の奥から苦いものが込み上げてきて、ぼくは何度も便器に向かってゲーって吐いた。
口から甘いドリンクの匂いと、すっぱい臭いとが混ざった泡だらけの水が出て便器へと流れた。
「ハァ…ハァ…も、でない……」
胃がギュルギュルと動くのを感じながら、ぼくはトイレットペーパーで口を拭いた。
「……いったい、なんなの」
お母さんと楽しそうにダンスをするルビ姉を見て、ぼくはアイドルになったルビ姉を思い浮かべようとした。
かわいい服を着て、サイリウムを振る人たちに向かって笑顔を見せてくれるお母さんのようなアイドルのルビ姉を。 そんな眩しい姿を。 なのに―――
「……なんで…どうして」
自分でも分からない。 どうしてあんなのが見えたの?
どこかの道路。 ワンちゃんの看板 前がへこんだ黒い車
ちぎれそうな手。 赤黒く汚れた金色の髪。 真っ赤な水たまりに浸かった体。
そして……白く光るお星さまをを失くした赤い左目。
―――血まみれになったルビ姉の姿が。
いや…頭に浮かんだというより、目の前に白く曇ったガラスが現れて、少しずつ映像が出てくるような感じだった。
それでもあれは……あまりにも生々しかった。
「あぁもぉっ…!」
ぼくはイライラしながらトイレットペーパーを便器に投げ入れ、さっき吐き出したものと一緒に水に流した。
そのままトイレから出ると、手洗い場で口をゆすいでレッスン場へ戻った。
「あ、ラブラ大丈夫?」
「あぁー…うん、ちょっとマシにはなった…かな?」
「ママたちはもう少し練習するつもりだけど、ラブラはどうする?」
「悪いけど先に休むよ。 まだちょっとしんどい」
「負ぶっていこうか?」
「ううん、一人で行ける。 心配させてごめんね」
さっきの事、お母さんに言ってみようか?
いや、きっと気のせいかもしれないし、あんまり心配させたくない。
とりあえず今は皆から離れて落ち着きたい。 そう思いながら出口に手をかけた時、
「ラブラ!」
ルビ姉に呼ばれた。 振り返るとルビ姉が少し目をそっぽ向かせながら言った。
「その…さっき助けてくれてありがとう。 おかげでダンスができるようになった」
「そう、なら役に立ってよかった」
「あのさ…今度、ダンスの練習ついでにB小町のダンス教えてあげるから、しっかり休んどきなさい」
「ありがと…じゃあまたね」
そう言葉を返したぼくはレッスン場を出て行った。
おうちのお布団に寝転がり、枕に顔を押し付けた。
とにかく、さっきの事はドラマや映画の見過ぎによる悪い思いつき。
そういう事にしよう。 そう思う事にしよう。
そう思わなきゃ―――ルビ姉の目をまともに見れそうにないや。
次回からラブラくんの人外描写をメインとしたオリジナルストーリーが始まる予定です。