鈍色の三番星   作:OK太

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皆様お久しぶりです。

前回の終盤でラブラに予知が発現した描写についてですが、これには彼の名前の由来であるラブラドライトが大きく関わっています。
ラブラドライトの石言葉には『思慕』・『記憶』・『調和』など代表的なものの他に『予知』・『インスピレーション』などの石言葉が込められており、そこから着想を得ています。

またラブラドライトは『月と太陽の象徴』とされ、陰陽それぞれのパワーを秘めており、身に付けた本人の潜在能力を開花させるというパワーストーン効果があります。
前回は『人としてのラブラ』の潜在能力が開花し、今回は『オルフェノクとしてのラブラ』の潜在能力が目覚める回となります。

それとこれまでの2~8話はアクアやラブラ視点でしたが、今回は第3者視点で書いています。残酷描写と不快に感じる描写もありますのでご注意ください。


第9話 転機

 幼稚園のお遊戯会まで残り10日を迎えた祝日。

 アクアたち3人はミヤコと共に、とある場所へ向かって歩いていた。

 

 

 (さかのぼ)ること数十分前、アクアたちが苺プロの事務所にあるレッスン場でダンスの練習をしていると、アイを含めたB小町のメンバーと鉢合わせた。

 3人は里親となった斉藤夫妻に引き取られた兄弟という設定で苺プロに周知させており、B小町のメンバーとはちょっとした顔なじみになっている。

 

 彼女たちの話しを聞くと、来週の日曜日に開催されるライブがあり、それに向けて練習をしに来たらしい。

 初めは彼女たちに一緒にレッスン場を使っても良いと言われたが、アクアとラブラは丁重にお断りした。

 大勢のファンに最高のパフォーマンスを披露してもらうためにも、彼女たちの邪魔はしたくなかったからだ。 

 少し未練がましくその場に留まろうとしたルビーを引きずりながら、アクアとラブラはレッスン場を後にしたのだった。

 

 

「で、どうする? 今日は家でゆっくりするか?」

 

「なに言ってんの、お遊戯会まであと10日なのよ! このままダラダラしてたら体鈍っちゃうじゃん!」

 

「そうは言ってもなぁ……家じゃ狭いし」

 

「あ、だったら公園に行かない?」

 

 公園?とアクアとルビーが声を合わせると、ラブラは幼稚園までの道中にある公園でダンスをする集団を見かけた事を話してくれた。

 それ採用、とルビーがラブラを指さす。

 

「今日は日差しもきつくないし、涼しい風も吹いてるから運動するにはもってこいじゃない」

 

「じゃあ、ぼくミャーコさんにお願いしてくる」

 

 そう言ってラブラはパタパタと部屋を出て行く。

 数分後、どたどたと足音をたてながらリュックサックを背負ったミヤコがやって来た。

 

「アクアさん、ルビーさんお待たせしました! 社長とアイさんの許可を得ましたので早速出発しましょう!」

 

「いや、なんでそんな気合入ってんの? ラブラ何かした?」

 

「んとね、ルビ姉のように上目遣いで『お願いママ』って言っただけ」

 

「……あんたも中々やるわね」

 

 

 

 ――そして冒頭に戻る。

 

「ねぇねぇママ、今日もルビ姉にダンスの採点してもらったんだー」

 

「あら~本当? 何点だったの?」

 

「18点!」

 

「ず、ずいぶん辛口ね……」

 

「でも昨日は15点だったから3点も上がったんだよ!」

 

「そ…そうね! ほんの少しでも成長できたのは確かだもの。 頑張りましょうね」

 

「うん、ぼく頑張る!」

 

 道すがら手を繋いで談笑するラブラとミヤコ。

 二人の仲睦まじい後ろ姿を見て、ルビーはやれやれとばかりに小さくため息をついた。

 

「ミヤコさんったら単純よねぇ。 ラブラにママ呼びされて、あんなにデレデレしちゃって」

 

「まぁ日頃のストレス溜まってるだろうし、優しく懐いてくるラブラに癒されるのも無理ないだろ」

 

「そんな暢気なこと言ってると、いつかママに『ラブラの親権ください』って暴走するかもよ?」

 

「なんかあり得そうだな――…ん?」

 

 前を歩いていたラブラの足が突然止まる。

 異変に気付いたミヤコが呼びかけるが、まるでビデオを一時停止させたように固まっていた。

 追いついたルビーが彼の肩に手をかけると、ラブラは肩をビクッと震わせた。

 

「なっ…なに?」

 

「なに、じゃないでしょ。 どうかしたの?」

 

「あ……いや、なんでもないよ。 ちょっとボーっとしただけ」

 

 そう返事するとラブラは歩き出した。

 彼の様子にアクアとルビーが顔を見合わせる。

 

「どうしたんだろ?」

 

「さぁ……」

 

 

 

 数分ほど歩いていると目的の公園が見えてきた。

 遊具が設置された広場には子連れの家族が遊び、片隅にある小さいグラウンドには近所の小学生が野球をしていた。

 

 一行が公園の入り口に向かおうとグラウンドそばを通った時、再びラブラに異変が起きた。

 しきりに周囲を見渡し、ソワソワと落ち着きがなくなっていく。

 何か気になるものでもあるのだろうかとアクアも周囲を見るが、特に変わったものは見られない。

 するとラブラが怯えた顔でミヤコの腕を引っ張る。

 

「ねっ…ねえミャーコさん。 別の道に行こ?」

 

「もう、お外ではママって呼ぶ約束でしょう? それに入り口が目の前ですし、このまま――」

 

「だめぇっ!!」

 

 ミヤコが歩を進めようとした瞬間、悲鳴に近い叫び声を上げたラブラに後ろへ引っ張り込まれ、彼女はバランスを崩して仰け反る。 

 

 その直後、グランド側から高速で横回転する何かが飛び出す。

 それはミヤコの鼻をかすめ、耳をつんざくほどの甲高い金属音を立てて電柱に激突した。

 電柱にぶつかったものは大きく跳ね返り、地面に座り込む二人のそばまで転がっていった。

 

「ミヤコさん! ラブラ!」

 

「二人とも大丈夫!?」

 

 駆け寄ったアクアとルビーは、二人の足元に転がる物体を見て絶句する。

 グラウンドから飛び出したもの、それは1本の金属バットであった。 電柱に強く激突したためか、芯の部分が大きくへこんでいた。

 もしラブラがミヤコを引っ張っていなかったら……そう考えるとゾッとした。

 

「おばさん大丈夫ですか!?」

 

 その声とともに数人の小学生たちが4人のもとにやって来た。

 彼らは先ほど通りかかったグラウンドで野球をしていた子供達で、話しによるとバッターの子がボールを打った際にバットが手からすっぽ抜け、公園の外へ飛んでしまったそうだ。

 バッターの子が泣きながら頭を下げて謝る。 ミヤコは服についた埃を払いながら立ち上がり、ラブラの頭を撫でながら優しく笑った。

 

「大丈夫よ。 この子のおかげで誰も怪我しなかったんだから。 元気なのはいいけど、周りの人に気を配れるように遊んでね」

 

 その言葉に小学生たちは「気を付けます!」と深く頭を下げ、グラウンドへと戻っていった。

 彼らを見送ったミヤコはホッと息を漏らした。

 

「それにしても寿命が縮みましたよ……ラブラさん、ありがとうございます」

 

「うん、ミャーコさんがケガしなくてよかった……じゃあそろそろ行こうよ! 早くしないと練習できる場所無くなっちゃう!」

 

 さっきまでの怯えが嘘のようにラブラは明るくなり、ミヤコの手を引いて公園へと入っていく。

 アクアとルビーは多少の困惑を抱きながらも、二人の後に続いていった。

 

 

 

 

 当初の目的であるダンスの練習ができるような場所を探す4人だったが、噴水広場や並木道などの比較的足場がしっかりしている場所には既に別のストリートダンサーによって占領されていた。

 今日は無理かと途方に暮れかかったとき、ラブラが芝生の大広場の一点を指さす。

 

「あそこはどう?」

 

「あれは…ヘリポートか」

 

 ラブラが見つけたのは、災害時に救急ヘリが着陸するヘリポートだった。

 それを見たルビーはヘリポートの中央へ行き、感触を確かめるようにその場で飛んだり軽く走った。

 

「うん…しっかりとした足場に程よい広さ。 ここにしましょう!」

 

 あれ出して! とルビーが指示すると、ミヤコは3人にワイヤレスイヤホンを渡した。

 練習とはいえ、周囲への迷惑をかけぬよう予め用意しておいたのだ。

 やがて3人は各々の位置に着き、ミヤコの合図とともにダンスの練習を開始した。

 

 

 ―――数十分後。

 

「はーい ちょっと休憩入るわよー」

 

 ルビーの声掛けにアクアは大きく息を吐いてその場に座り込んだ。

 

「アク兄大丈夫? はいこれ」

 

 ラブラが差し出してくれたスポーツドリンクを受け取ったアクアは、大きく開けた口にドリンクを流し込み、一気に飲み込んだ。

 ドリンクの冷たさが喉から食道へ伝わり、やがて胃へと広がっていく感覚に肉体の糧になった事を実感した。

 

「あぁ…染みるぅ……」

 

「おっさんくさっ! あんた前世くたびれたおっさんじゃないの!?」

 

「んなわけねーだろ、うるさいな」

 

 じろりと睨むと、ルビーはさらに小馬鹿にするように続ける。

 

「っていうかアクア体力なさすぎでしょ。 幼稚園でも本読んでばっかだから体が鈍ってんじゃない?」

 

 アクアは否定はしない。 実際、彼自身も趣味の読書を満喫しているために少し運動不足だと自覚してる。 

 それに比べてルビーとラブラは他の園児たちと駆け回ったり、遊具で遊んだりと体力をつけており、現に二人は汗をかいてはいるが息を切らすことなく立っていた。 ダンスの練習を始めて5日ほど経つが、二人との体力差は目に見えて明らかだった。

 これは真面目に運動しないと将来苦労するな。 そんな事を考えていたアクアは、ふとある事を思い出した。

 

「ラブラ、ちょっと訊いていいか?」

 

「なぁに?」

 

「さっき別の道に行こうって言ったけど、ミヤコさんが危ないって分かってたのか?」

 

 アクアの質問にラブラは言葉を詰まらせる。

 そうそう、とルビーが横から割り込む。

 

「私も気になってたのよね。 急に周りをキョロキョロして様子おかしかったし」

 

「えっと……変だと思うかもだけど、聞いてくれる?」

 

「あんたが変なのは前からでしょ。 いいから言ってみなさい」

 

 

 初めは言いにくそうに眼を泳がせるラブラだったが、意を決するように頷いて言った。

 

「……ここに来る前にミャーコさんがケガするのを見たんだ」

 

 

 「「  は?  」」

 

 

 あまりにも突飛な告白に、アクアとルビーは思わずハモった。

 二人の反応にラブラは顔を伏せてしまう。

 

「……やっぱ変だよね」

 

「いいからいいから! ほら、続けて?」

 

 ルビーの促しにラブラは話しを続けた。

 

「公園へ行く途中で、突然 目の前にミャーコさんが知らない場所で頭から血を流して倒れてるのが見えたの」

 

「見えた?」

 

「まるでテレビを点けたみたいにフワッと。 それに目が離せなくなって……ルビ姉に肩叩かれたらフッと消えたけど……」

 

「あの時の?」

 

「うん、前にも似たような事があったから、ぼくの変な思い付きだって気にしないようにしてた……でも、公園に着つくらいでさっき見たのと同じ場所だと気づいて嫌な感じがして……」

 

「それでミヤコさんを止めようとしたわけか」

 

 無言でうなずくラブラに、アクアはふむふむと相槌を打つ。

 

「まるで予知だな」

 

「ヨチ?」

 

「未来……つまりこれから起こる出来事を知る力の事だ。 ラブラの場合は視覚で認知してるから”未来視”になるかな」

 

 いやいや、とルビーが横槍を入れる。

 

「いくらなんでも有り得ないでしょ。 ファンタジーやメルヘンじゃあるまいし」

 

「お前…自分がどういう存在か分かって言ってんだろうな」

 

「うっ…っていうかラブラ、さっき『前にも似たような事』って言ってたけど、それって―――」

 

 ルビーがラブラに話を振ろうとし、ギョッとした。

 ラブラは虚空を見つめてブツブツと何かをつぶやいている。

 

…これから起きる…? あれもこれから起きる…? ルビ姉が…? そんな……

 

「ちょっと、ラブラ大丈夫―――」

 

 

 その時、一陣の突風が広場へと吹き込み、公園のグラウンドから飛んで来たと思われる砂ぼこりがアクアたちへと降り注いだ。

 

 

「わっ!?」

 

 砂ぼこりが目に入り、ラブラは目を押さえてうずくまる。

 

「たたっ…目が……」

 

「よせ、目をこすったら悪化するぞ。 ミヤ――…ママちょっと手を貸して!」

 

 呼ばれて駆け寄ってきたミヤコに、アクアは水道のある場所まで運んでほしいと頼んだ。

 

「ラブラさん、しっかり掴まってくださいね」

 

 ラブラを抱えるミヤコとともに、アクアとルビーは公園の手洗い場まで同行した。

 アクアは水道の吐水パイプを上へ向け、目を痛めない程度に水を柔らかい勢いで出した。

 

「ほら、ここで目を洗いな」

 

「ありがとアク兄」

 

 アクアに促されるまま、ラブラは目を片方ずつ洗い流していった。

 目を洗う彼の背後で、ルビーは腹立たしげに服に付いた砂埃を払う。

 

「もぉ最っ悪! この服ママに買ってもらったやつなのに!」

 

「あら? ルビーさん帽子は?」

 

 ルビーは頭に手を置き、さっきまで被っていたキャップがなくなっている事に気づいた。

 

「え? え? うそ!? どこっ……帽子どこ!?」

 

「さっきの風でどっか飛んで行ったんじゃないか?」

 

「うっそでしょ! どこ飛んでったのよ!」

 

 ルビーは周囲をキョロキョロと見渡し――― あっ!! と叫ぶ。

 彼女の視線の先には公園裏の出口そばの路地に転がる帽子があった。

 ルビーは目の色を変えて公園の出口へと駆け出した。

 

「おいルビー! 危ないぞ!」

 

「へーきへーき! あそこの道路は車両通行止めだったから通りゃしないって!」

 

 振り向くことなく返事して駆けていくルビーにアクアがため息をついていると、ラブラがタオルで顔を拭きながら戻ってきた。

 

「お、もういいのか?」

 

「うん、だいぶマシに――…ルビ姉は?」

 

「ルビーならあっちだ」

 

「あっち?」

 

 ほらあそこ、とアクアが指さす方向には公園の出口へ駆けていくルビーがいた。

 彼女が向かう先へ視線を移した時、ある物がラブラの目に入る。

 それは『○○動物病院 北西へ555m』という文とともに、朗らかな笑みを浮かべた”犬”のイラストが描かれた案内看板だった。

 

 

 

 見覚えのある看板。

 

 

 見覚えのある道路。

 

 

 それらに向かって走っていくルビー。

 

 

 いくつかの情報を認識した瞬間、ラブラの脳裏にあの光景がフラッシュバックする。

 

 

 5日前に見たあの光景が。 忘れようとしていた惨劇が。

 

 

 

 

 ―――ズタズタの体で血だまりに横たわるルビーの姿が。

 

 

 

 

 

 気が付けばラブラはタオルを投げ捨ててルビーへと駆けだしていた。

 背後からアクアとミヤコが呼びかけるが、彼は足を止めない。 いや、止めるわけにはいかなかった。 止めてしまえば取り返しがつかなくなる事を理解していたからだ。

 

 

 

 

 道路に転がる帽子を拾い上げたルビーはホッと息をついた。

 この帽子はアイが普段使っている帽子とお揃いで、おねだりして買ってもらった物だったからだ。

 

「よかったぁー…危うく失くすとこ―――」

 

「ルビ姉っ!!!」

 

 背後からの呼びかけにルビーが振り向く。

 彼女の目に飛び込んだのは、必死な形相で左手を突き出すラブラだった。

 彼に突き飛ばされて思わず目を閉じたその瞬間―――

 

 

 

     ゴシャッ!!

 

 

 

 ―――何かが潰れたような不快な音が響いた。

 

 

 

「あぅ!」

 

 路肩へと突き飛ばされたルビーは肩をさすりながら呻いた。

 起き上がってラブラがいた場所へ目を向けると、そこにラブラの姿が無かった。

 

「ラブラ…?」

 

「ルビーさん!」

 

「ミヤコさ――ちょわっ!?」

 

 返事しようとした途端、駆け寄ってきたミヤコが覆いかぶさるようにルビーに抱き着いた。

 突然の行動にルビーは困惑する。

 

「ちょっ…いきなり何す――…ミヤコさん?」

 

 ルビーはミヤコの体が震えている事に気づいた。

 すると、ミヤコの向こう側からアクアの声が聞こえてきた。

 

「場所は〇✕公園裏の路地です! 頼むから急いで!」

 

 焦りを感じさせるアクアの声。 発言の内容から察するにどこかへ通報しているようだ。

 まるで警察か救急に―――

 

「ミヤコさん……ラブラは…ラブラはどうしたの? どこにいるの?」

 

「……お願い。 今は何も…何も見ないで……何も聞かないで、ください」

 

 ルビーの問いにミヤコが声を震わせて答える。

 いったい何が起きた? ラブラはどうなった?

 ふと視線を横へ流すと、ミヤコの腕の間から道路の景色が見えた。

 十数mほど先にあるブロック塀そばに停車している黒い車。 その車体の傍らに見覚えのある靴が転がっていた。

 

 

 それが何を意味するか……理解するのに時間はかからなかった。

 

 

「だめですルビーさんっ!」

 

 ミヤコの制止を振り切り、ルビーは車へと向かっていった。

 するとアクアがルビーにしがみ付いた。

 

「よせルビー! 行くな!」

 

「離してっ! 離してったら!」

 

 しがみ付かれたルビーは暴れてバランスを崩し、アクアともども車の物陰側へと倒れ込む。

 そしてルビーは見てしまった。 アクアとミヤコが隠そうとした光景を―――

 

 

 

 蚊を叩き潰した跡のようにブロック塀に残る赤い斑紋(はんもん)。 その真下には仰向けに横たわるラブラがいた。

 彼の右肘から先がグシャグシャに潰れ、右の下腿に新たな折れ目ができて右足が三つ折りになっていた。

 母親譲りの紫がかった黒髪を生やした頭がスイカのように割れ、その割れ目から流れ出る赤い液体とともに白子のようなものが顔をのぞかせていた。

 

 

 

 まるで悪趣味なスプラッター映画のワンシーンような光景。 

 ただの映画ならキャーこわーい、とはしゃいでいただろう。

 だが、このとき発したルビーの声は―――

 

 

 

「いやああああああああああああああああっっ!!!」

 

 

 

 今世どころか、前世でも発した事がないほど絶望に染まったものだった。

 その悲鳴に呼ばれたように公園から来園者がぞろぞろと出てきて、集まって来た。

 

「いやっ…ラブラっ! ラブラぁ!!」

 

「落ち着けルビー!」

「お願いルビーさん 落ち着いて!」

 

 無惨な姿となったラブラのそばで半狂乱になったルビーをアクアとミヤコが押さえる。

 そんな惨憺(さんたん)たる状況の中、周囲の者たちは呆然と見つめていた。

 

 すると人だかりの中から大学生らしき若い3人の男たちが出てきて、ラブラのそばに駆け寄った。

 きっと何かしら処置をしてくれるのだろう。 誰もがそう思った時―――

 

 

  パシャパシャッ      カシャッ       カシャカシャッ

 

 

 その場にシャッター音が響いた。

 見れば男たちの手にはスマホが握られており、そのレンズを倒れ臥すラブラに向けていた。

 

「すっげー! 初めてマジもんの死体みたぞ!」

 

「おえー…中身出てんぞこれ。 マジグロ~」

 

「事故現場なう……っと」

 

 男たちはあらかた撮り終えると下卑た笑いを浮かべた。 そしてその場でSNSに投稿し始めたではないか。

 あまりにも非常識な行動に周囲の人々は唖然とする。 しかし誰も男たちを咎めようとしなかった。

 交通事故という立ち入る事さえ憚られる状況の上、あのような奇行に走る者たちに関われば因縁を付けられるかもしれない。 そんな面倒事を誰も買いたくない。

 

 アクアも同様だった。

 弟を見世物にされて腸が煮えくり返る思いだが、迂闊に関わってしまったら男たちに粘着され、さらに自分たちの事を特定されるかもしれない。

 そうなれば苺プロ、ひいてはアイが何かしらの被害を受けるかもしれないのだ。

 ラブラには申し訳ないが、彼には『不慮の事故に遭った一般の少年』となってこの場をやり過ごして―――

 

 

「ふざけんなぁぁぁーーーーーーっ!」

 

 

 その時、アクアの思考をかき消すほどの怒声が響いた。

 声の主――ルビーは怒りに顔を歪ませながら男たちを睨んだ。

 

「その子が死にそうになってんのが分かんないの!? 寄ってたかってお前らキモイんだよ!   離れろっ! どっか行って死ねよっ!!」

 

 怒りのまま男たちに向かってルビーは捲くし立てる。

 初めは少し狼狽えた男たちだったが、相手が幼い少女だと分かるとゲラゲラと笑い出した。

 

「こえー! なんだよこいつ、めっちゃ口わりーなー」

 

「というか馬鹿だろ。 死にそうになってるんじゃなくて、もう死んでるんだよ」

 

「うるさい! うるさいうるさいうるさいうるさいうるさぁぁーーーい!! お前らぶん殴ってやるからそこ動くなぁ!!」

 

 アクアとミヤコに押さえつけられながらも詰め寄ろうとするルビー。 しかしそんな彼女を男たちは(あざけ)った。

 そうこうしているうちに、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。

 

「おいっ。 そろそろ行こうぜ」

 

「だな。 だがその前にこいつら撮っていくとすっか」

 

 男たちのうち1人がスマホをルビーたちに向けた。

 やめて! とミヤコが前に出る

 

「いい加減にしてよ! 私たちの事は放っておいてっ!!」

 

「お、いいね~ 美人で巨乳の人妻ならバズりそうだ」

 

 威嚇するように睨むミヤコに、男が卑しい笑みを浮かべる。

 そしてスマホに親指を当てようとした瞬間―――男たち3人がまるで糸の切れた人形のごとくその場で同時に崩れ落ちた。

 

「……え?」

 

 突然の事にミヤコは狼狽し、周囲の群衆は状況について行けず只々見ていた。

 すると男たちの傍らで横たわっていたラブラの体がビクッと動いた。

 

 何かの見間違いかと何人がが目をこすっていると、ラブラの左手がアスファルトへ置かれ、それを支えに体を起こし始めたのだ。

 群衆のいたるところから悲鳴が連鎖する。 そのどよめきに反応するように、ラブラが小首をかしげた姿勢で群衆に顔を向けた。

 うつろな目で血にまみれた顔を直に見せられ、波が引くように人垣がラブラから離れていった。

 

「ラブラ…?」

 

 小さく漏らしたルビーの声にラブラは首をグルンっと回す。 さらには横座りの姿勢で、左手と左足を用いてルビーへ向かって這いずっていった。 動くたびに潰れた右腕がゆらゆらと揺れ、アスファルトにヌメヌメ光る赤い筋が残されていった。

 その動きはとても鈍く、歩くだけでも簡単に撒けてしまうほどだったが、アクアもミヤコも、そしてルビーも目の前の事象に理解が追い付けなくなって動けずにいた。

 

 やがてルビーたち3人の眼前にたどり着いたラブラが顔を上げる。先ほどまでうつろだった目の焦点が次第に定まってルビーを捉えていくのが見て取れた。

 

 

「ルビ…ねぇ……」

 

 

 ラブラの口からかすれた声が洩れると、彼はルビーに左手を伸ばした。

 ルビーは恐怖のあまり目をキュッと閉じる。 きっとラブラは自分を恨んでる。 自分の不注意でひどい目遭ってしまったのだ。

 

 そのように考えていると、鉄臭いにおいとともに右頬に生暖かいものが触れ、ルビーは目を開ける。

 

 目の前には髪を赤黒く濡らし、顔を血で染めたラブラが左手をルビーの右頬にそっと当てていた。

 彼の表情は穏やかであり、蝶の羽のように揺らめく青い瞳をルビーへとまっすぐ向けていた。

 

 

「……だいじょぶ? ……ケガ…してない?」

 

 

 ルビーは言葉を詰まらせる。 罵られることも、呪詛を吐かれることは覚悟していた。

 だが彼から出た言葉は、傷ついた自分よりも彼女の身を案じるものだった。 

 

「っ……して、ない…」

 

「…そ、よかったぁ……」

 

 ルビーの返事にラブラはため息を吐くように言ったあと、彼は「あっ」と目を見開いてルビーの頬から左手を離した。 ルビーの右頬には赤い手形がベッタリと付いていた。

 

「ご、ごめっ…ぼくの手汚れててっ……ルビ姉の顔汚しちゃ―――ひゃっ!?」

 

 ラブラがオロオロしていると、彼は驚きの声を出した。 突然ルビーが彼に抱き着いてきたからだ。

 

「だっ…ダメだよルビ姉ッ… ぼく汚いよっ…汚れちゃうよぉ…!」

 

「バカっ…汚れなんてどうだっていいわよっ……」

 

 抜け出そうとするラブラを逃がすまいと、ルビーは深く抱きしめる。押し付けた胸から心臓の鼓動が伝わってくる。ラブラが生きてる。

 ルビーは声を上げて泣いた。 ラブラが生きてくれた事への嬉しさからなのか、彼を巻き込んでしまった事への罪悪感からなのか、私なんかより自分をもっと大事にしてとの怒りからなのか、自分でも分からないくらいに様々な感情がぐちゃぐちゃに溢れかえってしまっていた。

 ただの幼子のように泣き喚くルビーにラブラは戸惑うばかりだった。

 

 公園裏の路地で発生した交通事故。 あわや死亡したと思われたラブラに起きた奇跡に、アクアやミヤコを含めた人々は救急車が到着するまでその場から動くことができず、ただただ呆然と見ている事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 そして……この出来事がラブラの人生を大きく変えるきっかけになる事を、彼自身はまだ知る由はなかった。




読んでる最中で『あれ、ラブラは第1話で死んでない?』と疑問に思う個所があると思いますが、これはラブラがいずれ変身するオルフェノクの固有能力が発動したもので、この事故で死んではいません。
彼が変身するオルフェノクがどのようなものなのかは運命の日まで秘密となりますので、ご了承いただければと思います。
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