更新までにとても期間が空いてしまい大変申し訳ございません。
本編どうぞ。
未だぼやける眼を擦りながら、俺『大井
昨日あった出来事……帰路を倉田さんと共にしたことが忘れられなくて、一晩中眠れなかったっていうのが原因で……本当に、ずっと目が冴えてて辛かったよ。今も辛いけど。
そんな感じで歩いてた俺は、重い足取りで駅のホームへと歩んでいく。通勤時間帯ということもあり混雑するホーム上で、待機列の最後尾に並ぶと懐から取り出した携帯をいじり出す。
さてさてさーて、今日もソシャゲのログインして音楽でも聴いてようかな。左手でポケットからイヤホンを取り出し、空いてる右手でスマホを操作していく。うーん、イヤホンが絡まってしまっている……しかも片手じゃ解けない。
泣く泣く携帯を懐に戻した俺は、両手を使ってイヤホンと格闘していく。なんだこの絡まり方は……いかん、下手に引っ張ると余計絡まるやつだ。
酷くこんがらがっているイヤホンに悪戦苦闘していると、何やら俺の傍らに人の気配を感じる。いやあの、人がいっぱい居るから、人の気配を感じて当然なんだけど、なんというかこう、すぐ隣に立ってる感じがしまして……。
「ん?」
不思議に思いながら視線を持ち上げると、黒いセーラー服のような制服に身を包み、ふわっとした白髪が印象的な少女が一人。あら? あらあら? 俺はとうとう天使のお迎えが来たのかな? ……って、倉田さんんんんんん?!
予想の範疇を大きく超えた状況に、硬まっていると彼女が口を開く。
「おはよう泰斗君」
「あ、はい、おはよう、ございます」
歯切れ悪く挨拶を返した俺は、現状を飲み込めずどうすべきかに頭を悩ませていた。どうしよう本当に……ねぇオルガ、次はどうしたらいい? 聞いても答えが返ってくるわけもなく……。くだらない思考をしていると、倉田さんが再度言葉を投げてくる。
「泰斗君っていつもこの時間帯の電車に乗るの?」
「え、まあ、そうですね……たまにこれより遅いの乗ったりもしますけど」
そうなんだ、と頷く倉田さんを横目に手にしていたイヤホンを強引にポケットに捩じ込む俺。なんか、さっきまでのところ見られたと思うと恥ずかしい。見られてたかは分からないけど。
「ねえ泰斗君」
「はいなんでございましょうか」
「もし泰斗君が良ければなんだけど、一緒の電車に乗っていかない?」
倉田さんの口から飛び出た言葉に、思わず耳を疑う。はい、えーっと、倉田さんは今なんておっしゃられたのかな。一緒の電車に乗っていかないかだって? はっはっはっ。そんなご冗談を。そんなことしてみ? 毎秒俺が死ぬよ。でも倉田さんのお願いじゃ断れないんだよな……つまり、死ぬのは避けれない……ってコト?!
「いい、ですよ」
頷くしかない俺は首を縦に振る。多分ね、俺はこういうところなんだと思う。自覚はあれど治らないが……参っちゃうね。ほんとに多摩川に入水したほうがいいよ俺。今日の帰りにでも検討しておくか。
そんな俺の手前、返答を聞いた倉田さんは何故だか嬉しそうな様子を見せる。……倉田さんがニコニコしてるのなぁぜなぁぜ? こんな下の下と会話しててニコニコしてるって訳がわからないですよ? あ、別件で倉田さんがニコニコしてられるようなことがあったんだな。きっとそうだ。そんな事態を招いてくれたのが誰なのかは知らないが、感謝するぜ……お前のやってくれたことの全てに。これが仮に俺だって言うなら通学の途中で神田川にダイブするわ。
まあそれはそれとして、倉田さん可愛いですね。発言が脳死してる奴のそれだわ。うん。とかなんとか思ってるうちにホームに電車が進入してきました。まる。
「電車、来ましたね」
「うん」
短い会話の後、車内へと乗り込む俺と倉田さん。昨日の放課後の比じゃない程混雑している車内に内心で絶句しながら、人混みの中へ身を投じる。こんだけ通学で使ってるのに慣れないのって不思議ですよね。何回も揉まれてるはずなんだけどな……。
とまあ、普段から難所とも言える朝のラッシュ時の電車ですが、今日はそこに倉田さんっていう要素が加わりましてね……遠回しに仕留めにこられてないこれ?
「混んでる、ね」
「そう……ですね」
というわけで始まりました、昨日の放課後の続きと言っても過言ではない満員電車でGO! 俺の理性が溶ける
「普段、ね」
「はい……?」
「一人で乗ってるんだけどね、すごく心細いんだ」
……なんか、朝から推しにカミングアウトもらってるんだけどどういうこと? 一人じゃ心細いって、混んでるからってことなのか、はたまた……いや、やめておこう。想像で物事を進めるのは、あまり良くないだろうから。コラそこ、ブーメランって言うな。
「だからね、今、泰斗君と一緒にいるっていうだけで、ホッとしてる」
恥ずかしそうに笑いながら告げられた言葉は、俺の全てを焼き払ったのではないかと思うほどの火力を持っていた。死んじゃう、死んじゃうよー。大井君は塵となって消☆滅ってことになってしまう。『こらえる』だ大井……なんとしても生き延びねば。誰だ今『君は生き延びることができるか』って言ったやつ。
「そそそそうなんですね。よ、良かったです?」
何故か疑問形になりつつも返答した俺は、心頭滅却していく。もちつけ……もちつくんだ俺。炊き立ての白米を
「うん。ところで泰斗君、汗いっぱいかいてるけど大丈夫?」
「大丈夫、です……ただちょっと代謝がいいだけなので」
嘘のように思われる発言をしつつなんとかやり過ごす俺。因みに代謝がいいのは本当で、冬場の冷えた体育館とかでも軽く動くだけで発汗するタイプです。その様見て驚かれたのは良い思い出だよ……。
「へぇー。それだと服装とか結構大変じゃない?」
「大変、ですね……特に冬場は厚着し過ぎてもダメなので結構難易度が高いかな、なんて」
「ふふっ、泰斗君って面白いね」
そう言って柔らかく笑う倉田さん。その笑顔に、俺は殴られて死んだ。具体的にはクソデカメガ粒子砲の突撃を喰らって
「そ、そう、ですかね……」
「うん。少なくとも私は泰斗君と話してて楽しいし、泰斗君は面白いと思うよ」
「えと、ありがとうございます?」
返答に悩んだ結果、疑問形で投げ返してしまう俺。控えめに言ってアホだな。己が紛うことなき能足らずだと再認識しながら、車内扉上の電光掲示板に視線を向ける。……終点まで後三駅ってところか。
まだまだ長く感じる車内でをどう凌ぎ切るか悩みながら、電車に揺られていくのであった——
放課後、重い足取りで学校を出た俺。結局朝は生きた心地がしないまま登校することとなり、それを今の今まで引きずっているという有様だ。だってしょうがないじゃん! 至近距離で推しの笑顔と温もりを浴びせ続けられて死ぬに決まってんじゃんそんなの!! Morfonicaのボーカル推しの皆様、本当に申し訳ない。この後、神田川か多摩川に『Fly away』するのでお許しください。
落胆しつつ学校の敷地から出ていくと、前方に何やら見知った制服に身を包んだ集団……正確には三人組の姿が。あの黒いセーラ服みたいなのは言わずもがな月ノ森女子学園の制服ですねー。うん。倉田さんの通ってる学校ですよ。月ノ森って。なんか嫌な予感するから道変えようかな。
そう思った制動をかけ始めたところ、不意に前方を歩いていた集団の一人が後ろへと振り返ってくる。目と目があったわね状態だ。バトルは勘弁よ?
「あれ、あの人どこかで見たような……」
「うーん? あー、いつもライブに来てくれてる人だよ〜」
黒髪ツインテールの少女の言葉に反応した薄ピンク髪を同じくツインテールに結った少女。アレ、なんか俺のこと知ってるような口調だったよな今の。なんで認識されてんだ俺。やっぱ絶対おかしいよ。
瞬間、脳裏に浮かび上がる選択肢。何もしない、逃げる、道を逸れる。なんでこの三択なんだよおかしいやろがい。
どの選択肢にするか悩んでいると、三人組の中からこちらに駆け寄ってくる人影が。
「泰斗君!」
「え、倉田さん……?」
突如降臨した推しの姿に宇宙が見え始める。あ、え、あ、ん? 倉田さん? なんでこんなのところにおられるんですかぁ? というか倉田さん込みで三人ってことはさぁ……?
「も、Morfonicaの……ッ」
「リーダーの二葉つくしです!」
「ベースの広町七深だよ〜」
遭遇したのは倉田さんのバンドのベーシストとドラマー。囲まれた……乱入ボーナスでライフ半分スタートなのに……もうダメだ……お終いだぁ……。どこぞの主人公さんみたいにワンターンスリーキルはできないからね。
「あ、いつもライブ見させております……」
「わ〜、ありがとう〜」
「二葉さんのドラムによるリズムの基盤作りすごく素敵ですし、広町さんのベースもドラムと綺麗に重なって基盤をしっかりとさせているところが本当に……あ、すいません急に」
オタクモードが無意識に出ていたことに気づいた俺は慌てて口を噤み謝罪する。倉田さんの前で早口オタクになってしまった。普段は自身の奥底にしまってあるはずなのに……それも対象としてる人達にそれを露呈させてしまうとは。恥ずかしすぎてもうお婿に行けない。入水しよ。
「お〜、ここまで具体的に感想もらえたの初めてかも」
「うん。普段どういう風に見えてるかって聞く機会ないからすごく参考になったよ」
アババババ。恥ずべき部分を褒められてしまった。手頃な穴無いかな。今すぐにでも飛び込みたい。あ、無い? 無いなら掘るしかないかな……スコップ買ってこよ……。
「あ、折角だしこの後一緒に来て貰わない?」
「……へ、何に?」
スコップ買いに行こうと思ってたら、広町さんから何故か同行しないかと提案されました。マジで何に対してのお誘いなのこれ? 安易にお返事できないですけども?
「この後私と七深ちゃんとましろちゃんでお買い物に行こうって話をしてたんです」
「お買い物……ですか」
お買い物に行くらしいお三方。ふむふむ。お買い物、良いですねぇ。バンドメンバーとお買い物だってよ。
……話が逸れました。で、お買い物に行くってことらしいけども、それが一体?
「泰斗君も一緒にどう?」
少し困ったように笑いながらも提案してくれる倉田さん。うーん、これは紛うことなき女神。……待て待て待て待て! それはおかしいだろ!
倉田さんと二葉さんと広町さんの楽しいお買い物時間に、大井とか言う異物が混ざるってことだろ? それは、極刑を、言い渡さざるを、得ないよ?
もうこの場で死刑でも良いのでは? じゃあ善は急げということでこの場で……ああダメだ。推しの真ん前でそんなことできない……。
「ええっと、逆に聞きますけど俺が一緒でも大丈夫なんですか……?」
「うん。泰斗君なら大歓迎だよ?」
聞き返しを兼ねての確認したら、推しから返答不能、強制ダウンクラスの最強の返しもらいました。運命君のレバ入れ射撃CSかな? 名無し砲単発射撃ね。偶にレバー入力できていなくて照射ビームになっちゃうのがネック。
取り敢えず、大井
それから倉田さん、その返しは普通にダメよ。俺頷くしか択がなくなっちゃうから。退路を断たれてるのと同じだからね? ここは通行止めだ、って。倉田さん黒いコートに身を包んで二刀流だった可能性があるってこと? ……それはないよな。ごめんなさい。
それから凄いどうでもいいけど『黒いコートに身を包んだ二刀流』って書くと微妙に人物が特定できない案件起きないかな? 起きない? 具体的にはフルダイブタイプのゲームで活躍した剣士君か、
「そ、そうですか……そこまで言っていただけるのならご一緒させていただきます」
「決まりだね〜」
同行する旨を伝えたところ広町さんが反応をしてくださいました。これによって俺は逃げられないことが確定したわけでぇ……胃がキリキリし始めててぇ……。教えてくれ
画して俺は、生きた心地がしないまま御三方のお買い物に同行していくことに。
ということでやってきたのは駅の近くの商業施設。駅と直結してるタイプの奴ね。最近全然来てなかったな。
久方振りの景色になんとなく新鮮さを感じながら、御三方と中を練り歩いていく。あ、ここの店舗呉服店から普通の洋服屋に変わってる。あっちはいつの間にかドーナツ屋が出来てる。前回来たのが四ヶ月くらい前で、その時はまた何も無かったよな。こうやって見ていくと、商業施設のテナントって結構コロコロ変わってんのかな。
「何か珍しものでもあった〜?」
「え、ああいえ。前回来た時よりもお店変わってたりするなと思って」
広町さんの問いかけに率直な返事をする。四ヶ月って、人によってはそんなに長い期間じゃないけど、これだけお店が変わっちゃってるとタイムトラベラーの気分になれるよね、なんて。過言かも〜。あー、真面目にデロ○アンとか走ってないかな。
しょうもない考えを巡らせながら館内を歩き回っていると、不意に倉田さんが足を止めた。
「あ、マシュラビ……」
ゲームセンターの通路に面した箇所に配置されたウサギのマスコットが入った
「UFOキャッチャー、ですか」
倉田さんの傍らへと歩みを進みながら台の様子を伺う。アームはオーソドックスな二本タイプ……ではなく、三本タイプ。ぬいぐるみなんかを掴むにはこっちの方がやりやすい思う。ただ、アームの強さが分からないからなぁ……。あと、ぬいぐるみのサイズがそこそこある……かな。大きすぎず、かと言って小さ過ぎずの奴で……アームが極端に弱いと持ち上がらなそうではあるんだよなぁ。
「少し、良いですか?」
「泰斗君……うん」
こちらの言葉に頷き台の正面を空けてくれる倉田さん。そのスペースへと立った俺は財布を取り出すと百円玉を台に投入する。さてさてさーて、やってみますかね……見せて貰おうか、このゲームセンターのクレーンゲームのアームの強さとやらを。某赤い彗星さんが出て来てしまった。速やかにお帰り願いたい所存。
心の内の彗星さんに帰宅を促しながらも、目の前の台へ意識を移していく。とりあえず、一番取り出し口に近い所にある白い子を狙ってみましょう。
狙いを定めた俺は横ボタン、縦ボタンの順に押しアームをぬいぐるみの上に運ぶ。さあ、運命の時……大きく開いた後、ぬいぐるみ目掛け降下していくアーム。三つのアームでいい感じに獲物を捕らえ宙へと引き上げたそれは、最上地点まで戻ると取り出し口へと進み始める。その直後、掴まれていたぬいぐるみがアームから零れ落ちた。
「ああ、惜しい……」
傍らで見守っていた倉田さんが言葉を漏らす。クレーンゲームである以上一筋縄ではいかないと高を括っていたのだが、今の動き方、結構行けちゃいそう感あったわ。なんなら落ちたぬいぐるみも転がった反動で取り出し口に近付いてるし。これは恐らく千円以内で確保できると予想。
思うが早く次の百円玉を筐体に投入し、再度アームを操りぬいぐるみを狙う。再びアームに掴まれたぬいぐるみは、先と同様アームが頂点部分に達し少し横に移動したところでアームから滑り落ちたが、取り出し口の
「あっ……!」
「行けそうです……ッ!」
間髪入れずに硬貨を入れた俺は再度アームを操りぬいぐるみへと向かわせる。さあ、取れるか……ッ! ハラハラしながらアームの挙動を見据えていると、アームがぬいぐるみの側面に引っ掛かり、引き上げた拍子にひっくり返すようにして取り出し口へと吸い込まれていった。
「やった!」
取り出し口に落ちたマシュラビを抱えて目を輝かせる倉田さん。ああ可愛いですね。誰かにお持ち帰りされちゃうんじゃないかって不安になるくらい可愛いですね。尺度的によくわからないって言われたら否定できないわごめんなさい。
んで、かく言う俺も内心ではガッツポーズしております。ここまで上手くいくとは思わなかったので。
「泰斗君、これ」
抱えていたぬいぐるみをこちらへと差し出してくる倉田さん。おやおや。どうやら俺が欲しくて取ったと思われているみたいですね。
「倉田さんに差し上げます」
「え、でも……」
「貰ってくださいな。俺が持って帰ると、飼ってるワンコのおもちゃにされちゃうので……」
理由を述べながら貰って欲しい旨を伝えていく。我が家、実はトイプードル飼っておりまして、それもぬいぐるみが大好きなやつで……取ったり買ったりしてくるといつの間にか自分の寝床に持ち込んでたりするんですよね。なんでまあ、ちゃんと可愛がってもらえる環境の方がいいかなと思って……というのが建前。本音としては倉田さんが物欲しそうにしていたから。
「本当にいいの?」
「構いませんよ。可愛がってあげてください」
「うん!」
再度尋ねてくる倉田さんに了承の意を返すと、満面の笑みを浮かべて頷いてくれました。推しの笑顔はプライスレス。何物にも変え難い価値があるのよ……それはさておきそんなものを向けてもらって良かったのだろうか? いや、良くない。
「あー、二人ともこんなところにいた!」
「つくしちゃん……七深ちゃんも」
自問自答していたら二葉さんと広町さんがこちらへと駆けてきました。ああ、そう言えば……何も言わずにお二人の元から離れましたもんね。やってしまいましたね大井。腹を切るなら今のうちだぞ?
「急にいなくなったから心配したよー」
「ご、ごめんね」
「ところでそれは?」
会話の最中、二葉さんが倉田さんの抱えていたぬいぐるみについて気が付き問いかける。気になりますよね。少し前まで持っていなかったぬいぐるみを持っているわけなんですから。
「泰斗君取ってくれたんだ」
「そっか、良かったねシロちゃん」
広町さんの言葉に嬉しそうに頷く倉田さん。あ〜、かわええんじゃあ……やはり我が推しは最強。異論は……まあ認める。推しは人それぞれでしょうからね。ええ。
「じゃあ、さっきの続きにしようか」
「そうだね。今度はちゃんと着いてきてよ?」
広町さんと二葉さんの言葉に倉田さんと共に頷きながら、再度施設の中を練り歩いていく。やっぱなんか、現実味がないなこの状況。夢だよね。夢であれ。心の内でそう強く念じながら、御三方と共に施設内を巡っていくのであった——
夕暮れ時の帰り道、俺は先程クレーンゲームで獲得したぬいぐるみを抱えた倉田さんと並んで歩いていた。どうしてだよ。おかしいだろ。そこは一人で帰ってるところだろ。なんで推しと並んで歩いてんだよ。住んでるところが近くって言われたらそうなんだけどさ!
「今日、どうだった?」
「え、今日ですか? 楽しかったですよ。とても」
不意に投げられた倉田さんからの問いかけに頷く。推しとお出かけできて楽しくない人種っていないんじゃないですか? 諸説ありって言われたら否定はできないけども。
「良かった」
俯きがちに安堵の声を漏らす倉田さん。あらあら? もしや楽しめていなかったと勘違いされていましたかね? でも側から自身の言動を見てみると、他人行儀過ぎて楽しめてるように見えないかもだよな……推しといてガチガチに固まっているだけではあるんですけども。
「あの、さ。今日の朝、泰斗君に話したこと……覚えてる?」
「……どれでしょうか?」
投げかけられた俺は逆に問い返してしまう。幾つかお話をされた気がしてイマイチどれの事なのかしっくり来ていない。しっくり来ないニュースの話はやめるんだ。
てか、俺今質問に質問で返したね? これは手だけ残されて爆破されちゃいますよ……別に手の綺麗な人間ではないからそんなことないか。
「一人で乗ってると、心細いって」
「仰ってましたね……」
今朝のことを振り返りながら彼女の述べていたことを思い出していく。言ってましたね。ええ。毎朝一人で電車に乗るのが心細いって……ヤバい、半日以上経ってるとは言え、まだまだ新しい体験だから思い返すだけでも死にたくなるぞ。
「もし、泰斗君が良ければなんだけど……朝、一緒に行かない?」
「……へっ?」
朝のことを思い返していたら、なんかとんでも無い提案が飛ばされてきた。倉田さんと、一緒に通学? 推しと朝から一緒に電車移動? 朝から多量の推し成分を摂取したら体が耐えきれずに崩壊する自信があるんですけども。だから、自分の身を案ずるなら断るしか無くてぇ……でもぉ、
「逆に……倉田さんは俺と一緒で良いんですか?」
「うん。寧ろ、泰斗君じゃ無いと嫌……かも」
こちらの問いに対して恥ずかしそうに答え頬をかく彼女を前にし視界が眩い閃光に包まれた錯覚に陥る。あれ、何も見えない……
「そ、そうなんですね……俺なんかでよければ全然」
「……ありがとう」
倉田さんの提案に了承の旨を告げると、柔く笑みを浮かべてくれる。推しの笑顔は万病に効くとされています。故に、俺の
「それなら泰斗君、連絡先交換しよ?」
「連絡先、ですか?」
「うん、もし朝行く時とかに何かあった時に連絡できるように……」
倉田さんから投げられた新たな提案に思わず頭を抱えかける。連絡先を交換しよって? その理由は有事の際に連絡が取れるように……か。とても理に
脳内に現れた神父殿に退散を願いつつ目の前の倉田さんへと視線を向ける。これは、ですね。拒否なんてできません。反論できないのと、再三言うけど、推しに対してNoを言いたく無いので!
「分かりました……このメッセージアプリで良いですか?」
「うん」
自身のスマホの画面に存在するアイコンを指差しながら尋ねたところ、OKが返って参りました。で、表示しておいたコードを倉田さんに読み込んでいただきまして……あ、倉田さんからスタンプ来た。マシュラビのスタンプで『よろしく』って感じのやつですね……可愛いですね。反則ですね。こちらもクマのスタンプを返しておきましょう。『よろしくお願いします』、と。
「あ、泰斗君からのメッセージ来た。クマのスタンプだ」
「結構便利なのと、可愛いので多用してまして……」
返答した後、気恥ずかしさを覚えて僅かに視線を逸らす。いよいよ推しの事を直視しているのが難しくなって参りました。あと改めてなんですけど、ぬいぐるみ抱えてる倉田さん可愛くて……可愛いの波状攻撃ですよこんなの。その辺も相まって彼女のこと見てられなくなっちゃった。愚かな俺を許……さなくていいです裁いてください。
「そうなんだ。ちょっと意外かも」
「よく言われます……はい」
「ふふっ。じゃあ泰斗君、明日から宜しくね?」
小さく笑ってから、こちらへ投げかけてくる倉田さん。それを受けた俺はただ『はい……』と歯切れ悪く、且つ力なく首を縦に振るのだった。因みにここから先の記憶がなくなってて、次に意識が戻ったのは翌朝起床した瞬間でした。ちゃんちゃん。