マサルとシャイなアンチクショウ   作:ほろろぎ

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第一話 テルといなせ(・・・)な転校生

 紅葉山(もみじやま)テルは、教室の片隅で一人、物思いにふけっていた。

 

 ここ最近、彼女の身の周りでは色々なことがあった。ありすぎた。

 

 数ヵ月ほど前。

 テルは唐突に、この地球(ほし)を守る「ヒーロー」に選ばれたのである。

 

 ヒーローとは物の例えではない、文字通りの「正義の味方」。

 細かな理由も聞かされず、ヒーロー『シャイ』として少女は北へ南へ、ニシエヒガシエと奔走(ほんそう)し、人助けに(はげ)む日々を送っていた。

 

 そんな中、遊園地でのとある事故でシャイは、一人の少女に大きな怪我を負わせてしまう。

 そこに彼女の責任は無かったのだが、そのことでテルは大きなショックを受け、一時的にヒーロー活動を止めてしまった。

 

 なんやかんやありテルは立ち直ったのだが、今度は彼女をシャイに任命した存在から、ヒーローとしての「本来の使命」を伝えられ、冒頭に至るわけである。

 

(訪れる世界の危機……、地球(ほし)の心を救うのがヒーローの使命……)

 

 告げられた真実。その言葉を脳内で繰り返すテル。

 

「なんて言われても、スケールが大きすぎて実感わかないよ……」

 

 頬杖をつきながら、小さくこぼれた言葉は教室内の誰にも聞こえなかった。

 

 世界という大きな枠で見れば、シャイは日本という島国一つを守っているに過ぎない。

 若干十四歳の女子中学生の少女にとって、そこからいきなり地球だの心の光だのと言われても、気持ちが追いつかないのが正直な所である。

 そんなテルの思考を、朝のホームルームの教師の言葉が(さえぎ)った。

 

「えー、先週言った通り、今日からこのクラスに新しい仲間が来ます」

(そういや、そんなこと言ってたっけ)

 

 テルも他のクラスメイト同様に、黒板の方へと顔を向けた。

 

「それじゃ、二人(・・)とも入って」

 

 教師に招かれ、扉を開けて入って来たのは、松葉杖をつく一人の少女。

 その姿を見て、テルの表情は硬直した。

 

「小石川イコです! 隣町の華蓮(かれん)中学から来ました! 仲良くしてやってください!」

 

 ビクッとテルの体が震える。

 目の前の少女──イコこそが、以前の事故でテルことシャイが助けられず、怪我をさせてしまった人物であったから。

 

「あれ? もう一人は?」

「私の他には、誰もいませんでしたが……」

 

 教師の言葉に答えるイコ。

 確かに今日は転校生が二人いるはずだが……。

 

 その時、遠くの方──廊下の先から、おかしな歌が聞こえてきた。

 歌は徐々に、テルらのいるクラスへと近づいてくる。

 

「ダバディ~、ダビドゥビ~、ダァ~♪」

 

(なんだ?)

(唄?)

 

 クラス内に小さなざわめきが生まれる。

 歌声の接近に(ともな)って、教室扉のすりガラスの向こうに映るシルエットが、徐々に濃くなってきた。

 つまり歌い主がドアの付近へと近づいて来る最中、ということ。

 

 教室の中が、異様な緊張感に包まれる。

 歌詞の内容は要領を得ず、説明しろと言われても不可能なレベルで意味不明だ。

 その──おそらくオリジナルと思われる──メロディーを(かな)でる声の主の心境は、同様に理解できない。

 

 果たして何者が、なんの理由で歌など歌いながら廊下を渡ってくるのか……。

 テルもイコも、クラス中の誰もがゴクリと喉を鳴らし、扉の向こうに視線を集中させていた。

 

 シルエットが最も濃くなったタイミングで、歌声もピタリと止む。ドアの前に到着したのだ。

 しかし、扉は一向に開かれる気配が無い。

 

 ……シルエットは、不意に飛び上がった!

 ドアの上の方に設けられている、欄間(らんま)と呼ぶべき小さな窓を開けようともがいている。

 

 もぞもぞもぞ……と必死に動いて、ようやくその人(・・・)は欄間から顔を(のぞ)かせた。

 

「グッモーニン、エブリワン!!」

 

(((((だ、誰だーッ!?))))) ガビーン

 

 息が上がりながら、それでも爽やかな笑顔を浮かべ、謎の男は挨拶の言葉を口にした。なぜか英語で。

 男は挨拶だけすると満足したのか、そのあとは普通に欄間から降りて、ドアをくぐって教室に入る。

 

「すいません先生、遅れました」

「お、おぉ……待ってたぞ……?」

 

 男は何喰わなぬ顔で教師に声をかけ、イコの隣に立ちクラス内へと顔を向ける。

 

「やあ、僕は花中島マサル。県立わかめ高校から、このクラスに転校してきた男だ」

 

(もう一人の転校生……!?)

(わかめ……?)

(ていうか、高校生……? ここ中学だけど)

 

 転校生を名乗るマサルの登場に、教室のどよめきは一層高まる。

 もはや誰の頭からも、なんで歌ってたの? という当たり前の疑問は吹き飛んだ。

 

「今日からこのクラスの仲間になる。ヨロシクしやがれ、貴様ら」

 

(((((態度でっけぇー!!!!!)))))

 

 あまりにも尊大すぎる一声。

 クラス内の心が──テルも、転入して来たばかりのイコも──、一つになった最初だった。

 

 

 

 

 

 ひとまず教師の指示に従い、イコとマサルはそれぞれの席に進む。

 イコはテルの右隣で、マサルはテルの一つ前の席だった。

 

「よろしくね」

「よ、よろしくお願いします」

 

 小さな声で明るく挨拶するイコに対し、テルはまだどう接するべきか分からず、また恥ずかしがり屋な性格も顔を出し、なんとも微妙な表情で返事を返した。

 と、前方のマサルの姿が目に入る。

 改めて見て、スゴイ格好だ……とテルは思った。

 

 隣のイコは制服が間に合わなかったのか、前に通っていた学校のものを着まわしている。

 それはいい。ごく当たり前の対応だ。

 対するマサルが身に着けているのは……学生服ですらなかった。

 

 かろうじてズボンのみは学生の履く黒のスラックスであるのだが、上着はというと──紳士肌着である。ジェントルメン・アンダーウェアである。

 よく見れば、(えり)からは買った時に外し忘れたと思われる値札がはみ出ていた。

 お値段なんと五百円。特価セールのお得品だった。マサルさんは意外と買い物上手なことがうかがえる。

 

 そしてそれら衣類とはまったく縁のなさそうな、謎の──本当に謎としか言いようのない、不可思議な黄色い円盤状のパーツを、彼は両肩に通すように装着していた。

 プラスチックのシャンプーハットにも見えなくも無い。もしくは穴の開いたシンバルか。

 が、だとしたらなぜ頭にかぶらず肩に? という疑問が湧くし、そもそも肩にそんなものをつける必要が? という思いもテルは隠せない。

 

 最後に、上記のことから比べれば些細(ささい)なものだが、マサルの鼻の下には高校生のものとは思えない、とても立派な「ヒゲ」が生えていた。

 まるで人工的にそうなるよう調整されたとしか思えない。

 それほど、素人のテルが見ても惚れ惚れするくらい見事な色艶(いろつや)をした、「おヒゲ様」とでも呼びたくなる一品が、誇らしげに(たくわ)えられていた。

 

 マサルのヘンテコすぎる格好から目を()らせないテルは、それ(ゆえ)に彼がいつまで経っても席に腰かけない理由に気づく。

 どうやら彼の席のイスは、長いこと誰も使わなかったために足が折れ、使用不能な状態になっていたのだ。

 

 気づけばそれは、もう無視できない。

 いくら変な格好の男子とはいえ、困っている人を助けないという選択肢は紅葉山テルにはないのだ。

 

 彼女はおずおずとマサルに声をかける。

 

「あ、あの、代わりのイス……持ってきましょうか?」

 

 マサルはテルの声に振り返ると、にこやかに返事を返す。

 

「いやいや、そこに座っていたまえ。僕の席なんかどうにでもなるから……君は気にしなくていいよ!」

 

 親指を立て、マサルは少女の親切を辞退した。

 それはひとえに、余計な面倒をかけたくなかったからなのだろう、とテルは考える。

 

(なんだ……ちょっと変わった人だけど……いい人みたい)

 

 授業は始まり、マサルもイコも勉強に(つと)めていた。

 ただ一人、テルだけは目の前のマサルが気になって仕方がない。

 

 なぜなら彼は──代わりのイスを持って来ること無く、中空に腰を浮かせた状態で授業を受けていたから。

 いわゆる「空気イス」。

 イスがそこにあると思わせるパントマイムのような姿勢で、マサルは机に向かっていた。

 

(スゴイ態勢だーッ!?)

 

 テルはガビーンと、マサルの授業態度を見て衝撃を受ける。

 

(いや、え……なんで? キツくないの、その姿勢……!?)

 

 少女の心配? を余所に、マサルは空気イスのポーズを平然と続け、その姿勢はまったく揺らぐことがない。

 時には優雅に足を組み、片足一本での中腰ポーズなど披露する余裕っぷり。

 

(よく分かんないけど、体を(きた)えてるのかな? ヒーローの私でも、あんな姿勢ずっと維持できないよ)

 

 もしかするとあの紳士肌着の下には、それはもう屈強な肉体が隠れ潜んでいるのかもしれない。

 かつての映画スター「ブルース・リー」も認める、筋肉の神様がマサルの体に宿っているのでは……。

 

 ヒーローという与えられた力に甘えていたのかも……とテルは自身を恥じ、同時に花中島マサルという男へ「尊敬」にも似た念を抱く。

 

(……すごい。スゴイよ、マサルさん!!)

 

 少女は謎の感動と共に、いつまでもマサルの背中を見つめ続けた。

 

 

 

 

 

 時間は過ぎて、今はお昼の休憩時間。

 テルの横では、珍しい転校生のイコにクラスメイトの女子が話しかけている最中(さなか)

 マサルの元に誰も来ないのは……まあしょうがないだろう。

 

 会話の途中でイコは先生に呼ばれ、教室から出ていった。

 マサルは授業中から変わらず、固められたように空気イスの姿勢のままで過ごしていた。

 不自然なまでに微動だにしない彼の様子に、テルもさすがに心配になって声をかける。

 

「あ、あの、花中島くん……?」

 

 後ろから覗き込むようにマサルの顔を見やると、彼の視線はまっすぐ正面の黒板を向いたままで、表情は虚ろだ。

 まるで意識がここに無いように。

 ……そう、この時マサルは鼻ちょうちんを浮かべ、口の端にはうっすらとよだれ(・・・)を垂らしながら、寝息を立てていたのだ。

 

「目を開けたまま、変な体勢のままで寝てるーッ!?」

 

 ガビーンとなるテル。

 彼女の叫びに反応して、マサルは目を覚ました。目は開きっぱなしだったのだが。

 

「ん……? あぁ、よく寝たぁ~」

 

 清々(すがすが)しい~、と姿勢を伸ばして体をほぐすマサル。

 後ろのテルに気づいた彼は、爽やかな笑顔で

 

「やあ、悪かったね。起こしてもらって」

「ぃ、いえ……起こした訳ではないんですが……」

 

 今日の中身はなんじゃろな~と歌いながら、マサルは机の横にかけていたカバンから、一つの弁当箱を取りだした。

 

「!!」

 

 テルはマサルの持ってきた弁当箱を見て、また衝撃を受ける。

 弁当箱は幼稚園児が持つような小型のそれで、フタには「ダンバードβ(ベータ)」なるロボット物のキャラクターの絵柄が描かれている。

 だけにとどまらず、ダンバードの顔の部分には……マジックインキで手書きのヒゲが、後から描き加えられていた。

 

 おそらく、いや間違いなくマサルがやったものだろう。

 そう断言できるほどの説得力を、テルはこれまでの彼の奇行から得ていた。

 

「フンフフ~ン♪」

 

 機嫌よく鼻歌など歌いながら、マサルは弁当のフタを開けた。

 

 中身は、ゆで卵が一個だけ。あと添付の塩。

 

(卵ぉー!?)

 

 もうツッコミが追いつかない、とテルは思った。

 

「やっぱり、お昼はゆで卵に限りますなぁー!!」

 

 マサルは上機嫌のまま、卵の殻をペリペリと剥き、塩をふりかけムシャムシャムシャとかぶりつく。

 テルは彼の食いっぷりから目を離せなかった。

 

(お、お昼ご飯がゆで卵一個だけだなんて……そんなので足りるの……!? いや……でも彼ならば、ひょっとして)

 

 マサルは最後の一口を飲み込むと、これまでのテンションの高さがウソのように鳴りを潜め

 

「満腹だぁ……」

(め、めちゃめちゃ不満そうー!!)

 

 かつてないほどヤツレた花中島マサルが、そこにいた。

 

(そ、それはそうだよね。いくらなんでも、あれで足りる訳がないよね。……もしかして、お家が貧乏なのかな……?)

 

 テルは意を決して、マサルの前に自分の弁当を差し出す。

 

「あ、あの……これ、よかったら」

「えっ!?」

 

 さしものマサルも女子からこのような好意を受けると思わなかったのか、驚いた顔を浮かべた。

 

「わ、悪いよ……でもいいのかい!!?」

 

 が、即座に隠し切れない笑みが覗き、グワッとした迫力と共に食いついた。

 

「う、うん。それじゃあ足りないでしょ?」

「やったぜ紅葉山くん! いやぁ、君はいい奴だ! うん、美味い! 美味いよ!!」

 

 即座にテルから受け取った弁当に、マサルはがっつく。

 恥も外聞もないといったその豪快な食べっぷりは、隣で見ているテルも思わず喉を鳴らすほど。

 

「あぁ…こんな美味いもの食ったの三ヵ月ぶりだぁ! 三ヶ月間ろくなもん食べてないからなぁ! とにかく、この三ヶ月間は色んなことがあったなぁ!!」

 

 マサルは弁当を食べながら喋り続ける。チラチラとテルを横目で見ながら。

 

(……ん? これって、詳しく聞いた方がいい……のかな?)

 

 なにやら話したがっている様子のマサルの期待に応えるように、テルは質問を投げかける。

 

「さ……三ヶ月の間、なにをしてたんですか?」

「そればっかりは言えない」

(ほがぁーッ!?)

 

 無情にも、話しはバッサリと切り捨てられた。

 これ見よがしに聞いてくれることを望んでいた、ように見えたのに、テルの親切心は裏切られてしまったのだ。

 

「まあ、その時のことはおいおい。機会があれば教えてあげよう」

「あ、そうですか……」

「君には借りが出来たね。お礼に、ニックネームの一つも考えなきゃなぁ」

 

 ニックネーム。あだ名。

 脈絡もなく、マサルの口から放たれた一言に、テルはなんとなく嫌な予感を覚えた。

 

「い、いや、いいですよ別にそんな……」

「ズロース……タンパン……もちっこ……ラ・セゾン……」

「か、考えなくていいですよーッ!?」

 

 少女の叫びを無視して、マサルの中で二つの候補が上がった。

 

「テルテルか……もみもみ、だな」

「ええーッ!?」

 

 最初に彼の口から()れていたキテレツな案に比べれば、「テルテル」も「もみもみ」も、紅葉山テルという本名からきているのが分かる分まだマシだ。

 

(テルテルも恥ずかしいけど……もみもみだけはダメだッ。なんか卑猥(ひわい)な感じがする、もみもみだけはダメだー!)

 

「やっぱー、もみも」

「テルテルがいいなぁ!」

 

 危ない。

 テルは済んでで待ったをかけることに成功したようだ。

 

「え……!? テルテルがいい……!?」

 

 意見されるとは予想外だったのだろう。

 マサルは少女の言葉に、チッと小さく舌打ちする。

 

「はい! テルテルってすごく気に入りました! センスがいいと思いますよ!!」

 

 必死の説得。

 テルがとっさに言った「センスがいい」という言葉に、マサルはピクリと反応を示す。

 

「僕も……そー思っていたんだよーッ!!」

 

 こうして紅葉山テルは、花中島マサルと思わぬ形で仲を深めることとなった。

 この出会いが、あとでテルのヒーローとしての人生に大きな影響を与えるとは、まだ誰も思わなかったとか本当は与えなかったとか、近々カックラキン大放送の再放送が始まるとか始まらないとか……。

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