「おや、テルテルどこに行ってたんだい? ずいぶん遅かったじゃないか」
謎の転校生──花中島マサルと親しくなり、あだ名を付けられた紅葉山テル。
彼女は一度席を外し教室を出て、それからお昼の休憩時間が終わるギリギリのタイミングで戻って来た。
このあいだに彼女がどこで、なにをしていたのか?
それを説明しよう。
まず紅葉山テルは、この日本を守るヒーロー『シャイ』として活動している。
彼女は怪我の痛みに苦しむ、マサルと同じ転校生の小石川イコを発見。少女を保健室へと連れて行った。
そこで二人は、謎の少年──ヒーローたちの間では「スティグマ」と呼ばれている──と遭遇。
スティグマに怪しい黒い指輪をはめられたイコは心の力を暴走させ、それをシャイが静める……という出来事が、この短い間にあったのだ。
シャイとして活動していることを隠しているテルは、マサルになんと説明したものか……としどろもどろ。
隣のイコもあたふたしており、そんな二人を
「お弁当、どうもごちそう様。ありがとう、とても素敵な味だったよ」
「は……ッ! いえいえ、どういたしまして……」
汚れは洗って綺麗にしておいたから、とテルからもらった弁当箱を返却する。
確かにテルが持ってきたのは、ごく普通の一人用の弁当箱……だったはずだ。
マサルが返してきたのは、十段重ねの立派な御重だった。
「形変わってるー!? なんか段が増えてますよー!!」
「え、そりゃあ増えるさ?」
ガビーンとなって驚く少女にマサルは、なにを当たり前のことを……といった風に流す。
横でイコが目を向けると、御重の表には
ビビクッ! とイコも、テルがそうしたように体を震わせた。
「そんなことより、二人とも──服がボロボロじゃあないか」
マサルの言うように、少女らの制服は共に
これは指輪の力でイコの体が変質し、シャイと戦ったことによる結果なのだが、やはり説明は出来ない。
苦し紛れにテルは、状況のでっち上げを図る。
「ぁ、あー、これはですね……保健室にいきなり、ひ、ヒグマが入ってきて……!」
グワーッと両腕を上げ、
横で聞いていた当事者のイコは、さすがにそれは無理があるだろう……と冷や汗を浮かべていた。
が、マサルはというと
「なんだって、ヒグマが!?」
((信じたーッ!?))
素直にテルのウソを真に受けるのだった。
「そうか、ヒグマがねぇ……。僕はてっきりめそ……ゲフンゲフン」
「めそ……?」
「いや、なんでもないんだ。気にしないでくれたまえ」
よく分からない単語がマサルの口から出るも、とにかくこの場はこのウソで押し通すしかない。
そのせいであとから、存在しないヒグマの注意報が街中に流れもしたが……。二人の少女は、心の中で罪なきヒグマに謝罪した。
「とにかく、二人ともその恰好じゃ、午後の授業も大変だろう」
マサルはどこからか、男性物の肌着を二枚取り出し、二人の前に
「これを着たまえ。僕の予備の上着だ」
「ぇ、えーッ!?」
「そ、それを着ろって言うのかい!?」
「安心してくれ、僕もまだ身に着けてない新品だから」
「「そういうことじゃないーッ!!」」
二人の女子は、マサルの申し出を全力で断った。
決して嫌がらせなどではない。
純粋な親切からマサルは紳士肌着を貸してくれると言ったのだろうが、華の十四歳に真昼間っから、他の生徒の目のある中でジェントルメンなスタイルをとるなど不可能である。
「もしかして、この輪っかも付けたいのかい? 悪いけど、これは一つしかないから貸せないんだ」
両肩の黄色いリングを
結局テルとイコは、体育のために準備していた運動着に着替え、無事に午後の授業を乗り切れたのだった。
その後は問題なく時間が過ぎ、放課後となった。
部活の無い生徒らは帰宅をはじめ、テルとイコも帰り支度をして下駄箱を出た。
と、ここでマサルから予期せぬ提案が二人にかけられる。
なんと彼は、ヒグマが出たら危ないからと、少女らを家まで送り届けようと言い出したのだ。
「どうする? 紅葉山さん」
「私たちのウソのせいで、マサルさんに手間をかける訳には……。でも、せっかく親切で言ってくれてるのに断るのも……」
ヒソヒソと短い相談ののち、二人は大人しくマサルに送られることにした。
(やっぱりマサルさんは、いい人だなぁ。…………
「アイツの名前はよろしく仮面~♪ 奴はスゴイぜ~、なにせ仮面が防水加工~♪」
並んで歩くテルとイコを先導する形で、マサルは二人の少し前を、謎の歌を大声で熱唱しながら歩いていた。
少女らは顔を赤らめながら、小さな声でつぶやきあう。
「は、恥ずかしいなぁ……」
「あ、あれ、なんの歌ですかねぇ……」
「おぉーい、僕の仲間たちぃ! ヒグマが出ると危ないから、早く帰ろうぜーッ!!」
幸い周囲に他の人影はなく、マサルの奇行に付き合わされても誰かに見られる恐れはない。
二人は足早に、マサルの隣に並んだ。
「ところで花中島くん。君はヒグマが出て来ても、なにか対処ができるのかい?」
とりあえず歌うのは止めさせよう、とイコは話題を提供する。
無論、本当にヒグマが出ることはない。
が、自信満々に二人の警護を買って出たマサルを見て、イコはふと疑問に思ったのだ。
いかほどかは分からないが、シャイになったテルの身体能力は、元の数倍にも増していたように感じた。
常人では出しえないパワーを発揮するのがヒーローというものだ。
ならば、もしかして……マサルにもなにかしらの、ヒーロー的な必殺技のようなものがあるのではないか?
弟の影響で秘かなヒーローファンでもあるイコは、少しワクワクした気持ちでマサルの答えを待った。
「フフフ……よく聞いてくれたね」
もったいぶったように、マサルは口を開く。
「僕は身に着けているのさ。究極の格闘技……そう──『セクシーコマンドー』をね」
「「せ、セクシーコマンドー……?」」
初めて耳にするその名称に、少女らは声をそろえて聞き返す。
「空手、ボクシング、柔道……ありとあらゆる格闘技を僕は習得したが、そのどれもが求めているモノとは違った……そんな中で出会ったのさ」
「その、セクシーコマンドー……にかい?」
「ああ。セクシーコマンドーこそ、幻と言われた伝説の格闘技。僕は三ヶ月間、山にこもって修行に明け暮れた……」
テルに言いかけた三ヶ月の秘話が、ついに明かされた。
マサルは自給自足という極限の状況に自らを置くことで、伝説の格闘技であるセクシーコマンドーを習得したのであろう。
「そこで出来たのが……この、服だぁーッ!!」
「「結果がおかしいーッ!!」」 ガビーン
違った。
意味不明な三ヶ月の結末に、テルとイコはツッコミの言葉を叫んだ。
「なんにしても、セクシーコマンドーを前にして勝てる相手なんて、いやしないさ」
「本当かなぁ……」
よほど自らの技に自信があるのか、余裕の態度のマサルに、イコはつのる不信感を隠せない。
そんな夕暮れ時──三人の前に、曲がり角からヌッと一つの影が姿を見せる。
「……何者だ?」
「そのセクシーコマンドーとやら……果たして俺に通じるかな」
瞬時に警戒を強めたマサルに対し、謎の影──背広を着たスキンヘッドの大男は、不敵に答える。
「ま、マサルさん、この人は……?」
「気を付けろテルテル。どうやら、ヒグマより面倒そうだぞ」
男は手の平の中で、金属製の球体を二つ、コロコロと
「俺の名はボビー。ボスの命令で、お前の肩のモノを奪いに来た」
「やはり、僕の
男──ボビーはサングラス越しに、マサルの両肩の輪っかを鋭く見つめる。
マサルは少女らを後ろに下がらせた。
「すまないね、二人とも。どうやらコイツは僕の敵のようだ」
テルとイコには、マサルとボビーの関係は分からない。
どうやら、なにか因縁めいたものがあるようだが……。
「僕の技が通じるか、と言ったな? 思い知らせてやるぜ、セクシーコマンドーの恐ろしさをな……!」
マサルの気迫に、後ろでなりいきを見守る少女らも息を
「セクシーコマンドーは、かつて苦しい生活を強いられた農民たちが……」
「「口で思い知らせているーッ!?」」
「今だッ!」
少女らがガビーンとなった瞬間、マサルは一足でボビーの
「必殺! ラヴ・ミー・ドゥー!!」
ドコォ!! という打撃音と共に、マサル全力の右ストレートが放たれる。
……が
「フッ、それで終わりか」
「な、なにぃ!?」
マサルのパンチはボビーの左手に収まっていた。
つまり、攻撃が失敗したという証。
さらに利き手を捕まれ動きを封じられたマサルは、逆にボビーからのパンチを顔面にうけ、数メートル後ずさる。
「ぐはぁーッ!?」
「マサルさん!」
「花中島くん!」
それでもマサルは、膝をつくことは無かった。
口から垂れる血をぬぐい、強気で言い返す。
「や、やるじゃないか……。お前のパンチを食らって倒れなかったのは、俺が初めてだぜ……!」
「「?」」
微妙に意味の繋がらないマサルの言動に、テルもイコも頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
これまで数々のマサルのおかしな行動に付き合ってきた二人だったが、それ故にある事実に気づいた。
それは目の前の男──ボビーが、マサルの妙な言動に対して、一切のリアクションを返さないこと。
普通の人間であればツッコミを入れざるを得ないのに、なぜ?
イコは、ボビーの指に付着する、黒い物質に気づいた。
「見て、紅葉山さん! あの人、私が付けられたのと同じ指輪をはめてる!!」
「あ、本当だ……! ということは、この人も……!?」
そう……ボビーもまたイコと同様に、謎の少年スティグマによって、黒い指輪を装着されていたのだ。
イコの前例で、指輪には意思を鈍らせ、心を闇に引きずり込むという性質があることが分かっている。
そしてそれ故に、ボビーの心はマサルの挙動に反応しなかった、という訳だ。
「なんなんだい、その指輪って?」
事情を知らないマサルに、二人は手短に説明して聞かせた。
「なるほど、心の力が暴走ねぇ……」
素直なマサルは、ここでも二人の話を疑うことなく飲み込む。
と、その説を証明するように、ボビーの身に変化が生じた。
指輪を起点に黒い煙がボビーの体にまとわりつく。
煙の中で、男は苦悶にも似た声を上げる。
「んごっ……! んおおおおおお……」
サングラスの奥で、両の瞳が輝きを帯びた。
「おおお……オクレ兄さん!!」
「変な夢見てるーッ!!」
「なんか私の時と違ってるーッ!!」
戦いはまだ、始まったばかりだ。