マッスルの神様となりマサルとシャイを蹴散らしたボビーが、再び街中に現れた。
その報告を聞いたテルは、怪我を押して現場に向かおうとするが……。
「待ちたまえ、テルテル! その体であの男の相手をするのは無謀だ!」
「で、でも……」
「よく言うだろう、『生兵法は大怪我の
後者の言葉に聞き覚えは無かったが、ひとまず少女はマサルの制止を受け入れ、出動をとどまった。
「しかし確かに、あの人には花中島くんの攻撃……セクシーコマンドーも効かなかったしね」
「うん? 君はなにを言ってるんだい?」
イコの言葉にマサルは疑問を浮かべる。
「だって、パンチを受け止められてたじゃないか」
「ああ、あのパンチはただのパンチだよ。セクシーコマンドーじゃあない」
「え、じゃあセクシーコマンドーって……」
「僕が事前に、セクシーコマンドーの説明をしようとしただろう? あれだよ」
確かにマサルはボビーと戦闘になる直前、セクシーコマンドーがなんたるかという技の起源を口にしていた。
「「あれがー!!?」」
「普通の格闘技なんかにおける『フェイント』なんかの技術を、『技』として極めた奥義……それが」
セクシーコマンドー。
どんな達人でも、油断さえさせてしまえば簡単に倒せる。
無理矢理相手に隙を生み出させることこそが、究極の戦い方だとマサルは語る。
てっきり、なんらかの攻撃手段だとばかり思っていたテルとイコは、かなり意表を突かれた。
「で、でも……言ってることは理にかなってます……」
「確かに……そのやり方には、かなりの疑問が付きまとうが」
マサルが普段から奇抜な行動や言動を続けていたのも、ひとえに日常生活にセクシーコマンドーの使い方を
普段からスーパーサイヤ人でいることに体を慣らせば、本気を出した時にもっと強くなるのと同じ理屈である。
ふと、テルは思い出した。
「そういえば……ボビーさんもセクシーコマンドー使ってませんでした?」
「あぁ、あのわき毛の剃り跡の……」
マサルも、イコの言葉にうむと首肯する。
「確かに奴が使ったのは、『放課後キャンパス』」
「「放課後……?」」
「しかも、ただの前フリ技の一つでしかないそれ自体をスキ技とするなど、そこらのセクシーメイトではおよそ不可能な高等技術だ」
少女らはマサルの真剣な表情に、思わずゴクリと生唾を飲む。
「そ、それじゃあ……あの人もセクシーメイト? なんでしょうか……?」
「いや、それはないだろう。僕もセクシーコマンドー協会に登録しているが、あんな男は見たことがない」
協会まであるのか……とイコは、意外と規模の広そうなセクシーコマンドー
「ずっと僕のことを着け狙っていた連中だ。恐らく僕の観察をすることで、セクシーコマンドーを
「なんか……思ってた以上に強敵っぽい感じがしますね」
テルは不安を隠せなかった。
ただでさえスティグマの指輪によって人格を操作され、肉体を強化されている相手だ。
その上でマサルのセクシーコマンドーは通じない上で、相手はそれを繰り出してくる……。
はたして自分たちに、勝ち目はあるのだろうか?
そんな少女の気持ちを
「こうなったら、先達のヒーローに学びを
そう言って、彼は部屋に置かれたテレビの下段ボックスから、一本の黒い板状の物体を取りだす。
「なんですか、これ?」
「ビデオテープさ。知らないのかい?」
「ああ、昔の記録メディアだね。中身はなにが?」
「……僕の知る限りでは、世界一強い男であり……僕がこの世で、最も尊敬する男の雄姿が映っている!」
マサルが初めて見せる真剣な表情。
よほどその人物を
女子二人も、彼の持つビデオテープに興味の視線を送る。
「マサルさんが尊敬する人……」
「もしかして、『スターダスト』かい?」
スターダストとはイギリスを守るヒーローであり、世界的ロックスターとしても大活躍している、「ヒーローの顔」とでも言うべき存在である。
マサルはニヤリと思わせぶりな笑みを浮かべ、テープの再生を開始する。
画面からは……いつかどこかで聞いたことのある、珍妙な歌が流れ始めた。
『アイツの名前はよろしく仮面~♪ 奴はスゴイぜ~、なにせ仮面が防水加工~♪』
画面の先に写るのはスターダストではなく、口元のみが露出する青い仮面を付けた謎の男。
上半身には余りにも小さすぎる上着を羽織り──そのため胸元は開け放たれている──、下はブーツとブリーフ一丁という、ほぼほぼ露出魔の変質者がそこにいた。
「「誰だこれーッ!?」」 ガビーン
テルとイコは叫んだ。これは一体誰なんだー。
二人の反応に、マサルは心底意外そうに言う。
「君たちまさか……よろしく仮面を知らないのかいッ!?」
「し、知りませんよー! 誰なんですか、このおじさんはー!?」
「ヒーローかと思ったら、ただの変態じゃないかー!?」
「むっ、聞き捨てならないなコンチクショウ」
マサルはムッと怒りをあらわに、二人に向けてビデオに映る男の説明を始める。
「これは、あいさつ仮面シリーズという長寿番組の一つで……」
要するに、子供向けのテレビ番組ということだった。
現実にヒーローが存在する中で、なぜあえて子供だましとも思える特撮を……? 少女らはいぶかしんだ。
そんな二人を見て、マサルは自信たっぷりにこう言ってのける。
「いいから、ダマされたと思って見てみろって……!」
こうして三人は、よろしく仮面の視聴を始めた。
花中島マサル最大のおもてなしである、シリーズ
夜が明けた。
夕方から始まった「よろしく仮面」全話マラソンは、結局一晩のあいだ続いたのだった。
最終回を見終え、ビデオの停止ボタンを押したマサルの顔は満足げな笑みを浮かべている。
反対にテルとイコの二人は目の下にクマを作って、疲労
尊敬する男の勇士から少女も学ぶものがあっただろう、とマサルはテルに問う。
「どうだい、テルテル。彼からなにか得たものはあったかい?」
テルはニコリと弱々しい笑みを浮かべながら答える。
「……なんにもありませんでした」
「なにぃ!?」
これにはさしものマサルもガーンとショックを受けていた。
横でイコも叫ぶ。
「うおぉぉい! 結局時間を無駄にしただけだったじゃないかー!!」
そう……街でボビーが出現したという報告を受けてから、夜を
幸いというべきか、早朝でまだ人通りは少なく、周囲への被害は抑えられているはずだ。
「仕方ない……こうなったらもう、あとはアドリブで対処するしかないな」
三人は身支度を終えると、はよせな……と現場までダバダバ走りで向かう。
数十分で到着した現場は、恐ろしいほど静まり返っていた。
まるで何事も起きていないかのように、誰一人人影はない。
テルはブレスレットを通して、ボビーがいると伝えられた場所を探し当てる。
彼女らの目の前には、一軒の喫茶店がたたずんでいた。
「こ、これは……」
マサルが、なにかに気づいたように口を動かす。
彼の口は、喫茶店の店名をなぞっていた。
「ジュテーム……『どすこい喫茶 ジュテーム』……!!」
「知ってるんですか、マサルさん!?」
「と、書いてある」
「「読んでみただけかー!!」」
なんとも
その騒ぎに反応してか、どすこい喫茶の扉が静かに開かれた。
顔を見せたのは、敵対者ボビーその人だ。
テルはとっさにシャイへと変身する。
「! 貴方は」
「待ちかねたぞ……」
ドア越しに覗く店内。
ボビーが座っていたと思われる席にはコーヒーカップが何個も重ねられ、灰皿にはたばこの吸い殻が山と積まれていた。
「「めちゃめちゃ待ってたー!?」」
意外と律儀なボビーに対し若干の申し訳なさを感じつつ、シャイとマサルはなんだかんだで対峙する。
ファイティングポーズを取りつつ、シャイはマサルに小声で話しかける。
「マサルさん、勝機はあるんですか……?」
「ああ。一つだけ、ね」
「そ、それは一体……!?」
「まずは奴の動きを止めることだ。そのためには……」
小声で作戦会議をする二人に、一晩の休息を
「果たしてこのマッスルボディを前に勝てるかな?」
「今度こそ勝ってやるさ。この……マッスルボディ
マサルは気合を高めるように息を吐き、両腕をゆっくりと天に向けて広げる。
セクシーコマンドーの基本的動作で、ここからいかに次の技につなげるかに、相手の隙を引き出せるかがかかっている。
「ハハハッ! 無駄というのが分らんか!!」
マサルの行動を
しかし……すでに
「どうやら、僕の髪が短くなっていることに、まだ気づいていないようだな」
「……なにぃ!?」
彼の言うように、確かに今のマサルの髪型は、右サイドの異様な長さが失せて普通のヘアースタイルとなっていた。
「バカな! 髪が短くなるのは、肩の円盤を取りはずしたときしか……!?」
ボビーのグラサン越しに、マサルのチャームポイントが視界に入る。
それは妙にペラペラとして、表面がわずかに波打っていた。
「
「すり替えておいたのさ。今だ、テルテル!!」
セクシーコマンドーを使うと思わせる予備動作こそ、すでにマサルがボビーの気を引くための、技の起こりだったのだ。
ボビーの意識がマサルに集中している間に、シャイはチャームポイントを持ってボビーの背後に移動。彼の両腕に、リングをはめる。
「かはぁーッ!?」
ドズゥン! という響きと共に、リングを付けられたボビーの腕が地面にめり込んだ。
この輪っか……凄まじい重量があり、並の人間では持ち上げる事すら不可能な重さを持っていたのだ。
たとえ金属で作ったとしても、このサイズでここまで常識外れの重みは出せないだろう。
やはり地球外の物質……そして、そんなものを軽々と身に着けているマサルとはいったい……。
シャイはそんな疑問を浮かべつつ、拘束したボビーと向き合う。
「ボビーさん、一体なぜマサルさんを狙ったんですか?」
「……すべては、偉大なるボスのため……」
もはや身動き取れないと悟ったボビーは、大人しく自分の正体を明かす。
「そう、俺たちゃ謎の発明集団……その名も──『毛生え薬研究会』!!」
一帯に冷たく静かな風が吹き過ぎた。
「「「な……なんてカッコ悪いんだーっ!!」」」
ボビーのサングラスが、悲し気に光った。
マサルが口を開く。
「さては貴様ら、僕のチャームポイントを奪って毛生え薬を作ろうという魂胆か……」
「確かに、髪の毛伸びてましたもんね」
「それでフサフサに髪を伸ばしたら、今度は同じ髪型のカツラをかぶり、『それヅラの意味ないやんけ』というギャグで一躍スターになろうという腹積もりだろう」
シャイとイコはマサルの推測を(なに言ってんだ……)という顔で聞いていたが、当のボビーはニヤリと口角を上げ
「そこまでバレているとはな……」
「「ええー!!?」」
余りにもあんまりな目的で活動していたボビーに対し、少女らは驚きを禁じ得ない。
ボビーは、ツ……と一筋の涙を流した。
「お前たちにはわかるまい。売れない芸人として活動していた俺たちの苦悩が……笑わせるのでなく笑われる苦しみが!!」
どうやら毛生え薬研究会というのは、コントを行うチームの名称の様子。
「……私、少しだけわかります」
シャイは膝をつき、うずくまっているボビーに視線を合わせた。
「私も……ヒーローとして活動してて、ミスしたり失敗したらSNSなんかで笑われて、とても恥ずかしい思いをしてるんです」
格好もこんなですしね、と苦笑する少女。
「でも、私はヒーローの活動を止めようと思ったことはありません。それは、私が好きでやっていることだからです」
「…………」
「ボビーさんも、恥ずかしい思いをしても芸人さんを続けてるんですよね。それって、好きだからじゃないですか?」
「それは……」
「好きなことなら、自分の力で向き合った方がいいと思うんです。
貴方がマサルさんのチャームポイントを奪って、それで新しいネタを思いついても……それは貴方の力じゃない。
きっとそれだと、あとで後悔してしまう気がするから」
ボビーは黙ってシャイの言葉を聞いていた。彼女の
そしてそれは、固く閉ざされていたボビーの心を開くのに十分なものだった。
「! 指輪が……!」
後ろでなりいきを見守っていたイコが言った。
ボビーの指から徐々に、黒い指輪が外れようとしている。
同時に彼のマッスルボディは次第に、常人の肉体へと戻っていく。
「紅葉山さん……やっぱり君は、スゴイ人だ」
シャイの──否、テルの優しい心がまた一人の人間を救った。
そのことに感動しているイコの横で、マサルは小さくこうつぶやいた。
「あ、隙だらけ……」
ビカーッとマサルの両目が光り輝く。
『サ☆スーン☆クオリティーッ!!!』
「ペサァーッ!?」
「なんで私ごとーッ!?」
感動のシーンもマサルにとってはなんのその。
油断する方が悪いのだとばかりに、シャイごとボビーを殴り飛ばしたマサルは、借りを返したとスッキリした顔で朝日を